タイトル:【虐殺】 DEXT 第二部・2話 ~屠城~
ファイル:DEXT 7話.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:950 レス数:2
初投稿日時:2016/03/15-12:23:59修正日時:2016/03/15-12:23:59
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   1

「さて、どうやって町の中に入るァ」
「考えなしに突っ込むのは止めにしたノ?」
「ばァか、せっかくこっちから攻め込むんだから、思いっきりヒビらせたいだろうがァ」
「あはは。茂比センパイ、意外と演出とかこだわるタイプなんですね」
「殺せればなんでもいいのかと思ってたノ」
「うるせァ。やっぱここは派手に壁をぶちこわして侵入するかァ?」
「でも、空いた壁から逃げられちゃうかもしれませんよ?」
「入り口がひとつしかないんだから、そこを塞ぐべきなノ。『屠城』なノ」
「あ、それ知ってます。中国で革命とかの後にやるやつですよね。
 町の出入り口を塞いで、逃げられなくしてから女子供も関係なく処刑しまくるっていう」
「妹ちゃんは詳しいノ。よく知ってるノ」
「えへへ、そういう話好きなんです」
「まあ、あの程度の高さの壁なら壊さなくても乗り越えられるァな」
「私はちょっとキビシイかもしれないです……」
「待つノ。よく見ると壁の上に棘が並べてあるノ」
「危ねァ。糞蟲のくせに余計なことしやがって、やっぱ壊すしかねえかァ?」
「できるだけ小さく壊して、崩れた瓦礫で入り口を塞げば良いと思いますよ」
「良い考えなノ。でも煉瓦って結構固いんじゃないノ?」
「ハンマーあるし、なんとかやれると思うァ。けど時間をかけ過ぎるのもかっこ悪いァ。
 なんかで気をそらせりゃいいんだがァ……」
「あ、だったらほら、そこのあれを使って——」



   2

 アーチ型にくりぬいたレンガの窓。その隙間から注ぐ朝の光に目を覚ます。
 草で編んだベッドから飛び起き、朝食のト=メィトゥを食べて表に出る。
 外は綺麗な青空が拡がっていた。

「今日も一日がんばるテチ!」

 軽く伸びをして町中を歩くひとりの実装石。
 彼女はこの『よしあきさんの町』で仔どもたちの教育をする仕事に就いている。

『ミーア』という名前をニンゲンサンから頂いて半年。
 現代の実装石の特徴通り、なりは小さいが立派な成体実装である。
 善良で真面目で、誇りを持って働く町の一員だ。

「こんにちはテチ、カティアさん」
「あ、こんにちはテチ。ミーアさん」

 途中で同年代の友人とすれ違い挨拶する。
 彼女は果樹園でト=メィトゥの収穫を仕事にしている実装石である。

「きょうも早くからおつかれさまテチ」
「そちらもごくろうさまテチ。そういえばミーアさん、明日の明日の明日のダンス大会は出るテチ?」
「もちろんテチ! ずっと待ち遠しくしてるテチ!」

 ダンス大会はこの町の娯楽のひとつであり、ミーアは特にそれを一番の楽しみにしていた。

「それはよかったテチ。また一緒に踊るテチ」
「今回はワタシの生徒チャンたちも連れていこうと思ってるテチ。よろしくしてやってテチ」
「グリュンさんの次女チャンたちテチ? もちろん大歓迎テチ!」
「あ、朝のお祈りがまだだったテチ。一緒に行かないテチ?」
「行くテチ。今日も一日いい日であるようにってニンゲンサンにお祈りテチ」

 ふたりで並んで町の中央の神殿(デックラド)に向かう。
 階段下で神聖なるポーズを取り、心を込めて祈りの言葉を口にする。

『テッチュ〜ン』

 神様(ニンゲンサン)に祈りを捧げた後、また明日と手を振ってそれぞれの仕事に向かう。
 ミーアは小走りに彼女の職場へと向かう。仔どもたちの待つ学校へ。
 お喋りをした分、少し遅れてしまったかもしれない。
 学校に到着すると、建物前の広間で仔どもたちが待っていた。
 自分の担当だけではなく他の仔たちも、同僚である先生実装たちもすでに集まっていた。

「遅れてごめんなさいテチ——」

 ふと、空が暗くなった。
 雲でも出てきたのかと思い、頭上を見上げるミーア。
 
 自分の立っている場所と太陽の間。
 そこには見慣れないモノがあった。
 空にあるはずのないモノ。ひとりでに飛んだりなんて絶対にしないモノ。

 大きな、岩。

 それはみるみるうちに大きくなり、ミーアの立っている場所から少し離れた場所に落ちる。
 小広場にいた何体もの仔実装や先生実装は無残に押し潰され、その勢いのまま学校の校舎が木っ端微塵に粉砕された。



   3

「ヒャッハーッ!」

 両手で抱えるほどの大きさの石を実装石の町へと投げ込んだ後、茂比は大ハンマーを握りかぶって入口あたりの街壁を思いきり殴りつけた。
 予想に反した軽い手応え。
 積み上げられた煉瓦は容易く崩れ、町の中へと残骸が飛び散っていく。

「チベッ」

 何匹かの仔実装がそれに巻き込まれて地面の染みになったのが見えた。

「おいおい、なんだよ意外と脆いなァ!」
「煉瓦はちゃんとした物だけど、接着が甘いようなノ。所詮は実装石なノ」
「なんでもいいから早く入りましょうよ! 仔実装ちゃんたちと早く遊びたいです!」
「んじゃ後は各自行動なァ。俺ァ木下さんの言ってた武器庫を潰してくるァ」

 茂比は街壁の中に入ると、膝くらいの高さの建物と建物の間をドスドスと駆けていく。

「ヂッ!」
「ヂュアッ!?」

 何が起こったのかわからず呆然としている仔実装や親指実装。
 それらを厚底の靴で道端のゴミ同然に踏みつぶしながら、小さな果樹園の横にある建物を目指す。

 何匹かの仔実装が目的の建物に向かってテッチテッチと走っていくのが見えた。

「はい残念遅かったね糞蟲ちゃァんァ!」

 茂比はわざわざそちらに向かってジャンプし、両足で着地する。

「テェァ……テチ……チッ」
「あァ!? 生きてんじゃねぇぞァ!?」

 狙いがわずかにすれ一撃で殺しきれなかった。
 そのことに苛ついた茂比は地団駄を踏むように何度も踏みつぶす。

「ふう、これでよしァ!」

 地面にべっとりした緑の染みができ上がったことに満足したら、建物の破壊にかかる。
 バールのような物で天井部を崩すと、確かにいくつもの槍や弓があるのが見えた。
 簡素だが投石器のようなものもある。
 崩した煉瓦を足で集め、それらの上に積み上げる。
 振り向けば最初のやつから少し遅れて駆けつけた、一〇匹ほどの仔実装が集まっていた。

「偉いなァ糞蟲ちゃん、わざわざ集まってくれたのかァ?」
「テ、テチィ……」

 怯えてはいるが、逃げだそうとはしない。
 急に現れた巨大な敵に対して、パニックに陥ることなく進んで武器を取りに来た実装石どもだ。
 さぞや楽しませてくれるんだろうなァ。

 茂比はにやりと口元を歪める。
 バールのようなものを振り上げる。

「オラオラオラオラオラオラァ! 死ねや糞蟲どもがァ!」

 モグラ叩きのように目の前の仔実装たちを叩き潰す。

「ヂッ」
「ヂュッ」
「ヂベッ」

 脳天に直撃を受けたやつはほとんど声も上げずに頭を砕かれて死んだ。
 やがて生き残った何匹かが糞を漏らしながら逃走を始める。

「テェェェェッ!」
「逃がすかよっ!」
「チベッ」

 近くのやつを思いきり靴底で踏みつぶす。
 別の糞蟲は建物の中に逃げ込んだ。

「ヒャッハァ! 隠れてないでもっと遊ぼうぜァ!」
「ヂッ」

 バールのようなものをフルスイング。
 煉瓦が崩れ瓦礫と血肉が飛び散る。

 ああ、なんてキモチイイんだァ。
 物理こそパワー。この手で肉を潰す感触を味わってこその虐殺派。
 潰れるときの小さな断末魔がまた耳に心地良い。
 誰にも咎められずこんなたくさんの糞蟲を潰せる喜びに、茂比は恍惚の表情を浮かべていた。

「……ん?」

 ふと、茂比は一匹の仔実装が崩れた武器庫の上で瓦礫の山を掘り起こしているのに気付いた。

 わずかな違和感。
 そういえば、こいつら糞を投げてこないな。
 ここまで一度も成体実装を見ていないのも気になる。

「おい」
「テッ!?」

 茂比は戯れにその仔実装を掴み上げ、音声式リンガルに繋いだイヤホンを耳につけた。

「お前、親はどうしたァ?」
「テェェ……」
「答えろ、殺すぞ」

 顔を歪ませ、握る拳に軽く力を込める。

「テェッ! や、やめテチ!」

 骨が砕ける直前で止めてやると、仔実装は苦しそうな顔で赤と緑の涙を流しながら答える。

「ま、ママは去年死んじゃったテチ!」
「へぇァ。まだガキのくせに一匹で生きられんのかァ?」
「……? ワタシはもう立派なおとなテチ。それにトモダチもいるからひとりじゃないテチ」

 どうやらこの個体、こんなナリでも成体実装のようだ。
 こいつだけじゃないだろう。ここのやつらは仔実装サイズで成長が止まるのか。
 まあ、あり得ない話ではない。
 飼い虐待とかで十分な栄養を与えなければそういう風になるという話も聞いたことある。

「次の質問だァ。お前ら、誰かに飼われてんのかァ?」
「……? 『カワレテ』って、なんテチ……?」

 飼いという概念を知らない。
 やはり人の手の入っていない実装石なのか。

「じゃあ、人間に会ったことはあるかァ?」
「にっ、ニンゲンサンはどこかでワタシたちを見守ってくれてるテチ!」
「む」

 この返事に茂比は少し慌てた。
 飼いという認識はないが、やはり誰かの所有物なのか?
 勝手に殺したことを咎められたら面倒くさいな……などと思っていると、今度は糞蟲の方から話しかけてきた。

「……わ、ワタシからも聞きたいテチ!」
「あァ?」
「アナタはいったいなんなんテチ! なんで、なんでこんなことするんテチ!?」
「何って……人間だよ、見りゃわかんだろ」

 イラッとしつつも答えると、手の中の実装石は愕然とした表情を浮かべた。

「う、嘘テチ……ニンゲンサンが、こんなことするはずないテチ……」
「へっ、虐待派に会うのは初めてかァ?」
「ギャクタイハ……?」
「俺がお前らを殺す理由かァ、答えてやんよァ! 楽しいからに決まってんだろうがァ!」



「た、楽しいって……こんな、こんなことがテチ……?」

 その実装石、『グリュン』はモヒカン男の手の中で戦慄していた。
 命とは尊いものである。
 儚く弱いここの実装石たちは、それを小さい頃より丁寧に教え込まれる。

 街壁の外にいる動物たちは実装石を襲って捕食する。
 けどそれは、自らの命を繋ぐために仕方なくやっていること。
 悲しいけれど自然の摂理というやつだ。

 でもこんなのは違う。
 掴まえて食べるわけでもない。
 命を奪うことを楽しむなんて、そんなの許されるわけがない!

 あなたに踏みつぶされたお風呂沸かし実装のプティさんも、
 変な棒で頭を潰された街壁修理実装のナニーさんも、
 原形を留めないほどグチャグチャにされたエルニアさんも!

 みんなみんな、一生懸命生きてた! とってもいいひとたちだっったのに!

「アクマテチ……おまえは、アクマテチ……」

 血の涙を流しながら、グリュンは男を見上げた。
『アクマ』というのがどんな概念かはよくわからない。
 ただしこいつは間違いなく『それ』であるとハッキリと思った。

「あァ? 俺が悪魔ならテメエラはなんなんだよァ?
 テメエラだって食うために自分より弱い生き物を殺したりしてんだろうがァ!」

 大声で反論する男にビクッと身体を震わせながらも、グリュンは健気に言い返す。

「わ、ワタシタチはそんなことしないテチ……
 他の動物はともかく、ワタシタチ高度なチセイを持つ実装石は命を奪わないんテチ……」
「はァ? んじゃテメエラは何を食って生きてんだよァ?」
「ワタシタチはごはんの実を食べてるテチ。ごはんの実はニンゲンサンが与えてくれた恵みなんテチ」
「あァ!?」

 身体を締め付けるモヒカン男の手に力が入る。

「テチャッ!?」
「そりゃつまりアレだろァ? テメエラは、ごはんの実とやらを殺して食ってるんだろうがァ!」
「テチッ!? 違うテチ、ごはんの実は生き物じゃないテチ!」
「何が違うァ!? ごはんの実だって頑張って成長して木になってるだろうがァ!」
「テェェ!」

 そんなこと考えたこともなかった。
 だって、だってごはんの実はニンゲンサンの恵みだって!
 食べてもいいものだって教わった!

「ごはんの実さんだって一生懸命生きてたんだァ……
 それを、それを収穫して、殺して食うなんてァ……
 きっと痛かっただろうに、辛かっただろうに、苦しかっただろうにァ……」
「テェッ! ごはんの実はそんなこと考えないテチ!」
「テメエが勝手に決めるんじゃねえァ!」
「テァァッ!」

 痛い、いたいいたいやめて! これ以上締め付けないで!

「テメエはごはんの実さんなら殺しても構わないって言うのかァ!
 抵抗しないから、食っても問題ないからってァ!
 ゆ、許せねえ……なんて自分勝手な生き物なんだァ……!
 糞蟲ァ! テメエの都合で殺して良いやつとダメなやつを分けるんじゃねぇァ!」
「ヂィィィィッ!」

 なんなのこの人!? それをやってるのはあなたでしょ!?
 反論したくても身体を締め付ける手が苦しすぎてもう言葉も出せない。

「こ、殺してやるァ……! ごはんの実さんの仇だよァ……!?」

 グリュンの視界がぐんと高くなる。モヒカン男が頭上高くに持ち上げたのだ。
 そして、思いきり頭を建物の壁に打ち付けられる。

「テッ」
「死ね! 死ね死ね死ねっ! 命の尊さを理解できない糞蟲は死んじまえよァ!」

 何度も何度もグリュンを叩きつけながら、モヒカン男は涙を流し絶叫していた。
 手の中の実装石が息絶えて潰れても、その手が休まることはなかった。



   4

「“茂比”のやつ、“テメー”の言葉に“キレ”っちまってやがるノ……」         !?

 崩れた煉瓦を積み上げ出入り口を塞ぎながら、デブの太田は虐殺を楽しむ茂比を遠目に眺め呆れていた。
 あのイカレたコスプレからもわかるように、茂比は自分の世界に入り込む癖がある。
 楽しそうなのはなによりだし、良いやつなのは確かだが、どうにも趣味が合わない。
 やはり実装石は時間をかけて楽しまなければ。

「さてと、なノ。“収穫”を始めるノ」

 実装石たちの逃げ場を塞いだ太田は、実験に使う素材を吟味することにした。
 彼はインドア虐待派である。
 素材は自分で調達するが、基本的に楽しむのは虐待設備の揃った自室の中だ。

 太田は『殺す』ことに興味はない。
 それは結果であり実験終了の合図だ。
 すぐ死んでしまわないよう偽石摘出とコーティングをしないと満足に楽しめない。

 彼の手には実装石を掴まえるための大きめの空箱があった。
 麗華さんに頼まれた分も掴まえなくてはならない。

 とりあえず一〇匹くらいいれば良いか。
 選別を開始する。
 腹に巻いたポーチからねずみ花火を取り出して火をつけ、突然の襲撃に怯え震えている仔実装たちの中に大量に放り込む。

「テェェェェェッ!」

 無軌道に暴れ回るねずみ花火は燃えやすい実装石たちにとって恐怖でしかないだろう。
 パニック状態でこそ実装石は本性を垣間見せる。
 他者を押しのけて逃げるような糞蟲はいらない。
 太田が好きなのは自分の身を挺して仔や妹を守るような健気な実装石だ。
 ところが……

「こ、これはどういうことなノ……?」

 実装石なんて大半は自分さえ良ければいいと思う糞蟲ばかりだ。
 普段は仔を愛し育てているように見える親も、身に危険が迫れば容易く見捨てる。
 仲良し姉妹だって飢えれば共食いを始める。
 命の危機に陥ってもなお愛情深い個体なんて、よく調教された高級飼い実装か、自然の奇跡が産んだ何百分の一の天然物の良蟲くらいだ。

「アッチはまだ大丈夫テチ! 急いで逃げテチ!」
「ひとりで逃げられないテチ! アナタも一緒に行くテチ!」
「ママの後ろに隠れてるテチ、絶対に守ってあげるテチ!」
「ママァ……ワタチは逃げ大丈夫だから、はやく逃げてレチ……」
「みんな、こっちテチ! こっちは安全テチ!」

 リンガルイヤホンから流れてくるのは、そんな他者を気遣う言葉ばかり。
 自分を優先して他石を踏みつけるやつなんて一匹もいない。
 なんだ、こいつらは?
 どんな調教を受ければこんな集団ができあがるんだ? 

「テッ!?」

 ふと一匹の実装石が、とある方向へ向かっていくねずみ花火に気付いて振り返った。
 そしてもの凄い形相でそちらに向かって走って行く。
 なにをする気だ?

「テァァッツ!」

 なんとその実装石は、自らの身体でねずみ花火に覆い被さってその動きを止めた。
 当然ながら炎は実装服に、そして身体に引火して激しく燃え上がる。

「ヂィィィィィィッ!」
『テ、テチミサァァァン!』

 他の実装石たちが急いで彼女の元に集まりだした。
 しかし消化する術はなく、黙って付近で見守るだけ。

 火が消えた頃、すでに投げたねずみ花火はすべて勢いを失って止まっていた。
 結局、当たって犠牲になったのは自ら覆い被さった一匹だけだ。
 身を挺してまでこいつはいったい何を守りたかったのか。
 太田は視線を前方に向ける。

 そこは町の中心部。他と比べてひときわ大きな建物があった。
 全長は街壁よりも高く、175センチある太田の身長とそう変わらない。
 地面から伸びた階段が胸の高さあたりにある入り口に繋がっている。

「これは一体なんなノ?」

 太田がその建物に近づこうとすると、一〇匹ほどの実装石が立ちふさがった。
 震えながらも懸命に両手を拡げ、ここは通さないぞと言いたげに太田を睨み付ける。

「テシャァァァァ! ニンゲンサンには、指一本触れさせないテシャァァァ……!」

 リンガルを通して聞こえる声に太田は驚く。
 人間だって?

 いくら他の建物より大きいと言っても、入り口は人間が入れる大きさではない。
 もしこ建物の中が全部空洞だとしても、人間が入るには蹲ってジッとしていなければならないだろう。

 仮説を立ててみる。

 この中にいるのは実際のの人間ではない。
 だが、おそらくは実装石たちが命を呈しても守りたいなにかであるのは間違いない。
 ならば『人間』というのはこいつらにとっての『神』のようなものではないのだろうか。

 驚くべき事に、ここの実装石は高い宗教性を持ち合わせているのだ。
 ガタガタと震え、血涙を流し糞を漏らしながらも、必死にこちらを睨み付けてくる。
 大切なものを守るため、自分より遙かに大きな敵に立ち向かう小さな小さな実装石たち。

「おまえたち、とっても一生懸命なノ……」

 なんとも胸を打つ姿じゃないか。

「どーんっ!」
『テッチャアアアァァァァァァッツ!』

 太田は実装石たちを跨ぐとその巨体でもって建物に体当たりを喰らわせた。
 見た目に対して意外と脆いその建物はあっけなく崩れ落ちていく。
 まるでセロハンテープで補強しただけの積み木の城だ。

「さて、何がでてくるか……なノ?」

 瓦礫の中に手を突っ込み掘り返す。
 煉瓦の一つ一つのサイズが小さいのでかき混ぜるのは用意だった。
 ふと煉瓦とは違う感触が指先に触れ、それを引っ張り上げてみる。

「なんなノ? 石?」

 掌に収まる程度、親指実装くらいの大きさ。
 よく見れば人型に見えなくもない石だった。
 足下に集まった実装石たちがポフポフと脛の辺りを叩いてくる。

「はなせテチ! ニンゲンサンを帰すテチッ!」

 なるほどこれがこいつらのご神体か。
 とりあえず太田はそれを力一杯遠くへ放り投げた。

『テェェェェッツ!』

 街壁を越えて見えなくなる。パキン。
 石が割れた音かと思ったが、足下を見れば一匹の実装石が両目を濁らせて倒れていた。
 他の実装石たちも血の涙を流しながら泣き叫び震えている。

「酷いテチ、テェェェン」
「ニンゲンサンが、ニンゲンサンがナイナイなっちゃったテチィィ、テェェェン」
「テェェェン、テェェェェン」
「おまえたちは、なんて、なんてやつらなノ……」

 偶像対象が破壊された程度でこんなに悲しむなんて。
 まるで与えられたオモチャに固執する飼い実装のようじゃないか。

 素晴らしい。天然物でこんな良蟲が大量に収穫できるとは。
 太田はこいつらを連れ帰って『遊ぶ』事に決め、逃げようともせず泣き続ける哀れな糞蟲たちを次々と籠の中に放り込んでいった。



   5

「ほらぁ、怖くないですよー」
「レチ……」

 その仔実装は蹲って震えていた。
 まだ名前もなく、周りからは「ラアイさんの四女ちゃん」と呼ばれている。

 昨日もぐっすりと眠り、外が明るくなったからママに起こしてもらった。
 おいしいごはんの実を食べて、いつものようにお仕事に向かうママや、学校へと出かけたオネエチャンたちを手を振って見送っていた時のことだった。

 みんなをソトの怖いことから守ってくれる壁が、いきなり崩れてしまった。
 ママやオネエチャンたちは降ってくる壁に潰されてしまった。
 すごくおおきくてこわいいやつらが入ってきて、他の仲間たちを潰したり火のついたこわいのを投げたりした。

 助けて、だれか!
 ママが潰されちゃったことを記憶から消して、ラアイさんの四女ちゃんと呼ばれている仔実装は危険が過ぎ去るのを待った。
 そんな彼女に手が差し伸べられる。

 それはこわくておおきいやつらのひとり。
 実装石たちよりもずっとふさふさの黒い髪の毛。目の色も緑と赤じゃない。
 長い足を曲げてしゃがみ、優しそうな笑顔を浮かべながら掌を差し伸べてくる。

「レチ……?」

 不思議と、こわい感じはしなかった。
 ほかのふたりの大きいやつはこわいけど、この大きいやつはこわくない。
 そいつの手は先っぽが五つに分かれている。
 その一番左側の短いのでさえ、自分と同じくらいの大きさがある。
 ラアイさんの四女ちゃんは恐る恐る顔を上げると、レチレチと歩きながらその指先に触れた。
 あったかい。

「レェ……」

 なぜか心が穏やかになる。
 忘れていた何かを取り戻せたような、そんな温かさだった。

 遺伝子に染みこんだ記憶が呼び起こされる。
 実装石は、本能的に『人間』の温もりを求めている。

「レェテ……」

 ラアイさんの四女ちゃんは大きいひとの掌の上に乗った。

「レッ!」

 大きいひとの手が持ち上がる。
 ラアイさんの四女ちゃんは今までに見たことのないほど高い目線から地面を見下ろす。
 こわい!
 けど……あったかい。

「かわいいなぁ……親指ちゃん、お名前は?」
「レチ……」

 名前を聞かれているのはわかる。
 でも名前を持たない彼女はそれに答えられない。
 そんな心の機微を察したのか、大きいひとはにっこりと微笑むとびっくりすることを言った。

「お名前がないなら私がつけてあげる。ちっちゃいからプチちゃん。どう?」
「レェッ!?」

 名前? ワタチの名前!?
 まだオトナじゃないのに、お名前がもらえるの!?

 ああ、そっか。
 このひとが「ニンゲンサン」なんだ。
 この身体を包む温もり。優しい笑顔と声。
 ママたちが大事にしなさいっていったニンゲンサンに違いない!

「レチュ……お名前、嬉しいレチュ……」

 ニンゲンサンのもう一つの手が近づく。
 ラアイさんの四女ちゃんは——ううん。
 プチは頬を赤く染めながら、ニンゲンサンの指先に抱きつき、頬ずりした。

「ああ、ホントにかわいいなぁ……」

 ニンゲンサンは手を持ち替え、優しく頭を撫でてくれる。
 なんてあったかい。なんて幸せ。

「大好きレチュ、ニンゲンサン……」
「私も大好きだよプチ。ほら金平糖をあげる」

 ニンゲンサンはトゲトゲがついた青い塊をプチの前に差し出した。

「テッ!?」

 それが何かわからず怯えるプチ。
 甘い匂いはする。
 でも、ごはんの実以外は食べちゃいけないって教わったから、それが食べ物だって認識できない。

「わからないかな? じゃあ、これでどう?」

 ニンゲンサンはそのトゲトゲの青いのを引っ込めて自分の口に入れる。
 すこしペロペロした後、表面が溶けたそれをプチの口に当てた。

 ……あまい!

「レチュ〜ン」

 思わず身体が蕩けそうになる。こんな甘くておいしいものがこの世にあったなんて!
 プチはそれを両手で掴み、もう一度ニンゲンサンを見上げる。
 ほんとうにこれ、もらっていいの?

 ニンゲンサンは優しく頭を撫でてくれる。
 プチは遠慮がちに手の中の金平糖を舐める。
 おいしい。しあわせ。
 ニンゲンサン、大好き。

「レチュ〜」
「ああ、プチ。プチ。大好きだよ」
「レェェ……レチッ!?」

 突然、右手に激痛が走った。
 持っていた金平糖が落ち、ニンゲンサンの手からこぼれる。
 いたい、痛いいたい痛い!

「かわいいプチ。優しくしてあげるからね」

 右手が折れてる。
 それをつまんでいるニンゲンサンの手。
 折れた右手が引っこ抜かれる。

「レェェェェェッ!?」
「私が守ってあげる。怖いことなんてなにもないんだよ」

 想像を絶する痛みに気が狂いそうになる。
 それを阻止したのはさらなる痛み。
 今度はいつの間にか左手を掴まれ、肩の辺りを潰された。

「イタイ! イタイレチュ、ニンゲンサンッ!」
「大丈夫だよ。痛くないから、怖がらないで」

 ニンゲンサンは笑っている。
 こわい笑みじゃない。さっきと何も変わらない優しい笑顔。
 その言葉もとてもやさしい。まるでママのよう。
 なのに、なんでこんなことするの!?

「レチィィィィィッ!」
「美味しいものお腹いっぱい食べさせてあげるね。
 おもちゃも買ってあげる。もちろん大好きなママともずっと一緒に暮らせるよ」

 足を引っこ抜かれ、お腹を指先で貫かれ、髪の毛を毟られる。
 ものすごく痛い。身体が壊れていくのがとても悲しい。
 なのにニンゲンサンは温かくて優しい言葉と笑顔をくれる。それが嬉しい。
 プチは自分がいったいどうなっているのか理解できなかった。

「大好きだよ、プチ」

 気付けばニンゲンサンの手にキラリと光るこわいものが握られていた。
 それがハサミと呼ばれるものであることをプチはしらない。
 開いた刃と刃の間が股に当たる。ギラギラのこわいのが目の前にある。

「レチ……」
「これからも、ずっと一緒にいようね」

 ハサミが閉じられ、プチの身体は縦真っ二つになった。



「はぁ、かわいかったぁ……」

 二つに分かれた仔実装プチの身体が地面に落ちる。
 桐野妹は地面の染みとなった彼女の変わり果てた姿を見届けることなく、幸せそうに頬を緩めながら緑と赤の血肉に染まったハサミをハンカチで拭った。

 彼女は愛護派である。
 だれがなんと言おうと愛護派である。

 だってこんなにも実装石を愛してるんだから。こんなにかわいいと思ってるんだから。
 とりあえず、たったいま切り裂いた仔実装……
 ええと、名前はなんだっけ? まあいいや。
 その仔のことは忘れて次の愛でるべき対象を探しに行く。

 虐待派の人たちはわかっていないと桐野妹は思う。
 実装石は人間の言葉を理解する。
 優しい言葉をかければそれに対して素直な気持ちを返してくれる。
 心と心のコミュニケーション。
 嘘やごまかしで身を固めなきゃ生きていけない人間なんかより、よっぽど美しい心の交流ができる。
 だから私は実装石を愛してあげるの。たっぷり優しい言葉をかけてあげる。

 上げ落としなんかじゃないよ。
 だって本当に大好きなんだから。命が消える最期の瞬間まで、ずっと。

「あ」

 建物と建物の間で震えている二匹の親指実装を発見した。
 心持ち大きい方が小さい方を庇うように覆い被さり、レチレチレチレチと声を上げて震えている。
 美しい姉妹愛! かわいい!

「ふたりともっ」

 桐野妹が側にしゃがみ込んで声をかけると、二匹はビクッと反応した。
 かわいいなあ、もう!
 姉だと思われる方が顔を上げ、涙を流しながら懇願するように言う。

「ワ、ワタチはどうなっても構わないレチ! だからイモウトチャだけは助けてあげてくださいレチ!」
「オネチャ、ダメレチィ……ニンゲンサン、お願いだから見逃してレチ……」

 ああ、ああ、もう!
 なんて良い仔たちなんだろう!

「怖がらなくて良いよ。私はひどいことなんて何もしないんだから」
「レチ……?」
「ふたりとも、私が守ってあげるからねっ」

 桐野妹は迷ったけれど、とりあえずハサミを妹親指の頭の真ん中に当てた。
 じゃきん。
 不思議そうな顔のまま鼻から上がずれ落ち、地面に落ちて瞳を曇らせる妹親指。
 断面から血と脳症がびゅーびゅーと吹き出し身体にかかっても、姉親指はしばらく何が起こったのか理解できていない様子だった。

 一〇秒ほど経ってから、喉も張り裂けんばかりに絶叫する。

「レェェェェェェェェェッ! イモウトチャ! イモウトチャァァァァァァァン!」
「……ああっ♪」

 小さな身体のどこにそんなに蓄えていたのかというほど涙と糞を流しながら、姉親指がもう二度と動かない妹の身体を必死に揺さぶる。
 桐野妹は恍惚としながら小さなメスをポケットから取り出し、姉親指の身体を持ち上げた。
 姉親指がしっかりと掴んでいたため、妹親指の身体が数センチほど一緒に浮き上がったが、すぐにその手から離れ地面に落ちる。
 それでも姉親指は妹を必死に呼んでいた。

「イモウトチャァァァ! イモウトチャァァァァン!」
「大丈夫だよ。妹もあなたもきっと助かるから」
「レェェェェッ!」
「こわくないよ。絶対に私が守ってあげるから」
「レチャァッ! やめて、ニンゲンサンやめてレチャッ!」
「かわいい親指ちゃんたち。あなたたちのこと、大好きだよ」
「レッチィィィィィィッ!」

 姉親指が事切れたとき、彼女の身体は無数の切り傷から血と内臓と糞をあふれ出させていた。

「イモウトチャ、守れなくて、ごめんレチ……」

 そんな優しくも悲しい最期の言葉に、桐野妹は叫び出したいほどの愛を迸らせた。



   6

「お前ら何匹殺ったァ? 俺ァ五〇は潰したぜァ!」
「数を誇るのは馬鹿なノ。ボキの本番は持ち帰ってからなノ」
「はう〜ん、もう幸せすぎて泣きそうです〜」

 モヒカン茂比の握り締めるバールのようなものは持ち手を除いて赤と緑に染まっている。
 デブ太田の抱える籠からはテチーテチーと捉えられた敬虔な実装石たちの叫び声が聞こえてくる。彼女たちの『本番』はこれからだ。
 中学の女子制服を返り血に染めた桐野妹は恍惚とした笑顔で夢見心地状態である。

 すでに表を歩いている実装石はほとんどいない。
 人間の襲来をうけ、最初こそは抵抗するそぶりを見せた者もいたものの、今では大半が建物の中に逃げ込んでしまっている。
 蹴り飛ばせば建物は簡単に崩れるので、やろうと思えば全滅させることも可能である。
 実際に茂比は逃げた糞蟲も何匹か建物ごと潰した。

「まあ、別にボキたちはこの町を滅ぼすのが目的じゃないノ。十分に楽しんだらもう帰るノ」
「お土産いっぱいつかまえました!」

 桐野妹はファンシーなケースを掲げてみせる。
 その中からはレチレチレチと親指サイズの仔実装たちの声が聞こえていた。

「ちっ。俺らがいなくなった後で糞蟲が安堵すると思うとムカつくが、いい加減に腹も減ったしァ」
「そうなノ。こいつらは多分放っておけばまた再興するノ。増えたところを採取すれば何度でも楽しめるノ」
「まあ仕方ねえァ。別に皆殺しにする必要もねえしなァ」

 太田の意見にしぶしぶながら茂比も妥協する。
 そんな二人に桐野妹は首をかしげた。

「え、お二人ともなに言ってるんですか? 屠城の締めっていったら、やっぱり——」



 炎がごうごうと燃え上がる。
 それは死のキャンプファイヤー。

「うわあ、綺麗ですね−。
 もっと時間かかるかと思ったけど、あの赤い煉瓦って燃える材質なんですねー。不思議ー。
 ばいばーい、実装ちゃんたちー!」

 燃えているのは実装石たちの町。
 住んでいた実装石たちが『よしあきさんの町』と呼んでいた、小さいながらも確かな生活と日々の営みがあった都市国家。
 遠く離れた丘の上からそれを眺める桐野妹は実に楽しそうだった。
 二人の虐待派大学生たちはその様子を引きつった顔で遠巻きに眺めながら、彼女には聞こえないよう呟く。

「愛護派が、聞いて呆れるぜ……」
「こいつ人間“やめ”っちまってるノ」     !?

 故郷を失った仔実装たちの入ったファンシーな籠を大事そうに抱え、制服を血に染めた女子中学生が楽しそうに歩いてくる。

「さ、帰ったらお昼にしましょ! 
 太田さんいっぱいつかまえましたよね、仔実装ちゃんの丸焼き食べたいです!」
「あ、ああ、余裕はあるノ」
「まあ食うモンには困らないからいいよな」



 三人の邪神(ギャクタイハ)が住処へと帰っていく。

「テチ……テチテチ……」

 燃え上がる町の近くでその後ろ姿を睨み付ける一対の目が合った。
 それは運良く討ち漏らされた実装石。
 決して枯れることのない涙を流しながら復讐を誓う彼女の存在に、去って行くギャクタイハたちは気がつかなかった。

                                      つづく
 

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/15-22:53:22 No:00001992[申告]
茂比も大概だけど、桐野妹が一番怖えぇwww
実装石から見ればまさに進撃の邪神だよなあ…
2 Re: Name:匿名石 2023/05/10-19:18:37 No:00007143[申告]
虐待派とはいえ明らかに文明化してんのにそれぶち壊すとかコイツラ本当に大学生か?
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