かれこれ3分ほど、オレはテーブルの上にあるコンビニ袋とにらめっこしていた。 大学の授業とその後のバイトを終え、コンビニで晩飯の弁当を買って下宿先のアパートに帰宅した。そしてテーブルの上に袋を投げ出した とき、小さくだが確かに テチッ… と聞こえたのだ。 よく見れば袋の中にうっすらと緑色のものが透けて見えた。もちろんそんな色の商品を買った覚えは無いし、その緑色は僅かに動いている。 いつまで袋を見ていてもしょうがない。オレはそーっと中を覗き込んだ。 案の定、中には仔実装石が1匹入っていた。これが託児ってやつか。話には聞いていたが実際に経験するのは初めてだ。それにしてもいつ の間にやられたんだろう…。仔実装の体長は10cmほど。さすがにこんなものを放り込まれたら気付いたはずだ。 いや待てよ…。思い当たる節がひとつあった。コンビニで弁当を買ったときに一緒に缶コーヒーも買った。そのままコンビニの駐車場で飲 みほしてゴミ箱に捨てに行ったのだが、あの時弁当の袋は車止めの上に置いたままだった。あの10秒あるかどうかの隙に親実装は託児し 、オレは気付かずにお持ち帰りしてしまったわけか…。ううむ、なんたる不覚! 改めて袋の中の仔実装を見やる。仔実装は四つん這いの格好で弁当の上に乗り、弁当を包むラップフィルムをくわえてギリギリと引っ張っ ている。どうやらフィルムが破れず、中の弁当を食べられなかったようだ。無我夢中で引っ張ってるうちに違うとこに力を入れてしまった のか、緑に染まったパンツがモコモコと膨らんだ。鼻に付く臭いが漂いだす。近所の公園からするのと同じ臭いだ。これはたまらん…。 「テェェェン! テェェェン!」 ついに仔実装が泣き出した。足を投げ出すように座ると天を仰いで涙を流す。 が、それによって覗き込むオレと目が合うことになった。 「テチャッ!?」 素っ頓狂な声を上げてビクッと跳ね起きた仔実装は、しばらくワタワタと右往左往していたが突然オレのほうを向いて止まると… 「テッチューン☆」 媚びた。 右手を頬に添えて小首を傾げるポーズ。 実装石たち自身は可愛さアピールのつもりだろうが、余程の愛護派でない限り不快感 しか抱かせないそのポーズで。 オレは虐待派ではない。かといって愛護派でもない。ごく普通の一般ピーポーだ。そんなオレをイラッとさせるにはそのポーズは十分な効 果を持っていた。 ポーズ自体が不快なのではない。それだけを見ればむしろ可愛らしいくらいだ。問題なのはそのポーズの真意、性根の部分が大きい。 現に目の前の仔実装は、固まって動かなくなったオレが自分の魅力にメロメロになったとでも思ったのだろう。満面の笑みで再び四つん這 いになると足元の弁当をペチペチと叩いてテチテチと鳴きだした。もうそれが貰えるものと思い、早く開けてよと言っているようだった。 気分はもう飼い実装なんだろう。 だがあいにくオレは実装石を飼うつもりはない。託児の場合、大抵すぐに親が一緒に飼われようとしてやってくるらしいから、親子共々速 やかにお帰り願おう。ただしそのまま帰してしまっては駄目らしい。託児した仔が無傷で帰ってくれば親は何度でも狙ってくるそうだ。何 度もやればそのうち飼ってくれると勝手に思い込んで。そのうち殺される…、とは考えないのは幸せ回路のなせる業か…。さらにそれが他 の実装石に知れてしまったら大変だ。自分たちこそが飼われようと大勢の実装石たちがこのアパートに押し寄せてくることになる。そうな らないようにこの仔実装にはキツいペナルティを受けてもらう必要がある。確か託児返しの基本は『禿裸の刑』だったな。 オレは袋の中の仔実装を掴みあげた。乱暴な扱いに小さな悲鳴が上がるが気にしない。もう片手で前髪を掴むとグイッと引っ張る。プチプ チプチという感触と共に前髪が根元からすべて抜けた。 「テチャッ!?」 一瞬、我が身に何が起こったのか理解できずに固まる仔実装。そのまま裏返して二束ある後ろ髪をまとめて掴み同じように引っ張る。前髪 より手応えはあったがやはり簡単に抜けた。それをゴミ箱に捨てる。 「テチャアアアアアア!!!」 はらはらと落ちる髪を見てようやく何をされたのか理解した仔実装が大きな声で鳴き、手の中でじたばたともがきながら落ちていく髪を求 める。その目から赤と緑の血涙が流れ出てオレの手を濡らす。 だがまだ手は休めない。さらに頭巾を引っぺがし前掛けも引きちぎる。そして実装服をつまんで引っ張ると思ったより簡単に服は破れた。 背中側がごっそり破れてしまったので『貧ぼっちゃま』の様な格好になった仔実装。 そういえば今の子供達は貧ぼっちゃまなんて知ってんのかなぁ、なんて思いながら前側も頂戴する。 あっと言う間に禿裸ならぬ禿パンツ一丁の仔実装ができあがった。パンツも破くつもりだったが現在進行形でパンコンしているので今破い たら大変なことになる。手は付けないでおいた。 人によってはさらに両手足を焼きつぶすそうだがオレはそこまではできない。まあここまでやれば十分だろう。実装石にとって髪と服は命 の次に大事なものだという。デタラメと称される彼女らの再生能力をもってしても一度失った髪は二度と生えることはなく、体毛が変化し てできたという実装服も同じく再生しない。そしてそれらを失った者の地位は彼女ら実装社会における最底辺、奴隷や食料といった扱いに まで一気に落ちる。身内にすらそういう目で見られてしまうのだから、彼女らの髪服に対する執着は半端ではない。その大切な髪と服をい っぺんに奪われてしまった仔実装はオレに掴まれたまま放心状態だ。血涙を流したままぐったりしている。これを親実装に叩き返してやれ ば少なくとも今後このアパートに近づこうという気は起こらないだろう。 さて、オレが託児されたと思われるコンビニからここまでは人間の足で約5分、成体実装石ならそろそろ到着する頃だ。オレの部屋は二階 にある。実装石ではあの急な階段は昇れないだろう。変に暴れられて下の住人の迷惑になられても困る。どのみち仔実装をリリースするに は外に出なくちゃならないしな。そう考えて玄関でサンダルをつっかけた時だった。 キキィィィィィィ!!! どちゃっ… 急ブレーキをかける車の音。そして水っぽい衝突音した。 「やっちまった!! 昨日洗車したばっかだったのによぉ!」 続いてガラの悪そうなおっさんの声。外に出るとタクシーが1台走り去って行くのが見えた。目の前の道路では赤と緑の肉塊が同じく赤と 緑の染みを広げていた。 ・・・・・片付けてけよ…。 結局オレは仔実装を掴んだまま部屋へ引き返した。 あの後、放心状態だった仔実装はおそらく臭いで目の前に『ある』のが自分の母親だと気付いたのだろう。オレの手の中で凄まじい勢いで 泣きはじめた。盛り上がっていたパンツがさらに2倍3倍へと膨れていく。母親だった『それ』に短い手を限界まで伸ばし両目から血涙を ドバドバ流しながらテチャア、テチャアと必死に呼びかけていた。 そうこうしているうちに周りがざわつきだした。同じアパートの住人、あるいは近所の人達が何ごとかと外に出始めたらしい。 まずい。この状況でいかにも虐待しましたと言わんばかりの姿の仔実装を掴んだままここにいるのはヒジョーにまずい気がする。焦ったオ レは仔実装をリリースするのも忘れて慌てて自室へと駆け戻ってしまったのだ。 そして今に至る。件の仔実装はテーブルの上に置いた風呂桶の中にいる。いったいどこにそんな量が収まっていたのかと思うほど大量の糞 を漏らし続け、ついにはパンツからも溢れ出したためひとまずそこに放り込んでおいた。部屋の中はすごい臭いだ。明日はファブ○ーズを 買ってこなければなるまい。 桶の中からは もぉぉん もぉぉん とくぐもった泣き声が聞こえてくる。あまりにうるさかったので口にセロハンテープを貼り付けてお いた。だが一時に比べるとだいぶ落ち着いてきたようだ。必死に口に貼られたテープを剥がそうとしている。しかし実装石の丸い手ではぴ ったりと貼りついたテープを剥がすのは難しい。 それにしても予想外の展開だ。本当ならノコノコやってきた親実装に禿パンツ一丁に剥いた仔実装を叩きつけ、もう託児なんかするな!と 脅しつけて帰す。そして今頃はテレビでも見ながら奇跡的に無事だった弁当を食べていたはずだろうに…。 こいつ、どうしよう…。改めて桶の中の仔実装を観察してみる。どうやらテープを剥がすのは諦めたらしい。目に涙を浮かべたままじっと こっちの様子をうかがっている。癇癪を起こしたり糞を投げたりはしてこない。 ふむ、案外おとなしいな。 袋の中のこいつを発見したときからのことを思い返してみる。どうも糞蟲というほどではなかった気がする。 てか、オレが実装石に興味を持つなんて自分でも珍しいと思う。せっかくだし話でもしてみるか。オレは携帯の付属アプリの実装リンガル を起動した。 「おい、仔実装。オレの言うことがわかるか?」 「もん もん もぉぉん…」 テープ剥がすの忘れてた…。べりっと一気に引っぺがす。 「テチャァッ!! (痛いテチィィィ!!)」 仔実装の悲鳴が携帯の液晶に翻訳されて表示されたのを確認してからオレは再び質問する。 「おい、オレの言うことがわかるか?」 「テェェェン ニンゲンさん、許してテチィ…。 痛いのイヤテチィ…」 赤くなった口の周りを擦りながら泣く仔実装。 お、意外に素直。母親が死んだことが相当ショックらしいな。実装石にしちゃ家族思いな方なんじゃないだろうか。 「その、なんだ? お袋さんのことは残念だったな」 「テッ!? ママ… ママ死んじゃったテチ…」 透明だった涙に色が混じりだす。 「オネチャタチもみんな死んじゃったテチ…。 ワタチはもうひとりぼっちテチィ…」 家族のことを思い出したのか テェェェン と泣き出してしまう。 そういや先日、友人が地域行事で公園の野良実装の大規模駆除に参加したって言ってたなぁ。餌も豊富なこの晩春にあえて危険の伴う託児 するということは、その駆除からなんとか逃げ出せたものの、住処も蓄えもすべてを失って生きていけなくなったからか。 「それでおまえ、これからどうする? 公園に帰るならそこまで連れてってやるぞ?」 オレは今後のことを本人に聞いてみた。しかしこの言葉は仔実装にとって予想外だったらしく目をパチクリしながらオレの顔を見た。 「テェ…、 ニンゲンさん、ギャクタイハじゃないテチィ…?」 おずおずと尋ねてくる仔実装。 こいつ、オレのことを虐待派だと思っていたのか。 まあ無理もないか。 目が合うなり乱暴に禿パンツ一丁に剥かれたんだからな。 「違う。 おまえの髪と服を奪ったのは託児に対するペナルティー、罰だ。 人間は実装石に託児をされると怒るんだ。 覚えておけ」 「テェェェ…」 「それで? どうすんだ? 公園に帰りたいのか?」 仔実装はモジモジと体を揺すり、しばらく言いよどんだ後で意を決したように口を開いた。 「お髪もお服もないテチィ…、守ってくれるママも死んじゃったテチィ…、公園に帰ってもきっとすぐ死んじゃうテチ…。 だからニンゲ ンさん、ワタチを飼って欲しいテチ! いい仔にするテチ、お願いしますテチィ!!」 そう言って土下座する仔実装。ザブンと顔が糞の中に沈む。そのままフリーズした仔実装を眺めながらオレは思っていた。 やっぱりこいつは糞蟲じゃないようだ。少なくとも今は…。 見ていておもしろくすらある。退屈しのぎにはなるかもしれないな。 ふと、オレは意味もなく自分の部屋を見渡した。 実家を離れての一人暮らし、残念ながら彼女もいない。友達も少ない方だ。 家にいれ ばテレビを見るかゲームをするかくらい。なんとも寂しいじゃないか。 こいつを飼ってみたら少しは変わるかもしれない。それが良い方 向に行くか悪い方向に行くかはわからないが…。 オレは深呼吸して(糞の臭いにむせて)決心した。 「わかった。 飼ってやる」 仔実装はがばっと顔を上げて糞まみれの顔で目を輝かせる。息をガマンしてたため呼吸が荒い。 「テッ テッ ほ、ほんとテチ!? ほんとに ゲホッ ほんとに飼い実装になれるテチ!?」 「ただし、この家で飼われる以上、オレの言うことは絶対だぞ」 「やったテチ! 憧れの飼い実装テチ! ママの分も、オネチャタチの分も幸せになるテッチュン☆ ニンゲンさん、よろしくお願いしま すテチ!」 糞のプールでパチャパチャとはしゃぐ仔実装。テーブルの上にも飛び出した糞飛沫が跳ねる。 それを見てもちろんいい気分はしないが、 まあ髪と服と親まで失ってドン底まで落ちた直後に実装石にとって夢の飼いになれたんだから 興奮するのも無理はないか。今回は大目に見てやろう。さて、とりあえずこの糞と糞まみれのチビをどうにかしなくちゃな。 オレは桶ごと持ち上げて風呂場に向かった。 桶から仔実装を摘み上げて風呂場にリリース。未だ興奮状態の仔実装はテチャテチャ言いながら走り回っている。それをよそに桶の中の糞 を排水溝に流し、シャワーで残った糞も洗い流す。そうしてるうちに冷水だったシャワーがぬるま湯の温度に上がった。 「おい、パンツを脱げ」 「テッ!?」 ぴたっと動きを止めて固まる仔実装。 「パ・ン・ツ・を・脱・げ!」 「テ、テチャァ…」 素直に脱ぎ始めたのはいいがなんか顔が赤いぞ…。いったい何を考えてんだ。 脱いだパンツはとりあえず手桶のほうに放り込んでおく。仔実装はそれを不安そうに見つめている。髪と服を失った仔実装にとってこのパ ンツが最後の財産だ。それが手の届かないところにあるのが心配なんだろう。手桶に向かって歩みだした。それを捕まえて頭からシャワー をかけてやる。最初はびっくりして暴れたが、すぐに気持ちよさそうに テッチューン と甘えた声を出し始めた。 「あったかいお水テチー。 気持ちいいテチー。 こんなのはじめてテチー」 水場なので携帯はポケットの中。リンガルは使えないが仔実装が喜んでるのは一目でわかる。なんだか新鮮な感覚だ。 体にこびり付いていた糞をあらかた流し終えたら、桶に仔実装の腰の高さくらいまで湯を溜めてやる。その中に仔実装を入れてやると、ま たしてもパチャパチャと遊びだした。 「こら、遊ぶな。肩まで浸かっておとなしくしてろ」 言われたことを理解したらしくチョコンと湯の中に座り込む。ちょうど湯面は仔実装の首の辺りだ。 これはこれで気持ちいいと悟ったの だろう。 テチー とため息の様な吐息を漏らして目をつぶった。 その間に手桶の中のパンツをボディソープを使って洗う。元が白だったとは思えない深緑のパンツ。実装服の脆さは先ほど体験済みなので 慎重に丁寧に洗った。やがて苔のようだったパンツの色はどうにか薄緑にまで落ちた。とりあえずこんなもんだろう。あんまり落ちないよ うなら漂白剤でも使ってみるか…? なんてことを考えてたら桶のほうからバシャバシャッと音がした。どうやら仔実装が居眠りこいて沈没したようだ。ゴホゴホと咳き込んで いる。 それを掴みあげて手に取ったボディソープを泡立てながら体を洗ってやる。禿だしシャンプーはいらないだろ。そのまま頭皮もボディソー プで洗う。染み付いてた糞なのか垢なのか、泡がだんだん緑になっていくのには驚いた。 「アワアワテチー! これがママの言ってたアワアワのお風呂テチー! アワアワおいしそうテチ、きっとアマアマテチー!」 仔実装は泡を捕まえて割ったり、口に運んだりしている。そのうち手に付いた泡の塊をズゾッと吸い込み… 「テビャッ…!」 と吐き出した。 「アワアワまずいテチー… 全然甘くないテチー…」 リンガルを使ってないので何を言ってるかわらないがなんだか賑やかなやつだ。愛嬌のあるその仕草もなかなか楽しませてくれる。オレは いつの間にか頬が緩んでいることに気が付いた。 ひと通り洗い終わって泡をよく流したら脱衣所でタオルで拭いてやる。禿は拭くのも簡単だ。仔実装は上機嫌で テッテロテー と調子外 れなメロディーを口ずさんでいる。洗濯したパンツはドライヤーで乾かす。小さいのですぐに乾いた。それを仔実装に返してやる。 「テェェ!? パンツがピカピカテチッ! まるで新品のようテチ!」 再びリンガルを起動させた携帯に仔実装の驚きの言葉が表示される。まだまだ緑の強いパンツだが元がアレだけにそうとう綺麗に見えてる んだろう。 (実装石基準で)綺麗になったパンツを穿き、クルクルと回っている仔実装にまたしても頬が緩んでしまう。 オレって実は愛護派気質だったのかなぁ。 ぐぅ——— 鳴ったのはオレの腹だ。考えてみたら晩飯食ってねえや。 仔実装をテーブルの上に置いておき、件のコンビニ弁当をレンジで温める。その様子を不思議そうに眺めていた仔実装だが温め終わって取 り出された弁当の匂いを嗅いだ瞬間、ものすごい量のよだれをドバッと溢れさせた。 構造上、口が閉まりきらない実装石はよだれや咀嚼物をこぼし易い。そのため、服の一部を前掛けに進化させたという説もあるくらいだ。 ともかくこいつが腹を減らしているのはわかった。 実装石…、特に仔実装にあまり人の食べ物を与えてはいけないらしいのだが、あいに く実装フードなんて置いちゃいないし…。 今日くらいならいいか…。仔実装の前に唐揚げをひとつ転がしてやる。 「食っていいぞ」 と言い終る前に、仔実装は自分の頭くらいの大きさ(実装石は2.5頭身)の唐揚げに飛びついた。 あっ、と思ったときには 「テッチャァァァァァァッ!!!」 と叫んでのたうっていた。 レンジから出したばかりの熱々ホカホカの唐揚げだ。そんなものに裸同然で抱きついたんだから当然だ。胸から腹にかけて、そして両腕 が真っ赤になっている。 「おいバカッ! 何やってんだ!」 慌てて濡らしたティッシュで冷やしてやる。 それがまたしみるらしくジタバタと逃げようとしたので、少し強めに押さえつけるとしばら くしてようやくおとなしくなった。せっかく洗ってやったパンツは再びこんもりして緑色になっている。 「まったく…。湯気が出るほど熱いもんに抱きつくバカがいるか」 オレは涙目で横たわる仔実装を見下ろし呆れ返っていた。 パンツは脱がし、水洗いしてまたドライヤーで乾かした。赤くなった箇所は幸 い火傷という程ではなく、しばらくすれば回復できる程度のものだった。オレは自分の弁当を食いながらそれを待つ。 実際、思ったより早く仔実装は起き上がってきて物ほしそうにオレを見上げてきた。 オレはさっきの唐揚げをほぐして入れた小皿を目の前に置いてやった。ほぐしたことで温度はもうずいぶん下がっているが、さすがに今度 は飛びつくようなことはせず、恐る恐る手を伸ばしてちょんちょんとつついている。やがて熱くないとわかった仔実装は欠片をつまみあ げると口の中に放り込んでクチャクチャと噛みだした。 その瞬間… 「テッチャァァァァァァッ!!!」 さっきとは明らかに違うイントネーションで叫び、飛び上がる仔実装。その顔はだらしなく緩み、閉じきらない口の端からはよだれが溢れ 出ている。そして口の中の肉片をゴクンと飲み込むと、小皿のふちに手をついてほぐされた唐揚げをがっつきだした。いわゆる犬食いだ。 手を使わず、顔を肉汁と油だらけにして一心不乱にガツガツと食いあさっている。 まったく…、さっき洗ってやったばかりなのにな。 オレが弁当を食い終わってペットボトルのお茶で一息入れている頃、仔実装も唐揚げを食い終わったらしく テチー と満足そうな声が聞 こえた。見れば小皿に入れた唐揚げはすっかり消えてなくなっている。これには驚いた。自身の半分近い大きさのものをよくまあ食いきっ たもんだ。仔実装の腹は真ん丸く膨らんでいて出来の悪い雪だるまのようだった。 オレはリンガルを起動しっぱなしだった携帯を手に取り、仔実装に話しかけた。 「おい、うまかったか?」 「サイコーテチィ。こんなオイシイお肉ははじめてテチィ。 ママがたまに取ってきた骨にくっついたお肉はすっぱい味がしたテチ」 おそらく母親がゴミ漁りで得た残飯のことだろう。腐りかけた生ゴミでも実装石達にとってはご馳走だ。こいつも当時は喜んで食っただ ろうに…。一度上を知ってしまうと二度とそれ以下を認められないのが実装石の性だ。やっぱり人のものを食わせるべきじゃなかったか な…? 「テェェェ…、 体がヌルヌルして気持ち悪いテチィ」 オレの後悔をよそに仔実装が体の不快感を訴えてくる。ゲップする仔実装を掴み上げ、油でベタベタになった体をお湯で洗う。今度はわざ わざ風呂を使わずに台所の流しで済ませた。 体を拭き終わった仔実装に干しといたパンツを返してやると 「テェ? また少しキレイになったテチ! ニンゲンさんはお洗濯の天才テチー!!」 などとパンツを片手に大はしゃぎだ。洗うたびに綺麗になるパンツに感動してるらしい。さっそくパンツを穿くと腰に手を当てて胸を張る ようなポーズをした。 パンツ一丁でしかも禿。それでビシッとポーズを決める姿がおかしくてつい吹き出してしまった。オレのツバ飛沫を浴びて仔実装は小さな 悲鳴をあげて後ろにコケた。 その時、唐突にオレの頭に浮かんだものがあった。 「そうだ、パンチョ…。 うん、おまえの名前はパンチョだ!」 「テエ?」 オレが思いついたのはこいつの名前。もちろん『パンツ一丁』から取った。 我ながら安直なネーミングセンスだと思うが、当の仔実装自 身は天にも昇らんほどの喜びようだ。 「お名前テチ!? ワタチのお名前テチ!? やったテチ!お名前もらったテチ! ワタチはパンチョテチィ!!」 実装石にとって個人の名前は大きな意味を持つらしい。彼女らは自分で名前が付けられない。そういう発想というか概念に欠けるため、親 は仔のことを『長女、次女、三女』といった生まれた順番で呼び、仔同士もその名称で呼び合う。そのため自分自身の名前を持つことは特 別なこと。飼い実装であることの最大のステータスなんだそうな。 目の前の仔実装、もといパンチョは半狂乱になってテーブルの上を走り回っている。ともすれば落っこちそうで見ていてハラハラする。 オレはベッドの下から靴を買ったときの空き箱を引っ張り出した。その中に古くなったタオルを敷いて簡単な寝床を作ってやった。 息切れして寝転んでいたパンチョをその中に入れてやる。狭い空間に入れられたパンチョは少し不安そうだったが、すぐに足元の柔らかさ に気付き、ダイブするように寝転んだ。 「すごいテチー。 ふわふわで気持ちいいテチー…」 そう新しいタオルでもないのでゴワゴワしているのだが、野良時代の寝床に比べたら相当フカフカした感触なんだろう。寝床の中で突っ伏 したまま手足をイゴイゴと動かしている。なんだか猫がやる授乳行動、毛布とかくわえて足で踏み踏みするアレみたいで少し和んだ。きっ とまたオレの頬は緩んでいたことだろう。 しばらく眺めてたらやがてパンチョは動かなくなり、代わりに テチュー テチュー と寝息の様なものが聞こえていた。どうやらそのま ま寝てしまったらしい。 一日、というか数時間の間にいろんなことがあったからな。疲れていたんだろう。腹も膨れたことで一気に睡魔に襲われたか…。 オレはパンチョを起こさないよう気をつけながら、寝床になった箱をうっかり踏んでしまわないように部屋の隅に置いた。 それにしてもまったくおかしなことになったもんだ。オレが実装石を飼うなんてなぁ。 寝息を立てるパンチョの入った靴箱から離れ、オレはパソコンデスクに着いた。パソコンを立ち上げている間、オレは友人に実装石を飼う ことにした、とメールを打った。彼は虐待派だがそれゆえ実装石に詳しい。オレの中の実装石の知識は彼から教わったものだ。まあ興味の なかったオレはほとんど右から左へ聞き流していたので半端な知識しかないが…。今度はしっかり実装飼いのコツでも教えてもらおう。 立ち上がったパソコンでネットを開き、実装石の飼い方について調べる。せっかく飼うからにはきちんと育てたい。 部屋の隅の箱の中でパンチョが歯軋りしながら寝返りをうつ音がした。 < 続く > ってか続けられたらいいなぁ…
