タイトル:【愛】 DEXT 序章 ~キラキラと輝くもの~
ファイル:DEXT 0話.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:776 レス数:3
初投稿日時:2016/03/17-12:37:55修正日時:2017/04/21-18:30:23
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   1

 私は泣いていた。
 冷たい雨に打たれ、凍える身体を振るわせながら泣いていた。

「テェェェン、テェェェン」

 とても悲しいことがあったから。
 あったかくて優しかった家族がいなくなっちゃったから。

「なんだ、実装石?」
「キモーい。誰か駆除してよー」

 時々目の前を通り過ぎる声に顔を上げる。
 涙の向こうに見える顔はどれもとても怖かった。
 すごく大きい。私とは違う身体。私とは違う目。
 私を「キライ」って言っているように見えるニンゲンの目。
 それが私を余計に悲しくさせた。

「どうした?」

 ふと、声が近くで聞こえた。
 そのヒトは大きな身体を折り曲げて、私の前に顔を近づけていた。
 白くて丸いのを顔につけていて、怖いニンゲンの目は見えなかった。

「お前もひとりなのか?」

 私はそのヒトを見上げた。
 何故かわからないけど、そのヒトも悲しんでいるように見えた。

「テェェン、テェェェン」
「……よかったら、来るか?」

 そのヒトが大きな手で私の身体を包む。
 その手は温かかったけれど、なぜかぶるぶると震えていた。
 涙はまだ止まらなかったけれど、仲間ができたみたいで嬉しかった。



   2

 廊下から女の子の声が聞こえてくる。

「最近彼氏が冷たいんだよねー」
「なんでー?」
「今までねだったら何でも買ってくれたのに、ベンツ欲しいって言っても買ってくんないの」
「マジケチくね? 借金すればいいのにね」

 高くて可愛らしい声。
 話している内容はよくわからないけど、きっと見た目も綺麗なんだろう。
 この建物にいるのは『ジョシダイセイ』っていう、若くて頭もいい『ニンゲン』なんだから。

 私は丸っこい腕でカチカチと『きーぼーど』を押している。
 外のジョシダイセイの足音が扉の向こうで止まった。

「ねえ、なんか臭くね?」
「ほらあれだよ。この部屋、あの変人教授の」
「あー、研究室で実装石を飼ってるとかいう? マジ止めて欲しいよねー」

 きーぼーどを押す手が思わず止まった。
 ジョシダイセイはまた別の話題に戻って遠ざかっていったけど、私はしばらく動けなかった。

『でぃすぷれい』に反射する自分の顔が見える。
 丸々とした顔。大きすぎる耳。赤と緑の目。緑色の頭巾。
 ぜんぜんかわいくない、私の顔。

「ミドリナイトくん!」
「デス!」

 名前を呼ばれて思わず声を上げる。
 この声も嫌い。低くて、野太くて、キカイを通さなきゃニンゲンサンと言葉も通じない。
 白くて丸いメガネをかけた『きょうじゅ』が怒った顔で私を見ている。

「何度言ったらわかるのかね!? また4と9を間違えているよ!
 これではまた予算の過剰請求だと学長にイヤミを言われてしまう!」
「……デスデス」

 ごめんなさい。
 私は椅子から降りて深々と頭を下げる。
 キカイを通さなくても謝意が伝わるように。

「……まあいい、間違えた箇所には印をつけておいたから、また打ち直しておいてくれよ」
「デス」

 またきょうじゅに余計な手間をかけさせてしまった。
 これではおしごとを手伝っている意味がない。
 沈んだ気持ちのまま椅子に座り直し、でぃすぷれいに向き合うと、頭に温かい感触が伝わった。

「きみはよく働いてくれている。外野の言葉など気にするな」
「……デス」

 頭を撫でてくれるきょうじゅの手。
 普通の時でもいつも震えている手。
 でも、その温もりに心の奥があったかくなる。
 そして私はもう一度きーぼーどを押す作業に戻った。



 ここは『まるばつだいがく』の研究室。
 きょうじゅは私を飼ってくれているご主人様だけど、ご主人様って呼ぶと怒る。
 だから私はきょうじゅをきょうじゅって呼んでいる。

「いいかねミドリナイトくん、人間とは常に幸福であるべきなのだ!」

 きょうじゅは机の上に大きな紙を拡げて、長い前髪をかき上げながらいろんな図形や文字を書き込んでいく。

「だが現実はどうだ!? 誰もが満たされぬ心を抱え、まやかしの中に生きている!
 他人同士が傷つけ合い、愛されることを求め、偽りの安寧に溺れて涙する!
 そんなもの幸福を得られぬ己を誤魔化しているに過ぎん!」

 私にはきょうじゅの言っている言葉はよくわからない。
 だけどきょうじゅが一生懸命なことはわかる。

「私はそんな愚かで哀れな人間たちを救いたいのだよ!
 歴史上、私と同じような志を持った者は数多いた!
 だが結果はすべてより残酷な結果に終わった! 正しい術を知らなかったからだ!
 他者と心を真に通わせるなど不可能だったからだ!
 独りよがりの満足ではいけない、すべての人が幸福でなければならない!
 ああ、ひとり残らずだ!」

 私はこんなふうに語るきょうじゅが大好きだった。
 
 おてつだいも嫌いじゃない。
 きーぼーどを打つのは目も痛いし疲れるけど。
 でぃすぷれいに数字が並ぶのがどんな意味があるかわからないけど。
 失敗すると怒鳴られるけど。怒られると悲しいけど。
 でもそれは、教授が私を『じょしゅ』として見てくれるから。
 ペットの実装石じゃなくて、教授のお手伝いをできる『ひと』として思ってくれるから。

「愚かな人の手で成すことはできない。それは歴史が証明している!
 そもそも人が人を救うなどおこがましいと思わないかね!?
 必要なのは知性などという思い上がりではなく、大いなる世界そのもの福音だ!
 わかるかねミドリナイトくん!」

 ごめんなさい、わかりません。
 質問に答えられるず私は少し悲しくなる。
 やっぱり人間と私じゃ考える力が違うからなのかなあって。
 けれどきょうじゅは頭の悪いを私を怒ることなく、大きく口を開いた優しい笑いの表情で言って言った。

「落胆する必要はない! 実装石にそこまでの理解は求めない!
 問題は大勢の馬鹿な人間共が理解していないことだ!
 どいつもこいつも目先の利益やくだらない人間関係に溺れおって!
 本当の幸福を得るために必要なのは幼稚な馴れ合いなどではなく……」

 私は黙ってきょうじゅの話を聞き続けた。
 きょうじゅはとても立派なひとで、本当に世の中のためになるようなことをしている。
 私にできることは少ないけれど、精一杯そのお手伝いをしたいと思う。



   3

 別の日、私はひとりで『ダイガク』の中を歩いていた。
 きょうじゅが食べるごはんを買いに行くために『こうばい』というところに向かっている。

 すれ違う人は私を見ると嫌そうな顔を向けてくる。
 けれど頭巾についた名札を見ると視線を逸らしてどっかに行ってしまう。

 この名札には私がきょうじゅの飼い実装だってことが書いてあるみたい。
 これがないとダイガクから追い出されるだけじゃなく、下手をしたらころされてしまうかもしれないから、絶対に外さないようにって言われている。

 こうばいにつくと、年を取ったニンゲンの女の人にきょうじゅから渡されたメモを見せる。
 黄色い箱をいくつか受け取って、私はこうばいを出る。

 この黄色い箱の中に入っているのは私ときょうじゅのごはん。
 パサパサしてるけど、ちゃんと味はあるし、とても栄養があるごはんなんだって。
 きょうじゅはいつもこればかり食べてる。きっと大好きなんだよね。
 だから私もこのごはんが大好き。

「あァ? なんで学内に糞蟲がいるんだァ!?」

 すぐ近くで怒ったような声が聞こえた。
 私は足を止めてそちらを見上げる。
 髪の毛を逆立てたひとがドスドスと足音を鳴らしながらこっちに近づいている。
 その人はすぐ横まで来ると、私のカラダを思いきり蹴り飛ばした。

「デェッ!?」

 カラダが壁に叩きつけられる。
 痛い!
 なんで蹴ったの?
 なんで私を虐めるの!? どうして酷いことするの!?

「なんだァ糞蟲、その目はァ!」
「やめろ茂比。そいつは例の変人教授の飼い実装だ」

 髪の毛の逆立ったひとを、顔の半分を隠した人が掴んで止める。
 すると髪の毛が逆立ったひとは不満そうに私を睨み付けた。

「ちっ、くそうっとおしいが仕方ねえァ。命拾いしたな糞蟲がァ」
「デェ……」

 唾を履き捨て、髪の毛が逆立った人は去って行く。

 私は糞蟲じゃない……
 ちゃんときょうじゅのお手伝いもしてるし、ニンゲンサンに迷惑かけてないのに。
 なんで、こんなこと言われなきゃいけないの?
 私が実装石だから? こんなちんちくりんで醜い姿だから?

 とっても悲しい。
 だけど大声で泣くと周りのガクセイさんたちに迷惑だから、涙をぎゅっと堪えて起き上がる。

「……デス」

 髪の毛が逆立った人の後ろ姿に向かってぺこりとお辞儀をして、私はきょうじゅの部屋へと戻った。



   4

 また別の日、きょうじゅの部屋にお客さんがやって来た。

「くどい! 何を言われようがそんなくだらんことに協力するつもりなどない!」

 きょうじゅが怒っている。
 私は小さなペット用の檻の中で座ってジッと待っていた。
 お客さんが来たときはこの中に入っているのが決まりだから。

「しかしですね先生。あなたが提唱したXTパーティクルが実用化すれば、
 日常生活から軍事兵器に至るまであらゆる技術が革新的な進化を遂げる。
 我々はそのための予算を提供する見返りとして些かの技術を流用して欲しいと——」
「ええい黙れ黙れ! もうお前らと話すことはない!」

 お客さんは先生に追い出されてそそくさと部屋から出て行く。
 最後に「まだ諦めませんからね」と言った時の顔がとても怖かった。

「まったく、あんなものは実験の副産物に過ぎんのに……
 目先の利益に捕らわれる馬鹿者は肝心なところが見えておらん」

 きょうじゅは文句を言いながら私を閉じ込めた檻を開けてくれる。
 まだ怒っているんじゃないかと恐る恐る外に出ると、きょうじゅは私を思いきり抱き上げた。

「そうか、きみもそう思うか?
 クク、欲望にまみれて空気の読めない人間より、お前の方がよほど賢いな。
 だが見ていろよ、あのような馬鹿者ですら私は救ってみせるのだからな」
「デェ」



 その日の夜、私は教授に抱かれた。
 何日かに一度ある、夜のお相手。
 お洋服を脱いで私にのしかかるきょうじゅ。

「ああ、ああ。愛しているよ……くん。
 え、きみも私のことがそんなに好きなのかい。いいよ、……くん。……くん」

 その口からこぼれる名前は私の名前じゃない。知らない人間の女の人の名前。

 最後までおわったあと、いつもきょうじゅは気まずそうに謝る。

「スマンな……」

 どうしてあやまるの?
 私は嫌じゃないよ。きょうじゅはとても優しくしてくれるじゃない。
 私は人間じゃないから、きょうじょうの一番になれないのは仕方ないことなの。

「……デス」

 そんなとき、私はもっと甘えるように自分からきょうじゅに抱きつく。
 優しく頭を撫でてくれるきょうじゅうの手はとても温かかった。



   5

「ミドリナイトくん聞いてくれたまえ! ついにDE試作型一号が完成したよ!」

 三日ほど奥の部屋に閉じこもっていたきょうじゅが嬉しそうに顔を出した。

 きょうじゅが奥の部屋に行っているとき、私はひとりで待っていなければいけない。
 あっちの部屋は危ないものがいっぱいあるから絶対に入っちゃいけないって言われてる。

 本当はただ待っているだけじゃなくて、きーぼーどの打ち込みを任されてるんだけど。
 数字を打ち込んでは見直して、ときどき4と9を間違えた場所を見つけてはまた打ち込む。
 ごはんはたっぷり用意されてるし、トイレは定期的に砂ごと蓋のついたゴミ箱に捨ててニオイが残らないようにしてる。

 でも、おしごとやごはんはあっても、一人きりの部屋はとても寂しい。
 気付けば奥の部屋のドアを見てる時間ばかりになった頃、ようやくきょうじゅが帰って来てくれた。

「さあ、さっそく試してみなければ!
 できれば生きた人間のサンプルが欲しい、刑務所にでも行ってみるか!」

 よくわからないけど、きょうじゅが喜んでいるから私も嬉しい。
 ついてこいと言われたのでお部屋を出てきょうじゅの後ろをとてとてと歩く。
 お部屋の外はこわいひともいるけれど、きょうじゅと一緒なら安心。

 ダイガクの外に出て、『チュウシャジョウ』という広場に行く。
 きょうじゅがくるまを持ってくるから、しばらくここで待っててって言われた。

 私はあまりダイガクの外に出ることがない。
 遠い昔、小さい頃は裏のオヤマで暮らしていた。
 その時の記憶はうっすらと残っているけれど、きょうじゅに引き取ってもらう前のことはあまりよく思い出せない。
 とっても悲しいことがあったような気がすることだけは覚えてるけれど。

「チッ、糞蟲じゃねえかァ!」
「またあの教授か?」

 ふと見ると、髪の毛が逆立った人と顔半分を隠した人が近づいてくる。
 片方はこの前に私を蹴った人だ。こわい!
 私はその人たちから逃げるように走った。

「いい加減にして欲しいぜァ! いくら偉い教授だからって校内で糞蟲を飼うとか許されんのかよァ!」
「仕方ない。あの変人教授は頭のネジが数本飛んでいるからな。
 歴史的な発明をしておきながら、日々意味の無い実験を繰り返している狂人だと」
「はっ! キチガイの考えることはわからねえなァ!」

 ぴた。
 私は足を止めて振り返った。
 とてとてと、そのふたりの所に向かう。

「あァ?」

 この人はきょうじゅのことを悪く言った!
 そんなの許せない。だってきょうじゅは立派なおしごとをしてるのに!
 あやまれ、あやまれ!

 髪の毛を逆立てたひとの足下に辿り着くと、その足を叩いた。

「なんだ、こいつァ?」
「怒っているのか? 無言で攻撃してくる実装石とは珍しいな」

 両手で何度も。ぽふぽふと。
 力の無い私の攻撃は効いてない。

「デッ!?」

 お腹に凄い衝撃を受けて、私は吹き飛ばされた。
 髪の毛を逆立てたヒトに蹴られたみたい。

「飼いだからって調子に乗ってんじゃねえぞ、糞蟲がァ!」

 大声で怒鳴られる。
 私は怖くなって後ろを向き、お腹を押さえながら逃げ出した。

 後ろ頭に何かがぶつかった。
 そのまま前に倒れ、おでこを固くて灰色の床にぶつける。
 鼻から血がどぼどぼ溢れる。手をついて振り返ると、大きな石が転がっていた。

「フン」
「さっすが木下さん、ナイスコントロールァ! 俺もやっていいっすかァ!」

 痛い、いたいよ。
 抗議の意志を込めてその人たちを見上げる。

「あァ? なんだその目は——」

 髪の毛が逆立った人が怖い声で文句を言おうとするのを制して、顔を隠した人が走ってくる。
 逃げる間もなく私は頭を踏みつけられる。

「デェェェッ……!」

 痛い! 痛い! 痛い!
 潰れちゃう、やめて! 死んじゃう!

「死ねよ、糞蟲」

 ゾッとする声だった。
 髪の毛が逆立った人の怒鳴り声よりも、きょうじゅの怒った声よりもずっと怖い。
 本気で殺されると思った、その時。

「おい貴様ら、なにやってる!」

 きょうじゅの声だ!
 転がり出るようにクルマから降りて、顔を隠した人の胸倉を掴み上げる。
 顔を隠した人はまだ私の頭から足をどけない。

「人の実装石に何をやってんだって言ってんだ!」
「このゴミはあなたのなんですか?」
「ゴミ、だと……!?」

 ゴミ。
 ごはんが入ってた箱だったり、使わなくなった紙だったり。
 役に立たなくなって捨てられるもの。いらないもの。

「ふざけるな貴様! いいからさっさと足をどけろ!」
「あなたこそ手を離して下さい。俺は学内に入り込んだ害獣を駆除しようとしただけです。
 彼はこの糞蟲に殴られたのですよ? いったいどんな躾をしているんですか。
 別に教授が何を飼おうが勝手ですが、きちんと管理をしていなかったそちらの落ち度では?」
「なんだと……」

 頭を抑えていた足がどけられると、私はすぐに起き上がってきょうじゅの足に縋り付く。

「デス、デスデス」
「ミドリナイトくん……?」

 きょうじゅを見上げて、首を何度も横に振る。
 この怖い人と関わっちゃダメ。次はきょうじゅが酷いことされちゃう。
 そんなの嫌だ。絶対に嫌。だから、もうやめて。私は大丈夫だから。

「フッ、くだらない……」

 顔を隠した人はきょうじゅの手を払うと、私たちに背中を向けた。

「まて貴様! 名前はなんだ! 何年生だ!」
「生徒の胸倉を掴み上げるような暴力教授と話すことはありません。行くぞ茂比」
「あっ、待って下さいよァ」

 髪の毛が逆立った人を連れて、怖い人は去って行く。
 私は教授の足下に縋り付いていたけれど、ふとあることに気付く。
 きょうじゅのクルマのドアの所。
 そこにきょうじゅが一生懸命作ったモノが落っこちていた。

「デス……」

 とてとてと駆け寄り、手に取ってみる。
 真ん中で半分に折れている。私にもそれが壊れているのはよくわかった。
 慌ててクルマから降りてきたときに落としてしまったみたいだ。

「デェ」
「ああ……」

 きょうじゅが悲しそうな顔になる。
 ごめんなさい。私のせいだよね。
 私があの人たちと関わらなければよかったのに。
 私のせいできょうじゅが悲しい顔をしている。
 そう思うと、悔しくて情けなくて涙が溢れてくる。

「デェェェン。デェェン……」
「ごめんな、痛かったな。ほら泣くな。目を離して悪かった。研究室に帰ろう」

 私を抱き上げて優しく揺らしてくれるきょうじゅ。
 違うの。痛くて泣いてるんじゃないの。
 でも私はそんな優しさに甘えて、きょうじゅの胸の中で泣いた。



「三年の木下。糞蟲虐待サークルのリーダー、か……」

 また三日間奥の部屋に閉じこもった後、ひとりでどこかへ行ってしまったきょうじゅ。
 帰って来た時は、とても激しく怒っている様子だった。

「ボランティアを装って実装石を虐殺とは、救えない人間もいるものだ……
 合宿だと? くくく、クズが集まっているのはちょうどいい。
 貴様らをモルモットにしてくれるわ!」

 きょうじゅは私を連れてダイガクの屋上へとやってきた。
 風が冷たい。きょうじゅは小型のこんぴゅーたーを取り出すと、凄く速い指の動きで何かをやっていた。

「マップ確認……位置確認……軌道計算……誤差修正……よし、いいぞ」

 きょうじゅが作り直した道具とこんぴゅーたーを黒い線で結ぶ。
 そしてそれを片手に持ち、穴の空いた先っぽを空に向けた。

「威力は中。まあ、失敗しても周りはすべて山だ。
 ディアボリックイレイザー・ガンタイプ、起動実験開始」

 きょうじゅが言い終わると、手にした筒の先から『何か』溢れた。
 それは形も色もなかったけれど、確かにすごい『何か』だった。
 音もなくきょうじゅの手の中のキカイから飛び出ていくキラキラした『何か』。
 
 それはどこか遠くへ飛んでいって見えなくなった。

「ついでだ、あと二発ほど試しておくか。
 これまで手伝ってくれたミドリナイトくんへの礼も込めてな」

 そしてもう二回、同じように見えない何かが音もなく飛び出した。
 結局、この日はそれだけ。それにどんな意味があったのかはよくわからない。



 次の日、テレビでニュースを見ていたきょうじゅは大きな声で笑って喜んでいた。

「ハハハッ! やった、やったぞ! 実験は成功だ!」

 どこかの山の中にある『ろっじ』って建物が、一晩のうちに消滅。
『がっしゅく』をしていたダイガクセイたち6人が行方不明になったって、ニュースの中のニンゲンサンが言っていた。
 他にも二箇所で同じようなことがあったけど、ギセイシャはそれだけだって。

「ククク……あいつらはどうなったかなぁ……
 別次元に落ちたか? それとも時空を越えて遙か未来へと飛んだか?
 二発目に狙った駆除業者のビルが休日で誰もいなかったのは残念だったな。
 だがダメだ。これでは威力が低すぎる。とてもではないが本来の使い方はできない。
 もっと薄く広く、世界中に拡がるほどの出力がなければ人は幸せになれない……!」

 きょうじゅが嬉しそう。それを見ている私も嬉しい。
 だから今日も一生懸命きーぼーどの打ち込みを手伝うよ。

「ミドリナイトくん。上から二行目、また4と9を間違えているよ」

 ぎくり。
 こっちを見ていないようでみているきょうじゅ。
 鋭い指摘に私はまたごめんなさいって頭を下げる。



   6

 最近、なんだか周りがうるさくなってきた。
『ケイサツ』っていう人たちがよくダイガクに来ているみたい。
 でもきょうじゅはそんなの気にせず、今日も楽しそうにおしごとをしている。

「そうかわかったぞ! 鍵は空気中の未現物質にあったのか!
 これならガンタイプのように無駄なエネルギーを放出せずともDEを制御できる!
 出力はXTパーティクルを使って近隣の発電所を空間ハックすれば……」

 そしてきょうじゅはまた奥の部屋に閉じこもった。
 いつもと違い、私のごはんがなくなったタイミングで外に出てごはんを用意してくれる。
 一生懸命なときでも私のことだけは忘れないでくれている。
 そう思うと嬉しい反面、なんだか申し訳ないような気持ちにもなってくる。

 きょうじゅはとても優しい。がんばって恩返ししなきゃ。

「ああ、ああ! ついに完成したぞ、ミドリナイトくん!」

 五日目の朝、奥の部屋から飛び出てきたきょうじゅは私を思いっきり抱きしめた。
 久しぶりの温もりを嬉しく思うのと同時に、ほんの少しの戸惑いも感じる。
 きょうじゅは涙を流していた。

「ありがとう。これもきみがいつも側で支えてくれたおかげだ」
「デ、デス……?」

 そんな、私は何もしてない。
 いっつもきょうじゅに助けられたり、失敗を怒られたりしてばっかりだったのに。
 きょうじゅは手にしたキカイを私に差し出してくる。
 それはテレビのリモコンみたいな小さなキカイ。

「ほらごらん。これが私たちの理想を叶えてくれる装置、Diabolic Eraser X-Typeだ。
 この端末を起動させると放射されたXTパーティクルが拡散、
 近隣のあらゆるコンピューターを空間ハックし、強制的にエネルギーを発散させる。
 そのエネルギーが空気中の未現物質をDE化させ、魔鏡効果による精神転移が行われるのだ。
 変化は空気を伝播してやがて世界中に拡散。
 人間という種は窮屈きわまりない肉体を捨て、真の精神の自由を——」

 私が首をかしげていると、きょうじゅはコホンと咳払いを一つした。

「……まあ、難しい理屈はいい。
 これは世界中の人々を幸せにする、天使を呼ぶための機械さ」
「デェェッ!?」

 世界中のみんなが幸せになれるの?
 すごい! よくわからないけど、やっぱりきょうじゅはすごい!

「ああ、忘れないうちにこの起動パスを入力しておいてくれ。
 まだ最終実験が残っている。終わるまできみには協力してもらうぞ」
「デス!」

 そんなすごい教授のお手伝いができて、私も嬉しい!



 そして『さいしゅうじっけん』を明日に控えた日、それは起こった。
 実験は屋上で行うということになり、その手順の説明を受ける。
 私の頭ではあまり理解できなかったけど、とりあえずやるべき事だけはなんとなくわかった。

「さあミドリナイトくん、DEXTをいつもの場所に保管しておいてくれ」

 最後の確認を終えたきょうじゅは、そのキカイを私に渡した。
 だいじなだいじなキカイを緊張しながら受け取る。
 しまう場所はすぐ近くだけど、そこまで絶対に落としちゃ行けないと思って、私はキカイを実装服の中にしまって運ぶ。
 その時、お部屋のドアがばぁんといきなり開いた。

「な、なんだ!?」

 黒い服とメガネをかけた人たちが何人も入ってくる。
 手にはよくわからない黒いものを持っていた。

「教授、失礼ですがご同行願います」
「な、なんだね君たちは!?」
「あなたには重大なテロ容疑がかけられています」
「……くっ!」

 きょうじゅが怒ったような顔をして、机の上に手を伸ばす。
 その瞬間、耳が痛くなるような大きな音が響いた。
 黒い服のひとが持っていた黒いものが、眩しく光った。

「あ、が……!?」

 きょうじゅは胸から血を流して、床に倒れた。
 顔からは白くて大きな眼鏡がずり落ちて、小さな瞳が見えていた。
 けれどその瞳はどこも見ていない。ぐりんと裏返ってしまっている。
 私はきょうじゅに駆け寄った。

「デェ!? デス、デスデスッ!?」
「なんだ、実装石?」
「構うな。それより急いでXT端末を探せ」

 私は一生懸命にきょうじゅの身体を揺すった。
 その間、黒い服の人たちは私たちに構わず部屋の中を荒らし回った。
 絶対に入っちゃダメって言われていた奥の部屋にも乱暴に足を踏み入れた。

「ダメです、それらしきモノはありません」
「よく探せ。アレが実際に使われたらどれだけの被害が出ることか……」

 きょうじゅは起きてくれない。
 胸からドクドクと血が流れ続ける。とても痛そう。
 きょうじゅが『かなしいこと』になってしまった。
 きっともう起きてくれない。お話もしてくれない。優しく頭を撫でてくれない。
 私はかなしくて涙を流した。

「デェェェン、デェェェン」
「おい、そこのうるさいやつを追い出せ!」

 首根っこを掴まれ、強引に廊下へ放り投げられる。
 ドアが閉められて中の様子が見えなくなる。

「デス!? デスデスデスッ!?」

 必死に叩いたけれど、ドアは開けてくれない。
 ふと、お腹の辺りがちくりと痛みを覚えた。
 服の中に入っていたキカイが当たっている。

 そうだ。これを使えば。
 みんな幸せになれる。かなしいことはなくなる。
 きょうじゅもきっとまた、目を覚ましてくれる!

 私はさっきのきょうじゅの言葉を思い出して、ふたりで行くはずだった屋上へと向かった。



 きょうじゅは普段は研究のことばっかり話していたけど、
 夜のお相手の時は私にいろんなことを話してくれた。

 きょうじゅが小さかった時のこと。『ガクセイ』だった頃のこと。
 周りの人たちから疎まれていたこと。嫌われていたこと。陰口を言われていたこと。
 私と違ってきょうじゅは頭が良かったけれど、それが逆にヒトを遠ざけたって。

 私ときょうじゅは違うけれど、同じ。
 このキカイにはふたりの気持ちがたくさん込められている。

 ——うわ、実装石! キモい!
 ——またあの変人教授かよ、マジでどうにかなんないの?

 私がひとりで歩くと、いつもガクセイの罵声が飛んできた。
 その声はいつもきょうじゅへのわるぐちも含まれていた。
 それを聞くたびに私の胸は張り裂けそうになった。
 でも恨んじゃいけない。きょうじゅはこういう人たちは心が間違ってるって言ってた。
 きょうじゅはそんなかわいそうな人たちも救ってあげようとしてた。
 だから、私もそうしなきゃ!

 運が良いことに、屋上のドアは少しだけ開いていた。
 普段ならとっくに寝ている時間。空にはたくさんのお星様が輝いていた。

 私は前に実験をした場所まで行くと、実装服の中からキカイを取り出してそこに置いた。  数字のボタンに『きどうぱす』を入力する。
 けれど、何も起こらない。この前みたいな目に見えない『何か』は出てこない。

「デス……?」

 キカイを持ち上げて、もう一度よく見ようとした瞬間。
 私の左手が根元から吹き飛んだ。

「デギャッ!?」
「こいつは盲点だったな。
 大事な端末をペットに預けるとは、変人教授の考えることはよくわからん」

 屋上の入り口の方を見ると、さっきの黒い服の人たちがやってきていた。
 きょうじゅにかなしいことをした人たち。
 こわいひとたち。
 このままじゃ私もころされる。ううん、それはいい。
 きょうじゅの願いが叶えられなくなってしまう!

 私は慌ててもう一度キカイにぱすわーどを入力して空に掲げた。
 何も起こらない、どうして!?
 私の頭がわるいから、うまく動かせないの!?

 ぱん!
 近くの地面に穴があいた。私の左手を吹き飛ばしたこわいやつ。
 足がガクガクと震える。

「おい、弾の無駄だ。ペットくらい手で捕まえろ」
「はい」

 黒い服を着たひとりが近づいてくる。こわい、こわい、こわい。
 私は涙を流しながらキカイを手にとって空に向ける。
 片手ではうまく支えられずにそれが地面に落ちそうになる。

 その時だった。

 ふわり、と。
 後ろから手が伸びてきて、私の身体を支えてくれたような気がした。

 ——まったく、何度言えばわかるのかねミドリナイトくん。
   きみはいつも同じ所を間違える。

 ハッとした。
 振り向いてもそこには黒服の姿しかない。
 気付けば地面に落ちていたキカイ。
 私はそれにもう一度ぱすわーどを入力する。
 1・1・『9』・2。

 キカイから『何か』があふれ出した。
 この前の時みたいな激しいのじゃなく、ふわりとあふれ出すような優しい感じ。

「まずい、急げ!」

 私はそれをもう一度手に取り、星空へ向けた。

 ——そうだ、やればできるじゃないか。ミドリナイトくん。

 ありがとう、きょうじゅ。
 私はきょうじゅと一緒にキカイを支える。
『何か』が際限なく溢れ出てくる。

 お願い。私たちに幸せを!
 お互い以外は誰からも愛されなかった私たちに、天使の祝福を!
 すべてのニンゲンサンたちに、安らかな心を!

 それは空気を伝い、世界中へ拡がっていく。
 目に見えないけれど、キラキラと輝くもの。
 透明な光が地上を包んでいく。

 気付けば私の後ろには誰もいなくて、黒い服だけがパサリとその場に落っこちていた。

「……デス?」



   7

 その日、世界は変わった。
 たったひとりの狂人と一匹の実装石の手によって。
 突如として、人間の歴史は終焉を迎えた。

 思っていたのと違う結果だった。
 最愛のヒトをを取り戻すことができなかったミドリナイトは、残りの命を費やして彼の研究を引き継いだ。
 足りない頭を使い、教授のやっていたことを思い出しながら。
 わずかな記憶を、後世に繋ぐために。

 両方が緑に染まった目と、大きく膨らんだお腹を抱えながら。

「デス」

                                  第一章につづく
 

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/17-13:30:43 No:00002001[申告]
なるほど感
伏線回収されてスッキリ
2 Re: Name:匿名石 2016/03/17-16:33:27 No:00002002[申告]
あの世界観の裏にこんな壮大なドラマが…
よく分からんが、肉体が消滅するってのは教授の本来の狙い通りの結果
つまり成功したという理解でいいのかね?
それとも精神体だけになってイデオンのEDっぽく皆が悟りを得るはずが
精神体などというものすら残らずに消滅しちゃっただけという失敗だったのか

そして主人公?の実装石がほんといい子なのがなんとも…
だがすまない、そういう実装石にこそ地獄を見せてやりたくなるのが虐待派という人種なんだw
3 Re: Name:匿名石 2016/03/18-02:11:32 No:00002005[申告]
つまり人間が居る限り幸福にはなれんと
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