タイトル:【捨】 夏は始まったばかり
ファイル:夏は始まったばかり.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:7599 レス数:0
初投稿日時:2011/07/29-18:30:17修正日時:2011/07/29-18:30:17
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【捨】夏は始まったばかり
 
 
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 夏休みの昼下がり。
 バスケ部の練習に出かける前に、セーラー服姿の中学二年生の姉が、小学六年生の弟に声をかけた。
 
「あんた、実装石どうすんの?」
「えーっ?」
 
 エアコンの効いたリビングでソファに寝転がり、携帯ゲーム機で遊んでいた弟は振り返りもせず、
 
「姉ちゃん、エサやっといて」
「イヤよ、あんたの実装石でしょ」
「姉ちゃんに売るよ、買ったのと同じ三百円で」
「誰が買うのよ、タダでもいらないわよ」
 
 弟が飼っている仔実装は、夏休みに入る前に地元の縁日で買ったものだ。
 夏休みの自由研究で観察日記をつけるつもりでいたのだが、宿題は国語と算数のドリルだけだった。
 中学受験する同級生の親が学校側に、遊び半分にしかならない自由研究を宿題に出すなと抗議した結果だ。
 飼い始めた翌日からエサを与え忘れるなど、まともに育てる気もなかった弟は、それで完全に興味を失った。
 仔実装は古い水槽(去年、弟がクワガタを飼っていたもの)に入れられて、ベランダの隅に追いやられた。
 日陰であることは救いだが、真夏日続きで昼間の気温は相当に上がる。
 おまけにエサも水やりも忘れられがち。構ってもらえるどころか視線を向けられることも稀。
 仔実装にとっては虐待に近い扱いだ。
 こちらを見ようともしない弟に苛立ちながら、姉は言った。
 
「捨てるわよ、ベランダ臭ってきてるから」
「オレの実装石だよ、勝手に捨てるなよ」
「だったら、ちゃんと面倒みなさいよ。糞を掃除して、風呂にも入れて」
「姉ちゃん面倒みてくれよ、タダで譲るから」
「だからいらないっての。もうっ、ホントに捨てるからね!」
「姉ちゃんに譲ったんだから、好きにしろよ」
「もうっ……!」
 
 姉はふくれ面でリビングのドアを閉めた。
 出かけるついでに実装石を捨ててやろうと思う。通学路の途中に公園がある。
 弟と共有の勉強部屋へ行き、ベランダのガラス戸を開けると、もわっと外の熱気を浴びてしまう。
 それに混じった不快な実装臭。姉は眉をひそめ、ベランダの片隅に目をやる。
 
「……テェェェェェ……」
 
 安っぽいプラスチックの水槽の隅に膝を抱えて座る薄汚れた仔実装。水槽内の反対隅には乾きかけた糞の山。
 仔実装は、ニンゲンの少女が自分に目を向けていることに気づき、よろめきながら立ち上がった。
 そして両手を差し上げ、懸命に訴える。
 
「……テヒィ、テヒィィィ……」(御主人サン、おうちの中に入れて下さいテチ、ワタチは飼い実装のハズテチィ……)
 
 リンガルなど持っていないし携帯電話のリンガルアプリを起動する気もない姉は、舌打ちして、
 
「ホンット、汚いしキモいし実装石なんて」
「……テヒィィィ、テェェェェェ……」(汚れてるのはごめんなさいテチ、お風呂に入れてほしいテチィ……)
 
 姉は、いったんキッチンへ行って45リットルサイズのゴミ袋をとってきた。
 そしてベランダに戻ると、仔実装ごと水槽をゴミ袋に入れて、糞の臭気に顔をそむけながら口を縛った。
 
「ホンット臭い、最低っ!」
「……テェッ!? テチィィィッ!? テチィィィッ……!?」(これはゴミの袋テチッ!? ワタチはゴミじゃないテチィ……!?)
 
 姉は片手にゴミ袋を体から離して提げ、もう一方の手には学校指定のスポーツバッグを提げて、家を出た。
 プラスチックの水槽は仔実装を入れても大して重くはないが、体から少しでも離そうとすると手が疲れる。
 
「まったくメンドくさい、ホンット最低……」
「……テェェェン、テェェェン……!」(捨て実装はイヤイヤテチィ、御主人サン、赦しテチィ……!)
 
 
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 仔実装は縁日の屋台で「躾け済」という名目で売られていた。
 実際には、その躾けは実装生産プラントで胎教として行なわれたものにすぎないのだが。
 ペット用実装石の流通上、この仔実装の本来の格付けは「選別済」であった。
 糞蟲やアホの仔を排除する最低限の選別だけは出荷段階で行なわれているということだ。
 そして、この仔実装は糞蟲でもアホの仔でもないものの、知能の程度は実装石としてごく平均的であった。
 縁日で三百円で売られていた個体である。
 ペットショップで扱う正規の「躾け済」のような賢さを備えているはずもない。
 いや。
 もしも、この仔実装が例外的に高級飼い実装に匹敵する知性を備えた個体であったとしても。
 最初からまともに飼うつもりもなかった人間の姉弟が、それを理解する機会があっただろうか。
 
 
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 公園に来た人間の少女は、植え込みのかげにゴミ袋を置いて、縛っていた口をほどいて広げた。
 途端に立ち上る実装臭に舌打ちし、少女は袋の中——さらにその中の水槽に入れられた仔実装に呼びかける。
 
「実装回収に出さないだけ、ありがたいと思いなさいね」
「……テェェェッ!? テェェェッ……!?」(待っテチ、ワタチはイイ仔テチ、悪い仔にするヒマもなかっテチィ……!)
「あんた何日かエサ抜いても平気だったし、野良でも生きられるでしょ。じゃ、さよなら」
 
 少女は袋越しに水槽をつかんで、それを地面に向けてひっくり返した。
 
 ——べぢゃっ。
「……テベッ!?」
 
 糞の塊と仔実装が地面に落ちた。仔実装は顔を地面に打ちつけ、うつ伏せのまま、ひくひくと痙攣する。
 少女はそれを無感動に見やると、水槽を入れたままゴミ袋の口を縛った。
 そのまま水槽は公園の外のゴミ集積場に置いていくつもりだった。
 あしたは燃えないゴミの日だ。ゴミを出すには少し早いけど、公園に捨てていくよりはいい。
 
「……テェェェ、テヂィィィ……!」(イタイイタイテチィ、ひどいテチィ、これはギャクタイテチィ……!)
 
 だくだくと血涙を流しながら顔を上げた仔実装は、立ち去る少女の後ろ姿を見て、悲鳴を上げた。
 
「……テヂャァァァッ!? テェェェン……!! テェェェン……!!」(待っテチィ! おうちに連れて帰っテチィ……!)
 
 慌てて少女を追いかけるが、仔実装の足では引き離されていくばかり。
 最後は小石につまずいて、仔実装は再び顔を地面に打ちつけた。
 すぐに顔を上げたが、もう人間の少女の姿は見えない。
 仔実装はその場に座り込んで泣くことしかできなかった。
 
「……テェェェン、テェェェン……!」
 
 
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 縁日の屋台で売られる実装石。数百円で売り買いされる、その生命。
 果たして、この夏。
 彼らのうち何匹が飼育放棄され、飢えや暑さに苛まれながら、みじめな最期を迎えるのか。
 夏は始まったばかりである。
 
 
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【終わり】

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