タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第12話07
ファイル:「実装産業の世界編」7.txt
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初投稿日時:2014/10/10-19:02:08修正日時:2014/10/10-19:02:08
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため
強引に異世界を旅行させられる羽目になった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイム
リミットの中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 としあき達が訪れた「実装産業の世界」は、実装石を産業資源としている超未来都市だった。
 そこでは、なんと海藤ひろあきが指名手配されていた。
 彼の兄にして、実装管理委員会の次官を勤める海藤やおあきは、としあき達に、ひろあきと彼の
持つデスゥタンガンの捜索を依頼する。

 一方、ミドリは、中実装化したひろあきと共に、「アビス・ゲーム」に参加させられていた。
 そしてとしあきとぷちも、メイデン社の会長・志川蘭子と知り合った結果、実装化されて
「アビス・ゲーム」に参加させられてしまった。

 しかも、アパート内の実装石達を攻撃する「刺客」として——


【 Character 】

・弐羽としあき:人間
「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。
 現在、実装化している。


・ミドリ:野良実装
「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。
 現在、ひろあきと共に「アビス・ゲーム」参加中。
 首下のリボンの色は、緑。


・ぷち:人化(仔)実装
「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。
 現在、実装に戻ってしまっている。


・海藤ひろあき:人間
「実装愛護の世界」から登場した“もう一人の旅人”。
 としあき達とは別ルートで世界移動を行っている。
 現在、何故か中実装の姿になっており、「アビス・ゲーム」でミドリと共に行動中。
 首下のリボンの色は、緑。


・ママ(アオママ):
 「アビス・ゲーム」に参加する、アオ組唯一の成体実装。
 非常に賢く、異世界移動の経験と知識を持っている謎の存在。
 首下のリボンは青色。


・キイロチーム(成体実装×2、仔実装×2、蛆実装×1):
 「アビス・ゲーム」のプレイヤーで、103号室を陣取る黄色いリボンを着けた実装石達。
 非常に心優しく協力的で、アオママとの協力体制を約束するが……?
 実は、蛆実装がチームリーダー格。


・アカチーム(中体実装×2まで判明。残りの構成は不明)
 「アビス・ゲーム」のプレイヤーで、赤いリボンを着けた実装石達で構成されたチーム
だが、中実装が二体いるという以外、現状全てが謎に包まれたチーム。
 101号室の押入れの床下に潜み、クロ中実装を不意討ちで殺傷した。


・志川蘭子:
 チャイナドレスをまとった色っぽい美女で、メイデン社の若き会長。
 デスゥタンガンの現在の所有者で、本体のシステムに施されたロック解除を、としあきに
依頼するが……


・デスゥタンガン(アイテム):
 海藤ひろあきが持っていた、実装石を自由に操ることが出来る銃型の機器。
 グリップ内部にあるスイッチボックスを引き出し、任意のボタンを押してからトリガーを
引くと、特定範囲内の実装石がボタンに従った行動を(本人の意志とは無関係に)取り始める。
 また、電撃や火傷と同じ偽ダメージを与えたり、動きを強制的に止めることも可能。
 偽石の固有周波数を登録することで、特定の実装石を効果対象外に指定することも可。
 更に、本体側面部に内蔵されたモニターは偽石センサーのレーダー表示になり、広範囲に
散らばった実装石(偽石)をキャッチすることが出来る。
 ただし、元々は実装石ブリーダー用に開発されたものなので、殺傷能力はない。

 
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      じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜  第12話 ACT-7 【 赤い衝撃 】

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 6月13日午前11時。
 海藤やおあきが、メイデン社の暗躍に気付いたのと、ほぼ同じ頃。

 ここは、「アビス・ゲーム」のステージ・古アパートの某所。


「だんだん上が騒がしくなって来たデス〜」ポリポリムシャムシャ

「本拠地を移動するテス?」モシャモシャ
「もしかしたら、ここもいずれあいつらにバレるかもしれないテス」パクパク

「心配しなくても、この“部屋”まで辿りつけるような奴らは、上にはおらんデス〜」ガツガツ

「さすがママテチ!」
「みんないなくなっちゃった後に、ゴハンをゆっくり取りに行けばいいんテチ!」


 五匹の実装石は、部屋の中でのんべんだらりと過ごしていた。
 そこは、白くて丈夫そうな壁に覆われ、天井全体が優しく光る照明になっている。
 更に、成体実装が余裕でゴロゴロ転がれるくらいの面積があった。
 天井の高さはせいぜい60センチで閉鎖感が強いが、成体実装でも這って移動すれば問題はない。
 そして何より、ここは除湿機能・空調機能があるようで、五匹が同時に滞在しても、息苦しさや暑苦しさが全く
ない。
 また、南向きの出入り口も開閉が用意で、仔実装でも出入りが可能なほど軽い。
 その割に、材質自体はかなり頑丈で、しかも簡単かつ丈夫なロック機構もあるので、外敵からの介入は心配
なさそうだった。
 唯一の難点はトイレがないことだったが、それは外で済ませば事足りる。

 メンバー中唯一の成体実装は、首下の赤いリボンを手で弄びながら、寝ぼけ眼で天井を見つめた。

アカ成「どうデス?
 ニンゲンの建物に忍び込む場合はまず床下へ、という鉄則。
 その意味がよく理解出来たデス? お前達」

「「「「 はいテス(テチ)!! 」」」」

 赤いリボンの実装石——アカチームは、天井の向こうから微かに聞こえてくる騒音を聞きながら、自分達の
絶対的勝利を確信していた。
 この実装石達は、全員が家族で構成されていた。
 実装石の管理が日本よりも甘い海外……北欧の極寒の地で、一定期間の野良生活を強要され、その中で生き
残ったツワモノ達の集まりでもある。

 アカチームは、元々101号室からのスタートだったが、部屋の明かりが点くずっと前から行動を開始していた。
 各部屋に実装石がいることを確認した直後、それらとの接触を徹底的に避けるため、床下に退避するという
作戦を決行していた。
 やおあきやにじあきも、その大胆な行動力には大変感心しており、現状最も優勝に近い位置にいるチームと
目されていた。

アカ成「しかし、向こうに隠しておいたフードを取り返されたのは痛いデス〜」

アカ仔1「なんでテチ?」

アカ成「上の連中の中に、ワタシ達がここに住み着いてることがばれたかもデス。
 確かに、別な拠点を探すのは良策かもしれないデス〜」

アカ中1「それなら、いいところがあるテス」

 中実装の一匹が、二階への調査潜入を行った時の報告を始めた。

アカ中1「二階の一番奥に、床下から入れないお部屋があるテス。
 廊下から見るとドアがあるし、部屋があるのは間違いないテス。
 なのに、押入れからも、床下からも中に入れないんテス」

アカ中2「床に、分厚い板みたいなのが張り巡らされてるみたいテス」

アカ成「露骨に怪しいデス〜。ドアからは入れなかったデス〜?」

アカ中1「ドアに鍵がかかってるみたいテス」

アカ成「そこへは、ここから簡単に行けるデス〜?」

アカ中2「あの臭いお部屋に戻って、押入れから天井裏に上れば行けるテス」

アカ成「あの部屋は、出来れば通りたくなかったデス〜」

 アカ成体実装——アカ親は、天井に頭をぶつけないように注意しながら立ち上がると、ナイロン紐で作った
ツールホルダーを肩にかけ始めた。
 そこには、LEDライトやカッター、フォーク、ビニール袋が取り付けられている。
 中実装達は、ナイロン紐と小さな紙箱を加工したバックパックのようなものを装備し、そこに仔実装を一匹ずつ
座らせた。
 箱には横一文字にビニール紐が通してあり、それが仔実装にとってのシートベルトの役割を果たしている。
 
アカ成「よし、じゃあ行くデス」

アカ中1「ママ、一番大事なものを忘れてるテス」

 そう言うと、中実装の一匹が、部屋の奥に置かれているロープ束のようなものを指差す。
 端に金属のツメのようなものがついたそれを輪にして首を通すと、アカ親は「いかんいかんデス」と呟いた。
 アカ親の指示で、子供達は素直に快適な部屋を出て行く。
 ドアを開けると、そこには広大?な闇が広がっている。
 ドアの脇に置いてある実装フードの袋から、いくらかのフードを取り腰の袋に詰めると、アカ親は鼻をピスピス
させた。

アカ成「さあ我が子達よ、目的地まで先導するデス〜」

 そう言うと、アカ親はLEDライトを点した。
 暗闇が強烈な明かりに照らされ、コンクリートと板に天地を挟まれ、柱が点在する空間が浮かび上がった。


          ※          ※          ※


■1階

 部屋番号は、左上→右下の順で、101、102、103、105(104はない)。

 (入り口)
   _
  ||
 □||□
 □||□
 ■||▲
  | → 二階へ
 ‾‾‾‾
 □は各部屋、▲はトイレ、■は風呂場。
 廊下の奥、トイレの脇には、二階へ昇る階段がある。



「おいお前、食い物はあるかデス?」

 ここは、103号室。
 突然アパート内に乱入してきた成体実装三匹のグループは、キイロパパに向かって高圧的な態度で迫ってきた。

「食い物を出すなら、殺す順番を一番最後にしてやるデス」
「どうしても出さないなら、お前から食い殺してやるデス!」
「さぁ、とっとと出すもん出すデス」

 出口を背にして、逃げ場を与えないようにしながら、三匹の成体実装はキイロパパに迫る。
 僅かに開いた隙間から、キイロママが覗いていたが、三匹はまだそれに気付いてはいないようだった。

キ成1「わかったデス、食べ物を渡すデス。
 だから殺すとか言わないで欲しいデス……」

「グダグダ言ってねぇで、とっとと出せデズァ!!」

 ゲシッ!

 成体実装の一匹が、キイロパパの腹を蹴飛ばす。
 軽い悲鳴を上げてひっくり返ったキイロパパは、反撃する様子もなく、這うようにして押入れに移動した。
 キイロママ達は上の段、向かって右寄りに集まっているようで、キイロパパはその反対側を開いた。
 
キ成1「備蓄はこれくらいしかないデス。これで見逃して欲しいデス……」

「なんだそれは? 実装フードデス?」
「ボリボリ……ペッ! クソまずい物食ってやがるデス!」
「いや、きっとこいつはもっと美味い物を隠し持ってるに違いないデス!」

キ成1「そ、そんなことはないデ……デギャッ!!」

 バキッ!

 キイロパパは、成体実装のパンチを顔面に受けて、またひっくり返った。

「デヘヘ、必殺の鉄拳パンチのお味はどうデス〜?」

「よぉし、次はワタシの必殺技・脚キックをお見舞いするデスー!!」

 ドゲシッ!!

キ成1「デギャッ?!」

「お次は、ワタシの必殺技・パチキ頭突きを食らえデス〜!!」

 ズゴッ!

キ成1「ブギャワッ?!」

 鼻血を出してぶっ倒れるキイロパパに、成体実装達が踊りかかる。
 しかし、キイロパパは倒れながらも手を振り、押入れの家族に何か合図を送っていた。
 それを見たキイロママは、押入れの中で大きく頷いた。

キ成2「みんな、ここから脱出するデス!」

キ仔1「どこへ逃げるテチ? もう逃げ場はないテチ」

キ蛆「事前に、パパやママと相談していたレフ。
 逃げる先は——この上レフ」

 そう言いながら、キイロ蛆は顎を精一杯上げてみせた。

キ仔2「まさか、天井裏テチ?」 

キ成2「そうデス。さぁ、ワタシの身体を伝って上るデス!」

キ仔1「ママは、ママはどうするテチ?」

キ成2「ママは別なルートで逃げるデス。さぁ——」

 そう言うと、キイロママは手早く子供達を担ぎ上げた。
 予め逃走前提の準備をしていたのか、天井の板は仔実装が入れる程度の隙間が開けられている。
 襖を揺らさないように、慎重に段ボールで作った土台を使い、子供達を隙間に誘導する。
 最後に、キイロ蛆を子供達に託すと、「早く行きなさい」と無言で促す。
 
キ蛆「さぁ、行くレフ。すぐそこにライトもある筈レフ」

キ仔1「はいテチ!」

キ仔2「ママとパパ、絶対大丈夫テチュ?」

キ蛆「——今は、とにかく逃げるレフ。一人でも多く生き残って、必ずここを脱出するレフ!
 さあ、あっちの方角に行くレフ!」

 キ蛆は、以前発見したLEDライトをキイロ仔実装の姉に持たせると、西の方角——101号室の真上辺りを示した。

 ライトに照らされた天井裏を、静かに這うように移動する子供達は、やがて201号室の真下辺りに辿り着いた。
 天井——二階の床板に相当する部分を照らし出した途端、三匹は揃って驚愕の声を上げた。
 ライトの光が、不自然に反射して、三匹の顔を照らす——

キ仔1「何? 何テチこれ?!」

キ仔2「こんなの、初めて見たテチュ!! どうすればいいんテチュ?」

 彼女達の頭上には、巨大な鉄板があった。
 正しくは、天井面……201号室の床板にあたる部分が、光沢のある鉄製の板で覆われていたのだ。
 鉄板と鉄板の隙間は丁寧に溶接されており、一部の隙もない。
 唯一、鉄板の真ん中辺りにある数十センチ四方ほどの部分が、若干色が変わっており、細い隙間が正方形を
象っている。
 その更に真ん中に小さな穴が開いてはいるが、余りに小さすぎ、蛆実装ですら通り抜けられそうにない。

キ蛆「これは、全く予想外の展開レフ……」

 さすがのキイロ蛆も、これにはお手上げのようだ。
 201号室の真下で、キイロチームの子供達は、ただ途方に暮れるしかなかった。


          ※          ※          ※

 
★2階  
 部屋番号は、左上→右下の順で、201、202、203、205(204はない)
____
□||□
□||□
■||▲
 | → 一階へ
‾‾‾‾
 □は各部屋、▲はトイレ、■は洗面所。


 ここは、203号室。
 まだ少し生乾きの実装服を着直し、活動を開始したミドリとひろあきは、何やら一階が騒がしい事に気付き、
しばらく二階で探索を行うことに決めていた。
 ひろあきの提案で、今回は他の部屋を調べて収穫できるものがないかを調べることになった。

「アビス・ゲームの終盤最大の壁は、食糧難なんだ。
 最初のうちは、いろんなところから食料が見つかるから、楽勝に感じるんだけど、実際は全実装石の必要量の
半分程度しかないんだ。
 だから、出来る限り食べ物をかき集めなければならない」

「デェー、それは厳しいデス」

「だが実は、ステージ内には割と長期間安全に滞在出来る避難所が必ずある。
 そうでないと、最後の一匹が生き残れなかったりするからね」

「ふむふむ、てことは、それを真っ先に探すべきってことなんデス?」

「そういうこと。ただダミーもあるから要注意なのさ」

「ああ、あの物置みたいな……わかったデス。ではまずどこから行くデス?」

「まず、真正面の部屋から行こうか」

 ひろあき達は、203号室を出ると、向かいの部屋——201号室に移動した。
 だが、ドアを開けようとしても、ガチャガチャ音がするだけで、開く兆しがない。
 実装石用のノブはあるのだが、まるで内鍵でもかかっているかのようだ。

「どういうことデス? 中から閉じられているデス?」

「うーんと……」

 ひろあきは、部屋のドアを改めて観察してみた。
 201号室だけでなく、全ての部屋には鍵穴が存在しているようだ。
 しかし、203号室のドアは、実装石が開け易くするためか、鍵そのものがドアから外されている。
 他の部屋もそうだと考えると、この201号室だけが、何かの理由で鍵の機構が生きたままになっていると考え
られる。
 ひろあきは、髪の毛の中から、真鍮の鍵を取り出してみた。

「それがあれば、ここの鍵が開くデス?」

「多分そうじゃないかなと思う。
 でも、問題は——」

 そう言いながら、ひろあきの目線は上の方にスライドしていく。
 ドアの鍵穴は、床からおおよそ75センチ強程度。
 当然ながら、実装石では手が届かない。
 しかも、鍵は水平に差し込まないとならないため、ぎりぎり手が届く程度では回せない。
 どこかから足場を調達して来ないと、この中への侵入は不可能だ。
 のっけから、探索が行き詰ってしまった。

「仕方ない、この部屋は後回しだ」

「デス。きっと中には沢山のご馳走が隠されてるデス!
 ——という期待はしておきたいデス」

 二人は一旦201号室を諦め、その隣の202号室に向かうことにした。

 202号室は、元々はクロチームのスタート地点になった部屋だ。
 彼女達は真っ先に部屋を出たせいか、ここは思いの他綺麗なままで、殆どが手付かずのように感じられた。
 ひろあきは、真っ先に押入れの中を確認する。

「すごいなここ、ちょっとした当たりかもしれないよ」

 少し興奮した口調で、ひろあきがミドリを呼び寄せる。
 押入れの奥からは、実装フードが数袋、毛布、タオルが収められていた。
 更には、ペットボトル入りの水まであり、ここはちょっとした倉庫的な様相を呈していた。
 二人は相談し、203号室のシンクを調べた時に使った、段ボールの足場を持って来て、上段も見てみることに
した。
 ミドリはひろあきを残し、単身203号室に戻ろうとする。

 だが202号室を出た時点で、向かいの部屋から、奇怪な声が聞こえてきた。

「デェ?! な、な、なんデス?
 二階に、まだ他の実装石が居たんデス?」

 デェェェェェ……

 205号室のドアの向こうから、まるでゾンビの呻きのような声が、微かに聞こえてくる。
 そして、僅かにドアを押すような音も。
 ミドリは、ドアを開けたい好奇心と、正体不明の存在に対する恐怖心に、激しく揺れ動いた。

 ミドリの手が、205号室のノブに触れる直前、背後からひろあきが袖を強く引いてきた。

「ミドリ君! そんな事より、今は土台の方が先だろう!」

「デェ? あ、ああそうデス、そうだったデス」

 諭されたミドリは、205号室の中の様子が気になってしょうがなかったが、まず先に203号室へ向かうことにした。
 ひろあきも、気にはなったものの、205号室のドアの隙間から漂う微かな異臭に気付き、慌ててその場を離れた。



 その頃、205号室の中では——


「ん? この部屋も臭いデス〜」

「ここでも誰か死んでるテス?」
「よりによって、ワタシ達が行く先々で死なないで欲しいテスー」

 ここは、205号室の押入れの中。
 この下段の床板はスライド出来るように加工されており、床下……一階の天井裏に抜けられるようになっていた。
 アカ組達は、一階の床下から、まず105号室の押入れ下段に移動。
 101号室の押入れの中から発見された「フック付き縄梯子」を使い、下段から上段へと移動する。
 実は105号室の押入れの上段には、天井裏へ容易に抜けられる「隠し階段」が元々設置されていた。
 これは、何かしらの方法で押入れ上段天井隅のボタンを押すと、板が外れて段差のある足場が降りてくるという
もので、最初から実装石移動用に作られた仕掛けのようだった。
 アカチームは、これを本来の部屋住人であるミドリチームより早く発見し、活用していたのだ。

 かつて、105号室押入れの上段で見つけたLEDライトを使い、アカチームは天井裏と床下を縦横無尽に使い、
他の実装石達とは全く交わらない空間をホームとして、今まで暗躍していたのだ。

 205号室に入るのはこれが初めてだったこともあり、尚も続く異臭の洗礼は、アカチームの面々を些か戸惑わせた。
 しかし、極限のサバイバルを生き抜いた彼女達は、めげることなく目的を完遂するため、即座に行動に移った。

 しかし、押入れの中から覗く室内の惨状は、さすがのアカチームをも驚嘆させるものだった。

「デ、デゲエェェェ?!?!」

 異臭の原因は、すぐに分かった。
 
 室内では、複数の実装石が倒れていた。
 床には相当前から放置されていると思しき、成体実装や中実装の惨たらしい死体があり、しかも各部の欠損が
著しい。
 窓際に居る三匹の仔実装のうち二匹は、とうの昔に事切れているようで、全身から腐敗液を垂らしなら苦悶の
表情を浮かべていた。
 その傍の成体実装は、かろうじてまだ生きてはいるようだが、全身を腐敗液と血で汚し、仰向けでもがき
苦しんでいる。
 そして最後の仔実装は、こちらに背を向けながら、何かをクチャクチャと租借している。
 周囲を見る限り、食料に相当する物が見当たらないことから、彼女達が既に正常な状態でないことは容易に
想像出来た。

 アカチームは、これなら特段問題はなかろうと判断し、部屋住人の口を封じることなく、退室しようと判断した。
 名目上は、余計な行動を取る時間が惜しいという事だったが、実際は「関わりたくない」という気持ちの方が
強かったのだ。

 だが、押入れを抜け、廊下へ通じるドアを開けようとした途端、アカ仔実装が声を上げた。

アカ仔1「あっ! あれ何テチ?!」

アカ成「シッ、声を出すn……デ、デェェ?!」

 振り返ったアカ親も、眼前の光景に、思わず目を見開いた。


 グェ……ェ、エェェ……ゴボッ、ゲボッ……!!

 突然ムクリと起き上がった成体実装——ムラサキ親が、口から大量の黄色い粘液を吐き出したのだ。
 と同時に、異様に膨らんだ腹が、遠目でもはっきりわかるほど激しくぜん動する。
 ムラサキ親の目は既に濁っており、もはや生者のものとは思えない。
 やがて彼女は、あり得ないほどの大口を開け、呻き声を立て始めた。
 口の端がぶちぶちと音を立てて裂け、顎の骨が露出する。

 ォオオオオオォォ———!!

 それは、ムラサキ親の声ではなかった。
 体内の空気が声門を通り抜けて発生した「音」。
 やがて呻き声に似た「音」はオクターブを上げ、ジュボリ、という耳障りな水音に変化する。
 と同時に、大きな腹が風船のようにみるみる膨れて行き——爆ぜた。

 ボゴォッ!! グジュリ、ジュボリ

 ルトォォォオ……!!

 ルビィの腹を割いて、見た事もないような生物が誕生する。
 それは肉片と血液、どろどろした粘膜にまみれた異形の生物だった。
 銀髪と藍色の身体、黒い翼を携えている。
 それが大きく翼を広げ、粘液を振り払おうとした時点で、アカ親は強烈な危険を感じた。

アカ成「逃げるデス! 早く!」

アカ仔2「テェッ?!」


 ルルルルルルルルルルル……


 アカチームは、笛のような鳴き声を背で聴きながら、慌てて205号室を飛び出した。
 念入りにドアを閉じ、肩で息をする。
 
アカ成「な、何なんデス? あれは……?!」

アカ中1「! ま、ママ!!」

アカ成「な、何デス? ちょっと待ってくr……デ!」

 アカ中実装に裾を引かれ、顔を向けたアカ親は、全身を硬直させた。


ミ「デェ? お前らこの部屋の住人デス?」

ひ「ミドリ君、リボンの色が赤い! 彼女らは初めて会う実装石だ!!」


 段ボール箱を抱えてきた成体実装石と中実装のコンビが、廊下の真ん中に立ち尽くしていた。



 6月13日、正午になったのは、その時だった——


          ※          ※          ※


 ここは、湾岸埋立地の工業地帯。
 志川蘭子とその手下が潜んでいる、アジトのある場所。
 十数名の、黒い戦闘服を身に付けた工作員達が、無言で奥へと潜入していく。
 途中に設けられているセキュリティドアは、小型端末に接続されたダミーのカードキーで、次々に突破されて
いく。
 ものの十分程度で、工作員達は、アジトの心臓部付近まで辿り着いた。
 彼らの行く手を阻む設備は、セキュリティ以外何もない。
 後からやって来た別チームが、背負ってきた黒い箱を下ろし、通路の奥に向ける。
 時計を確認したリーダー風の男は、無言で頷き、黒い箱の蓋を開くように促した。


 ボ、ボックゥー!!

 シャキン、シャキン、シャキン!!


 箱の中から飛び出したのは、青い服と帽子、大きな鋏を持った実装生物——実蒼石だった。
 それが、全部で10体ほど飛び出し、工作員達の前で整列した。
 それぞれの個体の左耳の辺りには、ややサイズが合わないヘッドセット風の機器が取り付けられている。
 工作員のリーダー風の男は、腕時計型の端末から「聞こえるか」と呼びかけた。

 実蒼石達は、同時に頷いた。

 リーダーは、通路の奥を指差し、「行け!」と呟いた。

 ボクゥッ!! ×10

 実蒼石達は、全員同時に頷いて、物凄いスピードで通路の奥へと走って行った。
 それを確認すると、工作員達はそそくさと元来た道を戻って行った。


          ※          ※          ※


 アパート内に、異変が起こった。

 激しい破裂音が二階の北側で発生し、窓ガラスが飛び散る。
 201号室と203号室の間、廊下の最北端にある明り取り兼換気用と思われる窓が、何者かによって外から破られた。
 外から飛び込んで来たのは、三匹の実装燈。
 それが、二階の狭い廊下を縦横無尽に飛翔しまくった。

 先ほど、偶然の顔合わせをしたばかりのミドリ達とアカチームは、あまりに突然の出来事に、ただ呆然とする
しかなかった。

 ルトォォォォォ!!

 ルトオオオオオオオオオ!

 ルドオォォォォォォ!!

ミ「デギャアッ! に、逃げるデスゥ!!」

ひ「なんてこった! なんでこんな奴らが?!」

アカ成「な、何なんデス、コレは?!」

ミ「そいつに刺されると、身体の中からバケモノが出てくるデス! 死ぬデス!!」

アカ成「!!」

 ミドリの咄嗟の助言で、アカ親は全てを察した。
 二階の廊下にいた実装石達は、実装燈の襲撃を受けるギリギリのタイミングで、202号室に退避することが
出来た。
 
 
 ルトォォォォォ!!

 ドアの外から、飛び交う実装燈の声が尚も響いてくる。

ミ「ふぅ、間一髪だったデス。
 おいお前ら、大丈夫だったデス?」

アカ成「この二階には、他に実装石はどれくらいいるデス〜?」
  
ひ「正面の部屋に何匹かいるらしいけど、それを除けばここにいる僕らだけだと思う」

 ひろあきの言葉を聞くと、アカ親はニヤリと口許を歪めた。
 それを合図にするかのように、アカ中実装二匹は素早く回り込み、ひろあきを捕まえねじ伏せてしまった。

ひ「痛い! な、何をすr……ぎ、ギャアアア!!!」

 ボキッ!

 アカ中実装の一匹が、ひろあきの右腕をへし折ってしまった。

ミ「な?! な、何をするデス?! おい!」

アカ成「こいつを殺されたくなかったら、外へ出ろデス〜」

ミ「は?」

アカ成「早くしないと、こいつを殺すデス〜」

 そう言いながら、アカ親は押さえ込まれたひろあきに近づき、左脚を踏み潰した。
 ゴキリ、という鈍い音が響き、ひろあきが再び悲鳴を上げる。

ひ「ひ、ヒギャアァァァァァ?!?!」

ミ「や、やめろデス! なんで、お前らは——」

アカ成「今すぐここを出て行ったら、こいつの命は保障してやるデス〜」

 アカ親は、踏みつけた足をどかさぬまま、ドヤ顔でミドリを脅迫する。
 見ると、もう一匹の中実装は、どこから取り出したのか食器のフォークを構えており、それをひろあきに突き
立てる真似をしてみせる。

ひ「ひぁぁぁぁ、い、痛い! 痛い!! み、ミドリくぅ〜ん!!」

ミ「わ、わかった、わかったデス!
 だから、そいつは離してやって欲しいデス!!」

アカ成「素直でいいデス」

 アカ親は、フォークを持った中実装に命じて、ミドリを部屋の外に追い立てさせる。
 どうやら、ミドリが室内にいる間は、ひろあきを解放しないつもりのようだ。
 当のミドリも、その意図にはさすがに気付いたが、今は言う通りにするしかない。
 悲痛な表情で呻き声を立てもがくひろあきを見つめながら、ミドリは、ゆっくりとドアを開き、外の様子を
見た。
 しばらく外の様子を眺めてから、ミドリは青ざめた顔で振り返った。

ミ「このまま外出たら、あいつらの絶好の餌食デス〜」

アカ成「そんなの知ったこっちゃないデス〜」

ミ「お前達は、なんでそんな酷いことをするデス?
 なんで助け合わないんデス?」

 目にうっすら涙を浮かべ、懇願するような態度で尋ねる。
 アカ親は、フンッ! と鼻息を荒げた。

アカ成「問答は無用デス。おら、さっさと出て行けデス〜」

ミ「デェ〜……で、でもぉ〜」

アカ中1「さっさとしろテス!」

 中実装のフォークが、ぐいぐいとミドリの脇腹に突き刺さる。
 ミドリは覚悟を決めた表情で、ドアを開いた。
 そして——身を半分ほど乗り出した瞬間、アカ中実装の持っているフォークを両手で掴み返した。

アカ中1「テ、テェッ?!」

 そのままフォークを奪い取ると、ミドリはアカ中実装を、ドアの隙間から外へ蹴り出した。

 ドガッ!

アカ中1「テ、テヒャアッ?!」

 バタン!

 すかさず、ミドリはフォークを槍のように構えて、アカ仔実装の一匹に切っ先を向ける。
 間髪いれず、ドヤ顔を決める。

ミ「形勢逆転とは、こういう事をいうデス? デヘヘ。
 さぁ、そいつを解放して、お前が出て行けデス!
 早くしないと、大切な子供チャンが大変なことになるデス!」

 ミドリは、真っ向からアカ親を睨みつけた。
 だがアカ親は表情一つ変えず、今度はもう一方の脚を踏み潰した。

 メキャッ!!

ひ「い、イギイィィィィ?!」

 再び漏れたひろあきの悲鳴。
 フォークを向けられている仔実装も、特段怯えた様子はなく、平常心を保っている。
 そして何より、誰も廊下に出たアカ中実装を助けようとしないのだ。
 予想外の展開に戸惑うミドリの隙を突き、アカ仔実装はなんと、向けられたフォークに飛びついた。

ミ「デェ?! こ、こら、離せデス!」

 フォークの先端部に抱きつかれたため、ミドリはもうそれを振り回せない。
 仔実装の予想外の動きに翻弄されるミドリは、またも隙を突かれることになった。

アカ親「死ね!」

 ドバキィッ!!

ミ「ゲベッ?!」

 いつの間にか間合いを詰めてきたアカ親の頭突きを食らって、ミドリは脳震盪を起こし、そのまま倒れて
しまった。

アカ親「こいつらを、まとめて廊下に引っ張り出すデス」

アカ中2「ママ、オネーチャは?」

アカ親「教えた筈デス。窮地は自らの力で切り抜けろと。
 あの仔の運命は、あの仔が決める。それだけデス〜」

「「「 …… 」」」

ひ「ひ、ひぃぃぃ……! た、助けてぇ!」

 そう言うと、アカ親はひろあき、ミドリの順に、廊下へと引っ張り出した。
 アカ中実装は、何故か部屋に戻ってはこなかった。


          ※          ※          ※


「おい、大変だ!」

 にじあきが、二階の状況を写すモニターを見て、驚愕の声を上げる。

「また、あの空飛ぶ実装生物だ! ど、どうする?!」

 やおあきは、チッと舌打ちすると、携帯を取り出しどこかに連絡し始めた。

「——?! おかしい、現地の待機班が応答しない」

「おいおい、一体何があったんだ?」

「わからん、何がなんだか!」

 珍しく慌て気味のやおあきは、もう一度携帯で呼び出しを行い、叩きつけるようにテーブルに置いた。
 
「状況はどうなってる?」

「空飛ぶ実装生物が三匹、二階の窓から乱入した。
 現地班では止められなかったみたいだな。
 あと、205号室ではムラサキチームの身体の中から、同じのが生まれてる。
 どなってるんだ、これは!」

「まずいな、このままだと、アビス・ゲームが続けられないぞ」

 にじあきも、この状況には面食らったようで、頭をボリボリ掻き毟りながらモニターに見入っている。

「ブリーダーやギャンブラーからも、問合せが殺到してるぞ。
 実装生物の大量発生問題も、DEJAだけではもう隠し切れないレベルになってるし。
 ど、どうする? やおあき?」

「うむ……」

 現在、やおあきは表の業務が多忙になりすぎて、アビス・ゲームに関わっているゆとりがなくなり始めていた。
 アビス・ゲームの企画自体、元々はやおあきとにじあきの実装虐待観察趣味が高じたものだったのだが、さすが
に公務と引き換えにすることは出来ない。
 またやおあきの心境としては、肝心な場面をリアルタイムで見られないアビス・ゲームの結末など、さほど強い
興味を引かれることはなかった。

「もう、イベントがどうとか言ってる場合じゃない。
 多少無茶なことをしてでも、アビス・ゲームを形式上きっちり終わらせるんだ」

 それだけ言い残すと、やおあきは上着と携帯を取り、部屋を退出しようとする。

「おい、どこ行くんだ?」

「実装大量発生問題の件で、ローゼン社に呼び出しを食らっちまってさ。
 これから行かなきゃならなくなったんだ。
 ——にじあき、アビス・ゲームの今後の管理だが、もし俺がこれ以上表の業務に拘束され続けるようだったら、
お前の判断で収拾をつけてくれ」

「え、ほんとに?」

 やおあきの言葉に、にじあきの表情がパッと明るくなった。
 些か嫌な予感が胸中を過ぎりはしたが、時間が差し迫っていることもあり、やおあきはそのまま退室していった。


「そうかぁ、俺の好きにしていいんだぁ♪」

 にじあきは、薄暗がりの中で不気味に微笑んだ。


          ※          ※          ※

 時間は、多少前後する。



■1階

 部屋番号は、左上→右下の順で、101、102、103、105(104はない)。

 (入り口)
   _
  ||
 □||□
 □||□
 ■||▲
  | → 二階へ
 ‾‾‾‾
 □は各部屋、▲はトイレ、■は風呂場。
 廊下の奥、トイレの脇には、二階へ昇る階段がある。



 6月13日正午。
 としあき達がこの世界に到着して、既に50時間が経過した。
 滞在可能時間は、残りあと70時間(2日と22時間)。



『——行きます!』

 その宣言とほぼ同時に、二階から何かが破裂する音が聞こえてきた。
 更に、何者かが騒ぐような足音も。
 加えて、外からも何か騒がしい音が聞こえているようだ。
 アオママととしあきは、無意識に顔を見合わせた。

アオ成「一体、何をやったのデス?」

『只今、我々“Deceive”が、アパート周辺を固めていた待機部隊を襲撃、拘束しています。
 今しばらくお待ちください——』

アオ成「襲撃って……」

と「待てよ、今なんつった? Deceiveだと?」

ぷ「あれぇ? なんかどっかで聞いたことがあるテチィ」

 アオ仔実装とアオ親指は、その会話の後、直立不動となってウンともスンとも言わなくなった。
 アオママは、としあきとぷちの手を取った。

と「お、おい、あんた、今一体ここはどうなってるんだ?
 俺達は、ひろあきという奴に会いに来たんだ。
 どこにいるか、知らないか?」

ぷ「そうテチ、あと、ミドリオネーチャのことも知ってたら、教えて欲しいテチ」

 二人の呼びかけに、アオママは、何故かとても愛しそうな、優しい眼差しを向けてきた。

アオ成「そのお二人は、確かにここに居ますデス。
 確か二階の部屋にいる筈デス」

と「そうなのか! じゃあ、急いで二階に行かないと」

アオ成「今、外に出るのは危険デス。
 ワタシが呼んで来るデス」

 そういうと、アオママはとしあきとぷちの手を放した。
 押入れに戻り、割り箸の槍を取り出すと、それを後ろ髪に差し込む。

と「なぁ、俺達、どこかであんたと会ったかい?」

アオ成「……」

ぷ「なんだか、とっても懐かしいような。
 初めて会った気がしないテチ」

アオ成「ワタシは…………
 ——いえ、何でもないデス」

 それだけ言い放つと、アオママは、ドアを開けて外の様子を窺った。
 玄関の方角から、なにやら叫び声のようなものが聞こえる。 
 もう一度振り返ると、アオママは、としあきの目線に合わせるように、腰を落とした。

アオ成「いいデス? これから貴方——いえ、皆さんは、信じられないような出来事を沢山経験されるデス」

と「は? あ、ああ」

ぷ「……?」

アオ成「でも、大丈夫デス……きっと、どんなピンチも乗り越えられるデス。
 だから——ご自身を信じて行動して欲しいデス」

 今にも泣き出しそうなほど潤んだ目で、アオママはとしあきの顔をじっと見つめた。
 そして、とても愛しそうに顔に触れると、表情を引き締めて立ち上がった。

と「なぁ、もしかしてあんた、これからもの凄く危険なことをしようとしてないか? なぁ?」

アオ成「お二人は、ここを動かないでデス」

ぷ「あ、オバチャン!!」

 アオママは、素早くドアの隙間を抜け、廊下へ出た。
 と同時に、ドアがしっかりと閉じられる。
 102号室には、としあきとぷち、そして動かなくなったアオ仔実装とアオ親指だけが残された。

と「なんか、展開についていけなくて、置いてけぼり食らってる心境」

ぷ「私もテチ……あのオバチャン、何だったテチ?」

と「さぁなあ。この実装石の身体が、自分の子供に似てたとかかな?」

ぷ「きっとそうテチ。だから、オバチャン泣きそうになってたんテチ」

と「そうかぁ……なんか、可哀想なんだな」

 としあきとぷちは、大人しくアオママが戻ってくることを待つことにして、アオ仔実装とアオ親指を連れ、
押入れに篭もった。


と「なぁぷち、Deceiveって」

ぷ「山実装の世界(※第11話)で、私達を助けてくれた、あの黒いオネーチャ達テチ」

と「だよな。で、なんでコレが、あいつらと同じ名前名乗ってるんだ?」

 そう言うと、としあきは手に抱く親指実装を、不思議そうに眺めた。


          ※          ※          ※


 アオママが廊下に出た途端、103号室のドアが激しく開かれ、中からリボンなしの成体実装が転がり出てきた。

「デギャハァァァァァァ〜!! 助けて、助けてデズアァ!!」

 その表情は恐怖に引きつっており、血涙すら流れている。
 それが、意味不明なわめき声を立てながら廊下を走り出し、アオママを無視して通り過ぎた。

アオ成「何があったデス?」

 アオママは、階段に向きかけた足を、103号室に向け直した。

アオ成「キイロさん、一体何が——」

 103号室を覗き込んだアオママは、表情を変えぬまま、その場にへなへなとへたり込んだ。



?「デェ、デェ、デェ、デェ……デ、デヒャアァァァァァ♪
 あぁんん、らめぇ、またイクれスゥゥゥゥ〜〜!!」

 じゅっぽ、じゅっぽ、じゅっぽ、じゅっぽ、ぬっぽっぽ



キ成1「オラオラぁ!! まだ根を上げるのは早いデシャア!!
 もっと腰上げるデシャア! ギャハハハハハ!!」

?「あうっ、アウッ!! あ、総排泄孔アクメ来ちゃうゥゥゥ!!」

 ビクン、ビクン! ビクビクビクビクビクン!!

?「あ、ひぃぃ〜……♪」


キ成1「ケケケ、こいつぁとんだビッチ糞蟲デギャア!!
 もっともっと啼かせてy——おや、アオママさん」



アオママ「………」ガクガクブルブル


 103号室では、アオママの想像を絶する事態が発生していた。
 キイロパパが、先ほど乱入してきたリボンなし成体実装の一匹を、背後から持ち上げているのだ。
 しかも、キイロパパは手を一切使っていない。
 股間から伸びている、逞しい肉棒が、リボンなし実装の総排泄孔を深々と貫いているのだ。
 リボンなし実装は、もう何度も絶頂を繰り返しているようで、すっかりアヘ顔になっている。
 目や鼻、口からは滝のように粘液や体液が流れ、どれだけ性的に蹂躙されたのかが窺い知れる。
 良く見ると、もう一匹倒れている実装石がおり、そちらは完全に失神しているようだ。

キ成1「いやあ、お恥ずかしいところをお見せしてしまったデス。
 ちょっとお待ちくださいデス——よいしょっとお!!」

 ブン!  ——ブリュッ!

 ドサッ!! 「ぐえっ!」

 キイロパパが大きく腰を振ると、リボンなし実装の身体がスポンと抜け、部屋の反対側まで吹っ飛んでいった。
 どう贔屓目に見ても、30センチ以上はゆうにあるデカマラを振りかざし、キイロパパは、まるで何事もなかった
かのような笑顔を向けてくる。

キ成1「いやぁ、こいつらにいきなり襲い掛かられまして。
 不本意デスが、家族を守るためにやむを得ずこんなことを——ち、ちょっと、どこへ行かれるデス?!」

 アオママは、無言のまま立ち上がると、全力疾走で103号室から逃げ出した。

          ※          ※          ※


 アオママが二階への階段に辿り着くと、先ほど逃げたリボンなし実装の姿が、どこにも見えなかった。
 階段を登ったのか、風呂場に隠れたのか行方が気にはなったが、今は二階に向かうのが先決だ。
 アオママは、実装用の段差に足をかけると、階段のロープを掴み、一心不乱に登り始めた。


 ようやく踊り場に辿り着き、二階の天井が見えた頃、突然、一階から悲鳴が聞こえてきた。


?「デ、デギャアァァァァ?! ——ベ!!」

 グシャッ!

 それは、何者かの断末魔だった。
 階段を見下ろすと、脱衣場の方から廊下に向かって、何かがポンと飛び出してきた。
 それが、実装石の生首だとわかるのに、数秒の時間を要した。

 犠牲者が、先ほどのリボンなし実装だということは、すぐに見当が付く。
 だが、彼女を仕留めた者の姿は、まだ見えない。
 アオママは、慌てて階段を下りようとしたが、その時、二階から大きな音が迫ってきた。


 ルトオォォォォォ!!

アオ成「実装燈?!」

 黒い翼を広げ、二階の廊下から急降下してきたのは、実装燈だった。
 顎下の巨大な口を大きく広げ、アオママに襲い掛かろうとする。
 だがアオママは、怯むことなく攻撃をかわすと、後ろ髪に刺しておいた割り箸の槍を取り構える。
 再度の攻撃で踊りかかってくる実装燈の口内めがけ、アオママは、一気に槍を突き刺した。

 ルゴボッ?! ——プシャアッ!!

 踊り場に、実装燈の鮮血が飛び散る。
 アオママの槍は、実装燈の延髄を的確に貫き、一撃の下に葬った。
 浴びた返り血もそのままに、アオママは槍を引き抜くと、実装燈には目もくれず二階を目指す。
 だが、二階へのロープを掴んだ途端、横からいきなり伸びてきた「手」に、捕まえられた。

アオ成「?!」

 まるでナメクジのような青白い手は、手すりの柱の隙間から伸びていた。
 無論、その向こう側には、誰かが立てるような足場などない。
 軽く触れているだけのように見えるのに、その手はがっしりとアオママの腕を捉えており、逃れることが出来
ない。

アオ成「ま、まさか!?」

『やっと捕まえたデスゥ。
 お前が一人で動くのを、待ってたデスゥ』

アオ成「初期実装?!」

 手すりの柱の向こうから、血走った赤と緑の目が覗いている。
 物理常識を無視したその登場ぶりに、アオママは完全に虚を突かれる形となった。
 
『さぁ、そろそろ次の世界へ行く頃デスゥ。
 お前には、もっともっと因果を紡いでもらわなきゃならないデスゥ〜』

アオ成「じ、冗談じゃないデ……ス!!
 わ、ワタシは、ご主人様と……ッ!!」

『まぁだそんな夢物語をほざくデスゥ? いい加減、諦めちゃうデスゥ♪』

アオ成「い、嫌……!! イヤ、デ、スゥゥゥ!!」

『そんな事言わないデェ、コチャコーイ、ヒライダーデスゥ♪』

 ひ弱そうに見える腕だが、初期実装の力は凄まじく、アオママがどんなに引き剥がそうとしても、癒着したかの
ように離れない。
 アオママの身体は初期実装に引かれ、徐々に空間の狭間に消え始める。
 左腕が異空間に引きずり込まれ、半身が消え始めたところで、アオママは、ありったけの大声を振り絞り、叫んだ。


アオ成「ミドリさぁーん!! としあきさんは、102号室にいるデスー!!」


『いきなり叫ぶな、びっくりするデスゥ〜』

アオ成「ミドリさ……!! ご主人さm……」

 ズボッ


 アオママは、階段の途中で手すりの隙間に引き込まれ、完全に消滅した。


          ※          ※          ※


★2階  
 部屋番号は、左上→右下の順で、201、202、203、205(204はない)
____
□||□
□||□
■||▲
 | → 一階へ
‾‾‾‾
 □は各部屋、▲はトイレ、■は洗面所。



「ミドリさぁーん!! としあきさんは、102号室にいるデスー!!」


 二階の廊下、実装燈の襲来する現場。
 そこでは、左腕以外の四肢を全て破壊されたひろあきと、アカ中実装姉、そして気絶から覚めて意識朦朧の
ミドリがいた。

 最初、実装燈はアカ中実装の方に襲い掛かったが、必死の抵抗を受けて産卵管が刺せずにいたようだった。
 しかし、鋼のように硬い産卵管の切っ先で切り刻まれ、アカ中実装の実装服の裾や袖、エプロンの辺りはもはや
ズダズダになっている。
 一方、ミドリ、ひろあきは、アカ仔実装を襲っている者以外の実装燈の注目を集めた。

ひ「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ルトオォォォ!!

 ルドオォォォォォ!!

 “繁殖”の本能にのみ従い行動する実装燈は、昆虫程度の思考能力しか持たない。
 そのため、何かを呼びかけても、交渉しようとしても、応じることは決してない。
 ただ実装石の体内に卵を寄生させ、仲間を増やすことしか頭にないのだ。
 だからこそ、持てる力をすべてそのためだけに費やしてくる。
 そんな事は、とっくに分かり切っている筈だった。
 だがひろあきは、実装石というちっぽけな存在になってしまったため、その知識や経験を全く活かすことが出来
ない。
 無抵抗のまま、一方的に殺される恐怖に、向き合わざるをえない。

 それは、元来気弱で意志薄弱なひろあきの精神力の限界を超える行為だった。

 ミシ……

ひ「ひぐぅっ?! む、胸……が……?!」

 ひろあきが、不意の胸の痛みに身を屈めようとしたその瞬間、実装燈の顔が、目の前に現れた。

 ルトォ♪

ひ「え」

 ザクゥッ!!

 片方の実装燈の産卵管が、ひろあきの右目を深々と貫いた。


ひ「ギャアァァァァァァ!!!」

 ひろあきの、これまで以上に大きな悲鳴が、二階廊下に響き渡る。
 それに反応し、ようやくミドリが意識を完全に取り戻した。

ミ「……あ、アレ?
 ワタシはここで何を——って、おいぃぃぃぃぃ?!?!」

 むっくりと起き上がったミドリの目に飛び込んできたのは、二匹の実装燈に襲われているひろあきの姿だった。

ミ「こんのクソカラス野郎がぁぁ!!
 そいつから離れろデシャアア!!」

 ルト!
 ルトルト!!

 ミドリが威嚇すると、実装燈は反撃の態度などを見せず、何故か怯えるような顔つきでひろあきから離脱した。
 そして、廊下の向こうで階段を下りようとしているアカ中実装の方へ向かっていく。
 ミドリが傷ついたひろあきを介抱しようとした途端、今度は、階段の方から短い悲鳴が聞こえた。
 その直後、ゴロン……という、奇怪な音と共に、今度は実装燈の悲鳴らしきものまで聞こえて来た。


 ルギャッ!
 ギャルゥッ!!

 ドサ、ドサ……と、何かが落ちた音が聞こえる。
 そして、しばし不気味な沈黙が、二階廊下に訪れた。

ミ「な、何が起きてるんデス? ゴクリ……」

 ミドリは、ひとまずひろあきを203号室に避難させようとして、彼の身体を抱き上げた。
 その時——



 コー、ホー

 コー、ホー

 コー、ホー……


 ズシン、という大きな足音を響かせ、巨体が二階に姿を現す。
 それは、かつてミドリを恐怖で失禁させた怪物——伐採石だった。


ミ「デ、デェェッ?!」


 コー、ホー


 不気味な呼吸音を立てながら進行してくる伐採石は、ミドリやひろあきには関心を示さないようだった。
 205号室のドアを、右手の刃の切っ先で器用に開くと、伐採石はゆっくりと中に入り込んだ。


 ルト?! ルトルトルト、ルトォー……

 ザクッ!


 開かれたドアから、実装燈の鳴き声のようなものと、刺突音が微かに聞こえた。
 その後、再び沈黙が訪れる。
 見ると、伐採石は205号室を出て、ミドリ達に背を向けて階段を降り始めた。 ドアまでしっかり締めていく律儀
さに、ミドリはちょっとだけ感心した。 

ミ「一体、何をしにきやがったデス? あいつは……」

ひ「ぅぅ……」

ミ「おっといけねデス! おいクソドレイ2号、死ぬな生きろデス!」

 ひろあきを丁寧に抱え、必死の表情で、ミドリは203号室へ進み出す。
 だがその直後、彼女の足が止まった。


ミ「外……?」


 見上げた視線の彼方には、実装燈が突入して出来た窓の大穴が、そしてその向こうに広がる空が見えた。

ミ「しめた! おいクソドレイ2号!
 ここから出られるかもしれんデス! もう少し頑張れデス!」

ひ「あ……あう……」

 外から流れ込む新鮮は空気を、鼻から一杯吸い込んだミドリは、再びひろあきを抱き上げようとした。
 新しい展開が開け、ミドリの心は高揚した。
 だが——


『ミドリさぁーん!! としあきさんは、102号室にいるデスー!!』

 先ほど夢うつつで聞いた声が、再び脳裏に蘇る。

ミ「あの声は——アオママさん?
 それにとしあきって……クソドレイが居るんデス?!」

 ミドリは、伐採石が一階に向かったことを思い出し、全身の血の気が引いていくのを感じた。


          ※          ※          ※


「状況はどうだ? 被害は?」

 些か冷静さを欠いた志川蘭子の声が、室内に響く。
 通信端末のスピーカーからは、叫び声と悲鳴しか聞こえてこない。 
 それと、肉を切り裂くような音と、聞き慣れない「鳴き声」。
 だがそれも、突然鳴り出したアラート音に、かき消されていく。

 ここは、湾岸部工業地帯の地下にある、メイデン社のアジト。
 DEJAの工作員が放った十体の実蒼石により、施設内はたった十数分で完全に機能を麻痺させられてしまった。
 生物の常識を超える超高速で襲い掛かる実蒼石は、視界に入る人間を容赦なく切り裂き、突き刺し、抉っていく。
 その犠牲者はゆうに30人以上に及んでおり、テロリズム対策など施されていない地下アジトは、一気に壊滅的
被害を受けてしまっていた。
 しかし、厳重にセキュリティを施し、ジュラルミンの扉と分厚い隔壁で幾重にもガードされている最深部の研究
施設内には、まだ実蒼石の手は及んでいなかった。
 そこに逃げ込むことに成功した十数名の研究スタッフと、志川蘭子の側近達は、実蒼石の正体と対応策に追われ
ていた。

「頭部に接続されたハーネスにより、所謂催眠状態にされているようです!
 恐らく、それで外部からの指令を受けていると思われます!!」

「鋏のような武器は、かなりの切断力があります。所内の防刃装備では太刀打ち出来ません!」

「専用通路の第一隔壁は、計算上ではそれぞれ十二、三分程度しか持ちません。
 このままですと、約50分後には、当研究エリアに侵入されてしまいます!」

「そんなに少ししか、耐えられないのか」

 報告を聞いた蘭子は、デスゥタンガンを収めたハードケースを抱えると、緊急脱出用のエレベーターへの通路を
目指した。
 側近の黒服二名をガードに付け、他の研究員には黙って逃走する。
 
「この施設は放棄する。最重要なのは、これを持ち帰ることだ」

「は、はぁ」

「研究員のことなら問題はない、代えはいくらでもいる」

「……はい」

 天井の高いエレベータールームに辿り着いた蘭子は、黒服と共に待機しているゴンドラに乗り込む。
 だがドアを閉めようとしたその瞬間、上から何かが落ちてきた。
 否、落ちたのではなく、飛び降りてきたのだ。

 ボクゥゥゥ!!

 それは、一匹の実蒼石だった。
 
「こんな所まで!? おい、急げ!」

「は、はっ!」

 慌てて黒服がドアを閉じようとする。
 幸い、ドアは閉じたものの、実蒼石は鋏をかざしてこちらに突進する直前だった。
 あと数秒閉めるのが遅ければ、確実に室内に侵入されていたことだろう。
 フゥ、と一息ついた蘭子は、地上階へのボタンを押した。

 ——だが、ゴンドラは動かない。

「ど、どうしたことだ? 何故動かない?」

「わかりません! 非常連絡を——」

 だが、非常連絡線も通じないようだ。
 やがて、室内灯がだんだん暗くなり始めた。

「電圧の低下か? だがここは独自電力だった筈ではないのか?!」

「ヒッ!」

 と突然、黒服の一人が短い悲鳴を上げる。
 彼の視線を追って見上げると、ゴンドラの天井に、赤と緑の血走った目玉が浮き上がっていた。

『お前らに、このまま逃げられると、ちょいと困るデスゥ〜』

 どこからともなく、不気味な声が聞こえて来た。
 黒服達は、得体の知れない出来事に警戒し、怯えているが、蘭子だけはたじろぐ事もなく、謎の目玉を睨み返
してきた。

「何者だ? お前は」

『ワタシの事はどうでもいいデスゥ〜。
 だが、弐羽としあきをこのまま殺されてしまうと、非常に都合が悪いのデスゥ』

「では、どうしろというのだ?」

『今から、弐羽としあきを解放するデスゥ』

「馬鹿なことを。誰が死にに戻るか」

 吐き捨てるように言い放つ蘭子に、謎の声は、しばし困ったような唸り声を立てる。

『仕方ない、お前らの望みを一つ叶えてやるデスゥ。
 その代わりに、弐羽としあきの解放を約束しろデスゥ』

「確証は? 口約束だけでは動けぬぞ」

 どんな窮地でも動じず、一切譲歩しない蘭子の態度に、謎の声は不満そうな呻き声を立てた。

『わかったデスゥ〜、しょうがないなあもう。
 お前の持っている、デスゥタンガンのロック解除の方法を教えてやるデスゥ』

「何だと?」

『デスゥタンガンのセキュリティ設定は、指紋認証だけでは駄目なんデスゥ。
 その上で、音声認証も並行して行わなければ、ロックは解除されないデスゥ』

「な……!!」

 初めて、蘭子の表情が強張った。

「で、では、弐羽としあきはそれを知ってて隠していたのか?!」

『さぁ、それはどうかわからんデスゥ。
 とにかく、弐羽としあきを助けなければ、お前も損をするのは確実デスゥ。
 さぁさぁどうする? 助けるのか助けないのか、とっとと決めるデスゥ』

「うぬ……」

『さぁさぁ? デスデスデスデスゥ?』

 天井一杯に広がった赤と緑の目玉が、三人を威圧する。
 だが、黒服はともかく、蘭子はいまだそれに屈する様子は見せない。

「わかった、解放しよう」

 謎の目玉に向き合い、蘭子ははっきりと告げた。

『本当デスゥ? それは嬉しいデスゥ』

「だが大きな問題がある。
 弐羽としあきは、今、実装石に意識を転送されてアビス・ゲームに乱入している。
 それを救ってここまで連れて来ないと、元に戻すことは出来ないのだ」

 今度は、謎の声が驚愕する。

『なんと! じゃあお前達の目論見も、これで終わりなんデスゥ?』

「何?」

 天井に広がる赤と緑の目玉はどんどん収縮し、やがて普通の実装石の大きさになる。
 薄暗がりの中、ついに正体を現した初期実装は、宙に浮かびながら蘭子を凝視した。

「じ、実装石だと……?!」

『あのゲームの処刑人みたいな奴は、いずれとしあき実装を殺すデスゥ?
 だとしたらもう、弐羽としあきの身体に精神は戻らないのとちゃうんデスゥ?』

「まさか、我々に、彼の救助を行えとでもいうのか?」

 蘭子の問いに、初期実装はチチチと舌を鳴らす。
 蘭子は、意外に器用な奴だなと思った。

『自分のパンコンを自分で拭くのは、当然デスゥ。
 まぁ、お前らだけじゃ心配だから、ワタシも少し手伝ってはやるデスゥ』

「——やむを得ないな」

 蘭子は、一瞬表情を曇らせたが、再び顔を上げ、初期実装に手を差し伸べた。

『これは何デスゥ?』

「商談成立の証だ」

『なぁるほど、わかったデスゥ』

 そう言うと、初期実装は巨大な舌をべろんと伸ばし、蘭子の手をねっちょりと嘗め回した。

 蘭子の悲鳴が、エレベーターのゴンドラ内に響き渡った。


 その外では、首を引き千切られた実蒼石が、信じられない物を見たような表情で沈黙していた。





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