某所であげたものを移動しました、人に見てもらってこそなので…。 ああ文才がほしい(遠い目) ////////////////////////////// 朝はまだ寒く、冷えびえとした紫煙の踊る空はまだ薄暗い様子。 私は冷えきった肩を抱きながら、古く薄茶けた机のしたから、モゾリとおきあがった。 狭い四畳半に万年床。 小さな食器棚と数冊入れれば入らなくなる本棚という名のテーブル。 足の踏み場もない紙だらけの床には、最近寂しくなった髪(友)の亡骸がポツポツと転がっている。 そろそろ片付けねばと髪をかきながら欠伸を一つ。 冷えた身体に油をさすように、昨晩飲んでいた茶を飲み落とし、腰を上げた。 「寝すぎてしまった」 机の上には書きかけの文が積み重なり、どれがどれほど書かれたものか既にわからぬ。 ここに缶詰にされてからしばらく、出来上がるまでは出しませぬと言われ、 ただひたすらに書き連ねてはいたものの、結局おもうままにはいかないもの。 はあと、部屋に舞う吐息の白。 着崩れた着物をぱっぱと見苦しくない程度になおし。 厠で出すものを出し。 顔と御髪(おぐし)を井戸水でざっと流しているうちに、陽の光がボロ屋を包んでいた。 庭からは大家の飼っている矮鶏(ちゃぼ)が朝を告げる声。 今日も元気だなと自分との差を笑いながら、部屋に戻ろうとするが。 「………………ィー………ィー……」 おや、それとは別になにか聞こえてくる。 遠目でよくわからぬその声に、私は少し興味を引かれたが、そうも時間が許さない。 明後日には短編の一つも上げねば首を取られかねないのだ。 井戸水をかぶせた髪に冬の息がさっと撫で。 身をぶるりと震わせながら私は部屋に戻った。 だが。 「近い」 部屋に入ると気がついた。 先程聞こえた別の何か。その声が部屋に入って近づいた。 これはどうしたことか。 「…………ィー…リィー…」 どこからか、声がする。 耳を澄ませ、右に左に探してみるが見つからない。 ふと、窓の外の雲が見え。 何かがそこに重なった。 何かが窓の外にいる。 確か、大家の大事な銀杏の木があったはずだが、と。 窓を開いてみれば、確かにそこにナニか居た。 「なんだ、ミドリネズミじゃあないか」 「…レヒィー………レリィー」 緑色の衣をまとったネズミ。 最近野良が増えてきて悪さをするという、小人のようなネズミのような生き物。 それこそネズミのようにポンポン増えるから、先の大戦時に家畜として飼われはじめ、 今では手に余るほどに増えてしまった。 餌は残飯で良い、飼うのは楽、などと言われて飼ってみれば気性は荒く。 食べてみれば肉は生臭い。 なんだこれはと見捨てられて野良化した。 ミドリネズミやらミドリガキやら呼ばれる生き物が、 窓の外、銀杏の枝にケツから兎唇まで刺し貫かれそこにいた。 百舌の早贄というものははじめてみたが。 こうなっても生きているのだから、肝が冷える生き物である。 とりあえずも助けてやることにした。 述べておくが、ミドリネズミに慈悲の気持ちが芽生えたわけではない。 こんな声がひがな聞こえてきたら創作の邪魔なのである。 さっと窓から身を乗り出し、小枝を一本折り、仔?ミドリネズミと一緒に部屋に入れた。 イゴイゴと手足を蠢かせ、色違いの目をぎょろりと回して私をみる仔ミドリネズミ。 レヒィレチューと開きっぱなしの口からなにやら叫んでいる。 生憎ながら人間はミドリネズミの言葉がわからぬ。何故かミドリネズミにはわかるらしいと聞き及んだ。 さてどうやって抜いたものか。 「これを抜くが、我慢しろよ」 「レ、レヒュー!」 首をぶんぶかと振り、やめてくれと訴えるミドリネズミ。 だがそれでは助けてやれぬ。 それに五月蝿いから殺すというのも、気が引ける。 ならば我慢して抜かれろと、左手でミドリネズミを掴み、右手で枝を掴んでひっぱった。 ブリュリュリュリュリュ! 「うわあ!」 とたんに枝の隙間から、緑色をした糞が飛び散った! 降りかかり緑に染まる私の布団、そして強烈な臭気。 これはたまらぬとミドリネズミを投げ飛ばした。 「リベッ!」 畳に打ち付けられ、頭半分を削られたミドリネズミはしかし、まだ息をしていた。 なんという生物か。 万年床を久々にひっくり返し、今日中に洗わねばならぬと涙がでそうになる。 幸いなことに書きかけの用紙にはかかってなかったからよかったものの、 かかっていたらどうなっていたことか…。 見てみると、体を硬直させているミドリネズミ。 これは仮死という状態と聞く。 どうせ抜くのだ、痛くないうちに抜いてやろう。 半分恨みの篭った拳の中で、ミドリネズミから枝を引っこ抜いた。 「うわぁ…」 枝と一緒に飛び出る糞。 幸いなことに窓の外に手を出して抜いたので、糞も中身も庭の地面だ。 見れば、枝に内蔵が絡まっており、怖気とともに吐き気がする。 こんなになっても、やはり仮死しているだけで、死ぬと白く濁るという両目も赤緑のまま。 なんとこの生き物、酒にでも漬けておけば、 翌朝には元通りになるというのだから、更に化け物じみている。 仮死したままの仔ミドリネズミを空いた痰壺の中に放り込み、安酒を軽くふりかけて、 緑に染まった布団を片手に洗い場へ向かう。 ああ…泣きたい。 ********************************* 「テッチュー♪」 濡れていて布団も被れぬまま、徹夜の創作を続けていた私の耳に、仔ミドリネズミの声がした。 あの騒動からまだ1日と経っていない。 まだ日も上がらぬ丑三つ時に、私はまだ、蝋燭の明かり一つで書き続けていた。 私の死期は何日早まったことであろうか。 痰壺を覗きこむと、そこには両手を掲げてウネウネと奇妙な踊りをする仔ミドリネズミがいた。 放り込む前に服を脱がせておいたが、不出来な赤児のようなブヨブヨの体が気持ち悪い。 そんな体をブルルと震わせて見せて、何を期待しているのやら。 「テッチューン♪」 甘えるように首を傾げる姿に、なぜか少し苛立ってしまう。 だがこれで傷は癒えた、外に捨てればもう邪魔にはなるまい。 重い腰をあげ、仔ミドリネズミを手にもとうと…うわあ手に糞が! よく見ると痰壺の中身はミドリネズミの糞でいっぱいになっていた。 しかたがないので井戸へ向かい、桶から水を流し込む。 「テチャァァァァ! テチュォォォォ!」 悲鳴をあげ、暴れる仔ミドリネズミを強引に洗い、 ついでに腹を押すとブリョブリョとまだ糞が出た。 気持ち悪いことこの上ない。 どうにかある程度出きったのか、力の抜けた仔ミドリネズミを雑巾で拭いてやり、 痰壺に入れる前に脱がせた服?を羽織らせてやる。 「テチュー…」 力の抜けた仔ミドリネズミ。 私の手が温かいのか、頬ずりして体を丸める。 だが私もあまり時間がない。 ボロ屋から一町ほど離れた街灯の下に、そっと仔ミドリネズミをおろし、 思い切り走って家に帰った。 あの小さいからだでは到底もどってなどこれまい。 などと思っていた私が馬鹿だった。 部屋のドアの隙間から。 「テチュア♪テチューン♪」 と声が聞こえたのはたった数分後。 ガックリと肩を落とし、折りそうになる筆をどうにか堪えて机においた。 ドアを開けば、隙間から入れないかと四苦八苦している仔ミドリネズミの姿。 どうやら完全にここが我が家か、私が主とでも勘違いしてしまっているようだ。 「今日は泊めてやろう、なにか食い物もやろう。だが明日には出て行け」 言葉がわかっているのかいないのか、仔ミドリネズミはテッチュー!と声を上げ、私の手から痰壺に戻された。 適当に蒸かしたキビと豆を小ミドリムシのいる痰壺に放り込んでやり、布をかぶせた。 しばらくうるさかったが、そのうち相手にしないと気がついたのか、静かになる、眠ったのだろうか。 まあいい、明日にはツボごと河原にでも捨ててこよう。 そうして私は創作にもどった。 ***************************** ドンドンゴンゴンと扉を叩く音に、机によだれを垂らしたまま寝こけていた私は目を覚ました。 何事だろうか。 痰壺からも目がさめたのだろう仔ミドリネズミの鳴き声が聞こえる。 「こんな早朝にどなゴッファッ!」 殴られた。 扉を開けた途端、何者かに殴られた。 まだ湿った布団に倒れこむ私の前に、どこかでみた男が一人。 目を怒りに染めて、玄関先から上がり込んでくる。 「おまえか!」 「ええ!?」 「おまえが『卵』を盗んだのか!」 何がなんだかわからぬ。そういうのにがなりたてる男。 そうだ、この男は上の階の住人だ。 襟首をつかまれたまま、首を振る私に、 男は顔を赤くしながら言い放つ。 「その仔ミドリネズミは、うちで飼ってる天人鳥の卵を孕んでいるのだ!」 なんと、あの珍しい天人鳥を飼うものがいるとは驚きだ。 なにが好きかもまだわからぬ天人鳥。 飼うのは至難と言われ、与える餌もわからずに死ぬという。 最近ではチーズのような、牛乳を発行させたものを好むという噂も聞くが、 どうやらこの男、その方法がわかったらしい。 仔ミドリネズミの声をききつけ、痰壺から取り出すと。 男は愛しい我が仔のようにそっと撫でた。 『勝手に人の部屋の前に置いて、五月蝿い思いをさせたくせになんという男だ!』 とは、男が去った後に言った私の弁。 それからしばらくして。 「ルトールトー♪」 銀杏の木の枝に天人鳥の親子が一対。 飛び方を教えているのかやかましい。 だが、ふと仔天人鳥が私の前にやってきて、両手を上げて腰をクネクネ踊らせた。 ああ、あの子ミドリネズミは天人鳥に化けたのだ。 思い出してみれば、美化されるもので。 仔ミドリネズミも可愛く思えてくる。 紫煙雲、揺蕩う空の銀杏(ぎんなん)に、天人鳥が空を飛ぶ。 髪はようよう白糸の、光に繋ぐ、親子鳥かな。 ああ、私も1匹飼ってみようか。 ふとそんなふうに思った朝である。
