チュドーン! 町中で爆弾の破裂したような音が響く。 町ゆく歩行者達は一瞬その方向を見るが、それが近くではないとわかると何事も無かったかのように再び歩き始めた。 実装石とよく似た『それ』が現れたのはもう2年も前の話である。 初めこそ慌てふためいた人類だが、それが常となるとことさら騒ぎ立てる人間はいなくなるのが人の常である。 「ぎゃぁぁぁぁ!脚が!脚がぁ!」 もっとも、不運にもその当事者となった者にとっては話は別だが。 そこに慣れた様子で救急車がやってきて、これまたなれた手つきで脚が吹っ飛んだ被害者を救急車にしまいこむ。 「双葉町、3丁目、商店街一目通り前。光度不足災害。確認斑をお願いします。」 救急隊員が無線機で連絡する。 連絡から5分で血の混じったクレーターの付近がテープで閉鎖され、15分ほどで物々しいトラックがやってきた。 中からトラックのごつさに見合った重武装の人間が6人出てくる。 テープで囲われた境界の中で、背中に大量の光源ランプを担いだ全身耐爆装備の人間達が境界内を散策する。 そのうち、クレーターの前の空き店舗の壁に猫くらいなら通れそうな穴が開いているのを見つけた。 「ここか?」 そう言って穴から中を照らす。 中に蠢くものはいくつか。 目が光る。これは猫か? 走って逃げた。おそらくネズミだ。 こっちに向かってくる影… 「ここか。」 男は自身の身長の1.5倍ほどの長さの槍を持ち、穴から離れる。 『それ』は歩くように穴から出てきた。 光にさらされた『それ』は、見た目だけなら実装石の亜種のようにも見える。 しかし『それ』は人間を視認しているはずだが、逃げるでもなく走るでもなく、一定の速度で歩いて近づいて来た。 「せい!」 槍で突き殺した。 『それ』は悲鳴も上げず、末期のあがきもせず、槍の穂先でじっと止まっている。 そのうちにぐずぐずと土くれのような物に変わった。 「さて…さっきの奴だけなら楽だが」 2匹、3匹と壁の穴から出てくる。 「ま、そんな簡単に済むなら俺たちは要らんわな。」 槍で出てきた『それ』を突きながら仲間を呼ぶ。 「おーい!こっちから漏れてるから一人くれー!!」 「わかったー!他にもこいつらが出てきそうな穴はあるかー!?」 「ここから見た感じじゃここだけだー!他に穴が無いかも確認頼むー!」 「あいよ!あとさっき許可が出たから壁もいくらか壊していいぞー!」 「そりゃ助かるな!ひと段落したら崩すわー!」 8分ほど『それ』との格闘が続いた。 隊員が『それ』の残骸を水で流しながらぼやく。 「ずいぶんと多かったな。てことはこの中完全に真っ暗か?」 外からうかがう限り、中には光源が無いように見える。 「あー…どうやら店主が夜逃げした物件らしくてな。役所のほうで空き家になってたってことを感知してなかったらしい。」 それを聞いて水で残骸を洗い流していた隊員が憤った。 「あぁ!?まじでふざけんなよ!どんだけ周りに迷惑なるのかわかってんのか?そいつこそ吹っ飛んで死ねばいいのに!」 彼が憤るのも無理はなかった。 いまだに名前の無い『それ』でいくらかわかっていることがある。 一、一切の鳴き声も足音も無いこと。 二、人間を見つけると一定の速度で近寄って来る。 三、一定距離まで接近するとそれは自爆する。その際どういうわけかクレーターはまるでサイコロが幾つも抜き取られたかのようになる 四、どういう生態かは不明だが、必ず暗闇から出てくること。 五、死ねば死骸が崩れてなぜか火薬になること。 こと、4番目に関しては極めて厄介だった。 なにせ、人が認識していない暗い空間などいくらでもある。 『それ』が現れた初期の頃は、家の中での爆死者もかなりいたのだ。 だから、2年前よりも以降。人類はこと暗い空間に対してアレルギーと言えるほどに怯えるようになった。 「まぁぼやくなぼやくな。」 同僚の一人がなだめすかす。 「役所のほうからの連絡で、制圧はせずに封鎖だけでいいとさ。」 「あ?どういうことだ。放置してたらまた沸くぞ?」 憤っていた男は理解できないといった表情だ。 「調度良いってんでこの建物を中身もろとも解体するってさ。」 「あー…確かにこの辺まだ密度が高いからか。建物同士が近いところがまだ多いな。」 男の表情は合点がいった、といったところか。 『それ』が現れるようになってからこっち、人類は暗闇に対してとりわけ気を使わなくてはならなくなった。 されど、日のあたらない場所なんてものは密集して暮らす限りはどこにだってできてしまう。 こと、家屋同士の間から飛び出てくる『それ』はより多くの被害をもたらした。 被害が続いて約1年。そこでようやく強制力のある法が生まれた。 その法を要約するなら内容は以下の通り ・家屋密度の均一化(家屋は最低何m以上か隙間を開けなくては建ててはならない) ・夜間等、どうしても暗所ができてしまう場合はその空間を完全に埋めつぶすか、または常時照らし続ける光源を設置すること その二つである。 「立退きやらなんやらスムーズにいかんからなかなか進まんのよな。」 男が当たりを見回す。 商店街の店舗群にはまばらに歯抜けがあるが、『それ』が出てきそうな隙間は幾つも見えた。 応急処置的にその隙間には蓋がされているか、もしくは不自然に明るいかのどちらかである。 「ま、役所からすりゃ渡りに船ってところだろうね。潰してもしがらみが無いのは楽だしな。」 「とりあえず、中からもう出てこないか見張っててくれ。この穴をふさいだら後は重機の出番だ。」 2時間後、重機がやってきた。 厳重な監視の下、『それ』の温床となっていた家屋が崩されていく。 中にあるモノもろとも崩されていく。 がらがらと後から来た10トントラックに落とされる瓦礫に若干血が混じっているのは巻き添えになった不幸なネズミか猫か? 平常の工事では考えられない荒い速度でそこは更地となった。 閉鎖が解かれ、撤収が終わるころには夜の帳が降りかけている。 瓦礫を詰んだ10トントラックが街の中から出ようと外を目指す。 街の中は異様に明るい。星空というものが見えそうに無いほどだ。 それもそのはずだ。 路地はおろか、建て物の隙間、道路、一般家屋の屋根、果ては浅い側溝の中。それらすべてが煌々と照らされている。 光源が無いのは精々壁くらいなものだ。それとて周囲の明かりで照らされて夜だというのに壁の模様まではっきり見える。 街は異常なまでに光で満ち溢れて、暗い闇の気配など見当たらない。 されど、煌々と明るいその街の中を歩む人々の顔にはどこか暗い陰りが見てとれた。 10トントラックが街を抜ける。 街を一歩出ると、道路は照らされているものの、その上を歩く人間の姿は全くない。 目の前の十字路の信号が赤になる。10トントラックはやむをえず止まる。 無慈悲な信号で止まっている車列の中にバイクや原動機付き自転車は見受けられない。 とん、とん、とん。ととん。とん。 トラック自体は止まっているが、後ろの瓦礫の中から何かが歩く音がしている。 ふと見渡せば、10トントラックの周りの少ない数の乗用車の戸をとんとんと叩いているなにかが見えた。 歩行者やバイクなどの姿が見えないのは単純にこの時間だとそれらの移動手段は危ないからだ。 夜の帳が降りたこの時間では、徒歩やバイクなど、体を暗闇に曝す移動手段は自殺行為そのものと化してしまったからだ。 同様の理由でホームレスというものも見かけなくなった。 信号が青に変わる。 急ぐ車達が車輪を回す。 車にまとわりついて居た『それら』は次々と車輪に踏みつぶされた。 稀に、後に残る火薬に投げ煙草が引火して爆発事故がおこるのは御愛嬌。 郊外の町中を10トントラックが走る。相変わらず、道の上には人間の姿は見当たらない。 2年前からこっち、人類はこの時間になると大体は家の中に引き籠るようになった。 闇の中、外に出ているとしたらそれは馬鹿か酔っ払いか家無しか、もしくは生粋の自殺志願者である。 信号が赤に変わる。 10トントラックは信号に従い静止する。 明るい中心街から遠く離れた郊外の町中、周囲には10トントラック以外の車は見受けられなかった。 「2年前はこの時間だともっと込んでたと思うんだがなぁ…変わるもんだ。」 思わず運転手がぼやく。 周囲の家々の中も外からうかがう限りはすべての部屋に電気が付いている。 が、町全体としては中心街と比べるまでもなく光が弱い。 個々の家々で光源の量はまちまちなのが原因だ。 中心街のような過剰なほどの光源が町には無い。 個人毎の資産に差があるために、一般家庭にはビルやマンションほどに光源に関して強制力を働かせきれなかったのだ。 「…信号待ちはやっぱり心臓に悪いぜ。」 運転手の視線の先には蠢く『それら』の影に影。 夜の町は『それら』が闊歩する異境と化していた。 『それら』人間を感知してかトラックの周りに集まってきている。 「どかんといかねぇだろうな…?腐れ信号め、さっさと青になってくれ。」 運転手がひとしきり冷や汗を流し終わる頃に信号が青になる。 ようやく待ち望んだ青に運転手の顔色が変わる。 冷や汗も引っこみ、緊張した顔でトラックを発進させた。 ぐしゃぐしゃと、『それら』が潰れる感触が尻の下から伝わってくる。 10トントラックはそのまま町を走り抜けた。 後には対象を逃した『それら』がふらふらとさまよっている。 最初こそ10トントラックを追いかけようとした『それら』だったが トラックが自分から一定距離離れた段階で興味を無くしたのか、『それら』は新しい対象へと向かう。 がたがたと雨戸をたたく音が増えている。 2階に潜むその家の主にとってはひどく耳障りな音だ。 「毎夜毎夜うんざりするね。そんなに俺を殺したいのか?」 心底うんざりした、といった風体で家主が呟く。 恐怖が無いわけではないが、何事も常時晒され続ければマヒするものである。 「あーあ、また朝が地獄か?」 試しに窓から庭を見下ろす。 家の周りには掘りが掘られている。掘りがあってもお構いなしに『それ』は一直線に人間に向かっているようだった。 掘りは『それら』がみっしりと埋め尽くし、掘りを埋めた『それら』を足場に『それ』が何匹か庭の中まで侵入していた。 庭にいる『それら』の内2匹ほどが男の顔を見た。 あわてて窓の内に引っこむ。 「…流石に肝が冷えるな。さっさと寝ちまおう。そうしよう。」 一時でも早く忘れたいといわんばかりに家主は布団にもぐりこんだ。もちろん電気はつけたまま。 夜が明ける。 以前ならこの時間に新聞配達のひとつもされていただろうが、もうその文化は消滅してしまっている。 家々に沿うように作られた長い堀は埋め尽くされていた。 AM5:00、掘りに水が流され始める。 それと並行して2台の奇妙な車が掘りを沿うようにゆっくり走る。 その車両は単純に掘りの中にいる『それら』を潰すためだけに存在している。 ぐしゃぐしゃと掘りの中身が火薬へと崩されながら、水で流されていく。 もとは『それら』の体だった物は下水へと流されていく。 その光景は地域によって異なるが、朝一番に『それら』の掃除をするのはどの自治体も同じだった。 AM7:00、人がぽつぽつと動き始める。 家から出る人、家へ帰る人。 皆おっかなびっくり朝の光の中を歩いている。 闇夜の残り香の『それ』が残っている不安と、これ以上無造作に『それ』が増殖することは無くなるという安堵。 それらが綯交ぜになるのが二年前より後の朝という時間帯だ。 「行ってきます。」 「行ってらっしゃい。」 玄関の扉を開けると、玄関前に落とし穴じみた掘りがある。 ごそごそと、4匹ほど『それ』が居る。4匹そろって玄関から出てきた少年の顔を見る。 「今朝は多いなー。もちっと深くしといたほうがいいのかな?」 そうぼやきながら傘立ての隣の槍を取り、4匹の『それ』を処分する。 玄関に備え付けてあるモニターを見て、周囲の安全を確認する 「庭に…は居ないね?塀の向こうもOK。」 「さてと、それじゃ今度こそ行ってきまーす。」 奇妙な『それ』で狂ってしまった世界だが、人は意外に順応するものである。 夜のさびれた田舎町。むろん『それら』はいたるところに蠢いている。 そんな危険な闇夜の中を逃げ惑う二匹が居る。 デスデスデスデス! ダワワー!!! 今時珍しい実装石と実装紅である。 実装石も実装紅も必死で逃げまどっている。 闇夜に増える『それら』は逃げ惑う緑と紅を追いかけて、かなり長いトレインを形成している。 『それ』の爆破対象は人間だけではなかった。すべての実装種も爆破対象となっている。 極稀に山から爆発音が聞こえることがある。 その音は『それ』に抵抗していた山実装の何匹かの偽石が吹き飛ぶ音である。 ダワダワワー! Shhhhh… 追いつかれそうになったからか、はたまたもう走る体力が残っていないのか実装紅が髪を振りまわし抵抗を試みた。 されど、多勢に無勢、おまけに威力も不足がち。 チュドーン!ダパッ 『それ』の一匹がトレインの『それら』の何匹かを巻きこみながら実装紅が居た場所をクレーターに変えた。 デギャァァァァ!! 一部始終を見ていた実装石が相方の最期を目にして半狂乱に逃げ出した。 必死で逃げる、逃げる、逃げる。 ただ一定の速度で追いかける。 されど、元から走り続けていたのだ。実装石の脚に限界はすぐにきた。 デビッヒッヒッヒゥ… 追い込まれた先は袋小路である。 最後のあがきと、実装石が必死で塀を登ろうとジャンプするが無駄なあがき。 Shhhhh… それがその実装石の聞いたこの世での最後の音だった。 チュドーン! 爆発音が聞こえたのでベランダから下を覗き込む。 どやどやと『それ』がなにやら袋小路に集まっているのが見えた。 集まりすぎてて道路が見えない。 爆発のあった場所の付近から悲鳴が聞こえる。 どうにも、先ほどの爆発で家の壁に穴が開いたらしい。 おそらくあの家の住人のものか?もう助からないだろう。 ほどなくして爆発音が3回。 それで悲鳴は聞こえなくなった。あの家にはまだ住民が残っているのだろうか? せめて残っているならその人達位は助かって欲しいものだ。 それにしても爆発原因はなんだ?猫か?それともねずみか? あれにちょっかいをかけるような生き物が、まだこの辺に残っていたとは驚きだ。 今時、外飼いされてるペットなんざ居ないはずだしな。 ベランダから周囲をうかがう。暗くなっている区画はない。 停電は無し。電線は逝かなかったか。これで安心して眠れる。 「それにしても…なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ。」 思わずひとり言が漏れた。 男はかつて実験派だった。 主立っては偽石のリプログラムを好んで行っていた。 基本的にアホな実験ばかり行っていた。 例えば、実装石に格闘ゲームのモーションを組み込んだり 又は別の日は、頭が4つの実装石でも作れないかとめちゃくちゃな異形を作りだしたりしていた。 ある日、なんとなく思いつきでとあるゲームのクリーチャーを実装できないかと試みた。 本人は安価な爆薬を量産できれば儲けられるんじゃね?と軽い気持ちであった。 結果を見れば、それは成功だった。 男の思った通りに『それ』はできた。 男の思惑が外れたのは、『それ』の性質がそのゲームでの出現方法までも模倣してしまったことであった。 「あーあ、まじでどうしてこうなった…」 元凶のはずの男はどこか他人事のように、車椅子の上で呟いた。
