タイトル:【観虐】 DEXT 第一部・5話 ~シビタス/邪神降臨~
ファイル:DEXT 5話.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:1235 レス数:6
初投稿日時:2016/03/08-12:16:16修正日時:2023/02/02-20:59:56
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   1

 マルガオ族の長の屋敷に一匹の実装石がやってくる。
 彼女は短い足で器用に正座のような格好になると、ぺこりと頭を下げた。

「今日は、お願いがあってまいりましたテチ」

 彼女は今年で産まれて一年になる。
 マルガオ族の生態上、その姿はかつての仔実装と変わらない大きさであるが、すでに村の方針決定の話し合いにも参加している立派な成体実装である。

 慇懃な態度の彼女を高い台座に座って見下ろすのは、マルガオ族の村の長。

「面を上げるテス」

 長はなんと今年で六歳になる。
 この一族ではあり得ないほどの長寿であり、かつての中実装程度の体格がある。
 許しを得た若き成体実装は恐る恐る顔を上げた。

「なんとなくわかっているが、ハッキリ言ってみるテス」

 他のマルガオ族から見ればまさに巨体。
 威厳ある長を前にすると、怒られているわけでもないのに身体が震えてしまう。
 だが、しっかりと言わなければ。
 彼女は覚悟を持ってここに来ている。
 若き成体実装は大きく息を吸うと、思い切って願望を口にした。

「実は、村を出ようと思っておりますテチ」

 マルガオ族の村は始祖以来ずっと閉鎖的な生活を送ってきた。
 敵襲の恐れがあれば全員で移動するが、個体が勝手に移動したりすることはない。

 マルガオ族は自分たちがとても弱く脆いことを知っていた。
 欲望に任せた個の勝手な行動が全体を危機に貶めることもよく知っている。
 だから厳しい教育で欲望を抑えてきたし、群れに害悪と判断された者は排除されてきた。

 『和をもって貴しとなせ』
 それがこの村の最大の掟であり、ここまで生きながらえてこられた理由である。

 村を出たいなどと言えば、糞蟲認定されてもおかしくない。
 もしかしたら自分は殺されるかもしれない。
 それでも彼女はいつしか芽生えた好奇心という感情を消せなかった。

 しばし無言の時間が続く。
 若き成体実装は不安に震える身体を抑えるので精一杯だった。

 やがて長はゆっくりと口を開く。

「やはり、血は争えないテス」
「……え?」

 彼女は長から見て玄孫にあたる。
 だが、それを理由に甘い決断をしてもらえるとは思っていない。

「いつかこんな日が来ると思ってテス。デカ実装との戦いから五年……むしろ遅すぎテス」
「え、え? そ、それじゃ……テチ」
「村から出るというオマエの意見を支持するテス」
「テェェェッ!?」

 正直に言えば、許してもらえるとは思えなかった。
 それどころか、こんな許されない衝動を持つ自分を糞蟲だと思い悩み、長の手で裁いてもらうくらいのつもりでいたのだ。
 思わぬ長の裁断に彼女は滂沱の涙を流す。
 そんな若き成体実装を戒めるように長は言葉を続ける。

「ただし! 勝手に出て行くことは許さないテス! これは村の方針として決めることテス」
「テ?」
「というか、何度言えばわかるテス。ワタシが許可を出しても仕方ないテス。すぐに年長者を集めて話し合いをひらくテス」



   2

 シモブクレ族との戦いからすでに五年の時が流れていた。
 かつての戦闘を実体験として知る者は村長ただひとり。
 あの時の気持ちを忘れないうちに何かを成したいとは思っていたが、これまでついぞ何もすることなく時間が過ぎてきた。
 いま、若い世代からその声が上がったことを彼女は嬉しく思う。

「ワタシタチは変化を受け入れるべき時なのテス!」

 彼女は村の話し合いで熱弁を振るった。
 それは村から出ると言いだした若き成体実装ですら驚くの熱意であった。

 長は村の王様ではない。あくまで会議を取り仕切るための存在だ。
 それも一番の年長者が自動的に任命されるだけで他より偉いわけでもない。。
 村の方針として何かをするときには必ず多数の納得を得る必要がある。
 歴代の長よりも遙かに威厳があり、戦争を乗り切った記憶を持ち崇敬を集めている今代の長も、その点は変わりないのだ。

 話し合いの最後に多数決が行われた。
 これまでの村のあり方を大きく変える決定である。
 普段は長の言うことならば何でも聞く村の年長者たちだが、今回ばかりは反対票を投じる者も少なくなかった。

 結局、わずか二票差でそれは決定した。

「さあ、開拓団を組織するテス!」

 シモブクレ族との戦いの後は二〇匹にまで減っていた村の実装石の数も、すでに一五〇を超えるまでに膨れあがっていた。
 増えた理由はいろいろある。
 天敵であるシモブクレ族がいなくなったこと。
 食料を長期保存する術を覚えて余裕ができたこと。
 とにかく気がつけば、かつてないほど村の規模は大きくなった。

 それはそれで問題である。
 木々を伐採するような技術はないため、山中ではむやみやたらに生活スペースを増やせない。
 直接民主制なので、話し合いに参加する年長者だけでも三〇体を超えることになる。
 いまは今代の長の威光でなんとか取りまとめられているが、次代もそうできる保障はない。

 どれほど教育されても実装石が群れで暮らすための適正数はおそらく最大で一〇〇匹ほど。
 それ以上は常に崩壊の危険性をはらむ。
 かといって食料に余裕があるのに過度の産児制限を行うのも何かが違う。
 それでは成体ばかりが増えて全体のバランスが崩れてしまう。

 だから、村を分けることにした。
 五〇匹ほどの開拓団を組織し、別の場所に新たな村を作ろうというわけだ。
 開拓団のリーダーには長へ嘆願しに行った成体実装が選ばれた。

「じゃあ、行ってくるテチ」

 彼女に付き従うのは開拓団員はさまざまな役割を持つ個体で構成される。。
 いざというときは槍と弓を持って戦う戦闘要員。
 ト=メィトゥの栽培や加工技術に精通した者。
 武具や煉瓦などの物作りの専門家。
 そして未来を担う仔どもたち。

「頑張って使命を果たすテチ」
「これが新たな歴史の一歩テチ」
「期待してるテチッ、達者でやるテチーッ!」
「ワタシタチの分まで頑張ってくれテチ!」

 一団は村に残る者たちに見送られながら出発する。

 とても弱く、寄り添い固まり合っていなければ常に絶滅の危機があるにも関わらず。
 マルガオ族は……いや。
 この地域に唯一残った実装石たちは、自らの意志で変化を求めて旅立った。

「勇敢なる仔らよ、実装石の未来を頼んだテス……」

 開拓団の出発を見送った翌日、長は永遠の眠りについた。

 なお、これは余談であるが……
 マルガオ族の村は半年後に大雨による地崩れに巻き込まれて全滅することとなる。
 開拓団がその事実を知ることはなく、またもギリギリで種の命脈を保った実装石たちは、新天地で懸命に生きていくのだ。



   3

 開拓団の旅路は決して楽なものではなかった。
 山を下りればすぐに野生の獣に狙われる。
 小さく動きの遅い実装石は、廃墟の崩壊から免れた猫やカラスにとって恰好のエサである。

「ひ、怯むなテチ! 落ち着いて矢を射かけるテチ!」

 だが彼女たちも昔の無力な実装石ではない。
 草むらからの猫の奇襲で二体の仔が犠牲になったが、すぐに体勢を整えて反撃を行う。
 無数に放たれる飛び道具に猫はたまらず去っていった。

「テェェン、長女チャン、次女チャァン」
「辛いけど泣いてる場合じゃないテチ。これ以上の犠牲が出ないよう周囲に気を配るテチ」

 無残に引き裂かれた仔たちを弔い、また一団は先へ進む。
 その後も何度か野生動物の襲撃を受けた。
 そのたびに弓を引き絞り、槍を振るい、何とか撃退していった。

 非力な実装石たちでは敵にトドメを指すことは難しい。
 でもそれでいい。
 簡単に狩れない存在だと思わせ、撃退すればいいのだ。

 何度目かの襲撃で運良く猫を倒す事ができたが、

「この死骸はどうするテチ?」
「放っておけば言いテチ。そのうち大地に返るテチ」

 彼女たちは伝統的に肉食を行わない。
 村では動物が捕れなかったという理由もあるが、長い年月の間に彼女たちの身体は果実のみの接収だけで生きていけるようになった。
 それ故に身長が伸びないのであるが、それに気付くことはない。

 野犬の群れに襲撃された時は完全にダメだと思った。
 間一髪のところで機転をきかしたリーダーが火をおこし、何とか追い返すことに成功したが、開拓団の数はすでに二〇匹ほどにまで減っていた。

「もう限界テチ。ここら辺で妥協するテチ」
「待つテチ。水場がないところでは暮らせないテチ。もう少し行けばきっと川が見つかるテチ」
「全滅したらなんにもならないテチ!」
「ふたりとも、落ち着くテチ。意見が割れたらとにかく話し合うテチ」

 極限状態から仲間割れ寸前にまで陥ったこともあった。
 そのたびに彼女たちは呼吸を整え、落ち着いて対話を続けた。
 和をもって貴しとなせ。
 骨の髄まで染みついた村の掟が、生まれた土地を離れた後も彼女たちを崩壊から守っていた。

 そしてついに、彼女たちは理想の入植場所を発見する。
 流れが緩やかな川。そこから少し離れた場所にある、肥沃な土壌を持つ草原。
 開拓団はここに新たな村を作ることに決めた。

「ネバネバの土を盛って固めるテチ! 猛獣に襲われる前にバリケードを作るテチ!」

 兎にも角にも煉瓦で周囲を囲む。
 一箇所を除いて高い煉瓦の壁で覆い、その上部には削った木の棘を設置する。
 成体も仔も全員が協力して粘土をこねて街壁を形成する。

 丸一日かけて一〇平方メートルを粘土で囲った。
 太陽の熱と光で粘土が完全に固まるまでが勝負だ。
  見張り番を引き受けた実装石は一秒たりとも気を抜けなかった。
 幸いにも街壁が完全に固まるまで野生動物の襲撃を受けることはなかった。

 そうやって実装石以外の出入りが不可能な空間を作った後は、内部に改めて煉瓦で家を作り、ト=メィトゥの種を植える。
 栽培する間隔には十分に気をつけなくてはいけない
 無作為に植えればあっという間に大地の力を吸い尽くしてしまう。
 最悪の場合、すべてが連鎖して枯れてしまうだろう。

 食糧の確保の目処が立ったら、次は水の問題である。
 飲用水としてはもちろん、ト=メィトゥの栽培にも多くの水が必要となる。
 清潔を好む実装石にとって水浴びも欠かせない。

 洪水の可能性を考えて川からは少し離れた場所に集落を作った。
 わずかな距離とはいえ、街壁の外に出れば野生の動物に襲われる可能性がある。
 これは水を汲みに行くたび命がけになるな……と誰もが思っていたのだが。

「だったら地面を掘って川の水を少しだけこっちに引いてくればいいレチュ」
「そ れ テ チ」

 そうして仔の思いつきから治水作業が始まった。

 槍の応用で簡単なスコップのようなものをつくり、川に向かって少しずつ地面を掘り始める。
 野生の動物が見えるたび、小柄な実装石しか通れない門を潜って街壁に逃げ込むのを繰り返しながら作業する。
 かなり時間が掛かる作業になりそうだ。
 水路が完成するまでは危険をおかしてでも水を汲みに行かなければならないだろう。

 ある日、掘削作業中にリーダー実装石が倒れた。
 彼女は高熱を出して三日三晩うなされた。
 勇敢なるリーダーは開拓団の尊敬を集めている。
 熱心な看病の甲斐もあって四日目の朝に目を覚ました。
 そしてすっきりした顔でこう言った。

「ニンゲンサンに会ったテチ」

 それはおそらく、病にうなされながら見た夢だったのだろう。
 あるいは遺伝子に組み込まれた記憶が呼び起こされたか。

「いろんなニンゲンサンがいっぱいいたテチ。ニンゲンサンはひとりだけじゃないんテチ。いっぱいいるテチ」

 でも、それは彼女にとっての天啓。
 そして尊敬するリーダーが言う言葉は神様(ニンゲンサン)が与えた神託に他ならない。

「それから、名前をもらったテチ。ワタシの名前は……『ミドリ』テチ」

 実装石たちは、またひとつ『文化』を生み出した。



   4

 そして時は流れる。
 開拓団がマルガオ族の村を出てから五〇年が過ぎた。

 とある外壁に囲まれた『町』の中を見てみよう。
 一体の成体実装(体格はかつての仔実装)が三体の仔実装(体格はかつての親指実装)に語りかけている。

「今日の授業は町の中を見て回るテチ。ワタシタチ実装石がどんな風に暮らしているかを学ぶテチ。みんな、はぐれないように着いてくるテチ」
『ハイレチュ、センセイ!』

 ここは実装石の学校。
 と言っても大勢にまとめて授業するような教室があるわけではない。
 ひとりの先生が三、四体の仔実装の面倒を見ながらいろいろと教えていく仕組み。
 個別指導塾のようなものだと思えばいいだろう。
 仔たちを正しく教育せよという、マルガオ族の村以来の伝統は廃れることなく続いていた。

 三体の仔を率いた先生実装がテチテチと町中を練り歩く。
 町の建物はすべて赤茶けた色をしている。
 以前に使っていた白っぽい日干し煉瓦とは異なっていた。

「みんなの住む建物はネバネバの土でできてるテチが、形を整えた後にあることをすると固くなるテチ。それが何かわかる仔はいるテチ?」
「ハイレチ! 『カマ』に入れて火でアツアツするレチ!」
「『グリュン』さんの次女チャン、正解テチ!」

 先生実装の質問に答えて頭を撫でてもらった仔実装は頬を染めてレチュレチュと喜んだ。

「ネバネバの土を焼き固めて四角いレンガをいっぱい作ったら、それをくみ上げてくっつけるテチ。
 昔は盛って渇かすだけだったけど、こっちの方がずっと頑丈で壊れにくいんテチ」

 説明をしながら建物の間の道を歩き、やがて果樹園に辿り着く。

「ごはんの木レチィ! 良い匂いがするレチィ!」
「『テチミ』さんの長女チャン、待つテチ!」

 浮かれて先行する仔実装のひとりを先生実装が背中を掴んで止める。

「ごはんの木の下には水が張ってあるテチ。うかつに飛びつくと溺れるテチ」
「レェェ……」
 
 町中で育っている主要作物は相変わらずト=メィトゥである。
 だが現在では灌漑農業が行われており、その収穫量は前と比べて格段に向上している。
 品種改良も行われており、以前より木の背丈が低くなり、ひとつの枝に複数の実をつけるようになった。

「ごはんの実を取るのは収穫するひとの仕事テチ。勝手に取っちゃだめテチよ」
『ハイレチュ』

 果樹園の外周にそってぐるりと移動すると、町を囲む街壁に辿り着いた。
 その壁は見上げるほどに高い。

「大きい壁レチィ……」
「この壁がワタシタチみんなを守ってくれてるテチ。いちばん上はトゲトゲがあって乗り越えられないようになってるテチ」

 ペチペチと街壁を叩いていた仔実装が鼻を鳴らして不思議そうな顔をした。

「スンスン……? なんか、ごはんの匂いがするレチ」
「お、鋭いテチ。実はこの壁のレンガにはごはんの実が混ぜてあるテチ」

 街壁の煉瓦はよく見れば町中の建物に比べてやや濃い赤色をしている。
 煉瓦を焼き固める際、ト=メィトゥの実を混ぜているのだ。

「壁さんもごはん食べるレチ……?」
「違うテチ。ごはんの実を混ぜることで、そとの怖い怖い動物が近寄らなくなるテチ」

 ト=メィトゥは実装石以外の生物にとっては軽い毒性を持つ。
 それを煉瓦に混ぜることで猫や野犬などが近寄らなくなるという知恵である。

「レェ……」

 次に移動しようとした時、仔実装のひとりが股を押さえてもじもじしている事に気付く。

「センセェ……ウンチ……」
「おやおや大変テチ。トイレはそこにあるから行ってくるテチ」

 先生実装が腕指すと、仔実装はそちらにある箱状の建物に駆けていった。
 町のあちこちにある箱は実装石たちのトイレである。
 いつ何時もよおしても大丈夫なようにいろんな所に設置されている。

 箱の中には仔でも落ちないような小さな穴が空いている。
 穴は下水道に繋がっており、出した糞は水流に乗りそのまま街の外へと捨てられる仕組みだ。

「行ってきましたレチ」
「よしよし、ちゃんとひとりでトイレ使えて偉いテチ」

 先生実装と三体の仔実装はまた次の場所へ向かう。
 次に向かった建物からはレフー、レフーと可愛らしい声が響いていた。

「蛆チャンの学校レチ!」

 仔実装が嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら言った。
 建物内では背の低い柵に囲まれた中に無数の蛆実装がイゴイゴと蠢いており、細かく砕いたト=メィトゥの実を与えている保育士実装がいた。

「ごはんレフ。ウジチャン嬉しいレフ」
「お客さんレフ?」
「プニフー、プニフー」

 ここは蛆実装の保育園である。
 仔実装たちは自分たちより小さな蛆実装をとても可愛がり、プニプニしたり、いまいちかみ合わない話相手になったりしている。

「蛆チャンが生きていけるのは今の安定した生活があるおかげテチ。それ以前は蛆チャンはみんなかわいそうな事になってたテチ」

 大飽食時代の後、蛆実装が安心して生きられるような時代は一度たりともなかった。
 食料が足りないときは真っ先に喰われ、運良くエサになるのを免れても厳しい環境下ではすぐに死ぬ。
 マルガオ族の村でさえ、蛆実装は産まれてすぐに忌み仔として葬られていた。

「レェェ……ウジチャン、かわいそうなことされちゃってたレチ?」
「こんなにかわいいのに、かわいそうレチ……」

 先生実装が語る話に、仔実装たちは自分のことのように悲しそうな表情をする。
 その優しさ溢れる姿に先生実装は嬉しそうに頷き、仔たちの頭を優しく撫でてあげる。

「それは昔の話テチ。暮らしが豊かになった今はこうして蛆チャンも楽しく生きていけるテチよ」

 とは言え、蛆実装の命が儚いのは今も変わりない。

「ウジチャンカワイソウなことされるレフ? そんなのイヤレフ、絶対にチニたくないレフー」 パキン

 先生実装の話を聞いて怯えた蛆実装の一匹があっさりパキンしたが、その死骸は仔実装に見られる前に涙を浮かべた保育士実装がすばやく裏手に運んでいった。

 蛆実装保育園を出ると、ガラガラと音を立てながら通り過ぎていく物体が見えた。

「『クルマ』レチィ!」

 二つの車輪が着いた大きな木箱。
 その取っ手は前方に伸びており、二体の実装石が必死に引っ張っていた。

「えーんやこらーテチィ」
「やっこいせーテチィ」
「お仕事ごくろうさまテチ」
『ごくろうさまレチィ!』
「先生サン、これはどうもテチ」

 先生実装と仔どもたちが手を振ると、運搬作業中実装は汗を拭って手を振り替えしてくれた。
 クルマと言っても荷物運搬のための簡単な人力車である。
 非力な実装石では少しでも上り坂があると使い物にならないが、平坦な町中や煉瓦で舗装された道路の上では多くの物を一度に運べる便利な道具である。
 車輪の発明がされたのはつい三世代前。できたばかりの新技術の結晶である。仔どもたちが目を輝かせるのは当然だった。

「これから『旅』テチ?」
「はいテチ。『ひろあきさんの町』が干ばつだそうなので、食料を届けに行くテチ」
「タビ! タビかっこいいいレチ!」

 街壁が取り囲む町は他にもたくさんある。
 いくつかは野生動物よけの煉瓦が敷き詰められた街道で結ばれており、定期的な情報収集や相互扶助の関係を保っている。
 動物よけ煉瓦の効果は絶対ではなく、常に襲われる可能性を秘めた危険な仕事であるが、町の外の景色を見られるこの仕事は非常に誇りある仕事と言えた。
 先生実装と仔どもたちは旅に出向く実装石に敬意を払い、ぺこりと頭を下げて見送った。

 その後も先生実装と仔実装たちは町の中を見て回った。

「ここは武器庫テチ。もし万が一わるい動物が町の中に入ってきたらみんなで戦うテチ」
「レェェ、戦うの怖いレチィ」
「みんなそうテチ。でも、生きるためには身を守ることが必要テチ」
「ワタシは強くなってみんなを守るレチュ!」

 街壁の中で平和を享受している実装石たちだが、それがただで与えられるモノでないことはよくわかっていた。
 一歩外に出ればそこは野生の動物で溢れている。
 いつかあの壁を乗り越えて侵入する敵がいないとも限らない。
 おとなたちは例外なく兵士としての訓練が義務づけられ、新しい武器や戦術の研究も日々行われている。

「ここは出産のための水場テチ。みんなもここで産まれたテチ」
「ワタチもいつかママになりたいレチ」
「まだ早いテチ。仔を産むのは二歳になってから、それも一生に一度だけテチ」
「知ってるレチ。勝手に産んだらカナシイコトされるって町の決まりレチ……」

 食料の余裕はあるとは言え、無造作かつ急激に仔が増えては群れが崩壊する可能性がある。
 家族だけでなく、すべての同族に対して博愛の心を持つようになった現代の実装石。
 できれば望まぬ命として悲しいことになる仲間は見たくない。
 数はゆっくりと緩やかに増えるのが理想である。
 彼女たちは自らの手でルールを決め、誰もがそれに従って生きていた。

「ここは食料保管庫テチ。お湯でグツグツして乾かしたごはんの実がいっぱいあるテチ」
「あれパサパサして嫌いレチ」
「ごはんの実はニンゲンサンが与えてくれた恵みテチ。文句を言うのは糞虫テチ」
「う、うそレチ! ワタチ、好き嫌いのない良い仔レチ!」

 採れたト=メィトゥの一部は水気を蒸発させ乾燥させて保存食とする。
 乾かしたト=メィトゥはなぜか濃い緑色になる。
 その状態の実は『ト=フード』と呼ばれていた。
 ちなみに味は少し落ちる。

 なお、現在の実装石はト=メィトゥとその加工品以外はほとんど口にしない。
 うかつに甘味を食べると満足中枢が破壊され糞蟲性が目覚める恐れがあるからだ。
 もちろん実装石が脳の仕組みなど理解しているわけはなく「悪い『毒』を食べると『アクマ』が乗り移る」と解釈している。

「仕立屋さんテチ。実装服が破れたらここで直してもらうテチ」
「オヨウフクレチ!」

 命よりも大事な実装服が仕事中に事故で破れることは稀にある。
 死んだ蛆ちゃんのおくるみや排除された糞蟲の実装服をリサイクルし、つなぎ合わせて修復するための店である。
 なお、天然の材料でゼロから実装服を作るような技術はない。

「お風呂テチ。お仕事やお勉強が終わった後は汗を流してさっぱりするテチ」
「おふろ大好きレチ! いつもママに背中を流してもらうレチ!」

 一段低くなった建物には川から引っ張った水が溜まっている。
 さらに建物の下には地下室があり、そこで火を燃やすことお湯をで加熱している。
 溢れたお湯を流す下水も完備した町で随一のハイテク施設である。

「広場テチ。ここはお仕事が休みの時に歌ったり踊ったりボール遊びしたりするテチ」

 娯楽を楽しむ余裕もできた。
 歌と踊りは古来より実装石の心を満たしてくれる。
 数十日に一度、街中の実装石が集まってダンス大会も開かれたりする。
 いまは成体実装たちが軽い木を丸く削ったボールを転がして遊んでいた。
 体格が本来の仔実装くらいということもあり、遊びを楽しむ心はオトナになっても失わない。

「議会レチ。ここでオトナの実装石たちが話し合って町のことを決めるレチ」
「ワタチのママもここにいるレチ!」
「みんなのことはみんなで話し合って決めるテチ。自分勝手は絶対いけないテチよ」
「わかってますテチュ! ワヲモッテトウトシトナセ、テチュ」

 年長者による直接民主制のシステムは変わらない。
 収穫した食料、作った道具などを皆で分け合う原始共産システムも相変わらずだ。
 そこには職業の貴賎、貧富の差なども存在しない。
 能力に応じて働き必要に応じて得る。
 それに対して一切の文句は言わない。
 立派に働くことが誇りであると思っているから。

「もうすぐ町に住む実装石が一〇〇を超えるテチ。そろそろ開拓団の選抜が始まる時期テチ」
「カイタクダン! ワタチ、いつかカイタクダンに入りたいレチ!」
「開拓団は名誉ある仕事テチ。選ばれるにはまず与えられた仕事をキッチリやるテチ。そのためにもいっぱい勉強して早くおとなになるテチ」
「わかったレチ! がんばるレチュ!」

 それでも拡大しすぎた群れは必ず崩壊を起こす。
 町に住む数が一〇〇を超えると開拓団が編成され、また新しい町を作るために旅立つ。
 これに参加することは実装石たちにとって大変な名誉とされており、命の危険を冒してでも志願する若者は後を絶たなかった。

 最後に辿り着いたのは、街の中心にある『デックラド』と呼ばれる神殿である。
 そこは周りの建物と比べてもひときわ大きく、長い階段を上って中に入るようになっている。

「この中にはニンゲンサンがいるテチ」
「ニンゲンサン……」
「この町のニンゲンサンは『よしあきさん』と仰るテチ。大人になったらみんなもよしあきさんからお名前を頂戴するテチ」
「名前! 名前レチャァ!」

 初代開拓者のリーダーである『ミドリ』以来、実装石たちは個体名をつけることを覚えた。
 名は産まれたときにもらうものではなく、大人になり町の一員としての責任を背負った時に神殿に住まう神様(ニンゲンサン)から生業とすべき仕事と共に賜るということになっている。
 それまで未成年の仔は『(親の名前)さんの○女ちゃん』などと呼ばれる。

 受名の儀式は『最後のシレン』とも言われ、ニンゲンサンが実在しないことを知って発狂した個体は秘密裏に処分される。
 信仰の概念がわからない仔の教育段階ではニンゲンサンが町中にいると思っていた方が素直に学べるためだ。
 もちろん、非実在を知った後も成熟した成体実装は信仰心を失うわけではない。
 ここにはいないが、偉大なニンゲンサンはどこかで……
 たぶん、お空の上で、この世界のすべてを見守っていてくれる。そう解釈する。
 そして悪い実装石には大自然の罰を、いい実装石には恵みを与えてくれると信じてる。
 町の実装石は例外なく誰もが敬虔なニンゲンサンの信徒である。
 なお実際に名前を決めるのは年長の成体実装であるが、特に神職と呼べるような者が存在するわけではない。

 実装石の町は他にもいくつかあるが、必ずその中心にはデッグラドがあり、それぞれ異なるニンゲンサンを祭っている。多神教である。
 この町に祭られているニンゲンサンは『よしあき』といい、水と恵みを司るニンゲンサンということになっている。

「仔はまだ神殿に入れないけど、ここでみんな一緒にニンゲンサンに祈るテチ」
「イノる、イノるレチ!」

 先生実装と仔実装たちは神殿の方を向き、小首をかしげて顎に手を当てた聖なる祈りの姿勢をとる。

「テッチュ〜ン」
『レッチュ〜ン』

 ニンゲンサンの神殿を中心とした都市国家。
 これが現代の実装石たちが住む町である。
 その文化水準はかつての人間の古代文明にも近い。

 もちろん、かつての人間との差異はいくつかある。
 まず文字がない。そのため一定以上に高度な技術は発展しない。
 分業することでそれぞれの知識を記憶容量ギリギリまで高められるが、ここ二〇年で大きなブレイクスルーは車輪の発明くらいである。

 家畜を飼うという発想もない。
 これは自分たちより弱く使役できる動物が存在しないためだが、食料にせよ水場にせよ、すでに自分たちだけで足りているため他の生き物の力をあまり必要としないのだ。
 人間のように周りの動植物すべてを支配下に収めることはない。
 実装石のテリトリーあくまで街壁の中だけである。

 そして、身分制度がない。
 徹底的に糞蟲性を押さえる教育を施した結果、奴隷や王などという階級は作らなかった。
 みなが平等で、隣人を我が仔のように愛する。
 そんな綺麗事のような現実も、定期的な開拓団の派遣で頭数を抑えることによってシステム的になんとか成り立っている。

「さあ、そろそろ授業は終わりテチ。みんなのおうちに返るテチ」
「ハイレチュ、センセイ!」
「今日も一日たのしかったレチ!」
「とっても幸せレチュ! ワタチタチを見守ってくれるニンゲンサンに感謝レチュ!」

 塀の中に射る限り命の危険はない。
 食べ物も水も十分にある。
 開拓や開発による未来への希望もある。
 文化的で健康的な高水準の生活を約束され、仲間を愛し、命を大切にし、与えられた仕事を誇りもって行う知的で善良な実装石たち。

 彼女たちはかつてないほどに繁栄し、自ら作り上げたその文明を謳歌していた。



 言い換えれば。



 どこかの誰かが見れば、それは『とてもやりがいがある』ように見えるほど。
 実装石たちは、かつてないほどに『アゲ』られた状態になっていた——



   5

「えーんやこらーテチィ」

 実装石の一団が街道を行く。
 中央には『クルマ』こと二台の荷車があり、それをそれぞれ二体ずつの実装石が引いている。
 その周囲を取り囲むのは兵士たち。前後に槍を持った実装がそれぞれ二体ずつ、その周囲を取り囲むように弓矢を持った実装が六体。
 合計で十二体の実装石が『ひろあきさんの町』へと向けて食料を運んでいた。

『旅』と呼ばれる町から町への渡りは野生動物に襲撃される危険が多く、名誉ある仕事の一つだと言われている。
 だが実際の所、被襲撃率はそれほど高くない。
 仮に襲われたとしても、十分に切り抜けられる対策はとってある。
 貧弱な実装石が野生動物と戦って勝つのは無理だが、追い返すだけなら難しくない。
 そのための武装した兵士であり、そして荷車に積んであるマホウの水が入った土器である。

「えーんやこらーテチィ」
「やっこいせーテチィ」

 空を見上げればとても良い天気だ。
 気がつけば荷を引いていない兵士たちも一緒にかけ声をあげている。
 彼女たちは獣よけの煉瓦で舗装された街道をピクニック気分で進んでいた。

「テェ! 止まるテチ!」

 ふと、前方の荷車を引いている実装石の片方が号令をかける。
 彼女は先ほど出発前に先生実装に声をかけられた個体で、名を『ベルデ』と言う。
 
「どうしたテチ?」
「あそこに何かあるテチ。この前通ったときにはなかったテチ」

 ベルデが腕指すのは進行方向の右斜め前。
 そこは小高い丘になっており、以前は何もない草原が拡がっているだけの場所だった。
 
「な、なんテチ? すっごく大きいテチ!」

 見慣れない建物があった。
 実装石の町のように煉瓦造りではない。
 太い木をいっぱい重ねて積み上げたような箱形の建物であり、その上部は三角形の屋根がある。
 側面には透明な板や、ピカピカの取っ手がついた長方形の木板がハマっていたりする。
 とてもではないが、木々を伐採する能力のない実装石が作れるような建物ではない。

「みんな、警戒するテチ。なにかいるような気がするテチ」

 ベルデは勘が鋭く警戒心が強い。
 彼女の冷静な判断のおかげで危機を逃れたことは何度もあった。
 
 ベルデは後ろの荷車に乗って土器の蓋を開ける。
 その中には透明な水がなみなみと入っていた。
 通称『マホウの水』をまずは荷車を引く他の三体、それから兵士たち、最後に自分自身の服にかける。

 これはト=メィトゥの毒素だけを抽出した液体である。
 実装石にとっては無害だが、他の動物に取っては強烈な毒になる。
 特に野犬はその臭いだけで離れていく。
 野犬は実装石にとって最も恐ろしい敵で、群れに襲われれば逆立ちしても敵わない。
 マホウの水の発明は都市間移動の安全度を格段に上昇させた。

 マホウの水をかぶっていても、腹を空かした猫やカラスは襲ってくる可能性がある。
 その時は兵士実装たちの出番だ。

「ゆっくり、ゆっくり進むテチ」

 木でできた建物の方に注意を払いながら、半円状に陣形を整えた兵士たちと共に少しずつ街道を進んでいく。
 マホウの水でべとべとになった服が気持ち悪いが、これが自分たちの身を守ってくれると思えば気にもならない。
 そして、ちょうど建物の横あたりまで進んだとき。

 木板の部分がバァンと大きな音を立てて開いた。


   「ヒャッハーッ! 糞蟲は消毒だーッ!」


 ベルデの思考が一瞬停止した。
 木の建物から現れたのは野犬でも猫でもカラスでもなかった。

 その姿は自分たち実装石に似ていると言える。
 頭があり、二本の足で立ち、二本の腕を持っている。
 ただしその手足はとても長く、何本にも別れた手の先で器用に赤と青の棒を握っている。
 頭部は頭巾を脱いだ実装の頭に似ているが、逆立った前髪はぐるりと頭頂を通って後頭部まで続いており、後ろ髪は存在しない。
 肩の位置にはトゲトゲした何かをつけており、服も緑色ではなく素肌を露出させた黒いもの。

 その『何か』がドタドタと足音を響かせながらこちらに走ってくる。
 近づくにつれ、それが自分たちより遙かに大きいことに気付く。

 ゾッとするような恐怖心がわき上がりベルデは気を取り戻した。
 本能が告げている、あれは『敵』だ!

「兵士サンたち、お願いするテチ! あいつを追い払っ——」
「ヒャッハーッ!」

 二足歩行の『敵』は、ある程度接近すると盛大にジャンプした。
 その跳躍は実装石の常識からすれば信じられないほど。
 ベルデは思わず頭上を見上げた。

 『敵』が着地する。

「チベッ!」
「ヂュィッ!」

 一行の最前線を守っていた兵士実装の上に。

「テチ……?」

 やたらと底が厚くギザギザした『敵』の靴。
 その隙間から肉色の液体が飛び散った。

「ヒャハッ! ヒャーッ! イィヤッホォーウァ!」

 ベルデが呆然としている間にも『敵』はその腕の先に持った赤と青の棒を振るう。
 先端が直角に曲がり小さく二股に割れたとても固そうなその棒を何度も地面に叩きつける。

「ヂッ」
「テジャッ」
「な、なん……ヂベッ」

 鈍い音が響くたび、兵士実装が肉と血と糞をぶちまけて弾け散る。

 自慢の槍さばきも、必死の訓練で技量を磨いた弓の腕前も見せることなく。
 あっという間に兵士実装たちはすべて原形を留めない肉の塊と化した。

「テチ、テチ……テッチャァーツ!」

 成体になって初めて糞を漏らしながら恐怖の叫び声を上げるベルデ。
 一緒に荷車を引いていた荷車押し仲間が『敵』の手に持ち上げられる。
『敵』は兵士たちを無残な肉塊に変えた赤と青の棒を放り捨てると、左手に掴んだ荷車押し実装石の頭に手をやった。

「な、何をするテチ……」

 ガタガタと震えながら問いかける彼女の質問を無視し、『敵』は右手を思いきり掲げた。
 左手で掴んだままの荷車押し実装からは……首から先が消失していた。
 残った身体からは勢いよく血が噴出する。
 
『敵』が荷車押し実装の分割された胴体と頭を投げつける。

「ヂッ」
「ヂベッ」

 それは同じように震えて立っていたベルデの後ろにいた後部荷車引き実装にぶつかり、肉と血と糞を飛び散らせて一つの塊となった。

『敵』が現れてほんの数秒であった。
 ベルデ以外は全員死んでしまった。

「テェ……テェェ……」

 なんで? なにが起こったの?

 ベルデにはわからない。
 見たところ、『敵』は実装石を捕食しようとしているわけではなさそうだ。
 本当にただ殺しただけである。それも、こんなにも楽しそうに。
 どうして自分たちがこんな無残に殺されなくてはならないのか。

 血涙を流しながら震えていると、ベルデの身体をふわりと温かいものが包んだ。
 視界がぐんぐんと上昇していく。
 気付けばベルデは『敵』の手の中におり、顔の近くまで持ち上げられていた。

「どうだァ糞蟲ちゃん。仲間を殺してもらえて嬉しかったかァ?」
「テッ!?」

 目の前の『敵』が言葉を発する。
 それは実装石が話す言語とはまるで違う。
 なのに、わかる。効いたこともないその言葉の意味が伝わってくる。

 私は糞蟲じゃない! 仲間を殺されて嬉しいわけがない!

「テェェ……テェェッ……」

 そう言い返したかったが、ガチガチと歯を鳴らすA形の口から漏れてくるのは恐怖の呻き声だけだった。
  この『敵』は強い。あまりに強すぎる。
 自分は殺される。それも他の仲間たちのように無残に。
 目の前に迫る確実な死の影に対し、ベルデができるのは祈ることだけだった。

 小首をかしげ、顎に手を当てた祈りのポーズで。
 すべての実装石をどこかで見守ってくれる『神様』にむかって。

「助けテチュ、ニンゲンサン……テッチュ〜ン」

 祈りの言葉を発したその瞬間、『敵』の顔が憎悪に染まった。

「あァ!? こんな状況で媚びてんじゃねえよ糞蟲がァ!」
「ヂュイィィィッ!?」

 ベルデの下半身が握り潰される。
 想像を絶する痛みに声の限り叫ぶ。

 ずるり、と『敵』の手から滑り落ちたベルデの上半身が落下する。
 内臓をこぼしながら落ちていくベルデは、混乱する頭で「このまま落ちたらもっと痛いだろうな……」と思った。
 しかしベルデにはそれすら許されなかった。

「仲間が殺されんのに自分だけ許してもらえると思ったかァ!?」
「ヂッ」

 地面に着く前に、『敵』が思いきり振りかぶった足がベルデの肉体を四散させた。



   6

「はぁ、はぁ……! ちっ、糞蟲がァ!」

 収まらぬ怒りに震え、グチャグチャになった実装石の死体に唾を吐きかけるモヒカン男。
 そんな彼をロッジから出て来た青年が怒鳴る

「おい、勝手な行動はするなと言っただろう!」
 
 Tシャツ姿の青年である。
 モヒカン男よりも体格はガッチリとしており、スポーツマンを思わせる風貌だが、どこか気の弱そうな印象を受ける男である。

「あ、ああ悪かったよァ。糞蟲を見つけたらつい、なァ」
「気持ちはわかるが、今は状況がわからないんだぞ! もっと慎重に行動すべきだ!」

 二人が言い争っていると、さらに三人がロッジの中から出てくる。

「その通りなノ。まったく虐殺派は情緒がなさ過ぎなノ。実装石はもっと時間をかけてゆっくりじっくりねぶるように虐待するべきなノ」

 語尾を奇妙に挙げる太った男が曇った眼鏡をクイッと上げながら言った。

「まあ、思いきり殺しまくりたい気持ちもわからないではないノ。
 たとえば面白くもない二番煎じの設定をダラダラ羅列するばっかりのラノベを読まされた後とか無性に虐殺しまくりたい気分になるノ。
 きっと作者も虐殺シーンの方がノリノリで書けるノ」
「お前も、今はそんなことを行ってる場合じゃ……」
「つーかさ、本当に帰れんのー? このまま遭難とかマジで勘弁なんですけどー!」

 頭の悪そうな茶髪の女がスポーツマン風の男に駆け寄ってその腕に抱きつく。
 言葉とは裏腹にその態度はあまり真剣に困っているようには見えない。

「確かになにが起こったんだろうなァ。どーん、て音がしたと思ったらいつの間にか外の風景が変わってるとか、不思議なこともあるもんだァ」
「まるで『流浪教室』みたいなノ。
 まあ、実装石がいるということは少なくとも人間がいなくなった後の未来世界に飛ばされたわけじゃないと思うノ」
「そうだ、あの実装石は何か言ってなかったか?」

 モヒカンはポケットからリンガルを取り出して目をやった。

「ダメだ、何も残ってねえァ。だが人間を知ってやがったし、人里離れたド田舎ってわけでもなさそうだァ」
「そうか……どうしたら良いと思います、木下さん?」

 スポーツマン風の男は振り返り、ロッジの入り口で立っている男を見た。
 その男はこの集団のリーダーであった。
 鼻まで隠れるほど深くネックウォーマーを身につけているその男は、スポーツマン風の男よりもさらに身長が高く、長い前髪の間から見える前髪は非常に細い。
 その身に纏う氷のように冷たい空気は他の四人とは一線を画している。

「とりあえずロッジの中で対策を練ろう。
 こうなっては仕事どころではないが、やはり携帯が通じないのが気になる。
 場合によっては救助を待つ必要もあるかもしれないから、食料の残量も把握しておきたい」

 細目の男が低い声でそう言うと、モヒカン、デブ、茶髪女は明らかにガッカリした様子を見せた。

「ちぇァ、報酬はナシかよ。まあ俺は糞蟲さえ殺せりゃなんでもいいけどァ」
「ボキも早く実装石をいたぶりたいノ。昨日はずーっとバスの中で退屈だったノ。ようやくこれからが本番なノ。苦痛と絶望にまみれた第二章が始まるノ」
「あー本当だマジでケータイ通じないし! 白蛆(ソシャゲ)できないじゃん!
 あー、マジイラツク。マジで実装石でも虐めなきゃやってらんないわ!」

 昨日の夜に宿泊予定の山小屋に辿り着き、奇妙な音と共に目を覚ましたら知らない所にいた。
 こんな奇妙な状況にもかかわらず、三人は実装石をいたぶることしか頭にない。

 彼らは真性の虐待派だった。

「状況を確認して落ち着いたらやればいい。それが俺たち害虫駆除ボランティア……おっと」

 細目の男はニヤリと不気味な笑みを浮かべて言い直す。
 人の目がない場所ではうわべの名称を取り繕う必要がないと気付いて。

「『○×大学糞蟲虐待サークル』の仕事だからな」





   人無きあとの遙か未来の地球。
   そこでは実装石が文明を築き栄華を誇っていた。
 
   しかし彼女たちはまもなく思い出すだろう。
   自分たちがかつて、何によって支配されていたのかを。

   か弱き民(実装石)をあざ笑うかのごとく、邪神(ギャクタイハ)はこの地に降臨した——

                                ——第二章につづく
 

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/08-19:44:23 No:00001951[申告]
一気読みしちまったぜ。
人類消滅後の描写がSF的で見入っちまった。
アフターマン展開かとずっと思ってたら最後に虐待派w
2 Re: Name:匿名石 2016/03/09-00:24:23 No:00001954[申告]
面白かった
上げに上げまくって怒涛の展開、すごい
3 Re: Name:匿名石 2016/03/09-00:55:30 No:00001955[申告]
どのみち最後の彼等にも先はないという…
虐殺と虐待という麻酔でどこまで絶望を緩和できるやら
4 Re: Name:匿名石 2016/03/09-01:56:12 No:00001957[申告]
なんか実装石がだんだん人間化していって
しかも平和でほのぼの風だったからこの先どうなるのかと思ったら
唐突にもほどがある虐待派の登場で死ぬほど笑ったwww
そしてこれがオチじゃなく続きがあるというのがまた…ものすごく楽しみですわ
5 Re: Name:匿名石 2016/03/09-07:54:26 No:00001959[申告]
圧倒的文章力で一気に読みました。素晴らしい。
続きがあるようで、とても楽しみです。
6 Re: Name:匿名石 2016/03/26-15:50:53 No:00002075[申告]
神聖なる姿勢が媚びのポーズな時点でそこは実装石か(苦笑)と思ってたが
まさかニンゲンサンとの接触でこうなるとはなあ
壁といい進撃の虐待派か
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