このSS(数話続く予定です)では、 ・偽涙(透明涙)設定を使用します ・親指は仔実装の仔とします ・蛆は生まれたときに粘膜を舐めとられなかった際になるとします ・よって、親指より大きい蛆(成体実装が舐めとらなかった)が存在しうることになります ・繭についてはこのSSでは登場しないため、存在しないこととします ・成体は40cmくらい、仔は10〜20cmくらい、親指は5cmくらい、蛆はそれぞれの半分くらいと考えています ——まえがき—— 「帰りに低圧ドドンパ買ってきて。双葉社のやつ。わからなければパッケージの写メ送るけどいる?」 昼休みも終わろうという頃、兄から届いたメールにはそう書いてあった。 わかった、写メは大丈夫、と返信して、携帯をカバンにしまう。母に貰ったストラップがちりん、と音をたてた。 初夏の講義室は蒸し暑い。 大学が節電に力を入れているせいで、エアコンを入れる時期が例年より遅くなっているのだそうだ。 もっとも、私はこの4月からこのmay大に入ったところなので、その例年エアコンが入る時期とやらを知らないのだが。 兄のアパートに引っ越して、もう3ヶ月になる。 都心の大学に合格し、やっと鬱陶しい実家から離れられると思っていたのに、父は娘の一人暮らしを許しはしなかった。 先に家を出て、社会人として一人暮らしをしている兄の部屋に、私を押し込めたのだ。 兄もはじめは難色を示したらしかった。しかし父が、兄が今まで暮らしていた1Kの部屋から、3LDKの部屋に転居させ、家賃の差額を肩代わりするという荒技に出たことで、快く私を迎えるに至っている。詳しくは知らないが、私の生活費名目の仕送りも毎月あるそうだ。これでは、少なくとも金銭的には私を一人暮らしさせた方が効率的なはずだが。そんな父を、母は 「親心なのよ」 と、生暖かく見守っているようだった。 こうして、私の華の大学生生活は、兄との二人三脚で始まった……わけではない。 家に住んでいるのは、私たち二人だけではないのだ。 ダイニングとキッチンは当然共用スペース。8畳の兄の部屋があり、8畳の私の部屋があり、 そして、6畳の、実装石飼育部屋がある。 兄が一人暮らしをしていた頃から実装石を飼っていることは知っていた。一時期、大学生をマーケットにしようと目論んだ実装業界が、大学生協と組んで「新生活の友に実装石」という一大愛護キャンペーンを展開したのだ。私がまだ中学生だった頃、兄のもとに届いた入学関係書類の中に、電子辞書等の宣伝といっしょに実装石申し込み用紙が付いてきたのを覚えている。 そのパンフレットには、帰宅時の寂しさを癒し、家事を手伝い、仔を生ませ簡単な躾を施して売ることにより高額な副収入が得られる、という夢のような謳い文句が添えられていた。父にも母にも兄にすらも、誇大広告であろうという認識はあった。しかし、「大学側が勧めているのだから、買っておいた方がいいだろう」という意識をどうしても拭い去れず、躾済み仔実装を一匹だけ購入し、兄は慣れぬ地で一人と一匹の暮らしを始めたのだった。 結論から言えば、このキャンペーンは大失敗だった。 自分でも思うが、大学生という生き物はまだまだ子供。飼育に関して責任が持てる者は少なかった。 サークル活動、アルバイト、恋愛……多忙を極める生活の中で、実装石に割ける時間などありはしなかったのだろう。 いかに躾済みとはいえ、長時間放ったらかしにされれば賢さを保つことはできない。 実装石の世話を心がけた者もいただろう。だが、実装石は他のペットとは勝手が違う。下手に可愛がれば増長する。 一人暮らしを始めたばかりの大学生が、立派な飼い実装を育て上げるには無理があった。 こうして、大学近郊のアパートには、各部屋に最低一匹の糞蟲が誕生する。少数の責任感ある飼い主は自ら処分したが、大多数の無責任な飼い主は糞蟲を捨てた。 糞害、託児、家荒らし。キャンパスと近所には糞蟲が溢れかえり、近隣住民からの苦情が殺到した。 これに対する大学の動きは早かった。業者を入れ、虐待派が楽しむ余地のない迅速な駆除が行われた。兄曰く、それはそれは壮観なものであったという。 そして私が大学生になる頃には、書類の中に実装石申し込み用紙など、当然ながらありはしなかった。 では兄は、というと。 例外的に、兄は仔実装を立派に育て上げていた。 まあ、容姿も良くなく、取り立てて趣味のない兄のことだから、実装石に割く時間が長かったのだろうと思うことにした。 そうして兄の元ですくすくと育った仔実装は成体となり、仔を生み、その仔も兄の躾を受けて賢く育った。 謳い文句を実現し、大学生としては不相応な収入を得た兄は、孝行者であると帰省の度に褒められたものだった。 今では経験を活かし、地方公務員の中でも二大ブラックと呼ばれる実装石部署の(当然、もう一つは生活保護絡みである)若手ホープとして、充実した日々を送っている。 兄曰く、公務員の兼職は禁止されているから、実装石から得られる収入は私名義のものになるんだとか。 そんなこんなで、私は実装石について博識な兄と、兄が育てている実装石(今は成体1匹、仔3匹、蛆1匹)達と共に暮らしている。 私が住み始めた時は成体1匹だった(兄曰く初心者のために減らした)が、私が実装石について学んでいく上で増やして今に至る。 実装石のことはまだまだ詳しくないが、しばらく離れていた兄と暮らせるのは悪くないと思っている。 ———————————————————————— 「ありがとうございましたー」 講義が終わった夕方、ドドンパを買い、実装ショップを後にする。 ショップに通いだして間もないうちは店員にいぶかしがられたものだが、今ではそこそこの常連だ。 あのキャンペーン以降、この界隈では若い飼い主は激減したとのことで、兄のことを説明するまでは店員に警戒すらされていたものだ。 しかし兄の名前を出したら態度が急変した。以来頼めばどんなものでも取り寄せてくれる。 ——名前を出すだけで尊敬される兄は素直にすごいと思う。どうせなら実装石以外のことでそうなってほしかった。 家に着き、鍵を開ける。防音が行き届いているおかげで、実装石の声は聞こえない。単に寝ているだけかもしれないけど。 自分の部屋で着替えを済ませ、夕飯の支度をする。といってもご飯は炊飯器のスイッチを入れるだけだし、作るといっても野菜炒め程度。 今時自炊なんてできて当たり前……なんてことを言ったら、友人に驚かれた。 手早く野菜を切り、冷蔵庫に入れて準備完了。あとは兄が帰ったら炒めるだけ。 人間の用事があらかた片付いたところで、実装石の世話。 実装石の部屋に入る前に、リンガルのスイッチを入れる。最近は携帯のアプリで済ます人が多いらしいが、私は兄の方針で双葉社のネックレス型を使っている。 理由について色々尋ねたが、まだ早いよ、と取り合ってもらえなかった。 部屋に入り、電気をつける。1畳半ほどの大型の水槽。兄が大型魚用をわざわざ買ったのだ。その中にトイレ、ダンボール、餌場。 空気洗浄機と換気扇が常にフル稼働している。これも実装石による収入から出ているのだろう。 贅沢なことをしていると思うが、そのおかげで私がここに住んでいると思うと、少々複雑な気持ちになる。 「お帰りなさいデス、イモウトサマ」 私に気づいた成体がお辞儀する。仔達の母で、名前はミッドナイトシンドローム。勿論私の趣味で名付けたわけではないし、誰もその名前では呼ばない。ミドだ。 「ただいまミド。いい子にしてた?」 「はいデス」 この成体は、兄が最初に育てた子からの血統をずっと受け継いでいるのだそうだ。手伝いもそれなりにするし、媚びることもない。 飼い実装であることを証明する首輪以外は、外見は普通の実装石。もちろん清潔にしている。高級実装服やテチテチ魔法なんとかは与えない。 そういうのは金持ちがやればいいよ、とは兄の弁だ。 「「「イモウトサマお帰りなさいテチュー!!!」」」 仔実装達がハウスから飛び出してくる。まだ名前は与えていない。兄の方針で、躾が完了したときに初めて与えられるのだそう。その日を夢見ながら、仔実装なりに一所懸命日々を過ごしている。その辺の野良と比べれば遙かに出来がいいけれど、高く売るためにはまだまだ躾が足りない。普段家をあけがちな兄に代わって、私がきちんとしなければならない。 「蛆はまだ寝ているの?」 見ればわかることもわざわざ聞く。説明させることで、実装石の脳を活性化させ、より賢く育てるのだとか。 「ワタチが説明するテチュ」「オネチャばっかりずるいテチュ!」「テチィ……」 仔実装達が騒ぎだす。どうも、次女が一番不出来なようだ。三女は臆病。長女は一番まとも……かな? 「お前達静かにするデス、誰が説明するかはイモウトサマが選んでくれるデス」 ミドが娘達を宥める。 「はいテチ」「わかったテチ……」「チィ」 親に宥められただけで言うことを聞く仔実装。躾はまだ完了していないが、この時点でそれなりに値はつく、と実装ショップの店員は言っていた。 私が接する実装石はこの子たちだけだから、普通実装石というのはみんなこんなものだろうと思っていた。が、現実は大きく違った。 まだこっちに出てきたばかりの頃、社会勉強と称して兄が私を公演に連れ出して野良実装と接した時。 ——正直泣きそうになった。まさか糞を髪に投げつけられるとは思わなかったから。もちろんその実装石は兄が処分してくれたが。 その体験は私に実装石のなんたるかを教えてくれた。以来私は、どんな賢い個体もあの野良のように糞蟲化しうるという兄の言葉を胸に、実装の飼育にあたっている。 「じゃあ今日は長女、あなたにお願いしようかな」 「はいテチー!」 長女がテッチテチとしゃべり出す。単に遊び疲れて寝ているだけなのは見てわかるから(監視カメラもつけているし)、本当にただ「仔実装に説明させるだけ」の作業だ。 仔が人間に対して真摯に対応できるようにする訓練。ここで「めんどくさいテチィ」などと言いだせば、即座におしおきが待っている。 「——それで、ウジチャは寝ているんテチィ」 「そう、わかった。ありがとう」 説明が終わって、上気した顔立ちの長女をひと撫でする。必要以上に撫でるのも良くないのだという。神経質すぎやしないかとも思うが、あの野良のようになられては嫌だし、兄の言うことに間違いはないだろうと思うから、そうする。 「テッチャァァァ」 長女は上機嫌だ。 「ワタチもナデナデしてほしいテチィ……」 「デデッ!」 次女がわがままめいた声を上げる。それに驚くミド。躾のタイミングだ……! 兄に代わってうまくやらねばならない、と心の中でだけ焦りつつ、つとめて冷静に振る舞う。へたに感情を表に出せば舐められるからだ。 「——どうして?」 高貴なワタチをとか言い出したらデコピン、高貴なワタチをとか言い出したらデコピンと心の中で繰り返す。すぐにできるように実装石に見えないように右手でデコピンの形を作っておく。躾はタイミングが命、躾はタイミングが命…… 「ごめんなさいテチ、そう思っただけテチ。イイコトしないとナデナデはしてもらえないんテチィ」 「デェ……」 「——そう、ね」 次女から放たれた言葉は、ミドだけでなく私をも安堵させた。 一通りの世話はできるようになったとはいえ、躾だけはなかなか慣れない。人と似た形のものを痛めつける、というのはさすがにまだ抵抗がある。 兄も、その点を許容してくれた。私の躾が下手で仔が糞蟲になったらどうするの、と聞くと、処分するよ、とこともなげに言っていた。 兄なりの私への優しさがわかったから、尚のことうまくやろうと思った。 「みんないい子ね。じゃあ、ご飯の時間」 そう言って、徳用実装フードを各々の餌皿に盛っていく。一つの大皿にしないのは、横取りをやりやすくするため。 糞蟲性を発揮しやすい環境を率先して作り、その都度教育していく。これが兄の方針だ。軌道に乗るまでは毎日産ませては処分していたという。 そんな環境でもこの仔達は(多少のおしおきは受けても)順調に育っている。 「いただきますデス」 「「「いただきますテチィ」」」 実装石達が食事を始める。少し前までは食事の最中も見張っていたが、最近はミドに任せることにしている。 仕事をしている兄ほど忙しくはないけれど、私だってしたいことはある。ミドはその意を汲んでくれた。親なのだから当たり前ではあるけど、それは他の生き物の話。 ものごとを任せられる実装石なんて、そうそういやしない。 「じゃあ、後はお願いね、ミド」 「ングング……(ゴクン)、はいデス、イモウトサマ」 食べながらしゃべらない。兄の躾の証。仔達もそう育ってくれるといいな、と願いつつ…… 「みんな、きれいに食べるのよ」 「ングング……(ゴクン)はいテチ」 「ングングハイテチャングング」 「ングング……(ゴクン)はいテチ」 「デ!」 あ、次女だ。 食べながらしゃべってはいけない。いけないのに。 こんな時はどうすればいいんだったっけ、ええと……そうだ、躾。 「ミド、次女をよこして」 「……はいデス」 ミドが立ち上がり、事態に気づかず皿の前で咀嚼を続けている次女を抱え上げる。 「テェ? ングング……ママ、ングング、抱っこはゴハンの後じゃないんテチ?」 次女はまだ何をされるかわかっていない。ミドが次女を高い高いの体制にする。私はそれを受け取る。 「イモウトサマテチ! 抱っこテチィ?」 次女の目は期待に潤んでいる。媚びこそしないものの、まだまだ躾の途上であることを思い知らされた。 「これからおしおきします」 「テッ、テェェ!?」 おしおき、という言葉に過剰に反応する次女。どうして自分がおしおきされるのかがまだわかっていないらしい。 ここでそれを教えずに暴力を振るえば、それはただの虐待。我が家では虐待は許可されない。 「なんで次女がおしおきされるのか、三女、答えられる?」 おしおきする際は、それを利用して他の仔を教育する。これも兄の教え。 こうすることで、躾の効率が上がる。 「チイネエチャは、ゴハン食べながらおしゃべりしちゃったテチ……」 自分がおしおきされるわけでもないのに、三女が怯えながら答える。 「そう。正解。次女、わかった?」 「テェェ……!」 潤んだ瞳が恐怖に染まる。さっきと違って血涙が出ているから、本当に怯えているんだ。わかりやすくて凄く助かる。 理解が行き届いたところで、次女を握ったまま部屋の隅に行く。そこには今日買ってきたドドンパがあった。 一粒取り出し、母仔の見える位置まで行く。 「今から次女におしおきをします。みんなも知ってるよね、これはドドンパ。これを次女に食べさせます」 「「怖いテチュ……」」 「デェ……デッ?」 長女と三女は抱き合ってふるえている。ミドは大人しく躾の行く末を……あれ? 普段なら黙って躾を見守るミドが、なぜだかそわそわしている。 「ミド、どうしたの?」 「デェ……なんでもないデスゥ」 何か思うところがあるのかもしれないが、躾のタイミングを逸するわけにはいかないので無視することにする。 手にしたドドンパを次女の口の中に入れる。躾なので甘みを感じる間は与えず、喉奥に押し込む。 「テェップ! ……(ゴクン)テェー……」 効き目が現れる前に、手早く次女を風呂場に連れていく。実装用の部屋とはいえ、糞まみれにされてはたまらない。 実装石達に掃除させてはいるが、所詮は実装石。限界があるのだから。 浴槽に次女を放り込む。チベッと声を上げた。もしかしたら骨折しているかもしれないが、看てやるのは糞を出し切ってからだ。 「テェェーン!テェェェン!テェェ……テァァッ!?」 浴槽に投げ込まれた痛みと、躾が行われる不安で泣いていた次女が突然苦しみだした。ドドンパを食べたのだから当然だ。 もうちょっとすれば、糞を我慢できなくなるだろう。その前にパンツを脱がなければならないのだが、ちゃんとできるだろうか? もしパンコンすればおしおき追加だ。躾の最中とはいえ、見逃すわけにはいかない。 「テァァ……テッヂャァァァァ!!」 ——あれ? なんだかおかしい。低圧ドドンパってこんなに派手に苦しんだっけ? 「まさか……!」 いやな予感がして、私は浴室から駆け出す。実装部屋に行き、今日買ってきたドドンパの袋を覗き込む。 そこには、ドドンパ(高圧)とあった。直後、 「テッヂャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」 次女の断末魔と共に、こっちの部屋にまで爆音が、ついで水枕を破裂させたような音が響き渡った。 私は、その場にへたりこんでしまった。 「どうしよう……」 「イモウトサマ……やっぱり、間違えてしまったんデスゥ……?」 放心状態の私に、ミドが声をかけた。 水槽をみると、仔たちはハウスに入れられたのか姿が見えず、ミドだけが血涙を流しながらこちらを見ている。 「あなた……あれが高圧ドドンパだってわかってたの?」 「はいデスゥ」 「じゃあ、なぜ止めなかったの?」 「飼い実装はゴシュジンサマの命令に絶対服従デス。確かに普段低圧ドドンパを使うケースで高圧ドドンパをイモウトサマがお使いになったので驚いたデス。 でもワタシにどうこう言う資格はないんデス。だから仕方ないデス」 我が仔がミスで失われた(浴室の状況はまだ見ていないが、音からしてそうだろう。というか、見に行くのが怖い)というのに、なんとけなげなことか。 兄の躾には隙がない。こんなことで、私はやっていけるのだろうか。 「ただい……くっせえ!!」 私の思考は、兄の驚きの声によって遮られた。 謝らなければ。そう思って、重い足取りで私は玄関に向かった。 ————————————————————————続く
