タイトル:【虐】 仔犬のように、君を飼う
ファイル:仔犬のように、君を飼う.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:8310 レス数:5
初投稿日時:2011/08/09-22:45:58修正日時:2011/08/10-11:54:09
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夕暮れ時。日中の暑さの名残が汗となって滴る。
今夏はサマータイム制度の導入や休日の分散化が進んでいるせいか、既に家路に着く人影はまばらだ。
まだ十分に明るいというのに、顔を真っ赤にして酔いが回っているサラリーマンの一団もいる。
実装石はそんな人の流れをじっと見つめていた。
建物同士の僅かな隙間に身を潜め、時折通りに顔を出してはキョロキョロと。
そしてまた顔を引っ込めて、
「デェ…」
溜息にも似た音を漏らす。脚を投げ出し項垂れる様は仕事に疲れたサラリーマンのようにも見えた。
「テチ!」
その実装石の影に隠れるようにして鳴いたのは、幾分スケールダウンした実装石、所謂仔実装だ。
仔実装の右手は親と思しき実装石の左手にしっかりと繋がれている。
腹でも空いたのだろうか、テチテチとそれまでにない勢いで親へと訴えかけ始める。
だが、親実装は仔を一瞥しただけでまた通りに視線を戻してしまった。
自分の意見を聞き入れて貰えなかった仔実装は地団太を踏み、掴まれている手もお構いなしにめちゃくちゃに振り回す。
やがて地に足が着かなくなり、親の手からぶら下がるような形になっても暴れるのをやめない。
「デスゥ……」
親実装は再び溜息のように呟き、左手を軽く振り上げ、下ろす。
親実装にとっては些細な動き。仔実装にとっては巨大なうねり。
踏ん張ることすら出来ずにふわりと浮いた仔実装の身体は、
「…テ?」
状況の理解よりも早く地面に叩きつけられた。
「テボォァッ!」
背中から強かにコンクリートへ激突した仔実装は主だった外傷は見受けられないものの、しばし動くことは適わなかった。
静かになったことに安堵したのだろうか。
幾分穏やかになった表情で通りに目を走らせる親実装。その目が大きく見開かれる。
一人の人間が親仔が隠れている建物で脚を止めていた。
男の視線は建物側に向けられている。
「デッス!」
親実装は仔実装を無理矢理抱きかかえると勢いよく隙間から飛び出した。


「どうすっかなぁ」
男は腕組みをしてショーウィンドウを覗き込んでいた。
視線の先では生後間もない柴の仔犬が丸めたタオルを相手に悪戦苦闘している。
その他にもアメリカンショートヘアや、ポメラニアン、チワワなどなど様々な犬猫の子供たちが思い思いにはしゃいでいた。
そこはペットショップであった。
うーんと唸り、窓に面したケースの角についている値札を見る。
溜息。
どうやら犬を求めているようだ。
しかしいっかな店に入ろうとする気配もなく、ガラス越しに難しい顔をしては仔犬の挙動に相好を崩す。
たっぷり十分はその場にいただろう。
そろそろ帰ろうか。名残惜しくも店の閉店時間が近づいてきたため、男は踵を返す。
「デッス〜ン!」
その男の眼前、というには大分地面に近い位置から音がした。
そして反射的に下を向いてしまい、それを目にした瞬間思わず眉を顰めた。
緑色の小汚い生物が同じような形をした小さい生物を差し出すように掲げていたからだ。
「…実装石?」
口に出したのは単なる反射的なもの。もちろん男は実装石のことをよく知っている。
およそ傍若無人ともいえる出鱈目な生態や、単純明快な思考も含めて、よく分かる。
が、今はその記憶にない行動をこの実装石は取っていた。
ぐったりと動かない仔を一生懸命デスデスと見せ付けてくる。
時折、ショーケースの方に指というか手を指して示し、激しく仔実装を突き出してくる。
ああ、と男は心の中で手を打った。
おそらくの目星はついたが、もう少し観察してみることにした。
さっきからデスデスうるさい親実装は、なかなか男が反応しないからか徐々に顔を真っ赤に染めて、地面を踏み鳴らし始めた。
その拍子に糞でも漏らしているのか、パンツが盛りあがって緑に染まっていく。
このままでは投糞されるかもしれないと、漸く男は切り出した。
「もしかしてあれか、託児か」
「デェッス!!」
胸を張る実装石。男は自分の言っている事がとりあえずは伝わっているとみなし、続ける。
「死んでないかそのガキ?」
「デズァッ!? デェェェェェェッス! デェェェェェェェッス!!」
今更ながらこの状態に気付いたのだろう、当初から意識の無かったであろう仔は、親の必死のアピールによって更に振り回され、真っ青な顔色をしていた。
親実装は盛大に脱糞をしながらも、何とか仔実装をアスファルトに横たえると、パンツの中に手を突っ込んでひりだした糞を手に取る。
何故か一度自分で匂いを嗅いで顔をしかめた後、仔実装の鼻先へと突きつけた。
「テブロォォォォォォッ!?」
跳ね起き、不細工なその顔を更に醜くゆがめた。
「デェ……デェ…」
何とか一命を取り留めたらしく、親実装は肩で大きく息をする。
「コントか?」
「デジャァァァ! デッス! デェッス!!」
「テチュ? …テチャァァァァァ!! ヂュァァァッ!!!」
憤慨したように両手を振り回す親実装に釣られて、男を確認した仔実装はいつの間にか傍に居た人間に、慌てて威嚇をした。
(あー糞蟲っぽいなぁ)
思わず踏み潰したい衝動にかられるが、スーツを汚すのも嫌だったので実装石をひょいと跨ぐ。
そのまま何事も無かったかのように立ち去ろうとして、
「デェッス! デスデスァ!!」
右足に親実装がしがみついてきた。なんとしても仔を託したいのだろうか。
「汚いって」
男が軽く右足を振ると、遠心力に耐え切れなかった親実装は綺麗に放物線を描いてアスファルトに顔面から着地した。
実装石がしがみついた箇所には緑色の染みが点々とついていた。
何度目か知れない溜息をついて男は実装石の傍らを通り過ぎようとして、
「デスッ!」
突っ伏していただけに思えた親実装であったが、その実膝を折り曲げ、両の手と額を地面につけ、土下座をしていた。
それが託児のお願いなのか、命だけは助けて欲しいとの懇願なのか男には分からない。が、おそらく前者だと感じた。
「お前…そこまでして」
「テェェェェェッチュ!!」
しゃがみこんだ男と親実装の間に仔実装が頼りない勢いで割って入った。
色つきの涙を流し、全身を震わせながらも両手を目一杯に広げ、男を睨みつける。
どうやら一丁前に親を守っているようである。
ふむ、男は親仔に背を向けるとその場を後にした。
仔実装は一安心。親実装は悔しさに地面を殴りつけながら、オロロンオロロン泣き出した。


この親実装、ただの野良ではない。かと言って元飼い実装でもない。
胎教の段階から躾を施された個体である。
実装ショップの出産用実装石から生まれ、甘える間もなく厳しい教育の日々を送って合格したのだ。
それでも売れるかどうかまでは運次第。
最終的に売れ残ってしまったため、処分される寸でのところで辛くも逃げ出し、今日まで生き延びてきたのだ。
その過程でいくつか教わったことは忘れてしまったものの、今度こそ人間に飼ってもらいたいと子供を一匹にまで絞って育てた。
初めのうちは公園に訪れる人間たちを相手にアピールしていたのだが、上手くいかなかった。
当然だ。公園を実装石目当てで訪れるのは、愛護派か虐待派がほとんど。
そしてその中できちんと実装石を飼い、共に暮らそうと考える人間はちゃんとした実装ショップで求めるからだ。
わざわざ本性が危うい野良実装になど手を出すはずもない。
虐待派なら喜んで受け取る者もいるだろうが、親実装の目的は仔を預け、よしんば自らも飼われることである。
今までの公園生活で危険と思われる人間には決して近づかなかった。
そうこうしている内に親実装は公園に訪れる人間には託児できないと見切りをつけた。
公園外に出ることは躊躇われたが、仔の為自分の為と、ありったけの食料を背負って出てきたのである。
コンビニでの託児はいくつかの先達の失敗を見てきたため避けた。
どうしようと手を打てずにいたところで思い出したのが仔実装時代に先生から再三刷り込まれた言葉。
『ニンゲンさんがやって欲しいことをしてあげるデスゥ』
つまり仔実装ないしはその役割を欲している人間ならば大切に飼ってもらえるのではないかと考えた。
辿り着いたのがこのペットショップである。
犬や猫を飼う人間に飼われるかもしれないと教わったこともある。
すなわち犬を飼えるならば私たちも飼えるのでは、というのが親実装の発想だ。
実装石の都合のよい解釈であり、浅はかな夢であるかもしれない。
だが、今この時に至ってはその夢が現実になるのだった。


男は閉まりかけたペットショップに駆け込むと、とりあえず必要そうなものを一式買い求めた。
本当は実装ショップで購入するのが一番なのだろうが、どうせ大差あるまいと割り切った。
慌てて会計を済ませて店を出ると、親実装がのそのそと立ち上がり、店の脇にある建物同士の隙間へと帰っていくところだった。
がっくりと肩を落とし、その傍らに仔実装が付き添うようにテチテチと声をかけている。
「おい」
「…デ?」
男が呼ぶと実装石は心底めんどくさそうな顔を向けてきた。
「俺はな、本当は犬が欲しいんだよ」
「…デス」
だからなんだとでも言いたげに、けれど何をされるか分からないのでとりあえず、親実装は頷いてみせる。
「しかし犬を飼えるほど余裕がないのも確かだ」
「デッ!? デスゥ! デズゥァァァァ!!」
唾を吐き捨てるような仕草を見せる実装石。大方貧乏人には用はないとでも言いたいのか。
そそくさと実装石が立ち去りそうだったので、慌てて男はペットショップのロゴが入った紙袋に手を突っ込む。
紙が擦れる音に実装石は敏感に反応する。
仔実装を背に回し、警戒をしつつもそこから離れようとはしない。
何か餌をもらえるのか、それとも新たな虐待道具の実験台にされるのか。
期待半分不安半分というところだろう。
「あったあった」
そう言って男が取り出したのは大小二つの首輪だった。
赤の首輪はどちらも犬用のものであるが、見るからに親仔実装にぴったりのサイズ。
「着けるか?」
男はそう言ってそれぞれに首輪を差し出した。
「…デッス!」
「テッチ!!」
親実装は涙した。ついに飼い実装になれるのだと。
首輪は飼い実装の証の一つ。綺麗な服と並んで、親実装が最も求めていたものの一つ。
それが今目の前の人間から直接手渡される。
試験も兼ねているだろうか。親実装はまずは昔を思い出して一礼する。
仔実装の頭を押して同じように礼をさせると、おずおずと首輪を受け取った。
犬用のため実装石の手では取り扱いは難しく、結局男の手によって着けられた。
「テッチュチュ〜ン!! チュワ〜!」
仔実装は嬉しさのあまりに歌いながらくるくると踊っている。
それを窘めつつも親実装自身、糞を漏らしたくなるのを懸命に堪えていた。
「デス。デェッス。デスゥ」
何度も何度も頭を下げる親実装に、男は再び紙袋から取り出したものを渡す。
リードだ。
首輪の正面にリードをつけるための金具がある。
「……デェ」
親実装は少々不服ではあったものの、これも飼い実装になるためとまずは仔に、ついで自分の分も器用に取り付けた。
かくして親仔実装は小汚い格好そのままに、真新しい首輪を着け、リードにつながれるという一見して飼いか野良か分からない風体となった。
「テッチィ。テチチチチ」
仔実装が親実装のスカートを引き、笑う。
「ほら行くぞ」
男が声をかけ、歩き出す。
デスデステチテチと二匹は必死で後を追う。
正面には長く長く伸びた影。いつの間にか夕日が背中を押していた。
自分の影と仔の影が男の影と繋がっていることを客観的に眺めて、親実装は漸く実感が湧いてきた。
今日から飼い実装だ。
出来るだけ背筋を伸ばして真っ直ぐ歩こうと努める。
これからは男の、ご主人様のために頑張ろうと、教えられた事柄を少しづつ思い出そうとした。
今度こそ。親実装は気合を入れる。随分時間は掛かったが飼い実装としての一歩を踏み出すことが出来たのだ。
テチテチと男に話しかけたり歌って見せたりする仔実装は心底嬉しそうだ。
もう食べ物に困ることもない。同属に襲われる心配もない。
ずっとこの仔の笑顔を守れるのだと思うと親実装の士気は否が応でも高まるのだった。


男の住まいは古い一軒家だった。
独身寮として会社が借り上げている物件で、もともとは何人かで共同生活を送っていたものだが、現在は男の一人暮らしだった。
重たい鉄柵の門扉は僅かに軋む音を立てて開く。
「デェ…」
「テェ…」
想像していたよりも大きな家に実装親仔の胸は弾む。
そして期待も膨らんでいく。
引き戸の古風な玄関を開ければそこは夢にまで見たニンゲンの家。
「デッスゥン!」
「テッチュゥン!!」
堪らず駆け出した二匹であったが、
「デギッ!?」
「チュベラッ!!?」
徐に首に加わった力に悲鳴をあげ、後ろ向きに派手に転んだ。
仰向けになり、自然と男を見上げる形となる。男がにこにこと見下ろしていた。
「テヂャァァァァァ!! ヂュッヂュァァァァァッ!!」
眼前の幸せにお預けを食らった仔実装は男に対して吼え、飛びかかろうと健気に跳ねる。
「デェェッ!? デス! デェス!!」
慌てて制止しようとする親実装。ここでニンゲンの機嫌を損ねたりしたら飼い実装の地位までも危うい。
しかし男はさして気にした風でもなく、仔実装を両手で抱き上げた。
「テチ? テッチュッチュ〜ン!」
いつもよりずっと高い視点に仔実装は興奮し、満足気だ。
親としてはたまらない。そうやって地面の染みになった同属をいくらでも知っているから。
そんな心配を他所に男の手はまず仔実装のリード金具を外した。
手の中でもがこうとする仔実装を優しく降ろすと、いつの間にか持っていた鎖の先端を首輪へとかけた。
「テ?」
「デデッ!?」
首輪から伸びた鎖を親実装が目で辿ると、門のと塀の付け根付近に刺さっている鉄杭に続いている。
その長さは僅か一メートルにも満たない。
「デスデェス!! デスァ!?」
何をするかと抗議のため男に近寄った親実装は、いきなり頭を掴んでうつ伏せに地面へと引き倒された。
バタバタと手足を振り回し、何とか束縛から逃れようとするも人間の力に適うわけもない。
押し付けられ、抗うようにもがくたびに小石が顔にめり込み、砂が擦れて擦り剥ける。
「デギィィィィ!? デヒャアッァァァァ!!」
「テ…テ…テチィィィィィィ!!?」
親実装の悲鳴に感化され、仔実装が恐怖に糞を漏らす。たちまち緑に盛り上がる下着と立ち込める臭い。
男は仔実装を一瞥し、親実装を解放した。そのまま何も言わず、玄関へと消えていく。
「デズァッ!!」
顔面血まみれで立ち上がった親実装は、置いてかれまいと駆け出し、
「デギッ!?」
またしても首に大きな力がかかり、下半身を放り出すように背中から地面に激突した。
痛みに転がっていると、金属がぶつかり合う音が耳に届く。
親実装もまた鎖につながれていたのだ。
「デェ……」
何がどうしてこうなった。親実装は両手を地面につき、がっくりと項垂れる。
昔教わった飼い実装の生活とは似ても似つかない。
ニンゲンの選別を間違ってしまったのだろうか。親実装の頭に疑問がよぎる。
もしかして虐待派だったのか、と。
それを見抜けずのこのことついて来てしまった自分が恨めしい。
優しそうな顔をしていた、ちゃんとこちらの言うことに耳を傾けてくれた、それだけで信じてしまったのは早計だったのか。
「テェェェェェッチ! テェェェェェッチ!!」
目一杯鎖を張って仔実装が叫ぶ。家に入れてほしいと、いい仔にするからと。
「デェェェェッス!! デズゥゥゥゥァァッァァ!!」
親実装もそれに習い何とか、せめて家に入れてもらおうと声を張り上げた。
それが届いたのかどうかは別として、ひょっこり男が姿を現した。
ただし玄関からではなく、実装石たちの後ろ、庭がある方からだ。
「待たせたな。家の準備が出来たぞ」
「デデッ!?」
「テェッス!」
驚いたのは親実装、飛び上がって喜んだのは仔実装。
単純にやっと家に入れると仔実装は思ったわけだが、なぜ一回ここにつないだのかが疑問なのが親実装。
男が二匹の鎖を門扉側から外し、リードのように扱って誘導する。
その先はやはり庭だ。
玄関から入れるとばかり思っていた仔実装は引っ張られながら、ちらちらと引き戸に目をやっていた。
一度角を曲がればそこは開けた空間だ。
池や物置などはないが、申し訳程度の植え込みと四畳ほどのスペースがある。
庭に面して大きなサッシ窓があり、縁側のようなものもついていた。
仔実装は目を輝かせて駆け出し、やはり鎖によって喉を詰まらせる。
「さぁお前らの家だ」
男に導かれるままにたどり着いたのは窓の正面、塀の直ぐ傍に備え付けられた犬小屋だ。
屋根が平らなタイプのそれは真新しく、雨よけのためだろうかブルーシートが上からかぶせてあった。
「デス?」
これかと指だか手だかで親実装が指し示す。
ニコニコとうなずく男。
「テッチテッチィ!!」
仔実装は今までのダンボールハウスとは格段の出来である犬小屋に大興奮し、膨らんだパンツをものともせずに駆け寄った。
「デスッ!」
親実装が示したのは窓、その奥である。家というのはここだ、と。
飼い実装になるべく教育を施されてきた親実装には、いくら大きく立派だとはいえ、犬小屋を家とは思えなかった。
まだ公園にいた頃に与えられたのならば喜んで住まうだろうが、最早自分は飼い実装としての自覚がある。
おいそれと妥協は出来なかった。
だが男はそんな実装石の主張など目にも入らないようで、そそくさと犬小屋脇に取り付けてある杭に鎖をつないでしまった。
仔実装は早速犬小屋の中へ入り、ペタペタ壁を叩いたり舐めたり、転がったり。パンコンの糞色を塗りつけていく。
「テッチュチュ〜」
ご機嫌な仔実装とは対照的なのが親実装だ。
「デデッス! デェス!! デスゥァ!!」
両手を振り回し必死の抗議。
その頭がむんずと鷲掴みにされた。
「デゲェ!!?」
みしみしと音を立てて軋む頭蓋の悲鳴を聞きながら、ゆっくりと親実装の身体が持ち上がっていく。
男の目の高さまで。
短い脚を必死にバタつかせると派手に膨らんだ下着から糞がこぼれる。
「俺はさ」男が指の隙間から除く親実装の目を見ながら言う。「犬が欲しいって言ったろ?」
「デ……ズァ…」
親実装の四肢から力が抜けていく。男の手を引き剥がそうとしていた腕も最早添えるだけとなっていた。
それでも男は締め上げる手の力を緩めない。
「お前らは今日から犬だ。実装石ですらない。ちゃんとそれなりに振舞えよ?」
「デガガ…」
口から泡を吹き出し始めた親実装を男は空中で解放する。
受身を取ることもなく、パンコンをクッションとして湿った水音と共に地面に転がったそれを顧みることなく男は玄関へと向かった。
仔実装が首をかしげて、動かない親実装をじっと眺めていた。


三日もすると実装親仔の様子はすっかりと変わり果てたものになっていた。
まず日がな一日小屋に篭ってじっとするだけになった。
始めのうちは待遇の悪さをデスデス訴えていたのだが、
「犬がデスとか鳴くな!」
と、訴えを聞き入れるどころか碌に口を開くことすら許されなかったからだ。
親実装が「デス」と言えば薬缶のお湯を浴びせられる、喉を締め上げられるなど徹底的に教育された。
それでも構造上「ワン」とは言えないため、自然と言葉を発することを諦めることになる。
仔実装には男の教育の手は伸びなかったものの、仔実装が「テチ」と言うたびに親実装に罰が襲い掛かるため、親実装が代わって教育した。
それは半分憂さ晴らしも含んだ苛烈なもので、二日目で半ば仔実装は死にかけた。
かろうじて一命は取り留めたものの、以降二匹の間には大きな溝が生じている。
また手や膝に出来た擦り傷が一向に完治しないことも小屋に引っ込む要因となっていた。
「犬が二本足で歩くか!?」
これまた男によって四つ脚で這うことを強要されていた。
万が一膝の傷や、腰の痛みに耐えかねて立ち上がれば男から容赦の無い一撃が飛ぶ。
得物は調理用の菜ばしだが、実装石相手には十分な威力を発揮した。
まず膝裏にあたる部分を打撃され、地面に膝をつかされる。
細い菜ばしの一閃で蚯蚓腫れが出来るがその痛みに悶える間もなく首筋に衝撃を受ける。
前のめりに倒れこむ身体をかろうじて両手で顔をかばうことが出来るときもあるがそのまま土を噛むこともあった。
どちらにせよその後は男の靴裏が親実装の顔を踏みつけるのだが。
潰されまいと、全力を振り絞って踏ん張る姿勢こそ正しい犬の姿だと男は力説する。
親実装が力尽きるまでそれは続けられ、いつしか親実装は立つという行為も諦めた。
仔実装についてはどうやっても親実装に従わなかったため、男が膝下を焼き潰した。
焼跡に改めて靴を履かせ、首輪の前部に錘としてタグを着けてやると耐え切れずに頭を垂れる。
そうして親仔は話すことも、立つ権限も奪われた。
食事に関しては日に二回必ず支給される。これは親実装にとって唯一の救いであった。
実装石用ですらないドライタイプのドッグフード。
小さな骨の形を模したそれは、味気も無ければ満足感も無い。
しかも固い。いくらか唾液を含ませてふやかさないと満足に食べられない。
それでも腹は膨れる。
飢餓の苦しみを知っている親実装にとって水と食料が事欠かないというだけで、何とか耐えることができた。
初めのうちは手に持って食べようとして、腕をへし折られたこともあったが、今では犬食いも様になっている。
しかしこの食事を仔実装は歓迎しなかった。固すぎるのだ。
仔実装の口にはいささか大きいうえに、相当ふやかさなければ租借もままならない。
与えられている量は親実装の四分の一程度だがそれでも半分も食べないうちに親実装が先に食べ終わり、奪われるのだ。
これについて飼い主である男に抗議しようとしたが、相手はリンガルを持たないどころか「テチ」と鳴くことすら許していない。
迷った挙句に仔実装が選択したのは自らの糞を餌にぶちまけるという行為だった。
水だけはいくらでも飲める環境にあることを利用して、がぶ飲みした水で水性の便が出るように調節していた。
それにより水便を吸ったドッグフードは親実装が眉をしかめる代物となり、また適度にふやけて食いやすくなる。
こうして仔実装は不本意ながらも満足する量の食事にありつけていた。
朝、まだ完全に明るくなりきらないうちから親実装は目覚める。
起きぬけの嫌がらせに仔実装の餌皿に糞をすると、何とか鎖を外そうと杭を引っ張ったり、首輪を外そうと躍起になる。
けれど不器用な実装石の腕に非力な力では無駄に時間と体力を消費するだけだ。
そうこうしている内に、
「よう。今日も無駄な努力だったか? 散歩いくぞ」
男が皮のリードを持ってやってきた。
激しく首を横に振って拒絶の意を示すも、男はまったく気に留めず首輪にリードを取り付け、鎖を外す。
親実装は引っ張られる力に抗うことは出来ず、のそのそと這いだす。
一方仔実装はまだ夢の中。
過去二回の散歩で途中で力尽き引きずられて帰ってきて以来、散歩を免除されているのだ。
庭はまだいい、石があるとはいえ主に土だから。
アスファルトの手前で親実装の脚が止まる。止めたところで無理矢理引きずられて、結果もっとひどい傷を負うことは分かっていた。
故にそれは一瞬の躊躇でしかない。
一歩。右前足を踏み出せばざらつく感触と同時に皮膚に食い込む尖った痛み。
思わずもれそうになった声を顔をくしゃくしゃにしながら堪える。
痛みが伴う移動のため、その歩みは遅々として進まない。
男がいくらリードを引こうともそれは変わらず、歩いて五百メートル程度の公園に着くのに三十分も掛かる有様だ。
だが、痛みだけならば実装石は耐えられた。現に日に日に痛みは和らいできている。
耐え切れないのは、
「デプププ! デシャシャシャシャ!!」
「テププププ!」
「デェッス! デェッス!! デプァ!」
「レフ〜? レフレフ!」
公園に入った瞬間に小汚い野良実装たちが一定の距離を置いて取り巻いた。
そして浴びせられる侮蔑と嘲笑と罵声。
喋れないため口答えもせず、リードがあるため襲い掛かっても来ない。
親実装は公園の実装石たちにとって格好の玩具となっていた。
もちろん無様を晒しているこの実装石が飼い実装であることは野良たちも理解しているので、直接的な手は出さない。
それでも公園を出るまで終始纏わりつき、親実装の悔しがる顔を堪能するのだった。
心にも身体にも傷を負って散歩から帰れば餌皿には仔実装がしたものと思われる糞が盛られていたりする。
仔実装の皿にも糞をやり返して、親仔揃って朝食を抜かれることもしばしばある。
こうして新たな日々に唇を噛み締めながら過ごす実装親仔だったが、もっとも気に入らないものがまだあった。
それは新たな家、犬小屋の正面、ニンゲンの家のサッシ窓一枚隔てた先。
つい先日まで自分たちが入るれると思っていた人間の家の中。
一匹の禿裸仔実装がじっと親仔実装を見ていることだった。


「おーい、飯にするぞ?」
男に呼ばれて禿裸は外に住み始めた二匹の同属から目を離した。
「テッチュン! テッチィ!」
飛び跳ねながら男が並べる小皿を覗こうと一生懸命だ。
「さぁどれにする?」
選べ、ということだ。
仔実装は男が並べた三枚の小皿の前でうろうろし始めた。
いきなりがっつくような真似はしないだけの躾はされている。
皿の中身は、コンペイトウ二粒、実装フード五粒、生き蛆実装一匹の三種。
通常の実装石ならばこの中から選べと言われればコンペイトウ以外は目もくれないだろう。
全部を欲してもなんらおかしくは無い。
けれど禿裸は迷っていた。とはいえ、視線の多くはコンペイトウに注がれている。
逆に蛆実装には興味が無いようだった。
「テチャ!」
そして仔実装は実装フードを選択した。その後もコンペイトウには未練たらたらの様子だったが、
「これでいいのか?」
「テチ」
男の確認に頷く。そして、窓際へととことこ走る。
そこは禿裸の寝床やトイレなどが置いてある生活スペースだ。
高さ三十センチの鉄柵の一部を起用に開けて向かう先は一脚の背凭れがついた椅子。
庭に面して設置されたそれにジャンプで飛び乗ると、肘掛に両手を乗せ、
「テッチュ!」
目を閉じた。
「よしよし、直ぐ終わるからな」
男は仔実装の横につく。と、先日から飼い始めた犬実装親仔が眉をしかめてこちらを見ていた。
仔犬の方はパンコンしているようで地面から脚が浮き上がっている。
親実装もこの時ばかりは仔を抱きしめ、震えを落ち着かせようと必死だ。
そんな二匹に男はにっこりと笑いかけ、ついで禿裸に向き直る。
禿裸は目を閉じてはいるものの、緊張しているのか耳をヒクヒクと動かし、様子を伺っている。
ポケットから男が取り出したのは十得ナイフだ。
鋏の機能を準備すると、禿裸の左手、ひじと手首に相当する部分の中間に当てた。
禿裸の身体が一瞬強張る。
男は加減しつつも刃先を閉じた。
「ヂィィィィィィィィィッ!!」
搾り出すような禿裸の絶叫。
堪らず漏れた糞は殆どが椅子に空いた穴から下へと落ちるが、その激しい勢いに周囲へも飛び散る。
頭を振り乱し、身体を仰け反らせるも男が押さえている左手だけはびくともしない。
鋏は禿裸の左手の両端から三分の一ずつ食い込んでいた。丁度骨と言うか芯に当たるか当らないかの位置。
完全に切断することは容易だが、男はそれを是としない。
禿裸の悲鳴がある程度治まり、痛みになれた頃合を見計らって手先に向かって刃をスライドさせた。
骨の周りの肉をこそぐような動き。
「ヂェッッッッッッッッッジャァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
綺麗に肉が削げるほど実装石の身体、特に仔実装の身体は丈夫ではない。
ブチブチと肉がちぎれるような音を立てて、最終的には暴れる反動で途中から刃に押し付けるような格好となり、左手は落ちた。
「ヂギィィィィィィィィィ…」
最早糞は出切っているようで、水のような便が時折吹き出る程度。
生きも絶え絶えだが、なぜか禿裸の口元は笑っていた。
「よし、食っていいぞ」
男は禿裸の餌皿へ実装フードを入れてやる。
禿裸の左腕だった肉塊は窓を開けて犬実装たちへ放った。
親仔犬はがちがちと歯を鳴らし、こんもりと盛り上がった下着を男に向けつつ頭からハウスに突っ込んでいた。
「テッチュ〜」
一方で先ほどまで苦悶の表情で悶えていた禿裸は楽しそうに実装フードにかぶりつく。
左手が無いにもかかわらず、苦も無く右手だけでフードを掴み上げ御満悦だ。
そんな禿裸の様子と犬親仔の様子を交互に眺めながら、男は餌になれなかった蛆実装の前髪を引き抜いた。


その仔実装は産まれた瞬間に実の母親の手によって禿裸にされた。
母親もまた禿裸であり、全身に生傷が耐えなかった。
特に顔の右半分の火傷は酷く、鏡を見せられるたびにそれを叩き割って否定しようと躍起になるほど。
その傷をつけたのはニンゲンであり、今現在禿裸が餌と痛みを与えられている男だ。
仔実装は生まれながらにして実装石としての生を否定された。
否、生物であることすら許されず、男の玩具としてのみ存在してきた。
それでも最初から痛い目にあってきたわけではない。
普段は禿裸親仔も一畳にもみたない与えられたスペースでぼんやり雲を見るなり、デッデロゲーテッテロチェーと歌を歌って過ごしたりしていた。
時には男が見るテレビを盗み見たり、週に一度だけだが洗面器一杯のお湯で身体を洗うことも出来た。
基本的に男が暴力を振るうことはなく、生まれたての仔実装がトイレを理解できずに粗相をした時でも、
「俺が良いと言うまで立ってろ」
半日直立不動を言い渡した程度だった。
問題があるといえばそれは食事に関してのこと。
男は禿裸親仔に餌を提供する代わりに、様々な責め苦を課していた。
食は実装石にとって非常に大きなウェイトを占める日々のイベントである。
寿司、ステーキ、コンペイトウと強請るように、そして馬鹿みたいな量の糞便を垂れ流すように、実装石は食うことが生きがいと言ってもよいのではないか。
そこに必ずついて回る苦行のためか、禿裸の母親は食事時になるといつもそわそわとして落ち着かなかった。
「どれが良い?」
必ず男は何種類かの餌を提案し、選ばせた。親実装も餌によって振るわれる痛みが違うと知っていたから選ぶのは慎重になる。
親実装だけならば痛みを忌避して何も食べないことを選択することも出来た。
現に何度かそれを実行してきてもいる。
だが、仔実装の存在が親実装に茨の道を進ませる。仔の分も親実装が餌を貰う必要があったからだ。
成長途中の仔にはせめてちゃんと栄養は与えたい。
下手に家族への愛情を持ってしまったこの親実装は、やがて身体の再生が追いつかなくなる。
右手は枯れ木のように細く尖り、左足は焼き潰され、身体を貫通するような穴がいくつも開いている。
仔実装はそんな親実装の状態を見ながらも、貪欲に餌を欲した。
親実装の声がまともに出なくなり、歩くこともままならなくなると、仔実装が餌を選ぶようになった。
当然仔実装はコンペイトウだけを食べ続けた。
餌の中で最も重い虐待を与えられるのがコンペイトウ。
親実装は内臓を焼かれ、腹を裂かれて干物のように乾いていった。
思えば仔実装はこの時期がもっとも幸せであったと言えよう。
「テッチュ〜ン、テチテチャ」
「……デ」
親実装が日に日に弱っていくことと、食事の際にうける虐待と、その虐待内容を決める餌の因果関係を仔実装は親が死ぬまで理解しなかった。
口を動かす気力すらなくなった親の分までコンペイトウを貪り続け、その日を迎えた。
「テチィ!!」
いつも通りにコンペイトウを求めた。
するとニンゲンは母親の方には行かずに、仔実装を抱き上げる。
それまでの仔実装の経験では抱かれたということはお風呂の合図だ。
予期せぬイベントを予感し、飛び上がりそうになって喜んだ瞬間。
「テ…チ?」
腹部に感じた熱さに目を落とせば、コンペイトウの食べすぎでぽっこりと膨らんだ腹に爪楊枝が突き立っていた。
「テヂィィィィィ!?」
自覚と同時に痛みが走り、仔実装は男の手の中だと言うのに脱糞した。
手を汚された男はそれを気にする素振りもなく、軽く摘んだ爪楊枝でゆっくりと円を描き始める。
「チギッ!! イビィィィィィッ! テジャァァァッァァッァッァァ!!」
じわじわと広がる傷口から、緑と赤がグジグジと滲み出す。糞袋を破ったために血と糞が交じり合って傷口から零れる。
「デヂッ…ヂャ……」
仔実装の声が小さく、切れ切れになったところで男は爪楊枝を抜く。
痙攣する仔実装を餌場に寝かせると所望していたコンペイトウを置いて男はそっぽを向いた。
母実装は死に、仔実装に苦行が引き継がれたのである。

それから仔実装は少しずつルールを理解していった。
実装フードの前で立ち止まっては、
(これはおててイタイイタイテチ)
生き蛆実装を眺めては、
(蛆ちゃんはあんよイタイイタイテチ)
コンペイトウに涎を垂らしては、
(アマアマはおなかイタイイタイテチ)
それと同時に供される量がいつも同じではないことにも気付いていた。
禿裸の仔実装は自然とその日一番量が多いものを選ぶようにした。
その方がおなかが一杯になるし、傷の治りも早いと感じたから。
やがて仔実装は刹那的な痛みには身悶えするものの、自身の身体を傷つけることに抵抗を覚えなくなっていった。
なぜなら痛みの先には必ず美味しいご飯があり、幸せが待っている。
実装石らしいあまりにも単純な思考回路により仔実装は自分は幸せものであるという自覚を持っていた。
それを揺るがす存在が現れる。
犬として飼われることになった実装親仔である。
まず仔実装を動揺させたのは実装石ならば当たり前に持っている髪と服だ。
禿裸はクズだ禿裸はゴミ以下だと散々男に言い聞かされてきた仔実装であったが、仔実装にとっては禿裸が何より普通のこと。
髪や服がある実装石など見たこともなく、さして気にも留めてはいなかった。
が、現実を目の当たりにするとそれは別だ。
野良実装であり、決して綺麗なものではないが仔実装の目にはその親仔の持つ髪や服がとても輝いて見えた。
さらには食事。
なんと何一つ傷つくことなく餌にありついている。
ありえなかった。
禿裸にとって餌と痛みは不可分であり、痛みの対価こそが餌だったからだ。
「テェ…」
気付けば仔実装はじっと庭の二匹を見ていることが多くなった。
犬親仔は一日を小屋で寝て、糞をして、何もせずに餌を貰う。
さらには糞の処理や小屋の簡単な掃除までニンゲンがしていた。
禿裸は自分で出来ることは全てやらされているのに。
(どうしてテチ?)
極めつけは水浴びだ。
禿裸だって週に一度の入浴はある。寝床になっているハンカチの洗濯と同時ではあるが、暖かい湯で身体を濯げる。
それもすべて仔実装一人でやることだ。男は洗面器に湯を張るだけ。終わったら「テチー」と声をかけるだけ。
けれど犬親仔は服を着たままとはいえ男がブラシで洗っているのだ。
普段は男を警戒している二匹もこの時ばかりは従順に擦り寄る動きを見せる。
「テー……」
禿裸は窓に張り付くようにしてそれを眺める。
犬仔実装が偶に興奮して「テチャ」と鳴いてしまい、犬親実装が仕置きを受ける場面もあるが、それも禿裸の目にはじゃれているように見えた。
ある日、仔実装は試しに餌を選ばずに男のズボンの裾を引いた。
「テチ」
「なんだ飯いらないのか」
「テチ!? テッチテッチ!」
「なんだよ早く選びな」
男の手により餌皿の前まで運ばれるが、再び男の足元まで駆け寄ってズボンの裾を引く。
そして窓の外を手で指し示し、
「テチ」
禿裸は不思議だった。
どうちておそとのおともだちはイタイイタイしないでウマウマできるテチ。
だが男は禿裸の手をそっと外して、餌皿を持って立ち上がる。
「そっか、今日は飯抜きでいいんだな」
「テチェ! テチ! テッチャァァァ!!」
いつだって禿裸の声が男に届いたことはなかった。


公園の散歩から帰ってくるたびに、親実装の顔はぐしゃぐしゃだった。
同属に嘲られ、かつそれに何一つ言い返せない悔しさ。溢れる涙。
しかし今日はそれに加えて、同属にこすり付けられた糞でこっぴどく汚れていた。
男が公衆便所に一人で入ったときだった。
それを狙っていたのだろう、一匹の成体実装が親実装の前でいきなり下着を下ろすと糞をひりだす。
間髪いれずにもう一匹が後ろから迫り、親実装の顔をこんもりと出来た糞の山へ押し付けたのだ。
いくら必死に暴れても二匹がかりではどうすることも出来ず、いくらか糞を食う羽目にもなった。
首尾よくその二匹は逃げおおせ、糞に塗れたその姿を見て男は憤るどころか、
「お似合いの面じゃないか」
蔑みの言葉まで投げかけられた。
泣き出しそうな感情を何とか押し殺して、帰宅すると仔実装は暢気に地面を掘ってそこに飲み水を加えた泥遊びをしているところだった。
苛立つ、が声に出して叱ることも出来ず、かといって以前半殺しにした際に男に手酷く折檻されたため迂闊に手を出すのが躊躇われる。
これでよかったものかと親実装は日に何度も考える。
公園時代に比べれば確かに飼い実装と言って差し支えない生活はしている。
が、思い描いていた理想とは大きくかけ離れているのも事実だ。
温かい風呂、豪華な食事、綺麗な服、そんなものはこれっぽちも見当たらない。
冷たい水浴び、質素な食事、ところどころほつれた服、比べるべくもなく貧相だが、おそらく野良の頃よりは恵まれている。
親実装も諦め、受け入れるつもりはあった。
小屋に入り身体を丸めると、見えるのは正面の窓。
そこにはいつも禿裸の仔実装がじっとこちらを見ているのだ。
(どうして禿裸のドレイが家の中で、高貴なワタシ達が外なんデスゥ!?)
禿裸の生活圏は窓際に集中しており殆どの行動が見て取れる。
ちゃんとしたトイレがあり、柔らかそうなベッドがあり、ほんの少しだけ玩具もある。幸せな生活、ただ一点を覗いて親実装にはそう見えた。
初めのうちは犬仔実装がこの禿裸に向けて歯を剥いて威嚇をしたものだった。
けれど数日もしないうちに仔実装は禿裸を無いものとして扱うようになる。
食事時の凶行。
禿裸の生活を完全に羨むまでいかないのはこの習慣のせいだ。
犬親実装が見る限り、禿裸は嬉々として男の苛烈な行為を受け入れている。
ガラスを通してなお耳に残る叫びは犬親仔を震え上がらせるのに十分だった。
だがその後ケロッとした顔で美味そうに餌を頬張る姿は親実装を混乱させた。
自身があんなことをされたらもっと無様に転げ周り、餌どころではない。
それほどまでにあの餌が美味いのか。
(それとも実は大したことない怪我なんデスゥ?)
そんなはずはないと頭を振る。親実装は過去に一度右手を食いちぎられた経験があり、その痛みはずっと覚えていた。
(でも…美味そうデスゥ……コンペイトウ食べてみたいデスゥ…)
幸せそうな禿裸の笑顔を見るたびに、少しずつ親実装の心は揺れ動いていった。


男は禿裸の態度に気がついていた。
自分に無いものを持っている新入りに羨望の眼差しを向け、また自分の常識とは別の対応を取られて困惑しているのだ。
その証拠に初めて禿裸は餌を抜くことを選択した。
正しくは痛みを伴わなくても餌を貰えるのではと期待していたに違いない。
男はそれを知りつつも「餌を選ばないなら餌抜き」のルールに従って対応した。
風呂でもそうだ。
いつもなら一匹で黙々と身体を洗うのだが、「テチテチ」と男を風呂場まで引っ張ろうとする。
犬実装親仔を洗っているのだから自分も洗えと。
(思ったよりも効果は出てるかな)
男は悩んでいた。というのも禿裸が男の虐待を喜んで受け入れるようになったからだ。
嫌がらない虐待など面白くもなんともない。
さっさと潰してしまおうとも思ったのだが、その前に犬でも飼って、その犬を徹底的に可愛がることで精神的に痛めつけようと考えた。
さりとて犬はそんなに安い買い物でもなく、困り果てたところで先の親仔実装が現れる。
物は試しと思いやってみたのだがなかなか面白い反応を見せるのだ。
犬実装の方もしきりに禿裸の生活が気になるらしく、自分の餌と禿裸の食事の様子を見比べたり、散歩に出る前に恨めしそうに禿裸を睨みつけたり。
けれどやはり食事時の虐待は恐ろしいのか、それ以上何か意思を示すことは無かった。
犬として実装石を扱うため少々手間が掛かるのは難だったが、今はとても満足している。
お互いの芝生が青く見えている状態。
一枚のガラスを挟んでじっと視線が交錯する。
しばらくそんな日が続いた。


きっかけは犬仔実装の死だった。
大分身体も大きくなって散歩も出来るだろうと公園まで犬仔実装は連れられていった。
もちろん親実装も一緒である。
そこで野良実装たちの洗礼を受けた。
絶えず耳に届く笑い声、投げられる糞。
男は何もするでもなくゆっくりと二匹を連れて公園を歩くだけ。
親実装が何とか仔実装を庇おうとするも、如何せん多勢に無勢だった。
男の存在が直接的な危害が及ぶのを押しとどめてはいても、それはあくまでも男がいる間だけである。
公園には遊歩道があり、等間隔でいくつかベンチが置かれていた。
その一つに男はリードを結ぶと、
「ちょっと飲み物買ってくるわ」
わざわざ野良実装たちに聞こえる声で告げると、さっさと行ってしまった。もちろんわざとである。
男としてはこの前の糞事件のような目にあえば良いと思ってのことだったが現実はもっとすさまじいものだった。
缶コーヒーを手に戻った男が見たものは首輪を着けた禿裸の成体実装が、その横で群れる野良実装たちに泣きながら殴りかかっている光景だった。
軽く息を吐いて男は手近な木の枝を拾い上げる。
近づいていくと、こちらに気がついた禿裸が、「デェェェッス! デェェッス!」と叫んで群れの中心を示した。
男は手にした枝を両手で思い切り横薙ぎに払う。
「デプルァ!」
「デガァッァァァ!!?」
奇声を上げて吹き飛ぶ野良実装たち。
痛みと何が起こったかわからない恐怖にパンコンするそれらを男は一匹残らず踏み潰した。
全てを駆除して振り向けば、野良実装がいた辺りに残っていた赤緑の染みの上で禿裸がつっぷし、声をあげて鳴いていた。
犬仔実装は食われてしまったようだった。
流石の男もこの時ばかりは犬の真似を強要することなく、ベンチに座ってコーヒーを飲みながらじっと待つ。
やがて禿裸…もとい犬親実装が男へ向き直り、デスデスと訴えるように両手を振り回して突進してきた。
それをあえてよけることはせず、男はリードを持つと叩かれながら帰路についた。
家についても親実装の糾弾は止まず、男もそれを咎めることはしない。
親実装が疲れるまで好きにさせた。
そうしてぺたんと尻餅をついた親実装に男は問う。
「あいつの生活は知ってるな?」
あいつとは禿裸の仔実装のこと。
「…デス」
「それでもお前は中で飼われたいか? このままがいいか? それとも公園に戻るか?」
「デェ…」
これは男なりの親実装への贖罪であった。貶めるつもりだったとはいえ仔を死なせてしまったことへの。
それは彼の失態に対する自身へのペナルティでもある。
親実装は迷う。痛い思いはしたくはない、けれどもう禿裸にされてしまったうえに仔もいない。
公園の野良実装によるいびりは日毎にエスカレートしていった。
このままでは自分も殺されて食われかねないと。
現実は過激な野良実装については男が駆除したのでしばらくは安泰なのだが、親実装は不安を拭いきれない。
「デス!」
意を決した親実装はサッシ窓の先を示した。
禿裸の仔実装が不思議そうに首を傾げていた。


「デギィィィィァァッァァァッァァ!!! デヂャァァァッァァァッァァァ!」
親実装の叫びは豪快だ。
腹部には二本の鉄串刺さっており、その末端には電極が取り付けられている。
電流攻めである。
内臓に直接届く全身を突き刺すような痛みが止むことなく続いていた。
コンペイトウを選んだ故の末路である。
その声をうるさそうに眉間に皺を寄せる禿裸の仔実装は、左手で蛆実装をプニプニしながら、右手ではもう一匹の蛆実装の髪を引き抜こうとしていた。
糞抜きと食べやすくするためである。
長く長く続く親実装の声がかすれて消える頃には仔実装は最後の蛆の腸を啜り、食事を終えるところだった。
潰れた右足を引きずりながら窓際へ。
今はもう誰も住まうことのない犬小屋がぽつんと置いてある。
「テェ…」
「どうした?」
黄昏た仔実装の背中に何かを感じたのか、珍しく男が声をかけた。
「テチィ?」
犬小屋を指して首を傾げる。
「ああ、今はもう誰もいないんだよ」
「テチ」
「寂しいのか?」
「テェ? テチテチャ、テッチ-」
ポスポスと力なくガラスを叩くのを見て、男はふとサッシ窓を開けてみた。
すると禿裸の仔実装は片足ながらも器用に駆け出し、縁側から庭へと手をかけながらも降り立つ。
そして犬小屋へと潜り込むと、
「テチャ!!」
四つん這いで鳴いた。
仔実装はずっと気になっていたのだ。あの痛みのない食事がどんなものか。
この庭から見る風景はどんなものか。
外の世界はどうなっているのか。
誰かに身体を洗ってもらうのはどんな感じなのか。
「そっか…よし、じゃあ今日からお前はこっち側だな?」
「テッチィ〜!」
そうして禿裸仔実装の犬仔実装としての日々が始まった。
だが仔実装は知らない。
真夏の陽射しの強さと蒸し暑さも、冬の刺すような空気の冷たさも。
仔実装という身体が以下に脆く、外にはどれだけの危険が溢れているかも。
野良の実装石の獰猛さも、飼い実装の我侭加減も。
禿裸がどのような意味を持つのかさえ知ることはない。
そして、今親しげに話しかけている男がどれほど残酷であるかということ。


親実装は恐る恐る問う。
「デェ…デッス! デェッスン!!」
テレビに映った花を駆け寄り、お腹をさすってみせる。
「なんだガキが欲しいのか?」
「デス!! デスゥ…」
死んだ仔のことが忘れられないのだろう。室内飼いになって最初のうちは禿裸の仔実装がいたため寂しさも紛れてたが、今は遠いガラス戸の向こう。
食事ごとに受ける痛みにも慣れてきたころ、ふと仔が欲しくなったのだ。
「いいぞ。ほれ」
男はあまりにも気軽に親実装の目を緑に塗ってやった。
「デッ!? …デッス!!」
いきなりの行為にびっくりしたものの直ぐにお腹に感じる異物感に親実装は妊娠を知り、喜んだ。
デッデロゲーデッデロゲーと早くも胎教の歌を歌い始める親実装へ男が優しく声をかけた。
「おーい、それじゃあ椅子に座れ」
「デ?」
椅子に座る。
それは餌の前の対価として痛みを受ける準備だ。
それをなぜ今必要とするのか。
「デスゥ?」
もうご飯なのかと問いかける。
が、男は親実装の言っていることが分かるのか首を横に振り、
「今から顔を焼くから」
子供を産む代わりとして男が焼き鏝をコンロで焙っていた。
「デェッ!? デスッ! デスッ!」
親実装は全身で拒絶の意を示す。普段はしない糞漏らしまでしてこれ以上ない嫌がり方だ。
けれどニンゲンの力に敵うわけは無く、椅子に無理矢理縛り付けられると、
「さぁ、じっくり中までいこうな」
「デギャァァッァァァッァァッァァァッァァッァァッァァッァァァッァ!!!!」
無理矢理見開かれた目には真っ赤に焼けた鉄の塊がゆっくりと迫ってくるのが映っていた。


禿裸仔実装は丸まって耳を塞いだ。
家の中から聞こえる悲鳴を避けるためではない。
昼間に初めて公園へ散歩に行った事を思い出さないようにしているのだ。
(デプププ! こいつ躊躇い無く糞を食ったデェス!)
(テチャ-!! とんだ飼い実装様テチィ!)
(見ちゃ駄目デスゥ。糞食いが感染ってしまうデスゥ。デププ)
(レフゥ…うじちゃんもウンチウマウマしたいレフゥ)
「テェ…テァァ……」
公園では案の定野良実装たちに囲まれた。
かつての野良実装虐殺については男の仕業だと公園では知れ渡っていた。
それでも目の前を四足で這うように歩く禿裸の仔実装がいるとなれば興味は尽きない。
最初のうちは単に罵声を浴びせるだけで済んでいたのだが、興奮してしまったのだろう、一匹の仔実装が徐に駆け寄り禿裸を足蹴にした。
一瞬、実装石たちの間で緊張により空気が張り詰める。
そそくさと自分の仔を抱えて退散する個体もいる。
「ん?」
「テェ?」
しかし、禿裸にとってただの仔実装の蹴りなど痛みにすらならない。
男も禿裸も何も言ってこないことに気を良くしたのか、仔実装は更に蹴ったり殴ったりを繰り返した。
さしもの禿裸も何十発と打たれては耐え切れずに、頭を抱えて亀のように丸くならざるを得なかった。
他の成体実装たちも参加しようと足を踏み出したのだが、最初の一匹が男に蹴り飛ばされて動かなくなったのを見て、動きを止める。
禿裸に猛威を振るっている仔実装だけがそれに気付いていない。
やがて打ちつかれたのだろうか、肩で息をする仔実装が最後と言わんばかりにパンツをずり下げて禿裸の目の前に糞をした。
痛みが止んだことに禿裸が顔を上げると目の前には緑色の山。
耐え難い臭気を放つそれをしかし、禿裸はなぜか食べ物だと認識した。
(イタイイタイおわったテチ? これがご飯テチ?)
禿裸の中では痛みと餌は一繋がりだ。
痛みが終われば食事にありつける。その今までの生活から無意識に糞に手を伸ばし、口に入れ、
「テベェッ!」
あまりのまずさに吐き出したところで、どっと周囲から笑いが起こった。
糞食い。
恥知らず。
そして最も辛い一言が降ってくる。
「お前これからの飯は全部糞がお似合いかもな」
告げる男も笑っていた。
そこからどのように帰ってきたかも分からない。
手も膝もグズグズに擦り剥けていまだに血が止まらないが、そんなことも気にならない。
小屋の外には餌が置いてある。
今朝は喜んで口にしていたが、今はとても食べる気にはなれなかった。
のこのこと出て行って口した瞬間、また笑われるのではないか。
そんなことはないと思っていてももうどうにもならない。
「テヂィ……」
むっとするような夏の空気が仔実装の身体に纏わりつく。
じっとりと汗ばんだ肌がヒリヒリと痛む。今までずっと屋内で暮らしていたため肌が弱い仔実装は日焼けにより軽い火傷を負っていた。
さらに空調の効かない環境にいたことが無いため、著しく発汗作用の鈍った仔実装の身体が強く熱を持っていた。
それがまた日焼けの痛みを増長させ、身動きする気力も奪っていく。
水が欲しい。
既に飲み干し、空になった水受けを見る。
部屋の中にいた頃は喉が渇くことなどなかった。
「ヂュゥゥゥ……ァァァ」
腹痛をもよおすも、動くこと適わず、そのまま便をひりだした。
途端に小屋の中に異臭がたちこめる。
「テック……テック…」
二度軽い咳をすると禿裸の意識はゆっくりと遠くなっていった。
願わくば目覚めたときにはあの中へ戻っていますように。
懐かしい明かりを眺めながら、仔実装は眼を閉じる。
耳の奥で誰かが笑っている声が響いていた。
それすらやがて届かなくなる。
仔実装は眠りについた。

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1 Re: Name:匿名石 2019/06/21-18:52:18 No:00006036[申告]
面白い
2 Re: Name:匿名石 2019/06/21-19:15:05 No:00006037[申告]
どこまで行っても哀れなナマモノ
俺も飼いてェ~
3 Re: Name:匿名石 2023/06/25-18:43:13 No:00007353[申告]
隣の芝生は青い!お互いの上っ面だけを見て待遇に興味を持ってしまった実装が哀れで愛らしい
面白かったー
4 Re: Name:匿名石 2023/06/26-03:42:47 No:00007357[申告]
常に選択肢を用意しても表面上の安直な安楽を選んで堕ちてゆく様がなんともいえない
飼われない選択や野良に戻る選択が出来ない姿がいいわ実装っぽくて哀愁がある
5 Re: Name:匿名石 2024/05/04-02:02:38 No:00009083[申告]
糞虫揃いなのに飼ってみたいと思わせる秀逸なスク
最後の仔実装は死んじゃったのかな
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