『 ん—……。 』 その夜、俺は客間に敷かれた布団の上で仰向けに寝転がっていた。 見上げる視線の先は古びた天井の木目。 特に何かをしていたわけじゃない。 時刻は既に12時を過ぎている。 しかし今の俺は色々な考えが浮かび、目が冴えて眠れない。 グリンの飼い主さんの落胆は非常に大きかった。 仔実装だけでも帰ってきて喜んだのも束の間、あっさり目の前で死んでしまったから。 おそらく他の親実装や仔実装も死んだと考えて間違い無いだろう。 そしてここで一つ重要な事が明らかとなった。 飼い実装達は何者かによって連れ去られた あの実装達は家出したのでもなく、野良実装にリンチされた死んだでも無かった。 明らかに、何者かによって無惨に殺された。 実装リンガルの表示を眺める。 仔実装が言うには、親実装や他の仔実装は何かの道具で切り刻まれたらしい。 針や包丁……多分、注射針やメスのことでは無いだろうか? その虐殺を目の前で見せられた仔実装には、とてつもない恐怖だったに違いない。 なんとか家に戻ってきたものの、偽石は割れる直前だったのだろう。 そしてもう一つの大事な言葉。 ( ……ゆ………ゆめ…を……みた…テチュ…… ) 『 なんだよ、夢って…。 』 さっぱり分からない。 確かなのは他の親仔実装と共に、どこかへ連れて行かれたという事。 その場所で親実装と姉妹実装は切り刻まれて殺された。 なのに仔実装だけ帰ってこられた。 偽石は割れる直前だったものの、身体は無傷。 そして夢を見たというリンガルのログ。 考えれば考えるほど、何が何なのかさっぱり分からなかった。 『 おはようございます、おばさん…。 』 朝、挨拶をしようとするが、睡眠不足でまぶたが重い。 寝付けなかった次の朝は最悪だ。 『 おはよう……昨日は済まなかったわね。 』 『 いえ、そんな事は……それより、あの飼い主さんはどうです? 』 『 それがね…。 』 今まで可愛がっていた仔実装の悲惨な死は、かなりショックだったらしい。 しかも他の飼い実装達も死んだとリンガルを見せられると、寝込んでしまった。 『 しかし別の事も残念ね。 』 『 何がです? 』 『 これで探す必要も無くなって…引き止める口実が無くなっちゃったから。 』 おばさんは、僅かに苦笑を零した。 昨日の悲惨な出来事の後のせいか、その苦笑は控えめだったが。 伏せてしまった飼い主の旦那さんはカンカンらしい。 可愛がっていた飼い実装達は殺され、奥さんはショックで伏せってしまっている。 犯人を見つけたら器物損壊程度で済まないだろう。 もし目の前に現れたりでもしたら、掴みかかって乱闘になっても不思議じゃない。 『 …というわけで………実はまた、別の仕事を今度は旦那さんから頼まれたのよ。 』 『 旦那さんから? 』 『 そうなの……犯人を見つけてくれって。 』 『 え……こういうのって、警察に頼むべきじゃないんですか? 』 『 警察も、飼い実装が殺されたくらいじゃね…。 』 飼い主にとってはともかく、所詮は器物損壊程度の扱いだ。 わざわざ犯人を捜し始めてくれるとは思えない。 旦那さんも警察は頼りにならないのだろう。 だからこそ、自分にその仕事が回ってきたわけだが。 『 やっぱり断る? 』 『 そうですね…こういうのって、警察の仕事ですから。 』 『 えぇ、一応義理で聞いてみただけだから。 迷子実装探しと、犯人探しじゃ全然違うし…犯罪だから危険だしね。 旦那さんも、直ぐに落ち着いてくれると思うから…。 』 おばさんは決して無理強いせず、俺が断るとあっさり引き下がってくれた。 飼い主の旦那も今は逆上して無茶な事を言ってるだけだが、直ぐに冷静になってくれるだろう。 迷子実装探しならともかく、犯人探しは流石に無理だ。 『 そうだ…断っておいて言いにくいんですが、自分が出て行くまで実装石を置かせてもらいませんか? 』 『 実装石を…? 』 『 はい、実は… 』 俺はカセン達の事を話した。 飼い実装探しで知り合った実装石で、礼儀正しく、頭も良い親子であると。 今は河川敷で住んでる野良実装だけど、2,3日だけこの家の敷地内で住まわせても良いかと聞いた。 そろそろこの街からも出立して他の場所へ行こうと思う。 その前に実装石3匹を自転車に乗せる準備の時間が必要だった。 『 そうね……じゃ、世話をしっかりして迷惑をかけなければ良いわよ? 』 『 ホ、ホントですか!ありがとうございます! 』 了承を貰うと街に出た。 早速カセン達を出迎えに行くためだ。 今まで一人旅だったが、実装石とはいえ話し相手がいれば楽しくなるだろう。 『 …そうだ、その前に! 』 俺は進路を変更し、寄り道してペットショップに向かった。 カセン達を飼うからには、それなりの買い物をしなくてはならない。 それから、前に飼い実装探しを頼んでおいたままだ。 事の顛末を話して、もう探してもらう必要は無くなった事を報告しないといけない。 『 すみません、この前はどうもでした。 』 俺が訪れたのは前に一度来たペットショップ。 都合良く店番の人は前と同じ女性の店員だった。 『 いらっしゃいませ……あぁ、この前の方ですね。 どうです?迷子の実装石達は見つかりましたか? 』 『 それが…。 』 俺は昨日起こった事を店員に全て話した。 帰ってきた仔実装以外は、全て切り刻まれて無惨に殺されたらしいと。 そして仔実装も偽石が砕けて死んでしまった事を。 『 そんな事が……飼い主さんにはご愁傷様です…。 』 『 はい、残念ですが…とにかく、そちらさんにも探してもらってありがとうございます。 』 『 いえ、別に構いませんよ。 』 『 それにしても一体、どこに連れ去られたのか見当も付きませんね。 』 『 それは……と…。 』 店員は何かを言いかけると口をつぐみ、くるりと辺りを見た。 今の時間帯は空いてるらしく、回りに客の姿も誰も見えない。 『 …どうかしました? 』 『 え……と…。 』 『 はい? 』 『 ……これは余り大きな声では言えないのですが。 』 近くで聞いている人が居ないのを確かめた後、声を落として話を始めた。 『 …この街には、たくさんの実装石を集めている人がいます。 』 『 たくさん、ですか? 』 『 はい、1匹や2匹ではありません……100匹以上自宅に集めて飼っている人がいます。 』 『 そ、それは凄い…そんなに実装石が好きなんですか。 』 『 違います、逆です。 』 『 逆って…。 』 『 虐待するために飼っているんですよ。 』 『 ぎゃ、虐待…? 』 『 はい、1匹や2匹では数が全然足りませんから、日頃からストックしてあるんです。 』 店員は更に続けて話してくれた。 表立っては知られてはいないが、虐待派と呼ばれる人種は意外に多い。 当然であるが、この街にもそんな人達は存在する。 そしてその住宅内における実装石の虐待規模は嗜好の度合い、経済力によって大きく変わる。 例えばライトな虐待派は、虐待行為自体にそれほど金銭を投じない。 実装石自体は適当に野良を公園などで拾ってくる。 家の中では使い古された大きめの水槽に入れておくことが多い。 水槽自体も安物、もしくは使い古された中古品。 そして気分次第で道具を使って虐待。 道具自体も、安上がりにするため他の物からの流用が多い。 雑貨屋やホームセンター、あるいは100円ショップで揃えるそうだ。 逆にディープで、且つ経済力を持った虐待派は専用の設備を持つ場合が多い。 実装石専用の部屋を作り、虐待専用の部屋を用意する。 中にはそのためだけに地下室を作った人も少なくない。 虐待用の道具も安物じゃない。 ここは違うが、虐待コーナーを設置してある店には専用アイテムが販売される。 また更にこだわる虐待派は、中世の拷問部屋と見間違う程の設備を揃えているという。 そのような者達は常日頃から多数の実装石を飼育してストックする。 そして虐待して大量に ”消費 ”する。 消費して在庫が少なくなると”補充 ”するのである。 『 それ本当なんですか? 』 『 はい、これも黙っていて欲しいんですが……ここだけの話なんですが… 』 『 え…なんです…? 』 『 この店も、そういう人へ大量に納品してるんですよ。 』 ペットショップに卸される実装石は躾済みで、そこらの野良に比べて格段に知能は高い。 そのような実装石を虐待のために購入する人は多いという。 尚且つ店側も、売れ残って処分に困った実装石も纏めて引き取って貰えて助かるらしい。 そしてお得意様と呼ばれる虐待派もいて、虐待用実装石の補充で大量に発注してくれるという。 当然だが、愛護派と呼ばれる人や一般人も当然実装石を購入する。 しかし1匹飼い始めれば事故などで死なない限り、少なくとも数年間は生きるだろう。 その間、当然だがペットショップから購入する必要は無い。 だが虐待派に買われた実装石は短くて数時間で死亡する。 個人差は有るが圧倒的に消費から補充の期間が短く、即ち回転率が高いのは確かだ。 それは補充する頻度が非常に高いとも言える。 つまり店側にとっては、愛護派よりも虐待派の方が上客と言えよう。 皮肉な事だが。 『 虐待派の人にとって実装石は消耗品ですから…。 』 それこそ幾ら補充しても足りないだろう。 賢い実装石は虐待時も反応が普通の野良と違って非常に楽しめるから…らしい。 『 虐待派の方達は虐待される実装石の反応を見て楽しむんです。 ですから虐待する実装石も色々なタイプを用意しているんですね。 知能が低い実装石から高い実装石、産まれたばかりの仔実装から成体、 性格の良い実装石から最悪の糞虫と呼ばれる実装石まで、さまざまです。 けれど…虐待の限りを尽くして飽きてしまったのかもしれません。 』 『 飽きた…? 』 『 これは私の独り言ですが……そういう人はいます。 勿論店の顧客の情報について明かせませんが、この街にもそういう人はいますよ。 そのようなお客さんには、ありとあらゆる種類の実装石を納めました。 そして何千匹、何万匹と虐待して殺して飽きてしまって…… 全く新しい種類の実装石の存在に気付いたかもしれません。 』 『 ま、まさか……。 』 『 はい、他人の飼い実装です。 』 『 ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 』 それまで声を押し殺して話をしていたが、構わず俺は声を張り上げて言った。 『 娯楽のために、他人の飼い実装をさらって虐待して殺すんですか!? 』 『 しぃっ、声が大きいです!静かに!! 』 『 あ、すみません…。 』 つい興奮して声が大きくなってしまい、俺は頭を下げる。 同時に声のトーンも下げて話を続けた。 『 それから…これはまだ表には出ていないんですが、 あなたが探していた飼い実装の他にも行方不明になった子達は居ます。 』 『 え…!? 』 『 この街で現在、行方不明になった飼い実装は10匹以上、 しかもそれはここ一ヶ月以内に集中して起こっているんですよ。 そして私も聞いた話なのですが……やはり何匹か仔実装だけが帰ってきたんです。 』 『 じゃあ…昨日と同じ…? 』 『 はい…帰ってこなかった実装石は、間違い無く全て殺されたと考えていいでしょう。 』 『 それは街に住んでいる虐待派がさらって殺したと…? 』 その言葉に店員は何も答えなかった。 いや、答えられなかったというべきか。 『 …そうなんですね? 』 『 これはあくまで私の推測ですよ、推測。 何かはっきりとした証拠も有りませんし。 ただですね、確かなのは…… 虐待派の方達の多くは、幸せに暮らしている実装石の虐待を願望しています。 これだけは間違い有りません。 』 今まで実装石について詳しくなかったし、まして虐待派でも無かった。 しかし世間には虐待派と呼ばれる人種が存在するのも知っている。 時々、公園に行ってストレス解消のために実装石を殺して回る話も耳にする。 だから重度の虐待派はペットショップを利用する事も理解できる。 だが、この街では他人の飼い実装を無断で虐待する者が存在する可能性が有るという。 しかも1匹や2匹ではない。 実装石を殺したくらいでは器物損壊程度の罪かもしれないが、それでも犯罪は犯罪だ。 そして、その虐待派が正常な判断力を失ってしまった事を意味していた。 話を終えて店を出ると、いつもの河川敷へ向かった。 カセン達が俺が迎えに来るのを待っている。 そしてべダルを漕ぎながら青い空を見て思う。 仔実装は死ぬ間際に他の飼い実装がどうやって殺されたかを話してくれた。 言葉から察するに刃物や金属器具を使ったのは間違いない。 その刃物を握って飼い実装達を殺したのは……おそらく虐待派だろう。 この街にいる虐待派の誰か。 そいつにさらわれて何処かに連れ込まれ、娯楽のために殺された。 この田舎は滅多に犯罪らしい犯罪も起きないため、家の戸締りは非常にアバウトだ。 鍵をかける習慣なんて無い。 それこそ他人の家に忍び込んで、飼い実装をさらうのも不可能ではない。 野良実装や自分の金で買った実装石を虐待するのは感心しない…が、犯罪でもない。 問題は他人の飼い実装に興味を持ち始めた事。 軽いとはいえ、罪を犯してまで虐待をしようとする精神。 リスクを負ってまで、自分の欲望を満たそうとする危険性。 どんな人間なのだろう。 大切な精神の一部が壊れてしまったのに違いない。 己の暗い欲望を満たすためには犯罪をも厭わない人物。 だが、そこまで考えて頭を振り払った。 『 …まぁ、俺にはもう関係無いし。 』 今回は頼まれて飼い実装を探しただけで、それ以上首を突っ込むつもりは無い。 カセン達を連れて行く準備さえ終えれば直ぐにでも出立する。 それまであと2,3日、そうすれば後は何も関係は無い。 それに軽いといえど犯罪は犯罪だ。 俺みたいな一般人でなく、警察に任せておけばいいんだ。 堤防から降りて河川敷へ…いつものダンボールハウスが見える。 すると俺の気配に気付いたのかカセンがひょっこりと顔を出し、ケンとコウが出てきた。 「 こんにちはデス! 」 「 テチュー! 」 「 こんにちはテチー! 」 『 おう、お前ら喜べ!何とか連れて行けそうだ! 』 「 やったデスー♪ 」 足元に来たカセンが嬉しそうに手を上げて喜ぶ。 『 それで準備はどうだ?荷物とかは持ったか? 』 「 着ている服と子供達くらいしか無いデスよ 」 カセンの手を塞いでいるのはケンとコウの手。 その日暮らしのカセン達にとって、財産と呼べる物は何も無かったのだろう。 『 よしっ、それじゃ乗ってもらうぞ。 』 俺はカセンを持ち上げ、MTBの後部サイドに取り付けた籠の中に置いた。 続いてケンとコウも同じ籠の中へ。 『 狭いのは我慢しろよ。 』 「 全然大丈夫デス! 」 籠から顔を出したカセン、その足元にケンとコウ。 何とか3匹入れるだけのスペースは有ったようだ。 乗せ終わると俺は、家に向かう。 「 はやい、はやいテチュー! 」 カセンに抱えられたケンが、籠の中から頭を出して喜んでいた。 今は20km程度の速さだったが、仔実装にとっては始めての体験だろう。 見慣れた風景だが、流れるような景色は新鮮に写ったに違いない。 「 ママー!ママァー!ワタチもダッコして欲しいテチュ! 」 同じ籠の中でコウがテチュテチュと騒いでいる。 ケンだけ楽しそうにしているのが、羨ましいのだろう。 「 分かったデス、次はお前の番デスよ 」 「 テチー♪ 」 代わりに抱きかかえられ、籠から顔を出すとコウも嬉しそうに声を上げた。 辺りの景色をキョロキョロと物珍しそうに見ている。 『 おい、落ちないようにしっかり持ってろよ。 』 「 はいデス……この子達は絶対に落とさないデスよ… 」 喜んでいるのはケンとコウだけでは無かった。 これから飼って貰える事で、カセンもまた嬉しそうにしている。 今まで苦労して守ってきた子達だ。 幸せを前にして、決して離す訳にはいかないのだろう。 『 ただいま、今戻りました! 』 『 おかえりなさい……この子達が? 』 帰ってくると、早速おばさんから出迎えられた。 「 しばらくお世話になるデス! 」 「 テチュ! 」 「 よろしくテチー! 」 3匹は地面に降ろされると、礼儀正しくおばさんに頭を下げた。 『 あらあら……行儀良い子達ね……よろしくね? 』 『 すみません、ほんの暫くですがここで飼わせてもらいます。 』 『 えぇ、それは構わないわ。 けれど、これ以上集められても困るわよ……3匹もいれば充分でしょ? 』 『 そりゃ、そうですよ…。これ以上集める気は………ぁ…。 』 『 …なに? 』 『 集める……って……。 』 『 どうか……した? 』 おばさんとの会話の中。 俺は不意に、ある言葉を思い出した。 集まると集める。 " 実装石が集まる " と " 実装石を集める " の違い。 自主的に実装石が集まる。 対して、何者かが実装石を集める。 そうだ。 勘違いしていたかもしれない。 俺が昨日まで探していたのは実装石が集まる場所。 それは実装石の意思で向かう事を意味する。 そしてもう一つ、それは何者かが実装石を集めている場所。 俺は昨日の事を思い出した。 何気ない会話の中、確かにあの実装石は俺に言った。 ( 実装石達が集まる場所だけでなく……集められる場所も探したデスか…? ) 『 すみません、ちょっと出かけます! 』 『 え…? 』 『 カセン、俺が帰ってくるまで大人しくしてろ!おばさん達に迷惑かけないようにな! 』 俺はMTBに跨り、帰ってきたばかりだが再び門を出た。 犯人探しをするつもりは無かったから、もう忘れるつもりでいた。 だから深く考えたりしなかった。 ペットショップの店員は、おそらく虐待派の仕業では無いかと話してくれる。 虐待目的に個人が大量に購入する事があると。 飼い実装の虐待に目覚めたのではないかと。 そして飼い実装が文字通り" 集められた " のではないか? 俺が今まで探していたのは実装石が " 集まる " 場所。 一般的に、実装石が集められる場所はペットショップ、保健所、研究機関など。 この田舎町にそういった場所はペットショップくらいしか無い。 だから他に集められる場所といえば、虐待派の家もしくは建物。 もしもアイツがそれを知っていたとしたら……まさかとは思うが。 だとしたら、なぜ知っていたのか? 公園に来ると入り口で、またもや実装石に囲まれた 「 ニンゲン、私を飼うデス! 」 「 この美しい私に食べ物を献上するデス! 」 お前らに構ってる場合じゃない。 『 通るぞ、通るぞ! 』 「 デギャ! 」 「 ブギャァ!! 」 せめて踏み潰さないように蹴り飛ばしてやった。 振り払って、公園の中を歩いてみる…足元で何か騒いでいるが気にしない。 あの逃亡実装、今はどこにいるのかな…。 「 助けてデスゥゥゥ! 」 しばらく歩いていると、実装石の悲鳴とリンガルに表示されるSOS。 悲鳴を聞いた途端脱力してしまい、急いで来たのが馬鹿らしくなってきてしまった。 『 探すのに苦労しない点だけは優秀だな…。 』 俺は悲鳴のあった方へ歩いていった。 「 や、止めてデスゥゥ!もう許してデスゥゥゥ!! 」 「 デププププ! 」 「 頭が高いデス! 」 大勢の実装石に囲まれて蹴飛ばされ、頭を踏みつけられている実装石が1匹。 何となくそれは、自分がノロと名付けた実装石だと分かった。 『 はぁ……そろそろ許してやったらどうだ? 』 全然気は進まないが、仕方なく声をかける。 近寄ってきた俺の姿を見て、一時、実装石達のリンチが止まった。 「 ニンゲンは…! 」 『 分かった、分かった。金平糖一つづつ、嫌なら他の実装にやる。 』 『 お前、いつも虐められてるのか? 』 「 と…時々…デスゥ… 」 解放された実装石……ノロは、よれよれと立ち上がった。 実装石にとって大切な服は相変わらず汚い。 この前も汚れは目立ったけど、今の服はリンチの後ということもあってやはり酷い。 糞を擦り付けられたり、もっと酷い事をされてないだけマシかもしれないが。 『 ところでな、助けてやったんだから少し話を聞かせてもらうぞ。 』 「 デェ……そ、その前に……」 『 どうした? 』 「 朝から何も食べてなくて……デス… 」 ノロはお腹に手を当てて、小さな声を出してこちらを伺うように見ている。 『 はぁ……さっき、助けてやったろ? 』 「 デスゥ……。 」 『 仕方ねえなぁ…金平糖はもう無いんだが……。 』 俺は後で食べようと思っていたパンの封を開けた。 それを半分に千切ってをノロに手渡す。 「 あ…ありがとデス…! 」 『 俺もお人好しだな…。 』 俺からパンを受け取ると、ノロはすぐさま口に入れて齧りだした。 余程腹が減っていたのか、非常に美味そうに頬張っている。 『 …どうだ、腹は膨れたか? 』 「 はい、さっきよりマシになったデス。 」 『 ん……腹減ったな…。 』 「 ご飯を食べてないのデスか? 」 『 あぁ、飯を食うどころじゃ無くてな……それよか、お前に聞きたいんだよ。 』 「 何をデス? 」 『 お前な、昨日俺に言ったろ?他に探し忘れた場所は無いかって。 正直に答えろよ……お前、本当は飼い実装がどこに居たのか分かってたんじゃないのか? 』 「 デ……ス… 」 『 飼い実装達が虐待派の人間に連れてかれたの、知ってたんだな? 』 俺は怒気を含んだ視線をノロにぶつけた。 対してノロは視線を合わせないように俯くと少し呻いて、黙りこくってしまった。 俺に睨まれ怖気づいたのか、ノロは声を出そうとしない。 『 ……やっぱり分かってたんだな。 』 「 いえ、そうじゃないデス 」 『 何がだ? 』 「 私も噂しか聞かなかったデスから 」 『 噂? 』 「 この街には、たくさんの実装石を集めているニンゲンがいると聞いたデス 」 『 誰から聞いたんだよ。 』 「 そこから逃げ出してきた仲間達デス…その家では毎日、実装石が殺されているデスよ 」 運良く逃げることができた実装石。 その実装石は、公園に辿り着くと他の同属達に話を広めた。 その家には、様々な場所から集められた実装石が閉じ込められていると。 ペットショップで購入された者から、拾われた野良。 仔実装から成体まで大小様々な実装石達が集められ、虐待され殺されている。 そして、この公園にさえも時々、集めにやってくるらしい。 『 …なんで、その事をもっと早く言わなかったんだ? 』 「 だって… 」 『 なんだよ!? 』 ノロの煮え切らない態度に、遂に俺は怒鳴りつけた。 昨日までの3日間を無駄にしたような気がした。 その苛立ちで、今にも爆発しそうだ。 「 ニンゲンさんの事を悪く言うと……デスゥ… 」 ノロマでグズで馬鹿の癖に、妙なところで気を使う奴だ。 だが、そんな事を言われては怒るに怒れない。 『 …で、その家はどこにあるんだ? 』 「 そこまで詳しい事は分からないデスよ… 」 『 むぅ…。 』 まぁ、いいか。 まだ怒りは全て収まらないが、とりあえず飼い実装達の行方の手掛かりは掴んだ。 後は、この事をおばさんに言っておこう。 殺された飼い実装達は、おそらく虐待派の人間に殺されたと思って間違いないと。 でなければ他に、誰が殺すというのだろうか。 「 あまりお役に立てなくてゴメンなさいデスゥ… 」 『 いや、いいさ。これでハッキリしたからな。 飼い実装達は、この街の虐待派の誰かに殺されたのが分かったんだから……ん? 』 見ると、まだノロは俯いて申し訳無さそうにしていた。 俺に怒られて、身体を小さくしている。 冷静になって考えてみると、そもそもコイツは何も悪くない。 怒るのは筋違いだ。 短絡な自分に、軽い自己嫌悪に陥る。 『 …さっきは怒鳴ったりしてすまなかったな。 』 「 デ…? 」 俺が謝ると、ノロが意外な表情を浮かべて顔を上げた。 余程、俺の言葉が予想外だったらしい。 「 い、いえ……全然構わないデスよ いつも食べ物を貰ってるから、それくらい何でもないデス! 」 生意気に俺の気を使ってか、ノロが笑って答えた。 だが、微笑むノロを改めて見て気付く。 みすぼらしく汚れた服装と、さっきまでのリンチの生々しい痣。 そんないつも虐められてるような実装石に、苛々してたからといって怒鳴りつけた事を後悔した。 そして今になって気付いた。 このノロはカセン達以外で、唯一飼い実装探しに協力してくれた実装石である事に。 コイツは色々走り回って探してくれたと思う。 そして食べ物を貰えるどころか怒られるかもしれないのに、わざわざ報告してくれた。 食べ物を貰えないなら無視して忘れりゃ良いのに。 馬鹿正直な奴だ。 本当に馬鹿でお人好しの実装石だ。 『 …なぁ、ノロ。 』 「 何デス? 」 『 お前は大丈夫なのか? 』 「 デ? 」 『 そんなに毎日虐められていて……今までは運が良かったかもしれないが、いつか殺されないか? 』 ノロは公園で会うたびに虐められていた。 実装石が同属の集団リンチで死んでしまう事は珍しくないと聞く。 コイツだって、いつそうなるか。 「 デ……そ、それは……けど私は他に行く所が無いデス…。 」 『 もう少し要領良くな……目を付けられないようにできないのか? 』 「 ……なぜ、そんな心配をしてくれるんデス? 」 『 ん…?なぜって言われてもな……。 』 「 …どうしてデス? 」 俺は数秒間考えた後…溜息を吐きながら口を開いた。 『 なんでだろうなぁ……ただ、単純に心配なだけだ。 こうして話をしたりして……たとえ相手が実装石でも、死んで欲しくないな。 』 「…デスか」 何度も話をしているうちに少しだけ情が移ってしまったのかもしれない。 ふとノロも飼おうかと思ったけど、既に3匹。 おばさんに頭を下げて、カセン達を飼わせてもらったのに、更にもう1匹の了解を得るのは…。 『 …ほら、これもやる。大切に食えよ? 』 俺は残りのパンを全てノロに差し出した。 「 これは…良いのデスか? 」 『 お前に心配して貰うほど落ちぶれちゃいない。 』 「 ありがとうデス…。 」 『 あぁ、大切にな……ん? 』 ノロはパンを受け取ると、大事そうに両腕で胸に抱えた。 その仕草がとても不自然だった。 さっきの半分は、貰うなり齧りついてたくせに…。 『 もし虐められたら、それを渡して許してもらえよ? お前は頭もあまり良くないんだから……それじゃ、今日はこれでな。 』 「 …さよならデス。 」 ノロはパンを抱えたまま、ペコリを頭を下げた。 『 あのな、今度来る時までに…。 』 「 何デス? 」 『 …いや、何でもない。 』 俺はノロを残し、そのまま駐輪場へ向かった。 MTBの鍵を解除し、公園の方を振り向く。 ノロは見失って、もうどこに行ってしまったのか分からない。 だが俺は見ていた。 今度来る時まで無事にいろよ、と最後まで言えなかった事を後悔しながら。
