その男の家には水槽がある。 1週間前に購入したものだ。 水槽の中には1匹の仔実装。 虐待派の友人から譲り受けたものだ。 『何か気に障ったら遠慮せず殺せ。 お前みたいな初心者は、ためらって酷い目に遭う事が多いからな』 友人は男にそういったが、男は仔実装に最高級の実装フードを与え、綺麗な服も買い与えた。 仔実装は五体満足で、体も実装石にしては清潔に保たれている。 しかし、仔実装の動きは鈍い。 「・・・ご飯・・・おいしいテチ。おいしいはずテチ・・・」 最高級の実装フードをナメクジ顔負けの遅さで口に運ぶと、そう呟いた。 仔実装の目は濁っている。 「ワタチの服・・・とってもキレイテチ・・・ワタチもキレイテチ・・・キレイなはずテチ・・・」 自分の体を見下ろしてそう呟いた。 時は少し前に遡る。 仔実装が届けられた。 男は友人に礼を言い、仔実装を水槽の中に入れた。 その友人は虐待派らしく容赦というものがなかった。 仔実装は両腕が無く、ガリガリに痩せていた。 手が無くては食べにくかろう、そう思って男がフードを食べさせてやろうとすると、仔実装は悲鳴を上げて逃げる。 「テチャアアアアアアアアアアアア!!! 嫌テチ!!! 服も髪も大切テチ!!! アンヨとられたら歩けなくなるテチ!!!!」 仔実装がひたすら嫌がるので、男はフードを皿に載せて水槽の中においてやった。 「まあ、犬食いすればなんとか食えるだろ・・・」 それだけ言って、刺激を与えないように自分は水槽を置いた部屋から退出した。 しばらくして男が水槽の中を覗き見ると、フードは綺麗に無くなっていた。 そして、仔実装は現れた人間に恐怖して悲鳴をあげる。 「嫌テチーーー!!! なんにも悪いことしてないテチ!!! ご飯があったから食べただけテチ!!!」 男は綺麗になった皿の上にフードを補充しながら答える。 「別になんにもしないから騒ぐな。うるさいぞお前」 「テチ・・・? 痛いことしないテチ?」 仔実装は再び出現したフードと男の顔を交互に見て尋ねた。 仔実装にも、虐待派の友人と男が別の人間であることは分かっている。 今のところ、目の前の男には何もされていないことも。 「テチッ!!! もう大きな声出さないテチ!!!」 男はリンガルなど持っていない。 そもそも、言語を理解できるなどとは思っていない。 なので、仔実装が言った事は正確には伝わらないが、静かになったのを見て満足した。 「とりあえず、さっさと食え」 男がそう言うと、仔実装はフードに駆け寄ってガツガツと食べ始める。 「おいしいテチ!!! おいしいテチ!!! おいしいテチ!!!」 仔実装は涙を流しながら食い漁る。 男はその姿を見て一言、 「しかし、気持ち悪い生き物だな」 と呟いた。 仔実装は食べるのに夢中で、それは耳に入らなかった。 翌朝、男は呆れ返っていた。 「テチーーー!!! オテテが復活テチ!!!」 「デタラメな生物だな・・・」 つぶやきながら水槽にエサを入れる。 そのとき、男は思わず顔をしかめた。 「やっぱ臭ぇ・・・生ゴミみたいな臭いだなコイツ・・・」 その声は仔実装の耳にも届いた。 「テ!!! ワタチくさいテチ!?」 仔実装は自分の体の臭いを嗅ぐが、鼻が麻痺していて自分ではわからなかった。 男がいなくなったあと、仔実装は水差しの水で必死に服と体を洗った。 「キレイにしないときっとまたギャクタイされるテチ・・・」 その夜、男が再びエサを持っていく。 「う・・・やっぱひでぇ臭いだな・・・」 「テ!!! ちゃんとキレイキレイしたのにテチ・・・」 ショックを受けつつも、明日また頑張ろうと思い、出されたフードをガツガツ頬張る。 その様子を見ていた男が一言。 「しかし、何度見ても気色悪い生物だよなぁ。 なんでみんなこんなの飼おうと思うんだ」 その言葉に仔実装の動きが止まった。 ———これはまずい、このままだとまた虐待される——— 仔実装は足りない頭で考え、視界に入った実装フードを使うことに決めた。 「ニンゲンさん! これをあげるテチ!!! とってもおいしいテチ!!!」 こんなに旨い実装フードをあげれば、きっと人間の機嫌を取れるに違いない。 仔実装はそう考え、ペレットを一つ人間に差し出すように手に持った。 「うん? なんだ? 俺にくれるのか?」 男は差し出された実装フードを摘み、しげしげと眺めた。 「猫缶もけっこう旨いって聞いたことあるし、もしかしたらこれ人間でも食えるか?」 恐る恐る、少しだけかじってみる。 「ぶっ!!!」 旨いわけがない。 「泥食ってるみたいじゃねえか! はあ・・・高級品でもやっぱ動物のエサなんか食うもんじゃないな」 ペッペッと吐き出す男を見て、仔実装は混乱した。 実装フードを一つ口に入れてみる。 「おかしいテチ! こんなにおいしいテチ!!!」 ウンコすら食う実装石の味覚など、こんなものだ。 それに気づかない仔実装は更にパニックに陥った。 「まずいテチまずいテチまずいテチ。 またギャクタイされるテチ。 ギャクタイはイヤテチギャクタイはイヤテチギャクタイはイヤテチ」 混乱の中、仔実装は母に教えて貰った"人間を虜にする方法"を思い出した。 「これしかないテチ!!!」 手を頬に当て、少し首をかしげる。 「テッチュ〜ン♪」 仔実装の渾身の媚びポーズ。 「うげ・・・ 信じられないほど気持ち悪ぃな・・・」 通じるわけがない。 そんなこともわからない仔実装のパニックは終わらない。 「おかしいテチおかしいテチおかしいテチおかしいテチおかしいテチ」 ふと、仔実装の目に自分の腕が映った。 「オテテの服がないテチ!!! これのせいテチ!!!」 実装石は服と髪だけは再生しない。 虐待派によって服ごと両手を持っていかれたので、腕は再生しても、肌が丸出しの状態になっていた。 「ニンゲンさん! 新しい服をおねがいしますテチ!!!」 仔実装が腕をさする行為で、男も腕の部分の服がないことに気付いた。 「わかった、明日新しい服を買ってきてやる」 「ありがとうございますテチ!!!」 仔実装はやっと安心して食事に戻った。 男は単に寒いから服を欲しがっていると思っているのだが。 翌日の帰宅途中、男は実装ショップに寄った。 「こちらの実装服なんかどうですか? この冬の新作ですよ」 「へぇ・・・かなり凝ってるんですね。いや、大したもんだ」 どれも綺麗に出来ているので特に不満も無く、店員の薦めるままに購入する。 会計をしているとき、店員が男に言う。 「それにしても、珍しいですね。愛護派の方はこの街にはあんまりいらっしゃらないでしょ」 「え? いや、私は実装石を飼い始めましたが・・・別に動物愛護団体とかではないですよ?」 今度は店員が「え?」と漏らす。 「そう・・・ですか。初心者の方ですか・・・」 男は帰宅すると、実装服を仔実装に渡した。 「ありがとうございますテチ!!!これでもっとかわいくなれるテチ!!!」 仔実装が自分で着替えられることに少し驚きながら、実装フードを取りに台所に行った。 男がフードを持って水槽に行くと、仔実装は既に着替え終わっていた。 そして、男が現れるが早いか、媚びポーズ。 「テチューン♪」 男は固まった。 仔実装の着た服はとても綺麗なものだ。 生地も良いものを使っていて、艶が通常の実装服とは全く違う。 翠星石がさっきまで着てたんです、と言われても納得できるだけのクオリティを持っている。 だが、男が視線を下に持っていけば、丸太のような足。 視線を上に持っていけば、不快感の塊としか言いようの無い実装石の顔。 しかも、『媚び』の表情。 男は実装ショップの店員の微妙な態度を思い出した。 「そうか・・・人間だって、気持ち悪いヤツがドレスを着てたら吐き気がするもんな・・・」 「テ・・・?」 男の言葉に、仔実装は不思議そうな顔をした。 しかし、すぐに 「テチャアアアアアアアアアアァァァァァァァァッァァ!!!!!」 と怒り出した。 「ワタチは可愛いテチ!!! 絶対! 絶対に可愛いテチ!!! ニンゲンの目がおかしいテチ!!!!!」 最後に暴言を吐いたが、リンガルがないので男にはわからない。 「あれ? なんか怒り出した? もしかして自分でも気色悪い格好だってわかってるのかな・・・? もっと安っぽい服にしておけばよかったな・・・うん、なんか、ごめんな・・・」 仔実装は絶句に近い状態で、 「テッ・・・テッ・・・テテ・・・」 としか言えなくなり、最後には立ったまま気絶した。 わずかだが、ストレスで偽石にひびも入った。 「とは言っても、元々着てた服はボロボロでもう着られないよな」 男はそれが実装石にとって生まれながらに持ち合わせた唯一無二のものであるとも知らず、ゴミ箱に捨て、水槽のある部屋を後にした。
