タイトル:【観察】 長岡の実装石
ファイル:長岡の実装石.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3154 レス数:1
初投稿日時:2010/07/31-23:32:12修正日時:2010/07/31-23:32:12
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長岡の実装石





 ——8月。
 今年も、暑い夏がやってきた。

 ここ新潟県長岡市に住みつく実装石達にとって、7月から8月にかけての猛暑シーズンは生死を左右する。
 何故なら、各所に点在する実装コミュニティのすべてが、猛暑による極端な水不足に悩まされるためだ。
 年越しを経験し、親から夏を生き延びるための知恵を授かっている個体は、梅雨の間に貯めた水が枯渇し始めると、信濃川へと向かう。
 ここの河川敷はとても広大で、対岸堤防までなんと約1キロもの距離がある。
 土手の高さや敷地面積も他の河川とは比較にならない規模の雄大さを誇り、かつ綺麗に整えられている。
 しかも川が近いため水量も豊富であり、実装石達にとってはこれ以上ないほどの楽園になる。
 大手大橋から長生橋にかけての河川敷は、この季節人間達によっていつも以上に綺麗に整えられた。
 実装石達は、長い時間をかけ、時には命をかけてここに辿り着き「夏越え」を試みる。
 信濃川の河川敷は、長岡市内に生息する実装石をすべて集め、その数を十倍に増加させてもまだゆとりが有るほど広大だ。
 しかも普段は時たま人が訪れる程度で治安も大変良く、仮にヒャッハリストが登場しても被害はごく一部に留まり、実装石全体が致命的な
被害を負うことはまずない。
 人間にとっても広大過ぎるこの河川敷において、従来の手段で実装石を殲滅するなど絶望的に不可能なのだ。

 この河川敷に住む実装石は、早い者達は6月初旬から移動を開始、住み易い場所を確保する。
 そのため、7月後半になると信濃川河川敷の東側・西側はどちらもデスデスと大変な賑わいを見せるようになる。
 ここに集まる実装石達には、不思議な統一意志が存在している。
 これは、他の土地に生息する実装石には見られない特殊な性質とも云える。
 なんと、ここにやって来た実装石達は仲間同士のケンカや殺し合い、共食い、糞害などを起こさなくなるのだ。
 否、正しくは一部に起こす者がいるにはいるが、そういった者は即座に河川敷から弾き出されてしまう。
 これは、かつて別な住処で傍若無人の限りを尽くしたような強者でも例外ではなく、まるで猫を被ったかのように大人しくなる。
 驚くべきことに、河川敷に沿って伸びている遊歩道で高慢な飼い実装と出会い口汚くののしられても、彼女達は嫌な顔一つせず華麗に
スルーしてしまう。
 通常の野良ならまずありえないことだが、ここに来た実装石達はなぜか突然モラルが向上し、異常と思えるほど統率の取れた「礼儀正しさ」
を身に着けてしまうのだ。
 この異常な現象について、各方面でも多くの研究が行われてきたが、いまだに明確な要因は突き止められていない。


 2009年。
 梅雨がまだ明け切れていないこの時期、毎年のように多数の実装石が集まってきた。
 耳を澄ませば、蝉の鳴き声に混じってデスデス、テチテチという騒がしい騒音も響いてくる。
 しかし河川敷付近に住む人々も、保健所すらも、なぜかこれらを駆除・排除しようとはしない。


          ※          ※          ※


 いつものようにできるだけ高い所に上った数匹の実装石が、少し濁った薄灰色の空を眺める。
 今日はとても蒸し暑いが、ここ数日と比較するとまだ気温は高い方ではない。
 恐らく、午後も午前中とさほど大きく変わらない程度の気温だろう。

 むしろ問題なのは、天気だ。

 雲の動きが気になる……母親が教えた濃いグレーの「あめのくも」が、風上の方でどんよりと漂っている。
 あれがこっちに流れてきたら、かなりの大雨に見舞われる。
 実装石達は高台から降りると、急いでコミュニティのリーダー達の下へ急ぎ「読み」を報告した。

 以前から長生橋の近くで生活していた実装石の中には、「天気を予測できる個体」がある程度存在する。
 決して完璧ではないものの、長い時間をかけて伝えられたノウハウと、更に積み重ねた経験を活かし、雲の性質やその動き・風の流れや
体感湿度を計ることで、彼女達は何度も仲間達を救ってきた。
 特に、梅雨の真っ只中である6月末から7月にかけて、彼女達はとても重宝される。
 湿度を正しく感じ取るため、実装服を奪い取られパンツ一丁での生活を強いられてはいたが、そのような姿でありながらも、彼女の扱いは
特別級だった。
 
 この日、天気予測実装達が示した予測は「夕方前後から大雨の模様」というものだった。
 それを聞いたコミュニティの長は、テリトリー内の実装石達に雨対策を行わせ、伝令を使って他のコミュニティにも連絡を行う。
 実装石達の伝達力はバカにならず、うまくやれば一時間前後で河川敷全体に伝わる。
 
 長生橋周辺に住む西側・東側の各コミュニティは、本日のみ他の実装コミュニティを受け入れ、橋下で雨をやり過ごすことにした。
 無論それだけで全てのコミュニティを収め切れるものではなく、遥か北・南のコミュニティがそれぞれの対策を講じている事を祈るしかない。
 だがコミュニティの長は、この日天候とはまた違う異変を察知していた。

 人が、やたら多いのである。

 信濃川河川敷の土手は氾濫時の防波堤でもあるため、結構な高台になっている。
 その上は軽自動車程度なら入れるほどの細い道路が走っており、普段は遊歩道やサイクリングロードとして利用されている。
 土手の向こう側には住宅街があるとはいえ、普段は人の行き来は少なく、一時間に数人通り過ぎればいい程度なのだが、なぜか今日に
限って異常なほど人が多い。
 否、多いなどというレベルではなく、まだ早朝にも関わらず既に数百人以上は集まっている。
 それも西側だけの話であり、東側にも同じように多くの人間が集まってきていた。
 しかも不思議なことに、人間達は実装石に全く関心を示すことはない。
 河川敷の傾斜と道路の境には、いつの間にか大掛かりな柵が設けられており、路上に昇ることは不可能となっている。
 コミュニティの実装石達は、見慣れぬ人間が大勢集まる様と、彼らが漂わせる異様な雰囲気に気圧され、激しく怯えている。
 まだ年若き長は、自身をも襲う恐怖に必死で耐えながら、他の者達に安全を主張する。

 自分達がニンゲンに迷惑をかけない限り、何かされる筈はない。
 まして、ここは駆除が絶対に行われない楽園なのだから、安心するようにと。

 だが時間が経つにつれその数をどんどん増やしていく人間達は、無言で実装石を威圧し続ける。
 橋下を目指し、緩やかな移動を続ける他コミュの実装石達が感じる恐怖は、並大抵のものではない。

 人間達は相変わらず実装石達に興味を示さず、せいぜい何人かの子供達が柵越しに指差して笑っている程度に過ぎない。
 実装石達は、柵のおかげでニンゲンがちょっかいをかけられないに違いないと納得したが、その柵自体が持つ本来の意味までは考察
出来なかった。


 午前9時、午前10時——集まった人間の数は、既に数千人規模となった。
 そして正午には、一万人を超える。
 それはもはや、異常などという表現では足りない領域だ。

 広大な河川敷を移動する実装石達は、余りにも異様な光景に圧倒され、途中で腰を抜かして動けなくなる者が出たり、中には偽石を自壊
させてしまう仔実装や親指、蛆実装などもいた。
 たとえ何もされなくても、凄まじい数の人間が集まり大きな声で話しわめけば、それだけでひ弱な実装石達には致命傷となる。

 河川敷土手の遊歩道に集う人の列がキロ単位の長さに達する頃、にわかに空模様が崩れ始めてきた。


          ※          ※          ※


 午後一時頃、突然周囲が騒がしくなった。
 既に数万人単位に膨れ上がり、河川敷を見下ろしている人間達は、何やら慌しく動き出す。
 今まで道端に座り、呑気にくつろいでいた者達すら立ち上がり、何か呟きながら大きな荷物を抱える。
 天気予測実装達も人間達の動きの変化に気を取られ、本来しなければならない役目を失念していた。
 それは、北の方から南に向けて流れてくる濃灰色の雲と、少しずつ高まってくる湿気を察し、橋下に集まった仲間達に警戒を促し、また橋に
辿り付けていない他コミュニティの者達に向けて伝令を差し向けるというもの。
 河川敷を北上する他コミュニティの実装石のほとんどは、子供達の手を引き、或いは担ぎ、抱き、短い足で必死に走っている。
 だが、硬い芝生に覆われた河川敷は歩く分には良いものの走るには向かず、葉で足を切り普段より移動速度を落としてしまっている個体も
目立った。
 河川敷の下、川沿いには舗装路や砂利道があり、そこを使っている者達は比較的移動が容易だったが、やはり橋下までの遠い道のりは
厳しく、挫折する者達も多い。
 背が低く脚力に乏しく、また疲れるとすぐ諦めてしまいがちな実装石達にとって、この半分でも移動するのは困難だ。
 もしこの時、天気予測実装達がいつものように任務を行っていれば、後の惨劇を避けられた者が若干は増えていたかもしれなかった。

 およそ30分遅れで伝達された「豪雨のおそれ」。
 コミュニティの長は、特に足が速い者達に依頼し別なコミュニティや移動中の者達への伝達を図る。
 天気予測実装達の見込みでは、雨は相当なものになりそうだった。
 人間が雨具を着けていても歩き辛いほどの豪雨の場合、中実装以下の者は一歩間違えると全滅しかねないほどのダメージを受けてしまう
からだ。
 特に蛆実装・親指実装は雨粒を受けただけで死にかねないため、親は必死になって守らなければならない。
 従来であれば、河川敷やその周辺に落ちているビニール片やダンボール等を利用出来るものの、今日に限ってはそれらがほとんど
見当たらない。
 信濃川沿いの河川敷で、橋下以外で雨を避けられそうな場所はほとんどない。
 午後一時半になろうとする頃、今までサイクリングロード沿いに並び呑気に座っていた人々が、立ち上がり始めた。
 数キロに渡って並ぶ数万人規模の人間が一斉に動き出したものだから、実装石達はたまったものではない。
 警戒心の強い者達は無意識に足を止め、中には今来た道を戻り始める者までいる。
 実装石達が橋下に移動してくる様子を窺っていた天気予測実装達は、ものすごく大きな人間の声が響いた途端、人の列にわかにざわめき
出したのを感じた。

 河川敷の坂道を懸命に歩く実装石達。
 川沿いの砂利道まで降り、真っ直ぐ橋下を目指す者達。
 彼等が死の直前に見たのは、柵の向こうから滝のようになだれ込んでくる、大勢の人間達の姿だった。

 午後一時半、柵の向こう側に居た人々が、一斉に河川敷に降りてきた。
 否、降りるなどという表現は生ぬるい。
 ある者は河川敷の坂を駆け下り、ある者は柵を飛び越える。
 いずれの者達も必死の形相で、全員例外なく大きな荷物を持ち、振り回している。
 河川敷を移動している実装石など、眼中にはない。
 しかし、彼らの目は全て例外なく血走っていた。

「どけ、ジャマだ!」

 デギャッ!?

 デギィッ!?

 ヂッ!

「ちょっと! ここ、私が先に取ったのよ!」
「うるせえ! 俺の方が先に来たんだよ!」

 デギャアッ!?

「あんたここの場所取って! 敷物! 敷物ないの?」

「シートの端、楔打って! 剥がされるから!」

 ヂブヂュッ!!

「10人来るんだよ!! それじゃ足りないって! もう一枚シート!」

 グシャッ、ベシャッ!!

 ヂ……!!

「シートの下ゴワゴワする、なんか踏んでない?」
「剥がすな! 場所盗られるから! 踏み慣らせ!」

 ヂ……ィィ……


 河川敷に降りてきた人間達は、皆ビニールシート等を敷き始め、場所取りを始めた。
 だが、その殺気ほと走る有様は決してのどかなものではなく、まるで目に付いた物全てを弾き飛ばしてしまいそうなほどの勢いだ。
 各所で場所取りを巡る喧騒が轟く中、今まで移動していた実装石達は、みんな蹴り飛ばされ、踏み潰され、シートの下敷きにされた。
 彼等の目には、実装石の存在など微塵も写っていないのだ。

 果てしなく続く信濃川、その両脇の河川敷は、東西それぞれで運動場代わりになるほど広い。
 そして、そこに向かう坂も長く広く、そして気が遠くなりそうなほど遠くまで続いている。
 その全てが、たった数分で人間達に埋め尽くされたのだ。
 比喩ではなく、すべて現実の出来事。
 数万人の人間が、たった数分で大面積を占有するパワー。
 それはもはや、実装石にとって理解の及ぶものではなかった。
 多くのコミュニティが、「場所取り」の影響で壊滅的ダメージを受け、その脅威は尚も続く。
 場所取りが終わっても、人間達の行き来の多さは変わらず、惨劇から逃げ延びた者達も踏まれ、蹴られと散々な目に遭わされていた。

 喧騒が落ち着き始めた午後二時過ぎ、遂に雨雲がやって来た。
 その日の雨は、ポツリ、ポツリというものではなく、いきなりバケツをひっくり返したような大雨だった。
 踏み砕かれ潰された実装石の死体も、河川敷に座り込む人間達も、そして生き残った実装達も、例外なく水びだしにされていく。
 だが、上手く橋下に避難した実装石達は、見た。
 滝のような豪雨が何十分も続く中、なんと人間達は、一歩も河川敷を動こうとしないのだ。
 傘を差している者や雨合羽を着込んだ者達こそいれど、誰も退避しようとしない。
 天気予測実装達はおろか、コミュニティの長ですら、彼等の真意と“そこまでする”目的意識が全く理解出来なかった。

 やがて、生き残った実装石達の中から、恐るべき憶測が述べられる。
 人間達は、この期に我々を殲滅してしまうつもりなのではないか、と。
 雨が降っても動かないのは、実装石が橋下から出てくるのを待っているためで、晴れた途端一気に攻め込んで来るに違いないと。
 理由はわからないが、我々はそこまで人間の逆鱗に触れてしまったのではないか。
 あまりにも不可解な事態は、そのような疑心暗鬼を駆り立てる。
 いつもなら冷静に判断し、そんな事はありえないと論ずる長も、今回ばかりはハッキリと否定する術を持たない。
 午後三時過ぎとなり、雨が弱まり始めた。
 だが、尚も人間達はその場から動こうとしなかった。


          ※          ※          ※


 雨が止んでも、晴れたわけではない。
 いまだにとんよりとした分厚い雲が空に停滞している。
 天気予測実装は、この後も更に雨が降る可能性が高いと予測し、今のうちに食料などを集めておくべきだと提案した。
 だが、もはや何もかも手遅れだった。

 雨が止んだ後、人間の数が更に増えたのだ。
 橋の上は沢山の車が止まり、先ほどまであまり人が居なかった砂利道は、いまや歩くのが危険なほど大勢の人々で賑わっている。
 どこからともなくおいしそうな匂いが漂ってきたため、若い実装石達はこっそりと橋から抜け出し、人々の渦へ飛び込んだが、二度と帰っては
来なかった。

 人間達は、未だに土手から動こうとしない。
 密集度は更に高まり、次第に、実装石達の避難場所まで圧倒し始める。
 先ほどまで身を寄せ合っていた、遊歩道寄りの橋下は、いつの間にか人間達によって陣取られてしまった。
 最初の三分の一以下にまで減ってしまったコミュニティの生き残り達は、信濃川寄りに移動したが、そこからではもうほとんど何処へも行く
ことが出来ない。
 実装石達に許された居場所は、どんどん少なくなっていく。

 夕方になり、夜の帳が降り始める。
 実装石達は、夜になれば人間達も帰宅するだろうと考えていたが、現実はその逆だった。
 人々は更に更に増え、中には酒盛りを始め楽しげに賑わい始めるグループも出てきた。
 老若男女問わず集まってくる人間達の姿は、太陽が沈み行くせいで黒いシルエットと変化し、それが益々実装石達の恐怖心を煽り立てる。
 だが中には、これだけ大勢の人間が集まっているなら、誰かは飼い実装にしてくれるのではないかと考え、自らを売り込みに向かう阿呆者も
出て来たが、当然のように二度と戻ることはなかった。
 コミュニティの長は、そんな彼女達を指して「恐怖に捉われパニックに陥ったため」と判断し、そうならないようにと生き残り達に呼びかけた。


          ※          ※          ※


 午後七時前。
 辺りはすっかり暗くなり、あれだけ居た実装石達はすっかり場末に追いやられてしまった。
 人間達が一斉駆除をするのではないかという予測も、暗くなれば家に帰るだろうという見込みも、すべてことごとく外れていく。
 唯一合っていたのは、雨の予測だけだ。
 コミュニティの長は、あまりの異常事態に正常な思考能力を失い始めた者達を抑え切れなくなってきた。
 そんな中、いつのまにか姿を消していた成体実装がフラフラと戻ってきた。
 ろれつが回らず、千鳥足でユラユラと頼りなく歩み寄り、意味不明な言葉を口走る。
 仲間の一人が、「酒の匂いがする」と言い出した。
 どうやら、人間達が面白半分にビールを飲ませたようだ。
 野良実装にとって、人間からの施しは何よりも素晴らしいものだ。
 酔っ払い実装が歩いて来た方向には、数名の若い人間達が楽しそうに酒を酌み交わしていた。
 それは、喉が渇き腹が減った実装石達にとって、砂漠の中のオアシスのようにも感じられた。

 もう、止められない。
 長の制止も聞かず、実装石達は人間達のグループのいる場所に向かって突進していった。
 その数、なんと成体だけで三十体。
 仔実装以下の者達は、親達の暴走に巻き込まれてあっさりと地面の染みと化していく。
 デスデス、という大音響も、周囲の賑わいにかき消され、既に酔いが回り切っているグループには聞こえない。
 午後七時、実装石達は、人間達の居る辺りに向かってダイビングを強行した。

 その瞬間、周囲に激しい閃光が走り、大地を揺さぶるような大音響が響き渡った。


 ——ドン!


 ——ドォン!


 ——ドォォン!!


 実装石達は、見た。
 夜空に咲く、光り輝く大輪の華。
 そして、少し遅れて大砲のような激しい音が伝わってくる。
 続けて、数万人の人間達の大喝采。
 更に、夜空を彩る華、花——

 一つではなく、二つ、三つ、時には同時にいくつも……
 視界の全てを覆い尚余る超巨大な華は、先ほどまでパニックに陥っていた実装石達の動きを止めてしまうほど美しく、華麗だった。

 花火

 新潟県長岡市が、毎年8月初旬に開催する、世界最大の花火大会。
 生き残った実装石達は、人間がこの世に作り出した最高傑作の美を見つめる幸運を得ていた。

 隅田川花火の最大級に匹敵する花火玉が、数十発も連発で打ち上げられる「超大型スターマイン」。
 夜空に光の柳が描かれ、流星が迸る。
 超大型スターマインをも遥かに凌ぎ、一発だけで有視界が埋め尽くされる花火が怒涛の如く連射され“夜が昼の明るさを越える”
「超ワイドスターマイン」。
 そして、 たった3分間に1500発もの花火が入り乱れる「天地人」。

 更に、もはや言葉で表現する事すら不可能といえる迫力を誇る、「超大型ミラクルスターマイン」。

 止め処なく鳴り響く大音響、閃光の衝撃は凄まじく、生き残った仔実装以下の者達はそれだけでショック死してしまう。
 だが、コミュニティの長も、天気予測実装達も、そしていまだ無事な成体達も、誰一人としてそこを動く事は出来なかった。

 やがて、実装石達が退避していた橋全体に、まばゆい光が降臨する。
 850メートルもの長さを誇る長生橋全体が花火と化す、「ナイアガラ」。
 それは、見ていない者には絶対に想像不可能なほどの奇跡
 橋の欄干外側に仕掛けられた導火線を伝い、各部に設置されている花火が順番に引火、まるで流れる滝の水のように花火が降り注ぐという
もの。
 当然、その真下に居る実装石達は——


 デギャアァァァァ!?

 ヂャアァァァァッ!!


 頭上から降りかかる火の粉が、容赦なく実装石を襲う。
 彼女達の身体を焼くほどではないにせよ、無数の火傷を負わせるほどの破壊力は充分にある。
 橋下ギリギリまで身を乗り出し、呑気に空を眺めていた者達は、例外なくエジキとなった。
 だが、その直後更なる脅威が襲い掛かる。
 ナイアガラの火が消えた後、数万人規模の人間達が、突然沈黙したのだ。
 つい先ほどまであんなにはしゃいでいた者達が、である。
 不思議に思った実装石の一匹が、橋下から身を乗り出し、様子を見ようとした。

 彼女は、一斉に自分達の方を向いている人間達の姿を見て、絶叫した——筈だったが、それは誰にも聞こえなかった。

 突然鳴り響く、サイレンの音。
 それは、実装石達の不安を増大させるのに充分な効果がある。
 立て続けに起こる美の祭典と悲惨な事態にすっかり動揺してしまった彼女達は、更なるサイレンの音に完全に冷静さを失っていた。
 その隙を突くかのように——


 ——ズ…………ンッッッ!!


 今までとは比較にならないほどの大振動と重低音が、実装石達を襲った。
 それは、先ほどまでの花火とは比較にならない破壊力。
 サイレンに動揺し、虚を突かれた者は、成体であろうと偽石を自壊させてしまう。
 何が起きたか事態が把握出来ず慌てる長の耳に、南側から響く無数のブーイングが聞こえた。

 ナイアガラの直後に打ち上げられたのは、長岡花火名物・三尺玉。
 それまでの花火は、それなりの大きさの物を連発させ演出と美しさ、迫力のコンビネーションで見せていたものだが、この三尺玉は違う。
 たった一発で、全ての者達を沈黙させるほどの大迫力なのだ。
 直径88.5センチ、重量280キロもの超巨大花火玉は、地上600メートルの高さで直径500メートルに達する巨大な華を咲かせる。
 火の芸術とも呼べる多種多様な長岡花火の中、たった一発だけで「最上級」と言わしめるほどの説得力を持つ三尺玉。
 その大きさ、音、大地を揺さぶる振動は、並大抵のものではない。
 実装石達は、いわば不意打ちで強烈なボディソニックを食らわされたようなものだった。

 ちなみにこの時、上空の風の流れが停滞していたため、前に打ち上げた花火の煙が消えず、長生橋より南側に居た人達は、煙に覆われて
端の一部しか見えなかった。
 人間達の猛烈なブーイングの正体はこれであり、この事態は、しばらく後に打ち上げられた第二弾でも発生してしまった。


          ※          ※          ※


 数万人の人間に悪意なき蹂躙を受け、豪雨にやられ、花火に追い討ちをかけられた実装石達は、もはや午前中の数十分の一程度しか
生き残っていなかった。
 しかも、それは長生橋の下に陣取るコミュニティだけの話であり、他所ではどうなのか知る由はない。
 花火大会はまだまだ続き、人間達の盛り上がりはピークに達しようとしていた。
 そして実装石達は、もはやかつてのような繁栄は諦め、ただ「大空に咲く美しい華」を最後まで鑑賞したいという願いに支配されていた。
 そう思わせるほどに、花火は彼女達の心を激しく打ったのである。

 だが、最後に生き残った天気予測実装が、ある事を思い出した。
 まもなく、雨がまた降る筈なのだ。
 それを伝えるよりも早く、早速豪雨が襲い掛かった。
 夜の豪雨は、昼間の比ではなく、容赦なく人々を叩き伏せていく。
 滝の真下に座っているかのような大雨の影響で、ついに退避し始める者達が出始めた。
 その一方で、橋下に逃げ込み、尚も花火を見続けようとする人達もいた。

 ——そう、それだけの大豪雨にも関わらず、花火打ち上げは強行されたのだ。

 長岡花火のフィナーレを飾る、「フェニックス」。
 約2キロに渡り打ち上げられる史上最大の連発花火を無くして、長岡花火は終われないのだ。
 そのため、撤退を始めた人こそあれど、ほとんどの人々は豪雨に耐え続けた。
 そして実装石達も、容赦なく吹き付ける雨に必死で耐えつつ、「もっと凄い花火」の打ち上げを待ち続けた。

 この時、人間と実装石の意識は、完全に一つになっていた。


 実装石コミュニティは、更に数を減らした。
 大雨のせいで台無しにされたと粗ぶる人間に見つかり、蹴り殺された者。
 場所移動をしてきた者達に邪魔者扱いされ、川へ突き落とされた者。
 或いは、存在すら気付いてもらえず踏み潰され、雨と泥にまみれて窒息死した者。
 また、迫り来る人間達と豪雨の音、花火の迫力がごちゃまぜになり、発狂死した者。
 更なる犠牲者が連発し、コミュニティは、ついにほんの十数体を残すのみとなった。
 だが、生き残った者達は、小規模になったおかげで人間達に見つかりにくい場所に分散する事が出来、更に花火を見続けることが叶った。

 この場に居る全ての実装石達は、最後の花火が打ち上げられた後、死んでしまうだろうことを覚悟していた。
 これだけ大勢の人間達が一斉に移動を始めたら最後、その移動過程に居る者はまず生き残れない。
 まして、泥にまみれすっかり真っ黒になってしまった自分達を、わざわざ助けようとする物好きもいないだろう。
 だからこそ、彼女達は生あるうちにせめてと、大空の最後の奇跡に期待したのだ。

 最後の花火は、きっとそれまでの生涯を引き換えにしても惜しくないほど、素晴らしいに違いない。
 誰も口に出しはしなかったが、全員同じ気持ちでいた。

 その間も、より良い場所を探そうと無駄に動き、転んだり人に巻き込まれたりで命を落とす仲間がいた。
 雨は尚も降りやまず、次第に、川の向こうがぼやけて見えるようになってきた。
 
 それでも実装石達は、フィナーレの時を必死で待ち続けた。




 だが、午後8時40分頃。
 9時に打ち上げられる予定だった「フェニックス」は、あまりに凄まじい雨のため予定を繰り上げられ、更に短縮版として打ち上げられることに
なった。
 しかも、打ち上げ範囲も2キロ全てを使うものではなく、その何割かを使用するのみに留まった。
 更に、激しい雨に視野が遮られ、その美しさ・迫力はかなり削がれる結果となってしまった。

 そして、実装石達は——橋の下で見ていたため、「フェニックス」のほんの一部分しか見る事が出来なかった。


 デジャアァァッ?!?!

 デギィィィ?!

 デ、デェェェン、デェェェン!!

 死を覚悟しているのならば、彼女達は勇気を振り絞って、人間達のいる場まで無理矢理出て行く必要があった。
 打ち上げ箇所が2キロにも渡る「フェニックス」は、規模こそ縮小されたもののその全貌は人間の視界でも捕捉しきれず、何度も頭を
動かさないと見切れないほど範囲がデカいのだ。
 河川敷の土手の上で、実装石よりも遥かに高い視点を持つ人間ですらそうなのだ。
 実装石が、しかも橋の下にいたままで、その迫力を堪能など出来るわけがない。
 命を賭して花火を見ようと覚悟したまでは良かったが、無意識に人間と雨を避けたため、彼女達に与えられた「生涯最後の幸運」は、全く
無駄に終わってしまった。


 デ、デビャアァァァァン!!


 ほんの数発、天に昇っていく過程の花火しか見られなかった長は、まるで子供のように泣き出した。
 連動して、生き残った仲間達も泣き出す。
 そして数分後……鳴き声は、悲鳴に変わった。


 デジャ!?

 ベシッ!!

 ヂュギュウッ!?

 ついに、人間達の「帰還行動」が始まった。
 河川敷に陣取っていた人々は、坂を上るのではなく下り、川沿いの砂利道を伝って長生橋方面へ歩き出したのだ。
 それは、遊歩道に上がるための坂が、長生橋の傍にあるためだ。
 長生橋の南側に居た人達も、北側の人達も、みんな長生橋に寄ってくる。
 花火大会に集まった全員ではないにせよ、その密集度は相当なものだ。
 当然、実装石達の居場所も圧迫されていく。

 デ、デ、デェェェェッ?!

 彼等に、きっと悪意などなかった筈だ。
 午前中から場所を取り、雨に耐えながらも待ち続けた花火大会が、再度の大雨で失意の終結を迎えた。
 それは、行き場のない怒りを生んでいたのかもしれない。
 或いは、少しでも早く家に戻り濡れた身体を拭きたいという単純な願いかもしれない。
 そんな思いを遮るのは、とてつもないほどの人ごみ。
 大雨の中のろのろと歩かされ、更には850メートルの橋を徒歩で渡って帰還しなければならない。
 更には、遥か遠くから車で来た者達だっているのだ。

 そんな彼等の行く先に蠢く「黒いゴミ」は、果たしてどう映るのだろうか。
 数え切れないほどの靴底が、数々のハプニングを奇跡的な確率で潜り抜けてきた者達を、容赦なく踏みつけていく。
 雨と泥で全身濡れ切った者達に、怖いものはない。
 実装石の返り血など、なきに等しいのだ。

 ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐちゃっ

 ぐぢゅっ、ぢゅくっ、ぐしゃ……


 デ……ヂ……


 ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐちゃっ

 ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐちゃっ

 ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐちゃっ

 ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐちゃっ


 雨は、その晩の夜中まで続いた。
 人間達の靴底により、強制的に地に還らされた実装石達の残骸は、誰もいなくなった河川敷に流れる雨によって、綺麗に押し流された。

 長生橋の実装コミュの長が最後に見たのは、小学生くらいの女の子が履く靴底の模様だった。


          ※          ※          ※


 ——2010年8月。
 今年も、暑い夏がやってきた。

 ここ新潟県長岡市に住みつく実装石達は、梅雨の間に貯めた水が枯渇し始めると、信濃川へと向かう。
 ここの河川敷はとても広大かつ綺麗に整えられており、しかも川が近いため水量も豊富であり、実装石達にとってはこれ以上ないほどの
楽園になる。
 長生橋のまたがる大きな河川敷は、この季節人間達によっていつも以上に綺麗に整えられる。
 この河川敷に住む実装石は、早い者達は6月初旬から移動を開始、住み易い場所を確保する。
 そのため、7月後半になると信濃川の東側・西側岸はどちらもデスデスと大変な賑わいを見せるようになる。

 突き刺さるような日差しが眩しいこの時期、毎年のように多数の実装石が集まってきた。
 耳を澄ませば、蝉の鳴き声に混じってデスデス、テチテチという騒がしい騒音も響いてくる。
 しかし河川敷付近に住む人々も、保健所すらも、なぜかこれらを駆除・排除しようとはしない。

 だが長生橋周辺を根城にしているコミュニティの長は、この日、いつもと違う異変を察知していた。

 ——人が、やたら多いのである。



 今日は8月2日、月曜日。
 まだ午前中にも関わらず、河川敷土手の遊歩道には、大勢の人間達が列を作り並んでいた。



(完)


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2009年8月2日、新潟県長岡市で開催された「長岡花火大会」にて、現実にあった状況をベースにしています。


追伸:
「実装人保管庫」に、拙作『じゃに☆じそ!』第8話“実装人の世界編”をアップしました。
よろしくお願いします。


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1 Re: Name:匿名石 2018/05/01-14:39:15 No:00005194[申告]
ローカルネタいいですね
自然と人間の両方に殲滅される実装石ェ…
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