タイトル:【観/燈】 実装燈の観察
ファイル:ワタシの可愛い仔.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:8935 レス数:0
初投稿日時:2010/08/23-20:51:27修正日時:2010/08/23-20:51:27
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 ワタシの可愛い仔









ようやく手足が動くようになった。

(何が……あったんデス……)

倒れ伏していたその実装石は、まだあちこちに痺れが残る身体をどうにか起こしながら、
今しがた自分の身に起きたことを心の中で反芻する。


公園内の同属たちとの無用な争いを避けるため、わざわざ夜更けを待って
公衆便所へ水を汲みに行った帰り道だった。

小さな羽音が聞こえたと思った次の瞬間、背中に刺すような痛みが走り、
そこから全身に痺れが広がった。

次に、身体に何かを挿入される感触があったのを覚えている。


(まさか……実装燈デス?)

全身からどっと汗が噴き出す。


幼い頃母に教えられた恐ろしい天敵たちの一つ、実装燈。

それは、夜闇に紛れて音もなく忍び寄り、風切羽の毒で痺れさせた実装石に
幼生である蛆実燈を産み付ける。

そして、産み付けられた蛆実燈は宿主の身体を食い荒らし、
やがて仔実装燈となって、肉と皮膚とを突き破って出てくるのだ。


(何かのまちがいデス……あれは、明るい夜には出ない筈デス)

実装シリーズの中で最も小柄な実装燈にとって、本来、実装石は大きすぎる獲物だ。

痺れ毒を打ち込むためのアドバンテージは、空を飛べること以外には1つしかない。

闇に紛れやすい、黒を基調とした配色。


そのため、実装燈の狩りが行われるのは、ほとんどの場合は新月の晩のはずだった。

少なくとも、母にはそう教えられた。


(……月が……月が……隠れてるデス)

この時になって、やっと実装石は気づいた。


つい先ほどまで公園中を煌々と照らしていたはずの満月が、すっかりと雲に覆われている。

帰り道を急ぐあまり、いつの間にか雲が出ていたのに気づかなかったのだ。




(…………)

迂闊だった。

ダンボールハウスを出たときに、一番近い外灯が消えているのは気づいていた。

あの時に、嫌な予感はしていたのだ。

その外灯の下でこそ、家を目前にして、こうして自分は襲われたのではないか。


『デ……デヒッ、デヒッ……ヒッ……ヒ、ヒッ…………』

嗚咽が漏れた。




(…………)

それからどうやってダンボールハウスに帰り着いたかは覚えていない。

『『zzzzz』』

気づいたときには、小さな寝息を立てている2匹の仔たちの枕元に座っていた。


(この仔たちを巣立たさせるまでは死ねないデス……)

この実装石、親実装はそう思った。


この公園での生存競争は厳しく、初仔たちは全滅だった。

2回目の仔たちは、1匹を残して死んだ。

いや、その1匹とて死んだのを自分の目で確認していないというだけだ。

託児した仔が無事に生きている可能性は低い。それぐらいはこの親実装も知っている。


3回目となる今回は、過去2回の教訓を活かし、間引きも躾も厳しいくらいにやった。

そのおかげで今回は順調だったのだ。

少なくとも、今晩までは。


(まだ決まったわけじゃないデス……あれが実装燈とは限らないデス……)

心の中で何度もそう繰り返した。




翌日、昼近くになって親実装は仔実装たちに起こされた。

とても眠る気にはなれなかったのだが、それでも、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。


『……デ、寝坊したデス』

『あ、やっとママ起きたテチ』
『大丈夫テチ?』

2匹の仔実装が心配そうに親実装の顔を覗き込む。

『大丈夫デス。おまえたち、ご飯はどうしたデス』

『まだテチ。待ってたテチ』
『もうお腹ぺこぺこテチ』

『ごめんデス、さ、起きてご飯にし……!?』

そう言いかけて親実装の動きが止まる。

今、身体の中で、何かが動いた。

ちょうど、昨夜何かを挿入される異物感のあった、肩甲骨の下の辺り。

『デ、デデデ、デ、デ!?』

慌ててそこに手をやるが、何もなかった。

だが、身体の中で何かが動いているのは間違いない。

はっきりと感じる。

蛆実燈は、既に親実装の身体の奥へと向かっていた。



(…………)

もう間違いない。認めざるを得ない。

実装燈に蛆実燈を産み付けられた。

今、自分は無慈悲な寄生者によって、その身を食い荒らされようとしている。

『ママ?』
『泣いてるテチ?』

『……』

親実装は泣いた。

2匹の仔を両の腕に抱きしめて、泣いた。

『ママ、痛いテチ?』
『泣かないでテチ』

『……』




翌朝には、いつも通りにゴミ捨て場に向かう親実装の姿があった。

彼女はあれから考えた。今、自分に何ができるのか、何をするべきなのか、と。


蛆実燈を自力で取り出すのは不可能だろうし、仔たちにそれができるとも思えない。


公園には、蛆実燈の摘出を頼めるような仲間もいない。

お世辞にも平和とは言えないこの公園でそんな真似をすれば、
仔たちもろとも同属たちの胃袋に収まるのが関の山だ。


となれば、自分がなすべきことはただ1つ。

残される仔たちのために、十分な食料や生活物資を蓄えておくこと。


だが、間に合うだろうか?

仔たちが巣立ちできるまでには、贔屓目に見てもまだ一ヶ月近く掛かりそうだ。

(ワタシは……あとどれぐらい生きられるデス?)

かつて母から聞いた話が本当なら、実装燈が身体を食い破って出てくるのは、
卵を産み付けられてから最初の満月の晩のはずだ。


次の満月までどれぐらいの時間があるかは経験としてわかる。

およそ一ヶ月。

もっとも、その一ヶ月という時間も体感的なものだが。


(……なんとか間に合いそうデス)




『わあ、ママすごいテチ』
『こんないっぱいのゴハン見たことないテチ』

それから数日ほどは順調であった。

なり振り構わぬ必死さの甲斐もあって、食料は予定以上のペースで進んでいた。


幸いなことに、想像していたほどの痛みがないことも大きい。

(もしかして……あれは……悪い夢だったデス?)

そんな都合のいい妄想に浸りかける度、身体の奥深くから伝わる蛆実燈の動きが、
親実装を現実に引き戻した。


それほどの痛みが無いのは当然のことである。

過度の痛みで宿主が動けなくなれば、蛆実燈自身も危うくなる。

それを避けるために蛆実燈は、宿主が痛みを感じにくくする成分を分泌していた。




『さあ、たくさん食べるデス』

『『いただきまーすテチ』』

リンゴの芯、カビだらけのパン、サンマの腸、などなど。

親実装が頑張ったおかげで、今日の食事はずいぶんと豪華だ。

『リンゴ、おいしいテチ』
『パンもおいしいテチ』

『ちゃんと種も食べなきゃ駄目デス。
 あ、茶色いの残しちゃ駄目デス!』

『テー、サンマ苦いテチ』
『ワタシもこれ苦手テチ』

『好き嫌いしちゃ駄目デス!
 何でも食べて早く大きくなるデス!』

『『はいテチ……』』

『それでいいデス♪』

渋々ながらもサンマの腸を口に運ぶ2匹の仔を見て、
いつかサンマの身も食べさせてやれたらな、と親実装は思った。


親実装に自覚はないが、実装燈に襲われたあの晩を境に、彼女は変わった。

もともと仔たちへの愛情が深く、献身的な個体ではあったが、
仔たちを無事に巣立たせたいという思いは、より強くなった。

何よりも、生きようとする気力は、あの晩以前とは比較にならない。


(この仔たちだけは、なんとしてでも巣立ちさせるデス……)

そう考えるとだけで、力が全身にみなぎってくるようだ。

彼女は、自分がどれだけ仔たちを愛していたか、あらためて思い知らされた気がした。


これは、親実装の精神的な強さや、仔たちへの愛情だけのせいではない。

蛆実燈が分泌している成分には、痛みばかりではなく、
恐怖や絶望を和らげ、宿主に生きる気力を与える効果もある。

恐怖と絶望のあまりに宿主が発狂したり自暴自棄になるのは、蛆実燈にとっても都合が悪い。




そして、もう1つ。第3の効果がある。




8日目の朝のことだ。

ゴミ置き場へ向かうべく公園を出た親実装は、いつものT字路に突き当たった。

ここを右にしばらく行くと、目的のゴミ置き場はある。


キラリ

(?)

視界の端で何かが光った気がした。

(……あれは、何デス?)

左の道の先で、何かが光っている。

妙に気になる。

しかし、わざわざ確認に行っていたのでは、ゴミ漁りの競争に出遅れてしまうだろう。

(後で見てみるデス)


キラリ

今度は強く光る。

(ちょっとだけ、ちょっとだけ見てみるデス)

結局、親実装は左の道へと行ってしまう。


光の正体は、ガラス片。

ただ、2センチ四方もない大きさなのだが、グラスか何かの一部だったようで、
表面にはかなり複雑な意匠のカットが施されている。

それが、太陽にかざしてみる度に違う光り方をする。

『きれいデス……』

思わずため息が漏れた。

『きっと、ワタシの仔も喜んでくれるデス……』

ガラス片を大事そうにコンビニ袋に入れると、親実装はもと来た道を引き返した。




案の定、ゴミ置き場に親実装が到着したときには既に競争は終わっており、
手に入れられたのは、わずかな野菜屑ばかりであった。

少しでも多くの食料を確保しなければならないのに、一日分のロスは大きい。


にも関わらず、公園へと帰る親実装の足取りは軽かった。

きらきらと光るガラス片を、かわいい我が仔がどれだけ喜ぶかと思うと、
今朝の食料調達が不振に終わったことも気にならなかった。


彼女は、きらきら光るものを目立つところに置いてはいけない、と
母に教わったことを覚えていなかったのだろうか。

それは、恐ろしいカラスや実装燈を惹きつけてしまうのだ、と。




『『ママ、おかえりなさ……』』

帰宅した親実装は、そそくさとガラス片を取り出すと、
面倒くさそうにコンビニ袋を仔たちに投げつけた。

『……』

彼女は手にしたガラス片をうっとりと眺めている。

『ママ、どうかしたテチ?』

『……』

そんな母の姿を不審に思った長女の問いにも答えない。
そもそも、仔たちの声さえ耳に届いていないようだ。


『それ、何テチ?ワタシにも見せてテチ』

母が無心で見つめているものが気になった次女が、その手元を覗こうとすると—————


『デシャアアアアアアアアッ!!』

『『テッ!?』』

威嚇した。

『これは、これは、ワタシの可愛い仔にあげるんデシャアアアアッ!
 おまえらみたいな………………!?』

そこで我に返った。

今、自分はなんと言った?

ワタシの可愛い仔?

目の前にいる2匹の他に、どこにいると言うのだ?

可愛い仔?

それを言うなら、可愛い仔たちではないのか?

嫌な汗が背中を伝う。


『『……』』

ダンボールハウスの隅で寄り添って震えている2匹の仔たちに微笑みかけ、

『ご、ごめんなさいデス。ママ、ちょっと疲れてるデス』

どうにか取り繕おうとするのだが、仔実装たちはよほど驚いたらしく、
その顔からはなかなか怯えの色が消えない。

『今日はご飯が取れなかったから、ちょっといらいらしてたデス』

『『……』』

『おまえたち、これだけじゃ足りないデス?
 貯めてたご飯もちょっとだけ食べるデス』

『『……はいテチ』』

そろそろと仔実装たちが近づいてきたが、その顔にはまだ怯えの色が濃くにじみ出ていた。

(なんでワタシはこんなガラスを拾ってきたデス……
 光るものが好きなんて、まるで、カラスか実装燈……)

そこまで考えて、今自分の身に起きている事を思い出してぞっとし、
手にしていたガラス片を慌てて放り出した。




単純な話である。

いくら蛆実燈が宿主の痛みを和らげようが、恐怖を和らげようが、
それは、宿主を外的な脅威から守るためのものでしかない。

それだけでは駄目なのだ。

宿主から自分を守る必要がある。

ちょっと賢くて団結力のある群れに身を置く実装石なら、
早い段階で仲間の助力を仰ぎ、蛆実燈の摘出を試みるかもしれない。

そうでなくとも、いざ宿主の身体を食い破って飛び立とうというときに、
思わぬ反撃を受ける可能性もある。


では、自分のことを、体内に侵入した異物ではなく「我が仔」だと認識させればどうだろう?

これなら、宿主から自分の身を守れるばかりではなく、
きっと宿主は自分を守るために必死になってもくれるだろう。

これこそが、蛆実燈の分泌する成分の第3の効果である。

この効果の副作用なのか、親実装の右目にはうっすらと緑味がかかっているようだ。




それでも、賢く、愛情も深い個体であった親実装はよく耐えた。

ともすれば身体に巣食う蛆実燈に向けそうになる愛情を、
意志の力でどうにか目の前の2匹の仔実装たちに向け、
その世話を焼き、必死になって食料を集めた。




しかし、意志の力ではどうにもならない事もある。


11日目。

親実装は、昼近くになってもダンボールハウスの中にうずくまっていた。

『ママ、大丈夫テチ?』
『どこか痛いテチ?』

『大丈夫デス……ちょっと疲れただけデス』


いくら痛みを感じなくとも、生きる気力に満ち溢れていようが、
身体中を蛆実燈に食い荒らされていることに変わりはない。

筋肉や神経、重要な器官への積み重なったダメージにより、
とうとう動けなくなったのだ。

(おかしいデス……満月まではまだだいぶあるはずデス……)




蛆実燈が成長するにつれて、その分泌物の量も多くなっている。

12日目には、とうとう思考が本格的に犯された。


『ママ、お腹すいたテチ』
『あそこのご飯、食べてもいいテチ?』

『好きにするデス……』

仔たちに鬱陶しそうに答える。

(やっぱり、この仔が一番デス。それにひきかえ、あの仔蟲どもは……)

蛆実燈の動きを強く感じる箇所、ちょうど腹の辺りをなでる親実装の姿は、
まさしく妊娠中の実装石の仕草であった。




13日目、親実装は一日中ダンボールハウスの隅でぶつぶつと呟いていた。

『……空いたデス…………お腹……いたデス……』


ここ数日の親実装の変わりように警戒心を強めていた仔実装たちだが、
夕方近くになって、ようやく意を決した次女が母親に近づいた。


『ママ、大丈夫テチ?どこか痛いテチ?
 おねえちゃんも心配してるテチ』

『い、いもうとちゃん、そっちに行かない方が……』

もともとが用心深い長女は、親実装との距離を置いたまま、妹を止めようとする。

もっとも、手狭なダンボールハウスの中での距離など、あってないようなものだが。


『おねえちゃん、どうして……テ!?』

『デシャアアアアアッ!!』

『テチャアッ!?』

次女が姉の方へ振り向きかけた瞬間だった。

やおら立ち上がった親実装は、近づいて来た次女を右足で踏みつけると、
そのまま身体を伸ばし、長女を狙って手を伸ばす。

いきなりここ2日間、ダンボールハウスの隅で、口を聞くことさえ辛そうにしていた
親実装のどこにそれだけの力が残っていたのだろう。

『テ、テチャアアアアッ!?』

が、長女の用心は無駄ではなかった。

背にしていた出入り口に飛び込み、間一髪で親実装の手を逃れた。



『チッ!』

苦々しげな顔で長女の消えていった出入り口をにらみつけていた親実装だったが、
すぐに気を取り直し、足元の次女へと視線を落とした。


『マ、ママ……苦しいテチ……放してテチ……』

『……』

『どうしてこんなことするテチ……』

『……』

親実装からの答えは無かった。


『苦しいテチ、やめ

やめて。


そう言いかけた次女の言葉が途切れる。

親実装が次女を捕らえる右足に力を込めたからだ。

『テヂィイ……』

苦しげに意気を吐き出した次女の顔が見る見る赤黒くなっていく。

『……』

それを見つめる親実装の表情には、満足そうな笑みが浮かんでいた。


なかなか肉付きのいい仔実装じゃないか。

1匹逃したのは残念だが、こいつだけでも十分に腹は膨れそうだ。


既に親実装は、足元で苦しむ我が仔を食料としてしか認識していなかった。


親実装がさらに力がを加えると、次女の身体のあちこちから、
ポキポキと小さな乾いた音があがる。

『チ、ヂ、ヂ……ヂィィィィィィ……ヂッ!?』

ついには脇腹の薄い肉が圧力に負け、勢いよく裂けて臓物が飛び出した。

『……』

『チィ……チィ……』

次女がもはや腕一本動かすことさえできなくなった所で、
ようやく親実装は足をどけた。

もちろん、助けてやるつもりなどない。


ぼろきれの様になった次女を拾い上げると、親実装は嬉しそうに噛り付いた。




14日目。

『デッ、デロ、ッゲー♪デデロ、ゲー♪』

親実装は朝から壊れたように「しあわせのうた」を歌っていた。


昨日親実装が猛烈に空腹を感じていたのは、蛆実燈が繭を作るために
それまで以上のエネルギーを必要としていたためである。

蛆実燈は昨夜のうちに繭化を終えており、あとはそのときを待つばかりだ。

そして、彼女の口から途切れ途切れに漏れる幸せの歌が、そのときが近いことを示していた。


”そのとき”

これこそが、親実装の致命的な思い違いであった。

多くの場合において、実装燈が産声を上げるのが満月の晩であるのは間違いない。

しかし、実装燈が実装石を襲うのが新月の晩が多いこととあわせて考えれば、
宿主に与えられる猶予はおよそ2週間ほどということになる。


つまり、満月の晩に襲われた親実装にとってのそのときは、最初の新月。

まさに今日こそがそのときだったのである。






日が沈み、辺りが真っ暗になってどれほどの時間が経っただろう?

親実装はのそのそとダンボールハウスを這い出した。

もう用を成さなくなった左足を引きずるようにして彼女が歩いた後には、
総排泄口からか、それともどこかの傷口からか、流れ出した体液がこぼれている。


彼女が足を止めたのは、あの晩、実装燈に襲われた外灯の下だった。

ダンボールハウスからは一番近い外灯であり、距離は知れたものだが、
今の親実装がよくぞここまで歩いたものだ。


あれから2週間が過ぎており、あのとき切れていた水銀灯も代えられ、
独特の薄暗さと仄明るさとで辺りを照らしていた。

これも何かの因縁だろうか。


多くの実装燈は生まれてすぐに、満月へと向かって飛び立ってゆく。

その代用に、手近なものを選んだだけなのかもしれないが。


『デギッ……ギィイ……ギィイッ!』

外灯の柱にもたれかかると、親実装はいきなり実装服の胸の辺りを引き裂いた。

命の次に大事にしているはずの実装服を、である。


露になった胸の下で実装燈の繭が動いているのが、はっきり見て取れた。

繭の先端は、今まで自分を育んだ、しかし今となっては障害となっている血肉の少ない部位、
鳩尾を指しており、また、皮と繭の先端との距離は5センチほどもないだろう。


繭の先端に、十字の黒い筋が入る。

筋は黒い帯となり、そこから繭が内から押し開かれてゆく。

『デギィイイイイ!……ギッ、ギギギ……』

実装燈は繭となってからも、蛆実燈のときと同様の物質を分泌しているのだが、
さすがにここまで来ると、親実装の痛みを完全になくすには至らないようで、
彼女の口から断続的に悲鳴が漏れる。

本来なら、絶え間なく絶叫してもおかしくはないのだが、
むやみに大声を出せば、どんな敵を呼び寄せてしまうとも限らない。

彼女は、可愛い我が仔を危険に晒すことのないよう、
必死になって声を押し殺しているのだ。


裂け目の入った繭の中から実装燈の頭が姿を現してゆく。

この頃には、親実装の胸から腹部にかけては大量の内出血で、
緑と赤とに染まっており、皮越しに繭を見ることはもうできない。

だが、中で起きていることは、これまで以上にはっきりとわかった。

親実装の鳩尾が膨らんできている。

内から突き上げられた鳩尾の薄皮は、実装燈のヘッドドレスの形状そのものだ。


バシャッ

湿った音。

ついに親実装の身体が突き破られ、仔実装燈の上半身が姿を現す。

『ヒッ……ヒッ……ヒッ……』

もはや親実装は、短く詰まった呼吸をするだけだ。


仔実装燈は、血まみれの身体をぶるっと震わせると、ゆっくり羽を広げていく。

やがて羽をピンと伸ばしきると、

『ルトォ〜♪』

と嬉しそうに一鳴きした。


既に光が消えて、白く濁り始めた目でそれを見つめる親実装だったが、

(……)

残されたわずかな力を振り絞り、仔実装燈へと手を伸ばす。

『ルト?』

しかし、あと少しで届くかという所で、仔実装燈は親実装の手をかいくぐり、
空へと飛び立って行った。


(1回ぐらい、撫でてあげたかったデス…………)


それが、親実装の最後の思考であった。






この親実装の最期は、安らかであった。

実装燈が胸を破る痛みとて、それは彼女にとっては産みの苦しみであり、
単純な意味での苦痛とは全くの別物であった。

ただ1つの悔いとて、最愛の我が仔の頭を撫でてやれなかったことぐらいのもの。


よほど恵まれた環境にある飼い実装ならいざ知らず、
野良実装がこれほどまでに満ち足りた心境で最期を迎えることなど、
そうそうあるものでもないだろう。




—————そう、実装燈にでも寄生されない限り。

親実装が最期に抱いた思考も感情も全て、実装燈に植え付けられたものに過ぎない。

彼女は間違いなく、生存競争における敗者なのである。





(終)

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