タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第11話03
ファイル:「山実装の世界編」03短縮版.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:363 レス数:0
初投稿日時:2013/07/13-01:10:23修正日時:2013/07/13-01:11:46
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため強引に
異世界を旅させられる羽目になった。
 「実装石」という人型生命体が存在する世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミット
の中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 11番目に訪れた世界では、「山実装」と呼ばれる者達が人間の生活圏を荒らしていた。
 実遊会と名乗る、山実装駆除隊と巡り会ったとしあき一行は、彼らの要望に応えて山実装のテリトリー
への侵入を行った。
 街中に実装石がいない以上、山実装と合流しない限り、初期実装の子供と出会える可能性はない。
 山奥に入り込んだとしあき達は、妙に好意的な山実装のリーダーによって歓迎される。

 しかし、山実装と行動を共にする「獣装石」達は、としあき達に異様な警戒心を抱いていた——。
 




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 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第11話 ACT-3 【 外道軍団、参る! 】

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『いたぞー! あそこだ!!』

『逃がすな! 絶対に捕まえろよ!!』

『おい、弾はないか、弾は?!』

 ドキュ———ン……!!

 ドゥ———ン……!!


 耳をつんざくような、火薬の炸裂音が鳴り響く。
 仲間達の気配が、次々に消えていく。
 すぐ傍を、がさがさと大きな音が横切っていく。

 怖い……怖い!
 ママ、助けて、ママ!!

 その子供は、叫びだしたい気持ちを必死に抑え、草むらに身を潜めていた。
 だがもう、なんとなくわかっていた。
 母親も、友達も、そしてリーダーも、みんな居なくなったのだと。
 否、正しくは、捕まったか、殺されたのだ。

 突然やってきた、人間達によって。


 奴等は、平和に仲良く暮らす自分達の住処に、いきなりやって来た。
 笑顔で出迎えた仲間達に向かって、奴等は大きな音のする筒を突きつけた。
 仲間の頭がはじけ飛んで、脳みそが散らばった。
 それを合図に、人間達は一斉に、私達に襲いかかった。

 何も悪いことはしてないのに、それどころか、仲良くしようとしたのに。
 あいつらは、仲間を、家族を殺し、その死体を持ち去った。
 何の抵抗も出来ず、みんな死んだ、みんな居なくなった——

 にくい、憎い、憎らしい!
 殺すな! 私達が何をした?!
 ママを返せ、お友達を返せ!!


 いつしか子供は、恐怖よりも怒りが先に立ち、知らず知らずのうちに、草むらから半身を覗かせていた。
 すかさず、大きな手が鷲掴みにして、宙づりにする。

 テチイィィィィィ!!!

『おい、なんだこいつ?!』
『獣装石だ! 珍しいじゃねぇか!』
『けど、まだガキじゃん。これじゃ食いでがないな』
『獣装石は大きく育って太らせた方が美味ぇんだぜ、お前知らねぇだろ?』

 逆さづりにされながら、子供は大きな人間達の好奇な目に晒される。
 それは、いわば鬼の集団に捕らわれた赤子の様である。
 全身の毛を、恐れと怒りで振るわせながら、子供は必死で抵抗を試みるが、出来ることは、ただ腕を力無く
振る事だけだ。
 まだ爪が生え始めたばかりの、ひ弱な腕を。

『コイツは稀少だ、見逃してやろうぜ』
『えぇーっ、仔実装を生きたまま鍋にぶっこむの好きなんだけどなぁ』
『お前も一度、成長した獣装石のワタ食ってみればわかるよ』
『ちぇっ』

 テチィッ?!

 ブン!

 べちゃっ!

 子供は、人間の手から放たれ、小石が散らばる河辺に飛ばされた。
 まだ成長しきってない身体は、その衝撃で大きなダメージを負う。 
 しかし、生来備わった強い生命力が……実装石にあるまじきしぶとさと執念が、子供の乏しい命の灯火を
繋いでいた。

 許さない……ニンゲン、絶対許さない!
 いつか……いつか必ず、お前達に復讐してやる!!!

 やがて、誰一人いなくなった山奥の河辺で、子供は崩れた身体を起こす。
 その目は、かつてない程の憎悪に燃え、爛々と輝いていた。


 お前も、テチ?

 ママを、友達を、殺されたテチ?

 どこからか、今にも消え入りそうな弱々しい声が聞こえてくる。
 子供は、薄暗がりからはいつくばって来る「生き残り達」と、出会う事が出来た——


          ※          ※          ※


 11月17日、土曜日午前0時46分。

 この世界に来て、既に84時間が経過。
 残りの滞在時間は、あと36時間弱。

 山実装達は、ようやく住み慣れた場所を離れる覚悟を決め、ミドリの先導で更に山奥に移動することになった。
 向かう先は、実装牧畜産業株式会社の社屋・管理棟。
 地図によると、人間なら十数分程度かかる距離に思えたが、小柄な山実装の集団を連れ、更に暗闇の中を移動
するわけだから、所要時間は全く読めない。
 としあきは、仔実装をまとめて運搬出来そうなダンボール箱をアパート内から捜し出し、これを利用しようと
提案したが、山実装達に拒絶された。
 結局、ミドリとぷちの後を追って全員が徒歩で移動、としあきは動けない獣装石達を連れながら、しんがりを
努めることになった。
 としあきが先導した場合、どんな怪しい場所に連れて行かれるかわからないということで、山実装達が警戒
したのだ。

 急いで移動しようと、としあき達が散々煽ったにも関わらず、こんなに遅い時間になったのには、実は
もう一つ原因があった。


“——やっぱり、見つからないテス?”

「ダメだなぁ、この携帯使えば近くにいる実装石の反応がわかるんだけど、全く反応がない」

“そうテスか……
 仕方ないテス、彼女達は置いて、ワタシ達だけで移動するテス”

“そんなのダメデス! 大切な仲間を見捨てられないデス!”
“リーダーはいつから、そんなに白状になったんデス?!”
“このニンゲンは嘘をついてるデス! きっとどこかに捕まえてるデス!!”
“みんなを見つけてから移動するデス”


 こんなやりとりを何度も繰り返したため、無駄に時間が経ってしまった。
 結局、としあきが最後まで行方不明の山実装達を捜索するという事で妥協したが、それがしんがりを努める
最大の理由でもあった。

 ミドリは、ぷちと共に進むべき山道を目指して、先に移動を開始する。
 それを確認してから、としあきは再び捜索を開始した。
 とはいえ、LEDライト一つだけで真っ暗闇の山中を捜索するのは、素人には辛すぎる。
 まして、アパート内に残されている獣装石達も心配だった。

 時計が午前2時を指し、眠気がピークに達しようとする頃、としあきはついに根を上げた。

「だあぁぁぁ、駄目だ、無理だぁ!
 お〜い、山実装共、いったい何処へ行ったんだぁ?!」

 手近な岩に座り込むと、としあきは携帯の画面を覗き込む。
 真っ黒な画面には何も映らず、実装石の翻訳文字が浮かび上がる様子も見えない。
 としあきは、デスゥタンガンのような偽石センサー機能がこの携帯にも備わっていればなぁ……と考え、
ふぅとため息を漏らした。

「——あれ? 待てよ?」

 ため息を途中で止め、としあきは夜空を見上げ思案する。
 
『もし、デスゥタンガンがこの世界にあったら……全部辻褄が合うな。
 ……でも、海藤がアレをなくしたのは、こことは別の世界だし』

 岩の上に寝転がり、もう一度ため息を吐く。

『う〜ん、いったい何が起こっているんだ? この世界は』

 そんなことを考え始めて数分経った頃。
 少し離れた場所で、突然、何かが動く気配を感じた。
 と同時に、石を蹴る軽い音が響く。

「ん? 山実装?」

 携帯を構え、音のする方向に歩き出そうとした瞬間、としあきの身体に何かが覆い被さった。

「でぇ?! な、なんだこれ?」

 腕や足に絡み付いてくるのは、頑丈な「網」だ。
 としあきは、瞬時に大きな投網で捕らわれてしまっていた。

「な、な、なんだこりゃ?!
 だ、誰だ、こんな真似するのは!!」

 叫び声を上げた途端、網が強く引かれ、としあきは後ろに倒れて盛大に尻餅を付いた。
 石の角が食い込み、激痛に呻いていると、どこからともなく大勢の人達が集まって来た。
 次々に点灯するライト、響き渡るざわめき声。
 さっきまでの静寂が嘘のように、辺りは一気に賑やかになった。
 投網を取り囲む人々を掻き分け、聞き覚えのある声が接近する。

「やぁ、としあき君」

 近づいてきたのは、実遊会の高杉だった。

「随分と連絡がないから、心配したんだよ?
 よもや遭難したんじゃないかってね。
 いやぁ、無事で本当に良かった良かった」

「高杉さん、あんたら、どうやってここまで来たんだ?」

「ああ、君の後に、素晴らしい道案内役が加入したのさ」

 そう言う高杉の背後から姿を現したのは、非常に見覚えのある青年だった。
 少しだらしなく伸ばした前髪、見慣れたデニムの上着、細い体格、やや馬面気味な輪郭、常に上目遣いな
目線……
 そして、フフン♪ と鼻を鳴らす独特の癖。

「やぁ、弐羽君。ご無沙汰だったね」

「か、海藤?! やっぱりこの世界に来てたのか?」

「ああ、そうだよ」

 フフン♪と鼻で笑いながら、海藤ひろあきは、手の中で何かをくるくると回して見せる。
 それを見たとしあきは、思わず目を見開いた。

「で、デスゥタンガン?!」

 ひろあきの手に携えられている拳銃型の機械は、明らかにデスゥタンガンだった。

「お前、それ?!
 他実装の世界でなくした筈だろ?」

「ああ、その通りだよ弐羽君。
 色々あって、また僕の手に戻って来たというわけさ」

 そう言いながら、ひろあきは本体側面にある液晶モニタを展開し、としあきに見せる。
 そこには、いくつもの光の点が煌いていた。
 画面の中心が、自分達の居る場所。
 その付近に、五つの光が固まっている。
 それを見たとしあきの背筋に、怖気が走った。

「待てよ海藤! これはどういう事なんだ?
 説明しろよ!!」

「いいとも。
 僕はね、この世界で旅を終えることにしたんだ」

 妙に上機嫌な態度で、ひろあきが説明を始める。

「この世界で、旅を終える?
 どういう意味だよ?」

「聞いたまんまの意味さ。
 僕はここに留まって、死ぬまで定住するのさ。
 この人達のバックアップを受けてね」

 そう言いながら、ひろあきはデスゥタンガンの銃口で、高杉達“実遊会”の面々を指し示す。

「僕のデスゥタンガンを使えば、山実装の居所はすぐに判る。
 それに、彼女達を足止めするのも簡単だ。
 わかるだろ? この世界での僕は、高い存在意義を誇れるんだ」

「意味わかんねぇよ。
 山実装駆除が目的の実遊会にちょっと手を貸しただけで、そこまで言い切れるもんか?」

「実遊会? 判ってないなぁ」

 ひろあきは再びフフン♪ と鼻を鳴らし、再び高杉を指す。
 見慣れた筈のその仕草に、としあきは久々にムッと来た。

「実遊会なんて、はじめから存在しないよ。
 この人達は、実装牧畜産業株式会社の元社員さん達さ」

「げ……?!」

「ほほぉ、私達の古巣のことを知っているみたいだね?」

 ひろあきの横から、高杉が話しかける。
 その話し方は以前とは違い、どこか粘着質で不快な響きがあった。

「私達はね、かつてここで、山実装の養殖研究をやっていたのさ。
 だが、つまらんことで会社が運営停止に追い込まれたんでね。
 仕方なく私達は、養殖場に残してきた山実装達が、充分に増えるのを待ち続けてたのさ」

「何のためにです?」

「決まってるだろ? ——食うためさ」

 高杉は、ベロリと舌なめずりをして、嫌らしい表情でとしあきを見つめる。

「君達と会って、山実装だけじゃなく獣装石までいるのが判って、本当に期待したんだ。
 けど、君はなかなか山を降りてこないし、連絡もしてこない。
 後で知り合った海藤君に聞いたら、君はやはり実装石の味方をする人間だというじゃないか。
 だから、君達よりも頼りになる海藤君にお願いして、ここまで来たってわけさ」

 そこまで言うと、高杉は後ろに立つ男に向かって、顎で合図を送る。
 直後、としあきの前に、何か大きな塊が投げ落とされた。
 強い臭みが、鼻を刺激する。
 それは、解体された生物の骸だった。

「まさか、これ?!」

「ああ、早速賞味させてもらったんだよ。
 思ってた以上に発達著しい感じだね。
 成体も、仔実装も、どちらも最高に美味かったよ」

 良く見ると、何人かのメンバーは、手に持った何かを食いながらこちらを見ている。
 それは、フライドチキンのようでもあり、スペアリブのようでもある。
 としあきは、先ほど以上の恐怖感を覚え、更に背筋を震わせた。

「というわけなんでね。
 すまないけど、山実装達を回収するまで、大人しくしていてくれたまえ。
 大丈夫、我々が山を降りる直前に開放するからね」

 そう言うと、高杉は投網の端を縛るロープを固く結び、傍にある大きな岩に固定した。
 これでは、どんなにあがいても、としあきは逃げ出せない。

「おい、ちょっと待て!
 お前ら正気か?!
 海藤! てめぇ!! 何考えてるんだ!!」

 必死で怒鳴るとしあきに、ひろあきはやけに冷たい視線を投げかける。

「僕は、どうしてもこの世界に残らなきゃならない理由があるんだ。
 そのためなら、君も、ミドリ君も、メイド君ですら利用させてもらうよ」

「か、海藤?」

「高杉さん、あっちです。
 あのアパートの中に、獣装石がいるはずです」

 としあきから目を逸らしたひろあきは、ライトでボンヤリ照らし出された寮を指し示す。
 背後から、歓声が上がった。

「やったぜ! これで幻の珍味が食えるんだな!」
「いやぁ、何年粘ったんだろうな! 我慢した甲斐があったってもんだぜ」
「おい、もう今のうちにコンロ用意しちまえよ」

 実遊会の……否、実装牧畜産業株式会社の元社員達が、一気にエキサイトする。
 なんとか網から逃れようとするとしあきに、高杉は独り言でも喋るような口調で話しかけた。

「獣装石はね、滅多に生まれない希少種なんだが、その肉とモツの味わいは格別なんだ。
 そうだね……たとえるなら、大トロの旨味と霜降り牛肉にも似た柔らかさ・舌触りがあって、カワハギの肝を
も凌駕する深いコクと、上等なフォアグラに匹敵する豊かな食感と風味、脂の味わいが口内に広がって……ああ」

「そうか、だからあんたらは、獣装石がいるって判った途端、あんなに喜んだのか」

「しかも、あらゆる調味料と融和し、焼いても蒸しても茹でても、旨味とコクは失われないんだ。
 私は、あれを超える食材は世界中に存在しないと真剣に思うんだ」

 恍惚の表情で語る高杉に、としあきの声は届かない。
 そんなことをしている間に、社員達は、ひろあきの先導で寮に向かって歩き出していた。

「獣装石は動けないから、心配はいらない。
 慌てないでくださいよ」

「おぅ! まったくひろあきちゃんは、頼りになるなぁ」
「その銃があれば、山実装ハンターとして一生食っていけるぜぇ」

「待てー、海藤!! やめろー!」

「あいつ、なんか言ってるぞ?」
「無視しろよ、ほっとけ」
「じゃあね、弐羽君♪」

「こらーっ! そっちに行くな、バカーッ!!」

 じたばたもがいても、網の呪縛は解けない。
 としあきは、いまだに恍惚状態で独り言を呟き続ける高杉をよそに、なんとか脱出する方法を模索したが、
何の道具もない状態で網を逃れるのは、不可能だった。

「くっそ、この網! なんでこんなに丈夫なんだよ!」

「そりゃあ君、それは獣装石を捕らえるつもりで持ってきたものだからねぇ。
 細い鋼の線で編まれてるから、人間には絶対破けないよ」

「くそ! 離せ! 離しやがれ外道野郎!!」

「外道? 冗談じゃない。
 君こそ、私達からあれだけ施しを受けておきながら、依頼を無視したじゃないか。
 海藤君が来てくれたからいいようなものの、我々からしてみれば、君の方がよっぽど外道だよ」

「うぐ」

「まぁ、待ってなさい。
 獣装石は競争率が高いから無理だろうが、君にも山実装の肉を分けてあげるから。
 そうすれば、私達の気持ちもよくわかる筈だよ?」

「……」

 得意げに話す高杉の目は、どう見ても正常者のそれではない。
 最初に会った時とは、まるで別物だ。
 狩猟者というよりは、サイコパスにすら思えるほどだった。
 としあきは、山実装という存在はそこまで人間を狂わせるものかと、複雑な思いに駆られ始めていた。

「なぁ高杉さん、一つだけ聞いてもいいかい?」

「なんだい?」

 呼びかけられた高杉は、不気味な笑顔を向ける。

「さっき、実装牧畜産業株式会社が運営停止になったって言っただろ?
 資料見たら結構しっかり活動してた会社らしいのに、どうしてそんなことになったんだ?」

「ああ、嫌な質問だねぇそれは。
 ——まぁいい、ただ待ってるのも暇だし、話してあげようか」

 としあきの質問に、高杉は優しい口調で答える。
 だが、その態度はどこか不気味で、かえってとしあきを戦慄させるものがあった。

          ※          ※          ※


「いたぞ、獣装石だ!」
「おい、死んでるのか? 動かないぞ?」
「活きが悪いと、すぐまずくなるんだぜぇ?」

「大丈夫ですよ、動きを止めてるだけで、普通に生きていますから」

「そうか、おいお前、悪いがシメてくれや」
「あいよっ!」

 ブシュッ!

 ——ヂッ!!

 男の手に握られた出刃包丁の鋭い切っ先が、端に横たえられていた獣装石の喉笛に突き立つ。
 と同時に、噴水のように血が噴き出した。
 驚いたことに、動けない筈の獣装石は、四肢をじたばたと揺すり出し、必死で人間の手を逃れようと
あがき出す。

「おいおい、どうなってるんだ、これは?!」
「ばっかだな、先に手と足の筋を切ってから、首切るんだよ。
 貸してみろ」
「お、おぅ」

 先の男から出刃包丁を受け取った年配の男が、もう一匹の獣装石に近づく。
 声も上げられず、手先すら動かせない獣装石達は、突然始まった狂気の宴に、ただ怯えた視線を向けるしか
ない。
 年配の男は、慣れた手つきで獣装石の腕の付け根に包丁を差し、グッと力を込める。
 続けて、足の付け根にも。
 ブツッという鈍い音と共に、「ヒッ」という短い悲鳴が漏れた。

「な? こうすると、暴れようとしても爪を振り回せねぇんだ」
「さっすが木村さん、頼りになるなぁ」
「感心してねぇで、あっちのをとっとと捌いてくれや。
 さっきの奴も、しっかり血抜きしとけや?」
「あーい」

 ギ…ギィィ……

 ギャ!

「おいそこ、首切ったら逆さにするんじゃなくて、傷口を真下に向けるんだ。
 血が入ったら、一番美味い目玉がまずくなるだろうが」
「へぇ、目玉なんか美味いんですか?」
「ばっか野郎、獣装石の目玉なんざ、一度食ったら一週間は夢に出るほどだぜ?」
「へぇぇ!」

 ギィィィィ……

「おい、最後の奴はぎりぎりまで殺すな。
 仲間が殺されるところを、一部始終見せたからシメるんだ。
 そうすると、血が上って脳ミソが美味くなるんだぜ」
「さすが木村さん、よく知ってるなぁ」

 デ……

 室内に入り込んだ男達は、五匹のうち四匹の獣装石を、次々に殺し、締め、捌いていく。
 絶望と怒りが入り混じったような、恐ろしい形相を浮かべながら無抵抗で屠殺されていく仲間達の様子を、
最後の一匹は目を背けることも出来ないまま、見せ付けられた。

 ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ………ィィィィ

 ビニールシートに敷かれた白いバットに、次々に乗せられていく、様々な部位の生肉、そして臓物。
 それらは、赤と緑に輝き、不気味な照りを放っている。
 その脇には、無造作に放り出された骨の山、山。
 何かを訴えるように見つめる頭蓋骨は、やがて脳天を砕かれ、脳髄を引きずり出されていく。
 それをまざまざと見せ付けられ、最後の一匹の獣装石はやがてうめき声すら失い、ただ血涙を流すしか
なかった。

 ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ………!!!

「おい海藤、この獣装石、なんだか今にも動き出しそうなんだけど、マジで大丈夫なのか?」

「問題ないよ、デスゥタンガンの命令情報は絶対だからね」

 ギィィィィ!!

 四匹の獣装石は、あっという間に、見るも無残な惨殺体と化した。
 あんなに元気で、力いっぱい跳ね回っていた姉妹達が、今ではただの肉塊……
 周囲に散らばる骨、内臓片、髪の毛、そして誇りの象徴である「爪」。
 動かせない筈の腕に、脚に、怒りがこもり、微かに震える。
 流れる血涙は、もはや小さな水溜りと呼べるくらいに広がっていた。

(許さない、絶対許さない!
 オマエタチ、みんなブチ殺してやるデジャアァァァァ!!)

 プチュッ

 微かな音が響き、獣装石の口端から一筋の血が流れる。
 それ気づいたひろあきは、木村と呼ばれている年配の男を呼び止めた。

「この個体、どうやら普通とは違うらしいね。
 ちょっと考えられないけど、デスゥタンガンの拘束に抗い始めている」

「ん? つまりなんだって?」

「ひょっとしたら、もうじき拘束を振り切って動き出すかもしれないね。
 悪いことは言わないから、すぐに捌いた方がいいと思うよ?」
 
「そりゃあ大丈夫だろう! ひろあきちゃんのソレ、信用してるからよ!」

「知りませんよ? 万が一のことがあっても」

「もう少し、もう少し怒らせた方が美味くなるんだよ。
 ——よっと!」

 ガキッ!!

 木村は、鬼のような形相で睨み付ける獣装石の頭部を、かなりの強さで蹴飛ばした。
 一回大きくバウンドした後、ゴロゴロと転がっていく。

「俺の経験だと、まだ怒り70%てとこだなー。
 120%くらい行ったところで、スパッ! と行きたいね」

 そう言うと、転がった獣装石を更に痛めつけるために、部屋の奥へ進んでいく。
 呆れたため息を吐くと、ひろあきは鉄臭くなってきた部屋を抜け出した。

(呑気なもんだな、この世界の住人も……
 だけど、まだましってもんだ。
 僕の世界の住人に比べれば——)


          ※          ※          ※


「もうあれから、何年経ったかなぁ——」

 煙草をふかしながら、高杉は少しだけ懐かしそうに語り出した。
 思い切り流れてくる煙にむせ返りながら、としあきは耳を澄ます。
 そうしないと、河の潮流に消え入りそうに思えたからだ。

「我々、山実装養殖研究班は、この地に完璧なまでに秀逸な養殖場を開発した。
 そりゃあもう、苦節十年、本当に苦しい戦いの日々で」

「あ、すんません、長くなりそうなんで手短にお願いします!」

「で…………ん? ああ、そう」

 出鼻を挫かれた高杉は、不満そうな表情を浮かべながら、咳払いで仕切り直しを図る。

「専門的な話はともかく、それまで世界各国どこでも成功例がなかった山実装の養殖に成功、本格的なスタート
を切った我々の元に、本社から急な業務指示が入ったんだ。
 とある大きな会社が、我々の開発した技術について詳しく話を聞きたいというものだったんだ」

「へぇ、なんだかおいしい話?」

「私達もそう思ったよ。
 ようやく長年の苦労が報われただけでなく、大手の会社が注目してくれたんだからね。
 これはチャンスだと、誰もが期待したもんだったよ。
 だが、後から考えたら、色々とおかしいことがあったんだ」

「おかしいこと?」

 いぶかしげに尋ねるとしあきに、高杉は、泣き顔と怒り顔が交じり合ったような顔を向ける。

「良く考えたら、社内の機密事項の筈だから、外部の会社が知るわけがないんだ」

「ああ、そういえば確かに。
 じゃあ、産業スパイっていうの? そういうのが潜んでたとか?」

「それなら、まだ納得できたんだけどねぇ」

「?!」

 小首を傾げるとしあきに、高杉は、ヤニ臭い顔を近づける。

「会ってみて驚いたよ。
 なんとそいつら、実装愛護派連盟みたいな連中だったのさ」

「あ、愛護派?!」

 その単語に、思わず背筋がゾクリとする。

「そうさ、愛護派だよ。
 グラサンかけて、黒いボディスーツみたいなのをまとった、変な格好の連中でな。
 奴らは我々に、今すぐ研究を止めて記録と技術を処分しろなんて言って来たんだ。
 冗談じゃない、いったいどれだけの時間と費用を費やして来たと思ってるんだ! と食い下がったね私達は」

 まぁ、そりゃあそうだろうなと一瞬納得しかけ、としあきは頭を振る。

「勿論、本社もそんな奴らの話には耳を貸そうとしなかったんだ。
 だけど、それから一ヶ月もしないうちに、俺達は突然、ここからの撤退を命令されたんだ。
 それも、社長から直々にだよ」

「ん? そりゃあどうして?」

 としあきの質問に、高杉は、再度ため息を吐きながら答える。

「実装牧産が、突然買収されてしまったのさ」

「買収?! そりゃまた、突然だなぁ」

 としあきの呟きに、高杉は「そう思うだろう?」と言いながら、何度も強く頷く。

「本当にいきなりだよ、社員の誰も、そんな話は全く聞いちゃいなかったんだ。
 本社勤務の連中はおろか、幹部や社長の秘書すら知らなかったくらいだからな。
 買収されてから、会社は方針変更を掲げてな、あらゆる実装の牧畜産業務をストップさせることになったんだ」

「それって、もしかしてさっき言ってた……」

「ああ、そうだよ。
 あの変な連中—— 大 ロ ー ゼ ン ——の仕業だった」

 苦々しい表情で、高杉は吐き捨てるように呟いた。

「だい…ろーぜん……? なんだそれ?」

「我々も詳しくは知らないよ。
 海外の巨大コングロマリットという話だけど、誰も聞いたことがないんだ」

「俺も、初めて聞くような……ローゼン社ってのはあったけど」

「ローゼン社との関係は知らないんだが、まあそんな流れでね。
 あっという間に我々は解体さ。
 だが我々は、研究破棄に見せかけて再回収を狙ってた」

 その結果が、今回の行動であるということは、言わずとも察することが出来る。
 だが高杉が次に呟いた言葉に、としあきは心底肝を冷やした。

「この上流にある管理棟には、実は本格的な山実装解体用の設備があってね。
 既に私の元部下達が、そこでスタンバイしてる」

「な……なんだって?!」

 管理棟にも彼らの仲間がいるなんてことは、山実装達が知る由もない。
 としあきは、なんとか彼女達にその事実を伝えねばと思ったが……
 四肢に絡みつく網が、冷酷な現実を語っている。

「君も来るかね? 美味い山実装の料理を食わせてやるけど? ん?」

「遠慮させてもらうよ!」

「そうかぁ、うんうん残念だ。
 まぁそういうわけなんで、私もそろそろ行くとするよ。
 ちょっと寒いかもしれんけど、一晩我慢してくれたまえよ♪」

「え? あ、おい、本当にこのままなのかよ!
 ふざけんな、解放しろ! おい、おーいったら!!」

 小岩の上を、器用にスキップしながら遠ざかる高杉。
 としあきは、網にくるまれたまま、夜風に晒され続けていた。

「くっそぉ! この網、無駄に頑丈だなぁ。
 どうすんだ、このままじゃあ、山実装達がやべぇぞ!!
 おーい、誰か、助けてくれぇ!」

 誰の気配も感じない暗闇の中、叫びに応えるのは、緩やかな風に揺れる木々だけだ。
 としあきは、完全にフェードアウトさせられてしまったことを、再認識するしかなかった。

「くっそ……どうなんだよ、これから」

 遥か彼方から、実装牧産社員達の笑い声や奇声が聞こえてくる。
 あの場所は、例のアパート——動けない山実装達を休ませている場所だった
 途端に、嫌な予感が脳裏をよぎる。

「このままじゃ、マジでやべぇぞ……
 おーい、誰かマジでなんとかしてくれぇ!」

 大声を張り上げるが、それは河の水音に空しくかき消される。
 手で引き千切れず、歯など立つわけもなく、としあきは完全に万策尽きてしまった。

 もはや完全に詰んだか……と諦め始めた頃、遠くから、小石を踏みしめる音が聞こえてきた。
 それは、確実に、こちらに近づいてくる。
 足音は一人ではなく複数のようで、どうやら高杉が戻ったわけではないらしい。
 
(まずいぞ、あの連中の何人かが来たのか?
 このままじゃ、リンチ確定コースじゃねえか!)

 としあきが身を隠そうともがくより早く、正体不明の連中は、彼の近くまでやって来た。
 その中の一人が前に出て、としあきの脇に屈む。
 ふと、香水の匂いが漂った気がした。
 どこからか、ピーという電子音が鳴り響く。

「保護対象・弐羽としあき様と確認」

 女性と思しき、ごついサングラスと黒いボディスーツをまとった女性が、静かに呼びかける。
 と同時に、その背後にいた男達が回りこみ、としあきを包んでいる網を手に取った。
 シャッ! という短い音がして、あれほど強固だった網が、あっさりと切断される。
 
「えっ?!」

 恐る恐る手を伸ばすと、まるで鋭い刃物でスッパリ切られたように、網の断面が滑らかになっている。
 鋼で組まれている、せいぜい直径5ミリ程度の網を、これほど綺麗に切る手段など、とてもありそうに
思えない。

「あ、ありがと!
 あ、あんたらは……って、アレ?」

 顔を上げると、そこには、誰もいない。
 つい今しがたまで、すぐ脇に居たはずの女性も、男性達も、はじめから何もいなかったかのように姿を
消している。
 だが、切断された網だけは、紛れもない現実としてそこにある。

「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊?!
 い、いや、いやいや……とにかく、助かったぞ! うん!」

 先ほどの展開を「見なかったこと」にしたとしあきは、大慌てで、河上の方角を目指して走り出した。


          ※          ※          ※


 11月17日、土曜日午前4時22分。

 この世界に来て、既に88時間が経過。
 残りの滞在時間は、あと32時間弱。

 ミドリとぷちは、リーダーと共に、山実装達を引き連れて避難をしていた。
 目指すは、遥か川上にあるという、実装牧畜産業株式会社の管理棟。
 そこまで行ければ、実遊会の追跡から逃れられる。
 この場にいる誰もが、そう固く信じていた。
 否、正しくは、山実装の一部にはまだそうでない者もいる。
 だが、自分達の背後から人間達の声が聞こえてきたため、異を唱えてるゆとりがなくなったのだ。

「ま、まだ着かないデス?」

「もうちょっとテチ! オネーチャ、くじけないで頑張るテチ!」

「そ、そうはいうけど……
 この岩場、実装石には歩きづらいことこの上ないデスゥ!!」

 移動を開始して、既に三時間。
 それは、実装石の徒歩としては相当の運動量だ。
 なかなか目的地に辿り着けない理由は、暗闇に加え、地形と足場の悪さが災いしていたからだ。

「み、ミドリさん、ぷちさん! 後ろが遅れてるようテス。
 ちょっと、ここで待ちましょうテス」

「わかったテチ! オネーチャ、皆さんは大丈夫テチ?」

「な、なんとか……って、えっ?」

 先を進んでいるぷちとリーダーの方に視線を向けたミドリは、反射的に硬直する。 暗闇の中、二つの
ぼんやりした光が浮いているように見えたためだ。
 だがそれは、一瞬目を閉じた瞬間に消えうせてしまった。

(なんだ、気のせいデス?)

 安堵の息を吐いたミドリは、後に続く山実装達にハッパをかける。
 だが、山実装達の表情はいずれも暗い。

「こんな遠くまで移動して、本当に生活できるデス?」
「いい実を成らせそうな木が全然ないデス」
「河があんなに遠くに……お洗濯やお風呂はどうするデス?」
「テェェ、暗くて怖いテチュ。おうちに帰りたいテチュ〜」
「リーダーも、あんな胡散臭い奴の言いなりになって……もうダメかもしれないデス」

 山実装のほぼ全員が、ブツブツと文句を呟きながら山道を進んでいる。
 その様子は、まるで念仏を唱えながら歩く亡霊のようだ。
 一瞬、愚痴に大して反発しようとしたミドリだったが、山実装達のなんとも表現しがたいくらい顔つきを見て、
なんとなく言葉を飲み込んでしまった。

「ま、まぁ、もうすぐ目的地だから、あとちょっとだけ頑張るデス!」

「「「………」」」

「う、うぐ、やりづらいデス」

 安全確保のためとはいえ、確信がない状態のまま慣れた住処を離れるということは、山実装達にとって辛い
ことのようだった。
 まして、暗い夜道を眠気を押しての進行である。
 ぐずる子供達の世話も加わり、彼女達の肉体的・精神的な疲労は半端なものではないことは、容易に想像
出来る。
 そこまで深く考えてはいないミドリでも、山実装達の気持ちは理解出来る気がした。

「なぁリーダー、ちょっと提案があるデス」

 ミドリは、先を行くリーダーを呼び止めた。
 山実装達の疲労を考慮し、今夜は途中で一旦休ませ、早朝に再び目的地を目指そうと提案をする。
 そして、その間にミドリとぷちが先行で目的地に向かい、管理棟の様子を伺ってくる。
 もし、現地に運搬に利用出来そうなものがあれば、仔実装などの体格の小さな者達をそれで運び、親達の負担
も軽減できるかもしれない……という内容だ。
 そんな提案を聞き、一旦は表情を明るくしたリーダーだったが、すぐに難しそうな顔つきになった。

「それでは、ミドリさん達にも、残されたみんなにも、それぞれ危険が生じますテス」

「そりゃそうだけど、ここまで来ればニンゲン共が追っかけてくることもないデス?
 来るにしても、あとはせいぜいクソドレイくらいデス」

「テェ……そうだといいんテスけど」

「私、皆さんにお伝えしてくるテチ!」

 紆余曲折を経て、ひとまずミドリの提案に従い、朝までここで休むことになった。
 実装石にはきつい行程だったせいか、意外に反対意見は上がらなかった。
 リーダーは、道の脇から細い獣道を辿り、かろうじて皆が身を隠せそうな空間を発見し、そこでの休憩を指示
する。
 そして、ミドリとぷちは、そのまま先へ進む。

「お二人とも、お気をつけくださいテス。
 何かあったら、ご自身の安全を優先してくださいテス」

「はい、皆さんもお気をつけてテチ!」
「じゃあ、ちょっくら行ってきてやるデス!!」

 ビシッ! と敬礼し、ミドリとぷちは暗い山道を登っていく。
 それを見送りながら、リーダーは不安げにため息をついた。

「リーダー、聞きたいことがあるんデス」

 不意に、山実装の一匹が話しかけてくる。

「もし、この先にニンゲンが待ち構えていたら、ワタシ達はどうすればいいデス?」

「……」

 リーダーは、気の利いた答えを返せない。
 彼女も、やはり相当の疲労を感じていたのだ。


          ※          ※          ※


 一方、実装牧畜産業株式会社寮の中では、宴が最高峰に達しようとしていた。
 獣装石は、一体を残して完全に解体完了し、その肉は次々に焼かれている。
 それはもはや、先ほどまで生きていた者とは思えないほど、姿形が変わっている。
 部屋の隅には数々の骨が詰まれ、空洞の目は、恨めしげに人間達を見つめているようだった。
 そんな光景を、一部始終見せ付けられている、唯一の生き残り。
 彼女は、あまりの悲しみと怒り、そして殺意のため、もはや正常な精神を失いかけていた。
 まだ子供だった時に見た、ニンゲン達の傍若無人ぶりを思い出す。

 仲間の仇、ママの仇……
 許さない……ニンゲン、絶対許さない!
 いつか……いつか必ず、お前達に復讐してやる!!!
 いや、今だ! 今、復讐してやる!

 ギギギギギギギギ……ギイイイイイイィィィィィィ、ギイイイイイイイイイイ!!!

 メキ、メキ、メキ……

 獣装石は、全身のありとあらゆる筋肉に命令する。

 殺せ、殺せ、コロセ!

 ニンゲンをコロセ! ニンゲンをコロセ!!

 一人残らず、ミナゴロシニセヨ!!

 デスゥタンガンにより、偽石に刻み込まれた「動くな」という絶対命令。
 だがそれは、もはや獣装石を引き止める役割を、完全には果たせなくなりつつあった。
 人間達に対する憎悪が、ありえない変化を肉体に及ぼしていく。
 仰向けに横たわっていた獣装石は、ゆっくりと、確実に身を起こし、立ち上がろうとする。
 仲間の肉に舌鼓を打っている人間達は、こちらへ全く注意を向けていない。
 鋼鉄のように鋭く硬いツメが、フローリングの床を、ガツッと弾く。

 ギィィィィィィィ!!  ギィィィィィィィ!! 

「うっほ♪ うんめぇ! 何この肉?! 信じられねぇくらい美味いんですけど!」

「それがおめぇ、獣装石のモツよ。そいつぁ心臓だな」

「ビールに合う合う♪ いや、これマジハンパねぇっスよ!」

「だろ〜? だがよ、この後“活け造り”が待ってるからな!」

「あーっ! あのまだ生きてる奴!!」

「そうそう、そこの……って、あれ? どこ行った?」

 獣装石の焼肉をビールで食していた男達の一人は、背後に転がしていた筈の獣装石の姿が見えないことに
動揺する。
 若い社員達が立ち上がり、近くを念入りに探し回るが、全く見つからない。
 若い連中を引き連れていた年配の男が腰を上げた瞬間、彼の首元に、何かが飛びついた。
 それは、鋭いツメを首筋に突き立てようとして——そのまま姿勢を崩し、床に落下した。

 ギ……!!

「うわっ! な、なんだこいつ、動いてるじゃねぇか!」

「大丈夫ですか?! この野郎、ふざけやがって!」

 床に落ちて苦しげに転がる獣装石を、若い社員が複数で取り囲む。
 次々に叩き込まれる、蹴りの嵐。
 かろうじて動けはしたものの、獣装石には、まだ人間の喉笛を掻き切るだけの力が戻っていない。
 やがて、若い社員の一人が大きなナタを手にして戻って来た。

「なぁ、こいつのツメ、今のうちに切り落とそうぜ」

「ああ、それいいな、危ないし」

「どうせ食うんだから、先に処理しとけばいいよな♪」

 ギ?! 

 眼前に翳されるナタの刃を見て、獣装石は、男達の意図を瞬時に理解した。
 ツメを落とされたら、一環の終わり!
 もう、反撃の余地はない!
 だが、刃を避けて反撃するほどの自由は、まだ身体に戻っていない。
 それでも、獣装石は、この場にいる人間達を殲滅しようとあがいていた。

 ギギギギギギィィィィ!!!

 コロシテヤル、コロシテヤル!!
 オマエラ、全員、皆殺しニシテヤルデギャアァァァァァ!!

 ——ゴボァッ!!

 ナタが振り下ろされる瞬間、獣装石は、激しく吐血した。
 偽石にかかった負荷が、限界に達したのだ。


「あーあ! こりゃパキったな、駄目だぁ」

「なんでですか? 食いましょうよ」

「いやな、偽石が破損した獣装石は濁った血が全身に回るから急にまずくなるんだよ。
 しまったなぁ、欲張らないで、あの時殺っとけばよかったぁ」

「む、難しいんスね、獣装石て」

 ドスッ!

 ギ……!!

 若い社員の蹴りが、うずくまる山実装の横腹を直撃した。


          ※          ※          ※


 山道を抜けると、少し開けた場所に出る。
 まだ太陽が昇るまで、時間がある。
 ミドリとぷちは、実装石特有の暗視能力を駆使し、なんとか目的地と思われる場所まで辿りついた。
 そこは木々や草むらが途切れた平地のようになっており、かなりの広さがある。
 遥か向こうには、明らかに山の一部などとは異なる、大きな影が聳え立っていた。
 それを中心に配し、周囲には大きな囲いのようなものや、見たこともないような機械、そしてトラックの
ようなものがある。
 それはまるで、巨大な要塞のようでもあった。

「あれがきっと、カンリトーという所テチ」

「よし、早速潜入するデス!」

「誰もいないといいテチ」

「馬鹿おいいデス!
 こんな真夜中に、こんな山奥までニンゲンが来るわけねぇデス!」

「それもそうテチ!」

「よし、じゃあ山実装を運べそうな台車とか探すデス」

「テェ? その台車、誰が運ぶテチ?」

「もちろん、お前デス!」

「テェェン、やっぱり力仕事が回ってくるオチテチ?」

 ゴールが見えて多少余裕が出たのか、二人はバカな会話を弾ませながら、管理棟と思われる建物の影を目指す。
 思ったよりも早く入り口らしきところに辿りついたぷちとミドリは、恐る恐る敷地を覗き込む。
 だが、聞こえてくるのは山から響く虫の鳴き声のみ。
 ホッと安堵の息を吐いたぷちは、そっと、足を踏み入れた。

「どうデス? 入れそうデス?」

「多分大丈夫テチ。入り口も開いてるみたいテチ」

「気をつけるデス、何があるかわからんデス」

「先に、ちょっと入ってみるテチ」

 背の高い塀に覆われた敷地を横切り、ぷちは足早に建物の入り口を目指す。
 近づいてみると、そこはまるで工場のような建造物で、あまり窓はなく、出入り口も殆どがシャッターに
なっているようだ。
 シャッターの脇にある鉄製の重たそうなドアは、全開状態だが、その向こうは完全な闇で、ぷちの目でも
何があるのかは、全く見えない。

「テェ……この中に入るテチ?」

 助けを求めるような視線を背後に送ると、そこでは、物陰に隠れたミドリが一生懸命「早く行け」と
ジェスチャーしていた。

「ううぅ、オネーチャ、いつも肝心なところで薄情テチ……クスン」

 覚悟を決めて建物の中に入ったが、月明かりすら入らない内部は、何がどうなってるのか全く判別がつかない。
 だが、よく見ると、遥か向こうから微かに光が漏れている。
 見間違いではなく、明らかに照明の光のようだ。

「こんなところで、なんで光が? 行ってみるテ———テチャア!?」

 ガシャアァァァン!!

「テ、テェェン!」

 動こうとした拍子に何かに激突したようで、ぷちは派手な音を立ててずっこけた。
 何かが倒れたような音は、物凄い反響で周囲に響き渡った。
 と、ほんの数秒の間を置いて、突然室内に明かりが灯った。

「なんだぁ? どうした?」
「何やってんだよ?」

 どこからか、男達の声が聞こえてくる。
 明かりが灯り初めて、そこが大きな資材置き場だということがわかった。
 高い天井、見たこともないような運搬機械、木材や樹木、プラスチック箱に詰められた資材、大きなパイプ
のようなもの……
 ぷちの知識では、それらが何を意味するのかはわからない。
 呆然と辺りを見回していたぷちは、遠くから駆け寄ってくる男達の姿を見止め、慌てて外に飛び出そうとした。
 
「て、テチャア?!」

「なんでここに女がいるんだ?!」
「おい見ろよ! すげぇ格好だぞ?」
「捕まえろ!」

「ちょ……! じ、冗談じゃないテチィ!
 オネーチャ、助けてテチィ!!」

 ガシッ!!

「テ?!」

 敷地を横切ろうとした瞬間、突如横から飛び出てきた何者かによって、ぷちは捕らえられた。
 即座に腕を後ろに回され、抵抗力を奪われてしまう。
 見ると、屈強な男が筋肉質の太い腕で、がっしりとぷちの両腕を掴んでいた。

「い、いやぁっ! は、離してテチィ!!」

「どこから来たんだお前? 下の連中の連れか?」

「お、オネーチャ! た、助けてテ……テェッ?!」

 懇願の目線を出口に向けたぷちだったが、彼女が見たのは、無言で手を振って遠ざかっていく、一匹の
成体実装の姿だった。

「オネーチャぁ!! テェェェン、テェェェン!!」

「なんだぁこの女? すっげぇ乳だな!」
「どんだけデカいんだよ?」
「こんな所にいるなんて、こいつ、アレの手先なんじゃねぇか?」
「だったらやばいな? バラすか?」
「そっちの方がやべぇだろ。とりあえず監禁しとけ」
「だな」

「テ、テ、テチャアァァァ!! た、た、助けてテチィィ!!
 クソドレイさぁーん!!」

 どこから来るのか、どんどん現れる男達に捕らえられ、ぷちは再び建物の中に引きずりこまれて行った。

 その一方で、必死になって現場から駆け去ろうとしている実装石がいる。

「ぷち、お前の犠牲は無駄にはしないデス!
 デェェェ! こっちはダメデス、来ちゃヤバイデス!!」

 転がるような勢いで逃げ去るミドリだが、幸い誰にも気づかれなかったようで、追っ手はない。
 必死の思いで山実装達が休憩しているところに戻って来たミドリは、うたた寝しているリーダーを揺さぶり
起こした。
 寝ぼけ眼だったリーダーは、ミドリの怒涛の状況説明を聞き、目をカッと見開く。

「本当テス?! そ、それは大変な事態テス!」

「どうするデス?!
 このままじゃ、挟み討ち状態デス!
 みんな捕まるのも、時間の問題って奴デス!!」

「なんということでしょう……今のワタシには、対策が思いつかないテス」

「とにかく、山実装達が隠れていられる場所を探すしかないデス!
 もうすぐ夜が明けるし、グズグズしてらんないデス!」

「わかりましたテス、今すぐ動きますテス!」

 そうリーダーが呟いた瞬間、急に、周辺の温度が低下した。
 それは、朝方の気温低下とか、そんな生易しいものではない。
 肌寒さを通り越し、凍えるような冷気を感じ、ミドリとリーダーは思わずうずくまる。
 眠っていた山実装達も、あまりの寒さに次々と目を覚まし始めた。


 お前は、もう何もする必要はないデスゥ——


 ふと見ると、リーダーの背後の空間に、いつの間にか二つの光が灯っていた。
 赤と緑に輝く、あまりにも不気味な閃光……
 それが視界に入った瞬間、ミドリやリーダー、そして山実装達全員の脳内に、何かが話しかけてきた。


 お前には、まだまだ付き合ってもらわなきゃならないデスゥ
 この世界にも長居しすぎたデスゥ
 そろそろ「次の世界」に行くデスゥ


「ち、ちょっと待ってテス!
 山実装の皆さんが、このままじゃ!!」


 そんなの、知ったこっちゃないデスゥ
 

「キャアァァァァ!!」

 赤と緑の輝きを放つ“化け物”は、空間に黒い穴を開いた。
 リーダーは、見えない手に掴まれたように、その中に吸い込まれていく。
 何が起きているのか、状況が飲み込めない山実装達は、ただその様子を呆然と見守ることしか出来ない。
 ほんの一瞬の出来事、リーダーは、ミドリ達の前から完全に消滅した。
 余韻も、何も、ない。
 一番先に我に返ったミドリが、化け物に吠え立てる。


「お、お前! 初期実装?!
 リーダーを、どこにやったんデス!?」

 叫ぶミドリに、化け物は興味を示した。


 おんや? お前、なんでワタシのことを知ってるデスゥ?


「なぁに言ってやがるデス、ワタシのことを忘れたデス?!」


 お前なんか最初から知らんデスゥ
 ってお前……ナリカケか。
 ははぁ、なかなか変わった奴デスゥ
 
「リーダーを返せ! 戻せデス!
 全く、ろくな嫌がらせをしない奴デス!!」


 お前らがどうなろうが、知ったこっちゃないデスゥ
 あいつは、これからワタシにとって必要な存在になるデスゥ


「おいコラ! 逃げるなぁ!!」

 ミドリの叫びも空しく、黒い空間の穴は、赤と緑の光を吸い込んでいく。
 そして、まるで何事もなかったかのように、闇も、冷気も消えうせた。


「ふえぇぇ、り、リーダーさん、どこに連れて行かれちゃったデス?!」

 一足遅れて我に返った山実装が追求するが、ミドリには応えようがない。
 その場に取り残された数十体の山実装とミドリは、あまりにも予想外の事態に、もはや何の行動も起こせずに
いた。

「くっそぉ、何がどうなってるんデシャア!!
 クソドレーイ! なんとかしやがれデスーッ!!!」

 一陣の風が、ミドリ達の合間をすり抜けていく。
 誰かが颯爽と現れて、皆を救ってくれるような気配は、全く、なかった。


(あのニンゲンの言うことなんか聞いたから、こんな目に遭ったデス!)
(最初から、ニンゲンの言いなりだったデス、リーダーは!)
(ニンゲンサン好きすぎにも、程があるデス!)
(お友達が転げ落ちてしまったデス! 誰か、誰か助けてデス!!)
(あのミドリって奴も、デカパイ女も、信用ナラナイデス!)
(帰りたいデス! おうちに帰りたいデス!!)
(身体が動いたら、もう、あいつらの言うことなんか無視してやるデス!!)


 ミドリの認識の外、同じように硬直状態の山実装達は、心の中でそんな不満を呟いている。
 リーダーが消失したことで歯止めは消え、彼女達の不満はもはや臨界点に達しようとしていた。


          ※          ※          ※


 管理棟へ続く山道の入り口に向かっているとしあきは、突然聞こえてきた短い悲鳴に驚き、足を止めた。
 それは、何かの聞き違いではない。
 
「なんだ? 何があった?」

 声は、寮の方から聞こえてくる。
 そこには、動けない獣装石を休ませていた筈だった。
 既に実装牧産の連中が入り込んでいるため、状況は容易に想像出来はしたが、見捨てるわけにはいかなかった。

「畜生!」

 寮の方に向かって走り出す。
 すると、寮の中から入り口付近に向かって、何かが放り捨てられた。
 猛烈に嫌な予感に駆られたとしあきは、足音を忍ばせながら、LEDライトで「それ」を照らし出した。

「!! お、おい! 大丈夫か?!」

 ……デ

 それは、獣装石だった。
 両腕の先端は切断され、大量の吐血で全身を汚し、今にも命のつるが途絶えそうなほど弱っている。
 薄目を開けてとしあきを見ても、何の反応も示さない。
 何故、獣装石が放り捨てられたのか興味はあったが、今はそれどころではない。
 としあきは、寮の中でドンチャン騒ぎに明け暮れる社員達に気付かれないよう、静かに獣装石を運び出した。

「しっかりしろ!!」

 デ……デェ……

 それにしても、余りにも酷い重傷だ。
 声がか細いのか、それとも死にかけているのか、携帯でも翻訳が行えない。
 何とか助ける方法はないものかと、無意識に手を突っ込んだポケットの中に、何か固いものが当たる。

「あれ? これは」

 それは、偽石を浸けた保護カプセルだ。
 「ネガ実装人の世界」で、大移民船「ペガサス」の中で手に入れた偽石保護キットで、ミドリの偽石を浸けて
いるものだ。
 としあきは、偽石を浸けている溶剤が「実装活性剤」だという事を思い出した。

「そうだ、これをちょっと使って……」

 としあきは、保護カプセルの蓋を少し開き、溶剤を手の中にごく少量取る。
 河辺に移動し、上着を水で濡らし、そこに溶剤を付けて獣装石の傷口を拭ってやる。
 更に、手の中で水と溶剤を混ぜて飲ませると、少しだけ落ち着いた表情を取り戻したようだ。
 としあきは、獣装石が薄目を開け、何かを訴えたそうな表情を浮かべているのを見て、強く頷いた。

「信用してくれないだろうけど。
 お前だけでも、必ず、山実装のみんなのところに連れていってやるからな。
 だから、もう少しだけ辛抱しろよ」

 デェ……

「文句は、回復してからたらふく言ってくれ!
 とにかく、俺はお前だけでも助けるからな」

 ……

 としあきは、弱った獣装石を抱えたまま、ミドリ達が進んだ山道を目指す。
 途中、ひろあきと思しき姿を見かけなかったのが気になるが、今はとにかく先を急ぎ、山実装達と合流する
しかない。
 その一念だけで、としあきは動いていた。
 疲労が溜まりまくった身体を駆使して。





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