タイトル:【観察】 季節感がないデスー
ファイル:冬を間近に.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2988 レス数:0
初投稿日時:2013/05/06-00:01:18修正日時:2013/05/06-00:01:18
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冬を間近に



 小さな実装石がちいさな手で小さく手を振る。

「ニンゲンサン、ワタチはここにいるテチ、だからダメテチ、ここにきちゃダメテチ」

 彼はそんな彼女の声に気づくことなく踏みにじる。彼女は悲鳴をあげる暇もなく、安全靴
の硬いゴム底下、パチンと弾けた。肉と血と臓物と糞便、どろりと渾然としたそれはテラテ
ラとつやのある濃緑色、実装石が死に際に咲かせる華の色。

「テチャ、オネちゃんパチンしちゃったテチ」

 血溜の傍らで、妹の仔実装は繋いだまま千切れた姉の腕をぷらんとぶら下げながら呟いた。
ただ見たままを機械的に呟いた。その表情にはなんら感情の色はない。それは冷淡というよ
りも、現実を正しく認識できていない、仔実装の知能の低さを物語っていた。


 突然の姉の喪失に、仔実装は何をするでもなく、立ちっぱなしも疲れたのでその場に腰を
おろした。所在なさげに唯一原型をとどめた、姉の腕を振り回してみたり、宙に投げてはキ
ャッチしてみたり。
 それにもそのうち飽きたとみえて、血溜まりに入って泥状の肉塊を掬ったり団子をつくっ
てみたりと、泥遊びじみた行為をはじめる。
 やがて自分の足跡が小さな円をポツポツと地べたにスタンプしていることに気がつくと、
今度はお絵かきをはじめる。掬った泥をのばして地面に線を引くが、固いアスファルトに擦
れてすぐに球状の指先は痛くなってしまう。なにか代わりの筆はないかと見まわすと、捨て
置かれた姉の腕に気がついた。

「テッテレーッテッテレーッ」

 仔実装は鼻歌まじりにごきげんに、絵筆をふるった。絵筆は粗い地べたに先端をけずられ、
その質量を緑色のラインにかえていく。ラインは曲がり、交差し、ひとつの情景を描く。



 血溜まりは太陽、その下を二匹の仔実装とひとまわり大きな親実装。
 みんな笑顔で手をつないでいる。
 描きかけの蛆実装は三女の妹、親実装に尻尾を掴まれ、頭の輪郭はなく
 笑顔だけが宙に浮かんでいる。



 そこで絵筆であった姉の腕もちびて尽きてしまった。

「テェ、もっとお絵かきしたいテチ、だけどおてていたいのイヤテチ」

 仔実装は名残惜しそうに自ら描いた情景を眺める。もっと描きたいものが沢山あったのだ。
 それは美味しい食べ物であったり、やさしいゴシュジンサマであったり、綺麗で大きなお家
であったり、他にも大勢いた蛆の妹達であったり、公園のオトモダチであったり、他にも、他
にも、他にも・・・。

 ふと自分が大きなの影の下にいることに、仔実装は気がついた。ふりかえってみると、息を
切らして我が子を見降ろす親の姿があった。

「デェ、デェ、デェ・・・ずいぶんと探したデスよ」

 そう言うと、親実装は仔実装を潰さんばかりに強く抱きかかえた。

「オネエチャンはどこいったデスか・・・、もしかしてその緑のベタベタになっているのがそ
うなんデスか」

「お外はあぶないって何度も言って聞かせたはずデス、もったいないけど仕方がないデス」

「もう残ったのはオマエだけデス、大事に大事に育てるデス、もう二度と危ない目にはあわせ
たりしないデス、オマエはオネエチャンと違って素直な良い子デス」

 親子は家族であった死骸ををあとに、帰路についた。
 道すがら、親実装のあたたかな体温に包まれた仔実装はすやすやと寝息を立てる。
 夢見ているのはお絵かきの続き。
 家族と主人と仲間たち、みんな幸福そうに笑いあう、食べ切れないほどのごちそう、広くて
大きな家、ふかふかの清潔なベッド、豪華なドレス、無数の遊具、色とりどりのクレヨン・・・。

「テチテチ、それはもういらないんテチ」

 小実装の寝言に、親実装は不思議そうに首をかしげる。


 帰り道、狭い路地の向かいから猛スピードで軽トラックが走ってくる。
 親実装は慌てて電信柱の陰に逃げ込みやり過ごす。ブツブツと何か呟きながら、
もといた公園へ足早に帰っていく。
 運転手は悪態をつく、実装石をはねとばそうとしたところ、うまく逃げられてしまった。
しかし、引き返してやり直すほど暇ではない。フロントガラス越しの路面に、緑色の模様のよ
うなものが見える、気味が悪いが隘路では避けようもない。
 タイヤは二匹の姉妹を情景からかき消した。

 残ったのは大きな太陽と実装石だけ。
 一羽のカラスが降りてきて、クチバシで太陽をつついた。
 やがて太陽も小さな黒ずんだシミとなり、親実装だけが残った。
 そんな親実装の輪郭も雨風にさらされ薄れていき、ついには何も残らなかった。

 今年も冬がやってくる。
 



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