ひとにあらず〜不完全な人間たちと完璧な実装石〜 ※注意!:このお話は大人向けです。炉利ペド同族食いに 嫌悪感を感じる方は、今すぐこのページを閉じて下さい。 ☆ ……裏社会にとって最大の敵は、警察でも民衆でもない。 実はとある問題が密かに、じわじわと拡大しつつあった。 ☆ 「」は、双葉組の下っ端構成員である。 家庭のごたごたにもまれているうちに、すっかり人間不信になって薬漬けの日々を送る うちに、いつしか極道の世界に紛れ込んでしまった。 年齢は二十歳、中肉中背の虫も殺さぬようなおとなしい青年の仕事は、日がな一日先払 い式携帯電話で、目の前にある分厚い書類を頼りに片っ端から電話をかけることだった。 「双葉サービスにご登録ありがとうゴザイマス、つきましては入会登録料*千円を所定 の口座に振り込んで下さい…」 しかし、ノルマの金額に達したことはなく、いつも兄貴に叱咤される…方がまだマシな ぐらい、執拗ないじめを受けるのだった。 が、そのような暮らしが一変したのは、組長の鶴の一声。 「おう、「」…お前も早くこの社会の一員になりてぇだろ?だったら、これから言う仕 事をこなしてくれや、なぁに簡単なことさ…おめぇみてぇな中卒のシンナーで脳みそ溶 けてる連中でも出来る、実に簡単な仕事だから、ぜひやってくれねぇか?」 組長自らの指名とあって、「」は張り切っていた。 この大抜擢に兄貴分から虐められはしないかと恐れたが、杞憂であった。 なぜなら、兄貴らは涙を流さんばかりに大喜びして「」の腕をつかみ、祝い酒じゃ出陣 酒だとわめきながら、夜の繁華街へと繰り出す有様。 さらに、しばらく抱けねぇからと、風俗店まで連れ回され…「」は初めて女を知った。 この破格の接待…もしかして「身代わり」か?と疑った程である。 「」は知らなかったのだ。 刑務所よりもひどい地獄へ、「」は身を投じることになると…。 ☆ 朝五時半。 「」は、寝不足気味の腫れぼったいまぶたをこすりつつ、兄貴の車を待った。 パンチパーマで口ひげでサングラスという、絵に描いたようなヤクザスタイルの兄貴は、 顔に似合わないハイボイスで準備を手伝ってもらったのが昨日の夜。ヤクザと言うより オカマといった方が近いのが印象であった。 二〜三日の仕事と思いきや、アパートを引き払って勤務先に引っ越すというのだ。必要 な物は現地にある、貴重品と服と私物は持っていくが他はこっちが処分するという。 拒否権は「」には元々なかった。 引っ越すとは言っても、「」の私物は少ない。衣装ケース二個分の衣類と私物を納め、 兄貴がどこかから調達したキャリーバッグに貴重品を詰める。 家具と布団は全て処分、食器も現地にあるからと、ごっそりと捨てられた。 掃除などの細かい作業は後でやる、と兄貴はひとまず帰り、「」は買ってもらったコン ビニ弁当をかき込んでから仮眠を取った。 …兄貴の白いバンに乗ってからの記憶がきれいに抜け落ちている。 早朝出発し、現地に到着したのが夕方。 途中運転手が交代していたらしいが、全く覚えていない。 ただ長時間座りっぱなしだったので、足がむくんでいるのと強い尿意を感じるだけだっ た。 兄貴は何も言わず(「」を起こすな)と交代する運転手に伝えてたという。 運転手は兄貴とは対照的に、クリーム色のポロシャツにねずみ色のスラックス、年の頃 は四十代。近所の中小企業の専務といった雰囲気の男だ。 だが、この男も極道世界に生きる者…唯一、カタギの人間と違うのが眼球の鋭さである。 「起きろ、着いたぞ…」 「は…むにゃ…?ここは…?」 「お前の新しい職場兼住居だ、まずは降りろ」 「ふぁ…ふぁい…」 車から降りた「」は、あごが外れんばかりの大あくびと背伸びをして、眠ったままの大 脳に新鮮な空気を吸い込み…勢いよく胃の内容物を地面に吐瀉した。実に見事な噴射ゲ ロだ。 「うげぇえええ!」 「…お前もやっぱり吐いたか、ま、俺も最初は吐いたよ…この臭いはなかなか慣れるも んじゃねぇよな」 中小企業の旦那…陸国という男は、鼻をつまみながら「」を建物内部へ案内する。 「…げほっ、ここ、なんすか?もしかして、死体を…」 「俺は実際に嗅いだことはねぇが、恐らく人間が腐った臭いの方がまだマシだ、あの糞 蟲に比べりゃな」 「糞蟲?」 「」は、ここで理解した。 そして陸国に向かって土下座をした…涙を流しながら。 「頼む!兄貴ぃ!!!俺、何でもします!人をバラして薬売人でも何でもします!臭い 飯も食います!!!前科者でもいい!田舎の親父お袋はもうに縁を切ってんだ!!だか ら…だから!!」 陸国は「」の方を見もせず、ぼつりと(もう決まったことだ)とつぶやく。 「兄貴ぃいいいい!殺生な!!実装石…糞蟲だけはやめてくれ!!!!!!」 陸国はさらにつぶやく。 「お前、糞蟲の扱いには慣れてるんだろ?だったらいいじゃねぇか…金になるしよ」 「金とかそんなんじゃねぇんだ!もう糞蟲はこりごりなんだよ!!」 「お前の事情は知らん、親父の命令に逆らったら…わかってるよな?」 「」とて人の子。むざむざと死にたくはない。 とうに日が落ちた山の中腹に、男の嗚咽が静かにこだました。 ☆ 「」が某所の実装石工場へ連行される一週間前。 双葉組事務所の応接間で、組長と陸国が今後の「」の処遇について話し合っていた。 「親父、正直「」は極道に向いていねぇ、シンナー脳で仕事はろくに出来ねぇし覚え も悪い…だけど親父はどうして「」にこだわるんですかい?」 親父は指定暴力団を束ねる組長として、関東一帯にその名の知らぬ極道はいないとま で言われた男である。 そんな男がなぜ、人間のくずを絵に描いたような「」を気にかけるのか、組幹部の陸 国には理解できなかったのだ。 「まぁ話せば長くなるが…「」をああいう人間のくずにしてしまった原因は、ワシに あるじゃ…」 ☆ 「」の生みの両親は、敢闘の中堅都市で小さな木工加工会社を経営していた。不景気 で運転資金を得るのにヤミ金に手を出してしまったのが始まりだった。 ヤミ金の責任者として日夜利息の取り立て総額を勘定する若き組長は、なかなか催促 しても無駄足に終ってしまう「」の会社へ、毎日督促の電話をかけ、さらには構成員 を工場や経営者夫婦の自宅にまで押しかけたが、成果は上がらなかった。 そこへ、下っ端の構成員よりとんでもない情報が舞い込んできたのだ。 『兄貴!あの夫婦が都議会議員へ泣きつきやがった!』 組長は(それは想定内だ)とまだ余裕の表情であったが、構成員が告げた都議会議員 の名前を知るや、一気に暗雲が立ちこめたのだ。 『…K産党か…これは手厳しい』 『だって未だ過半数取れない万年野党の赤が、そんな影響力あるんすか?』 『バカ野郎!俺らのやり方が全く通用しねぇから恐ろしいんじゃねーかっ!』 要は金の力が、この党の議員には一切通用しないのだ。また下手に騒がれて世論を動 かせばヤミ金商売がしにくくなるだろう。それだけはなんとしても避けたいのだ。 『…おい、お前今すぐ公園に行って、元気のいいマラ実装を捕まえてこい』 『マラ実装?』 『ああ、俺にいい考えがある…』 組長の表情は、それは見るもおぞましい悪魔のそれと同じであった。 『…事故で死んでしまえば、例えK産党議員でも何もできまい…』 ☆ かくして「」の両親は、組長の策略により交通事故を起こして即死。 孤児となった「」は親戚内をたらい回しにされ、新しい養父母になじめず人生をドロ ップアウトすることとなる。 陸国は、ようやく乾いた喉に温くなった玉露を流し込んで、一息ついた。 「…凄まじいですね、まさか実装石をけしかけて完全犯罪とは」 「ワシもな、これはイケると思ったもんじゃ…事故の原因が実装石だと判れば警察も それ以上深く追求せんしな…保険金も事故死だと倍になるからの」 だが組長の表情はまだ晴れていない。 「…この話はまだ「」は知らねぇ、ワシが箝口令を敷いてるからな…それとだ、これ から話す内容については、一切忘れろ、いいな…」 組長が抱える闇は、もっと深そうだ…と、陸国は極道に生きるとはこういうことなの かと、初めて自分の置かれた環境が怖いと感じたのだった。 ☆ 「」には、三歳年下の妹がいた。 つややかな栗毛の長い髪が自慢だった。 両親と外出するときは、いつもモスグリーン色したワンピースを愛用しており、靴も 同色のエナメルローファーがお気に入りだった。 「」と妹は車の後部座席に、両親は運転席と助手席に。 かなり慌てていたのだろう。 減速もろくにしないまま、路地を左に曲がって… ちょうど左前方には大きめの公園があり、そこは野良実装のコミューンが存在しており、 たびたび車道へ実装石が飛び出してくるのだが。 実装石の足はかなり遅く、ほとんどの車はハンドル操作でこれをかわすが、周囲の安全 確認を怠った両親には血涙を流して駆け寄る実装石の姿は見えなかった。 鈍い衝撃音。 あっけなく実装石は空高く舞い上がって、車道へ思い切りたたきつけられ、原型を失っ た赤緑の体液と緑色の糞を周囲に飛び散らかせた。 本来なら両親は車を止めるべきなのだが、両親はそれをせず、さらに実装石を乗り上げ る形でひき逃げしようとした。 実装石の体液が潤滑油となって、タイヤがスリップ。 そして右側のガードレールと電柱に猛スピードで突っ込んでいったのだった。 「」が覚えているのは。 なにかピチャピチャと粘っこい水の音。 デッスデッス…と実装石の、臭い鼻息。 妹の絶命した顔。 妹に覆い被さるようにして、必死に腰を動かしていたマラ実装。 ☆ その日はとても蒸し暑かった。 時折山から吹き下ろす熱風が、麓の住民の精神を逆なでする。 ただの熱風ならまだガマンできるのだが、この山からの風には、強烈な実装臭も含まれ ていた。 麓の町村で、この時期大がかりな実装駆除が行われる。 子ども達が遊ぶ公園や、廃墟になった住宅やビル、不法廃棄された乗用車など、実装石 が潜んでいそうな場所全てに、殺実装薬を噴霧してしばし待つと…薬品の効果で「最期 に太陽に浴びたい欲求」の元、次々出てくる実装石を捕まえて、薬品が入ったドラム缶 へ廃棄するのだ。 こんな小さい村でも実装石は、条件さえ合えば爆発的に繁殖し数を増やしてしまう。 毎年ドラム缶五本程度の捕獲数だが、今年もまた実装臭を多量に含んだ熱風が吹く。 村役場は小高い丘の上に位置しており、役場の三階に登って、東側の窓から村の全景が 見える。 「…そろそろ開始しますか?村長さん」 「んだな、臭くて窓はおろかエアコンを通しても臭ってくるからのぅ…帰省時期までに は間に合わせたいが」 「しっかし、原因は何でしょうねぇ…毎年大量に糞蟲捕まえる割には大した効果がない …やっぱりあの山の…」 「これ、やめんか!あの山の持ち主については何も言うでねぇ!この村がこうしていら れるのは、先生のお陰なんだから」 窓を眺める麓の村長と駆除の全体指揮を執る消防団団長の会話が、毎年ほぼ変わらない なぁ…と、駆除に当たる消防団員と村役場の係の為にせっせとにぎりめしを握る、初老 の村長夫人は苦笑していた。 開始時刻は目前に迫っていた。 ☆ 木漏れ日が漏れる山中に、かすかな物音がする。 小動物がいてもおかしくない自然豊かな山林に、小さな小動物らしき物ががさがさと紛 れ込んでいた。 実装石だ、しかも親子だ。 がさがさがさ… かさかさっ…かさかささっ モガモガデェッ…デッ! デェエエエエ… モガッテッチュ…テェッ…! テェエエッ… 鳴き声を敢えて実装リンガルで訳すと、こんな会話が拾えた。 (もうすこし上まで登るデス、ガマンするデス) (ママァ!アンヨがイタイテチィ…もう歩けないテチャ。それにお口の葉っぱはもうと ってもイイテチュウ?息がしにくいテチュ!) (取っちゃダメデスゥ!ガマンするデス、もう少しで逃げられるデス!そしたらアマア マたくさん食べられるデス!) (アマアマ!いやぁ!いやテチュゥ!もう走るのいやテチュ!今食べたいテチュ!アマ アマ食べたいテチュ!!ママァ〜!テェエエン!) (泣いちゃダメデス!見つかるデス!イイ仔だからガマンするデス!泣くとそれだけお 腹空くデス!) 無論、母親の手にはアマアマらしき物は何一つ持っていない。おそらく木の実でも見つ けて仔実装に食べさせようと思っているのか、それともとっさに出た嘘なのかも知れな い。 この山は、地方の実力者の私有地であり、麓の住民が立ち入ることは皆無であった。 そこへ、麓の公園から逃げてきた実装石親子が、身を隠すために紛れ込んだのだ。 町内の数カ所で、年に一度の実装石駆除を行う。逃げるタイミングを計り、隙を突いて 器用に身を隠しながら、公園裏手にある山の入り口に進む。 親の方はかなり賢い部類に入るのであろうか、毎年公園の街路樹に白い花が咲く頃にな ると決まって人間が紫色の臭い液を住処とする公園にまきに来ることを覚えているのだ。 今年も白い花が咲いた。 そろそろ人間がやってくる…上手に隠れたハズの仲間が光を求めてよたよたと這い出し てくる光景は、実装石ながら地獄だと思ったことだろう。 自分の親は目と鼻と口を幅の広い葉っぱと新聞紙で重ねたマスクを作り、子供らに着け させたお陰で、今の自分がある。 思えば、自分の母親は(元・高級飼い実装)として、人間のお手伝いをして暮らしてい たが野良になったときの処世術もそれなりに学習していたようなのだ。 その処世術は確実に仔である自分に受け継いだというのに、我が愛しい仔にはまったく 学習能力が備わっておらず、ごわごわするから嫌テチュと防護マスクを着けるのを嫌が るのを無理矢理に着けさせ、仕方なく山の中へ逃げてきたのだった。 無論、現在自分の仔はこの一匹だけ。残りは学習能力が欠落していると理由で、少しず つ間引きしていった。 それはとても哀しいことではあるが、母親の願いは自分の能力を完璧にコピーできる仔 を残すことであるから、妥協は一切許されずに鬼の心で間引きを実行していったようだ。 しかし、この最後の仔も…望みは薄かった。 毎年数匹仔どもを産んでは潰しを繰り返すも、年々糞蟲発生率が高くなってきていた。 母親は思う。 もしも、この次妊娠しても賢い仔が産まれなかったら諦めよう、と。 ☆ どのぐらい歩いたであろうか。 道なき道を進むのは人間も実装石も、非常に骨の折れる行動だ。 この親子は辛抱強く山の上へと登るのだが、ほんの数メートルも歩いていない地点で仔 実装が、もう歩きたくないとワガママを言い始めた。 それはそうであろう、まだサバイバルを経験したことのない仔実装は、唯一使える能力 …ワガママを言うことで、この辛い場面を乗り切ろうとしていた。 ママなら何とかしてくれる、ママは無条件に子どもを守る…幼い思考回路では、母親へ の配慮は全く欠けているものだ。 この仔にとって、母親が世界の全てである。母親がいなくては生きてはいけない。 が、母親は仔どもをすでに邪魔にし始めていた…。 ワンワン泣く仔どもがいては、いずれ人間に捕まる。 捕まってしまっては元も子もない。 かつて、自分の母親もそうして人間の魔の手から逃れるために仔ども殺しをしてきたの だ。 …ここで捕まるわけにはいかない。母親の高い能力を自分が受け継いだから、今度は自 分の我が子にも受け継がせたい…子孫を絶やすことは出来ないが、自分が死んでしまえ ば意味がない。 ならば、いっそのこと自分の手で。 母親が、この仔実装に安らかな死を与えることが、最後の愛ではないだろうか? 賢いとはいえ所詮実装石。この辺りの思考は実に実装石らしい、身勝手な発想である。 (ママァ!お腹空いたテチ!アマアマ食べたいテチュ!) (ママね、あんたのこと、大好きデス…) なおも嘘泣きしながらひっくり返って、手足をバタバタさせる仔実装へ、母親は地面か ら拾った鋭利な小枝を手に、いつもよりも優しい声色でつぶやいた。 (ごめんデスゥ…ごめんデス!) (ぐぇっ!チベッ!グボォ!) グチャリ…グリグリグリ…ゴキッ… 小枝の先が、仔実装の体内に内蔵された偽石に偶然にヒットした。 母親は本能的に仔実装の傷口へ両手を突っ込み、偽石を取り出した。 (ヂャアアア!アタチのオイシ!ママァ!オイシ取っちゃダメテチ!なんで?なんでテ チ?しにたくないテチィ!ママァーーーーッ!ころさないでテチ!しにたくないテチャ ァ!ごめんなさいテチュ!ワガママもういわないテチュ!だからオイシ取っちゃダメテ チュウゥウウウウ!!) (こうするしかないのデス!生き残るのはママだけでいいんデスゥ!) 母親は色つきの涙を流しつつ、体液にまみれた仔実装の偽石を愛おしそうに抱きしめて から静かに…でも力強く、歯で噛んだ。 ガリッ! (ヂュアアアアアアアアア!テギャァアアアアアア!ブフォア!) 仔実装は甲高い悲鳴を上げ、体が大きく仰け反った後…ガクッと絶命した。 あまりにも力強く噛んだので、一度で偽石にひびが入ったのだ。 しかも仔実装には、母親が自分を殺そうとしているという事実が強いストレスとなって、 半ば自壊しかかっていたのもある。 ともあれ、可愛い我が仔は死んだ。 死んでしまえば、親も仔もない。 母親は、今の仔実装の断末魔で人間に見つかったのではないかと焦った。 しかし、これで…あとは己がこのピンチを乗り切ればいいだけ。 …仔どもはいつでも産めるのだ、次は自分に似てとても賢い仔を作って育てよう。実装 石とはそういう生き物なのだ。 動かなくなった仔どもは、もはやただの食料でしかない。 母親は素早く仔どもの肉を口へ放り込み、持てるだけの肉片を脱いだ頭巾でくるんで肩 に背負った。 そして、山道をとぼとぼと歩き始める、生きるために頂上へ向かって。 ☆ 妹の翠(みどり)は、ほんとに可愛い。 生まれた頃から、お父さんとお母さんはずっとみーちゃんばかり見て過ごしていた。 ボク?ううん、ちっとも寂しくなんかないよ! だってみーちゃんはボクを見て、笑うんだ。 天使って本当にいるんだね。 可愛い可愛い、ボクの妹。 ☆ 最近お父さんと一緒に、ご飯を食べたことがない。 仕事が忙しいって言ってるけど、お父さんは毎日家にいてばかりいて、誰かと電話でお 話ししている。 お母さんは(自分の部屋に行っていなさい)とボクを叱る。 お父さんは誰とお話ししているの? ☆ ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい ボクは学校で、クラスのいじめっ子になぐられた。 ソイツの家は、クラスで一番の金持ちで嫌なヤツだった。 ボクの他にもいじめられている子がいると思う。 「お前の親父が、俺のパパに金借りて返さないんだよ!人の金返せよ!泥棒!」 ボクは泥棒じゃないよお父さん助けて でもボクが悪いならあやまるよ ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい ☆ 学校には黙っていなさい、とお母さんに言われた。 なんでって訊いても、教えてくれなかった。 ☆ お父さんが、久々に笑っていた。 そして、家族でドライブに行こうって。 だけど、変なんだ。 大事な物を持って行きなさい、だって。 ボクは、大事にしていた怪獣図鑑と携帯ゲーム機をリュックに詰めた。 みーちゃんは、毎日遊んでいる人形と着替えセットをリュックに入れていた。 ☆ 車に乗って、ドコへ向かうのだろう? お父さんは、隣のお母さんと話をしていた。 ボクには難しい話だ。 「…昨日、地域のK産党支部の人が言っていた、相談センターに行く」 「あなた…大丈夫なの?ご近所に顔向けできなくなるんじゃ…」 「別に今すぐに勧誘されないみたいだし、まずは自己破産さえ出来れば」 「あなただって知ってるでしょう?私の姉の旦那さんはJ衛隊だって」 「隊員の奥さんが党活動していることだってあるし、迷惑はかけないさ」 ボクは見たんだ。 お茶碗を持つ手の方から、緑色をした子人のような物が、僕らが乗った車に向かって走 ってくるのを。 しゅぅうううううううううう …はぁはぁはぁ…はぁ…ううっ ぴちゃぴちゃ…ぐちゅぐちゅ…ぐぷっ ぎしっ、ぎしぎしっ… ポチャン…ポタッポタッ…ポタッ …いたい いたい、いたいいたいいたい いたい… 体中が痛い、足が痛い、頭が痛い 気持ち悪い、お腹がムカムカして車酔いした時みたく、また臭いドロドロを出しちゃう のかな みーちゃん、お父さんお母さん… お母さん!ボクはここにいるよ! いつものように、抱っこして頭をなでてよ! お父さん!今日のお父さんは怖いよ いつもの優しいお父さんに戻ってよ みーちゃん、みーちゃん、ドコ? みーちゃ… 『デッスー!デッ!デッスン!デプッ!デェッデェッデッデッ…』 うわ!マラ実装だ! お前みーちゃんになにを… 『お、おにぃちゃ…みーちゃんね、おなかいたい…ゲフッ!』 みーちゃん、口から血が出てる! お腹痛いの? 大丈夫だよ、ボクがいつものようにお腹をさすってあげる お父さんのようにお腹をゆっくりなでると、お腹痛いのなんて治っちゃうよ! それにしてもマラ実装がいて、ボクみーちゃんのそばに行けないよ 窓のガラスが割れている。 ボクはその中で持ちやすそうなかけらを選んだ。 つかんだときに、手が切れて血が出たけど気にしない。 それをマラ実装に向かって、振り下ろしたんだ。 ぐさり 『デッ!デギャァ?!』 ちょっとは効果があったみたいだけど… くそ!みーちゃんから離れろ! くそっ!離れろ!はなれろはなれろはなれろ! 『デギャア!ゲボァ!ゲグギャ!ゲフッ!…』 えいっ!みーちゃんから離れろぉ!! 『デギャァアアアアアアアア!…』 パキン、とマラ実装から何かが割れる音がした ボクはそれを(頭の骨が折れた音)だと思った マラ実装は大きく逆エビのようにのけぞってから、口から泡を吹いて、ぐちゃどすんと 落ちていった これでみーちゃんは、もう大丈夫… みーちゃん? みーちゃん、もう大丈夫だよ マラ実装はやっつけたよ 『…お、にぃ…ちゃ…』 ボクを呼んだあと、みーちゃんは大きな咳をして、口からいっぱい血を出した 『ぼぶっ!ゲフッ!…ぐぼぉ…』 みーちゃんはあんなにくるしそうな顔をしていたのに、今はなんだか寝ているみたい よかった…みーちゃん、やっと眠ったんだね ボクはそこで、みーちゃんと車から出ようとしたんだ なんとかボクが通り抜けられそうなスキマがある、まずみーちゃんを外へ出そう そして大人の人を呼んで、救急車を呼んでもらおう みーちゃんはおちゅうしゃが嫌いだけど、イタイイタイを治すんだからと、 ガマンするんだ みーちゃん、今出すからね… ボクはみーちゃんの左手を引っ張った どすん みーちゃんはそのまま椅子のスキマに落ちた そのとき、みーちゃんがいつも着ているお気に入りの緑ワンピースが、胸までめくれた ボクはそこで、初めてみーちゃんがマラ実装に何をされていたのかに気がついた みーちゃん、今ね ボクの綿棒で みーちゃんの中をきれいにしてあげるね おしっこをガマンしているときみたく、体がムズムズして… 気持ちがいい みーちゃん、みーちゃんが大きくなったら ボクみーちゃんをおよめさんにするって言ったの、覚えてるかな? ☆ 夢とは、実におぞましいものだ。 忘れたいことを、意図もたやすく再現してみせるのだ。 「」が忘れようとしていること。 それは事故とは言え、妹を犯して死なせたという事実。 理由は別に快楽を求めたわけではない。 子どもらしい理由だった。 しかし、好奇な大人からは(瀕死でマラ実装に犯されていた妹を助けようとせず、さら に犯して死なせた)と、「」の精神及び私生活はさらに荒れる原因となった。 学校などは全く行っていない。 妹の幻影を忘れるために、トルエンで自ら記憶装置を破壊しようとした。 もっとも、シンナーは逆に妹の幻覚を四六時中発生させる薬であり、さらに「」の精神 を発狂させるに充分なトラウマを植え付けた。 …十六歳になり、「」の身も心も限界になる直前であった。 小学生の頃の、いじめっ子の父親が「」の前に現れた。 ☆ それが、親父こと双葉組組長である。 因果な運命で、当時組長は我が子の失態を心から詫びていた。 そして(失った物は戻らないが、それに近い物で償わせてくれ)と、今後一切の養育と 支援を約束した。 まずシンナーでボロボロになった身体と精神を、医療機関でじっくりと癒やした後に、 生きるための技術をたたき込まされた。 無論、極道としての、である。 なんでもやらされた。 オッパイパブの呼び込み、運び屋、パチンコ店でのサクラ、対立する政治活動の妨害、 オレオレ詐欺。 そのどれもが犯罪すれすれか犯罪そのものであったとしても、シンナーで命を落とすよ りは遙かにマシだ。 ただ、どれも「」は満足にこなすことが出来ず、兄貴分からは毎日文句を言われるが、 拳やキックが飛んでこないのは組長が「」に対する暴力を一切禁じたからだった。 まぁ、影でかなりぼこぼこにされたりしたが。 ☆ カタギの世界に戻りたいとは思わなかった。 実の父親と妹には、心の底から絶望していたから…。 ☆ 「」の夢には、いつも妹が登場する。 お気に入りの、深緑色のワンピースをたなびかせて。 豊かな栗色のロングヘアが、風に揺れて、辺りに香しいローズの花びらが本当に見える ような錯覚を覚える。 『おにいちゃん!あのね!翠ね!みどりは…おにいちゃんが大好き!』 彼女の笑顔は…月並みな表現だが…太陽のようだった。 思えば、あの頃が「」にとっての黄金期であった。 何も知らないでいるというとこが、どれほど幸せなことか。 優しい母、厳しいが決して仕事に関しては妥協を許さなかった父、可愛い妹に囲まれて いた「」。 このままでいれば、極道の世界になどに落ちることもなかったはず。 運命とはなんと残酷なこと。 で、ピンク色の空気が少しずつ、視線の端から少しずつ浸食する。 実装石の糞色に。 デス…デプププ デスゥ… デッ!デェッ!! ぺちんぺちんぺちん 妹がマラ実装に犯されている。 それだけならば、まだ良かったのかも知れない。 妹の上で、腰を振り奇声を発するマラ実装を混濁した意識の中で目撃し「」は傍らに落 ちていたウィンドウガラスの破片で指や手が切れてしまうことも恐れず、マラ実装の性 器をすっぱり切断した。 「デギャァアアアアアア!ギャアアアアア!」 股間を押さえて転げ回るマラ実装にとどめをさし、妹を性の奴隷から解放させる。 幼い蕾は無残にも押し広げられ、そこにマラ実装の太すぎる性器がビクンビクンとまだ 脈打っている。 「」は急いで醜悪な肉の棒を抜き取り、半ズボンのポケットからハンカチを取り出して、 妹の大事な部分を丁寧にぬぐう。 「痛かったろう?でももう大丈夫だよ、お兄ちゃんが悪い実装石をやっつけたからね… ねぇみーちゃん、寒くないかい?お腹空いていないかい?」 翠は「」の、いや「」一家の自慢の娘だった。 むしろ長男である「」よりも、両親の愛を独占していたと言っても良かったが「」自身 も妹が可愛いと思い、むしろこうなることが自然であると思い込んでいた。しかし、成 長するごとに現れてくる(女)という性差は、男の「」には理解できない領域で、寂し いからつまらないからと親の注意を引こうと、砂糖と塩を入れ替えたり、植木鉢を壊し たりとイタズラをしては、「」がやったんだと嘘を付く。 「」が両親に怒られる場面を密かに見ては、ニヤニヤと笑う妹。 それに気がついていてもなお、妹想いの「」は妹をかばい続けて虚実の罪を重ねていっ た。 ふと、妹の身体を擦る手が止まった。 妹の大事な所は、きれいになっているが、年齢にしては大人びた形状のソレは、明らか にマラ実装の物が侵略する以前にその物相当の異物が通っていた形跡が残っているのだ。 「…おにぃ…ちゃ…み…みないで…パパァ、パパはドコ…?翠、いいこに…してた…よ? またナイショで…ママにナイショで…」 ふと意識が戻ったのか、翠の口から意味深な空気が漏れる。 「ぱぱぁ…ぱぱぁ…パパ、また…気持ちいいこと…して…翠を可愛がって…」 妹は…父親と契っていた…。 こんな幼い身体で、父親の物を受け入れていた。 「」はこの日、両親と妹と、儚い家族の絆を一度に失った。 あとの事は断片的にしか覚えていない。 まだ幼くて折れそうな性器を妹のソレに重ねる。 肉親の内部は熱く潤んでいた。 「おにぃ…ちゃ…い、いやぁ…いやだ…」 「…オマエなんか妹じゃない、妹じゃない…この悪魔め、みーちゃんから離れろ」 「おにぃ…おに…」 「」もまだ幼かったが、多少の知識は持ち合わせていたし、年齢にしては 早く精通を迎えていた。 気持ちいいという感触はなく、怒りと絶望で、妹の体内を白く汚した。 ソレが妹にとって、生命の灯火を消した事は判っている。 けれど自身も怪我をしているのに、妹をどうして助けられようか? (ボクがきれいにしてやるんだ… マラ実装とお父さんで汚したみーちゃんをボクがきれいにするんだ) ☆ 「」は無意識に、今日の夢はやけにリアルだなと思った。 なぜなら、頬を叩くウレタンの感触と、パンコンした糞の臭いが実際に感じるからだ。 夢でも、こんなにハッキリと感触と臭いを感じるなど、初めての経験であった。 「や、やめろ…やめろぉおおおっ!」 ばしん!どすん!ごろごろごろ…どすん! 「デギャァアアアアアア!ヂャアアア!」 「え?」 「」の意識が、緑の糞色から闇色へと変化した。 慌てて室内蛍光灯のひもを引っ張り、電気の力で闇を駆逐する。 変色した畳の隅で転がる、デギャデギャと泣きわめく大きめの実装石がそこにいた。 「」が無意識に実装石を蹴り上げたのだろう、壁まで転がって激突したそれは、強打し た頭を抱えて痛みを泣くことで中和しようとしている。 パンコンは若干しており、実装石臭を駆逐するはずの部屋の消臭剤も処理能力を超 えてしまったようで、一面吐き気を催す臭いで充満していた。 「おわぁッ!くせぇ!なんだって糞蟲が?!」 「」は色つき涙でパジャマ代わりのTシャツが汚れるのも気にせずに、むんずと実装石の 襟元をつかんだ。 が、五十センチほどの大型犬並の大きさを誇る成体実装石、大人の男性でもそう易々と 片手で持ち上げるのは難しい。 「お、重っ!この窓から放り出してやる!この糞蟲が」 「デェエエエエエエエ!グェエエエエエ!デギャギャギャ!」 この実装石にも、魂がある。 駆除から必死で逃れ、足手まといになった我が仔を殺して喰らい、嗅覚を頼りにこの食 実装飼育センターまでたどり着いたこいつは、なんとか壊れたガレージから何とか建物 内への侵入に成功した。わずかに残った野菜炒めのかすかな残り香を次なる目標に定 め、「」の居住スペースまで奇跡的にたどり着いたのだ。 実装石ですら持っている、生き延びたいという本能が、「」の闘争心に火を付けた。 実装リンガルはスマートフォンに装備していないので、命乞いをしている実装石の叫び は理解できなかった。虐待する気も失せ、とりあえず糞で汚れたところを掃除しろと命 じて、また夢の世界へ「」は戻っていった。 ☆ 朝…とはいえ、すでに時刻は正午近かった。 「」は時計を見るなり、奇声を上げながら飛び起き、部屋の片隅にある操作パネルをお ぼつかない指先で押していった。 「」がこの操作を行わないと、この工場は動かないのだ。 「」は途端に首をかしげた。 すでに操作され、午前中のやるべき仕事が終っていたのだ。陸国兄貴はもういないし、 この機械を操作できる人間と言えば自分しかいないはずである。 (まさか、夕べ侵入してきた実装石が?ばからしい!そんなこと、あるわけが…) 後ろでごそごそと、何かがこすれる音がした。 「」が振り返ると、、自分の身丈よりも大きくて重いはずの布団を畳んで押し入れにし まおうとしている実装石…夜中にこの工場へ忍び込んできた成体野良実装石の姿があっ た。 「オマエ…布団…」 「デェッ!ゴシュジンサマ、おはようデス。お布団片付けるデス」 流暢な日本語、もといニンゲンの言葉を喋っている。 自分の目と耳を疑うには充分な光景であった。 「オマエ、野良だろ?なんで高級飼い実装並みの能力を持ってるんだよ?」 「ママが昔ワタチに全て教えてくれたデス、ママは高級飼い実装デス、でもママのゴシ ュジンサマがパキンしたから、ママもパキンしちゃったデス…アタチはオハライバコに なって公園に捨てられたデス」 高級も高級、最高級の飼い実装なら、価格はどんなに安くても十万は下らない。そんな 優秀な母親を持った仔も母親の躾と教育が功を奏したのだろう、野良ながら完璧に親の 能力をコピーしていた。 ただの実装石だったらもう殺していた。 だが、虐待する事も忘れて「」はこのスーパー実装石に興味を覚えた。 「…なぁ、もしかして、コレもオマエがやったのか?」 コレ、とは工場の操作パネル操作のことだった。 実装石は、こくりと頷くとそのまま畳の上に正座をした。 「お願いするデス、ワタチをしばらくここにいさせて下さいデス…邪魔なら殺してもイ イデス、せめてワタチがワタチのように賢い仔どもを産むまでの間、待ってて欲しいの デスゥ…賢い仔を一匹この世に残せたら、ワタチは満足デスゥ」 「んじゃ、出来の悪い仔どもと一緒にオマエを殺すが…いいのか?それで…残された子 どもはどうするんだ?」 「ワタチと同じように賢い仔なら、ママがいなくても生きていけるデスゥ、それがワタ チの役目デス、ご主人様の命令には絶対服従するのは当たり前デス」 ともあれ、取引成功だ。 この賢い実装石が自分の分身とも呼べる賢い子孫を残したら、「」が出来の悪い仔ども 共々殺すことに。 「」は、紳士のそぶりをしながら、内心は(出来のいい仔も殺すがな)と悪魔の計画を 立てていたが。 「」は実装石の能力を甘く見すぎていた。 初めてみる最高級飼い実装の能力は、人間を遙かに凌駕していた…むしろ母親ですらこ んなに家事を手早くこなす事が出来ただろうか? 炊事や洗濯などの家事はもちろんのこと、多少の機械操作なども説明書を読んでから完 全に理解して操作することも可能だった。 わずか半日で「」が汚した詰め所の四畳半が、ものの二〜三時間の間にきれいになって いった。 何より、ゴシュジンサマに絶対服従という鉄の掟を守り、決してワガママを言わないと いう態度に男の虐待心などいとも容易く融解させていった。 「なんで野良やってるんだよ」 「仕方がないのデス。受け入れる先がなかったのデス」 実装石自身が語った身の上話は、他の元飼い実装のそれとあまり変わりがないものだ。 高級飼い実装が望まぬ妊娠をしたが為にオハライバコとなった、というのはごくありふ れた「実装石を捨てる理由」でしかならない。 「それでもママはワタチを高級飼い実装としての知識を全て伝授してくれましたデス。 だけど、ワタチの仔には…」 「お前も母親だったのか…そりゃあ辛いな」 「デスゥ…そこで、ここで最後の望みをかけて、もう一度仔どもを作って一から育てた いのデス、もしもその仔が救いようのないバカならワタチも一緒に処分しても構わない デス」 それは、確率の低い賭けであった。 実装石が言うには、今まで人間の手の指全部の仔どもを産んで育てたが、自分のように 人間の言葉を話して仕事が出来るような能力を持つ仔は、全然生まれなかったという。 「こないだ生まれた仔に望みを託したデスが、賢さでなくずる賢さが勝ってしまったデ ス…飼い実装としては致命的な能力デス」 「確かに…な」 ともあれ、奇妙な共同体が生まれた。 元高級飼い実装の仔どもで自身も優秀な能力を誇る実装石と、妹をマラ実装に殺されて 実装石を憎むヤクザ。 どう考えても、この組み合わせの先に明るい未来など待っているはずがないとお互い考 えているが、ひとまず共闘を組むことでお互いが望む幸せを目指そうという共通の目標 が生まれたのだった。 ☆ 「」の生活は一変した。 全ては小さな家政婦…最近大ヒットした家政婦ドラマから名前を拝借して「ミタ子」と 命名された実装石が家事の全てを取り仕切り、工場の管理もミタ子の指示の元に時間通 りに行われていた。 「ええと…今日は青色のトラックが来たからこのボタン…」 「違うデス!青色ブーブーの時はこの紫ボタンを三回押すデス!」 肝心の「この工場は実際何を生産する工場なのか」については、ミタ子も「」も全く見 当が付かなかった。 陸国兄貴は、当初毎週一度は食料や嗜好品を運んできていたが、そのうちトラックの運 搬時に一緒に運ばれるようになっていた。 「今日はご飯が届く日デス!ゴシュジンサマはもう少し野菜を取らないと病気になるデ ス!それからタバコはやめるデス!じゅどうきつえんというのも問題になっているのデ スよ!」 「いちいちうっせーなミタ子は…まぁ運ちゃんに伝言しておくさ…タバコは勘弁してく れよ〜」 反発しながらも、何とか共存して過ごしていた。 だが、歯車というものはメンテナンスをしていないとかみ合わなくなってる物だ。 この奇妙な共同生活にかすかな亀裂が生じたのは、ミタ子がここへ来てから一週間後の ことで、きっかけはミタ子の妊娠が発覚したときであった。 ☆ 「あ…ゴシュジンサマ!ワタチ、妊娠してしまったデス!」 「え?なんだって?!」 それは野菜が足りないとして、とりあえず緑の野菜ジュースを運転手に伝言して届いた 日のこと。 「」へ飲ませようと早速ペットボトルのフタを開けようとあのウレタンの手で格闘する こと十五分、何とか開けたのだが、弾みで緑色のジュース液がミタ子の顔にかかってし まったのだ。 「…もう、お腹が膨れてきたデス」 「早っ!トマトジュースじゃなくて幸いだったけど、どうするんだ?生むのか?ここに は満足に子育てできるような道具はないぞ」 「それは大丈夫デスゥ…けどしばらくはお仕事できなくなるデスゥ…そうなったら約束 通りワタチはゴシュジンサマに殺されるデスゥ」 「いや、それはないから…まずは休めよ」 心にもないことをさらっと言った「」だが、実際には出来の悪い仔どもを処分する際に たっぷり虐待できるなと密かに計画をしていたので、この展開は最初から計算のウチで あった。 そのための緑の野菜ジュース注文なのだし。 「確か早くて二〜三日で出産だったな、出産用の水場とオクルミ代わりの俺の服でも出 しておくか」 「デェ〜…ゴシュジンサマ、ごめんなさい」 「いいってことよ、お互い様じゃないか」 「違うデス、仔どもが生まれるのは明日になるデス…」 「え?!」 実際、普通の実装石でも妊娠出産を繰り返すウチに、妊娠期間が短くなり出産するケー スがまれにあるそうだ。要は(使い込まれて引っかかりにくくなる)というのが理由ら しい。 それに野良の場合、妊娠期間が長ければそれだけ天敵に狙われやすくなるので、短く済 ませようとわざと赤い木の実の液を目に点眼し、強制出産に踏み切る場合もある。 もちろん、母胎にそれだけ負担もかかるし、未熟児や奇形が産まれる確率も高くなる。 妊娠期間中のデッデロゲ〜と醜く歌う胎教も短く、生まれる仔どもの知能は著しく低く なるものだ。 「デェ…胎教する時間がないデス…今回も期待できないデス」 「まぁそれは生まれてから教育すればいいんじゃね?」 「デェ…」 ミタ子をひとまずユニットバスの湯船の中へ運び、オクルミ代わりに着なくなった「」 の服を数枚おき、出産場として水の貼った洗面器と食料なども一緒に置いた。 「たまに様子見に来るけど、何かあったら呼べよ…いや、兄貴が来た場合はどうしよう かな…電気消すけど暗くても大丈夫か?俺が合図するまで決して物音たてるなよ、いい な」 「デェ…なるべく見つからないようにしてみるデスゥ」 これがフラグだった。 なんと、陸国兄貴がふらりと工場へやってきたのだ。 ☆ 「よぉ。どうだ?調子は…」 「まぁまぁです」 兄貴が来るというのは、あまりイイ知らせではないなと「」は予想した。 あらかじめミタ子と出産セットを押し入れから天井裏へ移動させ、ミタ子にも「」が合 図するまで出産を控えろと念を押した。 風呂場の換気扇も常時回し、ミタ子がいて部屋がきれいという事実を隠すためにわざと 物を散らかせておいた。 「…どうだ?ここでの生活は…お前のことだ、文句の一つや二つは覚悟したんだが全く 出ないからナ」 「まぁ静かでイイですよ、ここは…なんせ金だって貯まり放題だし」 「そうか…それはよかった」 陸国兄貴は、中学の頃から暴力団事務所に出入りしていた極道のプロであった。隠しご とをされるのが何よりも嫌いで、釣り銭をごまかそうとしたテキ屋のチンピラ数人を素 手でボコボコにしたぐらいだ。 組長の制止がなければ、チンピラは来年もわたあめを作ることが出来なかったであろう。 「…やっぱり実装石臭いな」 「仕方がないです、俺は慣れました」 「そうか…」 兄貴の言葉一つ一つに、奇妙な重みと疑惑の色が感じられた。 だが、それは「」の思い過ごしであった。 「実はな、この山は親父の祖父の所有する私有地で、その為に好き勝手にできたんだけ どもまぁこのご時世この山を処分することに決めたのよ、工場も解体することにしたん だよ…来月な」 「来月っすか…」 「それで解体するにもちょっと時間がかかるから、お前には来週山を下りてもらうこと にしたんだけどよ、気に入ってるとか言われちゃあなんか言い出しにくくてよ」 しばしの沈黙が流れた。 「いやぁ、食用実装石加工工場ということで色々偽装してるけど、やっぱ臭いだけはど うも誤魔化せられねぇもんだ…まぁ最後に「」にも教えてやるよ、本当の目的をな」 ☆ 天井裏で、身重のミタ子は内心焦っていた。 思いの外、客人の滞在時間が長いため、少しずつ陣痛が始まってきているのだ。 今産まれてしまったら、産声が天井下にも響くだろう。 (ガマンするデス仔どもたち、まだ産まれる時期じゃないデス) あらかじめ目が真っ赤になったときのことを考え、ミタ子を天井裏へ隠すときに「」は 緑の野菜ジュースをキャップ一杯くれたため、陣痛が本格的に始まる直前を狙って、両 目にジュースをかける。 すごく染みて声を出しそうになるが、噛みにくい唇を噛んでは激痛に耐えていた。 客人はまだ帰らないようで、「」の合図はまだ来ない。 (焦ってはダメデス…焦りは命取りになるデス、落ち着かなくてはいけないデス…) しかし、お腹の中ではすでに胎動が頻繁に起り、もぞもぞとうごめいているのが見える ほどになっていた。 あまりに出産を押しとどめると、お腹の中で育ちすぎた仔どもがお腹を破って出てくる (逆帝王切開)のリスクが高まる。 これ以上両目を緑色のままにするのも限界が来ていた。 産んでしまおうか? しかし、客人に見つかってしまったら、恐らく殺されるだろう。 命が惜しいわけではないが、自分の高い能力が仔どもに伝わることなく消えてしまうこ とが怖かった。 「…!!!」 お腹の仔どもが、実力行使を使い出したようだ。 ほとんど噛む力などないに等しい仔どもの歯でも、さすがに内臓を内部から噛まれたら 痛いに決まっている。 「ガマン…するデスゥ…」 「」からの合図は、まだない。 ☆ 「」はきわめて薄情な男であった。 むしろ、「」の生い立ちを考えれば、薄情にならざるを得ないであろう。 彼は全てのものから背を向けて、慈悲や愛情とは最も遠く離れた世界で生きてきた。 脳裏には、ミタ子の様子が気にはなっていたが、どのみち来週にはこの山を下りるとな れば身重の実装石など邪魔になるだけだ。 天井裏に隠したまま、忘れてしまおう…。 すでに陸国兄貴が帰ってしまってからも、しばらくタバコをふかしつつ、ぼんやりと天 井を眺めていた。 今頃、「」の制止を振り切って出産している頃か。 どのみち、仔どもが生まれたら親子共々殺すつもりだったわけだし、「」にとってはた だの暇つぶしでしかならない。 しかし、外がとっぷり闇に覆われた頃になっても、出産のファンファーレが聞こえない。 何故だ? そこで「」は、天井裏を覗くことにした。 ☆ 生きていた。 ミタ子はなんとか無事に出産を終えていた。 テッテレ〜の出産マーチを極力漏らさないように、「」の服でテントを作り、ゆっくり 一匹ずつ時間をかけて体外へ。 そして仔ども達の口に「」の服を千切った物を入れて、声が出ないようにしていた。も ちろん呼吸は出来るようにしていたし、定期的に口から布を出して呼吸を整えさせてか ら、また布を入れる。 ミタ子のポテンシャルの高さに目を見張った「」は、正直このまま放置してもいいだろ うか?と少し悩んだ。 ミタ子は、天井裏から明かりが漏れていることに気がついてやっと安堵の表情を浮かべ た。 しかし、「」の合図はない。 もしかすると客人が覗いているのかも知れない。 うかつに姿を見せるわけにはいかない。 ミタ子は、我が仔…蛆実装が二体と仔実装が五匹の計七匹の待つ運命を憂う。 (「」との約束デス…この仔達はいずれ「」に殺される運命デス、しかし、ほんの一匹 でもイイ、自分が生きていた証を残したいデス) それは親としての一番根本的な欲求であった。 ろくに胎教時間もなく、恐らく今回も自分のような能力を持った仔はいないだろうが、 万が一の可能性を信じて。 自分が産まれてすぐに母親が出した問題を、我が仔らに質問してみる。 「いいかい、お前たち…最初は四本足、次に二本足、最後に三本足になる物は何だい?」 ☆ ミタ子はここまで、実装語で話していた。 仮に今の会話を「」に聞かれた場合、仔どもに解答を教えて計画がめちゃくちゃになる という事態を避けたかったのだ。 もちろん実装リンガルを使用されていては元も子もない。 自分が仔どもを産むたびに、産まれてきた我が子達への最初の【テスト】…今まで誰も 合格したことはなかった。 半ば諦めつつ、仔ども達の答えを待った。 一番目の、目がくりっとした仔は「知らんテチィ」 二番目の仔も、三番目も、四番目も「判らないテチィ」 五番目は、少し考えるそぶりを見せたが「難しいテチ!それよりお腹が空いたテチ!」 と自らの欲求を最優先させていた。 蛆実装一号は「プニフープニフーママープニプニしてレフ!」 …気がつくとミタ子は泣いていた。 ダメだった、最後の出産もダメだった…自分は死ぬ。この仔達もみんな死んでしまう…。 「ニンゲン…レフ」 (!!) 蛆実装二号は、偶然にも人間の臭いに気がついたのであろう。 ママに報告しよう、と思って発した言葉が…偶然にも正解を導き出していた。 実は、ミタ子も同じ状況だったのだ。 別に最初から賢かったわけではない。全ては偶然による産物なのだ。 「…よく、答えたデス…良かったデスゥ…」 偶然とは言え、ミタ子にはどうでも良かった。 危険認識という点でも合格点を与えたいぐらいだ。 そして…「」に向かって、ミタ子は初めて心の底から生きていて良かったと満面の笑み を浮かべながら、差し込まれた光に向かって歩み出した。 ☆ 「その様子だと、上手くいったんだね?」 「ハイ…デスゥ…」 「」も、心底笑顔であった。 ミタ子を本気で心配していたのだ。 …天井裏で勝手に死なれては困る、その理由でだが。 「んじゃ、残りの仔はこっちが引き取っておくけど、いいかい?」 ミタ子の笑顔が消えた。 今まで自分が生きてきた代償を払うときが来たのだ。 いくら出来が悪くても、質問に答えられなくても、最後に産まれた可愛い仔ども達…特 に一番目の目がくりっとした仔は将来美人になるであろう。 蛆実装も、可愛い存在だ。 でも、約束だ。 「判ったデスゥ…この蛆ちゃんだけはワタチが育てるデスゥ…あとのことはよろしくお 願いしますデスゥ…」 「」は、このミタ子の反応が気にくわなかった。 もちろん賢いミタ子のことだから、素直に取引に応じると思っていたけれど、もう少し 抵抗するとかの(お楽しみ)が欲しかったのだ。 「薄情な親だよな…自分がもしかしたら処分されたかも知れないと、思ったことはない のかよ?」 「…全ては、カミサマが決めることデスゥ」 今や蛆実装二号以外の我が仔は、洗面器に入れられて「」に引き渡された。 もう、あの仔ども達の未来はない… 「!?」 「」の手が止まった。 それは、工場内の異変を知らせるアラームが鳴ったからでもある。 さらに工場内を映すモニタ上にも、異変が起きていた。 人間だ、それも複数。 手にはバールを持っていた。 「」は無い知恵を絞った末に導き出された答えは… 「ミタ子!他所の組の奴らが乗り込んで来やがった!!ここを壊すつもりだ!」 「なんデスって?!」 「…お前の仔どもを処分するのは後回しだ!まずは、ここから生きて脱出しよう!」 「ハイデス!」 侵入者は五名ほどであった。 が、外にも複数いるかも知れない。 どうやって忍び込んできたのかは、何となく想像できた…運搬用トラックを利用したの だ。 「」はリュックに貴重品を詰め込みまずソレを背負い、それから洗面器に殺処分する仔 どもを全員入れ、風呂敷にくるんでから首に巻いた。 なんとかこれで仔どもの安全は確保されるだろう。 ミタ子も、蛆実装二号を顔だけ出るように頭巾にくるみ、背中に背負った。 「蛆ちゃん、ママから絶対に離れちゃダメデス!」 「判ったレフ!」 「準備できたな!」よし、脱出経路を確認してから…行くぞ」 詰め所兼住居スペースは、侵入者が入り込んだ地下一階ではなく、二階奥に位置してい る。 逃げるには、窓から骨折覚悟で飛び降りるか、工場内を慎重に歩いて脱出するかの二択 であった。 無論工場の周りを包囲されていては万事休すだ。 「くそ!兄貴がもう少し長くいれば…少なくても俺だけ助かったのに!」 「ハイデスゥ、でも悔やんでも始まらないデス!ゴシュジンサマでも助かるように努力 しますデス!」 まさか実装石に励まされるとは滑稽だったが。 いや、でもこのピンチの乗り切るには自分一人では到底無理だ。 「今いるのがここデス、まずはこの侵入者を隔離して動きを封じなくてはいけないデス! 緊急アラームが作動すると同時に防火扉と防弾壁が各フロアをブロック分けするデスか ら、しばらく時間が稼げるデスゥ。その隙にこの部屋を出て左側に換気孔があるから、 ここへ逃げるデス、そして下にゆっくり下りてから、車で一気に…」 「ミタ子、俺免許ねぇぞ…免許資格失効したままだ」 「デェエエッ!でも運転は出来るデス?」 「捕まるけどな」 「この期に及んで、ケーサツの一匹や二匹にびびってどーするんデス!パキンしたいの はこっちデスゥ!」 「うっ…!」 (やべぇ、ミタ子にすっかり主導権握られてる…)と、「」は泣きそうになっていたが、 確かにミタ子の言うとおりだ。 ミタ子は慣れた手つきで工場中のセキュリティーシステムを作動させ、何を思ったのか 「」の袖をぐいっと引っ張った。 「ゴシュジンサマ、ワタチの力じゃ押せないボタンが一つだけあるデスゥ!このボタン を押せば、間違いなく侵入者は死ぬデス、でも逆にワタシ達も死ぬかも知れないデス」 「え?そんな危険なボタンがあったのかよ?!」 ミタ子は、そのボタンを出現させた。 「このボタン…恐らくこの工場で何が生産されていたのかが判るボタンデスゥ…押しま すか?押しませんか?でも、押したら…押したらどうなるのかさっぱり判らんデス」 「まぁいいさ、押すぜ!」 プラスチックのケースに収められた、禍々しい色をしたボタンを、「」はぐいっと押し た。 「ヒャッハー!地獄の扉が開くぜぇえええええ!」 「ゴシュジンサマ!怖いデス!!」 ☆ その頃。 外山組の血気盛んな輩が、五人この得体の知れない工場に乗り込んだのには訳があった。 毎年流れてくる悪臭の元を絶ち切りたい地元住民の中に、山の所有者を快く思っていな い連中(主に土木関係者)が混じっており、とうとう実力行使に出たということだが、 なるべく穏便に済ませたいという当初の依頼を無視して、トラックを強奪しさらに強引 に敷地内に侵入しただけでなく、工場内へ侵入するのに通行証をトラックの運転手から 脅して奪い取ったので、明らかな犯罪を幾つも犯してやってきた。 というよりも、普段からこのような方法を用いて強引に問題を解決(というより問題を 拡大させるだけだが)させてきた外山組は、「」の所属する組と、元々折り合いが悪い のだ。 「くせぇ!なんだここは!人いるのか?!」 「毎日何かしらのトラックが来るみてぇだから人がいるんだろうよ」 冗談のようなアロハシャツを来たチンピラは、早速周囲の異様な臭気に悪態をつき、黒 Vネックヒゲの男がなだめに入る。 「兄貴ぃ〜やべぇよ〜ここやべぇよ〜」 「早速バッドかぁ?!だから行く前に”冷たい物”取り過ぎるなとあれほど…」 「違うっすよ〜さっきから下の方で気味の悪いうなり声が聞こえるンすよ〜」 「下…に何かいる訳ね?気味が悪いわ」 アロハがリーダーで、黒Vネックが参謀、その下に薬中芋ジャージー男と未だ無言の不 動明王シャツ男、最後の台詞を吐いたのはちょっとひらひらとした襟元の妙に品の作っ た男だった。 「にしても規模の割に人が少なすぎるわね〜操作はほとんど機械でやってンのかしら?」 「さすがは元”生物学科中退のお嬢オカマ”だ、そこまで判るのか?」 お嬢と呼ばれたオカマは、フフンと胸を仰け反らせた。 「伊達に大学まで進んでないわよン、これでも国立大学ストレート合格のお坊ちゃんだ ったんだから!あら嫌だわ!お坊ちゃんだなんて、ま〜恥ずかしいッ!」 「カマは黙れ、するとどっかに操作する部屋があるわけだ、そこに行けば建物内を制圧 したことになるな」 「そーだな、しかし…」 しかし、とアロハが言いかけて顔を上げた。 至る所に防火扉があり、外部者の侵入を塞いでいたのだ。 「すると、人はいるんだな…」 「そうなるわねぇ、でもトラップがこれだけとは限らないわよね?」 「へ?」 お嬢は足下に視線を落とした。 「ワタシ、なんだか嫌な予感がするの…この下で何やってるのか…聞いたのよ噂を、ね」 お嬢が語る噂とは…最近実装石を使用した犯罪が増えているが、その実装石は拳銃で頭 をぶち抜かれてもへらへらしているし、真っ黒焦げに焼かれてもなおもデスデス鳴く上 に、硫酸や神経ガス、ありとあらゆる殺害方法を用いても死なない実装石が増えている という物だ。 何よりも変なのが… 「コロリが効かないのよ!全く!実装石退治にはコロリ、これ常識なんだけどね…製造 元のローゼン社も頭を抱えているという噂よ!」 「それって実装石ゾンビ…」 Vネックヒゲにお言葉が消えた。 うめき声の正体を知ったから、ではなかった。 「…遅いお出迎えだぜ、ご苦労!」 「フン、ゾンビ実装ちゃんのお出迎えとは、ワタシたちにふさわしいわねぇ〜」 「あわわわわわ…」 「ションベン漏らすなよ薬中!」 「………」 最後の無言の不動明王は、終始無言で無表情だ。 その顔が、わずかに変化したのをお嬢が見ていた。 「ヤバイワ!不動ちゃんが!”本気モード”来た!!!!」 普段は全くのでくの坊である不動明王が、ひとたび邪悪な闘争心に火が付くと、例え機 動隊でもその歩みを止めることは不可能らしい、というこれまた物騒な連中を、外山組 は揃えていたようだ。 「行くぜぇええええええ!野郎ども!」 「ソレってVシネマの見過ぎだわよ〜アロハちゃん!」 ☆ 「…ゴシュジンサマ、一体全体コノ建物は何を作ってるんデスゥ?お仲間の臭いはする けど鳴き声も気配も一切しないんデスゥ〜こんなの絶対おかしいデッスン」 「…怒らずに聴けよ」 「」でさえ、陸国兄貴から詳しい話が聞けたのはほんの数時間前であったから、「」の 理解の範疇を大幅に逸脱している事柄をミタ子に説明するのは骨が折れる作業であった。 「実装石の偽石をな、よく身体の外部に摘出して実装栄養剤に漬けると、自壊しにくく なって虐待されても滅多にストレス死しなくなるっていうのを知ってるか?」 「ハイデス、ワタチのママのオイシも黄色のチャポチャポに入っていたデスゥ…お陰で ママは野良になったときも何度もニンゲンさんやカーカーさん、ワンワンやニャーニャー に襲われて怪我しても、すぐに治って狩りをしたデスゥ」 「なんと…」 蛆ちゃんを背負ったミタ子は、ずんずんと工場内部の換気ダクトへ向かっている。「」 はその後ろで、自分の貴重品とミタ子の仔ども達を背負って、ミタ子の後ろを歩く。 「…まぁ偽石自体に自壊しにくい工夫が出来れば、偽石を管理する場所も要らなくなる し、いくら頭が吹き飛ばされても瞬く間に復活する”ゾンビ実装石”を大量生産して、 闘争のコマにしたり破壊活動したり、市民運動の妨害をしたりと、人間並みの知能を持 っていながら死なないお化けを作ろうとしてたんだけどさ、やっぱ偽石改造したらせっ かくの知能がほとんど失われてね…ほとんど生ける屍、文字通りのゾンビになっちまっ たんでさぁ」 「まぁ、ニンゲンからすればワタチ達は化け物の範疇かも知れませんデスゥ…でも仲間 が可哀想デスゥ…」 「あのさミタ子…お前がやってることは、偽石操作していなくても出来の悪い子を処分 してきてイイ仔だけ残そうとした…あんまり変わらないんじゃねーか?」 ミタ子の足が、ちょっと重くなった。 「」の言葉に動揺したようだ。 「…そうかも知れませデスゥ、ワタチのやっていることは、ただの親のエゴデスゥ」 「ほぅ、自覚はあるんだ」 「でなければ生きてはいけませんデス」 しばしの沈黙のあと、「」が言う言葉を、ミタ子は予想していたのだろうか。 「俺、今でも実装石が憎い。妹を穢したマラ実装も憎いし、事故の原因になった実装石 も憎い…お前ら全員憎い」 「…妹ちゃには気の毒なことだったデスゥ、でもワタチを殺しても得られる満足は薄い デスゥ…バールのような物を持って公園でヒャッハーしてても、お胸が真っ青なお空み たいにスッキリしたデスか?」 「…ない。でも俺はお前を殺す、子供らもだ」 「そうデスか…」 ミタ子はその歩みを止めず、換気ダクトの入り口まで来てから、後ろへ振り向いた。 「ゴシュジンサマ、ここでお別れデスゥ…ワタチはここでその化け物実装石を救うデス、 この化け物を建物から出してはいけないデッスン、それがワタチの最期の仕事デスゥ」 「ミタ子…お前、まさか」 最後に(押して)と言われて押したボタンは、ここの自爆装置起動スイッチであった。 「時間がないデスゥ!ワタチの仔どもを降ろして、ここから脱出するデス!」 「お前はどーする、子孫を残したかったんじゃ…」 「早くしろと言ってるんデジャアアアア!このクソニンゲン!お前はクソだけど生き残 って妹ちゃの供養でも何でもすればいいデジャ!」 いきなりミタ子が跳ね上がって「」の股間を蹴り上げ、「」が股間を押さえて姿勢を崩 した瞬間に、我が子らを背負った風呂敷を解いて、「」の背中に強烈なドロップキック を浴びせた。不安定な姿勢のまま換気ダクトの中へ放り込まれた。 「どわぁああああ!」 「さよならデスゥ、ゴシュジンサマ…ワタチは悪い仔でした、だから最期はこの工場に いる全ての化け物実装石と共に…」 ミタ子の台詞は最後の方が聞き取れなかったが、我が仔を殺した罪滅ぼしのつもりなの だろう。 それが、ミタ子をみた最後であった。 「さよならデスゥ」 ☆ 「ゴシュジンサマ、ミタ子はやりますデス…さて、このクズニンゲンども、どっからで もかかってこいやぁデス!」 「」を換気ダクトへ放り投げたのを見届けると、子供らを連れて詰め所に戻ったミタ子 は、工場の管理パネルと防犯カメラの映像をキリとにらみつけた。 「我が仔たち、ゴシュジンサマのために頑張ってちょうだいデス!蛆ちゃん一号はその 青色ボタン、二号は赤色ボタンでママの合図で押してちょうだいデス!」 「判ったレフ!」 「りょーかいレフ!」 そこで、ミタ子は初めて仔どもが一匹足りないことに気がついた。 「長女ちゃが…いない?!」 「ママァ!長女ちゃはゴシュジンサマの所テチュ!あんな薄情なオネチャはほっとくテ チュ!」 「テチュ!次女ちゃとワタチがいるから、大丈夫テッチュン!」 次女と三女は長女のワガママに早くから察知していたのであろう、姉である長女の悪口 を長々と語り出した。さっき産まれたばかりなのに、すでに熾烈な生存競争が母体内で 始まっていたのであろう。冷静に考えれば実に薄情な仔ども達である。自分さえ良けれ ばいいのだという実装石特有の性格を身につけているのはさすがだが。 逆に四女と五女は、詰め所の奥でブルブルと震えていた。 野良であれば真っ先に姉妹内で食料として短い実装生を終えるところであった。 「四女ちゃも五女ちゃも、ゴシュジンサマのお陰で食べられずに済んだんデス!さぁ! ママの所へ!」 「チャ…ママァ…こわいテチュ!」 「ニンゲンはこわいテチュ…」 それでも動かない娘達を、ミタ子は半ば強引に所定のボタンへ座らせた。 「いいかい娘たち、ママの合図で一斉にボタンを力一杯押すんデス!すると安全装置が 外れて、三分後にこの建物は木っ端微塵になるデス!中のクソニンゲンと出来損ないの 化け物もまとめてキレイキレイ出来るデス!それがゴシュジンサマとの最後の約束デッ スン!」 「「ハイ、ママ!」」 実装石の手足は、成体であっても短く非力だが、仔ども達を利用してタイミングさえ計 ればこうした高度なボタン操作もできるはずだ、とミタ子は我が仔の潜在能力に、わず かな希望をかけた。 問題があるとすれば蛆実装の力が弱いためのわずかなタイムラグであろうが、そうなっ たらもう一度やり直すだけだ。 自爆装置が、所定のボタンの同時押しで作動するようにしているのは、誤作動を避けて いるからだろう。 「さて、少しクソニンゲンを引きつけておくデスゥ…」 すぐに建物の外へ逃げられたら、ゴシュジンサマに被害が及ぶ。 そうなる前に侵入者がなるべく建物奥部へ入り込んでいれば都合が良い。 「デ…いっつあ、しょ〜たいむデスァ!」 ☆ 例の五人衆の足下には、デーデーと虚ろに鳴くゾンビ実装石がわらわらと彼等の進行を 妨げていた。得体の知れない臭いで、まずお嬢が悲鳴を上げた。 「イヤよ!ワタシ、こんなところで死にたくないわぁ!なんなの!この臭い!ワタシ耐 えられないわッ!」 「黙れオカマ!金玉握って耐えろ!」 ヒゲ黒Vネックがオカマを叱りつけるも、なおもイヤだわ〜な泣きべそ顔になるお嬢。 「キンタマだなんて、下品だわぁ!!こんなことになるなら、モロッコでとっとと取っ ちゃえば良かったわよ!こんなぶらぶらした醜い物なんか!」 「玉だのモロッコだの、とりあえず後回しにしようや…ヒゲ!オカマ!お前らはすばし っこいからまずは制御室を探して制圧しろ!薬中、お前もだ!俺とカミサマでこの化け 物を食い止める!」 「俺も行くんですか?イヤだなぁ〜せめてもう一本決めてからでもいいっすか?」 「好きにしろ!バッド来ても俺は知らんぞ!」 アロハはまず小手先にとばかり、腰から匕首を取り出して、手頃なゾンビ実装石の腹を 割いた。 が、腹を割いても、彼等の足は止まらない。 「いやぁああああ!化け物よぉおおお!」 「だぁっとれ!オカマ!」 「イヤよ!死ぬときはいつも一緒だってッ!」 そのときだった。 刃物では埓が明かないと気がついたのであろう。 あまり台詞が少ない人物一人・不動明王のドスのきいた声が、仲間を制圧した。 「…死ぬもんか、ここは俺が一人で止める、アロハも一緒に行け」 「カミサマ!あんた?!」 「俺はな、この世の中に何の未練もないんだよ、だからいつも仏と一緒って事で不動明 王グッズ集めてる仏オタクなんだ…ゾンビだぁ?実装石だぁ?そんなの俺がまとめてあ の世に送ってやんよ!」 「カミサマ!あんな糞蟲と心中なんて、ワタシイヤよ!!!」 「黙って行けぇ!このオカマ!!!さぁって…こいよ死に損ないのウジ虫糞蟲どもがぁ!! 俺がまとめて引導を渡してやる!地獄への片道切符だぁ!!!」 なんてことだ。 不動明王の腰には立派な男根ならぬ、数本のダイナマイト…。 「ヒャッハー!糞蟲め!一緒に地獄で虐待し続けてやんよ!」 どっから盗んできたのか、あのダイナマイト一本だけでもカミサマはもとより周りのゾ ンビ実装石も文字通り粉々になるだろう。 オカマはなおも叫いていたが、鳴いても運命は変わらないことを察してか、木綿のハン カチーフで涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔をぬぐった。 ☆ 詰め所のある二階へ続く階段を見つけたのは、薬のキメでラリラリになった薬中であっ た。 「お頭ぁ!ここに階段がありますです!」 「でかした!また実に偽装してるなぁ」 実は一階と二階は傍目から見れば行き来が不可能に見えるが、一階の男性トイレの掃除 置き場の天井に、人1人が行き来できる抜け道が隠されていたのだ。 「いやぁん、トイレの天井から侵入なんて、臭いわね!」 「よし、薬中が一番軽いから先に登れ!次にオカマ、俺、最後にアロハと続け!」 「ハイでありまっす!」 「急げよ、急がないとカミサマが俺たち諸共ミンチだ」 ☆ 「クソニンゲンもやるようデス、もうここもアブナイです…仔ども達、ママは幸せだっ たデスゥ…」 侵入者が近くまで迫っていることをモニタで知ったミタ子は、なるべくニンゲンを引き つける作戦にでていた。 隠し扉から詰め所のフロアへ登り、詰め所へ来るにはニンゲンの足で五分。それまでに は幾多のトラップが張り巡らされているが、所詮は対実装石用であって人間用ではない ので、あまり効果がない。 「仔ども達!ボタンを押すデッスン!!!」 蛆実装達も、泣いてばかりいた四女も五女も、自分の担当するボタンを一斉に押した。 すると、監視モニタに赤字のカウントダウン数字が現れた。 『…建物内の自爆装置の安全ロックを解除致しました。従業員は直ちに建物内から待避 して下さい…繰り返します…建物内の自爆装置の安全ロックを解除いたしました』 「ママ…」 「さぁ仔ども達、ママの所へ来なさいデスゥ…」 「ママァ〜…!!!」 人間が乗り込むのが早いか、爆発が先か。 ミタ子にもソレは判らない。 ただ、仔どもを産んで良かったと思っていた。 行方不明の長女のことは気がかりだが、もしどこかで生き延びていたら、能力の善し悪 しなど関係なく天寿を全うして欲しいと願った。 「時間デスゥ…仔ども達、祈りなさいデスゥ…ママはあんた達に会えて良かったデス、 仔どもを産んで良かったデスゥ…あいしてるでs」 ☆ 「臭うぜ、臭うぜぇ〜糞蟲どもの臭いがプンプンするぜぇ!」 「あのゾンビらとは違うのか?薬中!?」 二階のフロアへやってきたアフロ、薬中、ヒゲ、そしてお嬢の四人。 まずは制御室を探さなくてはならない。 「大抵奥の方だよな…よし、ここは別れて探そう」 「イヤ〜〜〜〜一人じゃ怖いわぁ!」 「カマ!俺はカマ嫌いだと何度も!」 「ヒゲちゃん可愛いんだもん〜〜〜」 何とも情けない寸劇のあと、制御室探索のため単独行動を開始する外山組鉄砲玉たち。 だが、ここにあるはずの制御室は見当たらない。 どこだ?時間ばかりが過ぎてゆく。 二階フロアの大きさは、市営の総合体育館程度であるが、通路にはダミーの長机やパイ プ椅子、段ボールが通路を塞ぐように設置してある。 もちろんこれは不測の事態のために置かれたダミーで、これはミタ子も勘違いした間違 いだが、制御室は二階にないのだ。 「おかしいな…妖しいところは全部探したけど、それらしき部屋はないな」 「…ね?もしかして制御室って…さっき通った一階と二階の間にあるんじゃない?」 オカマが何故ヤクザになったのかを詳しく伝える時間はないが、極道の世界で器用に生 き延びていられる理由は、この鋭い観察力と勘であった。 「…お前に玉の出やすい台を当てさせたり、確実に勝つ馬を的中させたり…オカマはな んでそんなに鋭いんだ?」 「フフフ、オカマを甘く見るんじゃないわよ、女の勘は鋭い物なのよ!」 このオカマ、別名を【千里眼マツコ】という。 今テレビで人気の巨漢オカマに似ている風貌だからではなく、ただオカマだからと言う 理由と、本名が(松戸)だからという理由だ。 「中二階ってわけか、よし、ここの探索はやめよう、中二階へ行くぞ!」 アロハの判断は間違ってはいなかった。 だが、判断を下すのが余りにも遅すぎた。 ☆ 「フゥ…こんなに数が多いと、骨が折れるな!」 地下一階では、まだダイナマイトカミサマが手当たり次第ゾンビ実装石を匕首で切り刻 んでいた。 だがカミサマとはいえ、ダイナマイトは最後の手段として残している。 「デギャー!」 「うぉっ!飛んでくるな!」 ゾンビになった実装石は、まるでノミのようにぴょんぴょん跳びはね、成人男性の標準 的な体型のカミサマの顔辺りまでポンポン飛んでくる。 「ゾンビになった途端、俊敏性が増すのか!そか、自我がない分(火事場のバカ力)を 常時発生しているような物か」 カミサマは匕首をぶん回しつつも、生きてここから脱出した際、このゾンビ実装石のテ クノロジーをどうにか活用できないかと、冷静に観察しているのだ。 「偽石には特に加工はみられないけど、なんだってこんなに固いんだ?」 偽石の堅さは実装石の生命力によって左右されるものだが、このゾンビ実装石の場合、 匕首の尻で叩いても、コンクリの床に投げても、ひびはおろか傷すら付かない。 「これが強靱な肉体と生命力を支える秘密だと判ったわい、意思がないのは死んでいる と言うより…よっと!」 うが〜うが〜呻くゾンビ実装石をひょいと掴み、頭巾をはぎ取り頭部を観察する。 すると、思った通り。 「…ロボトミーか…人間には非人道的だが実装石はいいって訳か…クソ!双葉組の奴ら、 実装石でも命はあるんだぜ!!」 …この台詞から見るに、カミサマは実装石愛護派である。なので、人間の道具として使 い捨てにされる実装石を見ると許せなくなるのだ。 特に、実装石風俗を大々的に運営している双葉組を、個人的に憎んでいた。 「ロボトミーされていたらもうまともに戻れねぇ…仕方ねぇ、来世でまともな動物に生 まれ変わるんだな!」 カミサマはまず、ズボンのポケットからタバコを取り出して、ゆっくりと一本吸い始め た。 「俺があの世の引導を渡してやるよ…ああ、こんな人生も悪くなかったぜ、お前らの方 がよっぽど辛いよな?死にたくても死ねねぇとか、地獄より酷いぜ…」 ダイナマイトの導線に、ライターの火を付けて、思い切り遠くへ投げた。 「あばよ…腐ったこの世におさらばしてやるぜ…」 ☆ 中二階の制御室では、仔どもをしっかり抱きしめた賢い実装石・ミタ子が。 その制御室を探すために中二階へ下りたアロハとオカマとヒゲと薬中が。 地下一階で、ダイナマイトに火を付けてゾンビ実装石と自らを吹き飛ばそうとしていた 不動明王が。 換気ダクトからようやく外へ逃げ、建物から遠く離れようと走り出した「」が。 異変に察知して、工場へ戻ってきた陸国が。 運命の時を迎えた。 視界がまばゆい光で覆われる。 ミタ子の命の炎のきらめきだと、「」は悟った。 ☆ 「ミタ子ぉおおおおおおおおおおおおおお!」 「」の眼下には、紅蓮の炎に包まれた工場。 爆発音は、何故か工場の二カ所でほぼ同時に起った。 「「」!なんだ?この爆発は!?」 「兄貴ぃ!他所の組の奴らが侵入してきたんでさぁ!」 「あいつら、やっぱり!俺、ここに来る前に、柄の悪い男ら五人が道の駅でソフトクリ ーム舐めてるところを見てよ、イヤな予感がしたんだ、引き返してきて大正解だったぜ!」 陸国は消防隊や警察が到着する前に逃げようと、固まったまま動かない「」を無理に車 の後部座席に押し込み、急発進させた。 「親父にはなんて言い訳しようか…なんせ死体が転がっているんだろうからな…」 「…ミタ子ぉ…」 ☆ 「」は一時ショック状態になって、ほとんど陸国の受け答えにも反応することはなかっ た。 ようやくショック状態から解け、少しずつだが工場内で起った出来事をぽつりと語り出 した「」。 場所は、双葉組の組長室。 陸国の知らせを受けて、組長自ら「」を介抱しようと自宅に戻らず帰りを待っていたの だ。 「まずは無事で良かった…そんで「」の両親のことはワシが悪かった!「」よ…」 「親父さん、もう、いいんです…済んだことです」 「」に取っては雲の上のカミサマのような人物に土下座されて、なおかつ涙を流して謝 罪するなんて、信じられないような夢のような、とにかくまだ生きている実感がまるで ないようであった。 「…まだ、警察はこっちに来ないようですね」 陸国の子分らは先ほどから警察無線などを傍受して、情報収集を測っているところだ。 「しかし「」の話が本当だとしたら、人間の死体が5体転がっているはずなのに、現場 には人間らしき死体はまるでないとか…」 「…あんだけの数のゾンビに、それこそ死にたてほやほやの新鮮な餌を置いたようなも んだ…タイムこそ測っちゃいないが、標準体型の男性ならゾンビ実装石五匹で三十分程 度、髪の毛一つ残さずペロリさ」 組長自ら煎れた玉露を、一口飲んで…ようやく「」の瞳に生気が戻ってきたようで、 「」は周りをきょろきょろしていた。 「お、気がついたか…」 「兄貴…親父さん…すんません、えらいことしでかしてしまって」 「…「」、俺の方こそ済まなかったな。ある意味、俺があいつらを誘導したような物だ」 「いいんです、どうせこうするほかなかったんでしょう?」 「まぁな、思った以上に使えなかった割に数が増えすぎてな…まぁお陰で稼がせてもら ったよ」 「」に新たなショックを与えないように、陸国は言葉を慎重に選びながら、 あの工場がどういう物を生産していたのかを説明しだした。 ゾンビ実装石。 元々の実装石もよく(デタラメなまでの再生能力)とされ、偽石さえ無事なら肉体が全 壊しても条件がよければ偽石からの再生が可能となる程のデタラメな生物であるが、昔 からあらかじめ体外へ摘出した偽石を実装栄養剤に漬けたり、壊れにくくするために接 着剤でコーティングさせたりしてある程度の不死身要素を強化できる。 だが、所詮は実装石。不死身には出来るが、性格や知能にばらつきが見られ、結局高度 な作業が出来ない欠点があった。 また集団飼育では糞蟲化しやすく、知能を高めるサプリメントは病気になりやすくなる 欠点がありコストもかかる。 そこで編み出されたのは、実装石本来の糞蟲性や個体別の性格の差をなくすべく、性格 などを司るとされる大脳のとある部分に電極を当てて、一部焼き切ってしまう、俗に言 うロボトミー手術を施すのだ。 すると意思をなくした実装石は、文字通り生ける屍として、例えば民衆運動を妨害する ために、組同士の抗争の撹乱作戦に利用できるはずであった。 「ま、結局金の問題でな…コストがかかりすぎるのと性格を消したらほぼ100%知能も 消えてしまって、命令を覚える知能すらなく、ただ飯喰って糞するだけの糞蟲と化して しまったんだよ…奴らはただ、目の前にある肉を全て餌だと思うだけさ」 「ゾンビ実装石の餌って、やっぱりした…」 毎日のようにトラックで運ばれてきた中身について、「」はおそるおそる陸国に尋ねた。 「んにゃ、死体だけじゃねぇぜ…東北の震災瓦礫も入ってるぜ」 「なッ!?」 「そうさ、もう一つの利用方法は産業廃棄物処理さ…だが肝心の核物質までは吸収しき れねぇ…だから、「」の生命にも関わるって事で早めにこの事業からの撤退を決めたっ て訳だ。ま、幸いにも周辺への影響はほとんどなかったがな」 「ミタ子はそれを承知で…」 もしかすると、ミタ子はトラックの中身についてある程度予測していたのかも知れない、 と「」は思った。人間の世界を理解しようと、毎日欠かさずニュースを見ていたぐらい だからだ。 「ん?ミタ子って…誰だ?」 陸国はミタ子の事は何も知らないので、「」に尋ねた。 「ああ…俺の相棒さ、脳内のな」 とっさに「」は誤魔化した。 それは陸国には奇跡的に嘘がバレなかった。 ☆ ひとまず組長と陸国への報告が終わり、新しいアパートを見つけるまでの間、組の計らいで 安いビジネスホテルの一室でしばらく暮らす事になった「」。 ふと、ミタ子がまだ側にいるような感覚に襲われた。 正確に言えば、実装石の臭いでミタ子を思いだした。 いるわけがない。 あの大爆発で、ミタ子と仔ども達とあのチンピラどもは見事にミンチになったはずだ。 詰め所ではせんべい布団だったが、安物とは言えスプリングの効いた久々のベッドに思 い切りダイブした。 「レチッ!…ガマンしてたのにウンコ漏れちゃったテチィ…テェエエエン」 「!!!くそ!ウンコ漏らしたとかって!うわ!マジくせぇ!!」 慌てて着ていた服を脱ぎベッドへ投げ捨てると、パーカーの襟元がもぞもぞと動いてい るのが見えた。 逃げるとき、ミタ子の仔ども達を背負っていたが、もしや…。 おそるおそるパーカーをどかすと、あろうことかパーカーでお尻を拭いている仔実装が そこにいた。 自分の服を汚された怒りよりも、なぜか懐かしさがこみ上げてきた。 「ミタ子の仔どもか…?!」 「て…テチィ…おい!ニンゲン!ワタチを今すぐお風呂に連れて行けテチュ!おパンツ 洗濯しないとクサイクサイでママに怒られるテチュ!」 それはあのミタ子の忘れ形見仔実装一番目であった。 確かに実装リンガルなしで、ニンゲンの言葉を喋った。 そして、この態度と行動力である。 「…このクソニンゲン!お風呂と洗濯が終ったらワタチにアマアマちょうだい!この可 愛いワタチふさわしく、きりきりと働けテチュ!」 「…プ…」 「」は、気でも狂ったのかと思わんばかりの大声を上げて笑った。 これがミタ子の本性だ。 賢いとは言え、やっぱりミタ子も実装石だ。 一皮剥けば、糞蟲の本性が出ていたんだ! 「」はコレが見たかったのだ。 ミタ子は強靱な精神力で糞蟲なる実装石の本性を隠し通していたのだ。 全ては人間や母親の折檻や虐待から逃れるために。 糞蟲は一般的に(命乞い)をしたり、自分の代わりに仔どもや服や髪の毛を権力者に渡 すことで難を逃れるが、ミタ子の場合は人間の役に立つという付加価値を身につけて、 今まで生きてこれたのだ。 でなければ、「」が出会って初日に虐待死させていたはずだから。 …「」は、このミタ子の忘れ形見をどうしようか、しばし思案した。 そして、とびきりのアイデアを思いついた。 これならヤクザを辞めたあとでも、生活してゆけるかも知れない。 幸い賢い個体さえあれば、わずか数パーセント未満であっても仔どもにも賢さが遺伝す ると実証されたのだから。 あとは、如何にして糞蟲本性を押さえるかである。 それはじゃじゃ馬を調教して、日本ダービー優勝を狙うようなものだ。 「いいか、今日から俺のことはゴシュジンサマと呼べ!でないとおしおきするぞ!一つ ワガママを言うごとにデコピン一回だ!」 「イヤテチュ!イタイイタイイヤテチュ!デコピンイヤテチュゥ!!」 本気でデコピンが嫌いなミタ子二世は、手でおでこを隠しつつベッドにしゃがむが、な にせ短い手だからおでこが丸見えだ。 「だったら、言うこと聞け!いいな!まずは俺の事は『ゴシュジンサマ』と呼べ!」 「ハイ、ごしゅちんちゃま!」 「発音がちが−う!自分の事は自分でしろ!お前のママは人間の手伝いをこなすスーパー 実装石だったんだぞ!ママに恥ずかしい所見られたくないだろ?そら、デコピンだ!」 「テチャァアアアアア!痛い!イタイテチュウ!!!このオニ!あくま!」 「こら!ゴシュジンサマだといっておろーがっ!」 も一度、でこぴーん! 「テチャアアアアアア!ママにもぶたれた事ないのにぃいいい!二度もぶったテチュ!」 自身の復讐心も、実装石への憎悪も何もかも全て溶解したあとに残った感情は、ただ一 緒にいたい、人ではないけど心がある生き物とふれあっていたい、それだけだった。 それはミタ子が置き忘れた物だが、意図的に「」の側に残したのかも知れない。 「そーら、でこぴーん!ぎゃははは!またクソ出す前にトイレ行けって!」 「チャァアアアア!痛い!イヤ〜ママァ〜〜〜〜!」 「こら!ここでパンコンするな!でこぴーん!」 「イヤテチュ!このゴシュジンサマはクソニンゲンテチュ!ぎゃくたいはテチュウウウ ウウウ!」 しかし、デコピンされたくない一心か、ものの数分の間にトイレを覚えたのはさすがで ある。 (コイツ、できる!) 「」は気がつくと、ミタ子二世にデコピンしながら泣いていた。 それは、「」にも理由がわからない。 「でこぴーん!」 「テチャアアアア!」 ☆ 「げほっ…あ〜あ、ババ引いたわ」 爆発した工場一帯には、まだ警察の立ち入り禁止テープが貼られているものの、規模が 規模だけに、生存者ゼロと踏んで早々と捜査は打ち切られていた。 「」とミタ子二世は爆発前に脱出したので除外するが、実は奇跡的にあの爆発から生還 した男…いやオカマがいた。 自慢の服(とはいえわずかな給料ではしまむらが関の山だが)は、爆風でボロボロで、 本人も一番隠したがっていたすね毛モジャモジャな筋肉質の足が無残に露出していたも のの、怪我と言えば笹の葉で切り傷を負った程度であった。 仲間はゾンビ実装石とミタ子ファミリー共々ミンチになったというのにである。 恐るべし、オカマ。 「もういや!アタシ決めたわ!もう極道の世界には戻らないわっ!こんな汚れ仕事なん てまっぴらよ!」 プリプリ文句をたれつつ、とりあえず山を下りようと、暗闇の山道を下ろうとするのは 逞しいというか、無謀というか。余談ながら、このオカマは、大変に視力がいいことを 記しておく。 「…あら?」 また今夜は明るい満月の夜だったのも、天はこのオカマを見捨ててはいないようであっ た。 それはもう一つの生命にも、同様のチャンスを与えていた。 「デ…デスゥ…」 「まぁ、実装石ちゃんだわ!もしかして、アンタゾンビじゃないわよね?」 自慢の栗色の髪の毛は半分以上焼け焦げ、服もほとんど爆風で脱げてしまっており、禿 裸の状態と言っても良かった。 「でもいいわ、アンタもカミサマに助けられたのね、ワタシが面倒見て上げるわ、ワタ シ禿裸って好きよ、清潔だし」 「デェ…」 しかし、もう実装石の瞳には何も映らない。 耳に声は届かない。 完全に爆風のショックで、今までの記憶や実装石本来の能力を失っていた。 ただ、呼吸をするのみの汚い肉の塊しか過ぎなかった。 「禿裸ちゃん、ワタシもね…この醜い身体を背負って生きていくのがイヤになって、一 度死のうとしたのよ…でも組長さんに拾われてオカマとして生きていてもいいんだって、 認められたから…今のワタシがあるのよ、禿裸ちゃんも、生きていていいのよ。何もで きなくたっていい、喋らなくたっていいわ、ワタシの側にずっといてずっと生きていく だけで、それだけでいいのよ」 オカマの腕に抱かれた禿裸に、オカマの言葉が奇跡的に通じたのか、月の光で輝くルビー とエメラルドの涙が一筋流れ落ちた。 「さっそく、麓に下りたらとびきり可愛い実装服かったげるわ!ワタシ可愛い実装石を 飼うのが夢だったのよ!ね!お名前がいるわね!何がイイかしら…」 それきり、禿裸…もといミタ子は、オカマの腕の中で生涯を閉じた。 「そうねぇ…今日は満月だから、ムーンちゃん!いいわね〜せーらーむー…今のは忘れ て!でもムーンちゃんなんて素敵でしょ!ね?ムーンちゃん!…ムーンちゃん…?」 ☆ 後日談。 スコーンと抜ける青空を、文字通り具現化したような好天気。 今日は北の国の神社祭。 普段は車が通る車道を通行止めにして、短い夏を謳歌しようと全国から集まったたくさ んの出店が軒を連ねる。 浴衣を着た少女が、一軒のわたあめ屋で足が止まる。 「」とミタ子二世がのんきにわたあめを売っている店であった。 「いらっしゃ〜い!ん?この仔かい?手伝いする実装石なんて珍しいだろ?あ、北海道 って実装石いないのか?そーかそーか…衛生面だってちゃんと、ホラ保健所の許可下り てるんだぜ!」 「いらっちゃいテチュ!今日は特別にアマアマ大放出サービス中テチ!」 北海道では珍しい、しかもよく喋る実装石・ミタ子二世のお陰でわたあめが飛ぶように よく売れた。 「まぁこの方が気軽でいいな、なぁ?」 「もぐもぐ…ハイ!テチ!!!」 「あ!お前また商品喰ったな!デコピンしようにもお客の前じゃお仕置きできないから、 今日の夜は大反省会だ!覚悟しろよ」 「いやぁ〜〜〜テチュ〜ン」 「お愛想してもだーめ!絶対に許さないよ!」 「テチャア…」 ふと、遠くの方でなにやら騒ぎが起きているようだ。 それはこっちに近づいているようだ。 …それがわたあめ屋の前を通ったときに、騒ぎの理由がわかった。 「はぁ〜〜〜〜い!ぜひワタシがたの店に遊びに来てねぇ〜サービスしちゃうからン」 それは、あの生命力の強いオカマ…源氏名・月子は、組を抜けひっそりと北の大地で小 さなオカマバーを開店した。 お祭り見物ついでに、店の子を引き連れて店の宣伝もやっているようだ。 「」には見覚えがあった。あの工場に乗り込んできたチンピラの1人だ。 あの爆発でよく生還したな…と感心するよりも、見つかったらヤバイという防衛本能が 先に働いた。 「」は慌ててミタ子二世をガスボンベの影に移動させた。 「何するテチ!」 「シッ!喋るな!ちょっと隠れてろ!サツだ!」 「…判ったテチ」 とりあえず警察だといえば、ミタ子二世もおとなしく従うのは、極道に生きている人間 の悲しい性だ。 黙々とわたあめを作っては袋に詰める作業をして、その場をやり過ごすことにした。 そのときだった。 「ママ〜〜〜〜なんか変なお人形がいる!」 子どもは、時として残酷である。 ☆ その結果がどうなったか、残念ながら組長や陸国の耳には入っていなかった。 双葉組は、「」がテキ屋として独立してからわずか数ヶ月後に、敵対する組が本部事務 所を襲撃、組長以下幹部全員死亡した。 襲撃した組は、あの外山組であった。 実装石に関わるとロクな事がない、そんな実例がまた一つ増えた。 …まぁ最後までこのお話に付き合ってくれた奇特な方にだけ、「」の末路をこっそりお 伝えして筆を置こうと思う。 ☆ 子どもの一言で、「」の運命がまた大きく変わった。 月子は大の実装石愛護派として、オカマと実装石の共存共栄運動のリーダーでもあった。 実装石を労働に使うとは、ゆゆしき問題であるとばかりにずかずかとわたあめ屋を襲撃 したのだ。 「ひぃ!」 「あら?アンタ!ひょっとして双葉のあの工場の!!!忘れないわよ!よくも仲間を!!」 「爆破したのは俺じゃねぇよ!お前らだってダイナマイトとか持ち込んでたじゃないか!」 「」は怒りで顔を上げたら、ちょうど月子と目が合った。 さぁ、ここで月子の頬がみるみる赤く染まるのを、「」は不思議な表情で見つめる。 「あ…どした?」 「ワタシの目に狂いはなかったわ!手配書の写真でもしやと思ってたんだけど、やっぱ りいい男じゃない!ワタシ、ノンケじゃないと萌えないのよ〜〜〜〜〜!」 「うわぁーーーーーーーーー!!!」 「しかも実装石じゃない!可愛い子ね!決定!アンタは今日から私が面倒見るわ!テキ 屋なんて辞めちゃいなさいよッ!」 「ちょっと待て!俺は男になんか興味ないから!マジで!」 「ダメよ〜逃がさないんだからぁっ!」 また商品から拝借したわたあめにがぶり付くミタ子二世は、ため息交じりで月子と「」 の逃走劇を眺めていた。 「これだからニンゲンというのは…世話のかかる生物テチュウ…」 ミタ子二世の頭巾に、うっすらと唐草模様のようなマークが現れだしたのは、この頃で あった。母親ミタ子ですら到達出来なかった、カオス生物・初期型実装石としてミタ子 二世の新たな生活が始まるのであるが、それはまた別のお話…。 追記 2012/07/26:注意書き追加と文章修正

| 1 Re: Name:匿名石 2023/11/27-01:45:04 No:00008498[申告] |
| 賑やかでとても楽しいスクでした!
登場人物の描写もくどくないのにとてもキャラが掴みやすくて良いです |