『はじめての冒険』 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 黒い影は動かなかった。 不気味な程の沈黙が続く。 「テェエ……」 とっさに朽ち木横の落ち葉溜まりへ転がり込めた自分は運が良かった。 オネチャやイモウトチャが食い殺された、あの黒い鳥が枝にとまっている。 見つかってしまっているのだろうか? それともまだ気がつかれていないか? 母の言いつけを忘れ、巣から遠くへ出張ってしまった罰は、静止したままだ。 湿った腐葉土から水気がジワジワと服に染み込んでくる。 けれど俯せのまま、頭を下げて静かに草木の真似ごとを続けるしかない。 適度に汚れた仔実装の姿が絶妙なカモフラージュ効果をもたらしていたのだが、 その幸運を仔実装は知らなかった。 長雨の後に訪れた秋晴れの木漏れ日が清々しすぎたのだ。 狭苦しいカビ臭い巣から飛び出したって、仕方が無いではないか? ママが言うには、今年の夏は去年よりずっと大嵐と大雨が多いらしい。 夏の間、数の減った姉妹達と共に巣に籠りがちだったのもある。 元来活動的でないが、何かしたくてウズウズしていた。 馬鹿な姉妹達の言い争いに辟易していた。 気がつけば、言いつけを破って姉妹を置き去りに巣を抜け出していた。 長雨で飢えた姉妹達を鎮める為には、多めの餌が必要だ。 ママの食料調達の時間が長びくと、珍しく思い至ったのも悪かった。 身を引き締める湿った雨上がりの森を自由に駆け巡る爽快感と、 頬を撫でゆく寒気が心地良すぎたのもある。 もう少し、もう少しだけ、と戻るのが遂々遅れてしまったのだ。 「ママぁ……」 じき陽も傾き、辺りも暗くなる。 そうなったら、確実にもう巣へ辿り着けない。 今でさえ、もう帰り道はおぼろげなのだから。 巣で戯れる自分達姉妹を、微笑みながら見守るママの優しい顔がチラつく。 あのまま言いつけを守ってお留守番をしていれば、 今頃美味しいご飯をママが持って帰ってきてくれていたかもしれぬ。 不意に、ハラリ、と落ち葉が目の前に落ちてきた。 「テ? テェエェ!?」 気がつけば、見上げる先の黒い影が消えている。 不意に優しいママが耳元で囁いた。 『サンジョチャンは賢い仔だから助かったんデス』 『馬鹿なオネチャ達と違って、お前は本当に賢い仔デスぅ』 きっと自分は見つかっていなかったのだ。 只単に枝にとまって、翼を休めていただけに違いない。 そうだ、そうに決まっている。 自分は賢いのだ、馬鹿なオネチャやイモウトチャとは違う。 いい仔の自分が死ぬ訳はないのだから! 「マ! ママぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 積もった枯葉の山を掻き分け、慌てて泥まみれの仔実装が転がり出る。 泥と落ち葉を撒き散らしながら、仔実装は慌てて巣へ向かって駆け出した。 優しいママの面影だけが、もう仔実装の脳裏を埋め尽くしている。 さっきまでの幸運も、姉妹の犠牲が教えた慎重さも、 何もかもかなぐり捨てて、ただひた走るだけだ。 その瞬間、背後から微風が仔実装の泥まみれの頬を、ふわりと撫でた。 「テ、テチャ!? テヒィイイィーーー!!」 嘘だ!! 消えたはずなのに、どうしてお前がそこに居る!? 知らぬ間に、背後から舞い降りた黒い影の魔手に仔実装は捕らえられていた。 一瞬で、地面が眼下へ離れていく。 抗うものの、ガッチリと小さな身体に食い込んだ爪は微動だにしない。 圧倒的な力の前に為す術もなく、高く、高く、夕闇に染まる大空へ舞い上がっていく。 「イイイ痛いテチィ! ママぁ! ママぁアァアァアァーーーーーーーーーーーっ!!」 仔実装の悲痛な叫びが、虚空へ吸い込まれていく。 血涙を落ち葉に一滴残した他に、仔実装がそこにいた印は何も残されていなかった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ※スレに投下したバージョンは、結末が分かりにくかったので加筆してみました。

| 1 Re: Name:匿名石 2014/10/22-21:21:13 No:00001488[申告] |
| カラスが鳴いたら還ろう |
| 2 Re: Name:匿名石 2014/10/23-00:12:01 No:00001489[申告] |
| カラスが鳴いたら(土に)還ろう |