【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】 弐羽としあきは、ある夜出会った“初期実装”に因縁をつけられ、彼女の子供を捜すため強引に 異世界を旅させられる羽目になった。 「実装石」という人型生命体が存在する世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミット の中で、“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。 11番目に訪れた世界では、「山実装」と呼ばれる者達が人間の生活圏を荒らしていた。 実遊会と名乗る、山実装駆除隊と巡り会ったとしあき一行は、彼らの要望に応えて山実装のテリトリー への侵入を行った。 街中に実装石がいない以上、山実装と合流しない限り、初期実装の子供と出会える可能性はない。 山奥に入り込んだとしあき達は、妙に好意的な山実装のリーダーによって歓迎される。 しかし、山実装と行動を共にする「獣装石」達は、としあき達に異様な警戒心を抱いていた——。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第11話 ACT-2 【 小屋の罠 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 翌朝、としあき達は随分と早く目が覚めた。 携帯を確認すると、まだ午前6時。 しかし、窓の外が何やらとても賑やかだった。 窓から見下ろしてみると、青空の下、沢山の山実装達が河辺を忙しそうに歩き回っている。 よく見ると、所々に獣実装の姿も見て取れる。 どうやら、彼女達の一日は相当早い時刻から始まるらしい。 どこからか木の実を運んでくる者、仲間と力を合わせて水を汲んでいる者、沢山の子供達の世話をまとめて 引き受けている者……各々の仕事は様々だ。 その様子は、まるで実装石達の朝市のように活気に満ちている。 としあきは、まだ眠っているぷちやミドリを呼び起こし、山実装達の活動を見せつけた。 「ふぁ……皆さん、こんな朝からとっても元気テチィ〜」 “夕べ会った連中は、きっとごく一部だったに違いないデス〜” 「すげぇよな、さて俺達も早く下に行こうぜ」 初期実装の子供の手がかりを、なんとしても探さなければならない。 三人は、山実装達を驚かさないよう静かにプレハブアパートを出ようとした。 “おいクソドレイ” と突然、ミドリがとしあきを呼び止める。 「ん、なんだ?」 “あっちの建物には何かあるデス?” ミドリは、自分達が泊まったのとは違うもう一つのアパートを指し示した。 昨日は、リーダーに案内されてこのアパートに入ったが、もう一方は全く立ち入っていない。 燦々と照りつける日光の下にも関わらず、もう一方のアパートは暗い影が被さり、まるで幽霊屋敷のよう ですらある。 「確かに、気には……なるな」 “ひょっとしたら、山実装達秘蔵の食べ物がしまわれてるに違いないデス。 ちょっくら味見を……デデッ?!” 「オネーチャ! 皆さんのご飯を盗んだらダメダメテチ!!」 ぷちに抱き上げられたミドリは、渋々といった態度でもう一方のアパートを見つめる。 としあきは、あのミドリも随分と大人しくなったもんだなぁと思いながら、静かに河辺へと歩き出した。 やがて、山実装達がとしあきを見止め、ざわつき始める。 リーダーと思しき者が、前に出て挨拶をしてきた。 “おはようございますテス、としあきさん、ぷちさん、ミドリさん” 「おはよー。みんな早いね」 “ワタシ達は、夜明けと共に動き出すテス” 「すごいテチィ♪」 “デェ、ワタシにとってはまだ真夜中みてーなもんデス…” としあき達はリーダーに導かれ、あらためて山実装達の前で紹介される。 夕べの宴に居なかった山実装達は、最初は警戒心を丸出しにしていたが、彼らが仲間と親しく接する様子を 見て、不思議そうな表情を浮かべ始めた。 だがいつの間にか、あれだけ居た獣装石が一匹もいなくなっていた。 リーダーの指示で、としあき達に「山実装の朝食」が分け与えられる。 昨日と同じように色々な木の実を盛っただけの質素なものだが、としあきは何よりその心遣いが嬉しかった。 聞けば、ついさっき山から積み、綺麗な清水で丁寧に洗ったばかりのものだそうだ。 一口かじると、なんとも言えない絶妙な甘酸っぱさが口の中に広がり、寝ぼけた身体が目覚めていくような 充実感を覚える。 さすがに量は物足りなかったが、としあきは、山実装の貴重な食料だからとおかわりは遠慮した。 その後、としあき達は山実装の生活がどのようなものなのか、見学させてもらうことにした。 昨日は暗くてよくわからなかったが、改めて見ると、彼女達は予想以上に発達した知恵と工夫を凝らした 生活を営んでいるのがわかった。 例えば、河川を利用した共同洗濯場と水浴び場。 洗濯は流れの緩く足場がしっかりしている所を選んでおり、洗濯物はまず足下の濡れた岩を利用してこする ようにする。 あらかたの汚れが落ちたら、今度はもう一歩進んで水にさらし、またこする。 これを繰り返し、綺麗になったら脇にある背の高い岩にかけ、乾燥させるのだが、その奥には木の枝と蔓を 組み合わせた物干し台まで設置されていた。 洗濯物が流されないように、枯れ草と縄で作った網が川底に敷かれているのにも感心させられる。 しかもこれは、河に入らなくても引き揚げられるようになっており、破損しても修復が容易に行えそうだった。 さすがに洗剤はないのでどうするのかと思ったら、山実装達はここにも驚くべき知恵と工夫を施していた。 サイカチと呼ばれる植物の豆果を採取し、これを汗や付着した皮脂の汚れ落としに利用する。 また、サボン草と呼ばれる植物の葉や茎、根を摘み取り、これを保存して石鹸として使う。 これらは他にも乾燥薬としても用いられ、水浴び時にも身体の洗浄に用いられるという。 山実装の一匹が、としあきを洗濯場に招き、実際に実装服を洗う現場を見せてくれたが、僅かにではあるもの の確かに泡が立っていた。 まさか石鹸まであるとは思っていなかったとしあきは、物凄く感動して彼女達の作業を一部始終観察した。 山実装達の風呂は、すべて水浴びである。 河の流れが滞留しやすい場所に枯れ草や木、縄で敷居を造り、水が過剰に出入りしないよう調節まで行って いる。 ここには、先の枯れ草で作られた網が下に敷かれており、ご丁寧に岩や石の組み替えで小さなバスタブまで 併設されている。 これは、サイズ的に仔実装以下の子供達用なのだろう。 網は敷居の方にまで広がっているため、誤って子供が流されてしまう事がないように、工夫されている。 ここはミドリも興味深そうに眺めていたが、昨日水浴びをしなかったため、かなり臭い。 臭いを咎められたミドリは、半ば無理矢理その水浴び場を使わされる羽目になったが、ものの数分もしない うちにサボン草の泡にまみれ、女王様きどりで鼻歌を歌い始めた。 「オネーチャ、とっても気持ちよさそうテチ!」 「俺達も、あの石鹸使わせてもらえばよかったな」 山実装は、その場にある環境を良く分析理解し、無駄のない生活を営むようにしていた。 彼女達が実際に暮らしている巣は山の中にあり、この河辺はいわば共同施設のようなものだ。 この辺りに住む山実装は、仲間はずれをせず全員一丸になって自然と共存し、或いは戦っているという。 そのため、食料や役立つ物資の独り占めは、暗黙のうちに禁止事項となっており、共同財産として扱われて いるようだ。 その管理を行うのがリーダーであり、それを護衛するのが獣装石だ。 獣装石とは、山実装の突然変異体のようなものであり、ごく希に山実装の母体から産み出されるが、成長速度 も身体能力もずば抜けており、何より同族を守護する意識がとても高い。 このため、誰が言うでもなく、彼女達は山実装のガーディアンとしての活動を行っていくのである。 リーダーは、代々知力と判断力、そしてカリスマを持ち合わせた個体が選出され、コミュニティ全体を指揮 している。 だが自己の欲求よりも全員の利益を重んじるという、いわば最も実装石らしくない性質が要求される。 現在のリーダーは、歴代の中で最年少で、まだ中実装にも関わらずずば抜けた知力と洞察力、指揮能力を 見込まれ、先代から任を受けたという。 中実装というのは驚きだったが、としあきは、その割に他の成体実装達と同じ体格な事が気になった。 そんなこんなで、山実装の生活を密着取材しているうちに、昼時が近づいてきた。 本来の目的・初期実装の子供は、いまだ見つからない。 としあきだけでなく、ぷちやミドリも、山実装と触れ合いながら捜してくれていたが、やはり何もなかった ようだ。 いよいよ、本題に迫らなければならない。 「さて、と。ところで山実装のリーダーさん」 山実装の子供達と適度に遊んだ後、リーダーに声をかける。 としあきは、自分達がどういう経緯でこの世界にやって来て、何を目的としているかを、出来るだけ 解りやすく説明した。 「異世界」や「元の世界」など、野生の実装石には伝わらないかもしれないとは思ったが、とにかく目的を 果たさないと自分の家に帰ることが出来ないという部分をしつこく強調した。 としあきの話を、じっと無言で聞いていたリーダーは、静かに顔を上げるとため息を一つ吐き出した。 “事情はわかりましたテス” 「えっ、わかってくれたの?」 意外なことに、リーダーはすんなりと理解を示してくれた。 “ですが、ここのコミュニティにそのような個体はいない筈テス。 ワタシは、全員の顔と特徴を覚えていますが、そんな奇妙な仔実装は見たことがありませんテス” 「やっぱり、ここにはいないテチ?」 “うう〜、じゃあ別な山実装とも接触しなきゃならんデス? しちめんどくせーったらありゃしないデス!” 横で聞いていたぷちとミドリも、弱った声を上げている。 としあきは、初期実装の子供はいつも突然現れることを伝え、もし見かけたら捕獲を手伝って貰えないかと 持ちかけた。 だが、さすがにリーダーは承諾はしない。 “皆さんのお気持ちと事情はわかるテス、しかし、ご協力は出来ないテス” 「ダメか」 “なんでダメデシャ?! お前達には何の迷惑もかけないデス!” “皆さんの事情を、ワタシ以外の者が理解するのは難しいテス。 そんな彼女達に、紛れ込んだ仔実装を捕まえろと命じるのは無理テス。 彼女達は、逆にあなた達からその仔実装を守ろうとしてしまうテス” 「な、なるほど」 理に適った意見に、としあきは反射的に頷いてしまう。 だが、何かおかしい。 ぷちも違和感を覚えているのか、微妙に表情を曇らせているが、それが何かわからない。 リーダーは、更に話を続けた。 “それに、そんな事をしたら獣装石のみんなが黙ってはいないテス。 彼女達は、ニンゲンサンに強い敵対心を持っています。 あなた達がそんな行為に走ると知ったら、間違いなく襲いかかってくるテス。 そうなったら、もうワタシでは止めることができないテス” 「う、うむ〜」 「じゃあ、山実装の皆さんに気付かれないように、こっそり捕まえるのも……ダメテチ?」 “獣装石はワタシ達よりも遙かに鼻が利くので、誤魔化すのは無理テス” “デェェェ、それじゃあ打つ手ナシじゃないかデスーッ!!” 「そういえば、なんで獣装石サンはそんなにニンゲンサンを嫌うんテチ?」 ぷちの質問に、リーダーの顔色が露骨に変わる。 “そ、それは……” リーダーは、何かを言いあぐねている様子だった。 ※ ※ ※ 十数分後、アパートに戻ったとしあきは、ザックからトランシーバーを取り出そうとした。 高杉に、一応無事であることを伝えておこうと考えたのだ。 とその時、突然外が騒がしくなった。 “待ちやがれデジャアァァ——ッッ!!” 携帯を通じて、頭の中に飛び込んできたのは、ミドリの叫び声だった。 続けて、ぷちと思われる者の声も聞こえてくる。 山実装達も、何やらざわついているようだ。 としあきは、アパートを飛び出して河辺に戻った。 河辺に出ると、とんでもない大騒ぎになっていた。 山実装の群れの中、頭一つ飛び出た実装石が、必死の形相で走り回っている。 その後を、ぶるんぶるん胸を揺すりつつ、亜麻色の髪の少女が追う。 山実装達は逃げるか、逆に野次馬のようにつきまとったりしているようだ。 更にそれを取り囲むように、五匹ほどの獣装石が現れる。 全員の視線は、ある一点……ミドリの前方に注がれていた。 “今度こそ捕まえてやるデシャアァ——!!” 「クソドレーサーン! い、居たテチ! 子供ちゃんが居たテチィ!」 デジャァァァ?! デスデスゥ?! テチィィィ!! 無数の実装の鳴き声が混じり合い、よく聞こえなかったが、ぷちの声だけはかろうじて理解出来る。 「居たって、まさか——」 「初期実装の子供ちゃんテチィ——!!」 「よぉし、今行く!」 としあきは、山実装達の方へ走り出す。 だがその前に、二匹の獣装石達が立ちはだかった。 鋭い爪を剥き出しにして、殺気を隠そうともしない。 よく見ると、ミドリ達の方にも三匹の獣装石が躍りかかっている。 “ついに本性を現したデス!!” “やっぱりこいつ、ワタシ達の仲間を!!” 「ち、違う! アレは違うんだ、お前達の仲間じゃなくて——」 “問答無用!” “その首を切り落としてやるデジャアッ!!” 「ウワアァ——ッッ!!」 獣装石達は、怒りの形相を湛えとしあきに向かって飛びかかった。 “デ……?!” ドサッ、ボテッ 滞空した獣装石達が、突如痙攣を起こし、ボテボテと落下した。 まるで電撃でも浴びせられたかのように、四肢をピクつかせ、舌を伸ばして震わせている。 「な、なんだ?! おい、大丈夫か?!」 “デ……デデ……?!” “デヒ……?!?!” 二匹は、白目を剥いて泡をブクブク吹いている。 としあきの呼びかけは、届いていない。 慌てて周囲を見回すと、先程ミドリ達の方に向かった獣装石も、同じように倒れている。 “獣装石サァァン!!” “どうしたデス? 大丈夫デス?!” “テェェェ、いきなりどうしちゃったんテチィ?” 何匹かの山実装達が、心配そうに獣装石を介抱している。 「獣装石だけ……?」 向こうでは、異常事態に気付かないミドリとぷちが、相変わらず捕り物を続けていた。 「あ、そうだ! おーい!」 としあきは、やむなく獣装石をそのままに、ミドリ達の後を追った。 ——それから、約一時間後。 疲弊したとしあき達は、リーダーの要望で、いまだ回復の兆しを見せない獣装石達をアパート内に運び込んだ。 “くそ〜、あの子供めぇ、ちょこまかと逃げ回りやがってデズゥゥ〜!!” 「結局、また逃げられちゃったテチィ……」 「二人ともお疲れ。 とりあえず、ここに初期実装の子供がいた事がわかっただけでも収穫だよ」 “今度会ったら絶対に捕まえて、ギタギタのボロボロにいたぶってやるデスゥ!” 「いや、それやられたら俺困るし。 ——さて、と」 廃墟アパートの一階の部屋、運び込まれた五匹の獣装石を取り囲み、山実装達が心配そうに見つめている。 あれから、彼女達は身動き一つ取ろうとしない。 死んではいないようだが、かなり深い昏倒状態に陥っているようで、強く揺さぶっても意識を取り戻す兆候が ない。 山実装のリーダーも、戸惑いの色を隠せずにいた。 “としあきさん達が何かをして、彼女達が動かなくなった訳ではない事は、みんな理解しているテス。 でも、いきなり意識不明になるなんて、今まで見たことがない症状テス。 怪我もないし……何か心当たりはないテス?” 「心当たりと言ったって……何が起きたのか、俺達だってわかってないもの」 “こいつら、朝飯に変な虫でも食ってビョーキになったんじゃないデス?” 「オネーチャ、そんな事言ったら可哀想テチ!」 心当たりがない、とは言いながらも、としあきの脳内には、先程からある物が浮かび上がっていた。 ——デスゥタンガン。 としあき達と同じく、様々な実装世界を渡り歩いている男・海藤ひろあき。 過去何度もとしあき達と行動を共にしており、すっかり交友を深めてしまった。 彼が持っていた拳銃型の機械「デスゥタンガン」は、実装石の持つ偽石に強制的に命令信号を書き込むことで、 無理矢理操ることが出来る調教用の装置だ。 としあきも、かつて「他実装の世界」でこれを用い、その能力に助けられた事があったため、よく覚えていた。 (だけど、海藤はアレを他実装の世界でなくしちまった筈だ。 じゃあ、原因は別なものなのか?) そこまで考え、としあきは、ひろあきがこの世界に来ていない可能性を思い出し、頭を振った。 ※ ※ ※ その日の夜。 としあきは、何度かトランシーバーで呼びかけを行ったが、誰一人として応答しなかった。 獣装石達は、やがて意識を取り戻し餌や水を摂れる程度に回復はしたが、まだ四肢が充分に動かせなかった。 彼女達曰く、両手足がなくなったかのような感覚だという。 山実装達は、とりあえずの回復を祝い安堵したが、リーダーだけは深刻な表情を崩さなかった。 “おいリーダー、獣装石の連中があのままだと、どうなってしまうデス?” ミドリが、深刻そうな表情のリーダーに尋ねる。 “獣装石達は、山実装コミュニティのガード役を自ら買って出ている者達テス。 彼女達には、ワタシ達を守り抜くことに強いプライドを抱いているテス。 もし、このまま彼女達が動けないままだと、ひょっとしたら無念さの余り偽石に負担がかかってしまうかも しれないテス” ため息混じりに語るリーダーに、ミドリは眉をしかめる。 “それってまさか、パキンすることもありうるって意味デス?” “そうテス” “どんだけ真面目で融通の利かない連中なんデス!” ペタンと尻を落として座り込むと、ミドリは、獣装石達が寝かされている部屋の辺りを見つめた。 時折、苦しそうなうなり声と、看護する山実装達の囁き声が聞こえてくる。 しばしの沈黙を破り、リーダーが話し始めた。 “あの娘達は、自分達があのような異形に生まれてきた事を、とても呪っているテス” “デェ?” “ミドリさんもおわかりになるテス? 実装石は、自分達と違う姿の者を極端に意識したり、時には侮蔑するテス。 ここの仲間達は、皆心優しい者ばかりだから、そんな事はしないテス。 けど獣装石達にとっては、いつ仲間外れにされるか気が気ではないのテス” “つまり、コンプレッサーとかいう奴デス?” “——コンプレックス、テス” リーダーは、獣装石達の話をし始めた。 元々、山実装は何パーセントかの低確率で、突然変異的な存在を生み出すことがある。 それが獣装石なのだが、実はごく近年まで、それらは“忌み仔”として生後すぐ河に捨てられていた。 獣のような姿の子供など、成長しても仲間外れにされるだけで、決して幸福な生活など出来ないだろうと 考えられていたためだ。 そのため、山実装の親は泣く泣く我が子を水の底に沈めていたのだという。 “だけど、そんな中に無事成体まで成長した獣装石が居たそうテス。 その者は山実装のテリトリーを護るために活躍し、やがて仲間達から守護神のように崇められたと云います テス” “山実装は、そんな話をわざわざ語り伝えているデス?” “元々刺激の少ない生活だから、遠い昔のお話を何度も繰り返し語り続けるようテス” “なるほどデスゥ〜” しかし、獣装石の子供が生まれると、それを生かすか否かの判断は、未だに迷われるという。 このコミュニティに所属する五匹の獣装石は、いずれも生真面目に仲間達を守るため活躍しているが、 実際にはその倍以上の獣装石が生まれていたらしい。 “初産で獣装石を産んでしまい、パニックを起こして死なせてしまう親や、育成に自身の技能持てなくて こっそり間引きする親は、今も後を絶ちませんテス。 そして、獣装石達も、それを痛いほど良く理解しているんテス” “よくわからんデス。 それなのになんで、アイツラはお前達を必死で守ろうとするんデス?” ミドリには、獣装石が山実装を守ろうとする動機がどうしても理解出来なかった。 眉を潜めて首を傾げるミドリに、リーダーは優しい微笑みを向ける。 “彼女達は、そうすることで自分達の存在意義を確立させようとしているテス。 だからこそ、あんなに真面目に、ひたむきにワタシ達を守ってくれるんテス” “ふむ〜〜。 リーダー、お前の話は難しいことばっかりで、ワタシにはよくわからんデス” “そ、それは申し訳ありませんテス…” “きっとお前は、クソドレイやぷちよりもずっと頭が良いに違いないデス。 さすがは山実装達のリーダーデス” “あ、ありがとう……ございます、テス?” ミドリは、頬を赤らめて俯くリーダーの頭を、なんとなく撫でてやった。 無言でなすがままにされるその姿は、どことなく可愛らしい。 リーダーと言っても、まだ子供なのだなと、ミドリは実感した。 “ところで、お前に一つ聞きたいことがあるデス” コホン、と咳払いをして、ミドリが仕切り直しを図る。 リーダーは、あらたまって彼女の顔を凝視した。 “はいテス?” “お前、どこかでワタシ達と逢った事があるデス?” “何故、そんな事を聞くのテス?” 小首を傾げるリーダーに、ミドリは少し困った様な顔つきで語る。 “お前、ワタシ達と初めて会った時、クソドレイが名乗るより早く、あいつの名前を呼んたデス” “そ、それは——” リーダーが返答しようとしたその時、アパートの方で、何か大きな物音がした。 ※ ※ ※ しばらく進んでいくと、河は木々深いエリアへと伸び、それに沿うような細い獣道らしきものがあった。 だが、そこは獣道というよりは、獣道だった所を人が踏み拡げた山道のようにも見える。 それは山肌に沿って少しずつ坂になっており、このままの状態で登るのは危険に思えた。 「しゃぁねぇ、一旦戻るか」 そう呟き、アパートに引き換えそうとしたとしあきの眼前で、いきなり何かが光り輝いた。 河辺の大きな石、リーダーが皆に周知する際によく利用していた物だが、その上に、蛍のように輝く小さな 物体がある。 目をこらして近付いてみると、それは、とても小さな実装石だった。 「初期実装の……子供?」 間違いなく、通常の仔実装ではない。 独特の模様の入った頭巾と、血走ったような不気味な両眼、そして何を考えているか全く読めない無表情。 としあきは、まるでトンボでも捕まえるように、人差し指をクルクル回しながら少しずつ接近を試みた。 仔実装は、何故か逃げる様子がない。 しかし、としあきの手があと僅かで触れるという所で、いきなり姿を消してしまった。 「クソ! って、アレ?」 今度は、アパートのすぐ近くに光が現れる。 光を追いかけ、としあきは小走りに河辺を進む。 何度かこけそうになったが、また仔実装の傍に寄ることに成功した。 「いい仔だ、いい仔だ……さぁ、逃げるンじゃないぞぅ」 だが、またも仔実装は寸前で消滅し、更に離れた場所に出現する。 「なんだあいつ、俺をからかってるのか?!」 次に仔実装が出現したのは、としあき達が寝泊まりした方とは異なる、もう一軒のアパートだった。 まるで彼を導くように、仔実装は出現と消滅を繰り返す。 途中で奇妙さに気付いたとしあきだったが、あえてその誘導に乗ってみることにした。 (そういえばこいつ、実装愛護の世界でも、俺にヒントを与えたりしてたな。 いったいこいつは、何を企んでいやがるんだ? 初期実装とはまた違う目的でも持ってるのか?) 仔実装は、アパートの一番奥のドアの前に立ち止まると、そのままスライドするように中へ消えた。 カチャリ、と中から軽い金属音がする。 「……」 としあきは、誘われるようにドアのノブを握り、捻った。 かび臭い匂いが、鼻腔に飛び込んでくる。 LEDライトで照らしてみると、そこは膨大な量のファイルを蓄えた資料室のような部屋だった。 仔実装の姿は、案の定、すでになかった。 「なんだこりゃ? どうしてこんなところに俺を?」 部屋に入りこんだとしあきは、巻き起こる埃から口元を防ぎながら、手近にある棚を照らしてみた。 ファイルの背表紙には、良くわからない専門用語が羅列しているが、どうやら植物関係の物が多いらしい。 一冊取り出して開いてみると、そこには古い野草の写真と共に、何か細かな説明文が記されていた。 それは、ヤマボウシやエゾユズリハの育成管理情報をまとめた書類を束ねた物のようだ。 (なんでこんな所に、野草の育成記録が?) と、その時、突然外からドスン! という鈍い音と、短い悲鳴が聞こえてきた。 「テエェェン! 転んじゃったテチィ! オネェチャアァァ!!」 廊下の奥から響いてくるぷちの泣き声に、としあきは呆れたため息を吐いた。 「何やってんだお前?!」 「グスングスン、あのね、退屈だから探検ごっこしてたテチ」 「探検って、お前ガキかよ!」 「ぷぅっ! 私はどうせまだ赤ちゃんテチ!」 「ああ、そうか。そういやそうなんだっけな、お前は」 「もう、クソドレイサンは物忘れが激しいテチ!」 頬を膨らませながら、ぷちが室内に入り込む。 その手には、一冊の古びたファイルが握られていた。 「ぷち、それは?」 「今拾ったテチ」 「ちょっと見せてみろ」 ファイルの表紙の埃を払うと、その下から箔押し文字がキラリと光を放つ。 「実装——牧畜産業……株式会社」 としあきは、ファイルの中身を凝視した。 そこには、細かい文字といくつかの写真、またはスケッチが記されており、かなり専門的と思われる情報が 羅列している。 かろうじて一部分の意味がなんとなくわかる程度だ。 「え……なんだこれ? ちょ……」 十数分ほどで全部のページを見終えたとしあきの顔色は、真っ青になっていた。 「クソドレイサン、大丈夫テチ? 顔色が……」 「ぷち、こりゃあとんでもない事書いてあるぞ」 頭をぼりぼり掻きむしりながら、呼吸を整える。 「な、何が書いてあるテチ?」 「リーダーにも伝えよう。 説明はそこでする」 「うんテチ!」 としあきは、ファイルを抱えると、ぷちと共にリーダー達のいる部屋へ戻る事にした。 ※ ※ ※ 部屋に帰ったとしあき達は、アパートの一番奥の部屋の事を、リーダーとミドリに伝えた。 リーダーによると、今まで何度も開けようとしていたが、鍵のために諦めていたのだという。 “としあきさん、その本を是非開いて見せて欲しいテス” 「お、おう」 リーダーは、真剣な表情で頼むと、開いてもらったファイルの中身を凝視した。 その全てにしっかり目を通していく。 だんだん読む速度が速まり、ページをめくる指示が早くなる。 「おい、人間の本がわかるのか?!」 十数分ほどで全部のページを見終えたリーダーの顔色も、先のとしあきのように真っ青になっていた。 “一体何が書かれていたデス?” “え、えぇ” 前掛けのない胸元を手でさすりながら、リーダーは重いため息を吐いた。 “おいリーダー、知ったかになってないで、きちんと説明するデス! 何が書かれてたンデス? このジッソー撲殺連盟ってなんデス?” 「オネーチャ、実装牧畜産業テチ!」 “同じような意味だからいいデス!” 「テチャ!」 ミドリの追求に、リーダーは仲間には絶対に言わないで欲しいと念を押して来る。 “これは、この近辺の草花の記録をまとめたものテス” 「それは便利テチィ。じゃあ、これがあれば皆さんもっと嬉しいテチ?」 “いえ、それが違うのテス” “どう違うデス?” リーダーが指し示しているページには、山実装達が洗剤代わりに利用しているサボン草の写真のコピーが 貼り付けられている。 “今まで、ワタシ達が自生しているものだと思っていた草木や果実、山菜などは” “?” 「全部、人為的に集められたもんだったんだよ」 「ど、どういう意味テチ?」 としあきは、一瞬リーダーと目配せをする。 彼女は軽く頷くと、“ワタシが話しますテス”と呟いた。 “ワタシ達の住んでいるこの場所は、実装牧畜産業という会社に作り出された環境だったんテス” 「え? どういう事テチ?」 “ちょっと待てデス! それじゃお前ら、人間に飼われてるってことじゃないデス?” ミドリの言葉に、リーダーは大きく頷いた。 “おっしゃる通りテス。 それにこれには、なんでそんな事が必要なのかまで、はっきり書かれているテス” 「それは何テチ?」 ぷちの追求に、リーダーが詰まる。 代わりに、としあきが続けた。 「養殖だよ」 “ヨウショク?” 「つまりここにいる山実装達は、人間の食料になるために育てられてたのさ」 実装牧畜産業株式会社。 それはこの世界に存在する、実装石を商材とする会社で、五十年以上もの経営実績を持っている。 かつては牛や馬・豚用の飼料素材用に飼育した実装石を販売していたが、世間にグルメブームが起こり、 山実装が珍味と知られるようになると、その狩猟・加工販売業にシフトし成功した。 また、それまで単なる野生動物または害獣というイメージしか持たれていなかった山実装に、最高の食材 というイメージを付加し浸透させる事にも成功。 一時は、大規模な山実装狩りブームを巻き起こした程だった。 だが数年後、余りにも大きくなりすぎたブームは山実装を絶滅寸前に追い込んでしまった。 それと同時に業績を大きく落とし始めた実装牧畜産業は、苦難の末に山実装用の養殖実験を開始する。 しかし充分な研究時間を確保出来なかったのか、実装牧畜産業は、それから僅か数年で、突然倒産して しまった。 実装牧畜産業の設備は、養殖場として利用された山林にそのまま残された。 そして、そこに新たな山実装が住み着いて、今に至っていたのだ。 “——つまりこういう事デス? 山実装達は、タイミングが悪かったらみんな人間のエサにされてたデス?” 「でも、山実装さん達にとって住み良い環境が整ってるなら、それに越した事はないと思うテチ」 「そんなら、リーダーがこんなに青ざめるわきゃないわな」 “どういう意味デス?” 困惑するミドリとぷちは、揃ってリーダーに目を向けた。 “山実装達は、自分達が人間達に関わりを持たずに生きている事に、誇りを持っているテス。 だから、もしそうでなかった事を知ってしまったら……” 「そっか、なんとしても黙り続けるしかないのか。 まあ幸い、俺達が喋らなければいいだけの話だし」 と、そこまで話した時点で、ぷちが急に「あっ」と声を上げた。 「どうした?」 「なんかおかしいテチ、それってとっても変テチ!」 “ん? 何がデス?” 両手を振り回すように、ぷちはやや慌て気味に語り出す。 「だって、実遊会の人達は、山実装さん達を捕まえるって言ってたテチ! けど、数が少ないのにこれ以上山実装さん達を捕まえて、どうするつもりテチ?」 「あ……そっか」 としあきは、高杉の説明を思い返した。 『山実装は、山の中に住んでる野生の実装石だ。 作物を荒らしたり民家に侵入して食料を奪ったり、時には家畜や人間を攻撃する性質があるんだ』 『そうさ、だから我々みたいな者達が集まり、実装石を狩らなきゃならないわけだ』 「——確かに、言ってる事が矛盾してるな」 「そうテチ、矛盾テチ!」 “お前、ムジュンって意味解ってて言ってるデス?” 「むぅっ、ちゃんとインターネットでお勉強したテチ! 右の拳と左の楯のお話テチ!」 「何見たんだよ、お前」 “あの……” しばらく置いてけぼりにされていたリーダーが、申し訳なさそうに手を挙げた。 “恐らくそのニンゲンサン達は、ワタシ達山実装を捕らえて食料にするつもりなんじゃないテス?” 「やっぱり、そうなるよな」 「ってことは、私達をここに向かわせたのは……」 “山実装がいることを確認させるためデス?” 「なんかきな臭くなってきたな。 なぁリーダー、山実装達をどこかに避難させる事は出来るかい?」 としあきは、真剣な顔でリーダーを見つめた。 “わかりましたテス。 ワタシから、みんなに呼びかけてみるテス” 「頼むぜ」 話は、それで一応の締めとなった。 ※ ※ ※ 11月16日、金曜日午後17時13分。 不気味なほど静かに、時間は流れていく。 四日目の夕方——この世界に来て、既に77時間が経過した。 残りの滞在時間は、あと43時間弱。 としあきは、いまだに動けずにいる獣装石達の額に、引き千切って水に浸したタオルを乗せてやる。 特に熱が出ているわけではなかったが、そうすることで彼女達は少し楽になるようだった。 ここは、実装牧畜産業の寮の中。 手前のプレハブアパートの一階の部屋を清掃し、としあきはその中で山実装達と獣装石達の看護を行っていた。 心優しい山実装達は、皆獣装石達を心配し、誰一匹たりとも看護を面倒臭がろうとしない。 まだ小さな仔実装達ですら、獣装石達の手に触れ、懸命に「ワタチ達が付いてるテチ」「元気出して欲しい テチ」と励ましている。 ざっと見た限りだと、30匹はいるだろう山実装の中に、糞蟲っぽいそぶりを見せる者が全く存在しないという のは、としあきにとってちょっとした驚異だった。 獣装石の一匹が、とても不思議そうな顔つきでこちらを見つめている。 近くで見ると、彼女達の顔は意外にかわいげのあるものだなと感じられた。 「待ってろよ、お前らが動けなくなった理由、必ず突き止めてやるからな」 そう言いつつ、獣装石の頭を軽く撫でる。 少しだけ嫌そうな顔をしたが、すぐに表情を改める。 山実装達の中から、ホッという安堵のため息が聞き取れた。 しばらくすると、外にいた何匹かの山実装が部屋に入り込んで来た。 何やら慌てている様で、しきりに何かを訴えている。 としあきは、携帯を握り締めて近づいてみた。 「なんかあったのかい?」 “あ、ニンゲンサン。ウチの仔達を見てないデス?” “うちの仔もデスゥ” 「え? あ、いやごめん。俺ずっとここにいたからわかんないんだ」 “デェェ…” 「どうしたんだ?」 “実は、ワタシ達の子供チャン達の姿が見えなくなったデス。 いつも遠くへは行かないようにって言い聞かせているのにデス” 聞いてみると、二組の実装家族の子供達が先程まで河辺で一緒に遊んでいたが、ふと気付くと皆まとめて いなくなっていたのだという。 山実装の仲間の誰かが、河に流された可能性を示唆するが、子供達が遊んでいた所には例の枯れ草で編んだ 網が張られている所で、川に落ちた形跡はないとの事だった。 “ニンゲンサン、助けて欲しいデス! 子供チャン達を捜してくださいデス!” 「わかった、ちょっと待っててくれ」 窓の外は、もうすっかり暗くなっている。 としあきは、LEDライトを手に取ると、皆に声をかけて親実装達の後に付いていくことにした。 河へとしあきを案内する親実装とは別に、もう一方の親実装はリーダーの許へ向かう。 陽はとっくに暮れ、辺りは暗闇に包まれ始めている。 ライトの明かりだけでは、到底仔実装達を捜せそうには思えなかった。 「おい、子供達の声は全然聞こえなかったのか?」 “わかんなかったデス、河の音もあって——” 「あ、そうか。結構音が大きいもんな」 としあきは、携帯を取り出し、親実装と共に声を出しながら仔実装達を捜すことにした。 もし、仔実装から返答があれば、たとえとしあきの耳に聞こえなくても、携帯は反応し翻訳文字を液晶に 示してくれる。 子供達の名前を尋ねようとして、としあきは、山実装達にそんなものはない事を思い出す。 「いなくなった子供達は、何匹なんだい?」 ライトで河の向こう側を照らしながら、としあきは親実装に尋ねる。 だが、返答がない。 「おや? おーい」 ライトを振り、親実装が居ただろう辺りを照らしてみるが、何もいない。 ただ、水の流れる音が延々と響いているだけだ。 「あれれ? おーい、山実装のママさーん」 再度呼びかけるが、やはり返答がない。 携帯の画面にも、翻訳文字らしいものがまったく表示されていない。 「ち、ちょっと待て?! ど、どうしたんだ?! おーい、おーい!」 とてつもなく嫌な予感に駆られたとしあきは、声を張り上げて親実装を呼び求める。 だが、ついに親実装の姿は確認出来なかった。 ※ ※ ※ としあきから、実装親子が忽然と姿を消したという報告が成される。 山実装達とリーダーは、その内容に戦慄したが、取り乱しはしなかった。 ミドリとぷちも含め、寮内にコミュニティ全員が集められる。 それぞれで確認を行ったところ、先に消えたとされる子供達と親実装以外にも、いつの間にかいなくなった 個体が三匹ほど存在することがわかった。 “デェェ、あいつらは一体どこへ消えたデス?!” 「まさか、山の中の別な動物サン達が、山実装サンを連れて行っちゃったテチ?」 ミドリとぷちの言葉に、リーダーは首を横に振る。 “この周囲に、山実装を襲う動物は殆どいないテス。 いるとしたら、カラスや狸くらいテスが、カラスはこんな遅い時間にやってこないテス。 狸も、この季節にはもっと山奥の方に住居を移している筈テス” 「山の動物のことはよくわかんねーけど、じゃあ彼女達がいなくなった理由は、他にどんなことが考えられる?」 としあきの質問に、誰も返答が出来ない。 リーダーでさえも、眉間に皺を寄せて俯くだけだ。 “そもそもこんな真っ暗なところで、どうやって山実装をかっさらえるデス?” ミドリが、首を傾げながら更に呟く。 としあきも、その言葉に全面同意だ。 「そうなんだよな、誰かが連れてったにしても手段が思い当たらねぇ。 やっぱり、野獣のせいなんじゃ」 「それとも、やっぱりどこかで事故に遭っていて?」 ぷちの言葉に反応し、山実装達の一部から「今から皆で捜しに行くデス」という声が上がる。 だがそれは、すぐにリーダーに止められた。 “それでは、もっと沢山の仲間が消えてしまう危険があるテス。 今夜は、皆でこの建物の中に集まって、誰も外に出ないように気を付けるべきテス” 「それで、一晩やり過ごして——朝になったら再度確認、しかないか」 “なんとも気が気でない夜になりそうデスゥ〜” 「テェェ、私も誰かにさらわれたらどうしようテチィ〜」 「ぷちは、俺からずっと離れるな。あ、ミドリは半径2メートル以内に近づくな」 “なんだとクソドレイ。お前、ワタシが消えてしまってもいいんデス?” ミドリの不満げな言葉に、としあきは、無言の微笑みを返す。 その態度に、みるみる青筋が浮かび上がっていく。 “表に出ろデス、お前とはやっぱり決着を着けなきゃならん気がするデス!” 「残念だったなミドリ、今リーダーが外に出るなと言ったばかりだ」 “ギイィィ!! 朝になったその瞬間にケリ着けてくれるデジャア!” 「返り討ちにしてやるぜ、メーン!」 「もう! 二人ともこんな時にふざけないでテチィ!!」 “すみませんデス” 「ごめんなさいです」 賑やかな三人をよそに、山実装達は不安げな態度をあらわにし、すがるような目でリーダーを見つめている。 仔実装やそれ以下の者達も、親達の雰囲気を感じ取ってか、泣き始めている。 しかし、どの仔も大声を立てたりはせず、すすり泣きに徹している。 声を立てることで天敵に発見される可能性を理解しているためなのだろうか、と、としあきは妙なところで 関心してしまった。 「あ、そういえば、クソドレイサン」 重苦しい沈黙に堪えかねたのか、ぷちが話しかけてくる。 「リーダーさん、ちょっとあっちに行ってくるテチ」 “行ってらっしゃい、でも、なるべくすぐお戻りくださいテチ” “ワタシは消えたくないからここに残るデスー” ミドリが余計な事を呟いたため、一部の山実装がヒッと短い悲鳴を立てる。 なるべく皆を刺激しない様に注意を払いながら、としあきとぷちはそっと部屋を出た。 ※ ※ ※ 外はすっかり暗くなってしまい、清流の音が耳に心地よく響いてくる。 空には月が昇り、青白い光を山中に落としている。 そんな中、としあきとぷちは足音を殺しながら、隣接するもう一件の廃墟アパートに侵入した。 「んでぷち、なんでここに呼び出した?」 「うんテチ。クソドレイサン、山実装さん達を避難させられないかって言ってたテチ?」 「ああ、そうだけど」 「ここが実装牧畜産業の施設なら、もっといい避難場所があるかもしれないテチ!」 「なるほど、可能性はあるな」 「だから、その場所の手がかりがここにないか、探して欲しいテチ」 「わかった。 それにしてもぷち、お前最近冴えてるな。一体どうしたんだ?」 「冴えてるテチ? よくわかんないテチ。 それより、早く調べちゃうテチ」 「がってん」 としあきとぷちは、室内のファイルを適当に選び、その内容を閲覧する。 内容は様々だが、いずれもこの山にまつわる情報ばかりが記載されている。 山の気温の時間毎の記録や、河の水量の変化記録または温度の測定グラフ、生態系の調査まとめ。 それらは、この山に人間の手が多く加わっている事を、明確に示している。 あの河も、人工的に形状が変更され、深さや水量が調整され、山実装に利用しやすいように処理されている 事が判明した。 また他のファイルから、各所に生えている果物や山菜が、本来この地域に育成しておらず、外部から 持ち込んで植え込んだものだという事もわかった。 更には、観察用暗視カメラの導入検討プレゼン資料やレーダー機器の組み込み企画書等も発見された。 だが、肝心の情報がなかなか見つからない。 「しょうがねえ、リーダーにも手伝ってもらおうか。 ぷち、適当に運ぶからお前も手を貸せ」 「わかったテチ。 クソドレイサン、早く皆さんの所に戻るテチ」 「うん——おや?」 としあきは、手にしていたファイルを棚に戻そうとして、ふと手を止めた。 差し込もうと思ってた場所の近くに、「養殖場地図」と書かれたラベルを発見したのだ。 ラベルの貼られた、妙に新しい黒いファイルを取り出してみると、紙に印刷された地図が複数枚 閉じられている。 その一部に、このアパートの事が記されていた。 「——ぷち。 どうやらビンゴっぽい」 「えっ、マジテチ?」 「これによるとな、河を上流に遡っていくと山道があるみたいなんだ。 その先に、こことは違う別な建物がある」 「テェ? もっと大きなおうちがあるテチ?」 「いや、家じゃあないようだ」 「じゃあ何テチ?」 小首を傾げるぷちの肩に手を置くと、としあきは少し脅かす様な口調で語った。 「実装牧畜産業株式会社の社屋の一つで、管理棟だ。 つまり、昔このアパートに住んでた連中が働いていた場所さ」 「ふ、ふぅ〜ん」 意味がよくわかってないようで、ぷちは曖昧な返事をする。 地図ファイルを小脇に抱えると、としあきはぷちと共に部屋を出た。 (もし、ここに何か変な連中が入り込んだとしても、これがあれば山実装の連中を一時的に避難させてやれる かもしれないな) そんな事を考えながら、としあきは忍び足でミドリやリーダー達の許へ戻ることにした。 ※ ※ ※ 同じ頃、山実装達の居る部屋は、少し賑やかになっていた。 リーダーが、皆にある提案をした事が発端だ。 「絶対に反対デス!」 「住み慣れたこの場所より良い所なんか、絶対にありえないデス!!」 「リーダー、そんな事を言わないでくださいデス……考え直して欲しいデス」 しきりに抗議する山実装の成体達と、それを黙って聞いているリーダー。 彼女の眉間には、深いシワが刻み込まれている。 唯一、何も発言せず成り行きを見守っていたミドリは、やや慌て気味に両者を順番に見つめるしかなかった。 「このテリトリーは、ワタシ達のママのママの代から大事に使われてきたデス! それを、今更捨ててしまうなんて!」 山実装にしては少し体格の大きい成体が、半泣きになって抗議の弁を述べる。 それに反応し、リーダーは、すっくと立ち上がった。 「皆さんの気持ちはよく分かるテス。 けど、理解して欲しいテス。 ここはもうすぐ、ニンゲンサン達が大挙して押し寄せてくるテス。 そうしたら、ワタシだけでなく皆さん全員が、酷い目に遭わされてしまうテス」 「どうしてデス? としあきさんやぷちさんは、とても優しくて親切デス! 子供達とも遊んでくれるデス! きっと他のニンゲンサンも同じように優しくしてくれるデス!」 また別な誰かが、リーダーに反論する。 それを聞いて、ミドリは「あちゃ〜」と頭を抱えた。 (なんてこったデス、こいつら、どんだけ純粋培養デス! ニンゲンに対する警戒心が乏しいどころか、簡単に信用しすぎデス!!) すぅ、と息を吸い込むと、リーダーは胸を張り、今までにないほど厳しい口調で話し出す。 ぴんとした緊張感が、瞬時に迸った。 「皆さんが考えているほど、ニンゲンサンは優しくはないテス。 ワタシも、これまで色々な経験を積んできてよく解ったテス。 としあきさんのように優しい人もいれば、正反対の人もいるテス。 そして今は、そういう人達がここに来るかもしれないテス!」 リーダーの言葉には、よほどの説得力があるようで、皆一斉に言葉を止める。 それを確認すると、リーダーは少し口調を和らげた。 「一度でも、ワタシ達の住処がニンゲンサンに知られてしまったら、彼らは何度でもワタシ達を捕らえに来る テス。 お願いテス、どうか、ワタシの言っていることを理解して欲しいテス。 これまでの生活を守るよりも、今は皆さんが助かる事の方が何倍も大事なんテス!!」 必死で呼びかけるも、山実装達の反応は変わらない。 彼女達は、なにがあってもこの場から離れる気はないと連呼するばかりだ。 リーダーとミドリ以外の全員が、物凄い剣幕で反発するが、ついにミドリの堪忍袋が切れた。 「じゃかぁしいてめぇら! お前らの想像だけで語るんじゃネェデスッ!! ニンゲンは、お前らをみんな捕まえて食っちまおうとしてるんデス! つうか、ここはその為にニンゲン達が用意した所なんデス!!」 「ちょ……!! ミドリさん!」 「え? ——あっ」 咄嗟に口を閉じるが、もう遅い。 山実装達は、激しい反発をピタリと止め、呆然とした顔でミドリを見つめていた。 「い、今、なんていったデス?」 「ここが……に、ニンゲンサンの?!」 「あ、い、いやそれは……そ、そう、例え話デス!」 咄嗟に言い訳するが、手遅れだった。 山実装達の間には、更に別な不穏感が広がってしまった。 「ニンゲンサンが用意した場所って、本当なんデス?」 「デ、デェ」 青ざめながら詰め寄る一同に向かって、ミドリはつい反射的に頷いてしまった。 と同時に、山実装達の間にパニックが巻き起こる。 ある者は突然叫び出し、ある者は泣き出し、そして子供達は親達の異様な反応に怯え出す。 しばしの後、突如、体格の良い山実装の一匹が立ち上がり、声高に唱え始めた。 「やっぱり、ここはニンゲンの居場所だったデス! だからワタシは、前から怪しいと言ってたんデス!! ニンゲンの家があるのに、安全な住処だなんて、おかしな話デス! そんな土地にワタシ達を住まわせ続けたリーダーは、とんでもない奴デス!」 「そうデス! そうデス!!」 「今までのワタシ達の苦労は何だったんデス!?」 「イヤデス! ニンゲンサン怖いデス!!」 「こんなところにもう居られないデス!!」 「早くしないと、ニンゲンサンに捕まってしまうデス!」 山実装達の間に、恐怖心と猜疑心、リーダーへの反発感が瞬く間に広がっていく。 あまりに激しい感情の変化に、いつしか彼女達の意向は180度反転していたが、誰もそれに気づかない。 否、ミドリとリーダーだけは例外だった。 「え〜と、あの」 「ミドリさん」 「いや、これはその……」 「感謝しますテス」 「へ?」 突然深々と頭を下げるリーダーに、ミドリは困惑する。 「みんなの意識はともかく、ここから動いてくれそうな流れになったテス。 ミドリさんが、はっきり言ってくれたおかげテス」 「デ、デェ?」 「これからしばらく、ミドリさんが彼女達を先導してくれませんテス?」 「わ、ワタシがデス!?」 意外な頼みに驚いたミドリは、つい反射的にパンコンしそうになったが、なんとか押し止める。 先の言葉とは裏腹に、リーダーの表情が、とても曇っているように見えたせいだった。 その後、戻ってきたとしあきとぷちに、リーダーは事情を説明する。 先のミドリの失言のせいで、山実装達はもはやとしあき達にすら警戒心を抱き始めていた。 →NEXT
