【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため 強引に異世界を旅行させられる羽目になった。 「実装石」と呼ばれる人型生命体がいる世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイム リミットの中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。 としあき達が訪れた「実装産業の世界」は、実装石を産業資源としている超未来都市だった。 そこでは、なんと海藤ひろあきが指名手配されていた。 彼の兄にして、実装管理委員会の次官を勤める海藤やおあきは、としあき達に、ひろあきと 彼の持つデスゥタンガンの捜索を依頼する。 一方、ミドリは、中実装化したひろあきと共に、「アビス・ゲーム」に参加させられていた。 廃アパートを舞台に繰り広げられる、実装石同士の醜い殺し合い。 様々な実装石と、お互いに警戒し合いながら、ゲームの舞台となるアパートを探索するミドリ とひろあき。 しかし、ミドリとひろあき以外にも、独自の活動を開始しようとする実装石達がいた! 【 Character 】 ・弐羽としあき:人間 「実装石のいない世界」出身の主人公。 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。 謎の店で、怪しい男達と密談を交わすが…… ・ミドリ:野良実装 「公園実装の世界」出身の同行者。 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。 現在、ひろあきと共に「アビス・ゲーム」参加中。 首下のリボンの色は、緑。 ・ぷち:人化(仔)実装 「人化実装の世界」からの同行者。 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。 現在、としあきと共に、ミドリとは別行動中。 ・海藤ひろあき:人間 「実装愛護の世界」から登場した“もう一人の旅人”。 としあき達とは別ルートで世界移動を行っている。 現在、何故か中実装の姿になっており、「アビス・ゲーム」でミドリと共に行動中。 首下のリボンの色は、緑。 ・ママ(アオママ): 本作ACT-3から登場。 「アビス・ゲーム」に参加する、アオ組唯一の成体実装。 非常に賢く、異世界移動の経験と知識を持っている謎の存在。 首下のリボンは青色。 ・キイロチーム(成体実装×2、仔実装×2、蛆実装×1): 「アビス・ゲーム」のプレイヤーで、103号室を陣取る黄色いリボンを着けた実装石達。 非常に心優しく協力的で、アオママとの協力体制を約束するが……? 実は、蛆実装がチームリーダー格。 ・クロチーム(成体実装×2、中実装×2、仔実装×1) 「アビス・ゲーム」のプレイヤーで、202号室から現れた黒いリボンを着けた実装石達。 全員共食い嗜好で、シロチームを襲撃し食い殺し、仲間割れしたミドリチームの死体を 食い漁る、現状最も危険な存在。 ・デスゥタンガン(アイテム): 海藤ひろあきが持っていた、実装石を自由に操ることが出来る銃型の機器。 グリップ内部にあるスイッチボックスを引き出し、任意のボタンを押してからトリガーを 引くと、特定範囲内の実装石がボタンに従った行動を(本人の意志とは無関係に)取り始める。 また、電撃や火傷と同じ偽ダメージを与えたり、動きを強制的に止めることも可能。 偽石の固有周波数を登録することで、特定の実装石を効果対象外に指定することも可。 更に、本体側面部に内蔵されたモニターは偽石センサーのレーダー表示になり、広範囲に 散らばった実装石(偽石)をキャッチすることが出来る。 ただし、元々は実装石ブリーダー用に開発されたものなので、殺傷能力はない。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第12話 ACT-4 【 実装大戦・冗長 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 2020年6月12日、午前8時。 としあきは、激しい頭痛と乱れる意識に悩まされながらも、なんとかラブホテルに戻ることが出来た。 先にホテルに戻っていたぷちが心配そうに出迎えてくれたが、まともに対応する気力も湧かない。 かろうじてシャワーと着替えを済ませたとしあきは、「約束の時間」まで仮眠を取ることにした。 「悪い、ぷち。 チェックアウトの時間を延長しといたから。 適当に時間潰していてくれ……」 「テェ、お酒くちゃいテチ、クソドレイサン!」 「……グゥ〜……」 「もぉ! クソドレイサンったら!! オネーチャはどうするんテチ! ねぇねぇ!」 僅か数分で寝息を立て始めたとしあきは、何度揺さぶっても目覚める兆しがない。 爆睡するとしあきの顔を覗き込み、ぷちはしばらくふてくされていたが、やがてその脇に寄り添うように横に なった。 「こうなったら、私もおネンネテチ!」 かくいうぷちも、ものの数分もしないうちに、寝息を立て始めた。 ※ ※ ※ ★2階 部屋番号は、左上→右下の順で、201、202、203、205(204はない) ____ □||□ □||□ ■||▲ | → 一階へ ‾‾‾‾ □は各部屋、▲はトイレ、■は洗面所。 「思ったよりは、結構簡単に登れたデス。登れたと思うデス。 ……こいつさえいなければぁ〜〜!!」 ぐて。 二階に辿りついたミドリは、精魂尽き果て、廊下にばったりと倒れた。 「ミドリ君、こんなところでへばっては駄目だ。 あいつらが戻ってきたら、大変なことになるよ!」 「デデデ! それは大変d…… って、いつまでもそれでワタシを動かせると思うなデス!!」 「凄いなミドリ君。 君、学習能力あったんだね」 「ムキィィィ!! こぉの、クソドレイの分際デェ!! 食ってやる! 頭から踊り食いしてくれるデギャア!!」 「ん? ちょっと待ちたまえ」 怒り心頭に発するミドリをあっさり無視したひろあきは、二階の廊下を注視した。 乗ってこないひろあきに調子を狂わされたミドリも、その視線を追う。 二階の廊下には、ベッタリと大量の血が広がっていた。 「デデェェ?!」 血だけではなく、良く見ると肉片や千切れた髪の一部まで散らばっている。 ここで凄絶な殺し合いが展開していたことは、火を見るより明らかだ。 ひろあきは、血の海を避けて移動することをミドリに告げるが、当の彼女はすっかり腰を抜かしてしまって いた。 「な、な、な、な、なんでこうなるんデス〜? 高貴かつ清廉潔白なワタシが、何故こんな修羅場な所に居なきゃならないんデス〜! デェェェェン!」 「君って、本当に逆境に弱いなぁ」 平然とした態度で、ひろあきはミドリを見下ろす。 「そういや、前から不思議だったんデス! お前、なんでこんなおぞましいのを見ても全然平気なんデス? 他実装の世界の時も、そうだったデス。 普通なら、腰を抜かすかションベンちびるもんデス! クソドレイ1号の反応と、全然違うデス〜!!」 混乱してまくしたてるミドリに対し、呆れたため息を吐くと、ひろあきはひとまずどこかの部屋に移動しよう と促した。 幸い、血溜まりを避けて移動することは可能なので、二人は、まず奥の201号室と203号室を目指した。 ドアが少し開いている203号室を覗き、中に誰もいない事を確認すると、ひろあきはミドリの手を引き、中に 入りこんだ。 「どうやらここが、さっきの被害者連中の部屋のようだね」 床で潰されている仔実装の死体を拾い上げ、首下のリボンの色を確かめると、ひろあきはそれを部屋の角へ 放り捨てた。 その様子をジト目で見つめるミドリに向かい、ひろあきはフフン♪ と鼻を鳴らした。 「僕はね、この世界に住んでいた頃、DEJAの“クリーナー(掃除人)”という仕事をやってたんだ」 「クリーナー? なんデスそれ?」 「DEJAは、ローゼン社がバックについている司法機関だけど、実態は民営の団体に過ぎない。 ——おっと失礼、君にはわかりづらいか。 つまり、DEJAは自分達の立場を強めるために、各所で汚いことも沢山やって来た。 僕らクリーナーは、その後始末をやる係だったのさ」 「後始末デス?」 「そう。簡単に言えば、DEJAの悪行の証拠隠滅さ。 特に死体の処分が多かったよ」 「デ……それって、実装石の?」 「いや、人間だよ」 「!!」 ミドリの顔が、みるみる強張っていく。 そんな彼女に、ひろあきは両手を振って「安心したまえ」と続けた。 「言っとくけど、僕自身が人を殺してたわけじゃない。 そういうチームは別に居て、僕らは彼らの後から仕事をするんだ」 「それでも充分怖いデス! あーわかった! だから死体とかグロいのが平気なんデス?!」 「そりゃあね、ぐっちゃぐちゃのミンチになった死体とか、腐乱死体なんかもうしょっちゅうご対面してたから さ。 多少のグロテスクさでは、僕は全く動じないよ」 「納得したデス、よぉくわかったデス! お前は自分で気付かないうちに、何かが壊れてしまってるんデス!」 ミドリの怒気がこもった言葉に、ひろあきは深く頷いた。 「ああ、自覚してるよ。 だけどね、そんな仕事でも、兄さんがニートだった僕にくれた大事な仕事だったんだ。 だから、僕は一生懸命やったよ。どんな汚い仕事でもね」 「兄さんて、まさかあのやおあきとかいう、ニヤニヤ野郎のことデス?! お前ら、二人ともどっか変デス! おかしいデス!」 「今更そんな事を、君に指摘されるなんて、思わなかったよ」 やれやれ、といった表情で、ひろあきは両肩をすくめる。 ミドリは、怒りとも悲しみとも、驚きとも違う、何とも言い難い複雑な心境にあった。 しばらく沈黙すると、ふぅと息を吐いた。 「ところで、なんでお前、このゲームにも詳しいんデス?」 「いい質問だ」 フフン♪ と再び鼻を鳴らすと、ひろあきは無意味にその場でクルリと回って見せた。 「僕達クリーナーの仕事は、後期はアビス・ゲームの後始末が中心になったからさ」 ひろあきは、自身のアビス・ゲームへの関わり方を、ミドリに説明し始めた。 アビス・ゲームでは、様々なステージで、数多くの実装石が死んでいく。 廃墟ビル、病院跡、一般家屋、廃別荘など、様々な場所で色々な趣向を凝らしたステージがあったが、 プレイヤーの実装石が死んだ場合、ともすればその死体が発見し辛い場所に落ち込み、腐敗して周囲に悪影響を 及ぼす可能性がある。 また、アビス・ゲームがこの場所で行われたという証拠を残すことは、一歩間違えれば、主催者のやおあきの 地位を脅かしかねない。 そのため、ひろあきをはじめとするクリーナーのスタッフは、ゲームの進行を終始監視し、プレイヤーの状況 を事前把握しなければならない。 時には、ギャンブラーが見るモニターよりも遥かに解像度の高い映像でチェックしなければならないことも あった。 「——人間の死体に比べれば、実装石の死体なんか楽なものだよ。 かき集めて、加工工場へ持っていけばいいだけだもんね」 「ま、まぁ、お前の意外に壮絶な過去は、よぉぉくわかったデス。 それで、お前はこの世界で、これからどうしたいんデス?」 ミドリの質問に、それまでどこか得意げだったひろあきの態度が、一転する。 「それは、どういう意味だい?」 「お前、ここから脱出したいと言ったデス? その後のことデス」 「それは……出来ることなら、また以前のように、世界を旅したい」 俯き、どこか寂しそうな顔つきで、ひろあきはぼそりと呟いた。 「この世界で、偶然アクアに出会って。 彼女を助けた成り行きで、異世界移動に付き合って——それから、僕の価値感は変わったんだ。 この世界にいる時より危険な目に遭ったこともあったけど、とても……とても楽しかった、充実してたんだ」 アクアというのは、かつてひろあきと共に世界移動をしていた実蒼石のことである。 「他実装の世界(※第7話)」で離れ離れになってしまったが、良くも悪くも、ひろあきの人生を大きく変えた パートナーだった。 ミドリとはしょっちゅう喧嘩する「犬猿の仲」ではあったが、ひろあきがどれだけアクアを愛しているかは、 彼女にも良く伝わっていた。 「まあ、その、なんだデス。 絶対ここを脱出して、もう一度旅をすりゃあいいんデス。 なんなら、今度はワタシ達と四人で巡るデス」 ミドリの呼びかけに、ひろあきの目が一瞬潤んだ。 「ありがとう、ミドリ君。 まさか、君からそんな事を言ってもらえるなんて、思わなかったよ」 「クソドレイが一匹増えれば、ワタシに奉仕する者が増えるわけデス。 その分、ワタシの生活が楽チンになるというものデス、ニョホホホホ♪」 「言うんじゃなかったよ」 話を一段落させたひろあきは、203号室の中を調べることにした。 基本的な仕様は、105号室と大差なく、違いといったら仔実装のぺしゃんこ死体があっただけだ。 見た限り、特に荒らされたような痕跡はなく、押し入れの中も綺麗な状態だった。 上段は、ミドリの身長60センチよりもかなり高く、足場がない限り登れそうにない。 押し入れの下段の奥に、無数の段ボールが置かれている。 段ボールは、箱組みされたものの他、折り畳まれたものまで、結構な数がある。 それを見たひろあきは、頭の上に電球を浮かべた。 パリン!! 「ミドリ君、この段ボールの箱の中に、こっちの潰れた段ボールを折って入れてくれたまえ」 「デェ? なんでワタシがそんなことをするデス? お前が自分でやりやがれデス!」 「中実装の僕に、そんな力仕事が出来るわけないだろ。 さあ急いで! 上の段の中を見てくるからさ」 「デェェ、クソドレイ2号め、ナチュラルに実装使いが荒いデス。ブツブツ」 文句を言いながらも、ミドリは段ボールを折り曲げ、箱の中に詰めていく。 それをいくつか作らせ、階段状に並べさせると、ひろあきはミドリに身体を持ち上げさせ、押し入れの上段へ と登った。 「どうデス〜? 何かあるデス?」 「うん、良く見えないけど——なんか金属製のものがあるね。 これは……カッターかな?」 ひろあきは、うんしょっと呟きながら、銀色の細い板状のものを引っ張ってきた。 それは15センチほどの長さで、かなり細身なアルミ製ボディのカッターだった。 刃は出ておらず、状態もかなり綺麗だ。 ミドリくらいの体格なら、よほど細かな作業じゃない限り、問題なく使えそうだった。 ひろあきは、ミドリに使い方を教え、段ボールで試し切りをさせてみたが、さっくりと難なく切断出来た。 「これは凄いデス! これさえあれば、仮に実装石に襲われても全然問題ないデス!」 「いや、過信は禁物だよミドリ君。 よほどしつこく切り刻まない限り、実装石ならすぐに傷が治ってしまう」 仔実装でもない限り、怯ませるのが精一杯だ。 「デデェ、確かにそうかもデス。 でも、これはきっとどこかで役に立つから持っているデス」 ミドリは、右後ろ髪の中にカッターを隠した。 ゴワついて硬くなっているミドリの髪は複雑に絡み合っているので、カッターを差し込んでも簡単には落下 しないようだった。 ミドリは、右手を後ろに回し、カッターを取り出す動作を数回行って、かろうじて携帯に支障がないことを 確認した。 「なんだか剣を持った勇者の気分デス! カぁっタ〜、輝けカぁっタぁ〜♪ 溢れる臭気ぃ目に痛いなら〜♪ デス」 「あ、ミドリ君。 それがあれば、玄関にあった包みの中を、確認出来るかもしれないよ」 一人でサンライズパースのポーズを取って遊んでいたミドリは、慌ててカッターをしまい、ポンと手を打った。 「確か、玄関にはイイモノがある傾向が強いんだったデス?」 「そう。とにかく、下へ降りたら玄関に行こう」 「まだ降りないデス?」 「二階の探索は、まだ始まったばかりじゃないか」 「デェェ……」 二人は、黒いリボンの実装石達が戻って来ないうちにと、203号室の調査を進めることにした。 ※ ※ ※ 同じ頃、二階の205号室。 ここには、紫色のリボンを着けた実装石達がいた。 成体実装一匹を中心に、中実装が二匹、仔実装が二匹。 いずれも非常にひ弱そうで、部屋の東側——窓の辺りに身を固め、がたがたと身体を震わせていた。 部屋の中央辺りには、複数の実装石の死体が転がっている。 昨日、クロ組の実装石が放り込んだ、シロ組の誰かの腕だ。 紫リボン——ムラサキ組の実装石にとって、その「死体」は非常に効果的に機能していた。 恐ろしくて、部屋から……否、窓際から一歩も動けないままなのだ。 現在の時間は、6月12日午前10時——ゲームスタートから10時間、彼女たちは一睡も出来ないまま、ずっとこの 状態をキープし続けていた。 ガタガタブルブル、ガタガタブルブル…… 「ま、また、誰か来たデス……ひいいい」 「お腹空いたテチィ、ママァ、ご飯……」 「テェェ……テチィ」 「ママ、あの怖いの、どっかやってテスぅ……」 「そそそ、そんなこと、ででで、出来るわけがないデス!!」 いまだに怯えが抜けない成体実装に対し、子供達は幾分冷静さを取り戻しつつあるようだが、誰一匹として 窓際を離れようとはしなかった。 空腹感は限界に達しつつあり、喉の渇きも尋常ではない。 本来であれば、彼女達はとっくに行動を開始し、餌や水を確保しなければならなかった筈なのだが、この親の 臆病さのせいで、それらが全く行えずにいた。 と、その時、突然、押入れの襖が、ガタガタと音を立てて揺れ始めた。 「「「「「 ?!?! 」」」」」 五匹の意識が、押入れに集中する。 夕べシロ組とクロ組が来た以外、この部屋には誰も立ち入っていない。 正確には、その後黄色いリボンの実装石が一匹やってきたが、中には入っておらず、声をかけただけで退散 している。 加えて、ムラサキ組は恐怖のあまり、一睡もしていない。 つまり、押入れの中に何者かが入り込むことなど、全く出来ない筈だった。 「だ、だ、だ、だ、誰です!? あそこに入ってるのは、誰なんデス?!」 「「「「 テ、テチャアァァァァ!! 」」」」 せっかく冷静になりつつあった子供達も、再び恐怖に心を支配される。 押し入れの襖の揺れは益々激しくなり、少しずつ隙間も開き始めた。 相当強い力で動かしていることは、怯えているムラサキ組でも理解出来た。 やがて…… ルトォ〜〜 という、か細い鳴き声が室内に響いた。 ※ ※ ※ テチャァァ〜〜 カタカタカタ 「ん、何の音デス? 隣デス?」 「無視しよう、今はとにかく、ここの調査だ」 「合点承知の助デッスン!」 「いつも思うけど、よくそんな言葉知ってるね君は」 「インターネッツの成果デス!」 「君、いつから字が読めるようになったんだい?」 南側の壁の向こうから聞こえてきた悲鳴を無視し、ミドリとひろあきは、ドア側の壁に設置されている小さな キッチンを調べていた。 キッチンシンクの高さは約80センチあり、ミドリでは中が覗けない。 先ほどの段ボールの足場を使って、ひろあきを上に乗せて確認をさせる作戦だ。 「しかし、そんなところに、本当になんかあるんデス?」 「こういう、実装石にとっての死角になる所が怪しいんだ。 アビス・ゲームは、色んなところに有用なアイテムが隠されてる。 それをいち早く見つけた者が、生存率を高めるのさ」 「な、なるほろ……って、まだ登れないデス? あ、脚が疲れてきたデス!!」 「もう少しだ、頑張ってくれたまえ。——よし、登った!」 「デ、デェェ」 真上に伸ばしたミドリの腕を伝って、ひろあきはようやく、キッチンの上に降り立った。 足元には、大きなシンクが口を開けている。 そして、その中には…… 一匹の実装石がいた。 「え?!」 「なんデス? 何があったんデス?」 「そ、それが!!」 シンクの中央で蹲っているのは、仔実装だった。 その頭巾には、「6」に似た模様があり、髪はボサボサだ。 真上にピンと伸びた耳は、明らかに普通の実装石のそれではない。 やがて仔実装はゆっくりと身を起こすと、ひろあきに顔を向けてきた。 血走った大きな目が、ひろあきを睨みつける。 「し、初期実装?!」 「な、何ぃデス?!」 それは、明らかに初期実装だった。 正しくは、「初期実装の子供」……としあきが元の世界に戻るために、どうしても見つけなければならない 存在だ。 だが、ひろあきにとっては—— 「こいつ!!」 ひろあきは、ためらうことなく、シンクの中に飛び降りた。 シンクの高さは、約17.5センチ。 対して、ひろあきの身長は約25センチ。 せいぜい5センチ程度の足の長さで、しかも重心が上向きな身体では、この高さから飛び降りるのは、些か 危険が伴う筈だった。 だが——帰りたくなかったこの世界に、無理矢理引き戻された恨みがここぞとばかりに爆発したのか、彼は その瞬間、自分の身体が人間のものと違うことを、失念していた。 ぴょぉん ゴキ どてっ 「テ、テジャアァァァ!!!」 ひろあきは、初めて、実装石らしい悲鳴を上げた。 着地の瞬間、思い切り前のめりに倒れたひろあきは、シンクの底に思い切り顔面を叩きつけてしまったのだ。 「痛い、痛い、痛い〜〜!! テジャアァァァァ!!」 もんどり打って苦しむひろあきを、初期実装の子供は無表情で見つめていた。 やがて、フワリと宙に浮くと、シンクの上から、一気に床まで飛び降りた。 「あ、待てコンチクショ−!! 今度こそ捕まえてやるデスゥ!!」 「テジャアアア! 痛い、痛い! 骨が、骨が折れてるぅぅ〜!!」 「こら待て、おとなしくしろデス! お前の母親のとこに連れてってやるんだから、逃げるなデス〜!!」 シンク内で苦しむひろあきをよそに、ミドリは必死で初期実装の子供を追い掛け回した。 初期実装の子供は、まるで空中を滑るように高速移動し、ミドリの手の届く範囲ギリギリの位置をキープして 逃げ回る。 それは、明らかにからかっている様子だ。 「こうなったらぁ! 必殺技デッシャァ!!」 ミドリは全力疾走しながらでんぐり返り、器用にパンツを脱ぐと、前方に総排泄孔を向けた。 間髪入れずに、糞便を発射する。 ブリュリュッ!! それは、ローリング状態にも関わらず見事に前方一直線に、初期実装の子供へと飛翔した。 だが、着弾の直前で、初期実装の子供はドアをすり抜けてしまった。 べちゃ 外れた糞弾は、ドアの内側にベットリとへばりついてしまった。 「くっそぉ! せっかく上手く決まったと思ったのにデジャア! 良い子のみんな、ワタシのこのカッコイイ必殺技に、素敵な名前をつけてくれたまえデス! 優秀作には、蛆実装育成キット1年分をプレゼンt……って、それどころじゃねぇデジャア!!」 パンツを引き上げると、ミドリはひろあきを置いたまま、ドアを開けて廊下へと出て行ってしまった。 「ミ、ミドリクン〜!! た、助けテェ! 痛いんだ、まったく動けないんだよぉぉぉ〜!!」 シンク内でジタバタするひろあきは、血涙を流してミドリを呼ぶが、その声は届かない。 その様子を、天井近くの空中から、何者かが見下ろしていた。 『何事かと思ったら、タダの根性ナシの中実装が騒いでるだけデスゥ』 「テェェェ〜〜! ……?!」 苦しむひろあきの目が、空中に浮かぶ血走ったオッドアイを捉えた。 それは、赤と緑の鈍い輝きを放ち、冷酷に自分を見つめている。 「初期……実装?! そんな、あいつなら今さっき!!」 『お前、何故ワタシのことを知ってるデスゥ? 興味深いけど、それどころじゃないデスゥ』 「お、おい待て!」 『それよりお前、マルを知らないデスゥ? 教えてくれたら、その怪我を治してやってもいいデスゥ〜』 「ま、マル……?」 なんとなく、聞き覚えのある単語だったが、今は激痛が邪魔して思考がまとまらない。 自分の、膝の辺りから砕けた両脚を見て愕然としたひろあきは、宙に浮く初期実装の目と傷を、何度も交互に 見つめた。 『知らないならいいデスゥ〜』 「ま、待ってくれ! 知ってる!」 『本当デスゥ?』 ひろあきは、咄嗟に嘘をついて初期実装を引きとめた。 「ほ、本当だけど、傷が痛くて……話に集中できない! これを先に治してくれ、そうしたら教えるから」 『わかったデスゥ、約束するデスゥ』 まるで幽霊のような初期実装の気配が近づき、薄緑のガスのような「手」が伸び、ひろあきの両脚を包んだ。 すると、みるみるうちに痛みが引き、傷が回復していく。 ものの数秒で、ひろあきは立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねられるくらいに回復した。 「凄い! 本当に治った!!」 『さぁ言えデスゥ、マルの奴はどこにいるデスぅ』 「それは……」 ひろあきは、しばしの間を置き、適当な答えを返した。 「この下の階の、101号室だ、そこで見た」 これは、完全なあてずっぽだった。 『本当デスゥ? 嘘だったら、お尻に消火器が入るくらい拡張してやるデスゥ〜』 それだけ言うと、初期実装の気配は消滅した。 まるで何事もなかったかのように、ひろあきは無傷でシンク内で佇んでいた。 「……あ、しまった」 ひろあきは、なんでここから下ろしてもらわなかったんだろうと、今更ながら思い出した。 「なんてことだ! どうしよう、このままでは……!! って、アレ?」 ふと見ると、シンクの隅の方に、鈍い金色に輝く何かが落ちている。 「これは、鍵?」 真鍮製の、全長5センチ程度の鍵。 末端部が輪っかになっており、中実装のひろあきでも容易に持ち上げられる。 しかし、いかんせん軽過ぎて、とても打撃用の武器には使えそうにない。 「なんで、こんな所に鍵が?」 ひろあきは、自身の危機的状況を一旦頭から外し、真鍮製の鍵を置いてじっと見つめ始めた。 「くっそぉ、どこへ消えやがったデス、あの野郎!」 廊下を行ったり来たりしていたミドリは、いつの間にか初期実装の子供を見逃してしまった。 諦めて部屋に戻ろうと思った瞬間、ふと、背後に気配を感じて振り返った。 デギャアァァァァ!? 二階廊下に、ミドリの大きな悲鳴が響き渡った。 ※ ※ ※ ■1階 部屋番号は、左上→右下の順で、101、102、103、105(104はない)。 (入り口) _ || □||□ □||□ ■||▲ | → 二階へ ‾‾‾‾ □は各部屋、▲はトイレ、■は風呂場。 廊下の奥、トイレの脇には、二階へ昇る階段がある。 一方、一階に活躍の場を移した黒リボンの実装石達(クロチーム)は、105号室の実装石の死体を食い荒らし、 満腹感を味わっていた。 105号室は、今や死臭と糞便の臭いが充満し、とてもじゃないが生活空間としては使用出来なくなっていた。 しかし、クロチームはそんな中で平然と過ごし、休み、今や体調は万全となっていた。 身体的な満足感を得た後に、彼女達が求めるのは「精神的な満足感」。 それはつまり、暴力による弱者虐待で征服感を満たすことだった。 クロチームのリーダーの成体実装は、夕べ自分を一撃で気絶させた謎の実装石に対し、怒りを抱いていた。 「あの野郎! 必ず捜し出して食い殺してやるデス!!」 「激しく同意デス! ぶち食ってやるデギャ!」 「ワタチは子供達を残酷な目に遭わせてやりたいテス!」 「手足を食い千切って、ダルマにして死ぬまで転がしてやりたいテス!!」 「子供チャンの顔面を食い千切って、血の泡を吹かせて窒息死させてやるテチィ!」 この後の展開に興奮するクロチームの目標は、他の部屋……101、102、103号室の攻略に定められた。 まずは、手近な102号室を狙うことにする。 そこは、青リボンの実装石達(アオチーム)が滞在している部屋だ。 「オラァ!!」 ドガッ! クロリーダーは、全身の力を込めてドアに体当たりした。 ゴロゴロと身を転がし、室内に転がりこむが、中には誰もいない。 リーダーに続いて室内に侵入したクロチームは、全員で部屋をぐるりと見回した。 「ここには誰も居ないデス?」 「いや、さっきまで誰か居た気配がするデス!」 「あそこが怪しいテス!」 中実装の一匹が、襖が少しだけ開いている押入れを指差す。 それを見たクロチームは、顔を見合わせてニタリと笑った。 息を忍ばせ、クロリーダーが襖に接近する。 隙間に手をかけると、間髪入れず、力任せに一気に襖を開いた。 ガラガラガラ! 「ドラアァァ!!! ——ゲ?!」 ズブシュッ!! 襖を開いたままの姿勢で、クロリーダーが硬直する。 「デ? どうしたデス?」 「何があったテス? 美味そうな仔実装でもいたテス?」 「デ……デデ……」 パキン 突然、何かが砕け散る音が、室内に響いた。 クロリーダーの背中の一部がモコモコと蠢き、やがて、何か尖ったものが飛び出た。 と同時に、床に散らばる「血」。 やや遅れて、全身を激しく痙攣させたクロリーダーは、スローモーションのようにゆっくりと、倒れた。 その両目は、遠目にもはっきり判るくらいに、灰色化していた。 クロリーダーの胸には、木の槍が深々と突き刺さっていた。 「デ、デギャアァァァ?!」 「テ、テジャアァァァ?!」 「テ、テジイィィィ?!」 「テチャアァァ! マ、ママァァ!!」 「……」パキン 仔実装の一匹が、偽石の破裂音を立て、無言で倒れる。 それを合図に、残りのクロチーム三匹は、全力で室外に逃げ出した。 「はぁ……はぁ……」 押し入れの中では、殺気走った目でクロリーダーの死体を睨みつける、アオママの姿があった。 彼女の横には、折られた割り箸が乱雑に散らばっている。 よろよろと立ち上がり、クロリーダーの身体から伸びる割り箸の槍に手をかけると、アオママはそれを一気に 引き抜いた。 凄まじい勢いで、大量の血が噴き出す。 それをあえて身に受けながら、アオママは、自らが手がけた者の骸を、ただじっと見下ろしていた。 『お見事です、ママ』 背後の押入れから、オルカの声が聞こえてくるが、アオママは振り返る気力すら湧かなかった。 這い出てくる子供達は、一切声を上げず、ただ無表情にアオママの背を見つめている。 『これで、一番強敵になるだろうチームの結束は乱れました。 後は、これの死体をどこかに廃棄すればよろしいかと』 「いつになっても——」 『?』 「いつになっても、慣れないものデス。 同族を、手がけるという行為は……」 返り血で判り辛かったが、アオママは、血涙を流していた。 手にしていた割り箸の槍を取り落とすと、その場に力無くへたり込む。 「しばらく、このままにしておいて欲しいデス」 『わかりました。ですが、なるべく早くお身体を清められた方が——』 「判っているデス」 振り向きもしないまま、アオママが呟く。 アオ親指を除いた子供達は、協力してクロ仔実装の死体を引きずると、それを廊下に運び出そうとし始めた。 ——ぱくっ ヂ ブヂュッ…… 一番最初に廊下へ出たアオ中実装の頭が、瞬時に、消えた。 ※ ※ ※ ★2階 部屋番号は、左上→右下の順で、201、202、203、205(204はない) ____ □||□ □||□ ■||▲ | → 一階へ ‾‾‾‾ □は各部屋、▲はトイレ、■は洗面所。 「デギャアァァァァ!!」 顔面蒼白になり、ミドリは、必死で廊下へ逃げ出した。 だが“追跡者”は、着実にミドリとの距離を詰める。 醜く太った実装石が、どんなに必死で走っても、たかが知れた速度しか出ない。 対して、空を飛べる“追跡者”は、人間でも捕獲が容易ではないほどの高速移動が可能である。 当然のように、ミドリはあっさりと、背後から押さえ込まれてしまった。 「な、な、なんで! なんでお前がここに居るデスゥ?!」 後ろ髪をがっしりと掴まれ、体重をかけておぶさるようにのしかかる。 視界にその姿こそ移らないが、ミドリは、それが何者であるかわかっていた。 周囲に散らばる、黒い「羽」が、“追跡者”の正体を物語る。 ルトオォォォォ!!! 追跡者は「実装燈」だった。 他実装の一種で、唯一飛行能力を持つ存在であり、実装石の身体に卵を産み付けて孵化するという、寄生生物 としての側面も持つ。 ミドリは、かつて「他実装の世界」において、この実装燈のせいで生死の境を彷徨わされたことがあった。 ル・ド・オォォォ〜〜 可愛らしい笑みを浮かべる顔……その顎下がばっくりと開き、巨大な牙が無数に生えた“本当の口”が露出 する。 なんとか体勢を変えられたミドリの目に、その不気味な姿が映った。 「デ、デ、デ、デギャアァァァァア!! バ、バケモンデスゥ〜!!」 シャアァァァァ!! まるで大蛇のように、実装燈はミドリの左頬に噛み付いた。 しかし、それは捕食目的ではなく、彼女を怯ませるためだ。 「ギャッ?!」 ダメージを受け、反射的に顔を庇った瞬間、ミドリの延髄が無防備になる。 その瞬間を突いて、実装燈は、ダミーの口から細い「産卵管」を伸ばし始めた。 かつてミドリは、この産卵管を肩に受けてしまったため、実装燈の幼生態に寄生された。 必死でもがくも、完全成体の実装燈は実装石の押さえ込み方を熟知しているようで、なかなか脱出出来ない。 金属のような光沢を放つ産卵管が、ミドリの首筋に—— ブスッ! 無常にも、突き刺さってしまった。 「ギャアァァァァァ!! またやられたデスゥ!」 ルトルトルト〜♪ 産卵を終えた実装燈は、満足そうにミドリの身体から離れようとする。 だがその羽を、ミドリの両腕が掴んだ。 ルト?! 飛び立とうとした瞬間に掴まれたせいか、実装燈はあっさりと廊下に落下し、顔面を激突させた。 その瞬間、ミドリは実装燈に馬乗りになり、力任せに羽を引っ張った。 ルト! ルトルト……ビ、ビギィィィィ?!?! ぶち、ぶち、ぶち…… 「この糞カラス野郎がぁ! 二度もワタシにクソタマゴを産み付けやがってぇ!! もう、ぜってぇに許せねぇデズァ!! 焼き鳥にしてくれるデジャア!」 チキチキチキ——ザクッ! ルト、ルドオォォ! ビ、ビギャアァァァ?! ずぶっ、ズブズブズブ!! ぐちゃぁっ!! ぎゃあぁぁぁ!! ミドリの怒りのパワーは凄まじく、実装燈の羽をむしっただけでは済まさなかった。 なんと、後ろ髪に携帯していたカッターを取り出し、それで右の翼を根元から切りつけた。 何度も刃を叩きつけ、傷口を抉っていく。 大量に噴出す鮮血をものともせず、完全にブチ切れたミドリは、なおも実装燈を攻撃し続けた。 右の翼を切断し、左の翼をもへし折り、髪から覗いている小さな耳まで引き千切り、さらに髪をも毟り出す。 四肢を振り乱し、抵抗を試みる実装燈だが、うつ伏せ状態でマウントされてしまったせいか、ミドリの体重を 振り落とすほどのパワーは発揮できない。 やがて、髪も翼も耳も失った実装燈を解放すると、ミドリは高らかな勝利の笑い声を上げた。 「デヒャヒャヒャヒャヒャ! ざまぁみろデスこの糞羽蟲風情が! 実に見ごたえのある、無様極まりねぇ姿にしてやったデスゥ!!」 グ、グルドォォォ…… 「次は、てめぇの服を切り刻んで、世にも珍しい禿裸実装燈をこしらえてやろうかデスゥ!」 そういうが早いか、よろよろと立ち上がろうとする実装燈の背中に向かって、ミドリは渾身のドロップキック をお見舞いした。 「ドリャアアァァ!!!」 ルドギャッ?! 意外にも、実装石にしては見事な高度で飛翔したドロップキックは、ちょうど振り返った実装燈の顔面に クリーンヒットした。 廊下の奥、201号室方面に向かってすっ飛んでいく実装燈。 ボテッ! と無様に着地したミドリが起き上がっても、実装燈は起き上がってくる気配がなかった。 「Oh!! もしかして、実装燈をガチで倒したデス? すげぇデス、ワンダホーデスワタシ! んで、経験値はいくつ入ったデス?!」 ゲラゲラ笑いながら、ミドリは先ほど刺された辺りをボリボリと掻き毟った。 すると—— ポロリ 「デ? なんデスこれ?」 床には、ビーズの玉くらいの大きさの、僅かに黄色がかった白い球状の物体が落ちていた。 それは透明の粘膜で覆われており、明らかに人工物ではない。 「これ、もしかしてあいつの卵デス? ケ〜ッケッケ!! じゃワタシは大丈夫なんデス? 無事なんデス? あの糞羽蟲だけが一人負けデス! こいつはユカイツーカイデシャシャシャシャシャ!!」 腹を抱えて大笑いしながら、ミドリは実装燈の卵と思われる球体を、思い切り踏み潰した。 プチュ 「……と、それはいいけど、こいつ一体どこから飛んで来たんデス? クソドレイ2号なら、なんかわかるかもだし、一応報告しとくかデス」 そう呟くと、ミドリは203号室に戻った。 半開きになったままの、205号室には見向きもせずに…… ※ ※ ※ ■1階 部屋番号は、左上→右下の順で、101、102、103、105(104はない)。 (入り口) _ || □||□ □||□ ■||▲ | → 二階へ ‾‾‾‾ □は各部屋、▲はトイレ、■は風呂場。 廊下の奥、トイレの脇には、二階へ昇る階段がある。 再び、一階102号室。 廊下にクロリーダーの死体を引き摺り出そうとしたアオ中実装は、突然首を失い、前のめりに倒れた。 事態が把握出来ず、戸惑っている他のアオ中実装と仔実装に向かって、「それ」は重たそうな体躯を引きずり、 迫る。 亜麻色で実装石以上に派手なカールが巻かれた髪。 でっぷりと太った顔、腹、四肢。 見るからに重量級というイメージの体格。 妙に派手な、ピンク色の衣服。 肉に埋もれた小さな目が、金色の光を放ちながら、子供達を見下ろしている。 身長60センチはあるだろう「それ」は、硬直するもう一体のアオ中実装の頭をがっしと捕まえると、信じ られないくらい大きく口を開いた。 乱雑に生えた歯のところどころに、血や肉片、骨片が無数にこびりついている。 「?!」 茫然自失状態のアオママが、異変に気付いたのは、その時だった。 慌てて駆け出すが—— ぐばぁっ! バクッ!! グジュリ……グジュバッ! 一歩遅く、もう一体のアオ中実装は、頭部の上半分を食い千切られ、即死した。 「な……何故!? 実装雛が?!?!」 ナ゛ノ゛ォォォォ〜〜!! 幅20センチ程にまで拡張する巨大な口で、アオ中実装の身体を丸呑みにしようとする。 その巨体が入り口を塞ぐ形になるため、アオチームは、完全に退路を絶たれた。 アオママは、呆然と立ち尽くすアオ仔実装を抱えると、大急ぎで押入れに退避した。 「どういうことデス?! この世界には他実装はいない筈デス!! なのに、どうして実装雛が?!」 『わかりませんが、このアパート全体の偽石反応が増加しています』 「増加!?」 『はい、倒された実装石の数もさることながら、増えた数もそれなりのようです』 「どういうことなのデス?」 『恐らく、これまで各所で報告されていた“ユナイト現象”の一端かと思われます』 「ユナイト現象?! それはいった——」 どん、ドン! 「?!」 オルカとの会話の途中、急に襖が揺れ出した。 ナ゛ノ゛ォォォォ〜〜 ドン! ドン! ドン! ドン!! 「わ、割り箸は……?」 背中で襖を押さえながら、予備で用意しておいた割り箸槍を探すが、真っ暗のためなかなか見つからない。 アオママが押入れの床を漁ろうと、前のめりになった瞬間、襖の押さえが弱まった。 その一瞬、実装雛のプッシュ力が更に強まった。 ナ゛ノ゛ォォ!! バンッ!! 「デ?!」 実装雛のプッシュで襖が敷居からずれ、重なり合っている部分に隙間が生じる。 そこに強引に腕を、更には半身をも押し込もうとして来る。 襖は二枚ともずれ始め、隙間はどんどん広がっていった。 アオママは、逆光を浴びて尚爛々と輝く、実装雛の眼に射止められた。 「デ、デェェェ! わ、ワタシは、こんなところで死ぬ訳には行かないデス!!」 ナ゛ノ゛ォォォォ〜〜!! 実装雛の手が、アオママの左腕を掴んだ。 と同時に、凄まじい力で引っ張り出される。 「デギャアァァァ!!」 『ママ!! ——やむを得ん、実動部隊を!!』 オルカの声——を放つ親指実装が、必死の表情で実装雛を睨む。 だがその瞬間、押入れの外が突然騒がしくなった。 「何をしているデス! こいつ!!」 ナ゛ノ゛ォォッ?! 実装雛は、何者かに引き戻され、部屋の中にゴロゴロと転がっていった。 半分身体が押入れから出てしまったアオママは、うつ伏せに倒れている実装雛と、それを組み伏せる実装石の 姿を見た。 実装石の首下には、黄色いリボンが揺れている。 「キイロさん?!」 「大丈夫デス? アオママさん!」 ナ、ナノォ〜…… 実装雛はうつ伏せの状態で、首側をキイロパパの尻で押さえられている状態だった。 四肢はキイロパパを振りほどけるほど伸びないので、ただじたばたしているだけだ。 しばらくすると、キイロママがビニール紐のようなものを抱えて、小走りで飛び込んできた。 「危ないところだったデス」 「でも、お宅のお子さん達が酷いことに……この見たこともない実装石は、何なんデス?」 「そいつは、実装石ではありませんデス。 実装雛という、この世界にはいない筈の実装生物デス」 「?」 キイロチームが実装雛を拘束し終えた頃、アオママは、状況を説明した。 アオチームで生き残ったのは、アオママ・アオ仔実装・アオ親指だけだった。 ※ ※ ※ ・BL01 STATUS:DEAD ・BLK05 STATUS:DEAD ・BT02 STATUS:DEAD ・BT03 STATUS:DEAD ・P01 STATUS:DAMAGED LV.2 ・PK02 STATUS:DAMAGED LV.3 ・PK03 STATUS:DAMAGED LV.3 ・PK04 STATUS:DAMAGED LV.3 ・PO05 STATUS:DAMAGED LV.4 同じ頃、海藤やおあきと黒浦にじあきは、想定外のトラブル発生に、激しく困惑していた。 「なんだこれは! おいやおあき! こんなイベントは聞いてないぞ!! ギャンブラーやブリーダー連中からも、問合せと抗議が殺到し始めてる!」 「し、知らない! こんなの、俺は知らないよ! なんなんだ、この見たこともない生き物は?!」 「じゃあ何か? あれはいきなり、アパートの中に降って湧いたとでもいうのか?」 「そうとしか考えられない! あのアパートは、例のあそこ以外、外部からの侵入は不可能だ! そういう風に作ってあるのは、お前だって知ってるだろ?」 「じゃあ、あのバケモノ共は、どっから侵入したんだ?」 「わからん……本当にわからん」 やおあきのモニターは、二階に出現した実装燈と、一階の実装雛を見て、驚愕していた。 それだけではない。 それより前、突然出現した非プレイヤーの実装石も、問題視していた。 別モニターで、アパートのスキャン画像を確認するが、どこからも侵入経路と思われるものがない。 「とりあえず、なんとか対応しないとまずいぞ、どうする?」 「しょうがない、“アレ”を投入しよう」 やおあきは、額に冷や汗を浮かべながら、搾り出すような声で告げる。 「対象は、非プレイヤーでアパートの中に存在する個体全てだ」 「了解、すぐ現地班に指示する」 「あ、待った」 部屋を出て行こうとするにじあきを呼び止めたやおあきは、更に指示を加える。 「アビス・ゲームのステージ以外でも、同じような事態が起きてる可能性がある。 そっちも一緒に確認させてくれ」 「わかった!」 踵を返し、やおあきは部屋から退出する。 自分専用のオフィスルームに戻ると、誰に言うとでもなく、唸るような声で呟いた。 「くそ!! ひろあきが戻って来てからというもの、こんな事ばっかりだ! あいつ、本当に何処に行ってしまったんだ! 見つけたら——俺自らの手で、極刑に処してやる!!」 力いっぱい握り締めた拳を、何度もテーブルに叩きつける。 その時、やおあきの懐で携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。 「私だ。——ああ、その報告なら…… 何? それは聞いてないぞ! 本当なのか?! ——うむ、うむ……」 何者かの電話を受けたやおあきの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。 「——ひとまず、実装管理委員会の総力を上げて、事態の収拾と原因究明に努めろ。 ああ、今はポーズでもかまわん。 対応出来る工作部隊を確保し、問題の場所に派遣しろ。——ああ、君に任せる。 では、健闘を祈る」 通話を切ったやおあきは、顔面蒼白で椅子に座り込んだ。 (どういうことだ? これは……まさか、世界規模の異変でも起きているというのか——?) ※ ※ ※ 午後3時半。 ここは、ラブホテル。 ぷちは、ベッドからもそもそ起き出すと、遅れて目覚めたとしあきに、これまで知りえた事情を話した。 ネットで調べた「アビス・ゲーム」というものの存在と、ひろあきの報奨金の件、そして、街中の公園で 出会った実装石を巡ること。 寝ぼけ眼だったとしあきも、ぷちが襲われかけたという部分で、カッと目を開いた。 「そうか、とにかく無事でよかった。 それにしても、確かこの世界の実装石って、全部人間に管理されてるんじゃなかったのか?」 「そうテチ。だから、公園で会ったオバチャン達は、いったい何だったんテチ?」 「中には、はぐれ実装みたいなのもいるのかもな。 それより、アビス・ゲームか……いや、実はな」 としあきは、着替えをしながら、ぷちに夕べの話をし始めた。 メインストリートの裏通りにある古風なバー「槐」の主人であり、実装石の殺し合いゲームの胴元をしている 男・自称“海坊主”と知り合ったとしあきは、後に彼に協力するという約束を前提に、様々な情報を教えて もらうことが出来た。 「で、今夜そこのお偉いさんを会うんだが、お前も一緒に来いよ」 「テェ? なんだか怖いテチィ」 「大丈夫だよ、身の安全は保障されてる」 「そんな傷だらけのお顔で言われても、説得力ないテチ!」 「これはその……話すと長くてな。 まあいいから、これからは出来るだけ一緒に行動しようぜ」 「テェェ、仕方ないテチ。 クソドレイサンが心配だから、付いていってあげるテチ」 「な、なんだよ、そのドヤ顔は?! 保護者気取りか!」 「テヘ♪」 ※ ※ ※ としあきとぷちが例のバー「槐」を訪れると、その入り口には白いリムジンが停車していた。 余りにも場違いなその様子に呆気に取られていると、まるで待ち構えていたかのように、ドアが開く。 中から出てきたのは、バーの主人・海坊主だ。 「よぉ、来てくれたか。ありがとうよ。 まずは、乗ってくれ」 ぷちの大きな胸を覗き込みながら、海坊主は二人を案内する。 信じられないほど豪華な室内に通された二人は、まるで滑るように走り出るリムジンの静かさに驚いた。 窓は濃いスモークフィルターが施されているようで、外は全く見えない。 二時間ほど走ったところで、何かの地下施設への通路に入り込んだリムジンは、オレンジ色のナトリウム ランプの光が、スモークウィンドウ越しに幾つも煌き、流れていく。 やがて、軽い反動を感じると、ドアが静かに開いた。 途端に、真っ白な光が室内に飛び込んでくる。 「さーとしあき、俺はここまでだ。 ここからは二人で頼むぜ」 そう言うと、海坊主はとしあきとぷちの背を軽く押した。 「え? なんだよ、あんたは来てくれないのか?」 「いやぁ、ちょっと色々あってなぁ……」 振り返ると、一直線に白い廊下が伸びている。 海坊主は、そこをまっすぐ進めばわかる筈だ、とだけ補足した。 「しゃあない、行くか」 「私もいくテチ?」 「なんかあったら、俺達一蓮托生な」 「その言葉の意味、今度検索しておくテチ」 「調べる頃には、もう遅いと思う」 「?」 二人は、白い廊下へと進む。 それを見届けた海坊主は、頃合を見計らい、懐から携帯を取り出した。 「ああ、どうもです。 ——ええ、今そちらに向かいましたよ。 大丈夫、誰にもつけられてはいません、はい」 →NEXT
