リンガル、コロリ、ドドンパ。 これらさまざまな実装グッズが手軽に購入できるようになって 実の所まだ10年と経っていないのだ。 としあきは副業として実装石の調教をしている。 その腕前はアマチュアながらなかなかに評判で、 3級ながら実装調教師の資格も持っている。 彼の躾けた実装石を飼う愛護派は口をそろえてこう言う。 「とても物覚えがよく大人しい」 はっきりと言うならば実装石に学習と言う概念は無い。 一見賢そうに見えるものもいるにはいるが、 それは偽石に蓄積された記憶および胎教で与えられた知識にしたがって 行動しているだけであり後天的な知識は皆無に等しい。 仮にあったとしてもおよそ一週間で無に帰す。 つまり実装石にとって何かを覚えると言う事は 生物としての摂理に反した結果と言う事が出来る。 にも関わらず物覚えが良いと評されるにはタネがある。 —————— としあきはリンガルを使わない。 多くの人間が誤解している事なのだが リンガルによって確かに言葉は理解できる。 しかし実装石は元来会話と言う文化を持っていない。 デスデステチテチやかましいあの鳴き声がその実 同族同士ですら正確な意思疎通を成していないと言う事を どれだけの人間が知っている事だろう。 同族同士で通じていない意志を人間の、しかもリンガル越しの 言葉で伝えられると考えることがそもそも間違いなのである。 これによって多くの愛護派と虐待派が互いの溝を深めているわけだが それはまた別の話。 副業と言う事もありとしあきの調教は少数精鋭。 多数の仔ないし蛆を集め平等に教育。適時不適正な個体を除去。 多くの調教師が取るスタイルをとしあきも用いている。 初期の間引きを済ませ残った仔実装にとしあきは トイレ、食事、清掃の三つを教え込む。 リンガル無しだと方法も限られてくるが 犬猫同様粗相に対し罰を与える事をひたすら繰り返す だがその際にとしあきは声を上げない。 黙々と死にかねない程度—実際死ぬ個体も少なく無いが—の体罰を与え続ける。 言葉が通じないのも理由のひとつだが それ以上に『怒り』と『体罰』を因果づける必要があるからだ。 この二つが必ずセットであるという事を理解させるのに言葉は必要ない。 むしろ言葉と体罰をリンクさせてしまい大きな音=危険と判断し 騒ぎ出したりパンコンしたりしてしまう個体になってしまう可能性すらある。 もちろん、と言うべきか。 先に述べたとおりこんなものでは実装石は学習しない。 実際実装石達もとしあきの体罰に対して怯えはするものの その原因まで考えている個体はキッパリいないと断言できる。 だがとしあきはこの結果の見えない調教を続ける。 続けて続けて、一ヶ月も経つ頃にはもう数えるくらいしかいなくなった頃。 「そろそろ頃合か」 と、つぶやく。 緑色の油絵具を棚から引っ張り出し、すっかり年季の入った ボロのヘラですくい取り……もう分かる人には分かるだろう、 今まで調教してきた実装石の目に擦り付けた。 見る見る間に膨らむ実装石たちの腹。 それから十日弱は調教をやめ、充分な栄養を与え放置する。 としあきはその胎教の内容を知ることは無いが、 概ね順調である事をその歌の調子で判断していた。 そして迎える出産の時。 テッテレー!! テッテレー!! テッテレー!! 親から仔へと受け継がれた偽石の情報、それには親実装が最後まで理解できなかった 人間の怒りと体罰の因果関係も含まれている。 胎教の歌からは人間が都合の良い奴隷などではなく 同族を虐め殺す恐ろしい存在であると戒める知識が与えられる。 無論それでもほとんどの仔実装は糞蟲である。 この通常とは異なった過程で誕生した個体に 親同様—と言うかそれ以上—の教育を施す事により 『聞き分けの良い大人しい実装ちゃん』が生まれるのである。 実装石の石格形成に最も大きな影響を及ぼす偽石の記憶と胎教。 手間はかかるがこれによって躾けられた内容はメッキが非常にはがれにくい。 結果卑屈な個体が多く見られる事となるが、 躾済み実装石に調教師の個性が見られるのはこのクソ単純な生物では珍しくない。 虐待師にとっても『そういう個体』を好んで虐待する人間も居る。 結局は需要と供給なのである。 としあきはリンガルを使わない。 ある種プロ意識とも取れるそのスタンスは愛護派虐待派問わず好評を得ているが その本業を知れば何のことは無いと分かる。 実装駆除業者。 つまり実装石のほざく言葉など耳にタコなのである。 これは実装石を嫌う青年が、それゆえに実装石に関わる才能を開花させてしまった 悲しい事例だと言う事をただ遺憾に思うばかりである。
