「とっとと出て行け!!ここはお前のような野良実装が来るところじゃねえんだよ!!」 とある実装ショップの裏口 一匹の野良実装が怒声とともに勢いよく蹴り出され、大きく孤を描いて地面に激突した 「もう二度と来るなよ!!今度来たらただじゃ済まさんからな!!」 「デェェ…」 地べたに転がり、痛みを抑えながらうずくまる野良実装の後ろで勢いよく扉が閉まる 「ワタシは何もしてないのに…ただお店に入っただけなのに…非道いデスゥ…」 ヨロヨロと立ち上がった野良実装は服や顔についたホコリを払い、 散らばった残飯や生ゴミを手持ちのビニール袋にかき集めてトボトボと路地裏を歩きだした −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 話は少しさかのぼる ある日のことだった 棲みかのある公園から少し離れた駅近くの大通りまで、いつも通りエサを拾いに通っていたその野良実装は、途中の道筋にある実装ショップの前でふと足を停めた 「綺麗デスゥ…」 明るい照明に照らされたショーウィンドウの中では、流行のデザインの実装服に 身を包んだ実装石のマネキンが、ところ狭しと並べられたオモチャや実装フードのサンプルに囲まれて、楽しそうに笑っている 「アリガトウゴザイマシタ、マタノゴ来店を心ヨリオ待チシテイマスデス」 機械的な動作で頭を下げる実物大の実装石の人形に見送られて、可愛らしい新品の実装服を着た仔実装が飼い主の女性に抱かれて店から出て来た その後ろから、大きな箱をいくつも抱えた女性の夫らしい男性がついて来る 仔実装と飼い主は、笑顔で談笑しながら野良実装の前を通り過ぎ、次第に遠ざかっていった 平凡でありふれた光景ではあるが、生まれた時から野良育ちの自分には無縁な世界 あの店の中には、どんな素晴らしい世界があるのだろう 自分に幸福な生活を保証してくれる飼い主を得ることは望めなくても、 せめて一度でいいからあの店には入ってみたい それで自分の境遇が変わるわけではないが、一時でも現在の生活を忘れることはできるだろう 野良実装にとって、それが叶わぬ夢なのは自分でもわかっていた しかし、手の届かない世界であればこそ逆に憧れは募っていき、それは日を追うごとに強くなっていった そして、ついにその想いが抑えきれなくなって、ついフラフラと店内に入り込んだものの、たちまち見つかって叩き出されたのである −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 話を戻して夕暮れの大通り 歩道の脇の街路樹の影に隠れて先ほどの野良実装があの実装ショップの様子を未練がましくうかがっている 道行く人は野良実装の事など気にも留めず足早に通り過ぎていく 野良実装は、ショーウィンドウの隅に妙な物体がへばりついているのに気づいた 始めは猫かと思ったが、よく見るとそれは実装石、 しかもどこかの飼い実装らしかった こちらの視線に気づく様子もなくショーウィンドウに貼りついて店内を覗いている 野良実装はさらに観察を続けた 猫のように見えたのは、ヒョウ柄の毛皮で出来たド派手な実装服だった 袖と胸元には細かいレースのついたヒラヒラの大きなフリル、耳には金色に輝くリボンが付いている 肩からかけたポーチと首輪は艶々としたワニ革 そして本物の宝石なのか加工された偽石なのかは判らないが、緑色の綺麗な石が 首輪のまわりにキラキラ光っている さらに首には生意気にも金の鎖のついたサングラスをぶら下げていた 金はかかっていそうだが、趣味が良いとはお世辞にも言えない格好である 野良実装はしばらくその飼い実装を観察していたが、やがて飼い実装の方へ近寄って声をかけた 「そこで何をしているデス」 「!!」 後ろから声をかけられた飼い実装が顔を強ばらせて振り向くと、そこには野良実装が立っている 「オマエ『飼い』デスね?ニンゲンとはぐれたんデスか?それとも捨て…」 「バ、バカを言うなデス!!ちょっとはぐれただけデス! ここで待っていればご主人のドレイどもがきっと迎えに来るハズなんデス!!」 どうやらこの飼い実装は店の常連のようだ うろたえながらも必死に否定する飼い実装に野良実装は聞き返す 「ドレイ?」 「ワタシのご主人はカイシャを持ってるお金持ちなんデス、オマエみたいな薄汚い野良と一緒にするなデス」 「カイシャって何デス?」 「そんなコトも知らんのデスか、さすがはバカな野良デス」 飼い実装は侮蔑の笑みを浮かべながら、露骨に見下した口調で説明を始めた 「カイシャというのはたくさんのドレイニンゲンがこの高貴で賢く美しいワタシに奉仕するところデス、ワタシはそのカイシャの『マスコット』で…」 野良実装は飼い実装を黙って見ている 飼い実装は、野良実装が黙って自分の話を聞いているので気を大きくしたのかさらに饒舌になり、自分がいかに飼い主に愛され、信頼されているかという自慢話を延々と喋り続けた 「それで、迎えが来るまでオマエはどうするつもりデス?」 飼い実装の話を黙って聞いていた野良実装が口を開いた 「この辺りはワタシの仲間たちがウロウロしているデス。もし見つかったら、オマエみたいな『飼い』は…」 飼い実装の顔から血の気が引く 「でも心配するコトはないデス、迎えが来るまでワタシのおウチにいるといいデス」 「野良のおウチなんて住めたモンじゃないデスが、オマエがこの高貴で賢く美しいワタシにどうしても来て欲しいと言うのなら仕方ないデス、オマエのおウチに案内しろデス、 オマエがこのワタシの寛大さに感謝して忠実に仕えるなら、迎えが来た時にオマエをドレイとして飼ってやらん事もないデス」 「それじゃワタシについて来るデス。さっきも言った通りこの辺りはワタシの仲間たちがウロウロしてるデス、気をつけるデスよ」 野良実装の後を歩きながら飼い実装は心の中でほくそ笑んだ (デププ、野良のヤツらはみんな野蛮な糞虫ばかりと聞いていたけど、こんなお人好しのバカに出会うとは、さすがはこのワタシにふさわしい幸運デスゥ 朝起きてご主人の姿が見えなくなってた時はどうなるかと思ったけど、 うまい具合にバカが引っかかったもんデス あとはワタシにふさわしいドレイニンゲンが見つかるまで、しばらくコイツをこき使いながら優雅に寝て暮らすデスゥ) 飼い実装は野良実装に案内され、野良実装の仲間に遭遇しやすいルートを巧みに避けながら、公園はずれの雑木林にある野良実装のダンボールハウスに到着した 四隅に重石を置いてあるだけの殺風景なその内部には家具と呼べるような物も ほとんどなく、食器がわりにどこかから拾ってきたらしい空き缶と、割り箸やガラスの破片などの道具がいくつか置いてあるだけだった 「思った通りの汚いボロ家デスが、まあガマンしてやるデス、おい、それをよこせデス、ワタシはもうオナカがペコペコなんデス」 飼い実装は野良実装が持っていたビニール袋をひったくり、中に入っていた生ゴミや残飯をガツガツと貪り始めた 舌も肥えているであろう金持ちの飼い実装なら、そんなものはとても喰えたものではないはずだか、さすがに空腹には勝てないのだろう 野良実装の分など残さず、瞬く間にきれいに食い尽くした 「フーッ、オナカが一杯になったらなんだか眠くなってきたデスゥ、ワタシはもう寝るからオマエのそのおフクをよこせデス、こんなジメジメしたトコじゃ特注のこのおフクが台無しだから、それを敷いて寝るとするデス」 飼い実装の身勝手な要求にも不満の色を見せることなく、野良実装は黙って服を脱ぎはじめた そして一瞬の後… 「デェェェェッ!!何しやがるデス!!」 後ろ向きに野良実装の実装服を被せられた飼い実装が曇った叫び声をあげながら暴れている 「オマエ自分の立場を…ワタシを誰だと…」 「オマエにそのおフクはもったいないデス!!かわりにワタシが大事に着てやるからありがたく思えデス!!」 反撃する間も与えずに飼い実装を蹴転がすと、野良実装は仰向けになった飼い実装に馬乗りになった そして力の限り、ひたすらその顔面をポフポフ殴り続ける はじめは激しく手足をジタバタ動かして抵抗していた飼い実装の動きも、打撃が重なるにつれて次第に弱くか細くなっていく やがて力尽きた飼い実装の顔面に炸裂する、重石によるとどめの一撃 骨の潰れるいやな音とともに、そのまま飼い実装は動かなくなった 飼い実装が完全に動かなくなったのを確かめると、野良実装は飼い実装の骸から髪の毛と服装一式を剥ぎ取った そして保存食を作る要領で処理したあと、ダンボールハウスの裏の繁みに隠した貯蔵穴に投げ込んだ これだけ肥えているなら、しばらくは食糧の心配をする必要はないだろう 実装服の方は公園の仲間たちが寝静まった真夜中、公園の水飲み場へ持って行って洗濯した とはいえ全体的にはそれ程汚れてはおらず、脱臭剤が効いているおかげで実装石特有の体臭もそれほど臭って来なかったので、口元や胸のあたりについた血や汚れを洗い落とせばそれで充分だった 洗濯を終えて棲み家に戻って来ると、一気に疲れと眠気が襲ってきて、野良実装は床に倒れ込み、そのまま深い眠りの中に落ち込んでいった その夜、野良実装は夢をみた それは遠く離れた故郷の公園を巣立って以来一度も見たことのなかった、 懐かしい家族の夢だった 今まではその日その日を生きていくのに精一杯で過去を思い出す暇などなかったが、思わぬ収穫のおかげで心にやや余裕が生まれたおかげなのだろう 夢の中で姉妹たちとともに、優しい母の胸に縋って思う存分に甘える野良実装の目から、一筋の涙が流れていた それから数日後、野良実装はこの前手に入れたばかりのよそ行きの一張羅を着て街に出かけた 他の野良実装たちに遭遇しないよう注意しながら大通りまでやって来た野良実装は、念願だったあの実装ショップに入ってみた 自動ドアが開くと、実装石の人形がペコリと上半身を傾けながら挨拶する 「イラッシャイマセ、ゴユックリオ買物ヲオ楽シミ下サイデス」 前に見かけた時にはよそよそしく、自分を無視しているように見えたこの人形も、今日はうって変わって自分に優しく微笑んでいるように野良実装には見え、無機質な人工音声もむしろ心地よく聞こえる 前の晩から入念に身だしなみを整え、身綺麗にしてきたのが良かったのだろう。 店員や他の客たちもどこかの飼い実装だと思ったのか、特にこちらを気にする様子もない 静かな音楽の流れる店内には、以前ショーウィンドウで見たのと同様の、いやそれ以上に豊富な種類の商品があちらこちらに山と積まれていた 玩具売り場では、ピンクの実装服を着た数匹の仔実装たちが、可愛らしくデフォルメされた蛆実装のオモチャとたわむれている 野良実装が珍しそうにそれを眺めていると、仔実装の中の一匹が 「オバチャンもやってみるテチ?」と声をかけてきた 仔実装たちに教えられながら、野良実装は蛆実装のオモチャに向かって手を叩いてみる 一回手を叩くと左に動き、二回連続で叩くと右に動くのが基本だが、いくつかの動作を組み合わせればもっと複雑な動きも可能で、腹の辺りを軽く押すと鳴き声まで上げる 野良実装は何度やってみてもあまり思うように動かなかったが、 仔実装たちの方は慣れているのか、ポンポンと手際よいリズムで巧みに両手を叩く オモチャの蛆実装もそれに合わせて右に左に回転したり、まるで踊るように滑らかに動き回る そのうちオモチャで遊ぶのにも飽きた野良実装は、仔実装たちと別れて食品コーナーに向かった 食品コーナーでは、さまざまな実装フードの試食がそれぞれ大きな皿に盛られて並んでいる 野良実装にとっては安物の実装フードすら珍しいご馳走だが、ここに山のように盛られている実装フードは材料や味を示しているのか牛や豚、魚や野菜、果物、さらには人間が食べる料理の形を模したものさえある 野良実装はその中から、ステーキの形をしたフードを取って口に運んでみた 口に入れると、濃縮された肉の旨味がジワッと口の中に広がってゆく それは自分が知っているあの味気ない実装フードとは全く別のものだった まだ食べたことのない本物のステーキも、多分このように素晴らしいものなのだろう できればもっと沢山食べて、お土産をポーチの中にも詰め込みたかったが、 あまりガツガツと振る舞えば見咎められて素性がバレないとも限らない 結局、野良実装は数個をつまんだだけで、残りは次に来た時の楽しみと我慢することにしたが、それでももう腹が一杯になったような満足感がある このような調子で憧れの楽園を思う存分満喫し、至福の時を過ごしていた野良実装であったが、遊び回るのにも疲れてきたので、店の奥にあった休憩所で休むことにした 休憩所では何匹かの実装石たちがおしゃべりしたり、そばにあるプリペイド式の小さな自販機で買ったコンペイトウを食べながら休んだり、飼い主が迎えに来るのを待っていた 野良実装は休憩所に敷いてあるフカフカの絨毯にゴロリと寝転んで、満足そうに大きく息を吐いた そのまましばらくウトウトとまどろんでいたが、どのくらい時間が経ったのだろう、気がつくともう夕方近くになっていた ここにいると時間が経つのもつい忘れそうになるが、そろそろ帰らなくては 身を起こした野良実装が出口に向かって歩き始めた時、大きなカバンを持ったスーツ姿の男が足早に近寄ってきた 一瞬、正体がバレたのかとビクッとしたが、男は胸からリンガルを取り出し、フレンドリーな態度で話しかけてきた 「やあ、久しぶりだね。僕のことはもう忘れちゃったかな」 「?」 状況を理解しかねていた野良実装であったが、あの飼い実装が「飼い主のドレイが自分を迎えに来る」と言っていたことをすぐに思い出した あの話はただの虚勢だと思っていたのだが、あれは本当の話だったのか (アイツの言ってた事はどうやらウソじゃなかったらしいデス、これはチャンスかも知れないデスゥ♪) うまくいけば自分はあの飼い実装のかわりに『飼い』の座に収まることができるかも知れない あの傲慢な糞蟲でさえ可愛がられていたのなら、アレよりも謙虚で慎ましい自分ならもっと上手く行くに違いない 輝かしい未来への期待と根拠のない自信に胸を膨らませた野良実装は、満面の笑みを浮かべて媚びのポーズを取った 一方、男の方では… (今さら媚びなんかしやがって、貴様は俺のことを覚えちゃいないみたいだがな、俺は貴様の事を忘れねてえぞ…あの社長が夜逃げしたと聞いて、貴様もそのままどこかで野垂れ死んだと思っていたが、まさかここで再会できるとはな…) 男はあの飼い実装の飼い主が経営していた会社の元社員だった あの派手な格好から例の飼い実装だと思い込んではいるが、中身が実は別の実装石に成り代わっている事には気づいていない (社長から貴様を預かった時、貴様に強要されて注文した特上の寿司だけでは足りず、冷蔵庫の中のものまで全部平らげて腹を壊したあげく、部屋中に糞をぶちまけてくれたよな、しかもそれを注意したら、あとで『腐ったメシを喰わされて虐待された』とかある事ない事社長に告げ口しやがって、おかげで俺はあの会社を辞める羽目になったよ) 男が以前勤めていた会社の社長、つまり例の飼い実装の飼い主は実装石関連の商品を製造・販売する会社を経営していたのだが、自分の飼い実装のふとした仕草から思いついた商品がたまたま大ヒットしたことがきっかけでこの飼い実装をまるで招き猫のごとく偏愛するようになり、ついには会社の人事まで飼い実装の反応で決めるようになった、筋金入りの愛誤派だった しかし、飼い主の盲目的な溺愛によって完全に糞蟲化した飼い実装のお眼鏡にかなう人間など飼い主以外に存在するはずもなく、 逆に会社を支えていた優秀な人材はいずれもあの糞蟲の機嫌を損ねて社を追われ、または自分から見切りをつけて去っていった その結果、会社の業績も次第に傾いていき、盛り返す手だてもないままついに倒産する羽目になったのである (あの会社に未練はねえが、実装石ごときにさんざんコケにされたあげく会社をクビにされた屈辱は決して忘れないぞ) 男は手に持った大きなカバンにチラリと目をやった その後ライバル関係にあった他社に転職した彼のカバンの中には、このショップでモニターして貰おうと持ってきた商品の試作品が入っている その内容は 食品にふりかけると実装石の舌が焼けるほどの激痛をもたらす偏食是正用の粉末 実装石の糞に触れると化学反応を起こして加熱し、急激に収縮して下半身を締めつける特殊な生地を用いたパンツ 吹き付けると急激に痒みを生じて、放置すると短時間で全身の皮膚が腫れあがる、風呂嫌いな実装石向けのスプレー 実装石が特に糞蟲性の高い、または反抗的な言葉を口にすると大分県の民謡をアレンジしたアラームが鳴るリンガル 嘘発見器の原理を応用したもので、実装石が人間に嘘をついたり隠し事をすると電流が流れる首輪 等々のほか、これらのアイテムの効果を高めるために併用するムチや実装ゲロリなどが入っている 一応飼い実装の躾向けということで、使った途端即死するほど強烈なものではないはずだが、そこは試作品だけあって、実際の効果は使ってみないと判らない (ちょうどいい道具もここにある事だし、コレのテストついでに借りをキッチリ返してもらうか 言っておくが俺はすぐに死なせてやるなんて甘い事はしねえぞ、限界ギリギリまでテストして地獄を見せてやるからな、覚悟しておけよ) 男の考えていることなど知る由もなくニコニコと笑っている野良実装に向かって、瞳の奥に冷たい光を宿らせながら男は再び微笑みかけた (おわり)
