夕暮れ 「テヒッ、テヒッ…」 その薄汚れた泣きじゃくる仔実装が植え込みの中で今、身震いしつつも生き延びられていられるのは、 幾つかの偶然が重なったのと幸運以外の何ものでもなかった。 1つは年末でアパートの住人や付近住人があらかた出払っていて人気が無かった事。 1つは年末でゴミ収集の日が不規則になり、不精者が出した生ゴミが長時間放置されていた事。 1つは親や姉妹達が既にご馳走に舌鼓を打っている時、足が遅くまだ辿り付けていなかった事。 1つは親姉妹がカラスの餌に先に成ってくれたので、己が身に災厄が降りかかるのを避けれた事。 実装からすればとんでもないご馳走である年末の残飯にわずかばかり有り付け、 萎えたその身に力を与えたのも、この仔実装を生き延びさせる僥倖だった。 普段なら塀の上から仔実装目がけて爪を振り下ろす野良猫もどこかでご馳走に有り付いたのか、 今日に限っては小汚い仔実装には目もくれない。 「テェェ…」 餓えが満たされると再び恐怖と途方もない絶望が襲いかかってくるのか、 仔実装は親と姉妹だった路上のシミへ何度も目をやりつつ、植え込みから姿を現し一目散に駆け出した。 遅まきながら完全に日が暮れる迄に巣へ戻らねば、どんな危険が身に降りかかるのか思い当たったらしい。 無事巣に辿り着けたとしても、身の安全が約束される訳でも、 庇護をしてくれた大好きな母親がいる訳でもないのだが━━ 駆ける。駆ける。駆ける。 大好きな母親のいる、優しくはなかったけれど頼もしかった姉妹達の居る、想い出のあの巣へ。 行く手を遮る車道と、足早に交差する雑踏の向こうに、安住の地があると信じて。 ----------------------------------------------- 宵闇 粉雪舞う公園の植え込みに、心ない通行人のポイ捨てゴミの溜まり場かと見間違う、 半ば朽ちひしゃげ湿った段ボールハウスがあった。 植え込みにカモフラージュしていたつもりなのだろうが、草木が枯れ果てた今、丸見え状態だ。 「テッ…テェェ…」 薄汚れ弱り切った仔実装が、その奥でボロ布にくるまって骨身に染み渡る冷気に奥歯を鳴らしていた。 年末の豪華な生ゴミに釣られて気を許した親姉妹が、カラスの餌食になる場から運良く逃げられて以来、 もう何日も食べ物を口にしていない。 異常な寒波の襲来と連日の乾燥注意報で、公園の水飲み場には水滴一つ見当たらなかった。 寒さと渇き。親姉妹を失った絶望。明日への糧を得る手段も宛も無い。 真っ黒な。真っ黒な。真っ黒な世界。 随分前に目は見えなくなった。徐々に冷たくなっていく指先に、もうなんの感覚も無い。 ボス!! 「テチャッ…!?」 何事か恐ろしい振動が家を揺すった。のしかかる重み。抗ううちに体を包む心地よい熱に気が付く。 「マ…ママ…!? ママレチュ…ゥ…!?」 じわじわと拡がる柔らかな暖かさに、張りつめていた緊張が、餓えが、孤独が、薄れていった。 知らぬうちに仔実装は泣いていた。今しがたまでのドス黒い不安が、母の優しい腕に抱かれ霧散していく。 例えそれが、温かさが失われ始めている使い捨てカイロがもたらしたとしても、幸福には違いない… -----------------------------------------------
