終電2時間も前に終わり、駅から家に向かう人もすでにいない。 大通り沿いではないから、車もほとんど通らない。 「全店24時間営業が売りって、こんな場所の店まで律儀にやったところで客は来ないよなあ」 店の雑誌をペラペラめくりながら、田中はぼやいた。 「そっすねぇ。でもこれでもちゃんとバイト代もらえるんだし、楽でいいじゃないですか」 佐藤はデザートの棚から期間限定販売品である地産卵のスフレリーヌを持ってくると、バーコードを読み取る。 「まあな」 「じゃあ、これ食べてきます」 佐藤は自分の財布から105円をレジに放り込むと、バックヤードに下がった。 「ごゆっくり」 田中はあくびを一つして、雑誌を棚に戻し、顔を上げた。 と。 自動ドアの向こうに店の照明に照らされて、何かが蠢いた。 (実装石?……ってなんだあの数は!) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 トルルルル 備品の世話をしていたら、事務の電話が鳴った。 「はい、ローゼン消毒虹浦営業所です。……はい、いつもお世話になっております」 取ったのは総務の星崎萌。僕の姉だ。 顔は、まあいい方だ。それは認める。 人受けもいい。弟思いの優しい姉。 大学卒業したはいいけど就職活動に失敗した僕は、萌の口添えでこの会社に入社することができた。 周りの人は奇麗で優しいお姉さんがいていいなぁって羨むけれど、みんな知らないんだ。 その優しさが見せかけに過ぎないことを。 彼女がそのことをいつまでも恩に着せ、僕の給料を私的に源泉徴収してしまっていることを。 表向きは僕の将来の為に貯金しているって言ってるけど、頼んでも通帳を見せてくれないのだから見え見えの言い訳だ。 「……では殲滅コース、特急で。確かに承りました。またよろしくお願いします」 チン 萌が電話を置き、立ち上がって部屋中に聞こえる声で依頼内容を告げる。 「市役所からの依頼です。昨夜堀江公園の実装石が集団で近隣のコンビニ、デーストアを襲撃。緊急で堀江公園の実装石を殲滅駆除し て欲しいとのことです」 「よし。5分後に全員ミーティングルームに集合。星崎姉は堀江公園の地図を人数分プリントアウト」 萌の言葉を受けて水野所長の指示が飛ぶ。 病的な愛誤派団体といざこざを起こして以来、駆除の第一線を引いているものの、現役時には腕利きの実蒼指揮官だった。萌の話によ れば、なんでも本部から何度も表彰を受けたとか。(後任の僕としてはいろいろ比較されて痛し痒しだけど) 「殲滅駆除ですか。久しぶりですね」 副所長の金田一さんが、ついと丸眼鏡を上げる。 この業界には珍しく、例え実装石のものでも血を見るのは好きではないそうで、駆除現場の封鎖やトラップで僕たち実働部隊の支援に まわっている。 背が低いくせに態度が人を見下している風で、正直ちょっと気障りなのだけど、この人にへそ曲げられたら自分の仕事がやっかいにな るので、不満は腹の中に収めておくことにする。 「集団襲撃っていうことは、知能の高いリーダーに導かれている可能性がありますよね。……今度こそ出番があるかな」 これは藤真さん。彼は尋問のスペシャリストだ。 通常駆除だと必要のないスキルの為、いつもは金田一さんや僕のヘルプなど遊撃雑用係にまわっているだけに、今回のようなイレギュ ラーパターンのナレッジデータ収集対象となる特殊な事件には目を輝かせる。 実装石の尋問なんて虐待に毛の生えたようなもので大して難しい仕事ではないと思いきや、かなりの技量が必要なことを、僕は入社し て初めて知った。 考えてみれば実装石という種は幸福回路で記憶を都合よく書き換えてしまうのだから、糞蟲共の戯言から事実を導き出すのは並大抵の ことじゃない。 というか、それ以前に蟲共と会話をするだけでも精神的にきつい。 僕も入社したばかりの時に体験させてもらったが、待遇がどうだの今なら金平糖で許してやるだのとほざくのに我慢しきれず、潰しち ゃったんだよな。 「せんぱぁい、顔が凶悪ですよぉ」 「余計な御世話だ」 藤真さんにどつかれたのは、僕の唯一の後輩で今春入社したばかりの雛形。 いつも藤真さんの後について雑用をしているけど、萌曰く「海人、うかうかしてると彼の風下に立つことになるわよ」だそうだ。 でもそれは流石にないだろう。ただの脅しに決まってる。 そして…… 「ボクボク」 僕はリンガルインカムのスイッチを入れる。 「シン、考え事の邪魔するなよ」 <サブマスターの考え事なんて大した意味は無いに決まってます。もし出撃ミーティング前のこの時間にわざわざ考えなければならない ほど重要なことだというなら是非とも説明して頂きたいですね> 備品の分際で言いたい放題言ってくれちゃってるこいつは、実蒼石のシン。 会社では僕より古株、水野所長が現役だったころは彼の右腕とまで言われた個体だ。 ただ、歯に衣着せぬというか、かわいげがないというか。 しかも会社のリンガルソフトは本部がシステム屋に作らせた、うちの会社の業務に特化したカスタム品だ。翻訳精度が極めて高い代わ りに市販品のように語尾を愛らしく変化させる余計な機能などは付いていない。そのおかげで翻訳が余計慇懃無礼さを醸し出していて、 非常に腹立たしい。 <どうしました?おっしゃって頂かないと何も判りませんよ> 「もういい。そんなことよりそろそろサブはやめてくれないかな。今の君たちの指揮官は僕なんだぞ」 <嫌なら早くマスターのレベルに追い付くべきかと思います> 「僕だって頑張ってるんだから、少しは認めてくれてもいいじゃないか」 <努力は売り物になりません。それよりそろそろミーティングルームに行かないと遅刻しますよ> 「あー、はいはい、おっしゃるとおりでございます」 言い捨ててミーティングルームへ向かう。 くやしいが、新人に毛の生えた程度の僕がまがいなりにも実蒼指揮官を務めていられるのは、百戦錬磨の彼女のおかげだ。 でも、きっと彼女にマスターと呼ばせて見せる。それが今現在における僕の最大の目標だ。 「右面封鎖、終わりましたよ」 「左面も終わりましたぁ」 「よし、では雛形君は回収袋の用意をするように。あと10分もすれば全て仕掛け終わるから、藤真君は海人君と交代して僕の手伝い、 海人君は実蒼隊の準備に入ってくれ」 「へーい」 副所長の指示で僕は車に戻り、7つのケージの落し錠を上げていく。 リーダー・シン以下、アナ、カク、フサ、テイ、シッポ、キイ。 虹浦営業所所属の実蒼石全七体がケージから颯爽と飛び出し、僕の前に整列する。 「番号!」 「ボク」「ボク」「ボク」「ボク」「ボク」「ボク」「ボク」 僕はリンガルインカムのスイッチを入れ、今日の作戦の説明をはじめる。 「シンは東屋一帯、テイは屋外ステージ表、フサは屋外ステージ裏。カクとアナは二人で左右の植え込み。キイはトイレ周辺。シッポ は中央広場に飛び出てくる奴を始末。討ち漏らした奴はなるべく僕の居る入口の方とは反対側に行くように仕向けてほしい。そっちに 副所長の仕掛けがあるからね。今日は殲滅駆除だからある程度は暴れていいけど、ボスは尋問の為残す必要がある。シンとフサが担当 する範囲がボスのいる可能性の高い箇所だけど、他の所にいないとは限らない。各位ボスっぽい個体を見つけた場合は殺さず沈黙させ るだけにして欲しい」 <了解です><了解です><了解です><了解です><了解です><了解です><了解です> 「よし。では出撃!」 僕の号令に、実蒼達が自分の担当場所に向かって走り出す。 それを見送りながら、僕は思う。 ……今日はどのくらい成功するだろう。 リンガルソフトは彼女達の返事を切れのいい言葉に訳してくれるのだけど、実は了解していないのか、あるいは戦っている途中に指示 が頭からすっ飛んじゃうのか、実蒼隊が最後まで僕の思惑通りに動いたことは少ない。 最初はともかく、作戦が中盤に差し掛かるといつも問題が起こり始める。 <離してください> <城の中です> リンガルインカムが謎のメッセージを拾う。 「どうした?誰だ?」 <アナです。カクがアサノタクミです> 「わけわからん。ちゃんと説明しろ!」 <こちらシン。サブマスター、至急カクの暴走を阻止願います> 「え?カクが暴走してるのか?わかった」 <手伝います> <やめてください> 「今度は誰だ?」 <フサです。テイが手伝いに来ました> 「やめろ!持ち場を離れるな、テイ!」 <ボクの担当範囲はもう終わりました。ボク達は仲間なのですから、手があいたら進捗の遅れているところをフォローするのは当然のこ とだと思います> 「うまいこといって、要するにボス確保して手柄をとりたいだけなんだろう?」 <人を疑うのは良くありません> <ボクも手伝います> 「ああ、もう、今度はどいつだ!」 結果。 フサとテイによる身柄の奪い合いでボスのマラ実装はボロ雑巾と化し、作業終了後に僕はみんなの前で藤真さんに頭を下げることとな った。 「うーん、こりゃきついな」 「申し訳ありません」 苦笑する藤真さんに僕は平謝りだ。 直接関係していないのに、シンも実蒼隊を代表して僕に付き合ってくれている。 「いや、ボスはボスでもこいつは多分力で支配してたタイプで、襲撃の首謀者は別個体だと思う。だから、痛手は痛手だけど致命的な 問題ではないんじゃないかな」 「そうですか、ちょっと安心しました」 「まあ、まだ息のあるうちに可能な限り情報引き出しておこうか」 彼はマイク型リンガルを片手に、ボスに話し掛ける。 「はい、ボス君。俺の言葉がわかるかな。昨日君達はおこがましくも人間様の店を集団襲撃した。本来であれば君は即刻偽石を叩き割 られても文句はいえない。しかし、俺は君が騙されて計画に参加させられたと思っている。そこで、君を騙した糞蟲か誰なのか教えて くれたら、俺は特別に高貴な君の命だけは助けるよう交渉することを約束しよう」 いつも通りの上手い口が冴え渡る。 生死の境目に立ってる時は見え見えでも分かりやすい言葉のほうがいい。冷静に考えれば罠だと分かっても、喜んで助けの糸にすがり 付いてしまう。 おまけに実装石好みのキーワードまで織り込まれている。 それに加え、真顔だ。常人なら下らない自分の言葉につい笑ってしまうところだが、彼は間抜けな三口面を見据えて語りかけている。 只でさえ実装石なのに、総身に知恵が回っていそうもない大柄な彼女は、あっさりと口を割った。 だが、少し上手過ぎたのかもしれない。 <そうです!私は本当はこんなことしたくなかったのに、エメラルド様に騙さ※> 全身全霊で無実を主張しようとする彼女の想いの強さに、壊れかけの偽石が耐えられなかったらしく、所有者の自己弁護が終わる前に 崩壊した。 瞳は光を失い、たちまち白く濁っていく。 「これまでか」 藤真さんがため息をついた。 「でも、名前付とはかなり重要な情報じゃないか」 副所長が口を挟む。 「名前付の個体とくればずいぶん限定されるからね。元飼いか、あるいは性根の腐った飼いという可能性もあるかな。僕の方で捕まえ た奴等の中にはそれらしき個体はいなかったけど、海人君の方はどうだい?ピンクの服や過剰にフリルのついた服の個体はいなかった かい?」 「うーん、少なくともピンクはいなかったと思いますが、僕が全部検分したわけじゃないし、それにまだ回収しきれていない屍体もあ りますからね」 すると彼の丸眼鏡がついと上がった。 「では、清掃がてら調べてくれたまえ」 「マジですか」 薬殺が大部分の通常駆除に比べ、鋏殺ばかりの殲滅駆除はただでさえ回収するべきパーツが細かく、かつ多い。 それを一つ一つチェックしなければならないなんて、考えただけでも気が滅入る。 「せめて雛形をヘルプに付けてくださいよ」 「残念ながら雛形君はまだ経験が浅い。ちょっと無理だよ。それに君には優秀な部下が沢山いるじゃないか」 ……優秀って、もしかして手柄を取り合って証言者をパキンさせたこいつらの事ですか。 うなだれる僕とは対照的に、副所長から作業免除のお墨付きを頂いた雛形は喜色満面。 「海人せんぱぁい、お疲れ様でぇす。頑張ってくださいねぇ」 その間延びした口調が僕の心に殺意を覚えさせたのは言うまでもない。 (continue...) [あとがき] 作者名つけました。1作だけパスを忘れてしまい、変更できませんでしたが… 【過去スク】 【虐】【紅】 化粧 【あっさり虐紅】 風呂 【託】 奇跡の価値は 【託】 一部成功 【観察】 幸運の無駄遣い 【観察】 禍福は糾える縄の如し 【狂】 月下の詩 【託愛】 特上寿司
