未曾有宇の大災害から数ヶ月、かつて街だった場所には大量の瓦礫があふれ、科学の粋を 集めた(はずの)エネルギープラントからは、目に見えぬ有害物質が漏れ出し、ようやく 復興へと歩みだした人々の生活と健康を脅かしていた。 そんな中、とある実装研究家が世紀の大発見をした。 人の手には負えぬ有害物質が、実装石の口から体内に入ると偽石と毛髪・服に吸収され、 糞となって出たときには、ほぼ検出限界となることがわかったのだ。 有害物質の浄化に、実装石が使えないかと誰しも考えた。が、しかし、すぐに実用化は頓 挫した。実装石にいかにして有害物質を摂取させるか、安全かつ効率的な方法が実用化で きなかったのだ。 と、同時に大変な危険性も判明した。有害物質を高濃度に吸収した実装石は人体に有害な のである。近寄ることすら出来ないほどに… そして、有害物質を高濃度に吸収した実装石(飽和石と呼称する)同士が共食いした場合、 極度に有害物質を濃縮した偽石は、何の遮蔽物もない街中でそのエネルギーを放出させる ・・・そんな可能性まで出てきた。 人々はパニックとなった、実装石という実装石は、見つかり次第殺処分された。 まさに虐殺と言える状況だった。 実装石は絶滅やむなしかと思われた頃、ある企業が名乗りを上げた。 ふたば重工、世界有数の巨大企業である。 ふたば重工は、実装石を組織として運用する事で、安全かつ効率的に有害物質を処分し、 さらにプラスアルファの利益をもたらすとした。 驚いたのは、そのシステムの発案および、付随する発明・特許の多くが、あの実装研究家 のものであったと言うことである。 私は彼に興味を持った。本人に取材をしたいのだが、所在は不明。コネを使って、ふたば 重工幹部に問い合わせても「本人の要望で教えられない」との事だった。 彼を知る為に、まず初めに一番の業績と言えるこのプラントを取材しようと決めた。 特別廃棄物処理施設 グリーングラウンド第13施設 施設に入ると、担当者が待っていた。 「ふたば重工の、双葉と申します。」 「月刊噂の実装 の○○と申します。よろしくお願いします。双葉さん、と言うことはも しかして…」 「ええ、現社長は私の父になります。」 一族かよ、でもこんな取材で何で… 「○○さんは、実装研究家の□□さんにご関心がおありのようでしたので、プロジェクト をいっしょに取り組んでいた私が、ご案内させて頂いたほうがよろしいかと思いまして。」 完全に読まれてるな。 「では、早速施設内をご案内いたします。」 −−−実装石選別所−−− 各地から集められた実装石は、まず初めに適性検査を受け選別される。体調・糞虫度・知 能・吸収効率などが検査され、出産石・作業石見習い・甲種吸収石・乙種吸収石・栄養石 ・飽和石に分類される。 検査で最も重要なのは吸収効率で、定量の試薬を与え、糞にどの程度残留するかを調べる。 もちろん残留値が少ないほうが良く、優秀な個体は出産石として別施設に移される。 『デギャー』『デスデス』『テチィ』『デスデス』『デシャーッ』 建屋内は実装石の声で大騒音だ。うるさくて、臭くてたまらない。 『テチテチ』 『テピャ』プチッ 紛れこんでいた仔実装が、成体実装に踏み潰された。 『デシャャャャァ』 ブババババッ ブリブリーーーッ 『デェェ・・・』 1体ずつケージに入れられ、ドドンパで糞抜きしている。 その後、バケツ1杯くらいの液体をジョウゴで流し込む。相当まずいのか苦しいのか判ら ないが、鼻の穴から液体がたれており、目の色と同じ色の涙を流している。 3分くらいたつと、実装石の腹がボコボコ動き出す。 『デギャー』ブハッ プシャーーーー 液体状の糞が噴き出す。バケツに溜まった液糞に計測器を近づけ、数値を読み取る。 数値は平均的なものだったらしく、乙種吸収石行きのベルトコンベアーで運ばれていく。 この実装石はこのままケージから出される事無く飼育される。次に出るときは殺される時 だ。 甲種吸収石以上の実装石は、めったに見つからない、ほとんどが、乙種吸収石か栄養石に 振り分けられる。有害物質を限界まで蓄えた飽和石は、施設外の実装石からはまだ発見さ れていない。 「飽和石が自然発生するようでは、もう終わりですけどね。」 休憩中の作業員に話を聞いてみた。 「きついし、汚いし、臭いし、最悪ッすよ。でもね思うんですよ。俺がやっている仕事で 、俺の町がキレイになってるんだって。またみんなが住めるようになるって信じてるんす よ。」 「カッコつけてんじゃねーよ」「ワハハハハッ」 幼さの残る青年の顔には、希望の色が見て取れた。 −−−実装石育成施設(出産石)−−− 「この実装石育成施設では、次代の出産石となる仔の育成と、作業石見習いの生産および 教育を行っています。」 出産石には吸収効率の高い実装石が集められる。賢く素直であることも重要だ。そんな実 装石がいるものかと思われるだろうが、わずかではあるが合格するものがいる。その確率 10万分の1匹。まさに選ばれたモノ達である。 飼育室に入る。室内は明るく清潔で、空調も行き届いている。驚いたことにクラッシック 音楽まで流れている。 人間が節電で暑い思いをしてるのに、贅沢なもんだ。 室内には、19頭の成体実装石と、50匹ほどの仔実装がいた。 実装石はくつろぎ、オモチャで遊んだり、テレビで実装教育番組を見たりしている。女性 職員に遊んでもらっているのもいる。すべての成体実装石に共通しているのは、妊娠中で あることだ。そうこうしていると実装石が集まってきた。リンガルをONにする。 『人間さん、こんにちはデス』 『『こんにちはデス』』 『『コンニチワテチ』』 『何かご用テチ?』 『私たちに出来る事でしたら、なんでも言ってくださいデス』 「きみたちは、どう…」「こちらの方はね、雑誌の記者の人なんだよ。」 双葉氏が割って入る。顔は笑顔だが目が笑っていない。 『ザッシってなんテチ?』 『雑誌というのは、ご本の事デス。』 『ニンゲンさんは、ご本の人テチカ!すごいテチ!!』 「君たちの活躍を記事にしたいって、わざわざ来てくれたんだよ」 『うれしいデス』 『私たち、人間さんの役に立っているんデスネ』 「そうだよ!だから、もっともっといい仔を生んで、もっともっと人間の役に立とうね。」 『いい仔になるテチ』 『人間さんのためにいい仔を生むデス』 『ご本になったら、ゼッタイ読むテチ』 「では、こちらへ。」 「ええ…」 双葉氏に促されるまま、事務所へ移動する。 「先ほどはすみませんでした。」 「部外者の出産石との会話は禁止されていると、お伝えしたはずですが?」 「いやぁ、ついうっかりしてまして… やはり、例の事件ですか?」 「ええ、先日発生した実装保護団体による抗議活動のために、第2施設の出産石は全頭殺 処分せざるを得なくなりました。あそこにはスーパー出産石「碧号」がいたのに…彼女は 極めて優秀で、吸収率・吸収量共に抜群でした。非常に残念です。」 外国人記者を装った(正真正銘の新聞記者との噂もある)実装保護団体の人間が、取材と 称し、強引に飼育室内に入り、吸収石や飽和石の写真をばら撒き、出産石に訴えた。 「お前たちの仔はこんな目にあっているから、仔を生むのをやめろ」と。その為、多くの 出産石が偽石の自壊で死んでしまい、残ったものも狂ってしまい仔を生めなくなった。 このため、今回の取材にはかなりの手続きを必要とした。話によると警察が、私の身辺調 査までしたらしい。 「碧号は最後には生まれたばかりの自分の仔をかみ殺し、自分の糞袋を引きずり出して死 にました。せめて仔だけでも助けられていれば、良い出産石となったはずなのに…」 双葉氏の目には涙がにじんでいた。彼もまたこの国を愛し、人々を救おうと使命感に燃え ているのだ。 聞けば、双葉氏の先祖はこの周辺の出身と言う。親戚にも亡くなった方もおられたとのこ と。この施設に掛ける思いは痛いほど伝わってきた。 「…いけない。施設の説明をしてませんでしたね。」 「室内は、実装石がもっとも出産に適した季節である、春の温度・湿度にしています。与 えている本は、すべて私共で制作したものです。音楽やテレビ番組は、サブリミナル効果 を狙って製作しています。また、寝床にはスピーカーが組み込まれており、睡眠学習を行 っています」 「定期的に出産石の餌に花粉を混ぜて妊娠させます。菜の花やひまわりの花粉を採用して います。少しでも吸収率のを高い仔を生ませるのが狙いです。」 「仔実装への教育は、人間の役に立つこと人間にほめられることが、実装の幸せと思わせ ることがすべてと言って良いです。細かな知識は、ここでは教育しません。基本的には賢 い血統を作って来ていますので、馬鹿な仔は生まれにくいですが、それでも馬鹿な仔や糞 虫が生まれることがあります。その場合は早急に引き離します。馬鹿はうつるんです。」 ある程度成長した仔実装は選別される。大まかにはこんな感じだそうだ。 賢さ最上・糞虫度皆無・人間への信頼最高・吸収率最高・・・出産石(候補) 賢さ上・糞虫度最小・人間への信頼最高・・・作業石見習い 賢さ上・糞虫度最大・・・特別作業石見習い 賢さ上・糞虫度小・人間への信頼高・吸収率高・・・甲種吸収石 その他・・・乙種吸収石 健康でないものは無条件で栄養石とされる。 −−−実装石育成施設(作業石見習い)−−− 「ここでは、作業石見習いに作業石となるためのプログラムを入力しています。作業石は さまざまな作業を行いますので、賢い仔が必要です。ほとんどが出産石が生んだ仔たちで す。出産石が生んだ仔の3分の1位はここに来ます。」 室内をみて驚愕した。仔実装が裸でずらりと並んで眠っている。みな身体のどこかが切開 されており、傷口が閉じない様に、パイプ状のものが差し込まれていた。仔実装の枕元の くぼみには緑色に輝くカケラが置いてある。 「綺麗なものでしょう?賢く健康な実装石の偽石は光り輝くんです。」 「これはいったい??」 「文字通りプログラムを入力しています。いくら賢い仔実装と言えど、施設内の作業が出 来るようになるには、相当の時間を要します。それを短時間で正確に習得させるには、偽 石に直接書き込むこの方法が1番です。」 「どの位の事が出来るようになるんですか?」 「プログラム書き込み直後で、設備や機器の名称と形状は頭に入ってます。あとは、指示 通り物を運んだり、掃除をしたり、計算なら2桁の足し算引き算程度です。初めは身体が 付いて来ないんです。しばらくすると道具を使ったり、もっと高度な作業が出来るように なります。」 「そうそう、偽石への書き込み方法は□□さんの開発したものですよ。装置化にはずいぶ ん苦労しましたが、うちの電子機器部門と医療機器部門ががんばってくれました。もっと もあの方は、偽石の情報を直接読み書き出来たんですけどね。我々とはレベルが違いすぎ ます。」 −−−処理施設(作業石・吸収石)−−− 「いよいよ、メインの設備ですよ。現場から運ばれてきた、有害物質を含む瓦礫・土砂・ 汚泥等は、そちらの建物にあるミルで粉砕します。これにミンチにした栄養石や廃棄実装 を混ぜます。これを吸収石に与えると言うわけです。」 「ちょっ ちょっと待ってください。いくら実装石でも、そんなもの食べないでしょう? 実装肉入りとはいえ瓦礫や土を食べる実装石なんて聞いたことがないです。」 「食べませんねぇ。 そこでこれです。」 と、取り出した小ビンには、緑色の液体が入っていた。 「これを少量混ぜてやるだけで、喜んで食べるようになります。少し舐めてみますか? 人体にはまったくの無害です。」 と言いつつ、双葉氏はビンの中身を指先につけなめて見せた。 「うん、甘い。」 何事も経験だ。自分に言い聞かせ、指先に液体をつけてみた。蜂蜜くらいの粘度の緑色の 液体。思い切って口に含む。 頭を殴られたような衝撃が襲ってきた。甘いなんという甘さだ。甘さで痛みを感じること があるとは思わなかった。あごが外れそうだ。口の中がしびれて感覚がない。 双葉氏はニコニコしている。 「びっくりしたでしょう。どうぞ、その辺に出しちゃってください。」 渡されたペットボトルのミネラルウォーターで口をゆすいだ。庭木の根元に吐き出すとよ うやく落ち着いた。 「だましましたね。」 「いえいえ、私は慣れたんです。試作時にだいぶ舐めましたから。」 「これ、本当に無害なんですか?」 「人間にはね。実装石の場合、味覚が破壊されるのでこれがないと味を感じなくなります。 逆にこれさえかければ何だって食べます。」 「もうこんなのは無しにしてくださいね。」 「失礼いたしました。もうネタはありませんのでご安心を。」 「気を取り直して、内部をご案内しましょう。」 誰のせいだ。誰の。 −−−処理施設内 甲種吸収石飼育部屋−−− 「ここで実装石を飼育し、有害物質を蓄積させます。甲種吸収石は室内を自由に動き回れ るようにしています。」 「中に入ることは出来ません。人間だと10分と居られません。」 分厚い防護ガラスから見る内部は視界が悪く良くわからない。 「モニターのほうが見やすいでしょう。こちらへどうぞ。」 モニターの中では、実装石の日常生活があった。いや、実装石の日常がこんな風なわけが ない。 そこには、おしゃべりし、笑い、歌っている実装石の姿があった。 まるで地上の楽園かの様に… 妬み、蔑み、嫉妬、怒り、悲しみ・・・この世のすべての負の感情が渦巻いているのが実 装界ではないのか? 「驚きましたか?」 「ええ、正直。今日一番の驚きです。」 「賢く、糞虫要素の少ない個体を集めると、このような安定したコミュニティとなったの です。有害物質の吸収量が増えることが判ったので、このままにしています。」 スピーカーから実装石の歌が聞こえてきた。 『ニンゲンさんのお役に立ててワタシたちはシアワセなんデス』 『毎日ゴハンがおいしいのはニンゲンさんのおかげデス』 『ニンゲンさんの愛でワタシのオイシはあったかくなるデス』 『頭のバッチがピーピー鳴ればニンゲンさんに会えるデス』 賢い実装でも歌はめちゃくちゃだな、しかし人間マンセーな歌だな。 ピーピーピーピー・・・・・ 「おっ、鳴りましたねぇ」 『だ、誰デス?』『あなたデス』『ワタシデス』 『『『おめでとうデス』』』 『ありがとうデス』 『みなさん今までお世話になりましたデス』 『いままでよりもっとシアワセになるデス』 『さあ早く行くデス』 『みなさんサヨナラデス』 吸収量いっぱいに有害物質を取り込んだ吸収石(今は飽和石)は、頭のバッチを外すと、 自動で開いたドアに向かって歩き出す。すると持っていたバッチを後ろ向きに放り投げた。 放物線を描いてバッチは1匹の実装石の手に収まった。 『デスゥ つぎはワタシデス』 「…何なんですかこれは?」 「いつからかこんな事を始める様になりました。おそらくテレビドラマの影響でしょう。」 なんという茶番だろう。出来の悪いコントよりたちが悪い。 「あなたも参加しませんか?これを読んで頂くだけです。」 「なんだか判りませんがやってみましょう。読めばいいんですね?」 「はい、じゃあ、3・2・1で、さん、にい、いち、」 「実装ちゃん、実装ちゃん 僕のところへおいで」 通路のスピーカーから、私の声が流れる。 『そっちデスネ』『ニンゲンさーん』 駆け出す実装石が、通路の角を曲がったとたん、 バコンッッ 床が抜けた。 『デェェェェェェ』 実装石は駆け足の形のまま奈落に落ちてゆく。 何事もなかったかのように床が元に戻る。 「これ(放送)要りませんよね?要らないですよね?」 「いやぁ、勢いがある方がおもし…なんかいいでしょ?」 「今の飽和石がどうなるか見ましょう」 そう言ってモニターを切り替えた。 −−−飽和石最終処置室−−− 「飽和石から偽石と服および毛髪を回収します。」 「なんか、ガラの悪いのが居ますよ」 「最終処置専用の特別作業石です。やさしい実装では出来ない仕事を専門にさせています。」 「要するに、糞虫ですね」 「今落ちてきたところですから、因縁つけている所ですね。」 『オマエどこのモンデス?』『いい度胸デス』 『ごめんなさいデス。急に暗くなってわからなくなってしまったデス』 『ゴメンですめばケイサツは要らないデス』 こいつら判って言ってるのか? 『ここにきたらみんなハゲでハダカのオイシ無しになってもらうデス。』 『カクゴするデス』 『『デプププ』』 そういうと、手に何かをはめた。ペンのキャップを大きくしたような物の先端は、薄く鋭 く光っている。 「あいつら刃物持ってますよ。」 「ご存知のとおり、実装石は偽石と髪の毛と服に有害物質を多く蓄積します。最終的には、 それらを密閉して地下深く保管しなくてはなりません。しかしながら、人の手で作業して いたのでは、作業員の健康に大きな影響が生じます。そこで、同属を傷つけることを躊躇 しない実装石を、訓練して作業に当たらせています。」 『だれか タスケテデス、ニンゲンさん!!』 『ここにはニンゲンは来ないデス』 『オイシの場所を言うデス。そしたら早く楽になるデス』 髪を引きちぎられ、服を切り裂かれた実装石は必死に抵抗している。 手足をバタつかせるたび、刃物で傷ついてゆく。 『オイシだけはカンニンしてデス!ゴショウデス!』 『うるさいデス! オウジョウするデス!』 『ニンゲンさん! ニンゲンサンたすけt』 グサリ ザクッ ザクッ・・・ 『デギャャーーーーッ イタイ イタイ イタイ イタイ 』 飽和石を滅多刺しにする作業石。その顔は、返り血で赤と緑のまだらに染まり、ヌラヌラ と光っている。 『デププププ。 死ぬデス しね シネ シネ シネ シネ』 カツリ 『デギャッ』 ビクリと大きく反り返る飽和石。 『ここデスネ』 (どうやら、偽石の場所を見つけたな) 傷口に手を突っ込むと、かき混ぜるようにして偽石を探す。 『デェ デボッ ゴボッ』 血の泡を吹き出す飽和石 『有ったデス』 取り出された偽石は、灰色で透明感はない。さっき見た仔実装の偽石とは大違いだ。 特別作業石は、取り出した偽石と髪の毛および服を専用のケースに入れると、壁の投入口 に入れた。ケースはスポンと音を立て、吸い込まれていった。 飽和石はまだ息があるらしく、手足をピクピクさせている。大きく切り開かれた傷口から は内臓がこぼれ出ている。 『デェェェ・・・』 血涙を流す眼が、こちらを見ている気がして、怖気が走る。 「後は、作業石がケースを密閉処理して、処理は終了です。どうかされましたか?」 「いえ別に、あの飽和石はどうなりますか?」 「特別作業石が、廃棄専用シューターに放り込みます。他の廃棄石や栄養石と一緒にミン チにされて餌になります。」 「では、次は乙種吸収石を見ていただきましょう。」 −−−処理施設内 乙種吸収石飼育場−−− 「なかなか壮観な眺めでしょう?ここも中には入れません。」 広大な建物内は3層になっており、それぞれに実装石を入れたケージがずらりと並んでい る。遠くの方はかすんでいて良く見えない。 実装石は顔に、眼まで覆うゴム製のマスクをつけられ、口の部分からはホースが伸びてい る。ホースは頭上を走る、太い配管に繋がれている。 「乙種吸収石は、拘束したまま飼育します。拘束すると吸収量が低下するのですが、馬鹿 で糞虫度が高い個体が多いので仕方ありません。なぁに、代わりはいくらでもいます。」 「ちょこまか走り回っているのが作業石ですか?」 「ええ、そうです。作業石は糞の回収・吸収石の交換作業・場内の清掃等を行います。簡 単な設備作業をこなすものもいます」 「中の音は聞けますか?」 「ええ、どうぞ」 スピーカーのスイッチを入れてもらう。 『テチテチ…』『テチテチ…』『テチテチテチ』 『…テチテチ』 これは仔実装が走るときの掛け声だ。中に仔実装なんて居ないぞ?? 「成体実装が、仔実装の鳴き声をしているのか。」 「プログラムを書き込む際、上書き禁止の処置をしていますので、成体の身体をしていて も中身は仔実装のままです。このほうが素直ですし、余計な情報を取り入れないので都合 がいいのです。」 「作業石と話すことは出来ますか?」 「うーん、通常は駄目なんですけどねぇ。まあ、あなたでしたら大丈夫でしょう。」 「ありがとうございます」 「ただし、訓練中の作業石見習いです。作業石は有害物質を取り込んでいますので中から 出せません。」 「あと、これはお願いですが、作業石については記事にしないでいただきたい。」 「なぜです?」 「いろいろと、デリケートな問題でして…」 「愛護団体ですか?」 「いろいろです。」 −−−作業石訓練校−−− 「ここでは、実際の設備と同様の機材を用いて、訓練を行っています。」 ケージの交換作業を、4匹がかりでやっている中実装たちがいた。 「作業石見習いは仔実装のときに、人間の役に立つこと、人間にほめられることを喜びと 感じるよう、徹底的に刷り込みされています。あとは実際に人間の命令を受け、実感すれ ばほぼ完成です。」 「おっ、今日は訓練の最終日ですね。興味深い物が見れますよ。」 「整列ッ!!」 『テー テッチ!』 ピシッと整列する中実装たち。 「今日で、すべての訓練は終了だ。お前たちは本当に良くがんばってくれた。お前たちの ような優秀な生徒を持って、私は幸せでだ。ありがとう。」 直立不動の体制で色付き涙を流す、訓練生たち。 「だが、最後の難関が残っている。お前たちの忠誠心のテストだ。 この中で1匹だけ、今ここで死ぬ必要がある。それも自分の意思でだ。 これに合格しなくては全員が不合格となる。もちろん私も教官失格だ。」 おいおい、なんかむちゃくちゃ言い出したぞ… 「無理強いはしない。不合格となっても、お前たちは再教育を受ければいい。その時の教 官は、私ではないと思うが、新しい教官の言うことを良く聞いて、訓練に励んで欲しい。」 「では、1度だけ聞く。死んでくれるという者は、1歩前へ!!」 ザッ すべての実装石が、同時に1歩前へ出た。 「お前たち…」 教官の目に涙があふれる。 「G−1579号、いいのか?」 『テー テッチ! 教官さんに恥を掻かせるわけにはいかないテチ』 「G−1621号は?」 『テー テッチ! ワタシの命は教官さんの物テチ』 「みんな…ん?G−1666号?1666号!」 呼ばれた実装石を見ると、その顔には笑顔が浮かんでいたが、両方の目から光が失われて いた。 「笑ったまま、偽石を割るとは…G−1666号、お前のことは一生忘れない。忘れない からな。」 何なんだこれは、これはまるで… 「すみません、イレギュラーが発生しました。インタビューは出来ません。こちらへどう ぞ。」 事務所の休憩室に通された。双葉氏がコーヒーを両手に持って戻ってきた。 「シナリオどおりには行かないものです。本来でしたら、全員が希望したところで、校長 が出てきてその忠誠心に免じて全員合格、となる予定でした。」 「あれが訓練…なんですか?」 「訓練です。固い忠誠心がないと作業石は勤まりません。基本的に実装石は堕落する生き 物ですから。」 「しかし、さっきのはまるで軍隊のようでした。」 「実装石を軍事利用する研究は各国で行われています。」 偽石を使った遠隔通信や、実装石をミサイルの制御回路として使用するものなど、各種の 研究がされていることは知っている。ふたば重工も軍事産業の部門を持っている。 「しかし、この施設がそのような目で見られるのは、私共も□□さんも本意では有りませ ん。」 「私がこれを記事にするといったら…?」 「あなたは、記事にしないと信じています。」 言葉通りの意味か、書いても出版できないと言う事か… そこへ、先ほどの教官が戻ってきた。 「いやぁ、まいったまいった。さっき見てた人だね、本社の人かい?」 「ええぇ、まあ、」 「最近の訓練石は、賢くなったんだけど素直すぎてねぇ。時々あんな感じになるんだわ。 本社に言ってさ、教育マニュアル改善してもらってよ。提案は上げてるんだけどさぁ。」 「わかりました。善処しましょう。」 「さっき、泣いてらっしゃいましたがあれは演技ですか?」 思い切って聞いてみる。教官氏は少し照れながら、 「いやぁ、何度やっても泣いちゃうよなぁ。俺さ、この仕事の前は牛飼ってたんよ。出荷 の時はやっぱりウルってくるもんな。食べる為に飼ってんのにおかしいね。」 タバコの煙をプカリと吐き出すと、 「実装石にも、とんでもねえ悪さする奴もいるけど、あんなふうに慕ってくると可愛いも んだ。んで、人様の役に立つってんだから気持ちも入るわな。」 「あんな実装石ばっかりだと、人間とも仲良くやれるかも知れねえな。」 言いながら仕事に戻る、教官氏の背中が印象的だった。 −−−実装堤−−− 「あと、ご案内していないのは実装石加工場ですが、見て頂かなくてもいいでしょう。た だのミキサーですから。」 「駅までお送りするついでに、見ていただきたい場所があります。個人的には一番見て頂 きたい場所でもあります。」 車を走らせながら、 「さっき舐めて頂いた物は、ただの甘味料ではありません。」 なんだと? 「正式には実装糞硬化剤、その改良版です。本来の目的は実装石の糞を硬く丸くして不快 感を低減することでした。ハムスターやウサギのような糞であれば掃除も簡単でしょう。 御想像の通り、この薬品の開発者も□□さんですよ。」 なんて物をなめさせるんだ。 「そんな顔をしないでください。人体に無害なのは私が保証しますよ。その改良版は、排 泄後に硬化します。それもかなり強固にね。」 前方に緑のラインが見えてきた。そのラインは見る見るうちにせり上がるように高くなっ てゆく。堤防? 「この緑色、まさか?」 「そのまさかです。車で上まで上がれます。」 十分な幅と高さを持つ堤防だった。荒れた大地の上に伸びる緑のラインは異様ではあった が… 「今回のプロジェクトで最も問題となったのが、糞の処理でした。ご存知の通り、実装石 は食べた量以上の糞をする事が知られています。我々は糞の処分方法で行き詰まった。プ ロジェクト存続の危機でした。□□さんは糞を土木資材として利用することで、処分問題 と防災問題を同時に解決してくれました。」 緑色の地面を、つま先で蹴ってみる。硬くコンクリートのようだ。 「実装・糞(フン)クリート…」 思わずつぶやく、疲れているらしい。 「あっ、それ良いですねぇ。実はこの製品、名前が付いていないんですよ。」 「絶対、やめてください。」 「…そうですね、我々には命名権はありませんでした。」 名前をつけるとすれば、彼しかいない。 「双葉さんから見て、□□さんは愛護派だったんですか?それとも虐待派?」 彼が発明した物は、愛護目的の物がほとんどだが、実際は虐待目的で使用されることが多 い。実装糞硬化剤もそうだ、本来の目的は、飼い実装石最大の問題である糞の処理を容易 にし、飼い主の負担を軽減する事にある。しかし、実際は、多量に摂取すると薬物依存症 と同様の禁断症状が出る為、主に虐待で使用されている。 私は、彼が愛護派なのか確証を持てずにいた。 「愛護派か、虐待派かの2択でしたら、間違いなく愛護派でしょう。」 「その他の呼び方をするなら…共存派…と、私は思います。□□さんはかねてより、人と 実装石が共に生活できる日が来ることを信じていました。一方的な力関係によらない、パ ートナーとしての共存です。その為には人も実装石も変わらなくてはいけないとも。」 「ただ、人間は傲慢です。実装石の為に自らが変わる事など考えもしないでしょう。変わ るとすればまずは実装石からです。」 「□□さんはなぜ、このプロジェクトに協力したのですか? 出産石は別としても、愛護 的とは言えない施設と思いますが…」 「見てください。この荒れた大地を… 時がたてばこの地も復興するでしょう。そのとき 実装石の居場所はあると思いますか?」 「無いと思います。」 災害後、実装石の起こした事件を考えると、当然だろう。それまで嫌悪の対象であった実 装石は、憎悪の対象となった。 「□□さんはそれを心配されていました。推測ですが、私共のプロジェクトに協力頂けた のも、少しでも実装石のイメージを回復させたいと思われての事と思います。」 「あとは、研究者としての興味でしょうか… 今、施設内では実装石の品種改良が急速に 進んでいます。□□さんが願っていた、人間のパートナーとなり得る実装石が生まれる日 が来るのもそう遠くは無いでしょう。」 「双葉さんは実装石をどう考えられていますか?」 「我々は実装石を有望な経済生物と考えています。グループ会社には愛護グッズブランド も、虐待グッズブランドもあります。製薬会社では実装関連薬品を愛護・虐待・駆除問わ ず製造していますし、実装石そのものの医薬品応用も研究しています。その繁殖力は食品 や飼料として魅力的です。偽石が各種触媒として利用可能なことも判ってきました。」 「私個人としては、彼女たちは試練の時にあると考えています。限界まで人間に利用され て、初めて人間の友人となり得るのだと… かつて、ランプの油が欲しいがために殺され 続けた鯨のように。人間は傲慢で業の深い生き物ですから。」 「最後に、□□さんはなぜ姿を消したのですか?」 「あれは悲しい事故でした。□□さんの愛実装が、虐待派の飼い実装に殺されたのです。 人間からも実装石からも裏切られたのです。□□さんの愛実装はそれは賢く優しい実装で した。今となってはあれは本当に実装石だったのか、実装石のカタチをした他の生き物で はなかったのかと思っています。」 「□□さんの事はそっとしておいて下さい。テレビ取材を受けたことで虐待派に目をつけ られたので、マスコミを嫌っています。」 「……」 返す言葉無く、私たちは車に乗り込んだ。 駅のロータリーに着き、車を降りる際、 「施設の名称は、□□さんの殺された2匹の実装石の名前、グリンとグランから付けまし た。これは関係者しか知らない話です。良い記事になることを願っています。」 まとわり付く、暑く湿った空気を引きずりながら、改札をくぐる。振り返ると沈む夕日が 見えた。今日は1日中緑色の世界だったなあ。ぼんやりとそう思った。 終
