仔実装ちゃんにプリンをあげよう 久々に託児されてしまった。 ここしばらく仕事が忙しく、ようやく一段落したので、自宅でゆっくり酒でも嗜もうかと思った矢先だった。 缶ビールと惣菜のパック、プリンと割り箸、スプーンの袋は見事に糞で汚され、汚臭を放っている。 そしてその中心には、身長10センチ程度の仔実装が、こちらを向いてニッコリと微笑んでいた。 言うまでもなく、こやつも全身糞まみれである。 これほどきつい悪臭を放つ買い物袋に気付かぬまま、自宅まで戻ってしまった自分のふがいなさに泣きたくなる。 約1000円強の出費と楽しみを全て台無しにされ、俺は怒りのあまり目の前が真っ白になりそうだ。 いつもなら、このままコンビニ袋を叩きつけて仔実装をぶっ潰すところだが——この日の俺には、何か特別なものが 天から降りていた。 テチュウン♪ 糞まみれのまま呑気に媚ポーズを取る仔実装に、全身全霊の気合を込めた「作り笑い」を浮かべると、俺は全身全霊の 気合を込めた「作り声」で、全身全霊の気合を込めて優しく話しかけた。 「やあ可愛い実装ちゃん、いらっしゃい♪ ようこそ、僕の家へ☆」 テチャァァ♪ テチテチィ♪ 数万個ほどの脳細胞を死滅させながら、俺は必死で怒りを抑える。 たまたま家にあった使い捨てのポリ手袋を使い、仔実装と“だめになった買い物”を取り出すと、俺は風呂場でこれらを 丁寧に洗う。 実装服もきっちり手洗いしてやり、ドライヤーで充分に乾燥させると、これまた丁寧に仔実装に着せてやる。 身体を綺麗に洗われ、しかも生まれて初めて洗濯されただろう服を着て、仔実装はすっかり上機嫌だ。 俺は居間に仔実装と“買ってきた商品”を運ぶと、それらを、先日届いた通販のダンボール内に降ろした。 テチュ? 不思議そうに見上げてくる仔実装に、俺は更に優しく話しかける。 煮えたぎる怒りを必死で押し殺し、殺気を悟られないようにしながら。 「いいかい可愛い仔実装ちゃん。 飼い実装になるためには、とても賢くなきゃならないんだ」 テッチュウ 「というわけで、これから君が飼い実装になれるかテストをするよ」 テ? そう言いながら、俺はさっき洗った“買い物の一部”を、指でツンツン突いた。 「このプリンを、明日の朝までに全部食べるんだよ。 出来るよね?」 テェッ! テチュウン♪ プリンが食べられると聞いて、仔実装はパンコンしながら喜んだ。 せっかく洗ってやったというのに、なんて奴だ。 嬉しそうにプリンの容器にすがる仔実装だったが、俺は、さらに一言付け足してやった。 「もし朝になっても食べられなかったり残してたりしたら、飼い実装にはしてあげられないから気をつけてね」 テッ!! 「その時は、実装ちゃんにお仕置きしちゃうから、頑張るんだよ!」 テ、テチャ!! そう、俺はさっき託児に気付いた瞬間、疑問を抱いたのだ。 託児された仔実装は、よくプリンやヨーグルトなどのフタを開け中身を平らげるというが、それは本当なのだろうか? 今までは託児に気付いた瞬間叩き潰していたため気付かなかったが、よく考えたらそれってすごく難しい事じゃないか? ひょっとしたら都市伝説なんじゃないか? とすら思える。 だからこそ、俺はそれを検証してみることにしたのだ。 ダンボールは小型のもので、一辺が20センチ程度のほぼ立方体に近い形状。 この中に「ロング缶のビール二本」「250円程度で買えるコンビニの惣菜パック」「割り箸と爪楊枝の入った袋」と「プラの スプーンが入った袋」を配置し、なるべく買い物袋の中身に近い状態に整える。 ほとんどの床面積は商品で占有されるため、身長10センチの仔実装は立つのが精一杯で、寝転がることもできない。 さて仔実装は、俺の期待通りにプリンをたいらげてくれるのだろうか? 俺は、不可能に挑もうとあえぐ仔実装の姿に期待をかけることにした。 テェェェ… 「実装ちゃん、失敗したら、あんよから順番に、ゆっくり身体を押し潰しながら、最後に頭をグシャっとしてあげるからね♪」 テ、テェェェン!! ブリブリブリ 更にパンコンし、ついにはその場に座り込み泣きじゃくってしまう。 だが俺は手を貸さず、スタンドライトをダンボールの真上に配置すると、部屋の電気を消して仔実装を放置することにした。 これなら、俺が箱の中を覗いても逆光で仔実装には見えない筈だ。 仔実装は、たっぷり一時間ほど泣き続けた。 現在時刻は、午後10時。 朝7時まで待ってやるつもりだったので、残りタイムリミットはあと9時間だ。 ※ ※ ※ 仔実装はいつしか泣き疲れて、そのまま眠り込んでしまったようだ。 現在時刻は、午前0時。 いきなり3時間も無駄にしてしまった。 プリンの容器の高さは約7センチ強で、フタの直径は約9センチ弱程度。 アルミ製で端を指で摘んで開けるタイプのフタだが、最初の瞬間は人間でも結構な力が要る。 以前俺は、プリンのフタを開ける時に力が入りすぎ、一部をこぼしてしまったことがあるのだが、例の疑問はそこから 生じていた。 果たして、人間でもほんのちょっとだけ苦労するようなシロモノを、仔実装はどうやって開けるのか? それより、本当に開けられるのか? 0時半になっても目覚めない仔実装に、俺はちょっとだけサービスをしてやることにした。 後ろ髪の一部を掴み、一気に引っ張る。 ぷちぷちぷち、と小気味良い音がして、全体の四分の一くらい髪が抜けた。 テ、テヂャアァッ?! 慌てて目覚めた仔実装に姿を見られぬよう、俺は素早く手を引く。 「早くプリンをお食べ、可愛い実装ちゃん♪」 俺は立ち上がり、仔実装の身長の十数倍の高さから呼びかけた。 光に照らされた仔実装は、キョロキョロと辺りを見回しながら、ブルブルと身体を震わせている。 テ、テチャアァァ…… しかし、更に一時間経っても仔実装は行動に移ろうとしない。 仕方なく俺は、こっそりと家を出た—— ※ ※ ※ 午前3時頃、仔実装はまだ動いておらず、不安げに後ろ髪を撫で続けている。 俺は、ダンボールの中に“あるもの”を投げ落としてやった。 ——ベチャッ テ? ……テ、テエェェェェェェッ!!! 落下物を見て、仔実装が悲鳴を上げる。 それは、俺がさっき近所の公園から掻っ攫ってきた親指実装の死体だ。 見つけた瞬間、間髪入れずに袋に詰め、近くの木にたたき付けたのだ。 よく見ていないが、程よい轢死体となっている筈だ。 「ほぉら実装ちゃん、早くプリンを食べないと、そんな風になっちゃうよぉ?」 テ、テテ、テェェェ…… プリプリプリ、プス- どうやら「実」切れのようで、最後に妙に可愛いガスの音が響く。 午前3時半になって、ようやく仔実装はプリンの容器にすがりついた。 やっとかよ、と。 ここで、もう一度プリンの容器と仔実装の対比を確認しておく。 7センチの容器の高さは、身長10センチの仔実装の三つ口てっぺん辺りに届く。 結構上げ底された容器で、1センチ前後ほどプリンは床面から浮いており、更にフタ下には1センチ弱ほどの隙間が 空けられている。 プリンそのものの高さは正味5センチ強で、仔実装はフタを開けられたとしても、中に全身を潜りこませることは不可能だ。 仔実装はほぼ理想的な二頭身体型で、腕と足の長さは約2センチ強、胴体の長さは3.5〜4センチ弱となる。 10センチの身長に対して7センチなら比較的余裕に思えるかもしれないが、そうでもない。 この体型だと肩の位置が低くなるので、両腕を思い切り上げても7センチの容器の端に手を触れるのが精一杯だ。 人間に例えると、目一杯腕を伸ばしギリギリ手が届く位置に置かれている板を、指の先だけで持ち上げようとするような もんだ。 数値だけだと実装石の方が1.5倍近くも背が高いのに、それでも既に絶望臭が漂っているわけだ。 俺はこの瞬間、「もっと小さい仔実装や親指には絶対に開けられないよな」と確信した。 ところが、仔実装はここで俺の予想を上回る行動に出た。 奴は、すぐ横に置かれている惣菜パックの上によじ登り、自分の身長を伸ばした。 惣菜パックの高さは目測約3センチ程度で、これは仔実装の腰辺りに相当する。 これくらいなら、曲げた上半身を丸々乗せられるため、昇るのは比較的容易らしい。 背が高くなったため、フタの位置は仔実装の腹辺りまで下がった。 次に仔実装がやったのは、プリンのフタの上に乗るという行動だった。 これも、惣菜の上に乗る理屈で楽々クリアした。 だが、仔実装の重さは見た目の印象に反してかなり軽い。 俺は直接調べていないが、10センチ程度の個体でもせいぜい20グラム弱程度しかないそうだ。 これでは、自分の体重でアルミのフタを押し破るのは難しいだろう。 ——と思っていたら、仔実装はなんと、次に自分の靴を脱ぎ出した。 (靴なんか、どうするんだ?) 仔実装は、脱いだ靴を自分の手にはめ込むと、それでプリンのフタの表面を擦り始めた。 その意図は、全くわからない。 時間をかけて、広い面積を何度もしつこく擦り上げていく。 現在の時刻は、3時34分。 行動に移ってから、たった4分弱だ。 しばらくすると、仔実装は靴を履き直し、改めてプリンのフタの上に立った。 そして何を思ったか、突然その場でぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。 少し飛んで休み、少し飛んで休み。 おおよそ2分弱程度だろうか、そんな運動を続けている。 奇怪な行動に俺が首を傾げ始めた頃、ようやく変化が起こる。 なんと、突然仔実装の身体が沈んだのだ。 メコッ テチュ! なんと、フタが裂け仔実装の両脚が中にめり込んだ! 勝利の鳴き声を上げる仔実装に、俺は例えようのないほどの憤りを覚えたが、同時に凄く感心させられてもいた。 実装石の靴は想像以上に耐久性が高く、足を保護する役割のせいか底部分はかなり硬い。 仔実装は、自分が生来持っている「歯以外の」硬い物を利用してアルミフタに金属疲労を起こさせ、そこに重量と衝撃を 加えて破いたのだ。 これなら、確かに仔実装でもフタは開けられるし、託児された人間が帰宅するまでに食べてしまうことも可能だろう。 まんまと一杯食わされたという印象だったが、まだ終わりではない。 ここから、更に中身を平らげなければならないのだ。 ※ ※ ※ フタを破った仔実装は、丁寧にアルミフタをめくり上げると、露出したプリンの表面を凝視した。 先ほど足を突っ込んだ部分に手を入れ、掬い取る。 テチュウン♪ 甘味に酔いしれ、嬉しそうな、それでいて実に腹の立つ鳴き声を上げる仔実装は、次々に手でプリンを掬い、中心部を 崩していく。 やがて逆立ちするように頭を突っ込むと、直接モグモグと食い始めた。 だが俺は、きっと息が苦しくなってジタバタし始めるに違いない! と予測した。 もし、顔を戻すことが出来なかったら、プリンに埋もれて苦幸せ(くるしあわせ)な目に遭うだろう。 ヘタしたら、そのままポテチンだ。 案の定、完全に逆立ち状態になった仔実装は、足を振り乱しジタバタし出す。 相当苦しそうな様子で、声一つ立てず四肢を懸命に震わせている。 だが次の瞬間、仔実装は身体全体を前後に揺さぶり、反動をつけ始めた。 プリンの容器が、あっけなく横倒しになる。 と同時に、スッと身を引き脱出した仔実装は、容器の中からプリンを更に掻き出し、そこに口を付けて吸い取り出した。 ここまでの時間、約10分弱。 あまりに見事な手際に、俺は更に感心して見入った。 テッチュウン♪ って、感心してどうする俺! 持論をあっさり覆された怒りと、してやられたような感覚による怒りが、次第に俺の血流をビートアップさせていく。 だが、ここで怒り任せにプッチンするのは、下の下と云える。 それに、この仔実装はまだ試練を果たしていない。 残された疑問は、「自分の腹の容量よりもデカいプリンをどうやって食い切るか」だ。 テッチュテッチュテッチュ〜♪ ングング、プハ 容器を倒してから約2分。 目測三分の一ほどを食い終えた時点で、仔実装の動きが止まる。 少し顔を強張り、膨れた腹を辛そうに押さえている。 これと似たような様子を、俺はかつてTVの大食い選手権か何かで見たことがあった。 仔実装は、満足した様子でその場に横たわり、腹をさすりながらだらだらし始める。 どうやら、満腹したために早くも試練を忘れてしまったらしい。 「おーい、忘れたのか? プリン全部食わないと、お仕置きだよ〜?」 高い位置から声をかけてやると、仔実装が慌てて飛び起きた。 飛び起きた、と言っても実際にはもっさりのったりな動作だが。 まだ三分の二も残っているプリンを見つめ、呆然とする仔実装。 先ほどとはまた違う意味で、顔が青ざめているようだ。 テェェ……テチュ 仔実装はしばし悩むと、徐にパンツを下ろした。 先ほど漏らした糞がぼろりと零れ落ち、周囲に悪臭が立ち込める。 仔実装は下半身裸の状態になると、何を思ったか尻をプリンの容器の中に向け、力み始めた。 テッ……ヂュウゥゥゥゥゥッッッッ……ふんぬっ! ブリリッ、ブリリリリッ 再び大量の液糞が噴出し、まだ食べられるプリンに浴びせられる。 黄色と濃緑色が入り混じり、プリンの容器はとんでもない事態になった。 未消化のものまでひり出しているようで、さっき一旦在庫切れになったとは思えないほどの量が噴出していく。 ブリョブリョブリョ……プリュッ♪ 最後の音が妙に可愛らしくて、なんか激しくムカつく。 出すものを出し切ると、仔実装は「やれやれ」とばかりに額の汗を拭……おうとして諦め、再び寝転がった。 言うまでもなく、プリンを口に入れようともしない。 しばらく考え、俺はようやく仔実装の意図に気付く。 こいつは、自分の糞で余ったプリンを汚すことで「もう食べられなくなった」=「食べる必要性はない」=「試練は終わった」 という超解釈に至ったようだ。 呑気に寝息を立て始める仔実装の態度は、俺の逆鱗に思い切り触れまくる。 容器をどうやって開けるかという知的好奇心は確かに満たされたが、ここから先は単純な加虐心を満たしたい。 しかし、かといってここで直接手を下してしまっては、ここまで我慢して観察を続けた意味がない。 俺は一旦場を離れ、どうするべきか冷静に考えてみることにした。 ※ ※ ※ 一時間後、俺はサランラップを持って戻ってきた。 眠っている仔実装を起こさないように、親指の死体を取り除く。 その後、ダンボールの天井をラップで二重に包み、端がめくれないようにセロテープでガッチリ止める。 空気穴を数箇所にポチポチ開けると、俺は箱を静かに持ち上げ、ベランダへと運んだ。 明日の天気は晴天、降水確率0パーセント、予想最高気温は34度。 試練を放棄した仔実装ちゃんには、ゆっくりと報いを味わっていただくことにした。 朝、午前7時頃。 ベランダがにわかにうるさくなって来たのでカーテンの隙間から覗いてみると、早速ダンボール箱が揺れている。 既に外の気温はかなりのものになっているようで、しかも箱の位置には直射日光がモロに当たっている。 俺はベランダに出ると、箱の中で暴れる仔実装に呼びかけた。 「はーい実装ちゃあん♪ とうとうプリンを全部食べられなかったねぇ〜?」 テチテチィィ〜! テヂャアーッ!! サランラップ越しでも声は届いているようで、何やらご立腹な鳴き声が聞こえてくる。 「朝までにプリンを全部食べないとお仕置きって言ったでしょ? 約束を破ったのは君なんだよ?」 テチテチ、テチテチテチテチ、テチテチテチテチィィィ 何やら懸命に訴えかけているが、聴く耳など当然ない。 箱を覗き込んでみると、中は夕べより更に酷いことになっており、流れ出した糞とプリンの溶液のせいで床面が見えない。 例えるなら、緑が七分に黒が三分といった状況だろうか。 プリンはあのまんま手をつけられていないようで、このままだといい感じに発酵が進むだろう。 俺は咳払いをすると、改めて仔実装に呼びかけた。 「助けて欲しい? お仕置き辞めて欲しいの?」 テチテチィ〜!!(コクコク) 「じゃあ、特別に条件を付けてあげよう。 プ リ ン を 全 部 食 べ る ん だ 」 テ?! 「実装ちゃんが、きちんとプリンを全部食べなかったのが悪いんだよ? 全部食べられたら出してあげるから頑張ってね♪ それまで絶対出してあげないけどね☆」 テ、テェェ… それだけ言うと、俺は窓を閉めて仔実装を再び放置した。 炎天下の中、糞まみれになったプリンは、たとえ糞食が可能な実装石にとってもきついものになるだろう。 ましてあの仔実装は、昨日の態度から糞食は出来ない個体と見て間違いない。 時間が経つにつれ、どんどん発酵・腐敗していくプリンに、自分の出した糞がブレンドされているのだから、味覚だけでなく 嗅覚的にもかなり厳しい筈だ。 しかも、箱の中で仔実装が口に出来る水分は、プリンしかない。 通気が完全にシャットされた地獄の猛暑の中、生き残るためにはどのみち腐れプリンに口をつけなければならないのだ。 今日は土曜日で休みなので一時間毎に様子を見ることにして、俺は早速朝のシャワーを浴びに一階へ向かった。 午前8時 仔実装は、ダンボールの壁とビール缶の隙間に頭を押し込んで、必死で太陽光を避けようとしている。 プリンにはあくまで手を出す気がないようで、顔を向けないよう懸命に避けているようだ。 その無意味な態度が、いい感じにイライラさせてくれる。 しかしよく考えると、熱伝導率の高いアルミ缶に顔をつけ続けているわけだから、結局暑くなるだけなんじゃないか? 午前9時 仔実装は靴を脱ぎ、一生懸命実装服を脱ごうとしているが、頭が引っかかってうまく脱げない。 ひょっとしたら、汗で突っ張っているのかもしれない。 しばらく眺めていたが、思ったより早く飽きてしまったので、俺は部屋に戻り遮光カーテンを閉める。 その瞬間、微かに悲鳴が聞こえたような気がしたが、再確認する気はない。 午前10時 なんとか脱衣に成功したようだが、仔実装はついに判断力を完全に消失したようで、最も太陽光が照り付ける惣菜パック の上で寝転がるという暴挙に出た。 ものすごい汗だくで、舌をだらしなくでろんと伸ばし、目がうつろだが、どうやら自分が最も危険な状況下にある事には 気付いていないらしい。 相変わらずプリンには手を出してないようで、見た感じ量は全く減っていない。 否、床に流れ出た分のいくらかは、乾燥し始め体積を減らしているようにも見える。 一瞬、仔実装と目が合うが、懇願するような視線を露骨に無視して、俺はまた部屋に戻った。 午後12時 うっかり11時の確認を怠ってしまい、慌てて箱を見る。 なぜか、仔実装の姿が見えなくなっていた。 良く確認すると、プリンのカップから足先が見えている。 とうとう、プリンに手をつけた! ヤッター!! ——と思ったが、どうも様子がおかしい。 更によく見ると、仔実装は陽を避けるためにカップに潜り込んだだけで、中身を食っているわけではないようだ。 俺は、再び呼びかける。 「おーい実装ちゃあん? 早くプリンを全部食べないと、大変なことになっちゃうんだよぉ?」 … かなり大きな声で呼びかけるが、全く反応がない。 俺は呆れ顔でしばらく眺め続けていたが、暑くなってきたので再び部屋に戻った。 箱の中の温度は何度に達しているのだろう? 午後1時 最も暑くなる時間帯に突入し、カーテンを開けるのすら躊躇われる。 箱を覗いても、先ほどから仔実装の変化が見られないので、丸めた厚紙を箱の側面に当て、中の音を拾ってみた。 テェェ……テチュ……テェェェェ…… ピチャ、ペチャ—— 俺は、思わず拳を握り「やった!!」と小声で呟いた。 根負けしたのか、それとも何か口にしないと危険だと察したのか、仔実装は糞まみれ腐乱プリンを弱々しく吸い取っている ようだ。 ゲエェェェ——テチ……ウェェェェェッ ペチャ、ピッチャ…… 何度もえづきながらも、必死で舐め取っている音が楽しい。 改めて箱の中を見ると、あちこちに髪の毛と思われるものが散らばっている。 自然に抜けたのか、それとも身体にまとわりついて暑いから自ら捨てたのか…… 午後2時 仔実装がプリンの容器から脱出し、壁面にもたれかかっている。 その顔には生気が感じられず、ただ四肢がピクピク痙攣しているだけだ。 上から見る限り、プリンの容器には「黄色い部分」が見て取れない。 どうやら、なんとか完食に成功したようだ。 俺は、仔実装の頑張りと生への執着に、それなりの敬意を払おうと考えた。 静かにサランラップを剥がすと、言葉ではとても表現できそうにない汚臭がムワッと襲い掛かり、俺は思わず悲鳴を上げて のたうった。 10分後、ようやく正気を取り戻した俺は、使わなくなった菜箸を使い、仔実装を取り出す。 プリンの容器には大量の糞が詰め込まれ、腐海のようにでろりと垂れている。 無論、仔実装もその巻き添えで全身を激しく汚染させているため、救出は困難を極めた。 俺は鼻に詰め物をして仔実装をティッシュに包むと、風呂場で洗浄してやることにした。 すっかり禿裸と化した仔実装は、洗浄中に水を多く飲み込んだせいか、予想以上に早く元気を取り戻し始める。 テ…テェェ? 「よく頑張ったね、実装ちゃん?」 テ、テェェェェン……テェェェン 「頑張って、プリン一杯食べたんだね、えらいよ〜♪」 テチャァァァ! テェェェン、テェェェン ようやく救われたのが嬉しいのか、それともきつい試練から解放され心が緩んだのか、仔実装は俺の手にすがり泣き 始めた。 思えば、この仔実装も不幸である。 親実装の勝手な判断で託児され、誰とも知らない人間の荷物に命賭けで放り込まれ、その上怒りを買って虐待される。 本人は、きっと人間と楽しく優しい日々を過ごしたいと願っていたに違いない。 だがここに至るまで、彼女の意志は全く反映されることはなかった。 託児先の人間も、扱われ方も、待遇も——そして運命さえも、彼女の意志を無視し続けた。 託児後の瞬殺こそ避けられたとはいえ、実に8時間以上も生死の境を味わわされたのだ。 その上、髪も服も、糞食はしないという自己のモラリズムすら捨て去った。 そこまでして、彼女は生に執着し、僅かな可能性に賭けたのだ。 果たして、彼女と同じようなことが出来る人間が、この世にどれだけいるだろうか? 俺は、思わず目に涙を溜めた。 ——こんなに一生懸命生きようと頑張る仔実装に 極上の屈辱を与えつつ処刑出来る悦びに。 ※ ※ ※ 午後3時 二階のベランダに戻ってきた俺は、嬉しそうにテチテチ♪ と鳴く仔実装を、再びあのダンボールの中に戻した。 テェッ?! なんで? どうして? と言いたげな仔実装に、俺は満面の笑顔を浮かべながら答える。 サランラップを、先ほど以上にガッチリと固定しながら。 「実装ちゃん? 俺は、プリンを 全 部 食 べ な さ い って言ったよね?」 テチ? テチテチテチ、テチィ!! 「全部食べたって? いんや、まだ残ってるじゃないか」 テェ?! テ、テェェ……テッ?! 仔実装は、横倒しになったままのプリンの容器を見て硬直する。 どうやら、俺が言いたいことが理解出来たようだ。 「まだたっぷりあるよねぇ? 早く食べないと、実装ちゃんは暑さでまた大変なことになっちゃうよぉ?」 テェェェェェェ〜〜!! そう、プリンの容器はまだ空にはなっていない。 仔実装は、容器の中に何やら詰め込んでしまったようだが、そんな事こっちの知ったこっちゃない。 人間の感覚で普通に考えれば、全部食べるとは 容 器 を 空 に す る ことだ。 仔実装が全部食べたつもりでも、中に残っているなら、それが何であろうと食べ尽くしてもらわなければならない。 再び地獄に引き戻された仔実装は、愕然とした表情で、プリンの容器とその中からこぼれる大量の糞便を見つめた。 テ、テチャアァァァ!! テチィィィ!! テヂャァァァッ!! ぴょんぴょん飛び跳ねながら、必死で何かを訴えるが、それで何か起きる筈もない。 冷たい視線で見下ろす俺の態度に「何を主張しても無駄」と考えたのか、やがて仔実装は再びプリンの容器に向かった。 テ…ェェ…… ペチャペチャ、ピチャピチャ ウゲ……ゲエェェェッ まだ嘔吐が止まらないようで、せっかく綺麗にした身体を吐瀉物まみれにしながら頑張る。 そのあまりにも情けなく無様な格好に、俺は心の底から湧き上がる「ザマミロ感」に酔いしれた。 テチ……ゥオェェェ オゥエエエ……ゲボッ 糞を口にして嘔吐し、それをまた口にする。 そしてまた嘔吐を繰り返し……と、仔実装は自らをどんどん衰弱させながらも食べ続ける。 恐らくこいつは、最初の時点で普通に全部食べておけば良かったと、後悔していることだろう。 実装石が生来持っている怠惰感情が働いてしまったため、かえって貶められてしまった事を悔やんでいるに違いない。 仔実装が、時折カップから顔を出し、「もう許してください」と言いたげな表情を向けてくるが、俺はその度に視線を逸らす。 というより、もはや動く汚物でしかない仔実装に哀れみを向けてやる気も、努力を汲んでやるつもりもさらさらない。 元々こいつは、俺のささやかな楽しみを無に帰すという大罪を背負っている。 代わりにこんな娯楽を提供し……もとい、更に俺に無駄な手間をかけさせた。 せめてプリンをすべて食べ切っていれば、極楽気分で地獄行きにしてやったものを、こいつは自ら最悪の選択をしたわけ だ。 いつしか俺は、惨めで哀れな仔実装を、心の底からあざ笑っていた。 恐らく隣の家にも聞こえていただろうが、知ったこっちゃない。 とにかく、思い切り大笑いして仔実装にトドメの絶望感を味わわせたかっただけなのだ。 だが、俺はこの時、気付くべきだった。 自分では割と冷静なつもりだったが、少ない睡眠時間が災いしたのか、或いは仔実装への憎悪が大きすぎたせいか、 極端に注意力を鈍らせていたようだ。 プリンの容器と仔実装ばかりに意識を向けていたため、俺は箱の中で起きているもう一つの変化に、全く気付いて いなかった。 ※ ※ ※ 午後4時 ボスンッッッ!!——— 所用で一階に下りていた俺は、凄まじい爆発音に驚き、慌てて二階へ駆け上った。 部屋に入るなり異臭を感じた俺は、窓を開けようとして立ち止まった。 ベランダは、凄惨な状況になっていた。 窓ガラスは割れ砕け、ベランダには様々なものが広く飛び散っている。 ダンボールは僅かに残骸が残るのみで、側面部は跡形もなく消し飛んでいる。 腐った惣菜は中身がぶちまけられ、プラ容器はベランダの端まで飛ばされていた。 当然、箱の中にたっぷりとたれ流されていた実装糞も、そこら中に飛び散っている。 窓は散らばった液糞のせいで真緑に染まり、割れた部分から室内にまで入り込んでいる。 プリンの容器と仔実装の姿はどこにもなかったが、しばらく後、容器の一部が庭の隅にまで吹き飛ばされているのを確認 した。 一瞬何が起きたか理解出来なかった俺は、割れた窓の傍に転がっているビール缶の上半分を見て、背筋をゾッとさせた。 ダンボール箱の中に詰め込み、仔実装の活動範囲を狭める障害物の役割を担っていた、ビールのロング缶二本。 これが長時間高熱状態で保管されたため膨張し、破裂したのだ。 夏場、車内に放置された炭酸飲料のアルミ缶が爆発する事故があるそうだが、あれと同じ理屈だ。 サランラップでほぼ密封状態にあり、しかも直射日光をふんだんに浴びていたわけだから、破裂するには充分な条件が 整っていたのだろう。 俺は、あの時面倒臭がらず、中身も缶も丁寧に処理して捨てておくべきだったと、心底後悔した。 合計1リットルのビール爆弾の破壊力は、尋常ではなかった。 ビールの中身が隣の家の洗濯物にまで降りかかったと、後日クレームを受けたほどだ。 大きな破裂音に驚いた誰かが警察を呼んだらしく、しばらく後に警察がやって来た。 俺は缶の残骸を示し、仔実装虐待を除いた事情を説明しなんとか納得してもらえたが、ご近所からはかなりの顰蹙を 買ってしまった。 ベランダを泣く泣く掃除し、窓ガラスの破片を片付け、ようやく一息ついた頃、俺は仔実装に対する更なる怒りに身を 焦がしていた。 くそっ、なんであいつのせいで俺がこんな目に遭わされるんだ! あいつが託児さえされなければ、こんな事にはならなかったんだ! 畜生、やっぱり俺が直接この手で捻り潰してやるべきだったっっっ! しかし、その後も仔実装の死体だけはどこからも見つからず、やがて俺は、次第にその存在を忘れ始めた。 ※ ※ ※ 一週間後、俺は再び近所のコンビニでビールとつまみを買い、今度は口をしっかり縛って帰宅した。 週明けから続いた大仕事も泊りがけを経てようやく片付き、自宅への帰還も実に3日ぶりだ。 今度こそ、楽しい週末をくつろげるぞと、俺は心を躍らせ自宅に戻った。 だが、自室のドアを開けた途端、鼻を突く腐敗臭を感じ、俺は激しく身悶えした。 臭いの原因。 それは、カーテンの裏側にへばりついている小さな腐乱死体だった。 肉は黒ずみ腐敗汁がドロドロと垂れ、大きな蛆虫が何匹も湧いて蠢いている。 部屋の中には無数のハエが飛んでおり、不愉快極まりない状況だ。 恐ろしいことに、仔実装の死体は割れた窓の隙間を通り抜け、分厚い遮光カーテンの裏側に激突して付着していたようだ。 これはもう、どんなに洗浄しても染みと臭いは落ちそうにない。 それにしても、仔実装程度の脆い身体で、よくガラスを突破出来たもんだ——と、変に感心した。 空気清浄機を稼動させ、換気を行いながら、俺は四万円もした特注の遮光カーテンを取り外しにかかる。 仔実装が地獄の底でチププw と笑っている姿が脳裏に浮かび、俺は思わずカーテンを床に叩き付けた。 来週末からは、コンビニ袋の口を緩めて帰宅しようと思う。 (缶) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「実装人保管庫」に、拙作『じゃに☆じそ!〜実装世界あばれ旅〜』第9話をアップしました。 よろしくお願いします。
