No.1 『嘘つき』 男がコンビニを出ると、仔実装を抱えた実装石が正面に構えていた。 託児か。男は身構え、胸の高さまで品物が入ったビニール袋を持ち上げる。 そんな男の所作に若干哀しげな表情を浮かべながらも、その実装石は深々と頭を下げた。 「あん?」 いつもとは違う実装石の行動に少しだけ興味を引かれた男は、携帯アプリのリンガルを起動させた。 それを確認したのか、実装石が口を開く。 『お願いしますデス。この仔を…飼って欲しいデスゥ』 「何言ってんだ? んなこと誰もするわけないだろ」 『テチィ…』 『分かってるデス…でも、もうまともにゴハンが取れなくなってるデス』 そういえば最近、ゴミ捨て場に業務用のダストボックスが順次導入されているのを男は思い出す。 人間でも背の低い女性なら開けるのを難儀するような蓋付のやつで、実装被害が格段に減っていると好評だった。 『ワタシだけなら何とか食いつなげるかもしれないデス…』 親実装は抱きかかえた仔を更に強く抱きしめる。 『でも、この仔はちゃんと栄養を摂らないと大きくなれないんデスゥ』 『ママァ…』 母親の抱擁に安心しているのだろうか、仔実装の表情は穏やかだ。 「ふむ」男は頷く。「事情は分かったが、なんでそれを俺に話す。普通に託児すればいいだろ」 『それじゃ駄目デス…。ワタシ達を虐める人はいっぱいいるデス…』 見上げてくる親実装の目は潤んでいる。 『ちゃんと正直に話して、飼ってくれる人にお願いしないと、ニンゲンさんもこの仔も不幸になるデス……』 実装石の発言に男は感心した。まさか野良風情がここまで考えられるものかと。 「で、上手く行くと思ってんの?」 『デスゥ…実はこの仔より賢い姉は二人ともダメだったんデス』 親実装がチラリと外した視線の先には赤緑の染みがあった。そうだよなぁと男は納得。 「ん?」と、男は少し引っかかりを覚えた。「ってことは手に持ってるそのガキはあんまり頭良くないってことか?」 男の問いに、親実装は俯き、弱弱しい声で、 『そうなんデス…。ニンゲンさんには大変申し訳ないデスが…どっちかというと馬鹿な仔デスゥ』 「俺にそれを押し付けようって?」 『デェェェ…それでも飼ってくれる人を探してるんデスゥ』 「いや、自分の仔だろうに。少しくらい色つけて話せよ」 いつの間にか説教じみたことを言っている自分に男は驚きながらも、この会話を楽しんでいた。 仔実装はいい加減親実装の手の中は飽きたのか、抜け出そうとしてイゴイゴもがいている。 『そうしたいのはやまやまなんデス…でも、本当は賢いと思って貰った仔が糞蟲だったらニンゲンさん怒るデスゥ』 「……お前、生きるの大変そうだな」 『デ? デスゥ…でも嘘はダメなんデスー。嘘ついて死んでいったお仲間をいっぱい見て来たデス』 めそめそと泣き出した実装石を前に、男は腕を組んで考える。 こいつは野良にはとても不向きな性格だと。 普通に飼い実装として育てられれば結構いい線まで行ったかもしれない。 「俺は嘘つきは嫌いだが」親実装の手から仔実装をそっと受け取る。「そこまでなりふり構わず正直にくるなら飼ってやる」 『デデェ!? 本当デス? あ、ありがとうございますデスゥ!!』 『テッチューン! ニンゲンさんありがとうテチ!』 地面に手をついてまで感謝の意を示そうとする親実装を男は手で制する。 「たまにはお前ら実装に良いことがあっても、な。公園に行ったら正直に生きれば上手くいくことがあるって広めとけ」 『デス! 絶対そうするデス! みんなでニンゲンさんに迷惑が掛からないように頑張るデスー!』 「はは、たまにはガキ連れて遊びにも行ってやるよ」 そうして男は手の中の仔実装を優しく撫でる。 「お前もママを見習って嘘はつかないようにな。俺は嘘つきは嫌いだから」 男の言葉に仔実装は胸を張る。 『だいじょうぶテチィ! ワタチ、ママの仔テチ! それに可愛いワタ…ヂッ!』 握り締められた男の手から果汁のように仔実装の体液が搾り出される。 「実装石が可愛いわけないだろ。嘘つくな」 搾りかすになった仔実装だったものを呆然とする親実装へ投げつけて、男は足早に去っていった。 No.2 『願い叶う』 『ニンゲン、ワタシを飼うデスゥ』 その実装石は公園に入ってきた男の前に飛び出すと前置きもなく言った。 「いいよ」 間髪いれずに男は応じた。 『デェ…!? 何企んでやがるデス! さてはギャクタイハデスゥ!』 実装石の脚で二,三歩下がって間合いを取る。 「そうだよ」 あっさり男は肯定した。もともと、新しい獲物を捕らえに来たところだった。 『……この話はなかったことにするデス』 そそくさと逃げ出そうとする実装石の後ろ髪を男は掴んだ。 「まぁまぁ、ところでお前飼い実装になったらどんな生活したい?」 話さないと解放してくれそうにないと悟った実装石は、まずはと前置きをして口を開いた。 『毎日美味しいご飯が食べたいデスゥ。ワタシ専用のお部屋もあるといいデスー。それと綺麗な服に、フカフカのお布団は 必須デス。お風呂は一日二回は入るデス。 もちろん身体や髪はニンゲンさんにお手入れしてもらいたいデース。おやつは コンペイトウがいいデス。たっぷり欲しいデス。退屈しないように玩具もたくさん用意して欲しいデスゥ。でも、やっぱり ニンゲンさんに遊んでもらいたいデス。ワタシは寂しがり家なんデス。それとやっぱり仔はたくさん欲しいデス。ニンゲンさんには 仔達もたくさん可愛がってくれるといいデスー。といってもちゃんとワタシも可愛がるのは忘れちゃダメダメデース』 一息にまくし立てる実装石。語るうちに徐々に興奮してきたのか、ピスピス鼻を鳴らしながら、うっとりと目を細める。 「いいよ」 あっさり男は肯定した。 『デェ…!? 本当デスゥ? 嘘は吐かないデス!?』 もちろん、と男はにこやかに首を縦に振った。 『……宜しくお願いするデッス〜ン!』 その実装石は身体を横にすることすらできない水槽で、窮屈そうに膝を抱えていた。 『毎日ご飯に毒が入ってるデスゥ…。こんな狭いお部屋要らないデスー…。綺麗な服は画鋲がチクチクするし、お布団はフカフカデスけど 横になれないんじゃ意味ないデス…。お風呂はもう嫌デス…熱くて痛いデス……。身体も髪もお塩を刷り込まれてボロボロデース…。 コンペイトウの中にドドンパ混じってるとかうっかりじゃすまないデス…。ちゃんとしたの一個でいいデス……殆ど毒の時もあったデス。 玩具要らないデスゥ…これがなければもっと広くなるデス…。ニンゲンさんは寝てる頃ばかり狙って痛い事してくるデス…辛いデスゥ。 仔はもう産みたくないデス…殺されるために産むわけじゃないデス……。でもどうせだったら仔だけ虐めてほしいデス…痛いの嫌デース』 ぶつぶつと呟きながら今まさに男が仔実装を解体する様を見つめている。 『もう公園に帰りたいデスゥ…。デッスン…』 思わず漏らした翌日、実装石は公園へと戻された。禿裸であった。 No.3 『ママの言うとおり』 『テチィ…ママァ、お腹減ったテチ』 仔実装が枯れ枝のような腕で横になっている成体実装を起こそうと必死にゆすっている。 実装石もあまり栄養状態が良くないらしく、肉付きが悪いにも関わらずびくともしない。 しばらく声かけを続けるが、反応がないと知ると自身も開いているスペースを探して寝転がる。 ダンボールの中はところどころに糞の山ができており、当初は十分な広さがあったものの、今ではすっかり手狭だ。 実装石は二匹ともども、肌さえ緑に染まり、同じ下着を穿き続けている股間は出来物があった。 掻くたびに出来物がつぶれ、飛び火し、今では仔実装の下半身と両手は常にかゆみに晒されている。 そのせいで眠りはごく浅い。 「眠ぃ…」 隣室からニンゲンが起き出してきたため、親実装がのそりと立ち上がる。 男はゴミの溜まった袋をダンボールの中に置くと、洗面所に向かい身支度を整える。 成体実装は与えられたゴミの中から、カップ麺の汁がついた割り箸とクリームがこびり付くシュークリームの袋、痛んだレタスの葉を数枚取り出す。 代わりにダンボール内に転がっていたプリンのカップと、弁当のプラスチックの蓋を入れた。 実装石は新たに手に入れたそれらを大事そうに舐め、しゃぶり、口にする。 『デスゥ…』 スーツに着替えた男がゴミ袋を掴んで出て行く。 少ない食事が終わると、またゴロリと横になった。 『はーめんどくさいデス…』 この実装石は仔実装の頃に男に託児された。 託児するとき実装石は母親から、 『ニンゲンさんに気に入られるように良い仔にするデスゥ。そうすればご飯と安全は貰えるデスゥ』 しかし、男はコンビニ袋に大人しく座っていた仔実装にはなんら興味を示さなかった。 適当な大きさのダンボールに入れるだけ、世話も何もしない。 ただ生ゴミの日にゴミ袋を一度預けることと、消臭剤が切れた時に取り替えるだけ。 捨てるのも殺すのもめんどくさかっただけなのだ。 テチテチと煩かった仔実装はやがてぼんやりと蹲るだけで日々を過ごす。 やがて成体になり何の因果か仔が生まれても特に何もせず、仔の殆どが粘膜を取られずにそのまま死んだ。食べた。 今いる仔実装は本当の仔ではなく、先日託児された仔だ。庇護者がいないのでこの実装石を親としてみているだけ。 何もしない、何もされない。 常に飢えと退屈と妄想が実装石を苛む。 いっそ死ねば楽になるだろうか。そんなことも考えるが、痛いのも苦しいのも嫌だった。 横になったまま実装石は糞を垂れた。トイレもないし、綺麗な場所も残っていないならどこで排泄しようと一緒だ。 『…やったテチ、ごはんテチ』 仔実装が湯気の立つそれに顔を突っ込んで食べはじめる。 『ウマウマテチ、ウマウマテチ。ママ、ごはんありがとうテチ』 夢中になっている仔実装は成体実装が起き上がっているのに気がつくのが遅れた。 『テ? どうしたテチ、ママ?』 『今度のは煩いデス……』 小首を傾げた仔実装を摘み上げると脚から食べ始めた。 『テヒィィィッ!? 何するテチ! やめテチ!! あんよ食べちゃダメテチ…お腹…ダメテビッ…』 仔実装を平らげると実装石はゲプッと臭い息を吐く。 『まぁ、ママの言うとおり、ご飯はやってくるし痛い事も無いデス』 No.4 『つい』 まだ夜も明けきらない中、一匹の実装石が公園の草叢を掻き分けて静かに歩みを進めていた。 あたりをキョロキョロと見渡し、見つからないようにとしているのだろうか。 暗い中、目を凝らせばポツリポツリと実装石の影がある。 既に餌探しの時間は始まっていた。 最近になって急に餌場が少なくなってきたため、なるべく早く出かけるようになったのだ。 今までのようなスケスケのアミアミではなく、大きくて丈夫な入れ物にゴミを入れるようになったためだ。 全ての餌場がそうなったわけではないが、全盛期と比べて半分以下まで利用できる餌場は減ってしまった。 もうしばらくすれば餓死する個体や、空腹に耐えかねてニンゲンに媚び諂い殺されるものも出て、数も減るだろう。 しかし、今はまだ実装石の数は多く、公園内の全匹を満足させるだけの餌は確保できない。 故に、仔を持つ実装石などは早々と巣を出て餌探しに向かうのだ。 が、この実装石は公園の出口とは逆、草叢の奥へ奥へと進んでいく。 やがて、ゴミや葉っぱなどで偽装された巣を発見する。 『ごめんなさいデスゥ』 小声で呟くと、音を立てないように中を覗き込む。 『テスー、テスー』 『レフーレフー』 『テチュー、テチュー』 中実装と仔実装が蛆実装を挟むようにして眠っていた。 この飢餓の最中にありながら仔実装のほうは血色もよく、髪や肌の状態もいい。親実装に大事に育てられているようだ。 『ごめんなさいデスゥ』 実装石は、その仔実装をそっと抱き上げると、目を覚ます前に首をひねって息の根を止めた。 糞が漏れていないか確認し、腕をちぎって出た血を中実装の口元にこすりつける。 それから持ってきたコンビニ袋に入れて足早に立ち去って行く。 自分の巣に辿り着くと、捕まえた仔実装を取り出し、 『ごめんなんデスゥ…』 三度謝り、涙を流しながら頭を口に入れた。 その目は両方とも緑に染まっている。妊娠していた。 今の公園や周囲の状況では半日歩いても餌を手に入れられない場合も多い。 それならば一番手っ取り早い餌は同属の仔だ。 きっと今食べている仔実装の親は、帰ってきた時に半狂乱になって探し回り、下手をすれば無事な仔を責め苛むかもしれない。 それでも妊娠実装石は自分の仔を立派に産んであげたかった。 『ありがとなんデス…』 髪も服もすっかり胃に収めて、その実装石は奪ってしまった命に深く頭を下げた。 来る日も来る日も仔実装を漁る日々。 流石に警戒は厳しくなってきたものの、目星をつけた一家の親が完全に公園の外に出るまで見送った後に襲うのでまだ発覚はない。 偶に仔が起きている場合もあるが食べ残しの同属の肉を与えれば大人しくなって簡単に捕まえられた。 『この仔は美味しそうデスゥ』 まだ幼い親指実装の寝顔を見ながら妊娠実装石は涎を啜る。 仔の為か、それとも己の欲望か。実装石自身も判断がついていないのかもしれない。 『いただきますなんデスゥ』 両手を合わせて親指実装を手にとった。 『デッデッスー! デッデッスー!』 地面に掘った穴に、溜めてあった雨水を注ぎ込んで作った水場に跨って妊娠実装はいきんでいた。 両目は赤く、今にも生まれる寸前だ。 『デェッス!』 汗を滴らせて踏ん張ると、『テッテレー』と声が連続して水が跳ねる。無事生まれたようだ。 『デスー…みんな元気そうで良かったデスゥ』 テチテチと鳴く一匹を取り上げると、粘膜を舐め取る。 『テー、ママテチ?』 『そうデス。ママデース』 ニコニコと笑いかけてくる仔に笑顔で返す。 愛おしい。十分に栄養が取れたおかげか仔実装は肌の色艶もよく、健康そのものだ。 他の仔達も同様。生まれたばかりなのに元気いっぱいに挨拶してくる。 『さすがワタシの仔達デス。みんな賢そうだし、可愛いデース』 そして一番元気のいい仔を取り上げると、 『テジュッ!?』 頭の半分を齧り取った。 『うんま〜いデスゥ。やっぱりワタシの仔デ……デズァァァァァッァア!? しまったデース!』 仔食いを続けた故の反射的な行動であった。 『まぁ、とりあえずこの仔は食ってしまうデス』 と、開き直った親実装が血走った目で見つめてくるのを仔実装達はより集まり、震えて、けれど逃げられず。 親の庇護のない仔実装がこの捕食者だらけの公園で生きていけるわけはないのだから。 『さ、良い仔良い仔してあげるから来るデスゥ』 口元の血を拭わずに親実装は笑う。 No.5 『愛しのご主人様』 空が赤く染まり、町内放送が流れると一匹の実装石がいそいそと巣から這い出してきた。 多くの実装石は既に眠りについている。 近頃の食糧事情からか朝早く、まだ暗いうちから起き出さなければならないからだ。 元気なのは仔実装や親指実装達で、遊び足りないとテチレチ鳴くものの、親実装に抱かれてしまえばあっという間に夢の中だ。 しかし、この実装石は頻繁に瞬きを繰り返し眠気と闘いながらも公園の遊歩道に面した茂みの中に潜んでいた。 『き、来たデスゥ!』 実装石の大きく見開いた目に映るのはスーツ姿の男だった。 途端に実装石は芝生に這いつくばったまま股間に手を伸ばすと総排泄口を弄り始める。 『デッスーン! ご主人様、それ以上は駄目デス〜!』 男が歩み去っても実装石が果てるまで行為は続けられた。 ぐっしょりと濡れた下着を片手に、巣に戻る実装石は恍惚とした表情を浮かべていた。 『ご主人様…』 この実装石、人間の男に惚れていた。 きっかけはマラ実装に追われていたときだった。 必死に逃げていると背後で『デヒィ!』と惨めな声が聞こえて振り返えった先で男がマラ実装を蹴飛ばしていた。 『助けてくれたんデスゥ…』 その瞬間に実装石はこのニンゲンに飼われるのだと決めてしまった。 しかし現実としては、突然茂みから現れたマラ実装を避けきれずに脚に当たってしまっただけ。 なので男の方としてはこの実装石になんら感慨を抱いてもいない。 勘違いを知らない実装石は出来る限り身なりを綺麗にし、洗濯も欠かさず、そして毎日のように自慰にふける。 男は会社帰りに公園を通るためもちろん見かけない日もあったが、その分ますます実装石が想いを募らせる結果となった。 ある日、意を決して実装石は男に申し出ることにした。 なにせいくら待っても男が迎えに来ないのである。 『時代は積極的な女デスゥ〜!』 そう考えた実装石はその辺の花を摘んで頭巾に差し込んだ最高のおめかしをして男の前に踊り出た。 「うわ、びっくりした」 『ご主人様〜、あんまり乙女を待たせるものじゃないデスゥ』 くねくねとしなを作りながら言葉を作る実装石だったが、男にはデスデスとしか聞こえない。 「参ったなぁ…携帯は家に忘れてきちゃったしなぁ」 『どうしたんデスー? 早く抱き上げて連れて行くデス!!』 両手を挙げて訴えるも通じない。 「あー何言ってんだろ? 餌かな? なんも持ってないんだよなーごめんなー」 『違うデス! ワタシはご主人様の求めていた嫁なんデース!!』 ここぞとばかりに下着を下ろし、股を開いてアピールする。 「あー…発情してんのか。…ちょうどいいかも」 男は一瞬躊躇するも、デスデスとあえぐ実装石の頭巾を引っつかんで荷物宜しく運んでいく。 『デ!? やったデス! これでワタシも幸せになれるデッス〜』 家に着くと男は手に提げた実装石を床の水槽に放り投げた。 『デヒッ!? もっとやさしくするデス!! それとも、激しいのが好みなんデス〜?』 口元に手をあて、できるだけ甘ったるい声を出す実装石の言葉に答えたのは男ではなかった。 『もちろんデス! やっときたメスデスゥ! 激しく行くデッスン!』 水槽には先住者がいた。マラ実装である。 「いやーこの前怪我させて保護してたマラ実装が性欲処理したいって煩かったんだ。発情期のメスがいてくれて丁度良かったよ」 ありがとなと例を言う男の言葉をポカンとした表情で実装石は聞いていた。 『ち、ちがうデス! ワタシはごしゅデヂャァァァァァッァァァ!!』 『デェス! 久しぶりで滾る! 滾るデース!!』 二日後、干からびたマラ実装と犯されながら手足を食われた実装石は揃ってゴミ捨て場行きとなった。 No.6 『前しか見えない』 そのダンボールハウスには血と糞の匂いが充満していた。 発生源はどちらも巣の中で丸くなっている中実装。 一回り大きな成体実装が生ゴミの詰まったビニール袋を振り回してその背中を執拗に殴打する。 『正直に言うデス! 四女をどうしたデス!!』 打撃のたびに生ゴミが散らばり、それを蛆実装がそ知らぬ顔で啄ばんでいた。 『知らないテス! 本当なんテスゥ!!』 『嘘吐くんじゃないデス!! あの仔はお前と違って賢い仔デス! 言いつけを破ってお外に出たりはしないデェッス!!』 やがて軽くなったビニール袋の手ごたえに、親実装は自らの足でによる打撃に切り替えた。 『お前が四女を嫉んでいたのは知ってるんデース!! さっさと言うデス! 四女をどこにやったデスゥ!』 この中実装は比較的普通の個体であった。可もなく不可もなく、特別糞蟲ではなかったため今まで間引かれなかった。 けれど親実装が四女の代を産んでからはそちらに掛かりきりになった。 四女は他の糞蟲だった姉妹とは違い、我侭は言わず、親の言ったことは一度で覚え、蛆実装や姉にまで気遣いをみせたのだ。 親としてはなんとしても出来のいい仔を育てて人間に見初められたいと思うもの。 とはいっても仔が認められたからといって、親まで共に飼われることなどまずないのだが。 本来ならば余計な食い扶持は減らすべく、中実装も蛆実装も間引きたかった。 けれど、親のいない間に四女を守り、世話するために中実装はそのまま生かされていた。 蛆実装に至っては四女の玩具代わりであり、いざというときの食料にと考えていたもの。 『早く白状するデェスッ!! 今なら楽に殺してやるデス!』 『知らないテス! 知らないんテェェェス!!』 親実装の容赦のない蹴りが中実装のわき腹を抉り、頭を庇っていた腕をありえない方向に曲げさせる。 『テヒィ! テフェェェェェン!!! テフェァァァァァ!!』 『何故吐かないんデス! お前が四女を食ったのはバレバレなんデース!!』 昼頃に帰宅した親実装は、まず巣の中に蛆しかいないことに眉をしかめた。 日頃から巣の外に出るのはトイレと親が見ている時だけと言い含めていたはずなのに。 そしてそれはずっと破られることはなかったのに。 と、巣の裏手の茂みが揺れて、中実装が全身に切り傷を作って出てきた。 服もボロボロ、髪はところどころに木の葉や枝が刺さっている。どうやら茂みを歩き回っていたようだ。 『どうしたんデスゥ!?』 『テェ…妹ちゃんがいなくなったんテスゥ』 そう言って泣きじゃくる中実装の口元が血で濡れているのを親実装は見逃さなかった。 『とりあえず落ち着くデス』 親実装に会えて気が緩んだのかえずく様に泣き出した中実装を巣の中に引き入れて、あとは尋問と相成ったのだ。 『朝起きたら四女がいなくなってたとか、嘘吐くならもっとまともなものにするデスゥゥゥァァァ!!』 『ふぉ、ふぉんとうフェフ! ふふぉふふぃふぇふぁいフェフ!!』 仰向けに転がされて執拗に顔面を踏み砕かれた中実装はまともに喋ることすらできなくなった。 『この糞蟲! やっぱり間引いておくべきだったんデスゥ!!』 初めて生んだ仔の中で一番まともだったからと情をかけたことを親実装は悔やむ。 いつも羨ましそうに親実装が四女を可愛がっているのを見ていたのだから予想ができたはずだと。 ここで、親実装も少し頭を冷やせば公園で次々に仔が行方不明になってる噂を思い出し、それと今回を結びつけただろう。 けれどそれまでの中実装の態度や不自然な四女の失踪、そして口元の血糊と親実装の頭の中では一つのストーリーが出来上がってしまった。 そして一度頭血が昇った実装石が己の行為を振り返るのは大分先だ。 『もういいデス……。お前は金輪際親仔でもなんでもないデス』 口から血の泡を吐く中実装を見下ろして親実装はその前髪に手をかけた。 『フェフィィィィィィ!!』 途端に力いっぱい暴れる中実装。それを何発か殴りつけて、親実装は前髪を引き抜いた。 ついで、後ろ髪、それに服と下着も奪い去ると言葉にならない叫びを上げる禿裸を引き摺って公園の中心へ向かう。 そこでは園内の実装石達が腹をすかして群れているはずだった。 No.7 『廻り回る』 その実装石は仔が産めない身体だった。 以前に餌の争奪戦にて右目を潰されたのだ。それは初めての仔を産む前のこと。 故に実装石最大の喜びの一つ、出産と子育てをその実装石は経験していない。今後することもない。 逆にその境遇が深刻な餌不足をみせる昨今においては有利となっていたのだが。 取るべき餌の量が少ないことや、巣に待つ仔を心配して早々と餌の捜索を諦める必要がなかったからだ。 (それでも仔が欲しいデスゥ) 忙しそうだが楽しそうな子育て中の実装石を見るたびに、思う。 公園の噴水で水浴びさせている親仔、一緒に洗濯を教えている親仔など本来ならば微笑ましい光景も片目の実装石には胸が締め付けられる光景だ。 『おたくの仔はいっつも綺麗好きで羨ましいデスゥ』 『そんなことないデス。やんちゃで困ってしまうデス』 『ママーお腹空いたテチ』『テチ』『ウンコ出るテチ』 親に噴水の水をかけて貰っていた仔実装三匹が騒ぐ。それを聞き、曇った表情をみせる親実装。 『デェ…最近はゴハンが全然取れないんデス…。ごめんデス』 仔の頭をなでる親実装に、もう一匹の洗濯実装がそれならばと語りかける。 『託児するといいデス』 『託児デスか…でも、ニンゲンさんは勝手に仔を押し付けられるのを嫌うデス』 『大丈夫デェス。ワタシは前に一度託児したデスが、まだ帰ってこないし無事でやってる筈デス。今度はこの仔を同じ奴に託児するつもりデスゥ』 そう言って洗濯実装は、必死に濡れた服を踏み込んでいる仔実装を示した。 『…託児…デス……。できるならちゃんとニンゲンさんにお話して飼ってもらいたいデスー』 『デェェェ…難しいとは思うけど、それならもう余計なことは言わないデース』 仔が『キレイキレイになったテチ』と服を見せてきたのを契機に、洗濯実装親仔は噴水を後にした。 『ニンゲンさん…お願いしてみるデス……』 自身の空腹もそろそろ限界だと親実装は感じていた。 その一家が去った噴水の影で片目は盛大に水面を叩き水しぶきを上げた。 (託児!? ふざけるなデス! 大事な仔なんデス!? なんであげちゃうデス…ワタシはあげる仔すらないんデス……) 揺らめく水面に写る顔はゆがんでいる。それが波紋のせいなのかそれとも悔しさのせいなのか、はっきりする前に片目は顔をあげた。 と、一匹の成体実装が様子を伺いながら噴水へと近寄ってくる。 その実装石は周囲に誰もいないことを何度も確認して、けれど片目は見つけられず、とりあえず誰もいないと見ると下着を下ろした。 ぐっちょりと濡れそぼったそれに片目は眉をしかめる。 (色狂いの糞蟲デス…) 変に関わり合いにならない方が得策と、ペットボトルに水を詰めてそそくさと退散した。 帰る道すがら、頬をこけさせた実装石に呼び止められた。 『うちの仔を見なかったデスゥ?』 三日ほど前にも同じことを聞かれた。餌を探している間に巣から仔が一匹いなくなったのだと。 近頃良く耳にする話だった。しかし、仔のいない片目には関係のない出来事。 『知らんデス』 その目が最早正気を失いつつあるなと感じた片目は即座に歩みを再開する。 痩せこけた実装石はそれ以上何も言わずに、また公園内をうろつき始めた。 公園の一番奥、じめじめとした茂みの奥が片目の住処だ。 ダンボールすらなく、茂みの上にいくつかコンビニの袋を被せて雨除けとしているだけ。 中は苦労してくりぬいたためか、そこそこに広い。 そこに白い肉の塊がいた。禿裸の実装石である。 『フェゥ〜』 禿裸は両手足を失っており、片目を認めると這って逃げようとした。 が、浅いくぼ地として掘られた巣から出ることは適わず、転がり戻ってしまう。 この禿裸は先日、噴水のあたりに捨てられていた個体だ。おそらく失態をして間引きされたのだろうと見当がつく。 たまたまそれを見つけたのが片目一匹だけだったこともあり、食料兼糞処理として飼い始めたのだ。 『よっこいせデス』 『フェー!!』 片目は禿裸の背に腰を下ろした。地面に直に座るよりは全然いい。そうして、明日の朝になるまでこの禿裸を嬲って楽しむのだ。 その日も朝早く目覚めると、景気づけに禿裸の顔に糞をして餌場に向かう。 ちょっとした混乱が公園の入口であった。 遠目にみるとどうやらニンゲンが飼っていた実装石を禿裸にして捨てていったらしい。 全身傷だらけだと思われたが、それが飼われていた頃のものか、今しがた実装石の群れに食われてできたものなのかは定かではない。 (飼われただけでもよしとするデス…その間はせいぜい幸せだったんデスゥ?) 片目はその宴に混じることなく、餌場を目指す。 近いところは殆どが新しいダストボックスを導入されており、実装石では手が出せない。 片目がまだ無事な餌場を見つけたときには空が白み始めていた。 辺りに視線を配り、誰も見ていないことを確認すると、 『デヂャァァァァァァァァ!!』 めちゃくちゃにゴミ捨て場を荒らした。 手当たり次第に中身をぶちまけ、道路だけではなく、壁や民家にもゴミを投げ込む。 さらには糞も大量にばら撒いた。 異臭が立ち込めるようになると、全力で逃げ出す。 やがて惨状に気付いた人間が同じようにダストボックスを設置することになるだろう。 それはこれまでの片目の経験から分かっていることだ。 (みんな飢えてしまえばいいデス!) そうすれば仔を産んでいる余裕などなくなるはずだ。 (ワタシが仔を産めなくなった餌場なんて無くなってしまえばいいんデース!!) 片目は走った。それが自分の首すらも絞めていると知りながら、やがて訪れる破滅から逃げようとして、走った。 「うわー…なんだこりゃ?」 ゴミ袋片手にやってきた男はゴミ捨て場の惨状に思わず鼻を押さえた。 あたり一面が実装石と思しき糞と生ゴミで埋め尽くされている。 「やっぱ実装石って碌なもんじゃないな…」 手の中の袋を覗き込む。からからに乾いたマラ実装とそれに貫かれたままの実装石が入っている。 「公園の奴かな…こいつらも相当酷かったし」 男は携帯を取り出すと、現場を写真に収めていく。 「区役所に言って駆除してもらおう」 その言葉は逃げる片目には届かない。
