タイトル:【観察】 DEXT 第一部・3話 ~大飢饉時代~
ファイル:DEXT 3話.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:1191 レス数:2
初投稿日時:2016/03/08-12:15:01修正日時:2016/03/08-12:15:01
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   1

 人類消滅から一年後。
 日本列島には二億匹を超える実装石がひしめき合っていた。
 
 仔と糞以外は何も生み出すこともない暴食の悪鬼たちは瞬く間に人の遺産を食いつぶした。

「デェ……デェ……」

 一匹の成体実装がA形の口から荒い息を吐きながら歩いている。
 彼女が行くのはかつて立派に舗装された道路だった場所。
 今はひび割れあちこちから植物が芽を出し見る影もない。

 人間のメンテナンスを受けられなくなった町は瞬く間に荒れていく。
 アスファルトの隙間に入り込んだ植物が芽を出しひび割れを拡張する。
 道路の上を枯れ葉と実装石の糞が覆い、表面はほとんど見えなくなる。
 やがて腐った植物は土に返っていくだろう。

 建物にはツタや苔が張り付き、植物の強靭な力によって傾き始めている。
 無数に増えた実装石によって極限に汚損されたことが崩壊にさらなる拍車をかけた。

「お腹空いた……デス……」

 暗い緑色の道路をとぼとぼと歩く彼女。
 その周囲には何をするでもなく座って宙を見ている実装石たちがいる。
 みな一様にうつろな目を宙に向けている。
 中にはすでに事切れている者もいた。

 人間の残した食べ物は包装物や瓶詰めに至るまでとっくに食い尽くしてしまった。
 別の土地を探すにも、すでにほとんどが別の実装石によって荒らされた後である。

 放浪実装は一縷の希望を求めて朽ちかけた家に入る。
 窓ガラスは割れ、ドアも傾いている。
 あちこちが同族の糞で汚れて強い悪臭を放っていた。

 冷蔵庫を開る。腐った生ものに至るまですべてが食い尽くされている。
 戸棚を開ける。破れた包装紙の欠片があるだけで粉カス一粒残っていない。

 放浪実装はその場でへたり込んだ。
 すべての気力を使い果たしてしまったのだ。

 彼女には三匹の仔がいたが、飢えた別の成体実装や天敵の猫に襲われて命を落としている。
 一人は寂しかったが、自分が食べるモノも得られない状況で新しい仔を作れるわけもない。
 彼女もまた、他実装の仔を食って命を繋いだ日もあった。

 生後八ヶ月未満の仔実装はもはやこの辺りでは全く見られない。
 大飽食時代の初期に生を受けた成体実装ばかりが無数に見られる。
 それも、慢性的な食糧不足でその数を急速に減らしていた。



   2

 希望に満ちた時代はあっという間に過ぎ去った。
 欲望とともに人の残した食料を喰らい続け、際限ない繁殖を繰り返した当然の結果である。

 まるで蝗害だった。
 食欲の矛先がより小さな生物や自然物に向かった結果、周囲の生態系に深厚な打撃を与えた。
 日本列島はすべての動物にとって飢餓の島となった。

 彼女たちに襲いかかる災いはそれだけではない。
 動物園から逃げ出した猛獣や、山奥に潜んでいた熊などの大型動物が町に降りてくる。

「ばっ、バケモノデス! この世の終わりデゲベッ!?」

 野生動物たちにとって体格と体力に劣る実装石は格好のエサである。
 というより、生態系が破壊され尽くしているためそれしか捕食するモノがない。
 猛獣が現れた周囲からは一時的に実装石が消えるが、食料を求めて他の土地から流れてきた者がまた居座り、捕食される。
 やがてバランスも崩れ去り、動物が一切いなくなる土地も珍しくなかった。

 治水する人間がいなくなった結果、洪水も頻繁に発生する。

「デギャアアアッ! 水がっ、水が襲ってテベベベベベベ」

 名のある大通りは川となり、低地はあっさりと水浸しになる。
 水門が閉じたままのダムが圧力に耐えきれず決壊した結果、昨日までは平地だった場所が一気に押し流されたりもした。
 数千の実装石が町と共に沈んでいった。

 老朽化した避雷針はその役目を果たせなくなる。
 手頃な木造家屋で折からの雨を避けていたとある実装石は、天をつんざくような落雷の音を聞いた。

「熱いデスウウウゥゥゥ! 家が燃えてるデスゥゥゥ!」
「早く逃げるデス! 急ぐデス!」
「あっちからも火が来たデス! もう逃げられないデッギャアアアア!」

 火の手を消し止める手段はなにもない。
 自然発生の火災は風に靡くままに燃え広がり、悉くを焼き尽くした。
 何万ものの実装石が炎に灼かれて苦しみの中で灰になっていった。

 楽園に辿り着いた実装石たちもやがて魔法が解ける時が来る。

「デデッ!? 冷蔵庫の中身が腐ってるデス!」
「ママァ……テレビが着かないテチ……」

 風力発電のための風車はやがてベアリングが錆びて動きを停止する。
 水力発電のための冷却パイプには貝がまとわりつき動きを停止する。

 小癪にも人間の生活をそのまま奪った実装石たちも、やがて人類以前の厳しい自然に飲み込まれた。

「ステーキ肉はどこテス!? 動くコンロはないテス!?」
「オモチャ屋さんのドアが開かないテチ……つまんないテチ、誰か遊ぶものもってこいテチ」
「お前らそんなこと言ってる場合じゃないデス! 食うモノが何にもないんデス!」

 まさに天然のアゲ落としである。
 贅沢三昧を尽くした彼女たちに他の土地へ移るという考えはない。
 
 なぜ今までの生活が得られなくなったの?
 その問いに答える者はない。
 やがて共食いを始め、生き残った者も孤独と絶望の中で飢えて死んでいった。



   3

 良い意味で人がいなくなった影響をあまり受けなかった実装石もいる。

「今日も立派な野菜がいっぱい採れたデス!」

 人によって使役されていた田舎の里実装である。
 彼女たちは食物生産のノウハウを知っており、安定した食料供給を行うことができた。

 むしろ自分たちが必死になって作った採れた食物を持っていく人間がいなくなったことで、有り余るほどの食料を独占できることに喜んでさえいた。
 教育の行き届いた里実装はむやみやたらに繁殖しない。
 それは世代を重ねて人の姿を知る者がいなくなっても変わらなかった。

 有り余る食料を保存し長持ちさせ、身の丈に合った生活を慎ましやかに送る。
 そんな彼女たちにも災いは訪れる。

「食い物……食い物の匂い、デス……」
「デ?」

 ある日、迷い込んだのは一匹の実装石。
 この辺りでは見ない者である。

 世界中に拡がった実装石とはいえ、その範囲はあくまで人間が多く住んでいた町が主である。
 その方が確実に残された食料があったし、野生に近ければ近いほど大型の動物も多くなる。
 けれど、飢饉が続けばその行動範囲も自然と伸びた。

「お腹空いてるデス? ならお裾分けするデス、野菜はいっぱいあるデス!」
「デ、デエエェェェェ!」

 感涙に咽びながら渡した大根を頬張る見知らぬ実装石。
 同族のそんな姿に里実装は微笑ましさすら感じていた。

 翌日。
 また別の実装石が迷い込んだ。

「あなたも大変そうデス。食って元気を出すデス」
「ありがとうデス……ありがとうデス……」

 採れたてのトマトを囓る新入り実装石。
 その隣では昨日迷い込んだ実装石がすでに我が物顔で赤い果実を頬張っていた。

 また、次の日もどこからともなく実装石が現れる。
 その次の日は一気に三匹。
 毎日のように増える実装石に、収穫物を保管する蔵を開かざるを得なくなった。

「あんまり食べ過ぎちゃダメデス! 冬に備えて保存するデス!」
「うるさいデシャァ! ワタシタチは腹が減ってるんデシャァ!」

 気がつけば畑を管理する里実装の数よりも流入した実装石の数の方が多い。
 食べ物は自分たちで生産するという思考のないよそ者たちは、瞬く間に保管していた食料も食い尽くした。
 その中には次の作物を作るための種も含まれていた。
 畑は糞で深刻に汚され、踏み固められていく。

「こ、これでは次の作物が作れないデス……どうしてくれるんデス……」
「おいドレイ! 蔵の野菜がなくなったデス! さっさとお替わりを持ってくるデス!」
「デギャァ! ワタシはお前のドレイじゃないデス!」

 多くの実装石にとって食べ物とは「取る」ものであって「育てる」ものではない。
 生産者を敬う気持ちなど育つはずもなかった。

 かくして食料生産の技術は伝えられることなく、里実装たちもまた飢餓に巻き込まれていく。



   4

 実装石たちの魔の手はさらに人里離れた地に向かう。
 決して食料が豊富とは言えないが、山中にはまだ自然の恵みがあった。
 そこには決して優しくない先住民がいる。

「『ソト』の同族の群れがやってくるデス! オババ様に報告するデス」
「ワタシタチのオヤマを守るデス!」

 まったく人と関わりを持たない野生の山実装。
 基本的には家族単位で生活するが、全体としてはやんわりとしたコミュニティを持ち、破ってはならぬ厳しい『オキテ』が定められている。
 いま彼女たちは、お山の長老であるオババ様の号令の元、外敵から自らの土地を守る準備をしていた。

「罠を張るデス! 集団で囲むデス! ソトの薄汚い連中を絶対に一歩もオヤマに入れるんじゃないデス!」

 山実装たちは人間消滅以前から飢餓の恐ろしさをよく知っている。
 大型動物が居らず、それなりに食えるものが採れるとは言え、よそ者にやるような無駄な食料は一切ない。
 彼女たちは里実装のように甘くはなかった。

「食い物、食い物を寄越すデス……デゲッ! デベッ! デチャッ!」
「死ね、死ぬデスっ!」
「よそ者がオヤマに入ることは許されないデスっ!」

 幽鬼のように食料を求めて外部から流入した実装石を、取り囲んで息絶えるまで殴りつける。
 あるいは捉えて食料生産用の出産石として死ぬまで飼い慣らす。
 元より彼女たちは町で生きる実装石たちを見下したところがある。
 野生を捨てて人に媚びる同族の恥。殺すのも飼い潰すのもためらいはない。
 山実装たちは一致団結し、迫り来る外敵を駆逐し続けた。

 だが。

「も、もうダメデスっ! これ以上は押さえられないデスっ!」
「こいつら一体何匹いるんデス!? 殺しても殺しても沸いてくるデスっ!」

 食料を求めて山に流入する実装石の数は一行に減らなかった。
 大飽食時代が産んだ莫大な数の実装石。
 飢餓に苦しみ少しでも食料のある場所を求めてさすらう餓鬼たち。

 体力もない、戦術もない、しかし数だけは圧倒的に多い。
 山実装たちが巧みな戦術で高いキルレシオをたたき出そうとも、一匹また一匹とソトの実装石たちに飲み込まれていく。

 彼女たちは懸命に戦った。
 だがやがて時間切れの時が訪れる。

 山に冬が迫っていた。

 戦いに明け暮れ十分な食料調達をできないまま冬ごもりの時期を迎えた山実装たちは、次の春を迎えるまでにその数を半減させていた。
 その間にもさらなる多大な犠牲を出しながら、冬を生き延びた流入実装たちが襲いかかる。

「オヤマは、我らの土地デス……お前らなんかが、足を踏み入れて良い場所では……デギャ」



   5

 人類がいなくなってから五年の時が経った。
 一時期は二億を超えた実装石たちも、あらゆる災いによってその数を一〇〇万匹程度にまで減らしていた。

 火災や洪水による死者は2%足らず。
 他の肉食獣に捕食されたのが3%ほど。
 95%近くが飢え苦しみながら死んでいった。

 もはや大飽食時代を知る者は残っていない。
 数え切れないほどの死と絶望と怨嗟の声を経て、ようやく乱れた生態系が正常になりつつあった。

「それじゃエサを探してくるデス。お前たちはこの家から出ちゃダメデス」
「わかったテチ」
「ママ、無事に帰って来テチ」

 適度に数を減らしたことで、実装石立ちもある程度の食料を得られるようになった。
 かつての山実装のように、野生動物の一種として逞しく生きていたのである。

「今日はもう少し向こうに行ってみるデス。ねぐらを変えることも視野に入れて探索デス」
 
 苔に覆われ草生したアスファルトの道路。
 ツタが絡みついたコンクリートの建物。
 公園だった場所はうっそうと木々が生い茂る森になっている。
 通りを浸した水はなかなか退かず、新たな河川が形成されいる。
 かつて人間が暮らしていた町は今や完全に緑に覆われ、奇妙な外観をした新たな自然の姿がそこにあった。

「デギャァァァ! 黒いトリの群れデスゥゥゥ!」

 実装石は弱い。
 強靭な筋力も獲物を狩る爪もない。
 物を噛み切るための歯はたいした武器にならず、身に纏った自前の服も冬の寒さを防ぐほど暖かくない。
 だがその旺盛な繁殖力と、他の野生動物とは隔絶した知能でもって、自然界に一定の地位を保ちながら懸命に生き続けていた。

「し、死ぬかと思ったデス……助けてくれてありがとうデス……」
「デェ。困ったときはお互い様デス」

 大飢饉時代は終わり、安定の時代がやってくる。
 もちろん彼女たちにとっての脅威は無数にある。
 天敵の猫やカラス。その他の大型肉食獣。
 突発的に発生する洪水や火災。
 時には食料が思うように採れないこともある。

「ほらどうしたデス。恩石のワタシのためにキリキリ働くデス」
「いくら助けてもらったからってこれはないデスゥ! お前たちに情はないんデス!?」
「ワタシタチも生きるのに精一杯なんデス。弱者に情けは無用デス」
「またお魚食べたいテチィ! オバチャン、さっさと取ってこいテチ!」

 多くの実装石が一年持たずに死に、また同じ数だけ産まれて生きる。
 それは他の野生動物たちと何ら変わりがないことだった。
 彼女らに不幸があるとすれば、その高すぎる知性ゆえに『不幸』を知っていることだろうか。

「寒いデス、冷たいデス、なんでワタシが、こんな目に……」パキン

 増えすぎることも減りすぎることもなく、日本列島内には概ね一〇〇万匹前後の実装石が棲息し続けた。
 人間のように動物界の覇者となることもなく、自然の厳しさに駆逐され絶滅することもなく。
 安定した時期はそれから二〇年ほど続いた。

「死にやがったデス。根性なしデス……仕方ない、また食える物を探すデス」
「ママ! お外、お外! 白いキラキラが降って来たテチ!」

 そして、地球に冬がやって来た。



   6

 人間が破壊した環境を取り戻すように、地球はその活力を大いに取り戻していた。
 ところが緑に覆われた時代は長く続かなかった。
 星の意志が傷を癒やそうとしたのか。
 あるいは活力を得すぎた植物が大気のバランスを崩したのか。
 この星は分厚い殻に閉じこもることを選んだ。

「さ、寒いテチィ……」
「おかしいデス。普通ならそろそろあったかい季節になるはずデス……」
「ママ、もう食べる物がないテチィ……」

 氷期の訪れである。
 空をどんよりとした雲が多い、常に太陽を隠し大地から熱を奪う。
 これまで野生として何とかギリギリの生存を保ってきた実装石たちは、この変化に猛烈な打撃を受けた。

 元より野良実装や山実装にとって冬を越すのは至難の業である。
 エサを蓄え、命と春の訪れを秤にかけたチキンレース。
 温暖な頃でさえ命を落とす実装石は少なくなかった。

「食べ物、探すデス……」
「ママァ、行っちゃ嫌テチ。寒いテチ」
「仕方ないデス。このままだと飢え死ぬだけデス。良い子だから大人しく待ってるデス」
「テェェ……」

 この氷期は非常に強烈かつ突発的なものであり、世界中で平均気温が30℃前後下がった。
 多くの地が解けることのない雪と氷に覆われ、生物相に深刻な打撃を与える。
 大型の動物は軒並み死に絶えるか、少しでも温暖な地を目指して長い旅を開始した。

「食べ物……どこにも、みつからないデス……」

 実装石に極寒の地を渡り歩くだけの体力はない。
 かといって雪と氷に覆われた地で彼女らが望む物を手に入れるのは容易ではない。

「もう、ダメデス……ワタシの可愛い仔どもたち、ごめんなさいデス……」

 ギリギリの生活をしてきた多くの実装石が飢えて、あるいは凍えて死んでいった。
 第二次大飢饉時代の始まりである。

「ママァ……まだ帰らないテチ……?」
「次女チャン。入り口の方はさむいテチ。もっと奥に行くテチ」
「テェェ……暗いのは怖いテチィ……」
「ワガママ言わないテチ。さ、三女チャンも……テェェ! 三女チャンが冷たいテチ!」

 多くの実装石が生きるために様々な知恵を絞った。
 それはゴールの見えない巨大な迷路のよう。
 しかも一度でも行き止まりに当たればゲームオーバーだ。

「ワタシタチも食べられる物を探しに行くテチ」
「外に出るのは馬鹿テチ。洞窟の奥で食えるものを探す方がいいテチ」

 手探りで。命を使った試行錯誤を種族全体で繰り返す。

「どこに行っても逃げ場なんてないんテチィ! どうせみんな死ぬんテチィ!」
「落ち着くテチ! 暴れたら疲れるだけテチ!」
「テェ……? オネェチャン! この葉っぱ、食べられるテチ! 美味しいテチ!」
「本当テチ! でも、こんなちょっとしかないテチ……」
「なら当然高貴なワタシが食べるべきでチベッ!?」
「姉妹で争うのは絶対に許さないテチ。全員で平等に分けるテチ。体力が回復したらまたみんなで食べ物を探すテチ」

 生き残った多くの実装石が暗い穴蔵に潜み、細々と暮らしていた。
 寒さに耐え、吹雪に耐えながら、わずかな食料を獲得し、その命を懸命に未来に繋ぐ。
 それでも時には選択肢に関係なく地域の実装石が全滅することもあった。

 なぜこんな苦しい目に遭わないといけないのか。
 こんなに辛いならなぜ産まれてきてしまったのか。
 知性のある実装石たちは何度となくこの疑問を思い浮かべただろう。

「死にたくないんテチ……苦しくても、辛くても、それだけは嫌なんテチ……」

 それでも、生きた。
 彼女たちは必死に生き続けた。



   7

 長い、長い年月が経った。
 人類が姿を消してからおよそ一〇〇年後。
 年と同じだけの世代を重ねて、生き残っていた実装石はごくわずかであった。

「テェ……?」

 一匹の実装石が目を覚ます。
 腹は空腹を訴えていたがいつものことだ。

 けれど今日は何かが違う。
 上手く言えないけれどとても穏やかな気分である。
 まるで遠い昔、ママの温もりに抱かれていた時のような。

 この実装石、見た目は仔実装だがすでに一年近く生きている成体実装である。
 顔はふっくらと丸っこく大きな瞳が愛らしい。

 少ない食料に合わせるよう、世代を重ねながら種の小型化が進んでいた。
 中でも彼女は特に体格が小さく、ほとんど突然変異と言っても良い個体であった。
 それ故にこれまで生き延びてこられたとも言える。

「何テチ? なんか不思議な気分テチ」
「うるさいデス。一体何デス」

 隣で眠っていた個体が不機嫌そうに目を覚ます。
 下ぶくれのふてぶてしい顔で、顔面の面積に対して非常に目が小さい。
 こちらは一〇〇年前の一般的な成体実装とほぼ変わらない体格である。
 これは逆にこの世代では特異とも言える大きさだった。
 先祖返りをしたような身体は多くの栄養を必要としたがそれ故に力も強く、そのおかげでこれまで生き延びてこられたと言える。

 彼女たちはこの地域の最後の生き残りである。
 氷期の間、通常は何世帯かが協力して小さなコミュニティを作り協力して食料を探した。
 二匹が産まれたときにはすでに他のコミュニティは存在せず、およぞ五世帯の家族が寄り添って自然の横穴住居を根城に細々と暮らしていた。

 別々の親から産まれた二匹に血のつながりはない。
 次々と仲間たちが死に行く中、このデコボココンビは協力しながら何とか今日まで生き延びてきた。

 小型の丸顔実装はゆっくりと洞窟の入り口へと向かう。
 大型の下ぶくれ実装は気だるそうにその後を追う。

 そして二匹は見た。

「テェェ!? 木に丸い実が成ってるテチ!」
「デス!? 雪の中に食えそうな肉が転がってるデス!」

 丸顔は空を見た。
 燃えさかる太陽と晴れ上がった青空、そして青々とした木々とたわわに実った果実を見た。
 下ぶくれは大地を見た。
 雪が解け露わになった大地と朽ちた家の残骸、そして息絶えた動物の肉を見た。

 二匹が洞窟の中から出るのは実に三ヶ月ぶりである。
 比較的寒さの和らぐ時期に食料を集め、洞窟に籠もることの繰り返し。
 それでも今年の寒さは強烈で、今度こそはもう全滅かと思った矢先のことだった。

 春が訪れた。
 今までの地球の歴史を見れば非常に短い氷期だったと言えるだろう。
 だがそれは、実装石という種が滅ぶかどうかのギリギリの長さだった。

 二匹はしばらくの間、協力して辺りを散策した。
 食べる物はいくらでもあった。
 寒さのために背が低く育った木々になる果実は小柄な丸顔実装にも簡単に採取できたし、地上に残った弱く小さな動物は下ぶくれ実装が容易く狩って食料にした。

 そしてあるとき、意見の相違が発生する。

「美味い動物がたくさん徘徊してる廃墟を拠点にするデス!」
「テェェ……アナタは良いかもしれないケド、ワタシはニャーニャーに捕まったら殺されちゃうテチ……」
「心配するなデス。ワタシが守ってやるデス」
「それより、あっちの果実がいっぱいなってるオヤマはどうテチ? あっちなら比較的安全テチ」
「果実はあまり美味くないデス……」

 体格差と好みの違いから、お互いに暮らすに相応しいと思う場所を主張する。

「なら、バラバラに暮らすしかないデス」
「テェ……協力して生きる方が絶対にいいテチ」
「だったら仔を産めデス。洞窟にいた時と違って数を増やすのに遠慮する必要は無いデス」

 丸顔は最後まで同行を主張したが、やがて下ぶくれの意見に折れた。

「また、いつか会うテチ」
「ああ。お前は頭が良いけど弱っちいから、精々頑張って生きるデス」

 体格も顔つきも違う二匹の成体実装石。
 この周辺で最後の生き残りである彼女たちは、互いの手の先端を会わせると、それぞれが生きやすい場所へ向かって歩き出した。

 何度も振り返る丸顔に対して下ぶくれの足取りに迷いはない。
 姿が見えなくなる直前に手を振った丸顔に、下ぶくれが気付くことはなかった。

                                      つづく 

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1 Re: Name:匿名石 2016/03/17-01:59:19 No:00001999[申告]
やばいワクワクが止まらない
2 Re: Name:匿名石 2016/03/26-15:20:27 No:00002073[申告]
政治的なあれこれに触れるのはようないがコレだから難民は入れたらあかんねんな
それにしても先に次のサブタイトルが見えちゃってたから里実装や山実装が部族の元になるのかと思ってたがこういう展開か
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