タイトル:【愛?】 マイペースに飼育
ファイル:パンチョ3.txt
作者:MB 総投稿数:11 総ダウンロード数:4240 レス数:0
初投稿日時:2010/11/27-00:42:53修正日時:2010/11/27-00:42:53
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   ピピピ…ン ピピピ…ン

「ん…あ…」

   ピピピ…ェン ピピピ…ェン

枕元で目覚まし時計が鳴っている。耳障りな音から逃れようと頭まで布団に潜ったが、音は
中まで容赦なく響いてくる。

   ピピピ…ェェン ピピピ…ェェン

布団の中から腕を伸ばして音の発生源を探す。
捕まえた…、この時計野郎め…。

   ピピピ…ェェェン  ピピッ…ェェェン

なんだ…? 目覚ましは止めたのに音がやまないぞ…?
もしかして隣の部屋からか…? 早く止めてくれよ…。

   テェェェン テェェェン

まだ霞む目で手の中の時計を見る…。朝の8時だ。
なんでこんな時間に目覚ましを…? 今日は土曜日…、大学は休みでバイトも入ってない…。
いつもなら昼近くまで寝てるはずなのに…。アラーム、切り忘れたかな…?

   テェェェン テェェェン

うるさいなぁ…。近所迷惑だぜ…。
段々意識が覚醒してきた。ちょっと息苦しい…。
潜り込んでいた布団から顔を出して深呼吸…、

「すぅぅぅ…ぶはっ!? ゴホッ…! く、くさっ!! おえっ…」

鼻から脳髄まで突き抜けるような刺激臭…!!!
眠気なんか一瞬で吹き飛んだ。嘔吐しそうになるのを涙目になって堪えながらベッドの上で
悶える…。三度ほど喉元まで込み上げてきたすっぱい汁を無理やり飲み込んでようやく落ち
着いた。

「テェェェン! テェェェン!」
「おまえか、コノヤロウ!!」

部屋の隅に置いた靴の空き箱。その中にいる禿パンツ一丁の仔実装。訳あってオレが飼うこ
とになった実装石、名前は『パンチョ』。
オレが買った弁当の袋の中に託児された仔実装で、禿でパンツ一丁なのは託児のペナルティ
ーとしてオレに髪と服を毟られたからだ。
そのまま親実装に叩き返してやろう思ったがその直前、親実装がアパートの目の前で交通事
故死…。
身寄りのなくなったコイツに興味を持ち、飼い始めたのがつい昨日。すっかり忘れてた…。

とりあえずオレは部屋を換気することにした。閉め切ってた窓を全開にする。
春になったとはいえ夜はまだまだ肌寒い。ついつい寝る前にいつもの癖で閉めてしまったの
が災いした。実装石の糞の臭いを侮っていたようだ。オレの部屋は一晩でガス室と化した。
身体に害とかないだろうな…?

ベランダで朝の新鮮な空気をたっぷり堪能した後、小箱の中のパンチョの様子を見てみた。

「テェェェン! テェェェン!」

足を投げ出すように座り短い手で顔を覆って泣いているパンチョ。覗き込んでいるオレの姿
に気付くと必死に何かをアピールしてきた。
なんとなく出たがっているのはわかる。バッシュの靴箱だったためちょっと深めで、高さは
パンチョの身長くらいある。頭より上に手の届かない実装石じゃまず出られないだろう。
まあそれを見越してこの箱をあてがったわけなのだけど…。
箱の隅には出したて新鮮(?)な糞が盛られていた。我が家をガス室に変えた元凶だ。口呼
吸で臭いを嗅がないようにしていても思い出しただけで吐きそうになる…。

「テチュー! テチテチー!」

とりあえずパンチョがうるさいので携帯を持ってきてリンガルオン!

「臭いテチー! ニンゲンさん、ここから出しテチー! おしりもカピカピテチー!」

ああ…、実装石でも自分の糞は臭いもんなのか。
パンツが脱いであるとこをみると漏らしたわけじゃないようだ。起きて催したのはいいけど、
箱から出られなくて仕方なく隅に出したってとこだろうか。
頭の悪い個体はパンツしたままでも平気で排泄するらしい。パンチョには少なくともパンツ
を脱ぐだけの知恵があることがわかって安心した。

オレは泣いてるパンチョを掴み上げて台所のシンクに入れておき、ぬるま湯に設定して蛇口
を軽めに捻った。しばらくすればお湯に変わるが今は冷水だ。水飛沫が冷たいのかパンチョ
はシンクの端まで逃げて縁に向かってジャンプを繰り返している。
小箱からも出られないやつが流し台から出られるわけがないだろうに…。
アホは放っといて靴箱の処理に向かう。と言っても箱の蓋を閉めてそのままゴミ袋に突っ込
み口を縛るだけ。
分別? 知らねぇYO!
ゴミ袋を玄関に置いて戻ってみると、冷水は人肌程度の温度になったようでパンチョが打た
れ湯の真っ最中だった。テチューなんて気持ちよさげなため息までついてやがる。誰の後始
末だと思ってんだこの禿は…。
よーし、そんなら修行モードだー! 蛇口を目一杯に捻ってやる。

「チュガボボボボボ……!!!」

滝のように流れ落ちてくるお湯の水圧に押し潰されて仰向けに倒れこんでしまったパンチョ。
その顔面を容赦なく激流が襲う。 あっ、圧力で排水溝の中に落ちよった。
ゴム蓋の下から泣き声が聞こえてくる。それを摘み出し、水流を弱めて今度はちゃんと洗っ
てやると、しばらくはグスグス泣いていたがすぐに甘えた声でテチュテチュ鳴き出した。
ある程度洗ったらタオルで拭いてやる。あらかた拭き終わったところで、箱を捨てる前に出
しておいたパンツを渡し、フローリングの床の上に下ろしてやった。広い場所に出れたのが
嬉しいのか、いそいそとパンツを穿くと歓声を上げながら部屋の中を駆け出すパンチョ。狭
いワンルームも10cm程の仔実装にとってはグラウンドの様な広さなんだろう。
テッチ、テッチと走り回るパンチョを見ながらオレは大きな欠伸をした。
昨夜は遅くまでネットで実装石の飼い方を調べ、詳しい友人に飼育のコツを教えてもらった
りしていたので完全に寝不足だ。眠気覚ましに自分の顔もパシャパシャ洗っていたら、ふと
こんな時間に目覚ましをかけていた理由を思い出した。
友人に教えてもらった実装ショップに朝一で行って来ようと思ってたんだっけ。
その店はなかなか品揃えが良く、価格もリーズナブルで愛護虐待問わず人気のある店なんだ
とか。
調べていくうちに実装石を飼うにあたっていろいろと必要なものがあることもわかってきた。
特に実装石はタイミングを逃すと何かと修正が効きにくい性質を持つため必要なものは早め
に揃えるべき、と友人からも言われた。ご丁寧に彼の考えた実装飼いスターターセットのリ
ストもメールで送られてきた。その大半は虐待用アイテムだった気がするんだが、実装石の
躾は虐待と紙一重らしいからなぁ。一応頭の隅には入れとくか…。

ショップの開店は朝9時から。時計を見るとまだ8時半前だ。朝飯食ってからゆっくり行く
としよう。
オレはちゃんと朝は食べる派。と言ってもシリアルに牛乳かけるだけだけどね。
テレビをつけて朝のニュースを見ながらボリボリとケ○ッグコーンフロストを食べる。

「テチューン!」

ん? いつの間にかすぐ隣にパンチョが来ていた。その目は今まさにオレの口に運ばれよう
としていたスプーンに釘付けだ。そういやコイツにも餌やらないとなぁ。
とりあえず皿の中からシリアルを一枚取り出してパンチョに与えてみた。
2、3度匂いを嗅ぐと迷わず食べ出した。ポリポリとまるで煎餅のように齧っている。

「テチュチューン☆」

どうやら気に入ったみたいだ。あんまり人のものは食べさせたくないが、昨日の今日で実装
フードなんか持っちゃいないし、あいにく自炊もしないので生ゴミもない。
昨晩使った小皿にシリアルを入れ、牛乳をかけて出してやった。貪るように食べ始めるパン
チョ。やっぱり犬食いだ。


食い終わった食器を片付け、片手で歯ブラシを動かしながら出掛ける前のちょっとした準備
を始める。
水洗いしたさっきの小皿に水を入れておき、パンチョの飲み水にした。続いて使っていなか
ったタッパーの中にティッシュを数枚敷き詰めて簡易トイレを作った。そして畳んだタオル
を部屋の隅において寝床にしてやる。
飲み水、トイレ、寝床。とりあえず自分が出掛けている間に必要そうなものはそろっただろ
う。

「よし、パンチョ来なさい」

リンガルを起動し、ペットボトルのキャップを転がして遊んでいたパンチョに声をかける。

「テッチューン☆」

名前を呼ばれて嬉しそうに走ってくるパンチョ。 ・・・・・。 しかし遅いなぁ…。
ようやくオレの足元まで辿り着いたパンチョは両手を高く上げてピョンピョン飛び跳ねた。

「パンチョテチ! ワタチのお名前はパンチョテチ!」
「知ってるよ。オレが付けたんだよ」
「パンチョテチ! ニンゲンさんがくれたお名前テッチュン☆テッチュン☆」

今度は踊り出した。名前を付けられ、それを呼ばれるのが相当嬉しいらしい。
壊れたフラワーロックのようにギチョギチョとくねるパンチョはオレに掴み上げられてもま
だ踊りを続けようとしていた。それを顔の高さまで持ってきて、ゆっくりとわかりやすいよ
うに話しをする。

「いいか、パンチョ。オレはしばらく出かけるからお前は一人で留守番するんだぞ」
「テェ? おるすばんテチ?」
「そうだ。あそこに水を置いておいた。喉が渇いたらあれを飲め」
「テチュ! お水はあそこテチ!」
「それから眠くなったらあっちにタオルを敷いておいたからあそこで寝ていい」
「お昼寝はあそこでするテチ!」

次が一番不安だ…。

「それとトイレはあそこ。糞はあの中でするようにな」
「わかったテチ! ウンチはあそこテチ!」

元気良く返事をするパンチョ。ずいぶん物分りがいいな。なんだか逆に心配になる…。
一応確認のため復唱させてみたが水、寝床、トイレの場所は理解できているらしい。
思ってた以上に賢いのだろうか…?

「じゃあ…、後はおとなしく遊んでろよ?」

床に降ろしてやると早速パンチョはそれらのアイテムを確認しに行った。
その姿を後にオレは部屋を出ると自転車に飛び乗って街に向かった。



およそ二十分で着いたそこは『実装ショップ デスハウス』。どちらにもとれる『デス』が
意味深だ。
かくいうオレは初めて入る実装ショップにちょっとドキドキしてる。
開店直後ということもあってか店内にオレ以外の客は見当たらなかった。30代くらいの店
員が一人だけいて棚の向こうで品出しの真っ最中だ。オレに気付くと「いらっしゃいませー」
とだけ言ってまた作業に戻ってしまった。
とりあえずオレは店内を見て回ることにした。
商品の陳列棚には首輪、餌、トイレ砂やオモチャなどが並んでいる。
ふーん、実装石用ということを除けば基本的には普通のペットショップと変わらないんだな。
なんて思ってたら虐待コーナーに足を踏み入れていた。各種薬品に中世の拷問道具を思わせ
るような虐待アイテムがズラリと並んでいる。
犬猫その他動物たちにこんなもん使った日にゃ大問題だ。改めてここが実装ショップだとい
うことを意識させられた。

ふとその中の商品のひとつが目に付いた。

『実装タタキ』

友人の寄こしたスターターリストの中に含まれていたアイテムだ。初心者の躾はまずこれか
ら、なんて書かれていた気がする。
ハエタタキにしか見えないそれを手に取ってみた。
材質はプラスチック。なるほど、硬いわりによくしなる。どんなもんかと試しに自分の腕に
振ってみた。

ペチッ

痛い…。結構痛いぞ! 人間でこれなら、実装石が体感する痛みはさらに上をいくのだろう。
オレは実装タタキを棚に戻した。これをパンチョに使うのは酷な気がしたからだ。出掛けの
様子を見る限りパンチョはこんなものなくてもきっと大丈夫さ!

オレは虐待コーナーを出て店内奥にある生体販売コーナーへ向かった。
ガラスケースの並ぶそこには大小様々な実装石たちがいた。と言っても成体サイズのものは
さすがにいないようだ。親指サイズから中実装サイズまでの仔実装たちが、覗き込むオレに
対して各種各様の態度を見せている。
目の付く高さのケースにいる実装石は非常におとなしく、お辞儀や歌、踊りなどでオレの気
を引こうとしていた。価格を見れば数万円から十数万円するような連中だ。服装もキレイで
染みひとつない。
逆に足元のケースに入れられているやつらはヒドイ有り様だった。一様に目を血走らせ、ガ
ラス壁に張り付くようにしてテチレチ叫んでいる。体はドロドロで染みどころではない。目
の前でパンコンするやつもいる。その中の1匹があろうことかその糞を投げつけてきた。
もちろんガラスに遮られているのでそれがこちらに届くことはない。跳ね返った糞を浴びた
連中が怒って、投げた仔実装をリンチし始めた。こいつらの価格は数十円から数百円。
同じ種族でこうも違うものなのか…。
驚きと呆れが半々で顔を上げると、目の前に『新商品・お試しください』のポップの付いた
ワゴンを発見。陳列されているのは『インカム付きヘッドフォン型実装リンガル』という商
品だ。
興味を持ってひとつ手に取り、裏面の説明文を読んでみる。
どうやら実装石たちの言葉を人間語に変換するのは一緒だが、文字で表示する手持ち型のリ
ンガルと違い、合成音声によって耳で聞けるタイプのリンガルらしい。人間の言葉を実装語
に変換して特殊な音波で飛ばす従来の機能もしっかり備えているようだ。
つまりこれを装着すれば実装石と普通に会話ができるというわけか。
音声型リンガルは今までにもあったが、バージョンアップしたこいつは変換のタイムラグが
大幅に短縮され、合成音声がよりなめらかになったらしい。
箱から出されているお試し用を装着して10万円の仔実装に話しかけてみた。

「ニンゲンさん、いらっしゃいませテチ。ごゆっくりお買い物をお楽しみくださいませテチ」

なるほど、人と会話してるくらいの自然さだ。
そのまましゃがみ込み、足元の百円連中のケースを覗く。

「なにしてるテチ! 早くゴチソウを持って来いテチ、バカニンゲン!」
「美しいワタチを特別に飼わせてやるテチ! コーエイに思うテチ!」
「チププ…。ニンゲンが跪いてるテチ! 高貴なワタチの前では当然のことテチね」
「ワタチを飼うなら贅沢は言わないテチ! ステーキ、スシ、金平糖にキレイなお洋服、あ
 ったかいお風呂とフカフカのお布団、あとあと…」

すごいな! 複数の実装語も同時に変換してる。騒がしすぎて聖徳太子でも聞き取れないだ
ろうが…。
なにより両手がフリーになるのが便利そうだ。いちいち文字を読む手間もないし。
携帯のリンガルはバッテリー消耗が激しいので、今日は単体のリンガルも買うつもりでいた。
少し値は張るけどこいつを買ってみよう。近くに置いてあったカゴにひとつ入れて他の商品
を見て回ることにした。



出かけてから3時間後、ちょうど昼を回った頃にオレはアパートに帰ってきた。
自転車のカゴからはみ出さんばかりの荷物。結局オレが買ったのはヘッドフォン型リンガル
に小袋分け実装フード、実装ゲージにカバー付き実装トイレと固まる実装トイレの砂、仔実
装用小皿2枚にいくつかのオモチャ、おやつの金平糖。消臭グッズ数点。
そして実装タタキ(小)。
叩き売りの仔実装を目の当たりにして、改めて躾の大切さを思い知ったオレは一応1本買っ
ておくことにしたのだ。
なに、あくまで念のためさ。使わないに越したことはないし、朝の様子を見る限り使う必要
はなさそうだし。
駐輪場に自転車を停めて、荷物を抱えて階段を昇る。部屋の前でさっそく買ったばかりのリ
ンガルを開封し装着した。

「ただいまー。帰ったぞー」

戸を開けて中に入る。 ぐっ…、この臭いは…!!
忘れもしない。今朝のあの臭いが再び室内に満ちていた。
見れば今まさにパンチョが脱糞の真っ最中だった。一応タッパーの中でしてはいる。

「あ! ニンゲンさん、お帰りなさいテチ!」

オレの姿を見とめると嬉しそうに駆けて来るパンチョ。走った後に緑色の足跡ができる。
出掛け同様、やはり時間をかけてオレの元に辿り着いたパンチョは突然こっちに尻を向けて
四つん這いになった。

「テチュン☆ ニンゲンさん、ウンチ出たテチー。 お尻ふきふきしテチー」

居合い斬りの達人でもかくはあるまいという速度で袋から実装タタキを抜いたオレは、まだ
カバーも付いたままのそれを緑に汚れたケツに叩き込んだ。

パッチーン!
「テヂュアァァァァ!!!」

パンチョは両手で尻を押さえて転げ回った。今出したばかりだというのにさらに新しい糞を
垂れ流してのた打ち回っている。フローリングの床で本当に良かった。カーペットなんて敷
いてあったら目も当てられない。
それにしてもいきなり実装タタキを使うことになるとは…。ほとんど反射だったな…。文字
を読むのと言葉として耳に聞こえるのとでこうも違うとは…。

「テ…、テェェェ… 」

今やパンチョは尻を押さえたままうつ伏せで痙攣していた。その周りは糞まみれだ。
オレはため息をついて話しかけた。

「まったく…。 なんでオレがお前のケツなんか拭かなきゃならないんだよ」
「テェェェン…。 ウンチした後はいつも長女オネチャが拭いてくれてたんテチィ。飼い実
 装になったらニンゲンさんが拭いてくれるって言ってたテチィ…」

誰が拭くか! よっぽどネジの飛んだ愛護派でもない限りそんなことせんわ。
オレはティッシュを一枚抜くとそれをパンチョに渡した。

「はら、これで自分で拭くんだ。 あと周りに垂れた糞もな」
「イヤテチィ…! おててにウンチ付いちゃうテチ。 ニンゲンさんが拭いテチ!」

すでに全身糞まみれで何を言うのか…。
オレは実装タタキからカバーを外し…

スパーン!
「テギャァァァァ!!!」

もう1発、今度は顔面に叩き込んだ。
顔を押さえて再び七転八倒するパンチョ。

「なんでこんなヒドイことするテチ!? やっぱりギャクタイハだったテチィ!?」
「虐待じゃねーよ、お仕置きだ。お前が言うこと聞かないからだろ? 自分で汚したんだか
 ら自分で綺麗にするのが筋ってモンだ」
「テェェ…。 自分でやったことなんかないテチィ…。いつもは長女オネチャが…」
「そのオネチャとやらはもういないんだ。だったら自分でやるしかないだろうが。 ほれ、
 やり方くらいは教えてやるよ。 それとも…、もう1発食らっとくか?」

手にした実装タタキで空を切るオレ。パンチョは赤くなった顔を残像が見える程の勢いで横
に振る。遺憾ながら実装タタキの効果はさすがと言わざるを得ない。
パンチョは全身が糞まみれだったため、床掃除の前にまずは体を拭くことからやらせてみた。
しかしこれが意外に難しい。人間に近い形をしているくせに妙にデフォルメされたその体型
では頭部の半分より上に手が届かず、同様に背中側にもほとんど回らない。指のない手は物
を掴むのに不向きだし、そもそも実装石自体が絶望的に不器用だ。
結局ほとんどをオレが手伝ってやることで体に付いた糞はどうにか拭き取れた。二度と漏ら
すな、と実装タタキを唸らせながら脅すとガクガクしながら頷く。その間にも恐怖で漏らし
そうになっているがどうにか踏ん張っているようだ。
次に尻の拭き方を教える。しかしここでも実装石の体型が問題として立ち塞がった。
腕が短いため、人間のように尻側からでは総排泄口へ手が届かないのだ。おまけにどうも総
排泄口の位置は人間でいう肛門よりも前側、ぶっちゃけ女性器に近い場所にあるようだ。
なるほど、実装石がパンコンすると後ろではなく前側が膨らむのはこういう訳かと無駄に納
得してしまった。
ともかく、それならばと前側からやらせてみることにした。
中腰になり、股の間にティッシュを持った手を突っ込んで擦り始めるパンチョ。
よしよし、うまくいきそうだ。 なんて思っていたらパンチョの声が上擦ってきた!

「テチュ、テチュ…、 テチュゥン…!」

またしても我を失い、パンチョの頭頂部に実装タタキを叩き込むオレ。我慢してた糞を漏ら
し転げ回るパンチョ。振り出しに戻ってしまった…。
漏らした罰としてさらに1発実装タタキを振るい、もうめんどくさいので流しで水洗いする。
お湯なんか使ってやらない。お仕置きもかねて冷たい流水だ。しばらくジタバタしていたパ
ンチョはやがてぐったりとおとなしくなった。
水洗いしたのでもう糞は付いてないが一応予行演習として尻拭きをやらせてみる。
もちろんまた自慰行為なんぞしたら…、と脅してあるので刺激に耐えながら手早く済ませた。
次は床掃除だ。ティッシュを折りたたんで雑巾サイズ(実装石にとっての)にし、それで床
を拭き取らせる。四つん這いでの作業のため体のアチコチに負担がかかっているようだ。
やれ疲れただの膝が痛いだのと泣き言を訴えてくるが許すわけがない。もちろん手を抜くよ
うないい加減な仕事もさせない。逆らえば恐怖の実装タタキが待っている。
パンチョは目に涙を溜めながら30分かけて床を掃除した。
と言ってもまだまだ綺麗とは言いがたい状態だが、オレだって最初から完璧を望んじゃいな
いし1発で覚えてくれるとも思っちゃいない。
いずれ…、1週間くらいでトイレの世話が必要なくなり、もし汚しても自分で掃除できるよ
うになってくれれば御の字だ。

パンチョが泣く泣く床掃除をしている間、それを監視しつつもオレは買って来た実装トイレ
のセットに取り掛かっていた。
まずは糞の入ったタッパーの処理。中身をビニール袋に流し込んで口をギッチリ縛る。
タッパーは風呂場で洗ってから消臭剤をかけてしまっておいた。これにて臨時トイレの役割
は終了。また何かに使うこともあるだろう。
代わりに買って来た実装トイレは早い話が猫のトイレと一緒の構造だ。カバー付きなので臭
いが漏れにくい。
むしろ実装石用に特化してるのはトイレ砂の方で、実装石の水っぽい軟便を強力に吸収し、
なおかつ素早く乾燥して固形にしてしまう。同時に凄まじい脱臭力で糞臭を大幅にカット!
さらに一定以上の水分を与えると溶ける性質を持つため、そのままトイレや風呂場の排水溝
から流すことが可能!
決して安くはなかったがとにかくあの臭いを抑えられるというのなら惜しくはない。そう思
えるほど密室に充満した実装糞臭は殺人的だった…。

箱から出したトイレからカバー部を外し、中にトイレ砂を一袋入れて均す。カバーを付け直
し、最後に扉をハメ込めば完成だ。この扉は西部劇に出てくる酒場ような押し戸なので外か
らも中からも押せば簡単に出入りできる仕組みだ。
パンチョが床掃除を終わらせたところで呼び出して説明してやる。

「こ、これがトイレテチ!?」

新しいトイレを驚きの目で見ながら周囲をグルグル回り、中に入ったり出たりしているパン
チョ。
今までどんな巣に住んでたのか知らないが、少なくとも野良が手に入れられる住処よりよっ
ぽどしっかりした作りなのは間違いない。それがトイレだってんだから驚くのも無理はない
だろう。
その間に雑巾でパンチョが掃除した床をしっかりと拭いておく。うっすらと緑に染まる雑巾。
いくら一生懸命やっても実装石の能力じゃこんなもんか…。念のためファ○リーズをたっぷ
り吹いておいて、汚れた雑巾は風呂場に放り込んだ。

「おーい、飯にするぞ」

興奮してかどうか知らないが何故かトイレの砂を掘り返してるパンチョに声をかける。
飯という単語に反応して飛び出してきた。
テーブルの周りを走り回るパンチョを尻目にまずはコンビニで買って来たオレの分の弁当を
レンジで温める。今回は店内にいるうちから固く袋口を縛ってきた。もう託児なんかされて
たまるかよ!
でも恐る恐る袋を開くオレ…。
弁当を加熱してる間にパンチョの餌も準備する。
朝置いていった小皿は回収し、買って来た青い皿に水を注いでパンチョの前に出してやった。

「パンチョ、今日からそれがお前の水飲み皿だ。大事に使えよ?」
「テェェ…! ワタチのお皿テチ!?」
「そうだぞー。お前だけの皿だ。オレは使わないからな」

間違っても使わないからな。
新品ピカピカの皿が自分のものと知って大喜びのパンチョ。今朝同様怪しい動きで再び踊り
だす。今回はゴーゴー風…、というかゲイナーダンス?
パンチョの奇行を眺めていたらレンジがチンと音を立てた。温まった弁当を取り出しテーブ
ルに置く。今日のランチはミートソースパスタだ。濃厚なソースの香りが部屋に漂い、それ
を嗅いだパンチョはピタリと動きを止めた。代わりに涎が滝のように溢れ出す。
さて、コイツの飯も用意しなくちゃな。
もうひとつの赤い皿に買ってきた実装フードを入れる。袋裏に記載されている目安によれば、
この皿1杯分が仔実装の食事量1回分として適量だそうだ。
残りはキッチンの上の棚に隠しておいた。間違っても実装石の手の届くところに置いちゃい
けない。
実装フードの皿を手に戻ってみるとパンチョはどうにかしてテーブルに上がろうと躍起にな
っていた。身長の3倍以上はあるテーブルに向かってひたすらジャンプしていたかと思うと、
今度は脚を登ろうとしてしがみ付いた。だが何の取っ掛かりもないテーブルの脚を指もない
仔実装の手で登れるはずもなく、ただスルスルと脚を擦るだけだ。
そんなことをテーブルの四本の脚を回りながら繰り返す姿が可笑しくて、オレはニヤニヤし
ながらただ見つめていた。
動物ものの番組でたまに見る『手の届かないバナナを必死に取ろうとする猿』みたいでおも
しろい。だがあの猿たちは試行錯誤の末にどうにかバナナが取れるのに対して、目の前のこ
いつは試行錯誤とは無縁の性格らしくひたすら同じことを繰り返すだけだ。
そのうち遂に座り込んで泣き出してしまった。

「何やってんだ? お前…」

ニマニマと話しかけるオレにパンチョが怒ってきた。

「ひどいテチ! あそこじゃ届かないテチ! 食べれないテチィ!!」
「何言ってんだよ。アレはオレの飯だ。 お前はこっち」

パンチョの前に実装フードの皿を置いてやる。
しばらくそれとテーブルの上のパスタを見比べていたが案の定文句を言ってきた。

「こんなのイヤテチ! ワタチもそっちが食べたいテチィ!」

やっぱりか…。昨夜の唐揚げと今朝のシリアルで人間の食べ物の味をすっかり覚えてしまっ
たようだ。ミートソースの濃い匂いに比べて、乾燥した実装フードはあまり匂いがなく相当
見劣りするようだ。
こうなってしまうと修正するのは容易じゃないらしい。
基本的には餌を取り上げてから実装タタキ等による徹底した痛みによる躾が必要になるそう
だが、今それをやって糞でも漏らされたりしたら…。
オレまで昼飯を抜くことになってしまう。
でも大丈夫! こうなることは昨夜から予想できていた。もちろんすでに対策済みだ。

「ふーん、それいらないのか? こんなにウマイのになぁ」

そう言って実装フードをひとつ摘み口の中に放り込む。…と見せかけてフードは手の中に残
したままだ。傍から見ればバレバレだが仔実装ごときこれで十分に騙せる。
そのままモグモグと噛む振りをし、

「うまぁーーーい☆」

大げさな演技をかます。これでOK。
単純なものでパンチョの目はあっさりと実装フードに向けられた。皿から一粒取り出すとス
ンスンと匂いを嗅ぎ、カリッと一口齧った。

「テチューーーン☆」

よし、落ちた!
実はこの実装フード、友人に薦められた特殊なフードだ。仔実装好みの様々な味付けがなさ
れているので、よほど舌の肥えた個体でない限り大抵の仔実装は夢中になる。
そしてこのフードの最大の特徴は、仔実装の成長に必要な栄養をまったくと言っていいほど
含んでいないことにあった。
今食べさせたフードは甘味タイプだが実は砂糖すら使っていない。実装石にのみ作用する化
学調味料が味覚の甘さを感じる部分を刺激しているだけで、例えば人間がこれを食べても何
の味もしないのだ。
体が必要とする栄養は何も持たず、ただ舌と腹を満足させるだけの食べ物。
もしも人間がこんなものを食べて生活していたらすぐに衰弱して死んでしまうだろう。
だが実装石なら話は違う。彼女らのデタラメな生命力はこのような栄養状態でも如何なく発
揮されるのだ。
ただし、栄養失調で死ぬようなことはないが代わりにその成長は著しく抑制される。
原理はまだ解明されていないが、実装石は本来成長に回すはずのエネルギーを生命維持に使
うことができるらしく、僅かな栄養でも得られれば生きていくことができる。だが当然それ
は成長を遅らせることになり、餌に事欠かない飼い実装が生後1ヶ月程度で成体になれるの
に対し、満足に食料の手に入らない野良実装はおよそ半年、あるいはそれ以上かかる場合も
あるとのことだ。
そして今パンチョに与えたこの実装フードは栄養面で見れば野良がようやく口にできる食料
をさらに下回る。このフードに比べたら腐りかけの生ゴミの方がまだ身体に良いくらいだ。
成長が遅れるどころではない。完全にストップさせてしまう効果を持つ実装フード、その名
も『実装ピーターパン』!
実装石は仔実装の頃が一番カワイイという意見は多い。ちなみにオレもそう思う。
デスデスと野太い声で鳴くずる賢い成体になってしまうより、テチュテチュ可愛い無邪気な
仔実装のままでいて欲しい。そんな飼い主の願いに応えて誕生した商品だ。主に愛護派を中
心に今人気の実装フードなんだそうな。
実際のとこ成体だろうと仔供だろうと糞蟲は糞蟲なんだけどね。
欠点はあまりの栄養の無さから実装石の回復力まで奪ってしまうことだ。さしもの実装石も
先立つものがなければ本領発揮はできない。逆に言えば栄養さえ足りていれば偽石が無事な
限りどんな重症からでも回復するわけだが…。
そんな理由から虐待派には不人気の商品になっている。この餌を与える以上、オレもパンチ
ョの怪我には気を付けないといけないな。
もっともそんなことを知るはずもないパンチョはアンパンのような形をした実装ピーターパ
ンを両手で持ち嬉しそうにカリカリ齧っている。
人間で言えばハンバーガーくらいの大きさなので犬食いよりも手に持った方が食べやすいの
だろう。食べカスがボロボロ落ちているがオレはそこまで躾けるつもりはない。
恋人や友人がそんな食べ方をしていたらさすがに我慢ならないだろうが、オレにとってパン
チョはあくまでペットに過ぎない。猫や亀を飼ったことのある人なら分かると思うけど、食
べ方で言えばあいつらの方がよっぽど汚いもんだ。
そもそもオレはトイレ等の基本的なことさえ覚えたなら必要以上にパンチョを躾ける気はな
かった。
もともと実装石に対して無関心だったオレだ。友人の飼っているちょっとしたお手伝いさん
レベルの実装石を見たときは素直に感心したが、わざわざとんでもなく手間暇のかかる躾を
行ってまでパンチョを教育しようとは思わない。
オレは鬼の様な躾の果てにお堅い優等生になってしまった友人の実装石が生き物としてひど
く不自然な気がしたのだ。
考えてみてほしい。猫でも犬でもいいが、飼っているペットが甘えもせず、餌もねだらず、
こちらが手を出さなくても身の回りのことを全部自分でやってしまうとしたら…。
忠誠と言えば聞こえはいいが、根にあるのは飼い主に対する恐怖のみ。犬などのそれとは明
らかに違う。そんな奴隷みたいなペット飼ったっておもしろくないだろう。多少バカでワガ
ママな方が見ていても楽しいはずだ。
とは言えもちろん甘やかして育てるつもりはない。糞の躾の様に最低限やっちゃいけないこ
とは覚えさせるつもりだ。

オレはミートパスタの最後の1本をチュルンと吸い込み、空になった容器を軽く水で流して
ゴミ袋に放り込んだ。
パンチョの様子を見るとちょうど最後のひとかけらを口に放り込んだところだった。
目尻の下がった何ともマヌケな顔でモゴモゴ口を動かしている。やがてそれを飲み込むと、
今度は床に散らばった食べカスを摘み上げては口に運んだ。
期せずして床掃除の手間が省けてしまった。実装石の口の形状ゆえ餌をこぼすのは仕方ない
として、落とした分は拾わせるつもりでいたんだけどな。まあお前がそれでいいならこちら
も楽で助かるよ。
やがて目に付く食べカスも見当たらなくなると、パンチョは膨れた腹をさすってテチューと
幸せそうなため息をついた。見た感じ完全におっさんだなぁ…。

「うまかったか?」
「とってもおいしかったテチ! こんなゴチソウ初めてテチュー☆」

気に入ってくれたようで何よりだ。味のパターンはいくつかあるのでうまいことローテーシ
ョンすれば飽きることもないだろう。
しばらく口内に残る味の余韻に浸っていたパンチョだが突然うつらうつらと船を漕ぎ出した。
満腹になった途端に眠くなったらしい。食欲が満たされたら次は睡眠欲か。本当に本能直結
の生き物だよなぁ。
パンチョはのろのろと部屋の隅に置いておいたタオルまで行くとドテンと寝転がりすぐにい
びきをかき出した。羨ましい程の寝つきの良さだ。
調べたところによると実装石は1日だいたい16時間ほど眠るらしい。人生の…、いや、実
生の3分の2は寝ている計算だ。
これはやたら食べる割には栄養分の吸収率が悪く、そのくせ代謝は良くて非常に燃費の悪い
実装石があまりカロリーを消費しないようにするためだと言われている。
その割には遊び好きで無駄に動き回ったり、疲れて動けなくなるまで同属をリンチしたり、
脆くて傷付きやすくその回復に多大なエネルギーを使ったりと、眠りまくって体力温存した
意味がまったくない生活をしているのだが…。
こいつら単にずぼらなだけなんじゃないだろうか。

さて、一度眠った実装石は滅多なことじゃ目を覚まさない。手間のかかるチビが寝ているう
ちに残りの作業を一気にやってしまおう!
まずはゲージの組み立てからだ。縦格子になっているプレートを組み合わせネジで止める。
程なくして幅1m、奥行き50cm、高さ30cmのゲージが完成した。屋根は無く、長方
形に囲ったフェンスのような形状だ。トイレと同じく格子の一部が押し戸になっていて仔実
装でも簡単に出入りできるが、留め金を下ろしてしまえば中から開けることはできなくなる。
それを部屋の一角に合わせてセットし、実装トイレと餌と水の皿を中に置いた。
さらにトイレの入っていたダンボール箱の側面をカッターで切り取り、ダンボールハウスを
再現したものも入れてやった。
とりあえずこれでゲージ、ハウス、トイレ、食器がそろったわけだ。リンガルやフードも含
めるとオレのひと月分のバイト代が今日1日で飛んだことになる。
まったく何をやってるんだろうな…。ふと我に返って少し奮発しすぎたかと後悔するが、フ
ード以外はずっと使っていけるものだから、と言い訳してみる。
とにもかくにも実装飼いの準備は整ったわけだ。とは言え肝心のパンチョが昼寝の真っ最中
ではこれ以上やることも特に無い。オレはパンチョが目覚めるまでいつもどおりの休日を送
った。


日も落ちかけた頃、ようやくパンチョは目を覚ました。
オレがトイレに行く音に気付いたらしく、戻ってくるとタオルの中に座りあくびと共に目を
ぐしぐし擦っていた。
そんなパンチョをヒョイと掴み上げ、俯瞰できる高さから新しい住処であるゲージを見せて
やった。

「ほーら、パンチョ。 寝てる間にお前のお城が完成したぞー」
「テェ…?」

寝ぼけてやがる。もう一度、さっきより大きくゆっくりと言ってやる。

「ここが! お前の! お城だぞぉー!!」
「テ、テェェェェッ!?」

ようやく状況を把握したようだ。目を真ん丸くしてゲージを指差し、オレの顔と何度も見比
べている。
床に降ろしてやるとダッシュでゲージに向かうパンチョ。

ガンッ

うわあ…、まともにゲージにぶつかってひっくり返った。だが痛みを感じてないのかすぐに
起き上がると奇声を発しながら格子を掴んでガシャガシャ揺らし始める。
留め金を外して戸を開けてやると途端に飛び込み、仔実装にとっては広いであろうゲージの
中をバタバタ走り回ってはトイレやダンボールハウスを覗いて回っている。

「すごいテチ!すごいテチー!ここがワタチのお城テチ!? ワタチはお姫様テチュッン☆」

禿でパンツ一丁のお姫様か。誰も助けに来ねえだろうなぁ。

「何度見ても立派でカッコいいトイレテチュー。おうちもおっきいテチ!豪邸テチー!」

実際トイレには金を使ったよ、コンチクショウ…。でもその豪邸とやらはただのダンボール
だ。まあ確かに仔実装1匹が住むにしちゃ無駄にデカイだろうけど。
さっきまでパンチョが寝ていたタオルをダンボールハウスの中に放り込んでおく。模様替え
は好きにやってくれ。

「硬くて高い城壁テチー! 何人たりとも侵入することは不可能テチ!」

30cmのフェンスを超えられない生き物なんてお前らくらいなんじゃねーの?
それにそのフェンスは入られないように、じゃなく出られないようにするためにあるんだぜ。

「ワタチはお姫様テチュー☆ そしてニンゲンさんはワタチの召使いテチ!」

スパ—ンッ!!
「テヂャァァァァッ!!!」

調子こくでねーよ。
実装タタキで小突き回すオレ。

「ごめんなさいテチ! 許しテチィィィ!」

泣きながら逃げ惑うパンチョ。今回は糞を漏らしていない。よしよし、少しは進歩したよう
だ。だからって許さんけどね。
あまりキツク躾けるつもりはないが主従関係だけははっきりさせないといけない。逃げるパ
ンチョを執拗に追い回し、手加減しつつも実装タタキを食らわせていく。
遂にパンチョはうずくまって身を守るだけになった。

「ごめんなさいテチ…! ごめんなさいテチ…! ごめんなさいテチ…!」

そんなパンチョを摘み上げてゆっくり聞いてやる。

「オレはお前のなんだ? ん?」
「ニンゲンさんはワタチの…、ご、ご主人様テチ…」
「よし。じゃあお前はオレのなんだ?」
「か、飼い実装テチ…」
「うん、そうだな。 じゃあどっちの方が偉いのかな?」
「に、ニンゲンさんテチィ…」
「そうだ。それを忘れるなよ?」

パンチョを床に降ろしてやったが、逃げるでもなくその場に座り込んでしまった。
両手を顔に当ててシクシク泣いている。
いろんなものを与えられて天にも昇る気持ちだったんだろう。その直後にこの仕打ちだ。
あ、これがいわゆる『上げ落とし』なんだろうか?実装石の精神にかなりのショックを与え
るとネットでは言われていたが…。なるほど、確かに。
自業自得とは言え少し可愛そうになったので、買ってきたオモチャの中からスーパーボール
を取り出してパンチョの前に落としてみる。6cm級の大玉だ。
ボムンボムンと弾むスーパーボールに赤と緑の瞳が釘付けになった。
そのボールを指で弾いて転がすと、パンチョは跳ねるように立ち上がって追いかけていく。
自分の頭ほどの大きさのボールを飛びつくようにして捕まえると、満面の笑みで抱えて戻っ
てきた。そしてそれをオレに向かって投げ返す。

「テチュー♪」

その目は続きを期待してキラキラ輝いている。ついさっきまで散々叩かれて泣いてたくせに
楽しいことがあるともうそのことしか考えられなくなるらしい。幸せ回路ってスゲ—なぁ。
その後はしばらくパンチョのボール遊びに付き合ってやった。
オレが指でポールを弾き、パンチョがそれを捕まえては持ってくる。今度はあっちへ、次は
こっちへと転がっていくボールをテッチ、テッチという奇妙な掛け声を出しながら追いかけ
ている。

「こんなの簡単テチ! ばっちこいテチュー!」

例によって調子に乗り出したのでやや強めにパンチョ自身に向けて弾く。
それなりに重量のあるスーパーボールを正面から受け止めようとして、案の定逆に弾き返さ
れて倒れるパンチョ。
起き上がったところに追撃。起き上がる前に追撃。倒れてるとこにトコトン追撃。

「い、痛いテチー! やめテチー!」

右へ左へ逃げ回るパンチョ。やばい…、ちょっと楽しいかも♪
ふと気が付けばパンチョにボールを追いかけさせる遊びだったものが、パンチョをボールで
追いかける遊びになっていた。イカンイカン、自重せねば…。
すっかり怯えてしまったパンチョをゲージの中に戻し、買ってきた別のオモチャの『等身大
親指実装石人形』を渡してやる。

「テチャ!? 親指チャテチ! 始めましテチー♪」

仔実装が自分より小さな同属を可愛がるというのは本当のようだ。人形を受け取ると優しく
頭を撫でてやり、嬉しそうに抱き上げてテチュテチュ話しかけるパンチョ。

「ワタチのお名前はパンチョテチ!このおうちの飼い実装テチュ☆ 親指チャもここで飼っ
 てもらえるんテチ?よかったテチね!じゃあ今日からワタチのことはパンチョオネチャ
 と呼ぶテチ♪」

・・・・・。
ママゴトだよな…? まさかホントに親指だと思っちゃいないよな…。
こいつの頭はどこまで本気か判別しにくい。
パンチョは抱いた人形にゲージ内のハウスやトイレを説明して回っている。
しばらく放っておいても大丈夫そうだ。ゲージの留め金もしっかり掛けてあるし、何かしよ
うにもここから出ることはできないだろう。
オレはサンダルをつっかけると部屋を後にし、近くのコンビニへ晩飯を買いに出かけた。
考えてみりゃ今から行くコンビニでつい昨日、パンチョを託児されたんだよなぁ。



20分程して帰ってくると親指人形は床に寝転がされていた。飽きたのかと思ったが、どう
やらパンチョはトイレの中にいるらしい。糞をしていたようだ。ゴソゴソ音がしてパンチョ
が姿を見せた。
高い金出しただけあって消臭効果は抜群だ! あの臭いに苦しまなくていいと思うと涙が出
てくる。
パンチョはと言うと、トイレの出入り口に置いておいたポケットティッシュから1枚取り出
してちゃんと自分で尻を拭いている。
まだまだやり方が粗いが進歩してるのは確かだ。そこは気長に待ってやろう。
小さなビニール袋をトイレの側面にセロハンテープで貼り付け、使ったティッシュは丸めて
そこに入れるように言っておいた。

「親指チャ、お待たせテチ。オネチャいっぱいウンチ出たテチュー☆」

親指人形を抱き上げてせんでもいい報告をするパンチョ。よほどこの人形が気に入ったよう
だ。もしかしたらパンチョは末っ子だったのかもしれないな。
そういえばママとかオネチャとはよく言っていたが妹の話は聞いてない。ぬいぐるみとは言
え初めての妹分にはしゃいでるのかも知れないなぁ。
今朝からは怒ったり呆れたりしてばかりだったが、こういうのを見てるとやはり和む。
緩んだ顔で親指の世話(ママゴト)をするパンチョを同じように緩んだ顔で見守るオレ。
おっと、いけない。飯にするんだったっけ。

ゲージから餌用の皿を取り出し、今回は醤油味ベースの実装ピーターパンの小袋を開けて皿
いっぱいに入れてやる。
晩飯にはデザートとして金平糖を出してやるつもりなので、昼に食わせた甘口フードでは味
が被ってしまってよろしくないと判断した。
水皿の水も入れ替え、ふたつ揃えてプラスチックのお盆に乗せて出してやる。これなら食べ
カスを落としても水をこぼしても床は汚れない。
一連の様子を見つめていたパンチョは、お盆が出されるやいなや親指人形を抱いたままフー
ドの皿に飛びついた。

「おいしいテチー! 少ししょっぱくてピリッとする味がクセになりそうテチュゥ☆ 香ば
 しい香りが堪らなく食欲を誘うテチ!」

どこのグルメリポーターだ! 何もない空間に思わずツッコミ。
当のパンチョは人形を脇に挟んで両手で持ったフードをポリポリかじっている。だが時折欠
片を親指人形の口に押し当てる仕草も見せる。

「親指チャも食べるテチュ。 とってもおいしいテチよ♪」

へえ…、こいつは餌を分け合うことができるのか。もっとも人形は餌を食べるはずがないの
で結局はパンチョが食べているのだが…。
本当の親指実装だったらどうするんだろうか? 今度公園で親指実装でも捕まえてこようか
なぁ。そしたらパンチョはどんな反応をするんだろうか…。
そこでオレはふと我に返り、自分の中に湧き上がっていた好奇心に驚いた。つい昨日まで実
装石に興味なんてこれっぽっちもなかったのになぁ。
ポリポリとフードを齧るパンチョを尻目にオレはオレでコンビニ弁当を食べる。今夜はカツ
丼だ。



深夜10時、パンチョは親指人形を抱いてダンボールハウスに敷いたタオルの上で眠ってい
る。その顔はどこまでも満足気で笑みさえ浮かべた寝顔だった。
晩飯の後に食べさせてやった金平糖。すべての実装石が本能で求める至高の甘味。食べるこ
とはおろか見るのも初めてだったその小さなトゲトゲを口に含んだパンチョは、実装石にこ
んな表情が作れるのかと思うほど蕩けた顔になった。その目には涙まで浮かんでいた。
唐揚げやシリアル、実装フードを食べたときでさえこんな顔にはならなかった。
いつもならうるさいくらいにおいしいおいしいと騒ぎ立てるのに、この時だけは口内に広が
る甘みを味わうことだけに全神経を集中させているようだった。
まあその後はもっと欲しいとわがままを言って実装タタキを味わったわけだが…。
ワガママ言いません、と言うまで全身満遍なく叩いておき、ようやく諦めたところで2粒目
を渡してやった。もちろん大喜びだ。
これは『落とし上げ』と呼ばれる手法で、実装石の食欲を含む物欲を矯正する躾の手段とし
て非常に有効なんだとか。
実際効果は抜群で「金平糖は1日2粒、今日はそれで最後だ」と言うとその金平糖は最初の
1粒よりさらに時間をかけて大事に食べた。
そして食べ終わってもワガママを言わず、満足した顔で眠りに付いたのだった。

腹いっぱい食べて、疲れるまで遊んで、眠くなったら寝て…。まったく羨ましい生活だよコ
ンチクショウは。
パンチョの寝顔を覗きつつ、実装石を羨むなんてどうかしてるなと自嘲気味に苦笑いするオ
レ。実家で飼っているネコにも同じことを言ってたなぁなんて思い出してまた苦笑い。
さて、明日は日曜でバイトが入っている。朝は早い。
考えてみれば昨夜はあんまり寝てないわけだし、今日はさっさとシャワーでも浴びて寝ちま
うかな。
こうしてオレの実装飼い初日は終わった。なんだか妙に疲れた気がする。布団に入ったオレ
は実装石のような寝つきの良さで眠りに落ちた。



翌朝、耳元で鳴る耳障りな目覚ましを止め、恐る恐る空気を吸い込んでみる。
おおっ! 臭くない、臭くないぞ!!
朝一番にやることが実装石の糞臭の確認と言うのが泣けてくるが、実際のとこかなり切実な
問題ですよ、これは。
昨日と違いパンチョはまだ寝床の中で相変わらずのん気な寝息を立てている。もしや今朝は
糞をしなかったのかもと思ったが、透明のカバー越しにトイレを覗くと昨夜はなかった新し
い糞の塊ができていた。トイレの砂によってしっかりと脱臭乾燥されている。トイレに貼り
付けたビニール袋にも新しい使用済みティッシュが丸めて放り込まれていた。
つまりパンチョは夜中、あるいは朝に一人で起きて用を足し、ちゃんと自分で尻を拭いてか
ら二度寝したというわけだ。
ついつい口元がにやけてしまうオレ。まさか1回の躾でこうも完璧にトイレを覚えるとは思
っていなかった。だが思い返せばパンチョは最初にタッパーをトイレにと指示したときも1
発で理解して糞をしていた。死んだ親実装はトイレだけはしっかり躾けていたようだ。
託児したあげくに勝手に死にやがってとんだ糞蟲だと思っていたが少しは見直したぞ!
上機嫌でパンチョの皿に実装ピーターパンを盛ってやる。今回は特濃ミルク味だ。
皿にフードが注がれる音に反応してパンチョが起きてきた。

「よくひとりでトイレできたなー。 えらいぞー!」
「テチュゥ?」

あ、リンガルつけてなかった。
ヘッドフォン型リンガルを装着し、もう一度褒めてやってから優しく頭を撫でてやる。

「テチュゥ♪」

嬉しそうに鳴くパンチョ。
フードの皿を置いてやるとトコトコやってきて食べ始めた。

「今日のごはんもおいしいテチー! なんだか懐かしい味がするテチュ☆」

オレもボリボリとシリアルをかき込み、適当に相づちを打ちながら一緒に飯を食べた。
残さず食べたパンチョをまた褒めてやり、歯を磨いたり顔を洗ったりとバイトに行く準備を
急いでする。パンチョの世話があることを忘れていつもどおりの時間にアラームをセットし
てしまったので少し時間が詰まっていた。パンチョはその様子を不思議そうに眺めていた。
とりあえずひと通りの仕度が整ったオレはパンチョに仕事に出掛けるということを伝えた。
だがどうにも理解している気がしない。当然っちゃ当然だ。実装石に仕事の概念なんかわか
らないだろう。
どう説明したものかとしばらく考えたオレは唐突にいいアイディアを閃いた。

「いいか、パンチョ。オレは今から食べ物を探しに行って来る。さっき食べたやつみたいに
 おいしいものは簡単には手に入らないからすぐには帰って来られない。 暗くなる前には
 食べ物いっぱい見つけて帰ってくるから一人でちゃんと留守番するんだぞ」

これならわかるだろう。母親が食料を探しに行くのと同じ理由だ。

「わかったテチ! あんなにおいしいごはんをたくさん見つけられるニンゲンさんはすごい
 テチュ! ニンゲンさんが帰ってくるまでワタチは親指チャのお世話をするテチ」

どうやら理解できたようだ。だがやはり部屋にこいつだけ残して半日以上留守にするのはか
なり不安だった。だからこそ安くはないゲージも買ったのだ。ここに入れとけば何かあった
としても、少なくとも被害はこの中だけのことで済むはずだから…。
とりあえずパンチョが退屈しないように残りのオモチャもゲージ内に入れておく。
スーパーボールとミニカーだ。昨日の事もあってスーパーボールに少し怯えているようだが、
初めて見るミニカーには興味津々だ。押したり叩いたりしていたが、やがてまたがって走る
遊びを始めた。
無邪気に遊ぶパンチョについつい見入っていたが時間がないことを思い出し、オレは慌てて
家を飛び出した。



ようやく帰ってこれたのは夜の7時を回ったころだった。
全身に気だるさを感じる。今日の仕事は稀に見るハードさだった。
ちなみにオレは派遣のバイトをしている。今日は土建屋の手伝いに行ったのだけど、土木系
は日当が高い分やっぱりキツイ。オレも体力はある方だと思ってたけど本格的な土方作業は
素人が付いていけるもんじゃなかったよ。
フラフラしながらアパートの階段を昇り自室に到着した。
パンチョはどうしてるだろうか。ちゃんとおとなしく留守番できてればいいんだが…。
ドアを開けるのがなんか怖い。とは言え早いとこ休みたいのも事実。
オレは覚悟を決めて玄関の戸を開けた。

「ただいまー。帰ったぞー」

反応がない。スンスンと臭いを嗅いでみたが特に変な臭いがするわけでもない。
ホッとして部屋の明かりをつけパンチョの様子を見てみることにした。
パンチョは眠っていた。
ダンボールハウスの中、親指人形を抱きしめて丸くなっている。

「テチュ…?」

と、部屋の明かりとオレの気配に気付いたのかパンチョが目を開けた。
半開きのその目がオレの顔を捕らえた瞬間、すごい勢いでダンボールから飛び出してきた。

「おかえりなさいテチー! 待ってたテチ! ワタチ、ちゃんとおるすばんできたテチ! 
 褒めテチ!褒めテチー!」

両手を高く上げてピョコピョコ飛び跳ねるパンチョ。
意外と言えば意外だったが、考えてみりゃトイレの躾さえ出来たならこの狭いゲージの中、
やれるイタズラもたがが知れている。
それでもオレは嬉しくなり、パンチョを抱き上げるとたくさん撫でてやった。
半日も1匹でいたパンチョも寂しかったんだろう。オレの手にたくさん甘えてくる。
疲れも忘れてしばらくそうして遊んでいるとパンチョの腹がグゥゥと鳴った。
朝から何も食べてないのだ、急いで餌の準備をしてやろう。
ちゃんと留守番できたご褒美にたった3袋しか入ってないステーキ味を1袋開けることにし
た。
今夜はステーキ(味)だぞー、と言ってやると大喜びで例のダンスを踊って準備が出来るの
を待っていた。
当然残すようなことはなく落とした欠片までキレイに食べつくし、デザートの2粒の金平糖
に文句を言うことなく大事に食べたパンチョ。
今はスーパーボールを壁に投げつけては跳ね返ったボールを追いかける遊びに夢中だ。
今朝はあんなに怖がっていたボールも、基本的に危害を加えてくるようなものじゃないと学
習したようだ。トイレといい、食事といい、意外とパンチョはもの覚えがいい。
天然と言うかバカなところは多々あるものの、修正してやればそう手間を掛けずに躾けるこ
とができた。
どうやらパンチョは潜在的に賢い個体のようだが母親からロクに躾をされなかったとみえる。
もう少し成長していたら手遅れだったかも知れないな。
そんなことを考えながら楽しそうに遊ぶパンチョを眺めているうち、オレはとてつもない睡
魔に襲われ始めた。慣れない力仕事で疲れきっていたオレは対して抗うこともできず、その
ままテーブルに突っ伏して寝入ってしまった。


ふと目が覚めた。どのくらい眠っていたんだろうか。
変な体勢で寝ていたため体のアチコチが軋む。半端な睡眠時間なので頭もガンガンする。
顔でも洗おうかと思って立ち上がり、1歩踏み出した瞬間だった。

ぐちゅっ…

「うわっ!?」

何か柔らかくて水っぽいものを踏んでしまった。足裏から伝わる不快な感覚。
慌てて足をどかし、いったい何を踏んだのかと思って見てみると…。

そこには下半身を踏み潰されたパンチョの姿があった。
思わず固まってしまうオレ。パンチョ自身も何が起きたのかわからないといった表情で自分
の下半身だったものを見つめていた。

なんで!? なんでこうなった!?
確かパンチョと飯食ってパンチョが遊んでてオレは眠くなって…。
そう言えばパンチョはゲージの外に出したままだった!留め金は外れたままだから戻ろうと
思えば戻れたはずだが…。こいつ、ハウスに戻らずにオレの隣で寝てたのか!?
半日1匹でいた寂しさからだろうか、少しでも甘えたくてそばにいたんだろうがそれがこん
な結果になるなんて…。

「テヂャァァァァァッ!!!」

小さな体のどこからそんな声が出せるのかと思うほど大きな悲鳴を上げるパンチョ。
その声で我に返ったオレは大慌てで治療に取り掛かった。ネットで調べたり友人に聞いた実
装石の治療法を必死に思い出す。
えーとなんだっけ、偽石を栄養剤につける…、のは駄目だ。パンチョの偽石は取り出してい
ない。今から取り出そうにも場所もわからないし、この状態から更に傷つけるのは危険だ。
栄養剤を注射…、も駄目。注射器なんか持ってねぇよって!
他には…、他には…。栄養剤の風呂に漬ける…、これならできるぞ!
流し台の下からタッパーを取り出す。昨日トイレに使ったやつだ。こんな形でまた出番があ
るとは…。
その中に買い溜めてあるリポDを3本開けて流し込む。
泣いているパンチョをそっと持ち上げ、なみなみと黄色い液体の入ったタッパーの中に静か
に下ろした。

「テギャゥゥアァァァ…!!!」

相当傷口にしみたんだろう。またしても断末魔のような叫びを上げてパンチョはがっくりと
頭を垂れた。
死んでしまったかと焦ったが呼吸はしている。どうやら気絶したようだ。
黄色い栄養剤は緑と赤の体液が混ざって気味の悪いマーブル模様を作り出していた。
本当にこんなことで治るんだろうか…。不安になったオレは件の友人に電話してみた。
帰ってきた返事は“間違っちゃいない”というものだった。このまま放っておけば明日の朝
には回復してるそうだ。ただパンチョは栄養価のない実装ピーターパンを主食にしているた
め、通常よりも回復が遅れる可能性はある、とのことだ。
なんにせよ今これ以上してやれることはないらしい。オレはパンチョの容態が心配だったが、
疲れからくる眠気には勝てずいつしか再び眠りに落ちていた。


翌朝、顔に当たる朝日で目を覚ましたオレはベッドから飛び起きた。

パンチョは、パンチョはどうなった!?

テーブルの上に置いたタッパーの中、パンチョはまだそこにいた。
恐る恐る覗き込んでみると、驚いたことにあれだけペシャンコになり皮一枚で繋がっていた
だけの下半身が傷ひとつなく再生していた。おもしろいことに、ほとんど一体化してしまっ
て脱がすのを諦めたパンツがしっかり穿かれた状態に戻っている。
まったくデタラメな回復力だ。知ってはいたがこうして自分の目で見るとその異常さに驚き
を通り越して呆れすらしてしまう。

「テェェェ…」
「パンチョ!」

弱々しくパンチョが鳴いた。良かった、ヤマは越えたようだ。
タッパーからパンチョを出してやり、風呂桶に張った温かいお湯に入れてやる。
気持ち良いようで、パンチョは初日に見せたような緩んだ顔をしている。だがまだまだ顔色
は青ざめたままだ。
友人の言うとおり、身体は回復したが体力が戻っていないようだ。
もう1本リポDを開けてそのキャップに注ぎ、パンチョに飲ませることにした。だが栄養剤
の強烈な味を嫌がってなかなか飲もうとしない。しかたがないので頬を押さえて半ばムリヤ
リに飲ませることにした。弱っているので大した抵抗もできず栄養剤を飲まされるパンチョ。
我慢しろよー、お前のためなんだからな。
そうして何とか栄養剤を飲みきったパンチョをお湯からすくい出し、タオルでしっかり拭い
てからダンボールハウスの中の寝床に寝かせてやった。
そして今朝の分のフードを皿に盛っておく。今は無理でも動けるようになれば勝手に食べる
だろう。
ホントなら回復するまで付いていてやりたいが今日は月曜日、オレにも大学がある。1限か
ら必修なのでサボるわけにもいかんのよ。
とりあえず昨日は風呂にも入らず寝てしまったのでシャワーを浴び、飯を食ったり歯を磨い
たりと準備をして登校することにした。
出る前に覗いてみるとパンチョは苦しそうな寝息を立てている。
頑張れよ…。そう呟いてオレは家を出た。


夕方、いつもならアチコチ寄ってから帰るのだが、今日はまっすぐに帰宅した。

「テッチューン☆」

部屋のドアを開けると元気な声が聞こえてきた。親指人形を抱いてゲージ内をパタパタ走り
回るパンチョの姿が見える。餌皿の中も空っぽだ。

「おー、元気になったなぁ!」

オレの声に反応して格子のところまで駆けて来るパンチョ。だがその足がピタッと止まる。
オレの後ろに見知らぬ人間を見つけたからだ。

「へー、そいつがお前の飼い実装かぁ。ハハッ、ホントに禿パンツ一丁だ。最初からいきな
 りマニアックだねぇ」

彼こそオレの友人にして大学の同級生、そして実装飼いのコツをいろいろ教えてくれた男だ。
オレは虐待派だと思っていたが本人いわく実験寄りの観察派。実装初心者のオレにはよくわ
からないが細かい区分があるらしい。
とにかくパンチョの容態が心配だったオレは大学で彼に相談した。今まで無関心だったオレ
が実装石を飼いだしたことが嬉しかったらしく、さっそく様子を見に来たというわけだ。

「仔実装時代が一番カワイイってのはみんなよく言うけどさ。 大抵の愛護派は髪があって
 服を着た実装石でなきゃ見向きもしないのにね」
「成り行きだよ、成り行き。 それに服はともかく髪はどうにもならないんだろ?」
「最近はそうでもないよ。薬品も進歩してるからね。 実装フサリとか使えば抜けた毛を生
 やすこともできるんだ」
「マジで!? 生えんの!?」
「うん。でも高いよ?」

パンチョはオレ達の様子を不思議そうに眺めていた。リンガルを着けてないので言葉がわか
らないようだ。
よかった。聞かれてたら生やしてほしいと泣き付かれたかもしれん。

「まあそれにしてもずいぶん金かけたみたいだねー。 このトイレの砂、高かったっしょ?」

さっそくパンチョの生活環境を見て回る友人。
彼が近づいた途端、パンチョはダンボールハウスの中に閉じこもりタオルをバリケードにし
て篭城の構えだ。隙間から覗くと親指人形を抱いて丸くなって震えている。
オレも知らなかったがこいつは知らない人間を恐れるようだ。

「ふーん、媚を売ったり威嚇したりしないんだね。なかなか賢いんじゃない?この仔」
「どうだろうな。躾は案外早く覚えるけどさ」
「まあ話を聞いてると当たりっぽいよ。初めて実装飼うにはラッキーだったんじゃないかな。
 実装石なんて100匹いたら99匹は糞蟲なんだから」

その後もあれこれ見てもらい、また同じようなことがあった場合の対処法や今後の飼育法に
ついてアドバイスをもらったりした。
そして実装石の話でオレ達は大いに盛り上がった。仲は良いが実装石について話すことはな
かったので友人もいつも以上に饒舌だ。今まで知らなかった実装石たちの話を聞いているう
ちに、いつの間にか夢中になっているオレ自身がいることに気が付いた。
やはり実装石は良くも悪くも人を惹き付けるようだ。
オレが親しそうに話している感じから危険はないと判断したのか、パンチョもハウスから出
てきてミニカーで遊び出した。

「ん…? これって…」

それを見た友人がヒョイとパンチョを掴みあげる。
突然の出来事に驚いてテチテチ騒ぐパンチョ。何をするのかと思いきや、なんとパンチョの
パンツを下ろして総排泄口をじっくり観察し始めたではないか!

「ななな…、何やってんだお前は!?」

実装石に性的興奮を覚え、性行為に及ぶ人間がいることは知っていた。確かジックス派とか
呼ばれる連中だ。
さすがにないわー、と思っていたがまさかこいつが…!?

「あー、なんか変だと思ったけどやっぱりかぁ」

驚いているオレに追い討ちをかけるように友人はパンチョの尻をこっちに向けてきた。

「なぁ、お前はコレ知ってたの?」
「な、何がだよ!? つかこっち向けんな!」
「んー、その様子だと知らないみたいね。 ほら、ここよく見て」
「いや、だから見せんなっての!」

嫌がるオレにしつこく食い下がる友人。いったい何だってんだよ。
しぶしぶオレは眉をひそめてパンチョの総排泄口を見る。

ううむ、グロイ…。注視するに耐えん。

「わかる? ここんとこ」

友人はもう片手でパンチョの股間を指差す。
なんだよ、そんなとこに何があるってんだよ!

・・・・・。

ナニかあった!!! あれは…、キノコ!?

パンチョの股間、総排泄口の少し上から3cm程のキノコが生えている!
サッと血の気が引いたのがわかった。ネットで調べていたときに見たことがある。
実装石にのみ寄生し、その体から養分を吸い取って成長するキノコ。確か実装茸といったか。
潜伏期間中なら薬で除去できるらしいが発芽してしまったらもう手遅れだと書いてあった。
まさかパンチョのやつ、寄生されていたのか!?

ショックで固まったオレを他所に友人は物珍しそうにそのキノコを眺めていた。

「な、なぁ…。それって…、キノコ?」

恐る恐る尋ねたオレにキョトンとし、次に笑い出した友人。

「ハハハッ! キノコっちゃキノコだね。 でもそんな言い方したらかわいそうだよ」

カワイソウ…、やっぱりか…。

「なんてこった…。まさかパンチョが実装茸に寄生されてたなんて…」

うなだれるオレ。友人はその様子をさらにキョトンとした顔で見つめ…

「アハハハハハ!! 違う、違うよ。 実装茸なんかじゃないって!」

大爆笑だ。ホッとした反面、なんか恥ずかしい。
実装茸じゃないならいったいなんなんだ。

「アハハ…。 これはマラだよ」

指で股間のキノコを弾く友人。 テチャッとパンチョが悲鳴を上げた。

「まら…?」
「マラだよ、マラ。 チ○コ!」
「チ○コって…、マラァァァ!?」
「テヂュゥ…」

下ろしてくれともがくパンチョ。 その股間でキノコの様なマラがプラプラと揺れた。

<つづく!>




     <あとがき>   と言う名の言い訳
えー、だいぶ時間が空いてしまいましたがパンチョ第3話です。
相変わらずグダグダと長ったらしい文章になってしまいました。もっとテキパキメリハリ書
けないもんかなぁ。
つか愛護ムズカシッ! 全然筆が…、もといキーボードが進みません…。
パンチョシリーズはこれから書くつもりでいる虐待話の導入部として作っているんですが、
いやはやなんとも。
さて、第2話である『捨てられた仔実装の生涯』を読んでくださった方々、ありがとうござ
います。その上で今作を読んだ方の中には「ん?」と思われた方もいるかと思います。
実は『捨てられた仔実装の生涯』は第1話『パンチョ』の過去話として作りました。ラスト
で生き残った仔実装がまさにパンチョです。
しょーもないイタズラ心を出して“続編と見せかけて過去話”という手法を取ったのですが
いかんせん文章力の無さからうまく伝えることができませんでした。
頂いたコメントの中に『無限ループ』という単語を見つけ、なんのこっちゃと思い読み返し
てみて初めて、なるほどそういう捉え方があったか!と気付いた次第です。
スク2発目の初心者が変にこだわった作りにしようとするからこうなる。反省ですな。
というわけで正式に続編の第3話です。1、2話の伏線を回収…しそこなってるかもしれま
せんが、できるだけ矛盾を潰しつつ次へ繋げたいと思います。
では、ここまで読んで頂きありがとうございました!

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