タイトル:【虐】
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初投稿日時:2011/06/29-22:29:43修正日時:2011/06/29-22:29:43
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7月に差し掛かる前に、季節はすっかり夏めいていた。
梅雨明けの宣言もまだな6月末。それでも気温は全国各地で真夏日をたたき出し、今年の最高気温を更新し続ける。
更には春の大震災の影響も手伝い、大規模な節電傾向から冷房の設定温度は上がり、体感温度はとても高まっていた。
暑さというのは冷静な判断を容易く奪う。
人間は言わずもがな、犬や猫、そして実装石もだ。


その公園は異臭が漂っていた。
公園だけではない、付近の住宅街にまで広範にわたって充満していた。
原因は実装石の排泄物および遺体、それに気温である。
比較的過ごし易かった今冬は多くの実装石が生き延びた。
それにより、自然的に選択がなされなかったことも事実だ。
故に通常では生存しえなかった個体が生き残っていた。
だが、6月も半分を過ぎたころから急激に気温が上昇する。
それまでは連日の雨模様で、クールビズには早すぎるのではとニュースで流れるほどの低気温。
それが一変して酷暑となったわけだからたまらない。
大の大人でも体調を崩すのが続出したのだから、実装石に至っては言うに及ばず。
公園内では大量の実装石の死体があふれていた。その殆どは身体が十分に成長してない仔や蛆だ。
普段の実装石ならばその屍肉は格好の栄養源として早々に消費されてしまうものだが、突然の暑さに殆どの個体は食欲を喪失していた。
従って、それら死体は適度な発酵状態に陥っていた。
更に排泄物も処理する奴隷の存在が、前述のように死体になり、食欲を落としているせいでこれまた強烈に腐敗を進めていた。


現状、昼には実装石の姿を見ることは稀になっている。
日差しの強い日中の行動は避け、比較的涼しい夜へと活動時間をシフトしているためだ。
刺すような日差しにその姿をさらしているものは、既に死んだ実装石か、これから死ぬ実装石だ。
今、両手足を潰された成体の実装石が一匹、公園のど真ん中で仰向けに転がされている。
服は千々に乱れその機能を失い、また髪は残されているものの、地面に大きく広げられた上に、大き目の石がいくつも乗せられ動きを封じていた。
水場を汚した実装石の末路である。
一瞬にして夏へと変貌した季節おいて、実装石達が取った行動は水分の確保および冷暗所の発掘であった。
後者は地面を掘ったり、木陰にダンボールハウスを移すなどで大半の実装石が完了していた。
場所の良し悪しはあったものの、実装石たちはそれぞれ争って奪い合う気力もなく、さしたる問題もおきなかった。
しかし、こと水に関しては別物である。直接的な生死に関わるこれに、実装石たちは躍起になった。
水場は大きく3つ。
一つは公園の片隅に置かれている公衆便所。そして、公園入口付近に設置されている水飲み場と中央の小さな噴水だ。
しかし、噴水は実装石たちの繁殖が過剰になった段階で自治体から水の供給は止められていたため、今回は論外。
水飲み場も実装石の不器用な手では蛇口をひねることは適わず、結局のところ公衆便所の大便器が最後のよりどころとなる。
トイレの個室は二つあり、実装石たちの間では半ば暗黙の了解として片方は出産用、もう一方が飲料用となっていた。
だが今となっては出産をするにも体力の消耗が激しいため、両方ともに水場として用いていた。
初めに公衆便所の近辺に居を構えていた実装石が堂々と、
「この水場は私のものデスゥ!」
宣言をしたのだが、一瞬のうちに他の個体に生き血を啜られ、干からびて死んでいった。
以後、自然と抜け駆けが無いように持ち回りで見張りを立て、夜の決まった時間に決まった量だけの取水が行われている。
なぜ実装石がそんなことを出来るのかというと、ある日公園に訪れた人間の入れ知恵だ。
最初の犠牲が出た後、互いに水場に近寄りがたくなっていた実装席たちであったが、男がルールを提案するとあっさりとそれに従った。
何より水が恋しかったこともあるし、規律さえ守れば自分も殺されなくて済むというのが大きい。
ルールにはもちろん違反に対する罰則がつき物である。
それが先の野ざらしの刑だ。件の実装石は、割り当ての水だけでは物足りず、我慢しきれずに便器へ飛び込んだのだ。
実装石の汗や排泄物が染み出し、真緑に染まった水は使い物にならない。
かくして一匹の実装石が今日も文字通り日に焼かれて命を落とす羽目になる。


ルールはあるといっても、そこはマジョリティが支配する世界だ。
皆が認めればそれがルールになる。
一組の親仔がその餌食になっていた。
親仔は三匹が三匹とも靴ないしは前髪を失っている被虐個体。
実装石の中にも階級は存在し、特に周囲と違う容貌をしているものは極端なまでに排斥される。
禿裸がいい例だ。
それら被虐個体は群れという単位で貶められ、餌探しや糞便の処理を強制的に押し付けられる。
所謂奴隷に身を窶す。
大半の奴隷実装石は過酷な労働と、満足な食事を与えられないことによる栄養不足が祟って死んでいた。
この親仔に限ってはその死んだ仲間の肉を貪り、どうにかこうにか生きながらえてきたのである。
幸運なことに食べるべき肉は山ほどあり、飢えていた親仔にとっては暑さも何のその、これ以上ないほどの御馳走にありつけていた。
弱る周囲の実装石に比べ、一回り大きくなった親仔に対して群れは危機感を抱いた。
そして牽制として、水の供給を断つことにしたのだ。
新鮮な肉ならばまだ体液が残っているため、水分を補給できる。しかし日数が経過した今、残った死体は大方が乾いているか、吐き気を催すほどに腐りきっている。
親仔は当初は水を飲めないことを気にも留めなかったが、最近になって食料すらも怪しくなってきた所だった。
夜になると水を求める列の最後尾に並び、拒絶されたとしても地面に頭をこすり付けて懇願する。
「お願いしますデスゥ…せめて、せめて子供たちにだけでもお水をくださいデスゥ」
「帰るデス。これはルールなんデス」
見張り役の実装石は四匹。その内のリーダー格と思しき個体がにべもなく親仔を追い払う。
「お願いデスゥ。明日はもっといっぱいご飯を貰ってくるデスゥ・・・だからお願いデスゥ」
「帰るデス。それとも死にたいんデスゥ?」
死という言葉を聞いて、親の身体がピクリと震える。
そして、徐に立ち上がると、一礼してその場を去っていった。
とぼとぼと水場を後にする親実装の背には例えようのない虚脱感と悲哀が入り混じっていた。
三日後、仔の一匹が脱水症状で死に掛けた際に親実装は考え抜いた挙句に自らの血を飲ませる。
それにも限界がある。自らも疲弊しきった親実装が最終的に頼ったのがあろうことか人間だった。


その日も茹だるような熱気が充満していた。
アスファルトからは陽炎が立ち上り、打ち水など瞬く間に蒸発していく。
もちろん公園も例外なく暑さに蝕まれていた。
しんと静まり返った園内は実装石がいるとは信じられない。唯一、漂う悪臭だけがその存在を頑なに主張している。
男が一人、公園内に足を踏み入れると、日陰となっているベンチに座った。
機密性の高いマスクをつけてまでやってきた男は、依然に実装石たちにルールを囁いたのと同一人物だ。
彼は虐待派と称される位置にいる。
害があろうとなかろうと実装石たちを一方的になぶる存在だ。
だが、男には他の虐待派と呼ばれる面々とは少々異なった表情があった。
彼自身は絶対に手を下さない。
他の虐待派が好むような四肢切断や偽石を摘出してまで行う数々の攻めをしない。
軽いデコピンすらしない。
その代わりに実装石に手を下させるのだ。
殺し合いをさせるわけではない。あくまで自らの手を汚す代わりに、実装石に命令する。
しかし同属を手に掛けるのに躊躇いがない、所謂糞蟲と称される個体に興味はない。
男が求めるのは親仔。それも愛情や絆が深ければ深いほどいい。
最もお気に入りの方法としては二匹以上の仔がいる親仔をコンペイトウなどをちらつかせて誘導する。
ここで男が重要視しているのは無理強いしないこと。実装石たちが自分の意思でその道を選ぶことだ。
そして部屋に招きいれたあとは親仔をそれぞれ別の水槽に放り込む。
最低一週間は放置する。
親仔は最初のうちは騒ぎ立てるものの、次第に諦めてお互いに励ましあって過ごすようになる。
餌も水もなく、二十四時間煌々と灯りが燈る中、時間の経過も分からず、何一つ変化もない。
体力のない仔実装はその多くが空腹に耐えかねて自らの糞を口に運ぶか、死ぬ。
愛情を持った親仔はそれなりに躾が厳しい。いつか人間に飼ってもらえるかも知れないと、淡い希望を抱いているからだ。
故に食糞行為は強く禁じていることが多い。それすら破るまでの葛藤を男はまず楽しむ。
頃合を見計らって男は姿を見せる。
この段階まで来ると実装石たちの反応はとても希薄だ。排泄物に手を出してる個体が不平不満を漏らす程度。
男は言う。
「食い物が欲しいか」
リンガル越しのその問いに親実装は目の輝きを取り戻し、請う。
「デ…デスゥ……ご飯、くれるデスか?」
半信半疑の親とは対照的に、楽観的な仔はまくし立てる。
「ごはん…テチ? もうウンチ食べなくていいテチ?」
「ごはん!! ごはん!! はやくはやくもってくるテチ! テチャァァァッ!!」
訝しがる親は理解しているのだ。素直に餌が出てくるくらいならば、とっくに何がしかが供されているはずだ。
それが今更になってということは…。
「ただし」
付け加えられた一言に、「デジャ!?」親実装はビクリと反応した。
「お前、ガキどもの両腕を千切れ」
言葉とともに男の手によって親仔は一週間ぶりの触れ合いとなる。
喜ぶ仔共たちとは裏腹に、親の顔は真っ青だ。
食べ物が欲しければ仔の腕を千切れということは、そうしない限りは何も口に出来ないということだ。
仕方ない。
殆どの親はここで苦渋の決断として、仔の腕をむしる。
「許して欲しいデスゥ…」
「テ? ママ、何するテチャァァァァァッ!!」
「ママ!? ママァアァ!? おねちゃに何しテビャァァガァァァ!」
色つき涙を流して処理を行う親実装を見下し、男は満足げに頷く。
偶に自分の腕を差し出すので勘弁して欲しいと告げる親も出てくるが、その際は更に三日ほど放置すれば心変わりする。
「これで…これでいいデスゥ?」
「アガガガガ…」
「テ…ひひひゃぁぁ…」
痛みに悶える仔とその腕を差し出すように持つ親。
男はそれを認めると、一番ランクの低い実装フードを親の分だけ用意した。
「デス? 仔共たちの分は…」
恐る恐る声を上げる親の言葉に男は、そうだったなと返すと、
「ガキ共、食い物が欲しけりゃ相手の足を千切れ」
「デ…!? は、話が違うデス! 私はちゃんと…」
喚きたてる親の言葉を遮って、男は仔たちに言う。
「さっさとやらないと餌はないぞ、ガキ共」
それまでただただ痛みに耐えていた仔の姉の方がふらふらと立ち上がると、未だ起き上がれない妹の右太腿に噛り付く。
「テッチャァァァ!? おねちゃやめるテチ! やめろテチャァァ!!」
「やめるデス! ごはんはママのをあげるデス! やめるんデスゥゥゥゥ!!」
妹はなけなしの糞を撒き散らしながら残った左足でポフポフと姉の顔を蹴りつけ、親も姉の足を引っ張って引き剥がそうとする。
けれど最早姉にはその言葉は届かず、血走った目で食らいついたまま離そうとしない。
この場合親が取る行動は、一つは諦めることだ。片方の仔を生かすためにもう片方には犠牲になってもらう。
そしてもう一つはたとえ瀕死の重傷を負わせてでも仔を止めることだ。
「やめるデスァッ!」
叫びとともに振り下ろされた渾身の一撃は姉の背を打つと、軽い音を立てて背骨まで折り砕いた。
「テ…ハァッ!!」
呻きとともに身体を仰け反らせた姉は口から血の混じった涎をたらしながら全身を小刻みに痙攣させていた。
「…やってしまったデスゥ…」
後悔の念にかられる親とは対照的に、それまで捕食される側だった妹が血まみれの右足を引きずりながら立ち上がると、
「この……くそむしぃ! 死ぬがいいテチュゥァァァアア!!」
倒れ付す姉の頭をしたたかに踏みつける。
「やめるデス! お姉ちゃんが死んじゃうデス!!」
「ママが最初にやったんテチ! このくそあねはしんで当然テチ!!」
「デ…それでも駄目デス!!」
親は妹の首根っこを引っつかんで姉と距離を置いた。
「残念だったな。ガキ共の分は無しだ」
男はそう言って姿を消す。
癇癪を起こす妹に親は与えられたフードの半分を差し出した。
なにやらテチュテチュと文句を言いながらも妹はフードを頬張る。腕はないので犬のように這いつくばって。
虫の息の姉は意識こそ戻ってないものの、親が自ら抱きかかえ、口移しでふやかしたフードを食べさせていた。
その様子を妹は鬼気迫る表情でにらみつけていた。
翌日、男は餌の代わりに姉妹の脚を要求した。親は散々迷った挙句、姉妹の脚を片方ずつ千切った。
その翌日はもう片方の脚を要求された親は躊躇いなくもいだ。
瀕死の姉は別として、妹は頑なに抵抗を試みるが、両腕もないうえに対格差はいかんともしがたい。
達磨となった姉妹は仲良く親の腕の中で交互に餌を与えられることとなった。
さらに翌日、姉が死んだ。
それまで引き剥がされていた妹が蛆のように器用に身体をくねらせて姉の喉笛を食い破ったのだ。
「い…いい気味テチャァ……」
妹は姉が憎かった。自分に危害を加えたくせに、親の愛を短いながらも独り占めした姉が。
親は妹が姉をその毒牙にかけるのをじっと見ていた。
もうどうでも良かったのだ。やがて男の命によってこの仔達も自分も死ぬと理解していた。
「なんだ、一匹死んだのか」
興味なさそうな口調を変えず、男は続けた。
「どれ、ガキよ。飯が欲しいならお前の親の腕を片方でいい、もげ」
「デ!? 何を言うデスッ!?」
「テ…む、無理テチ……」
「親は…そうだな、ガキの目を抉れ。片方で良いぞ。そしたらその穴に糞を詰めてやれ」
「テヒッ!!?」
「…それは出来ないデスゥ……」
「いままで散々ガキ共の手足をむしってきただろうが。餌が欲しいならやれ」
対立を余儀なくされる親仔。しかし彼我の戦力差は圧倒的だ。
蛆のように這いずり回るしか出来ない仔に対し、栄養は不足しているが五体満足の親。
仔にもそれは分かっているのだろう。涙と糞を振りまきながら必死に親から距離を取る。
親はぼんやりとその様子を眺める。最早親にはそのつもりはない。
出来ることなら、殺して欲しい。
これ以上仔に手をかけるのも、自身が傷つくのも真っ平だった。
それを男に告げると、
「知るか。死にたきゃ勝手に死ね」
「そんな…惨いデス……」
「ひどいのは糞ママテチャァ!!」
「デッ!?」
「ワタチはまだ生きたいテチ! あまあまもステーキもおすしもまだ何も食べてないテチ! こんなところでのたれ死ぬのは糞みたいなママだけで十分テチャァァァア!!」
「だとよ」
「……デスゥ」
親は男と仔の顔を何度か往復して見つめ、「済まないデス」ぼそりと呟いたかと思うと、妹の身体を踏み潰した。
「なんだよ…それじゃ餌はやれないぞ」
「もう…いいデスゥ……このままゆっくり死なせて欲しいデスゥ」
そう言って親実装はこの亡骸を抱きながら目を閉じた。
それを確認した男は、別室で飼っていた飢えた仔実装を三匹、親実装の水槽に解き放った。
「これくってもいいテチ?」
「おっきいおにくテチャァ…おいしそうテチ」
「ウンチおいしいテチ」
三匹とも自身の親兄弟を食い育った個体だ。
「良いぞ。ただし仔蟲の死体から食えよ」
男の言葉に三匹の仔実装たちはすかさず親実装の腕の中を目指す。
「デジャァ!! この糞蟲共がぁ! 何するデスァァァァッ!」
「うるさいテチ」
一匹が親の目を塞ぐように糞をした。
「さっさとよこすテチ」
もう一匹が親の右手に噛り付く。食べるためではない。自重で手を引き剥がすためだ。
「いっただきテチュ〜ン」
僅かに出来た隙間から最後の一匹が姉の死体を引き剥がす。
同様に妹の死体も奪われた親は激昂して、三匹に襲い掛かるが、立ち上がることが出来ない。
おかしいと思ったら最初に糞を目にぶちまけた仔蟲が器用に親実装の髪と脚を結んでいたのだ。
やろうと思えば髪を引きちぎってでも動けたはず。
しかし、そこは所詮実装石。これまで無事だった髪と服をおいそれと捨てられるはずもなく、
「それじゃさきに柔らかくするテチ」
「やるテチ」
「ふみふみテチ」
三匹は動けない親実装の脚の上で飛び跳ねる。いくら仔実装は軽いといえど、やわな実装には堪える。
さらには栄養失調気味で脆くなっている身体である。到底耐えられるものでもなく、あっけないほど容易く両足はグズグズの肉塊と成り下がる。
その後、手足も同じように処置された親実装は目の前で娘の死体を食われる様を見せ付けられ、自身も日々少しずつ喰い削られ、七日間かけてゆっくりと死に至った。


さて、話はそれたがそんな虐待が好きな男が公園に来る理由。
それは楽しむために他ならない。
男がベンチに座ると、どこから嗅ぎつけたのか木陰から植え込みから、わらわらと実装石が這い出てきた。
そして陽の当るベンチの前で男を囲むように並ぶ。
その実装石たちの視線を一心に受けながら男は途中のコンビニで買い求めたミネラルウォーターを取り出す。
ざわつく群集。男は喉を鳴らしてそれを飲む。
わざとらしく息をつき、もう残り少なくなったペットボトルを振ってみせる。五分の一程度が残ったそれをかかげ、
「あーもういいわ」
それをベンチに置くと今度はプリンを取り出す。やはり五分の一ほど残して呟く。
「あきたなー」
プリンの食べ残しをペットボトルの隣に、いくつか色の付いた刺々しい塊を何粒かその横にこれ見よがしに置く。
「…コンペイトウテチ?」
誰とはなしに漏れた言葉に実装石たちは色めきだつ。
事の発端はある親仔の所業だ。その日も男は同様にこの場所で涼んでいた。
その時は単に手ごろな親仔を選別していたに過ぎない。
しかし一組の親仔が男の前で前触れもなく土下座をしたのだ。
靴も前髪もないヒョロヒョロとした親実装は地面に額をこれでもかと擦りつけながら言う。
「ニンゲンサマ、どうかどうかお水をお恵みくださいデスゥ」
「テチュゥ」
ディスプレイを眺めながら、男は飲みかけのペットボトルを振って見せた。
「こいつか? 何でだ」
水場があるのは知っていた。しかし、男は群れの中のヒエラルキーまでは分からない。
「デス…。私たちに水場を使う権利は無いんデス」
「テ…チ……」
熱せられた地面は相当に暑いのだろう。親の真似をしている仔実装は早くも音を上げかけていた。
「危険を冒してまで欲しいのか?」
「仔の命が掛かってるデス」
「もう一匹いるってのか」
「デス…はやくお水をあげないともう一日も持ちそうに無いデス。お願いしますデス」
男は迷った。いつもならこの親仔を持ち帰って遊ぶのだが、死に掛けがいては面白くない。
適当に追っ払うために男はこう告げた。
「ああ悪いな、ただじゃやれないわ」
すると親実装はおずおずと顔を上げ、隣の仔実装を示し、
「この仔を…この仔を差し上げますデスゥ」
「お前…それが対等な取引だと思っているのか?」
「デスゥ……ニンゲンサマはギャクタイ派デス?」
「そうだが」
「だったら…気に入って貰えると思うデス」
「テェ…?」
目をぱちくりとさせる仔実装。
まっすぐ見つめてくる親実装。
男は堪らず噴出した。親は仔がどんな末路をたどるのか、分かっていての提案なのだ。
それほどまでにもう一匹が大切なのか。それほどまでにこの仔蟲は糞蟲なのか。
男は俄然沸いてきた興味を押さえきれずに、
「いいだろう」
「デスッ!?」
「テチッ!?」
「そのガキと引き換えに、この水はくれてやる」
躊躇い無く、男はペットボトルごと親実装に水を渡した。
「あ、ありがとうございますデスッ!!」
「テチュ!」
親実装のあまりの声の大きさに何事かとなりを潜めていた実装石たちがひょこりと顔をのぞかせる。
親実装は深々とお辞儀をすると、そそくさと立ち去ろうとして、
「ママ、どこ行くテチュ?」
仔の呼びかけに背を向けたまま応える。
「ママはおうちに戻るデス。お前はニンゲンサマと一緒に行くデス」
「テ? ワタチ飼い実装になれるテチ?」
それには応えない。なぜなら親実装は虐待派に連れられた仲間がどんな目にあうか知っているから。
だから男が代わりに応える。
「なれるかゴミが」
「デズァッ!?」
「テチ? ワタチゴミじゃないテチ! ゴミはお前のようなクソにんげ…プルァッ!」」
言葉の途中で親実装が慌てて引き返し、仔実装の頭を地面にこすり付けるように引き倒した。
「申し訳ないデスッ! お許しくださいデス! お許しくださいデス!」
自らもおでこで地面を削りながら謝罪の言葉を繰り返す。
「ああ、いいよいいよ。それよりさ」
「デスゥ?」
「そのガキ、ここでバラしていけよ」
「…デ?」
「…テ?」
揃って首を傾げる親仔。そしてその意味を理解すると親はカチカチと歯を震わせながら男に問う。
「そ、それはどういう意味デス?」
「文字通りだ。仔実装を差し出すんだろう? でも俺は要らない。お前も要らない。ならお前がつぶしていけ。それだけで水が手に入るぞ、安いもんだろう?」
「デ、デ、デ…デジャァ!? お前は悪魔デジャァァァァァ!?」
「ガキを売ろうとしたお前も十分悪魔だよ、ほれさっさと潰せ。さもなくば水は返してもらうぞ」
「何言ってるテチ? ワタチ飼い実装になるんテチよ? さっさとあまあまと綺麗なお服を寄越すテチ」
仔実装は暢気にそう主張する。
しばしの沈黙の後、親実装は意を決したように仔実装を抱き寄せた。
そのまま首をひねって、せめて苦しまずに殺すつもりだったのだが、
「おいおいおいおい」男の声がそれを制した。「駄目だ駄目だ。手足の先から順番に潰せ。俺が指示する」
親実装は顔中にしわを寄せながら男をにらみつける。
それによる報復も辞さないというのか、はたまた想像が出来ないのか。
男は最後だと前置きして、
「まずは右足からだ。ゆっくり端っこから絞る用に潰せよ」
いつの間にか多くの実装石がこのやり取りを遠巻きに眺めていた。
「すまんデスゥ」
「何でテチ? ワタチを飼い実装にしてくれたママが謝る必要は」
皆まで言わせず、親実装はうつぶせに仔実装を押さえ込む。
「テチャァァァ!? 何するんテチィィ? ママァ!!」
「すまんデスゥ!」
そして仔実装の腰に脚向きに馬乗りになると、両手を添えて暴れる右つま先にあらん限りの体重をかけた。
肉が潰れる音とプラスチックの棒が折れるような軽い音、そして、
「テギャァッァァァァァッァァァァッァッァァッァアアアアア!!!」
長い長い仔実装の悲鳴。
取り巻きの実装石たちからの動揺がざわめきとなって伝わる。
「おお、良いぞもっとじっくりやれば…そうだな、この飴もくれてやる」
男の言葉が届いたかどうかは分からない。
ただ一心に親実装は仔の右足を潰していく。
肉が爆ぜ、皮が破けて血と肉を露出させる。それらが更に細かく潰され土と混ざって汚らしい団子になる。
仔実装の声は途切れることなく続く。目を飛び出さんばかりにむき出しに、両手を必死に泳がせて、パンツの中はもらした糞でこれでもかと盛り上がっている。
それでも親は意に介さず淡々と脚をこね、やがて終えると男を見た。
「よし、口をあけろ」
反射的にあけた口に飴玉が放り込まれ、
「デ…デッスゥ〜ン」
抗いがたい甘味にさっきまでの強張った表情が一瞬崩れる。
「デ、デデデデデジャァ!!」
が、直ぐに自分の犯した所業を思い出したのかせっかくの飴玉を破棄すてた。
「なんだ要らないのか。まあいい、次は左腕だな。仰向けにしてじっくり顔を見ながらやれ」
「…デス」
「テ…テェチィィィィ……ママ、何でこんなひどいことするテチ?」
大きな痛みが引いたためか、少しだけ意識が回復した仔実装が潤んだ瞳で問いかける。
「…すまんデス」
そしてまた仔実装の口から長い悲鳴が尾を引いた。
「テギャァァァッァァァ! テジャッ! テギィィィィアアアアァァァァァッァァアガガガッガガ!!!」
「次は総排泄口を引き裂け」
「ギギギギギギギィィィィィィアアァァァァァアアアアァァァァァァジャアアァァァッァァ!!!」
「目を抉れ」
「やめてテチ! ママやめてテチィ! やめてやめてやめてやめテジュァァァァァッァイィィィィィィィィッ!」
「腹を食い破って中身を引き摺りだせ。中身は千切るなよ?」
「テッ…テッ…テッ……テヒッ…」
少しずつ少しずつ小さくなっていく仔実装。
いつの間にか実装石達の輪が小さくなっていた。
先ほど親実装が捨てた飴を舐め啜る者、流れる血に舌を這わせるもの、放り投げられた脚の切れ端を咀嚼するもの。
そして、親仔の醜い様を見て嘲り笑う者。
だが、親実装はそれらを気にすることなく虚ろな目で仔実装を処理していく。
もう碌に声すら出なくなった仔実装をみた男はもう良いかと口を開く。
「よし、その辺で良いぞ」
「……デスゥ」
「じゃあ最後に、ガキの肉を少しずつ千切って周りに配れ」
「デズァァァァッ!?」
「ほら、やれよ。『どうかこの糞蟲の肉をお召し上がりください』ってお願いするのも忘れるなよ」
「デギギギギ……」
プルプルと拳を振るわせたまま、男を睨む親実装だが、ここまで来て水を取り上げられては死んだ仔に申し訳が無いとそそのかされ、仔の肉を配膳して回る。
「食べてくださいデス」
まだ生きている仔の身体の端から少しずつ千切っては周りの実装石に手渡していく。
こうしてこの実装石は水を得たのだ。


それがどう歪曲して広まったのか、公園の実装石の間では仔を無残に殺せば人間から施しがもらえることになっていた。
そして今日も男は公園にいる。
残り少ないプリンをこれ見よがしに示し、
「どうだ?」
誰にとも無く問いかける。
その中で一組の親仔が名乗りをあげた。
「私たちがやるデッス!」
「あまあま欲しいテッチュ〜!」
そして男の返答も聞く前に、親は仔を生きながら食い始めた。
「テビャァァッァァァァァ!? ママァ!? 話が違うテチャアアァァァ!!」
「黙るデス! これもあまあまのためデスァ! ああ、美味しいデスン、さすが私の仔デッスゥ!」
そうして手足から始まり、最後に脳みそを啜られ息絶えた仔実装だったものを男に突きつけた。
「デッスン!!」
口周りも胸元も仔の血や糞に塗れ、異臭を放つその実装は得意げな表情だ。
だから男は言ってやる。
「お前は駄目」
そう、男は嬉々として仲間や仔を殺す糞蟲は歓迎しない。
自らを犠牲にしても仔を守りたいと、そう思えるような個体でなければならないのだ。
ここに集まった実装石たちの大半は今のような糞蟲だ。
特に自分から率先して食い始めるなどもっての外。
しかし、中には俯いたまま目を合わせないような組み合わせもある。
蛆を抱えた仔などがそうだ。おそらく親にたきつけられたのだろう。
今ここで死ぬか、あまあまを貰ってくるかと脅されたのかもしれない。
そんな背景はどうでもいい。男にとって楽しめるかどうかだ。
せっかく仔を殺したのにとわめき散らす親実装を無視していると、親実装が思いがけない素早さでコンペイトウと目された粒を奪い、闘争を計る。
「デプププ、いただいてやるデッス〜ン」
どたどたと走りながらも戦利品を口に放り込んだ。
と、数歩も行かぬうちに全身から液体を迸らせてのた打ち回る様に、集まった実装石たちの顔色が変わる。
コンペイトウではないコロリだった。
ここで笑っているようなら失格だ。
やはりと、男の視線は蛆を大切そうに抱きしめる仔実装に吸い寄せられる。
「お前」
「テチィ!!」
「レピャ?」
指名された仔実装の脚はがくがくと震えている。
「プリンを食いたいか?」
「テ? 食べたいテチ!」
「蛆ちゃんも食べたいレフ〜ン」
痛いことをしろといわれず、逆に甘美な誘惑を突きつけられた仔実装は反射的に応えてしまう。
「そうかそうか、じゃあ食え」
男はスプーンで掬った一口を仔実装に差し出してやる。
あーんと大口を開けて仔実装はそれを迎え入れた。先ほどやすやすと男のものを口にして死んだものがいるというのに。
その様子をみて、一匹の実装石が木陰から飛び出してきた。
「デッシャァッァ!! それは私のものズァァァァァ!!」
どうやらこの仔の親らしい。
だが男はそんな実装石には目もくれずにこやかな笑顔で仔にたずねる。
「美味かったかい?」
「美味しかったテチュ! もっと欲しいテチ!」
「レフ…蛆ちゃんも食べたいレフゥ」
「そうだね、蛆ちゃんも食べたいね。それじゃあ」
男がもう一匙を掬ってそれを仔実装の口の中へ入れた。
「レヒッ!?」
「テッチュ〜ン」
口腔内に広がる蕩けるような甘さに再度舌鼓をうつ仔実装。外野ではやはり親実装がデズデズ言っている。
やはり無視して、男は蛆に言った。
「蛆ちゃん、お姉ちゃんが蛆ちゃんの分のプリンを食べちゃったよ。早くしないと飲み込まれちゃうよ、ほら」
「レフ!? 蛆ちゃんもあまあましたいレフ!」
蛆は男の言葉に誘導され、仔実装の口の中を覗き込むと、今まさに喉の奥に吸い込まれそうな残滓を見て、
「蛆ちゃんのあまあまレフ〜ン」
仔実装の口の中に飛び込んだ。
「!!?」
驚いたのは仔実装の方だ。慌てて引っ張り出そうとするが、
「おい、急に引っ張ったら蛆ちゃん死んじゃうかもしれないぞ」
男に言われ、一瞬手を止める。が、直ぐにもぞもぞと潜り込んでくる蛆の圧力に耐え切れずに尻尾に手を伸ばす。
『レフ〜、おねちゃ蛆ちゃんの邪魔はしないで欲しいレフ』
くぐもった蛆の声が仔の喉の方から聞こえる。既に身体の半分ほどは捻じ込んだ形だ。
仔実装の喉は塞がれてしまっているため呼吸が出来ない。
やがて、仔実装の顔が赤から青に変わり、仰向けに倒れ付すと小刻みな痙攣をするだけになった。
それにも構わず蛆は姉である仔実装の中に全身を滑り込ませていく。
『レッフッフ〜ン、蛆ちゃんついにあまあまに辿り着いたレフ〜』
しばらく、仔実装の腹がもぞもぞと動くだけだったが、やがて蘇生したのか仔実装がおなかを押さえながら上体を起こす。
「テチャ? 蛆ちゃん? 蛆ちゃ〜ん!!」
先ほどまでのことは忘れてしまったのだろう。いつも傍にいるはずの蛆を探し、声を張り上げる仔実装。
『ここレフ〜。蛆ちゃんあまあまをだいまんきつちゅうレフ…レ? お身体ぬるぬるするレフ?」
「ああ、消化されてるんだよ」
「テ…テチャァッァァァァ!!!?」
その後男は糞に変わった蛆を再び食べるよう仔実装に命じたが、仔実装は耐え切れずに偽石を砕いてしまった。
男の選定は暗くなるまで続く。


すっかり公園の個体も少なくなった。
あの被虐個体の親仔は生きていた。
あの時貰った水で奇跡的に仔は回復した。
それから親仔は決して男の前に出ることはせず、ひたすらに隠れ過ごしてきた。
外が騒がしい日は男が来ている日。
その夜にだけ親仔は動き出す。
ベンチの周辺に積まれている実装石の死体。それが狙いだ。
親仔は死体を食い漁ることに抵抗は無い。
もともとそうやって生き延びてきた。
そして今、この親の行動をきっかけに容易く、新鮮な肉が手に入るようになった。
「一杯食べて栄養つけるデス」
「テチ! このお肉お腹があまあまテチュ!!」
「しっ! もっと静かに食べるデス」
親仔は貪るように死肉を食らう。
上手くいった。親実装は人間を出し抜けたこともそうだが、こうして餌にありつけたことに満足していた。
夏はまだ続く。
これからも甘味や、涼をもとめて馬鹿な個体がその命をムダに散らすだろう。
そしてそれが自分たちの糧になる。
「デプププ」
思わず笑いがこみ上げてくる。
もしかしたら近い未来、群れを牛耳るだけの力を蓄えられるのではないかと夢想しているのだ。
そして親実装は手を伸ばす、コロリで死んだ個体の肉へ。
その毒がまだ残っている内蔵へ歯をつきたてる。
良く晴れた夏の夜空がこれ以上ないほどの星空を湛えていた。

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