ある夏の夜十九時。二十代ぐらいの黒い背広姿の青年が一人、街をブラついていた。 「おや、あれは?」 青年の目前にあるマチのヂッとステーション『デーソン』。 その自動扉前にある電飾看板の影に隠れ、イゴイゴ蠢くのは不快生物──実装石。 ボロボロで汚れきった服とボサボサの髪のデカいのが一匹と、同じくボロボロでボサボサなチビが四匹、自動扉前を睨んでいる。野良の実装石と一目で判る。 デカいのがチビ一匹を両手で掴み、抱き上げた。 どうやら親実装が仔を、デーソンから出てきた客へ託児しようとしてる様だ。 「ふぅん」 青年は、背広のポケットから、黒い手袋を取りだし手にはめた。 親仔に気づかれない様、青年は気配を消して背後へと忍び寄った。 実装家族の視線は自動扉へと集中しており、周囲への警戒などしていなかった。 「デスデス」 「テ、テッチー」 用意はいいデスか。い、いつでもいいテチ。恐らくそう言ってるのだろうと、青年は予想した。 自動扉が開く……若いサラリーマン客が、弁当とペットボトル飲料の入ったレジ袋片手に、店から出てくる。 「デス」 よし今だ。親がそう呟いたと同時に── 「よし今だ」 青年が親の背中を軽く蹴った。 「デヂャ!?」「テッ?」 ブリリッという音を出しながら親と、親に抱きしめられた仔が、自動扉前を転がっていった。 「うおっ! なんだ?」 突然転がってきた親を、危うく踏みそうになったサラリーマン客が叫んだ。 「おっとと」 「うわっ!」 親を蹴った拍子にバランスを崩した青年が、サラリーマン客にドンとぶつかってしまった。 「ああ、スイマセン」 青年がサラリーマン客にペコペコ謝った。 「あ、いえ……? 一体何が?」 突然の出来事に混乱するサラリーマン客。 「託児……未遂ですかねぇ」 「たく……」 三匹の仔達がテチテチ喚きながら、親の元へ走り集まっていた。 サラリーマン客は手に持っているレジ袋と、立ち上がろうとしてる親を交互に見た。 「これからは店から出る時は、気をつけたほうがいいですよ。ああ、こいつらは私が片付けておきますから、帰られた方がいいですよ、後をつけられると面倒ですから」 「え、あ、ありがとうございます。では」 サラリーマン客が青年に軽く会釈して立ち去っていった。 「さて」 青年が親仔の方へと振り向いた。 「デ……デデシャアァァァーッ!」 ムクリと親が立ち上がると、青年に向けて叫び声をあげた。 親は片手を緑色に染まり膨らんだパンツの中に入れてモゾモゾさせた。 「まあまあ、投糞より先にやる事があるんじゃないかな?」 青年が道路を指差した。 「デ?」 親が青年を指差した方を見ると── 「テェェ……」 さっきまで抱きかかえていた仔が、道路の中央で倒れていた。 親が蹴られて手を離してしまった仔が、そのまま道路中央まで転がっていったのだ。 「デ、デェェェーッ!」 親が仔に向かって叫ぶが反応が無い。仔は気絶していた。 「デェェェーッ! デェェェーッ!」 「テチャァーッ! テチャァーッ!」 道路で気絶している仔を起こそうと、親と三匹の仔が絶叫した。 幸いにも、道路に転がり出てから今まで信号が赤だったのだが── 「あーあ」 信号が赤から青に変わってしまった。 数台の車が走り出し、同時に気絶していた仔が目を覚ました。 「テ……ヂッ!」 目覚めたばかりの仔を、数台の車が潰して走り去って行った。 「デ、デ、デェェェェェーン!!」 「テッチュアアァァァァーッ!!」 親仔が腹の底から泣き叫んだ。その目には透明の涙が光っていた。 「あらら死んじゃった」 親がキッと青年を睨んだ。 「おいおい、そんな睨まないでくれよ。悪いとは思ってるよ悪いとは」 仔を挽き潰しちゃった車の持ち主達に対してだけどね。 親がパンツの中へ手を突っ込もうとした。 「いやぁ、キミがさっき託児しようとしたの、隠れ虐待派だったからさ。止めようとしたんだよ。まさかこうなってしまうとは思わなかったんだ」 虐待派──その言葉を聞いた親の手がピタリと止まった。 「仔が入り易い様、コンビニ袋をワザと開いて持ってたでしょ。あれくらいの罠、賢い親なら見抜いて当然だよね」 「デ……デスデス。デデス」 と、当然デス。見抜いてたデス。おそらくそう言ってるのだろう。親が胸を張って答えた。 「お詫びといってはなんだけど」 青年がポケットから一枚のレジ袋を取り出した。 「残りの仔達を飼ってあげるよ。さ、仔ども達、この中にお入り」 青年が仔達の前でかがみ込むと、レジ袋を広げてみせた。 「デデッ!」 「テェッ!」 突然の青年の申し出に、親仔が目を見開き驚いた。 「どうしたの、さあお入り」 青年がニコリと爽やかな笑みを浮かべると、仔達は「テェ……」と頬を赤らめながらレジ袋の中へと入っていった。 「さ、行こうね」 「テチー」「テチャー」「テチューン」 青年は素早く立ち上がると、そのまま歩き出した。 「デ……デデシャァァ!」 待て、ワタシも一緒に飼え。 親が呼び止めようとするが、青年は止まろうとはしない。 「デ、デ」 このまま後を追って、ワタシも飼わせてやるデス。そう考えた親が青年の後を追って歩き出した。 青年がしばらく歩いていると目の前に橋が見えた。 青年は歩きながら、茶色い革のサイフをどこからか取り出し、中身を確かめた。 「虹裏敏明ねぇ……」 運転免許証やカード類をサッ見た後、お札と小銭を確かめた。 「しけてんねー」 橋の中央にまで来た青年が立ち止まり、サイフの中からお札を抜き取った。そのままお札を背広のポケットへ素早く入れた。 レジ袋の中では、幸せ回路全開の仔実装達が、これからの飼い生活を想像してチププとほくそ笑んでいた。 「さてと」 青年は橋の下を流れる川に視線を移し── 「やっぱ飼うのやーめた」 と、三匹の仔が入ったレジ袋を川へ投げ落とした。 「テッ?」 ボチャンと盛大な音をたて、レジ袋が川の底へ沈んでいった。 「デェェェッ!」 こっそり後を追っていた親がその光景を目撃し、慌てて走り出したその時、ゴキリという異音が親の背中から響いた。 「デヂャァァァァッ!」 親の背中に激しく痛みだし、その場に倒れ転がった。 「デ……デェ……」 親は必死に立ち上がろうとするが、下半身が動かず立ち上がれない。 「デェェェ……オロローン」 「よっ」 いつの間にか青年が親の前に立っていた。 「どうよさっきの蹴り。強すぎてもダメ、ちょっと小突いた程度でもダメ。キミみたいなロクなモノ食ってない野良が、激しく動くと背骨が折れる様な、絶妙な力加減の蹴り。効いたでしょ。こう見えてガキの頃は、空手道場にムリヤリ通わされてた、サッカーを観るのが好きな少年だったんだ」 青年が邪な笑みを浮かべた。 「デッ……デデデェェェスッ!」 親が赤と緑の涙を出しながら泣き叫んだ。 「きっ、きさまぁぁぁ! ってか、それともニ、ニンゲェェンかな? ハハハハ。キミみたいなブサイクがひり出た汚物なんか、誰も飼いたがるわけないだろう。バカだなキミは」 「デッ、デェェェ!」 「まあまあ、いくら事実を言われたからって、そんな怒るなよ。なぁ」 「デズズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」 「お詫びといっちゃなんだけど、このサイフやるよ。これでうまいモンでも食いな……小銭しか入ってないけど」 青年はそう言うと、うつ伏せに倒れている親の目の前にサイフを置いた。 「さっきのデーソンで、うじあげクンは買えるぐらいはあるだろうから、じゃ、ご縁があったらまた会おう」 そう言い残して青年は去って行った。 一時間後。 栄養の足りてないからか時間がかかったが、背骨がようやく再生した親が、フラフラと立ち上がった。 親が目の前のサイフを手に取り、中を確かめた。 チリン。 一枚の五円玉が足元に転がった。 「デ……デ……デシャァァァーッ!」 親が手に持ったサイフを川へ投げ捨てた。 野良生活の長い親実装でも、金ぴかの穴あき硬貨一枚では、うじあげクンが買えない事ぐらいは理解していた。 「ああああああああっ!」 「デッ!?」 突然の大声に、親が驚き後ろを振り返ると、先ほどデーソンで託児し損ねた若いサラリーマン客が大口をあけ立っていた。 「てめえかぁぁぁぁーっ!」 サラリーマン客が猛ダッシュ、その勢いで親を蹴り上げた。 「デヂャッ!」 親が地面をニ、三度バウンドした。 「人のサイフパクりやがって、このぉ!」 サラリーマン客は家に帰り着いてサイフが無い事に気づき、デーソンで落としたかと探しに行くが見つからず、ひょっとして先ほどの青年が拾ったのではと、青年を捜し歩き回り、この橋までやって来た。 そして、橋の上からサイフを川へ投げ捨てた親実装を目撃し、怒りが爆発したのだ。 「デッ、デッ」 親がピクピク痙攣し地面に横たわっていた。 再生したばかりの背骨も今の衝撃で砕けていた。 「絶対許さないよ」 若いサラリーマン客が親実装へ、憎しみをこめたストンピングをしはじめた。 こうして彼は虐待派となった。 二週間後。ある寂れた駅の待合室。 「虹裏敏明(23)会社員の自宅からバー(ryをやコロリスプレーをはじめとした鈍器や薬品が押収され……か。世の中物騒だねぇ」 誰に言うでもなく、青年が呟いた。 市長の飼い実装が虐待派に拉致された事件の記事を読みながら、青年は電車が来るのをを待っていた。 ま、あれだね。鈍器やら薬やら使わないとあんな弱くてちっさいの相手にできないって、逆に哀れだよね。 あんな生物……口先だけで、充分地獄を見せられるのに。 青年は邪な笑みを浮かべた。 ---------------------------------------- バール── もとい、あとがきの様なもの 飼ってやる その一言で 意のままに
