1
「ママー、ドコイッチャッタレチ」
「レェェ……オヨウフク、トラレタレチ。カミノケモ、ナクナッチャッタレチ」
「レチャァッ! オッキイヒトレチ! オッキイヒトレチ! コワイレチ!」
数時間前に大量に産ませたばかりの仔実装が二〇匹ほど。
仔サイズから産まれたのでその体格は親指よりも小さい。
桐野たちの世界なら未熟児扱いだが、こいつらにとっては普通らしくやたら活きが良い。
実装石たちがある程度動き回れる大きさで、段差や狭路などのある簡単なセットを組み立てる。
そこにこいつらを禿裸にして中に放り込む。
自分たちを見下ろす巨大な人間に怯える生まれて間もない仔実装たち。
逃げるそれを箸で掴まえ、その場で灼いて食べる。
虐待派にとって非常にポピュラーな料理である。
こんな贅沢な食事にも関わらず、桐野の気分はいまいち晴れなかった。
「今日の調査はなにか判明しましたか?」 レチィィィ!
「いや、たいしたことはわからなかった」 レチィィィ!
箸で仔実装を追いながら、桐野は木下に質問した。
帰って来た返事は非常に素っ気ない。
リーダーとして冷静なのは結構だが、落ち着きすぎじゃないかと桐野は思う。
彼はこの状況に不安を感じていないのだろうか?
「かわいい、かわいいなぁ……♪」 レチィィィ!
「あーくそ、ウザいから逃げんなよ糞蟲!」 レチィィィ!
「茂比、明日も行くなら活きがいいノを何匹か取ってきて欲しいノ」 レチィィィ!
「おう、任せておけァ」 レチィィィ!
リンガル片手にうっとりしながら子実装の反応を楽しんでいる桐野妹。
上手く親指実装を掴まえられずにイライラしながらフォークで刺している麗華。
明日の予定を嬉々として話し合っている太田と茂比。
みんな楽しそうだ。
元の場所に帰れる保障はなにもないのに……
本気で今後のことを悩んでいるのは、どうやら桐野ひとりだけのようだ。
「ああ、くそっ!」
「レチャッ」
桐野は苛立ちを箸の先に込め、暴れ回る子実装を突き刺した。
手足を振って必死に暴れるそれを手元の加熱した鉄板の上に押しつける。
「アツイレチ、アツイレチーッ! ママー、タスケテレチーッ!」
ある程度こんがり色がついたら醤油味のタレにつけてそのまま食う。
「イタイー! イタイレチー! ワタチヲタベナイデ! タベナイデレチー!」
肉はとても軟らかく、産まれてから何も食べていないのでハラワタごと食える。
頭を残すかどうかはお好みだ。
「レェェン……ワタチノ、カラダ……」
「ふああ、丸くてかわいい♪」
桐野妹なんかは身体だけ食べ、頭をそのまま残してテーブルの隅に飾っている。
どうやら食べながら上手く偽石を抜いたらしい。よくアレで生きているもんだ。
「レェェェェン、レェェェェェェェン」
身体を失った仔実装は頭だけのまま色のついた涙を流し、悲痛な声で泣いた。
「タスケテレチ! ダレカ、タスケテレチーッ!」
「モウイヤレチ! モウイヤレチーッ!」
「ナンデ、ナンデワタチ、コンナメニアウレチ……?」
セットの中に残っている仔実装たちがわめいている。
ちなみにこの仔実装たち、太田が掴まえた実装石の仔である。
赤目揃えで強制的に産ませたが、親自身に粘膜を除去させ、自由にしてやると嘘をついて三〇分ほど親と一緒に遊ばせてある。
そうすることで情のある個体になり、味に深みが増すらしい。
その親実装は現在、瓶詰めにしてテーブル全体が見える棚の上に飾られている。
「お願いテチ! もう食べないであげてテチ! お願いテチィィィ!」
親実装は太田から「全員食べるつもりはない。余った仔は返すノ」と聞かされている。
彼女はその言葉を信じ、人間たちが箸を止める時をひたすら待っていた。
血の涙を流しながらポフポフとビンの内側を叩き、悲しみを訴えながら。
もちろん、腹の減った人間たちが目の前の食料を残すつもりなどさらさらない。
「むはーん。めっちゃ美味いノ!」
「レッヂィィィッ! イダイレヂィィィ!」
「テェェェェェェッ!! やめテチ! やめテチィィィィィ!」
それどころか太田なんてわざわざ立ち上がり、仔を食う姿を親実装に見せつけていた。
「テェェ……『イーティア』さんの仔たちが食べられちゃってるテチ……」
「いまは絶えるテチ。いつかチャンスが来るはずテチ」
リビングの窓の外で、二匹の実装石が恐怖と怒りに震えていた。
名前は『ハーティ』と『ルリス』。
太田に掴まえられたが、なんとか隙を見て逃げ出すことができた個体である。
彼女たちはそのまま逃げることはせず、ニンゲンサンたちの死角に隠れ、彼らの情報を探ろうとしていた。
無残に殺された町のみんなの仇を討つために。
そして今も捕らえられ、恐ろしい責め苦を受けている仲間たちを助け出すために。
「ニンゲンサンは強いテチ。冷静に、落ち着いて行動しないとワタシタチなんてすぐ殺されるテチ」
「わかってるテチ。辛くても忍耐テチ。ワタシタチはまず敵を知らなくちゃいけないんテチ……」
ハーティとルリスは肩を寄せ合い、血の涙を流しながら反撃の時を待った。
2
『ほしあきさんの町』から逃げ延びた実装石たちの努力の甲斐もあって、邪神降臨の話は瞬く間に周辺の町へと拡がった。
今も被害を受けてない町が次々とリレー方式で隣の町へと情報を伝えている。
まもなく近隣全土の町にその知らせが届くだろう。
ここ、『むろあきさんの町』ではギャクタイハ襲撃時に備えた対策会議が行われていた。
「良い考えがあれば遠慮なく述べてくれテチ!」
位置関係を考えれば『ほしあきさんの町』の隣であるここが次に狙われる可能性は高い。
町中のおとなたちが意見を出し合い、迫る脅威に対抗しようとしていた。
そして喧々囂々の会議が続くこと二時間半。
ようやく一つの結論が出たようだ。
「では、ギャクタイハが現れたら今決めたように行動するテチ。
町を……未来を担う仔たちを守るために、みんな頑張ってくれテチ」
『はいテチ!』
「はい、アタマちゃーん。ごはんだよー♪」
ロッジでは桐野妹が頭部しかない仔実装にフードを与えていた。
この頭実装は昨日の夕食の残り物である。
偽石をコーティングし活性液につけてあるためなんとか生きているが、首の断面は鉄板で灼いてあるので再生することはない。
「レチ……レチ……」
必死に歯を動かして味のないフードを噛む頭仔実装。
当然ながら食ったモノは首の断面からこぼれ落ち、身体に吸収されることはない。
こいつは生きている限り永遠の飢餓感に襲われ続けることだろう。
そんな桐野妹とは反対側の部屋の隅で、茂比は今日の虐殺に使う道具を選別していた。
「茂比」
「はいァ?」
いつもと違った武器を持っていこうと決めたところを木下に声をかけられる。
「今日もひとりで行くのか?」
「はいァ。他のやつらは部屋ん中で遊ぶ方が好きみたいですしァ」
虐殺派はフィールドでこそ輝くものだ。
実装石の町なんていう最高ロケーションを目の前にして我慢などできるわけがない。
「矢で撃たれたそうだな」
「はいァ。ズボンで簡単に弾けましたけどァ」
「当たり所が悪ければ怪我をしていたかもしれないだろう。
繰り返しになるが決して油断はするなよ。ここの実装石は明らかに知能が高いんだからな」
「大丈夫ですってァ!」
リーダーとしてメンバーの面倒を見なければならない苦労はわかるが、心配しすぎである。
だって相手は糞蟲共。何を考えていようが、人間様には敵う訳ねえ。
弱肉強食の摂理は簡単に覆せるものじゃないんだぜ。
「ならいい。気をつけて行けよ」
茂比は親指を立て、今日もまた虐殺に出かけていった。
「ギャクタイハが来たテチ!」
遠見の斥候兵がそう叫ぶと、『むろあきさんの町』全体に緊張が走った。
ついに来たか。
だが、うちの町は今までにやられた町と違うぞ。
「みんな、急いで持ち場につくテチ!」
仔たちを素早く建物内に避難させ、おとなたちは事前の取り決め通りに行動する。
「ママ、死なないでテチ……」
「大丈夫。みんなで考えた作戦は完璧テチ!」
内心の恐怖を抑えつつ、自信満々を装って仔に告げて、実装石たちは自ら街壁の外へと出る。
そしてギャクタイハが向かってくると思われる方角を向き、横三列に並んだ。
待つこと数分。
手に凶悪そうな武器を持ったギャクタイハがやってきた。
髪の毛が逆立った大きなひと。
誰もが初めて見るギャクタイハ……ニンゲンサンに萎縮しそうになる。
彼女たちは必死に足の震えを止めて全員で前を見据えた。
作戦通りにやればきっと上手くいくと信じて。
「うおっ、なんだ!?」
町の実装石たちが隊列を組んで出迎えたことにニンゲンサンは驚いている。
これまでの町は一方的に襲撃されるだけだった。
今回は七〇体を実装石たちが隊列を組んで迎えたことに驚いているんだろう。
でも、ここからだ!
「さあ、みんな一斉にやるテチ!」
長の号令に従い、すべての実装石たちが同じ動きをする。
腕の先を顎に当て、小首をかしげた神聖なるポーズを取り。
身体の内より溢れ出る偉大なる真心を声に込めて敬虔なる祈りの言葉を放つ!
『『『『『テッチュ〜〜〜ン♪』』』』』
ギャクタイハの動きが止まる。
身体の力が抜けたような呆然とした顔になる。
やった、成功だ!
ギャクタイハって言ってもやっぱりニンゲンサン!
祈りの気持ちはきっと通じるって信じてた!
「ふ、ふ、ふ……」
町中みんなの祈りに感動したニンゲンサンは、ぶるぶると身体を震わせて、
「ふざけんな糞蟲どもァァァァァァァァ!」
『テッチャァァァァァァ!』
天にも轟くほどの絶叫を上げながら、
手にしたモーニングスターで目の前の実装石どもを次々とブチ潰してまわった。
3
「テチ……テチ……」
鬼気迫る表情で、一体の実装石が街道を歩いていた。
『よしあきさんの町』の最後の生き残り、エメラルである。
獣よけのマホウの水をたっぷりと吸い込んで重くなった実装服を引きずりながら、必死に次の町を目指す。
彼女は自分の町に続き『ほしあきさんの町』が襲撃される姿も目の当たりにした。
町の長が時間稼ぎをしてくれている間に何とか脱出できたが、あんな光景はもう二度と見たくない。
いまは『ほしあきさんの町』の生き残りのみんなと手分けして、周囲の町へ邪神降臨の知らせを告げて回っている。
この前に辿り着いた『むろあきさんの町』はしっかり対策を練ってくれただろうか?
わからないが、今の彼女にできるのはひたすら情報を伝達することだけだ。
ろくに休みも取らず町から町へ。
すでに体力は限界に達していたが、怒りと悲しみの感情が彼女の足を前へ前へと動かした。
ふと、そんな彼女の頬を柔らかい風が撫でる。
「テチ……?」
今までにかいだことのない優しい香りがした。
エメラルは思わず足を止め、誘われるままに街道から逸れた丘の上を目指す。
その頂上から見える景色に思わず感動の声を上げた。
「テェェ、すごいテチ……」
海だった。
丘かと思ったのは切り立った崖で、その遙か下では波が押し寄せては白く砕けている。
青い海原はどこまでも続き、遙か向こうにはうっすらと別の大地が拡がっているのが見えた。
なんて雄大なんだろう。
この景色の前では自分という存在がとてもちっぽけに見える。
ううん、あの大きく恐ろしかったギャクタイハだって、この風景の中に飲み込まれてしまうだろう。
「……負けないテチ」
世界はこんなにも広く、美しい。
雄大なる大海原が『がんばれ』と背中を押してくれているような気がした。
「絶対に、負けないテチ!」
心の奥を刺激するような雄大な自然に包まれ決意を新たにするエメラル。
だが、実際に彼女の背中を押したのはふいに吹いた突風だった。
「テェ!?」
仔実装サイズの小さな身体は容赦なく陸風に吹き飛ばされ、復讐を誓ったばかりのエメラルは崖下へと落ちていく。
「テェェェェェェェェェッ!」
高さ数十メートルはある崖下へと、真っ逆さまに。
4
月明かりの下、茂比は少し遅めの帰路についていた。
今日はまさかの集団媚びという歓迎を受け、思わず頭がフットーしてしまった。
一匹残らず殺し尽くすと決めた茂比は、かなりの時間をかけて建物を破壊しては逃げる糞蟲を潰すという作業を延々と繰り返した。
すでに生きている実装石がいなくなってから、太田から活きのいいやつを連れてこいと頼まれていたのを思い出す。
仕方なく別の町を探して一〇匹ほど調達し、ついでにもうちょっと暴れてきた結果、気がつけばこんな時間になってしまったのだ。
一応、門限は日が暮れるまでということになっている。
まあルールを決めた木下さんも一昨日は帰ってくるの遅かったし、おあいこって事で許してもらえるよな。
「しかし、暗ぇなァ」
人工の灯りがない夜の世界。その見通しはかなり悪い。
月の光がこんなに明るいものだとはじめて知ったが、正直言って足下の街道がなければ無事にロッジへ戻れる自信がない。
暗闇は人を不安にさせ、自然と足早にさせる。
と、茂比は前方の闇の中に何かいることに気付いた。
「グルルルルゥ……」
「うわァ!」
低いうなり声に思わず飛びずさる。
が、すぐに目を輝かせてそれに話しかけた。
「おお、わんちゃん!」
この茂比という男、実装石に対しては一切の温情を持たない虐殺派であるが、それは別にかなりの愛犬家でもあった。
実家では七頭の犬を飼っており、特技はどんな犬とでもすぐに仲良くなること。
俗に言う『いぬばか』である。
思わぬわんちゃんとの出会いに、先ほどまで感じていた不安や苛立ちは吹き飛んでいた。
当然、接触を試みる茂比。
「ほら、わんちゃんエサあるよー♪」
「テェッ!?」
ポーチから先ほど掴まえた実装石の一匹を取り出す。
街道にしゃがみ込んで、掌でしっかりと頭を抑えたそれをわんちゃんの前に差し出した。
「ガウッ!」
わんちゃんは思いきり噛みついた。
茂比の足首に。
「痛えぇぇぇぇっ!?」
「テチッ」
実装石を取り落とし、地面を転がる茂比。
思いもよらない攻撃に混乱しつつも、なんとか痛みを堪えて上体を起こす。
「な、なにすんだよ、わんちゃん……」
そこでようやく彼は気付いた。
周囲を無数の野犬に取り囲まれていることを。
「え? あ……?」
辺りに響く獰猛なうなり声。
彼らの視線が集まる先はエサとして与えようとした実装石ではない。
実装石よりも大きく、肉付きのいい、茂比自身である。
遅まきながら彼はようやく自分が置かれた状況に気付く。
「う、うわあああああっ!」
逃げようとする茂比の太ももに別の野犬が噛みついた。
痛みによろけて膝をつく茂比。
そこへさらに別の犬が組み伏せるように飛びかかってくる。
「や、やめろっ! やめろァ!」
茂比は気付いていなかった。
いままで自分が相手をしてきた犬が、野生を忘れ飼い慣らされた犬ばかりであることを。
目の前に現れたわんちゃんが飢えた猛獣であることを。
そして、人間という『個人』は決して絶対的な王者ではないことを。
「くるなっ、くるなあぁぁぁぁっ!」
犬は集団で狩りをする生き物である。
追い回し、取り囲み、疲労させ。
隙を見つけて急所に噛みつき、自分たちより強い敵でさえ狩り殺す。
「うぎゃあああああああっ! 食うなァ! 俺を食うなァァァァァ!」
ルールなき野生。それは弱肉強食の世界。
弱い奴はなにもできずに玩ばれ続ける。
「ぐげっ、たのむ、やめっ……」
死ぬまで。
つづく
| 1 Re: Name:匿名石 2016/03/15-21:39:01 No:00001991[申告] |
| 他の野生動物が危険だって前振りがあったにも関わらず驚かされたわ。
世界観描写の積み重ねのおかげで納得感も同時に感じた。 |
| 2 Re: Name:匿名石 2016/03/15-23:18:50 No:00001994[申告] |
| モーニングスター振り回せばよかったのに… |
| 3 Re: Name:匿名石 2016/03/26-16:26:57 No:00002077[申告] |
| これはやばいことになってきたな |