タイトル:【巡】 じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第10話
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初投稿日時:2010/08/08-22:10:00修正日時:2014/10/05-23:30:12
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 Journey Through The Jissouseki Act-10




【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、
彼女の子供を捜すため強引に異世界を旅行する羽目になった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体の存在する世界を巡るとしあきは、
それぞれ5日間というタイムリミットの中で、“頭巾に模様のある
”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならなくなった。
 「実装人の世界」から飛ばされてしまった「ネガ実装人の世界」で、
旧人類の大移民船「ペガサス」に乗り込んだとしあき達は、高次元
エネルギー炉「W.D.E.D」を自爆させた影響で再び世界移動を成功させる。
 初期実装の力を経ずに飛んだ先の世界は、果たして——



【 Character 】

・弐羽としあき:人間
 「実装石のいない世界」出身の主人公。
 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。

・ミドリ:野良実装
 「公園実装の世界」出身の同行者。
 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきやぷちとトリオを組みよくも悪くも活躍。

・ぷち:人化(仔)実装
 「人化実装の世界」からの同行者。
 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。


          ※          ※          ※


 じわじわと照りつけるような日差しが、肌を焼く。
 むせるような熱気が全身にまとわりつき、何もしないのに疲労感と倦怠感が増加していく。


「あ、あ、暑ぢぃぃ〜〜!!」

 としあきとミドリ、ぷちの三人は、とある大きな駅前の広場に現れていた。
 ホワイトグレーに赤のラインが入ったデザインの駅舎は独特な印象で、上の方には大きな時計が掲げられている。
 駅前駐車場に出現してしまったとしあきは、慌ててミドリを抱き上げて避難する。
 だが、ボーゼンと立ち尽くしているぷちは、駐車場に入り込んできた車にクラクションを鳴らされるまで気付けなかった。

「よりによって今度は真夏かよ! ったく」

 気が付くと、ミドリがデスデスと鳴きながらとしあきの脚を叩いている。
 慌てて携帯を取り出すが、画面は真っ黒のままで何も反応していない。

「まーた携帯がおかしくなってる。
 悪い、ぷち。また通訳頼むわ」

「はいテチ。
 オネーチャは、アイスクリームが食べたいから買って来いと行ってるテチ」

「あ、えーとそれが……財布、ない」

「テチャ?!」

 デェッ?!

 としあきは、最後にホテルを出た際にサイフを置きっ放しにしてきた事を思い出した。

 額に「#」を浮かべ、ナニかを投げつけようと構えるミドリに対し、としあきはストップをかける。

「待てミドリ! 今迂闊にウンコすると、いつも以上に臭くなってお前もつらいぞ!」

 デ、デゲッ!

「テェェン、せめてシャワーくらい浴びたいテチ。
 おっぱいの下が汗でむれるテチィ〜」

 としあきは、二人を連れて水が飲める場所を探すことにした。
 時計は、午前11時30分を指している。
 その下には、駅名が記された大きな看板が掲げられていた。

「え〜と……大分、駅?」






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   じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜 第10話 【 大分で大ショック 】

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 幸いにも駅前の道路を渡ったところに噴水広場があったため、三人はそこに避難した。
 細かく飛び散る飛沫を受け、嬉しそうに微笑むぷちと、早速噴水に飛び込みジャバジャバ始めるミドリ。
 三体の彫像が置かれていたり、ヤシの木が所々に植えられていたりと、少し変わった雰囲気が味わえるなかなかの場所だ。
 としあきはぷちと共に噴水の近くに座り、何も入っていない胸ポケットを寂しそうに見つめた。

 冷静になって周囲の様子を確認すると、そこはどう見てもとしあきがいた時代に近い世界だ。
 通りすがりの人に尋ねると、今日は2010年8月21日土曜日。
 気温は既に33度に達しており、昼頃にはもっと暑くなりそうだ。
 止め処なく流れてくる汗と噴水の飛沫で、紙製の大学ノートはすぐしわしわになってしまう。
 胸ポケットの中にマルの姿はなく、それがとても寂しかった。

「こんなに暑いのに、噴水の傍に実装石が全然いないテチ」

 胸元を手で仰ぎながら、ぷちが呟く。
 ノートを団扇代わりに扇いでやると、少し嬉しそうな顔をする。
 だがすぐ暑くなってきたので、としあきはノートをぷちに貸し与えた。

「そういや、いかにもいそうな所なのに全然いねーな」

「ひょっとしたら、ここも実装石がいなくなっちゃった世界テチ?」

 そう言いながら、ぷちは噴水の中で器用に泳ぎ回るミドリに向き直った。

 デッスンデスン♪ 

 よく見ると、泳いでいるのではなく底に脚をつけて歩いているだけだ。


          ※          ※          ※


 財布を「落とした」ことにして、としあきは最寄の交番を訪れることにした。
 以前、どこかで「ピンチの際は交番で若干のお金を貸してもらえる」という話を聞いたような気がしたのだ。
 気の良さそうな、二人の年配警察官達は、としあきの事情を聞き同情してくれたが、それよりもミドリの存在に興味津々のよう
だった。
 出してもらった冷たい水を飲み、ようやく一息ついたとしあき達は、あらためて警察官達と話す。

「大分県にはね、なぜか実装石が住みつかないんだよ」

「へ? なんでですか?」

「それがよくわからないんだ。
 博多や熊本、宮崎には沢山いるんだけどねぇ」

 少し太った警察官が、額の汗を拭いながら説明してくれる。
 不思議な話だったが、確かにここまで全く実装石を見かけていない。
 としあきとぷちは顔を見合わせたが、ミドリはいつしか床に寝転がってグースカいびきをかいていた。
 警察官は、東京までの交通費を貸すことを提案してくれたが、ここが自分の世界でない事もあり、としあきは丁寧に辞退する
ことにした。
 仮に受けたとしても、ミドリを連れて電車に乗るわけにもいかなかった。

「そうだ、いいことがある。ちょっと待ちなさい」

 派出所を出ようとしたとしあき達を呼び止めると、白髪交じりの警察官はある提案をしてくれた。

「実装石特殊研究所というところがあるから、そこにその子を連れて行って相談してみたらどうかな?
 ひょっとしたら何か力になってくれるかもしれないよ」

 そう言いながら、電話番号をメモして渡してくれる。
 としあきは丁寧に礼を述べつつ、前に何かで聞いたことがあるような名前だなぁ、と考えていた。


          ※          ※          ※


 午後1時、としあきは「実装石特殊研究所・大分支部」というところに電話してみることにした。
 その間も、道行く人々が物珍しげに三人を眺めていく。
 電話に出た若い女性に「実は実装石を連れてるんですが」と言った途端、何かがひっくり返るような大きな音が聞こえてきた。

『ほほほほ、本当ですか?! 大分にいるんですよね?』

「そうですよ、今声を聞かせましょうか?」

 デッス〜ン♪ デスデスデス、デッスー☆

 電話口でミドリに喋らせると、再びドガシャーンと賑やかな音が響く。
 なんだか身代金を要求しているような気分になったとしあきは、ミドリに「ここからはお前がメシの種だからな、頑張るんだぞ」
と耳打ちした。
 ミドリを是非調べさせて欲しいと言って来た女性は、ただちに迎えの車を遣すと告げ、電話を切った。
 約束通り、セントポルタというアーケード商店街の入り口付近で待っていると、まるで走り出したばかりのチョロQのような勢い
で、古臭い軽自動車が飛び込んで来た。
 中には、真ん丸眼鏡をかけた女性がいる。

「お、お待たせしました! 電話をくださった方で……あーっ、本当に実装石がいるーっ!」

 デスー

「だから、電話でそう言ったじゃないですか」

 ものすごい勢いで車を飛び出した女性は、着古したスーツの裾を引っ張りながら、やや猫背気味の姿勢で近寄ってくる。
 そして、ミドリの頬に恐る恐る触れ、「ハニャ〜♪」と頬を緩めた。

「し、失礼しました!
 私、実装石特殊研究所・大分支部担当主任・ローザ三隅と申しますっ!
 この度は、貴重なお話をいただき、誠にありがとうございますっ!!」

 と大声で叫び、名刺を差し出しながらか何度も頭をブンブン振るう。
 周囲の人々が、そのけったいな様子にクスクス笑っている。

「ろ、ローザ……みすみぃぃ?」

 としあきは、その名前にハッキリ覚えがあった。
 かつて「人化実装の世界」を訪れた際、自分に大罪をなすりつけたとんでもない女の名前だ。
 もっとも、としあきも同じくらい酷い目に遭わせていたので、おあいことも言えたが。
 よく見ると、目の前にいるローザはあの世界のローザと外見的にはそっくりだが、あのやたら鼻に突く高飛車感はなく、不思議
と憎めない印象だ。

「あんないい女が、こんなに野暮ったくなっちゃって、まぁ」

「え? な、何かおっしゃいました?」

「いえ別に。
 とにかく、ここから移動しましょう」

「そ、そうですね、それでは是非我が研究所へお越しくださいっっ!」

 と言うが早いか、ローザ三隅と名乗った女性は素早く車に飛び乗る。
 としあき達は、独特のノリに若干圧倒されながら、恐る恐る後部座席に乗り込んだ。

 デッスデスデス、デッスーン♪

 当面の「主役」は、としあきの事など気にする様子もなく、クーラーの利いた車内で一人鼻歌を歌い続けていた。


          ※          ※          ※


 10分ほど走り、駅前の繁華街を通り抜け郊外に出ると、正直あまり立派とは言い難い施設が見えてきた。
 「森の奥深くにあるマッドサイエンティストの研究所」という表現が良く似合いそうな建物だ。
 門をくぐり車を降りると、やや猫背気味のローザが、すり足で近づいてくる。
 姿勢と服装、牛乳瓶の底を連想させる分厚い眼鏡で隠されているものの、ローザ三隅の名を持つだけあって相当な美人だと
わかる。
 ぷちですら、彼女を見て「あんなに綺麗な人なのになんで汚い服着てるテチ?」と呟くほどだ。
 そんなローザが、とても朗らかな笑顔を向けて親しげに話しかけてくるものだから、としあきの感じる違和感は相当なものだった。

「えっと、ローザ…さん?
 なんで大分に実装石がいないんですか?」

 としあきの質問に、ローザはメガネをキラリ☆と光らせた。

「それが、わからないんですよっ!」

「は、はぁ?!」

 ローザの説明によると、この世界の実装石は「大分県」に対して過剰なアレルギーを示す性質があるのだという。
 その影響は想像を絶する規模で、大分県の中に入った途端に自壊・発狂死したり、酷いものになると“自爆”する個体すら
いるという。
 それだけではなく、たとえ他県に居ても「大分産」の物品・食品に触れる・食べさせられると同様の反応を示し、地酒を
ふりかけただけで皮膚が焼け爛れてしまった報告例もあるという。
 しかも、これは国内だけに限らず、なんと海外にいる実装石ですら例外はないという。
 日本全国に無数の支部を持つ「実装石特殊研究所」の出した結果によると、大分県の実装石生存数は確定値「ゼロ」であり、
世界唯一の“実装石がいない土地”として認知されているほどだ。

「——それなのに! 今ここに、実装石がいるわけです!
 これが、これがっっ、どれほど素晴らしい奇跡か、あなたにはわかりますか?!」

「よ、よくわかんねーけど、わかりましたっ!」

 デ、デスゥゥ……

 物凄い迫力で迫るローザに気圧され、としあきとミドリは部屋に追い詰められる。
 頂き物のジュースをチューチュー吸いながら、ぷちは呑気にその様子を見つめていた。

「というわけで! お願いです、その子がどうして大分で平気でいられるのか、調べさせてください!」

 デスデス! デス、デスデスーッ!!

「オネーチャは、“それならワタシに牛丼特盛・味噌汁お新香卵つきを毎日振舞うデス”と言ってるテチ」

「は?」

 ミドリの言葉を翻訳するぷちに、ローザは眉を潜める。

「あなた、なんで実装石の言葉がわかるの? お姉ちゃんって?」

 ローザに気圧されるぷちに、としあきが助け舟を出す。

「実は、その子も実装石なんです」

「は?」

「いや本当に。人間の姿になった実装石なんですよ」

「ぷちテチ、よろしくお願いしますテチ!」

「え゛え゛え゛え゛え゛———っっっ?!?!」

 室内の窓がビリビリ震えるほどの大音響で叫ぶローザに、益々圧倒される。
 としあきは、こっちの世界のローザならなんか親しめそうだなと思い始めていた。
 ふと見ると、ミドリが口元に手を当て、ニヤニヤと笑っていた。
 
 としあきは、自分達が異世界から来た存在だということを、ローザに説明した。
 てっきり頭を疑われると思っていたが、意外にもローザは素直に信じ込んでしまった。
 そうでもなければ、大分にミドリやぷちが存在している理屈が説明出来ないとも考えたようだ。
 少し拍子抜けしたが、理解が早ければ話も早い。
 すっかり意気投合したとしあき達は、ローザな積極的に協力する事にした。

「ん? お電話が鳴ってるテチ?」

「あら、ちょっと失礼します」

 隣室の電話に応対したローザは、数分後、困った顔で戻ってきた。

「どーしたんスか?」

「いえ、あの……博多支部からの電話だったんですけど。
 ちょっと難しいお話を受けてしまいまして」

「難しいテチ?」

 ある個人から、博多支部にある依頼が届けられたという。
 来月付けで大分県に転勤になるある人物が、自分の飼い実装をどうするべきかと悩んでいるようなのだ。
 他に預ける宛てもなく、かといって転勤を拒否出来ない為、相談に乗れないかという話だった。

「そんな事言われても、こちらじゃどうしようもないです〜。
 どうすりゃいいんでしょ? ミドリちゃん、ぷちちゃん?」

 デスー

「クソドレイサン、何かいいアイデ……
 はひゃあぁぁん! ほっへひっはららいへぇ〜!」

「う〜ん、なんとかしてやりたいけど……とりあえず、ローザさんはミドリとその実装石を比較検査させてもらったらどう?」

 ぷちのほっぺを引っ張りつつ適当に考えたアイデアだったが、ローザは手を叩いて賛同した。

「そうです、それはいい手です!
 さすがとしあきさん、実装ブリーダーなだけはありますね!」

「いつ誰がブリーダーになったんだよ」

 ローザは早速電話をして、博多支部に許可を求める。
 その結果、としあきとミドリ、ぷちを伴い、博多支部まで遠征する話がまとまった。


「テェェン、三倍に伸びちゃったテチィ」

「伸びねーよ!」


          ※          ※          ※


 約3時間後、“博多県福岡市”という怪しい地名の都市に辿り付いた車は、「実装石特殊研究所・博多支部」の敷地に入る。
 大分支部とは全く違う広い敷地に驚くとしあき達は、ローザの案内で三戸課長という男性研究員を紹介された。
 三戸は、当初ミドリやぷちの身体的特徴を聞き大層驚いたが、重要なサンプルだと即座に信用し、ローザからの検査結果を
受け取った。
 早速再検査が行われ、大分支部では出来なかったCTスキャンや手術なしの内臓・偽石信号測定が行われ、より精密な情報
が採取された。

 検査結果を持ってきた三戸は、驚きと不満の入り混じった複雑な顔つきで、ローザととしあきに話しかけてきた。

「検査の結果、ぷちさんの体内に偽石がある事、その他身体各部に実装石の特徴を多く持っている事は確かに確認されました。
 これは、確かに大変貴重な存在です。
 ですが……ミドリさんの方は」

 そう言うと、三戸は心電図に良く似たプリントを三枚テーブルに広げた。

「すみません、専門的なことはわからないので、簡潔に」

「はい、これはお二方と普通の実装石それぞれの偽石周波数帯を比較したものです。
 個体差による誤差はあれ、いずれも正常な範囲内の数値しか示しておりません。
 言い換えれば、ミドリさんもぷちさんも、“大分死”を回避している理由が見当たらないのです」

 “大分死”って面白い言葉だなあ、と改めて思いながら、としあきは三戸の説明に聞き入る。
 その他、脳波、血液、筋肉組織、内臓性能なども可能な限り調べたが、「生きている実装石」に施せる範囲の検査では、結局
これ以上は何もわからないと判断するしかないようだ。
 大分に転勤するという人物に何の協力も出来ないのは悔しかったが、まさか二人を解剖実験体にするわけにも行かないので、
としあきは諦めることにした。

「とりあえず、ぷちとミドリを返してください。
 あと、俺達は26日の11時までには大分駅に戻らないとならないんです」

「わかっています。ですが、その前に一つお願いが……」

 三戸は、としあきに「人化実装であるぷちの身体研究」と「ミドリの子供の提供」を依頼した。
 ミドリに子供を生ませれば、そちらを更なる研究サンプルとして利用出来るし、ぷちの存在はまた別な意味で彼等の関心を
引くようだ。

「お礼といってはなんですが、これくらいでいかがでしょう?」

 三戸は、どこからともなく取り出した電卓を叩き、としあきに覗かせる。
 0コンマ数秒後、としあきと三戸はガッシリと熱い握手を交わしていた。


          ※          ※          ※


 ——翌日・8月22日。

 近くのコンビニに行き報酬の一部をケータイにチャージしてきたとしあきは、研究所のロビーに研究員っぽくない男が座って
いるのに気付く。
 よく見ると一匹の仔実装を連れており、しきりに頭を撫でてやっている。
 目が合ったので軽く会釈をするが、その男は生気が感じられず、それどころかものすごく病的なイメージが強い。
 しばらくすると、ローザがとしあきを呼びにきた。

「としあきさん、ぷちさんの精密検査が終わりましたよ!」
 身体の割にちょっと小さめなのが気になりますけど、元気にガンガン活動してます。
 これだけ健康なら、いずれ偽石も再成長できるかもしれませんよ」

 ローザが示すレントゲン写真を見ると、心臓付近にある偽石は傷一つなくしっかりしている。
 不思議なこともあるものだと思っていると、先ほどの男がローザにも挨拶してきた。

「あら、あなたが双葉さんですね?」

 病的な男は無言で頷く。
 代わりに、抱かれている仔実装が「テチー」と返答した。

「また俺と同じ苗字かよ…」

「としあきさん、こちらが例の“大分に転勤される”方ですよ」

「えっ?」

「どうも…双葉敏昭と言います。こいつは僕の飼い実装でモカと言います」
 チー

 病的な男は、掠れるような声でそう挨拶した。
 ものすごく嫌な名前をまとめて一度に聞かされたとしあきは、強張った笑顔で握手した。
 話の通り、敏昭はどうしても仔実装モカを手放したくないそうで、なんとか大分に連れていけないものかと、藁にもすがる思い
で研究所を尋ねていた。

「あなたのお話は伺いました。
 ひょっとしたら“大分死”の謎を解く鍵になるかもしれないと。
 ありがとうございます!」

「あ、いやまあ、あはははは」

「それでですね、としあきさん。
 さっき三戸課長から連絡がありまして、ミドリちゃんの子供達が全員無事に大分入りしたそうです」

「「おお!」」

 としあきと敏昭の声がハモる。
 これで、大分に耐性を持つのはミドリとぷちだけではなくなった事が確定した。
 しばらくすると、バスローブのようなものをまとったぷちが、顔を赤らめながらやって来た。
 目を剥いて突然キョドりだす敏昭に微笑みながら、としあきはぷちに声をかける。

「よ、お疲れ。どうだった?」

「テェェェン、隅々まで見られちゃったテチ!
 もうお嫁にいけないテチ!」

「いざとなったら俺がもらってやるから安心しろよ」

「本当テチ? 約束してくれるテチ?」

 腕を絡めて甘えてくるぷちの頭を撫でていると、ローザと敏昭は揃って顔を赤らめている。
 だが、モカだけは無表情で、じっとぷちを見つめていた。

「テチ? あーっ、可愛い子供チャンテチ♪
 こんにちはテチ☆」

 デッデロゲー、デッデロゲー

「テェ?」

 デッデロゲー、デッデロゲー

「テ——」

 敏昭に抱かれるモカの頭を撫でた途端、ぷちは、突然トランス状態に陥った。

 デッデロゲー、デッデロゲー

「デッデロゲー、デッデロゲー」

 デッデロゲー、デッデロゲー

「デッデロゲー、デッデロゲー」

 モカとぷちが、感情のこもらない声で全く同じ言葉を呟き出す。
 声は完全にハモっており、まるで合唱のようだ。
 よく見ると、ぷちもモカも目の焦点が合ってない。

「お、おいぷち、どうした?!」

「モカ、モカ? ねぇ、どうしたんだい?」

「こ、これは?! 初めて見る現象ですっ!!」

「ローザさん、誰か、誰か呼んできてください!」

「わかりましたっっ!」

 何度身体を揺すっても、ぷちもモカも元に戻らない。
 二人とも仔実装であるにも関わらず、なぜか成体の鳴き声で囁き続けている。
 身動き一つなく、まるで念仏のように続けられる合唱を見守り続けていると、三戸課長とその部下が何人かやって来た。
 無理矢理引き剥がされたぷちは意識を失い、モカも同様に気絶した。
 急遽、二体は検査室に運ばれて精密検査を行うことになった。

「いったい何が起きたんですか?」

 としあきの問いに、三戸も首を捻る。

「わかりません、こんなのは私も初めてですよ」

「あああ、ぷちちゃん、大丈夫なのかしら!」

「僕のモカ、モカーっ!」

 一時間程度の検査の末、両方とも異常は全くないことが判明した。
 ようやく胸を撫で下ろす四人だったが、念の為今夜は両方とも研究室で引き取り、更に経過を見守ることになった。


          ※          ※          ※


 更に翌日。
 滞在3日目の午前10時、残り滞在時間あと約71時間。
 その後、ぷちとモカは意識を取り戻し、ミドリも若干遅れて起き上がった。
 三体の実装石には特に異常は見られず、いずれも元気に食事を摂った。
 としあきやローザ、敏昭とも今まで同様にコミュニケーションを取り、はたから見てもおかしな点は全くない。
 そして何より、あれ以来二度と謎の復唱が発生しなくなった。
 ぷちはモカと仲良くなり楽しそうに戯れ、ミドリはとしあきの報酬で朝から牛丼を三杯も平らげている。
 目的の物を食えば以前の怒りもコロッと忘れる様子に、としあきは胸を撫で下ろした。

「あ、あの〜…モカのことはどうなったんでしょう?」

 すっかり忘れられていた「モカの“大分死”問題」は、三戸課長の研究班達が更に追求を重ねる事になった。
 大分県内に運ばれた個体(ミドリの娘達)は、それぞれ大分産の食料や水を摂取したにも関わらず全く身体異常を起こさず、
また一度県外に出てまた戻るといった実験にも耐え、万全の状態で夕べ帰還した。
 現在は、このうち数体が解体され、内臓組織や偽石の構造などを徹底調査されており、まもなく結果が出されようとしていた。

 だが一時間後、研究室から出てきた三戸は、複雑な顔でとしあき達に話しかけてきた。
 どうやら、今回の検査でも異常? は見当たらなかったらしい。

「これは私の仮説ですが。
 恐らくモカさんをはじめとする、この世界の実装石達には、大分を拒む特殊な情報が偽石内に刻まれているのではないかと
思います」

「つまり、どうすれば僕のモカは助けられるんですか?」

「可能性論ですが、“大分死”に耐性を持つ実装石の偽石を移植するか…
 ただしそのためには、モカさんと同じくらいまで成長させた仔実装を犠牲にする必要がありますし、前例がないため成功率は
 予測出来ません」

 デデッ?!

「それでも構いません、やってください!!」

 勢い余って立ち上がる敏昭を、としあきが押さえる。

「落ち着けよ! んな事出来るわけねーだろ?!」

「あなたのミドリちゃんは、偽石を取り出しているんですよね?!
 そ、それを譲ってください!!」

「双葉さん、落ち着いて!
 ミドリちゃんの偽石は大きすぎるし、それにコーティングされているので体内には戻せないんですよ!」

 デデェッ?! デギャアッ!!

「“なにぃ、そんなの聞いてないデス!”だそうテチ」

「そりゃそうだわな、説明してねーもん」

 デギャーッ!!

「お、落ち着けミドリっ!! 俺が取り出した訳じゃねぇぇぇっ!」


 結局これ以上ミドリやぷちから新たな情報が得られることはないだろうと判断した三戸は、ミドリの子供を培養育成することで
実験・研究を繰り返すことにして、ローザに帰還を支持した。
 そしてモカの対策は、薬品による急成長を促したミドリの仔実装から偽石を取り出し、これを移植する手術を行うことで話を
まとめた。
 無論、これはこの世界で初めて行われる試みのため、失敗確率も高く、敏昭は念書を書かされた。
 敏昭は、としあきの手をガッシリと握り、何度も頭を下げて礼を述べた。

「本当にありがとう! 君と出会えなかったら、僕達は今頃どうなっていたか」

「ちなみに聞いていいか? もし何の対策もなかったら、あんたどうするつもりだった?」

「モカと一緒に、博多湾に身を投げるつもりだった」

 テ、テチャァッ?!

「おい、そんなの初耳だって顔してるぜ、モカ」

「とにかくありがとう! 何のお礼も出来ないけど、せめて僕の大事なモカを抱っこさせてあげるよ」

「え、ええ〜」

 テッチュウ♪

 無理矢理押し付けられたモカを大事に両手で包み込み、としあきは複雑な表情を浮かべる。
 だがモカはすぐに身を硬直させ、再びあのトランス状態に陥った。

 デッデロゲー、デッデロゲー

「ん? あれ?」

 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー

「おい、ちょっと、モカ、モカ?!」

 モカは、再びあの謎の歌を唄い出す。
 三戸によると、これは妊娠した実装石がよく唄う「胎教の歌」と呼ばれるもので、特に害はないようだ。
 だが、まだ未成熟な仔実装が、しかも成体の鳴き方でこれをいきなり唄い出すというのは、奇妙過ぎる。
 見ると、としあきの足下をうろついていたミドリまでトランス状態になり、同じように唄い始めていた。

 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー

 寸分たがわずピッタリとシンクロして続く胎教の歌。
 モカの歌は、敏昭の手の中に戻っても尚続いたが、数分後には途絶えた。
 本人達はトランス中の記憶が全くないらしく、ミドリすらもキョトンとしている。

 妙な感覚に捉われたとしあきだったが、車を出してきたローザの呼び声に我に返った。


          ※          ※          ※


 その後、中洲でラーメンを堪能したとしあき達は、午後10時頃、大分県に向けて走っていた。
 としあきは何か美味い物を堪能しようともちかけ、ぷちとミドリを喜ばせた。
 ローザも誘ったが、彼女は博多支部から持ち帰った資料を整理しなければならないと辞退する。
 その代わり、三人が世界移動する際は、ちゃんと見送りをすると言ってくれた。
 としあきは、車を運転するローザの横顔を眺め、同じ人間でも世界が違えばこんなに好感度が変わるものかと、あらためて
感心していた。

「あ、もうすぐ大分に入りますよ」

 ローザの言葉に、ぷちとミドリが窓の外を凝視する。
 
「テェェ、この世界の実装石達は、この辺りで突然苦しみ出すテチ?」

 デスデス、デスーッ

「結局なんだったんだろうな、“大分死”って」

「それはわかりませんけど——はーい、大分に入りましたー」

 県境を示す標識を越えたところで、ローザが楽しそうに宣言する。
 と同時に、ミドリが奇声を上げた。

 デギ……?! デ、デギギィィィ?!?!

「おいミドリ、そのギャグは洒落になってねーぞ」

 振り返りもせずに呟くとしあきの耳に、今度はぷちの悲鳴が聞こえてくる。

「テ……く、苦し……!! ク、クゾド……ザ……カハッ!!」

「えっ?!」

 室内灯を点けて後部座席を見ると、ぷちとミドリは顔色を真っ青にしてもんどり打っていた。
 全身に脂汗をかき、目を剥き、喉元をかきむしろように動かしている。
 ミドリは激しくパンコンし、ぷちはブクブクと泡を吹いている。
 それは、とてもじゃないが演技には見えなかった。

「ローザさん! 引き返して!!」

「えっ、え、えぇぇっ?!」

「いいから早くっ!! 二人が死ぬぞっ!」

「は、は、はい〜っっっ!!」

 だがローザの車は、既に大分自動車道という高速道路に入っていた。
 手近な日田ICで降り、すぐに反対車線へと戻り再び博多を目指す。
 大分の県境を越え、山田サービスエリアに辿り着く頃、二人はようやく息を吹き返した。

 途中で運転を代わったとしあきは、二人を車から降ろすと手近なベンチに横たわらせた。

「と、としあきさぁぁん、あ、あんなスピード出したら、後で…後で、あうううう……」

「それより、どうなってんだよこれは」

「は、はい! いったいどういう事でしょう?」

 息は吹き返したものの、ミドリもぷちも、意識朦朧として呂律すら回っていない。
 まるで泥酔したような状態で、としあきの呼びかけにも応じきれていない。
 慣れた手つきでミドリの糞を片付けたローザは、これからどうするべきか再検討を申し出る。
 だが、選択肢はほとんど残されていない。

「やっぱり、博多支部に戻るしかないでしょ」

「そ、そうですね。ミドリちゃんとぷちちゃんの検査をしてもらいましょう」

「それにしても、ちょっと前まで平気だったのに、どうして突然——」

 幸い、博多支部にはまだ研究員が残っており、携帯で連絡する事が出来た。
 ミドリとぷちがまともに意識を取り戻すまで待つと、としあき達は、もう一度大分自動車道を戻ることにした。


          ※          ※          ※


 博多支部に辿り着いたのは、すっかり日付が変わった頃だった。
 急遽自宅から呼び戻された三戸達研究班は、即座にミドリとぷちの再検査を行ったものの、あらたな異常は全く発見され
なかった。

 翌朝、四日目午前10時。
 残り滞在時間、49時間。
 あらためて再検査を受けたミドリとぷちは、やはり何の異常も見られなかった。
 若干の体力と血圧低下はあったが許容範囲ということで、二人は朝から(としあきの驕りで)いつも以上の量の朝食を摂った。
 むしろ、寝不足でフラフラなとしあきとローザの方が、体調的に深刻である。
 三戸は、夕べより特殊培養液を用い急速成長させたミドリの仔を用い、モカの偽石と交換する手術の準備をしていた。
 術法としてはさほど難しくなく、失敗はまずないが、期待通りの効果が出るかは運任せだという。
 本来であれば事前に別個体を用いて実験を行うべきなのだが、その第一実験に敏昭が志願したため、いわば「ぶっつけ本番」
だ。
 敏昭は朝早くから研究所を訪れ、手術室の前で「身内の回復を祈る親族」のように、深刻な表情を浮かべている。

 一方のとしあきは、どうやって大分駅前に帰還するべきか、真剣に悩んでいた。

「どうするかなぁ、このままだとこの世界に取り残されるぞ……」

「いっその事、ここに残ったらどうですか?」

 あくびをかみ殺しながら、ローザが提案する。

「えー、でも…」

「大分には行けないだけで、それ以外は特に支障ないんでしょ?
 悪くないんじゃないかしら」

「あー、えー、うー……言われてみたらそうかも」

 思い返せば、これ以上危険な世界を巡るリスクは回避出来るし、何より三戸からの報酬があれば当面は普通に生活して
いける。
 加えて、ミドリやぷちも健康だし、デメリットは全く見当たらない。
 自分の世界に置き去りにして来た物を諦めさえすれば、ここはある意味、とても理想的な世界だ。
 としあきは、いつしか真剣に考え始めていた。

「そうだなあ、ここでアパート借りて、適当にバイトして、ぷちとミドリを飼って……それも悪くないなあ。
 これでローザさんが結婚してくれたら、完璧に文句なしだぜ」

「えー、私ですかー?」

「テチャアッ!! クソドレイサン、そんなのダメダメ! 絶対ダメテチーッ!」

「わ、なんでお前が怒るんだよ?!」

 頬を赤らめて照れまくるローザと、額に血管を浮かべて掴みかかるぷち、そしてそれを横目にデスデスと何かを呟くミドリ。
 十番目の世界に至り、もはやとしあきには、ミドリとぷちを置き去りにしていくという選択肢は完全になくなっていた。

 
 モカの手術は正午から行われ、夕方まで回復を待ち、その後大分へ運ばれるという段取りとなった。
 これで上手くいけば、モカはこの世界の純正実装石としては初の「大分死耐性を持つ個体」となる。
 実験には、飼い主である敏昭の他、数名の研究員が付き添うことになった。
 
 いよいよ、運命の時が近づいていた。


          ※          ※          ※


 午後5時、残り滞在時間あと42時間。
 敏昭は博多支部のバンに搭乗し、研究員数名と共に大分に向かって出発した。
 活性剤のおかげで完璧に復活したモカは、特にこれといった異常は見られず元気だ。
 敏昭はモカの回復の順調ぶりにとても喜び、大きなコンペイトウを与えている。
 研究員の脇には、ミドリが産んだ子供達が数匹収められたケースが置かれているが、これは対大分死の追試を兼ねる意味
があった。
 大分自動車道を進み、約二時間。
 午後7時を少し過ぎた頃、いよいよ県境を示す看板が見えてきた。

「いよいよですよ」

 同乗している研究員の言葉に、敏昭は無言で頷く。

 午後7時20分、バンは県境を越えた——

 


 テェェェェッ?!?! テ、テギ……?!




 その直後、突然モカが胸をかきむしり、苦しみ始めた。
 続けて、ケースの中からも悲鳴・絶叫・異音が連発し出す。

 ヂッ!

 ヂギィィッ!!

 テヂ……パァン!


「も、モカ?! モカあぁぁっ!」

「異常事態発生!! 引き返せ!」

 研究員の一人が、車内で叫ぶ。
 実装石達は、大分の呪縛を乗り越えることが出来なかった。
 それどころかミドリの子供達まで被害を被っており、半数以上が自壊して果てている。
 バンは、以前としあき達が巡ったのと同じルートで、山田SAまで戻る。
 だが、駐車場に停車した時点で、モカを含めたすべての実装石は死に果てていた。
 仮死状態ですらなく、完全な死だ。
 中には、まるで爆竹で吹っ飛ばされたように爆ぜている個体までいる。

「モカぁぁぁぁぁっ!! でえぇぇぇぇぇぇん!!」

 モカは、山田SAに辿り着くギリギリまで生きていたが、停車直前に両目がポンと飛び出し、顔面を紫色に染めて息絶えた。
 その死に顔は、それまでの可愛らしい顔つきからは想像も出来ないほど惨いものだったが、敏昭が泣きながら頬をすりつけ
続けたため、より一層醜悪な状態になってしまった。


          ※          ※          ※


 午後10時前。

「テ? ブーブーが戻ってきてるテチ!」

「あ、ホントだ」

 としあき達とローザが食事から戻ってくると、大分に向かった筈の博多支部のバンが敷地内に停車していた。
 慌てて駆け寄ってみると、何人かの研究員が仔実装の入ったケースを取り出し、難しい顔をしている。
 としあきは、咄嗟にミドリの顔を覆い、ぷちに遠くへ連れて行くように命じた。

「ダメです、実験は失敗でした。全滅ですよ!」

 研究員の言葉に、としあきとローザは絶句する。

「全滅って、モカちゃんもですか?」

「ええ、即死はしなかったんですが、ダメでした。
 今向こうで、三戸課長が敏昭さんを説得してます」

「説得って、何をですか?」

 としあきの質問に、研究員の一人は困ったような表情を浮かべる。

「いや実は、この仔達、自壊したのに偽石が破損してないんですよ」

「は?」

「つまり、偽石は全く無事なのに、肉体だけ死んでしまったんです。
 自壊なら普通、偽石も割れるものなんですけどね」

「おかしな話ですねぇ」

 どうやら三戸は、モカの偽石を取り出し自壊したミドリの仔達のそれと比較してみるつもりのようだ。
 だが、モカの死体を抱き号泣し、玄界灘に飛び込むと言って聞かない敏昭に、皆辟易しているようだった。
 片付けをしている研究員達を見守りながら、としあきとローザは顔を見合わせる。

「どうしましょう、これで、大分死を免れる実装石はいなくなってしまったんでしょうか?」

「そうなのかなぁ……でも、なんで突然ダメになったんだろ?」

「そうですね、特に何も異常はなかったのに」

「異常か……あれ?」

 としあきの頭の上に、電球が浮き出る。

「ローザさん、あの歌の件、覚えてます?」

「は、はい」

「あれ、三戸さんに報告しました?」

「い、いいえ……でも、胎教の歌が何か?」

 としあきは、ローザの手を掴むと、慌てて研究棟へと向かう。
 三戸に頼み込み、としあきは、機密エリアの「実験用個体保管室」の中へ案内してもらった。

「三戸さん、ミドリの産んだ仔を一体、犠牲に出来ませんか?」

 デデェッ?!

 としあきのとんでもない発言に、産みの母が絶叫する。

「クソドレイサン! なんて酷いことをいうテチ!」

 デギャアッ! デギャアッ!

「うるさいミドリ! 偽石を大分に捨ててくるぞ!」

 デギ……?! ギ、ギイィィィ!!

「どういう事かね?」

 疑問符を浮かべる皆に、としあきは説明を始める。

「恐らくですが、ここにはいないミドリの仔と、他の実装石を会わせると、両者は胎教の歌を唄い出す筈です」

「それがどうかしたんですか?」

「それを録音なり何なりして、分析するんです。
 多分ですけど、それで——大分死の原因がわかります」

「なんだって?!」

 としあきの持論はこうだった。
 ミドリとぷち、そしてミドリが産んだ子供達は、異世界の実装石で「大分死」の要因を持っていなかった。
 しかし、元々この世界に居る実装石は要因を持っていた。
 実装石達は、異世界の“要因を持たない”実装石達と出会うと、自動的に欠けているものをインストールする。
 それが大分死に関係するものであり、胎教の歌という形で刷り込まれたのだ。

「三戸さん、前におっしゃいましたよね。
 胎教の歌は、親が腹の中の子供の性質を決定付ける大事なものだって。
 歌を聴いた子供達は、それを吸収して成長するんでしょ?」

「ああ、そうだね。
 胎教の歌の代わりに、普通の音楽を聴かせる実験も行ったよ」

「そうか、わかりました!
 としあきさんが言いたいことが」

 ローザがポンと手を打ち、頷く。
 その横では、相変わらずがなり立てているミドリと、それを必死で押さえ込むぷちが居た。

「ぷちは、実装石の言葉がわかります。
 あいつに胎教の歌を解析させましょう」

「なるほど、面白い試みだ——早速やってみよう」

 デギャアァァァッ!! デエェェェン、デエェェェェン!!

「クソドレイサン、オネーチャがやめて許してって言ってるテチ!
 そんな可哀想なことはしないで欲しいテチ!」

 必死で訴える二人に向かって、としあきはグッ、と親指を立てた。

「ミドリ、メガ牛丼三杯味噌汁お新香付き、更に加えて博多とんこつラーメンチャーシュー乗せ替え玉3つでどうだ!」

 デスッ!!(ビシッ)

 としあきに向かって、ミドリは右手を掲げてニヤリと微笑んだ。


          ※          ※          ※


 8月25日木曜日、午前0時。
 残り、あと35時間。

 特別実験室の中に急遽設置された機密ボックスの中には、別の部屋に隔離されていたミドリの仔実装と、実験用個体保管室
にいた仔が入れられている。
 中央はアクリルの二重構造パーティションで仕切られており、隙間に入れられた厚紙を取り除くと、二匹は顔合わせが出来る
構造だ。
 外部の音は一切聞こえないが、パーティションには穴が開けられているため、内部の音は双方に伝わる。
 更に、ケース内には集音マイクが設置されており、中の音声をデジタル録音出来る。
 ぷちはヘッドフォンを装着し、集音マイクからの音を直接聞き内容を翻訳する。
 準備が全て整い、三戸の手により、パーティション内の厚紙が取り除かれる。
 中に居る二匹の仔実装は、アクリル越しに互い姿を認識した。

「始まるぞ…」


 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー

 デッデロゲー、デッデロゲー


 としあきの呟きと同時に、早速「胎教の歌」が始まった。
 案の定、実験用個体保管室に居た方が胎教の歌を唱え、隔離されていた側がそれに反応した。
 やがて歌は綺麗にハモり、合唱になっていく。
 二匹の仔実装は双方トランス状態に陥り、以前のぷちやミドリと同じように硬直している。
 三戸とローザが、やや興奮気味にケースを覗いている。

「すごい、としあき君の言った通りだ!」

「これが、これが……大分死の真実だったんですね」

 胎教の歌はだいたい5分程度で途切れ、やがて二匹は、何事もなかったかのように壁越しに戯れている。
 ついさっきまでのやりとりは、完全に記憶にないようだ。
 録音は無事完了し、機器が取り外される。
 
「ぷち、お疲れ。んで、なんて言ってた?」

 そう呼びかけながら、ぷちのヘッドフォンを取ろうとする。
 だが、彼女は——顔面蒼白で、足や肩をガクガク震わせながら、全身に脂汗をかいていた。
 口元はひきつり、目には涙を一杯に溜めており、どうやら失禁もしているようだった。

「お、おい、ぷち?! おい!」

「テ、テ……テェ、テェェェェ……」

「ぷちちゃん、どうしたの? ねぇ、しっかりして?」

「テチャ……テチ……嫌、イヤあぁ……大分、オオイタ、いやぁぁっ!!」

 ぷちは突然立ち上がると、ヘッドフォンを投げ捨て、部屋を飛び出して行った。
 慌てて追いかけるが、必死で逃げているようで妙に足が速い。
 としあきは、曲がり角の辺りでタックルするように捕まえると、軽く頬を張り、正気を取り戻させた。
 少しだけ、すえたにおいが漂っている。

「どうしたんだ、ぷち?!」

「い、イヤテチ……大分、あんな怖いところだったなんて、知らなかったテチ!」

「何を聴いたんだ? あれは、一体なんだったんだ?!」

「ものすごく怖い事テチ! 口にも出せないテチ!
 テチャアァァ!! もうこんな世界居たくないテチィィィ! 別な世界に行くテチィィィ!!
 テエェェェェェン、テエェェェェェン!!」

「ったく、なんだっつーんだよ?!」

 ワンワン泣き喚くぷちを抱き締めていると、向こうからローザが慌て気味に駆けて来た。

「と、としあきさん、大変です!」

「どうしたんですか?!」

「さっきの録音を、再生してみたんですけど……」

「は、はい」

 何故か青ざめているローザは、ごくりとつばを飲み込むと、思い切ったように話す。

「スピーカーが故障したんです」

「は?」

「ものすごくかん高い音になって、スピーカーが耐えられなくなって壊れちゃったんです!
 録音した音声が、まったく別なものになってるんですよ!」

「えぇぇっ?!」

 ぷちを連れて急いで部屋に戻ると、三戸を初めとする研究員達が呆然と立ち尽くしていた。
 ケースの中の仔実装達は、解放されることなくこと切れており、しかも一方は胴体を派手に爆発させていた。
 もう一方も苦悶の表情を浮かべ、大量の吐瀉物を撒き散らして死んでいた。
 DATプレイヤーと思われる機器に繋がれたスピーカーは僅かに煙を吹いており、少しだけきな臭い匂いが漂っている。
 としあきの姿を見た三戸は、激しく動揺しながら呼びかけてきた。

「実装石の歌が、デジタルデータに変化してる」

「へ? そりゃDATに録ったんだから——」

「いや、PC用のCDソフトをプレイヤーにかけると、凄いことになったりするだろう?
 あれと同じような事態になったようだ」

「え? って言うと——」

「信じられないが、実装石達は、デジタルデータを送信し合って、大分死情報を伝えていたようだ」

「あの、それで、この仔らが死んでるのは——」


『そりゃあ、あんな濃厚な大分情報をもっかい聴かされたら、仔実装なんか耐えられるわきゃないデスゥ』


 突然、どこからともなく不思議な声が聞こえてきた。
 だが三戸も、ローザも、研究員も反応していない。
 としあきとぷちにだけ、はっきりと聞こえるのだ。
 よく見ると、実験室の窓の外に、激しく輝く赤と緑の光が見える。
 それは、壁をするりと通り抜け、こちらに向かってきた。

「初期……実装?!」

 まるで幽霊のように、それは室内に入り込んできた。
 ようやく、三戸達が反応するが、なぜか彼等の声がとしあきの耳に届かない。
 まるで、フィルターをかけられたように周囲の景色が暗くなっていく。

「お前、突然なんだ?!」

『……や、やっと見つけたデスゥ。
 お前、なんつー恐ろしい世界に来てしまったデスゥ?』

「はあ? お前がここに誘導したんじゃねぇのか?!」

『しまっ——そ、そそそ、それはどうでもいいデスゥ!
 それより、早くこの世界を出るデスゥ』

 そう言うと、初期実装はミドリを連れてくるように促す。
 今この場で世界移動を強行するつもりらしい。

「おい、教えてくれ。
 結局、大分死とはなんだったんだ?!」

『それは、我々にも知りようがないデスゥ。
 ただとにかく、大分に関わるとろくなことがないデスゥ』

「なんなんだよ、全然説明になってねーじゃんか!」

『このままだと、お前の大事な人化実装もパキンしてしまうデスゥ』

「えっ、うそ!?」

 としあきは、慌てて部屋を飛び出すと、別室で待機しているミドリを引っ掴み戻ってきた。
 いまだに怯え続けているぷちの肩を抱き、準備OKだと伝える。
 暗いフィルターの向こうでは、まるでスローモーション再生のように、ローザや三戸が動いている。
 何かを必死で訴えかけているようだが、としあきには全く聞こえない。

『よし、それじゃあ行くデスゥ。
 今度はおかしな所に落ちないようにするデスゥ』

“ちょっと待てクソドレイ!
 メガ牛丼はどうしたデス?! トンコツラーメンはどうなったデス?! 今すぐ約束を果たしやがれデスーッ!”

「あっ、携帯直った!」

“デギャア——ッ!!”


『全く、こんな世界の因果を紡がれたら、たまったもんじゃないデスゥ。
 あと少し遅れたら、計画が台無しになっちまう所だったデスゥ〜』


 としあきとぷち、ミドリの姿が、実験室の中からかき消える。
 まるで何もいなかったかのように。


「消えた…?」

「本当に——この世界の人じゃなかった、んですか……?」


 三戸とローザは、思わず顔を見合わせ、としあき達が居た辺りの空間で手を動かしてみた。


          ※          ※          ※


 ——ここは、別の世界。



 見上げるような巨大なビルが、所狭しと立ち並ぶ大都市。
 それは、まるで近未来SF映画にでも出てきそうな光景だ。
 もし、ここにとしあきが居れば、「ペガサス」の中央都市のようだと表現したかもしれない。

 そんな大都市から離れて十数キロ、景色は突然様変わりする。
 まるで二十世紀末から時が止まったような、古びた町。
 商店街はすべてシャッターが閉まっており、かつて繁栄したと思われる大きなアーケード街には、もはや歩く人の姿すらない。
 そこから更に外れたところにある、住宅街。
 もう誰も住まなくなって久しく、本来であればとうの昔に撤去されてしかるべき「死に絶えた土地」。
 だがそこは、とある理由で今尚「延命」され続けていた。

 住宅街の末端辺りにある、古い一軒の家。
 木造二階建て、築推定40年以上という、もはや骨董品に近いレベルの建造物。
 そこになぜか数台のトラックと乗用車が集まり、大勢の人間が出入りしていた。
 明らかに場にそぐわない、黒い服をまとった怪しい男達は、数々の機材を運び出し、今にも崩れてしまいそうなアパート内部
に入っていく。
 そして、その光景を眺める人々は、誰もいない——

「今回は、ここか——まったく、やおあき様もよく思いつくものだ」

「面白そうじゃないか、俺は楽しみだぜ」

「さて、今回はどうなる事やら——」

 黒服の男達が、クスクスと笑いながら何かを呟く。

 アパートの入り口には、ほとんど朽ち果てた木製の看板が立てかけられている。
 それには、掠れた文字で「——アパート」と書かれていた。







→ To Be Continue NEXT WORLD





次回 【 山実装の世界 】





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このスクは、

★実装石虐待保管庫
sc1862
sc1863
sc1865「じゃに☆じそ!」第一話(公園実装の世界編)
sc1891
sc1892
sc1893「じゃに☆じそ!」第二話(虐待正義の世界編)
sc1897
sc1899
sc1900「じゃに☆じそ!」第三話(人化実装の世界編)
sc1948
sc1949
sc1951「じゃに☆じそ!」第四話(実装愛護の世界編)
sc1956「じゃに☆じそ!」第五話(実装石のいなくなった世界編)
sc1975
sc1978「じゃに☆じそ!」第六話(実装人形の世界編)
sc2042
sc2044
sc2052
sc2055「じゃに☆じそ!」第七話(他実装の世界編)


★実装人保管庫
up0210.txt
up0211.txt
up0212.txt「無謀なる天使達3」(実装人荘編)
up0213.txt
up0214.txt 
up0215.txt
up0216.txt 「じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜」第八話(実装人の世界編)
up0217.txt
up0218.txt 
up0219.txt
up0220.txt 「じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜」第九話(ネガ実装人の世界編)

の続きです。
ただし、前のエピソードを特に読まなくてもだいたいわかります。
全3〜4回で1エピソード完結という構成ですが、今回は1回のみです。





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