道実装 第4話 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 観察10日目。 翌日、休みだというのにあの仔実装を見に朝早くから仔実装の様子を見に歩道橋の上に いた。 別に仔実装に情が移ったというわけではない。 確かに生きる為に足掻いている仔実装を昨日は少しは応援したが、だからといって別に 俺は仔実装の味方になったわけではない。 もし、そうだったら仔実装を助けに行っていただろう。 観察にハマってしまったのだから、その最期をなるべくなら見届けたいというだけだ。 しかし、仔実装は昨日いた場所には居なかった。 流石に傷と衰弱が酷くて死んだのか? とも思ったが、それにしては昨日の茂みにもそ の付近にも仔実装の死体はない。 ちょっとしたアクシデント程度のことではない。 生かさず殺さずの物とはいえ、毒を三連発で喰らった上に、そこには失った栄養や水分 を補える物など無いのだから、朝にはケロリと治っているなどという都合の良い話はない。 なので、それほど遠くに身を隠すほど移動できたとは思えない。 大量の糞ゲロはそのままだ。 まさかカラスか? この10日、かなりの時間を観察して、昨日のような乱入者ENDだったら癪に障るが、 こうして死に目に逢えないのは味気なさ過ぎて寂しい気もする。 すると、いつしかいつもの少女も隣にいて、今日は俺に構わずに下を覗き込んでやはり キョロキョロしていた。 その目は焦っているようであり、泣きそうな目でもある。 片手には、給食の物ではない(昨日の帰りに与えただろうから)食パンが1枚、ビニー ル袋に入れて握られていた。 もう一方の手には携帯電話が手に握られていて、ギュッと強く握られ力が入っている為 か震えていた。 俺は再び下に目を向けて仔実装を探す。 するとダンボールハウス付近で何かが動いたのに気がついた。 慌てて覗き込むと、確かにダンボールハウスの近くで放置されたままと思っていたタオ ルとボロ雑巾が仔実装形に盛り上がっているのが判った。 伏したまま藻掻いて移動して、その姿勢のまま自分で雑巾を背中に回してなんとか夜を 凌いだのだろう。 正直、体力がそこまで残っているとは思わなかったので見落としていた。 俺は、やや涙目になって探す少女に「あそこに居るよ」と指を指し教えた。 今までは、声を掛けようとすると逃げていたその娘はパッと表情が晴れて、声こそ出な いが軽く会釈してくれてそちらに顔を向けた。 だが、その表情がすぐに暗くなる。 もぞもぞとタオルから這い出した仔実装の姿を見た為だ。 昨日、餌を落とした段階… 少女が知るのは昨日の朝の仔実装。 まだ元気な姿の…。 夕方に餌を落としたときには、仔実装は車道からの生還で遠くに離れていたので肉体を 損失する怪我を負ったのを見ていない。 それが服はほぼ破れ去りパンツ1丁で全身に酷い怪我を負い、さらに毒によって栄養を 失ってやつれ、さらに所々に刺さって折れた小枝もそのままだ。 覗いている手は片腕が途中から生々しく千切れている。 1日で劇的に悲惨な姿となり、再生能力を持っているのに、まだ千切れた手も植え込み に突っ込んで負った全身の比較的軽い擦り、切り傷もそのままの状態。 恐らく骨折も治っていないだろうしコロリの毒の影響も残っているだろう。 コロリが他2つと違う点は、その目的が実装石の駆除を主眼に作られている点だ。 他2つも、ちゃんと効果を発すれば高い確率で死に至らしめる物ではあるが、どちらか といえば駆除より見た目の派手さで虐待道具寄りではある。 駆除を主眼に作られたコロリは、再生エネルギーを得たり生活の持久力を得る内臓へ徹 底したダメージを残すことで、かろうじて死ななかった者に対しても、その後の生き残り が困難になるように作られているのだ。 蛆虐待用に成分を薄めたとして、その元がそのように駆除重視に作られているのだ。 体力… 栄養と水分の浪費した上なのだから殆ど再生に力が行っていない状態だ。 そんな姿に少女は涙する。 携帯を握る手にさらに力が入る。 いつもの推測… ではあるが、昨日の連中はやはり裏に目的を持っていた。 この娘を苛めているのだろう。 仔実装に行った内容をメールで送ったのだろう。 少女は、ビニール袋の中からパンを取り出すと、なるべく仔実装の近くに行くようにか パンを慎重に投げる。 ガサ… 少女の願いの力か、パンは比較的近くに落下する。 物音に仔実装はそちらをチラリと見たが、昨日の様に嬉々としてパンに向かうことはし ない。 ただ、ジッと動かない… いや、布団にしているボロ雑巾をズリズリと頭に上げてガタガタと震えているのだ。 雑巾をズリ上げて丸出しになったケツはパンツが微妙にこんもりと膨らみ股の周りの地 面に染みが広がる。 昨日の事で上から落ちてくるものが怖いのだろう。 ご丁寧に、3度も偽金平糖に引っ掛かるほどの仔実装だけに何が原因でああなったのか と言う事を理解できないので、一晩過ぎて上から落ちてきたものは人間の罠という結論に 至るのは仕方のないことだ。 だが、それがこの少女を苦しめる。 携帯の時計と睨めっこをしながら仔実装の様子を見守る少女…。 登校の時間が迫っているのだろう。 仔実装は間近に落ちたパンを最初は恐怖で怯え眺めていたがそこは実装石脳。 パンの匂い等で完全に興味を断ち切れないで居る。 被った雑巾から頭を出しては引っ込めて糞を漏らし、ズルズルと這ったかと思えば同じ 動作で同じだけ後ろに下がる。 優柔不断なくせに学習をしないのは、この仔実装の性格的なものだろうか? 結局、少女は、そのもどかしい動きを悲しそうに見て小走りに去っていった。 仔実装は少女に与えてもらった物を食べて見せると言う事が出来ずに終った。 仕方がないこと… ではあるが、この仔実装は飼い主であろう少女に希望を見せる事は 出来なかった。 しかも、少女が去ってから意を決したようにムクリと起き上がってフラフラとパンに向 かっていった。 本当にこれほどタイミングの悪いのは実装石ならではであろう。 さらにタイミングが悪い事に少女が去ってから、まるでそれを待っていたかのように昨 日の児童達らしき数人が歩道橋に姿を見せ何かを投げる。 それは小さな大福のようなものである。 しかもそれは、まことに運の悪い事にパンと仔実装の間に落ちる。 投げたものがそれほど絶妙な位置に落ちること自体、本当に運のない生き物としか言い ようがない。 元から助ける気など無いが、ここまで運が悪いと呆れる以外にない。 しかも、喰う気マンマンになった仔実装は見事に新たに落ちてきたものの方に惹かれた。 声でも掛ければ喰うのを止めるだろうか? いや、それはない。 残念だが、結局、実装石の本質は人間に依存してしまう物なのだから。 仔実装はゆっくりとその小さな大福のようなものを抱える。 『 テチィー… テチィー… 』体力も低下し、弱々しい鳴き声でソレをいとおしく抱える。 そして噛み付くが、何度かアグアグと口を動かして離した。 『 テッ… テテ? 』 どうやら柔らかいが粘りがあるので噛み切れない様子。 仔実装は、その表面を何度かレロレロと舐めて感じられる甘さに涙を流し表情を緩めて 再び齧り付く。 だが、やはり噛み切れない。 『 テッテテッ!! テェー… テチュテチュ♪ テチィー テッテテッ!! テェー… 』 何度か噛んでは舐め、舐めては噛みを繰り返すうちに、頭を使ったりして引っ張るがソ レは伸びるだけで噛み切れる様子は無い。 一応、何がしか特殊な味があるので、食べられないものとは思えないので挑み続ける。 餅も伸びることは伸びるが、弱った仔実装とはいえ食い物を目にして幸せ回路パワーが でれば流石に噛み切れないわけが無い。 その時点でソレは表層に味だけ付けてある何かなのだ。 だが、仔実装は何度も噛み切ろうと挑んだ末に、やがて頭に血が上ったのか、意を決し て大口を開けると丸ごと口に押し込む。 仔実装の口には少し大きいが、なんとか無理をして押し込んで行く感じだ。 それが出来るギリギリの大きさ…。 『 テッテー! テチテチ (ムグムグ…) 』 そして、口に収めて勝ち誇ったように一鳴きすると咀嚼を開始する。 次の瞬間、勝ち誇ったホクホクの顔は一瞬で歪み、封じられた口で絶叫を上げる。 『 (ムグムグ…) ムヒッ! ンッフヘァー!! 』 叫び、突っ伏す頃には、その頬から光るものが飛び出していた。 激しく頭を上下に振り、倒れこみ転がる。 仰向けになりバタバタと手足を振り回し、曇った鳴き声を発する。 『 ンヒィィィィ! ヒフ、ヒフ、フヒフゥゥゥゥゥ!! ヒフヒフ! ンッフヘェェェェ 』 表情がヒクヒク歪むたびに、キラキラするものが顔のいたるところに見受けられる。 口を開け、その口にまだ十分に再生していない手も、そうでない手も突っ込んでもがい ている。 口の中のものを出そうと必死だ。 だが、口の中のものは手にまとわり付いて糸を引いて伸びるだけで全体を取り出せない。 それは粘着性のあるもの… 故に、咀嚼して口内にもまとわり着いて飲み込むことも出 すことも出来ないのだ。 そうできない大きさに作られていて、その目論見通りに仔実装はソレを一口にしてしま ったのだ。 おそらくは噛み古されたガムの団子に外側だけパウダーシュガーを塗してある物。 そして、その中心にあったのは餡子の替わりに小さな針という偽大福。 外気に触れて粘着性を失った表層から、まだ粘着性を残したガム開放され、口内の僅か な水分も奪ってさらに粘度を増して纏わり付く。 さらに針が追い討ちし、出そうにも出ず、飲み込みも出来ない拷問にするのだ。 仔実装はピクピクと全身を震わせながら口の手前にガムを纏わり付かせた手を浮かせて いる。 口を開かせるのが困難になって、口の中に入れることも出来ずに纏わり付いたものが拘 束具になって、弱った仔実装では引き解く事も出来なくなっていた。 半開きの口はネチョッとガムの糸が幾重にも層をなしており、その隙間がかろうじて空 気を通しているのが伺えるように、時折、体液や唾をププっと少量噴出している。 痛さを表現する為か、口の違和感を何とかする為か、生理的にモゴモゴと頬や顎は動い てしまう。 ダブダブになったボロパンツ一丁で、全身は煤汚れ、痣や擦り傷だらけで至る所に小枝 を刺した肉体はさらに弱々しく半ミイラになっており、その無事だった顔すら目に見えて やつれ、ズタズタにされて天を仰ぐだけになってしまっていた。 もはや、手も口も殆ど動かない。 時折、痙攣することでソレが生きているか判別できるぐらいだ。 唯一、まだ生気を保っていた両目も、流していた体液の涙は僅かな水滴を零すだけとな っている。 仔実装は、もはや、この世に生きていることを絶望するという事すら思考できない程に 生きることを諦めていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 物語の結末など… 終わってみればこんなものだ。 観察者が、観察者である限りは望んだ結末が見られるものではない。 そして、見ているうちは楽しいものだが、結末を迎えれば意外にあっさりと、そして、 呆気なく終わり何も残らない。 例え、カラスに襲われて観察終了でも、車に轢かれて観察終了でも、食い物や水が無く、 これから迎える夏に干からびていっても、それを期待している時は盛り上がったとして、 終わってしまったら… そこから先は無い。 そもそも、自分はどんな結末を望んでいたのかさえも定かではない。 情が移っていたから、あの飼い主の女の子か、突然現れる救世主が助けてハッピーエン ドを望んでいた? それとも、奇跡の脱出で広大な野良の世界へエンド? 冗談じゃない。 確かに、あの仔実装は中々優秀な素質があったかもしれないが、現実はあの分離帯の生 活ですっかり逞しい野良実装に最適化されようとしていた。 今更飼って躾けたとして、大きくなる頃にはどっちつかずの扱い難いナマモノになる。 あの分離帯を出て立派な野良になられても迷惑な話なだけだ。 結末はこうでした… それで十分だ。 特定の結末を求めてしまったら、やがては観察者としての立場を逸脱してしまう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− だが何か釈然としない。 フラッシュが光る中、俺はその嬉々として撮影する小学生集団を見てそう思った。 「やめてよ!!」 その時に、かなり大きな声が歩道橋の上に響き渡った。 あの女の子が引き返してきたのだ。 「おーおー、実装女がおでましだぜ」 「あー、寄るなよ実装石臭ぇ!!」 お前ら何年代の小学生の台詞だよ…。 男子数人がデンと腕組みして構えるというのに、その女の子は物怖じせずに歩み寄って くる。 寄るなと言ってても、男子側も男子のメンツか構えたまま動かない。 「お真面目さんがこんな寄り道してていーのかよ?ほら、さっさと時間通り教室行けよ」 「今の写真はちゃんと送ってやるからさ!」 そう言って笑おうとした瞬間…。 その男子の顔面に思いっきり振りかぶった平手が襲い掛かる。 そうなるとは打たれたヤツも他の誰もが予想していなかったのだろう。 あっという間にその男子は襟首掴まれて押し倒されると、馬乗りでグーパンチをお見舞 いされる。 − うわ… ょぅ…いや、しょぅじょつおい… − 等と感心している暇は無い。 最初のその瞬間だけ想定外の事態に対処できなかっただけで、馬乗りにされた男子もす ぐさま、「なんだよ!」と強引に胸倉を掴んで手前に引き込むと共に、その勢いを利用し て女の子の体を横に流して不利な馬乗り状態を解除する。 そうなれば、双方、乱打合戦だ。 それでも… 「キタネェ実装石なんか飼いやがって!」「クサイだろうが!!」 男子の側には罵声を口にする余裕がある。 この子達の歳だと、まだ、男子と女子で肉体構造の差異から来る運動能力の差は少ない ほうだが、それでも判るほどの体力差。 明らかに女の子の方は運動慣れしていないのか早くも息が上がっている。 このケンカの勝敗は既に決していた。 その為か取り巻きの方も呆気にとられたのもつかの間、優位と見て一気に盛り上がる。 「実装女!」「実装女!」 俺が出来ることは、調子付いて加勢しようとする虐め側を牽制する位だ。 どうせ周りの大人は止める気なんかさらさら無く、足を止める人もまばらだ。 「こいつは立派なタイマンってヤツだ。 だけど一対多数は感心しないな」 「うっせえ!おっさん!」 お兄さまでしょ…そこは…。 まぁ、ずいぶんとお口がよろしくないお子様のようで。 親の顔が…。 「おいおい、勝てると踏んだら多数で一方的に叩こうってか? それって、お前達の方が余程実装石みたいじゃね?」 おっさん呼ばわりで、ついつい方を止める手に力が入り、顔にも力みが入ってしまう。 とはいえ、こんな場所で平気で騒ぐ連中だあまり堪えてはいまい。 なんだ?このクソジジイ… とでも言う顔でこちらから目を背ける。 だが、注意する人間が居ると言う事で周囲の目が気になり、少しは抑止力になったのか 加勢には誰も入らなかった。 「少し先生に贔屓にされたからっていー気になるんじゃねえよ優等生!」 数分の打ちあいは、女の子が腕で顔を覆って泣き出した事で終わった。 男子は引っかき傷こそ痛々しいが、終盤は手加減して傷を付けずダメージ少ない遅い平 手だけにする余裕すらあったほどだ。 それでも止めどころが分からないのか、馬乗りになったまま罵声を続けようとするので、 俺が止る切っ掛けを作っててやらなきゃいけなくなった。 「はいはい決着。 相手は降参。 お前の勝ちだ。 でも、こんなので気分はいいか? 一対多数や相手の弱み… ズルすりゃ勝負は楽だが、 それでこの様では何を誇るって言うんだ? 相手が弱くて、強く見せれば殴られないとでも思ったのか? 派手に平手喰らっておいて、実装石を虐めるのと同じ気分で居られたかい? 実装石と違って、生身に反撃された気分は…」 「うっせぇジジイ…」 その言葉とは裏腹に、一応、水入りという雰囲気にはなったようだ。 大体、虐めの理由なんて芯の部分に大した理由がある訳ではない。 真相は嫉妬ややっかみ、気に障った、気に食わない。 虐め側の小学生集団は笑うことなくトボトボと去り、後には泣きじゃくる女の子が残さ れた。 その泣く姿勢は奇しくも、今、橋の下で死に掛けの仔実装と同じであった。 「大丈夫か?立てるか?」「何があったんだい?」 「痛くないか?オバさんが病院に連れて行くかい?先生かお母さん呼ぶかい?」 流石に、ケンカが終わって泣く女の子が残されれば、周りの大人たちも心配して声をか けて体を起こし背中の汚れを払う。 心配なら、そうなる前に止めに来い…。 「泣いている暇は無いだろ? 仔実装が心配で戻ってきたなら立つんだ」 そんな中、俺はその中では一番場違いな言葉をかけて周囲から白い目で見られる。 だが、それが正答なのだと確信していた。 女の子は人の手で起こされた姿勢から、スクっと自分の足で立ち上がり、やや腫れもあ る真っ赤な両頬と涙や鼻水が入り混じったぐちゃぐちゃの顔を両手でぬぐって頷いた。 その時に人ごみの中から声が聞こえる。 「すいません、その子の親です。 通してください…」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 俺は何の因果か、小学生の女の子とその両親を連れて歩道橋を降りて慣れた通りを歩い ていた。 大体の背景は両親からの話でわかった。 女の子は、この地域でも競争激しい私立進学校の付属小学校に通っていた。 どうも、自己主張が少なく成績はそれなりに良いほうで生真面目なのが他の生徒には気 に食わなかったようで、加えてたまたま成績が上位になり教師側から優遇されだした事が 虐めのスイッチとなったのだろう。 それで、その事が直接の理由ではないように、拾い物の実装石を飼っている事を理由と して虐め出したのだ。 虐める側は多数の背景によって自分を正当化したいのだから、簡単で周囲の共感を得や すいキーワードを探すものだ。 そして、女の子はそのキーワードを持ってしまっていた。 何せ、私立の進学校に通うなんて生活水準が高いケースが多いわけだから、中には高級 ペット種の実装石を飼っている子も居る訳で、実装石を飼っているから実装臭いと言う類 の理由は難しいが、拾い物なら理由付けにしやすいのだ。 その解決方法として選んだのが、飼っていた実装石を手放す事であった。 両親も実装石を飼っている事での虐めの存在を知ってはいたが、今のご時世、下手に波 風を立てると一時の解決は図れても、その事で色々なマイナスを負うことも多い。 まして競争激しい進学校だけに、注意された生徒側より、その親の嫉妬や逆恨みという のが危険なのだ。 子は親に似ると言うが、今時は親の方が子供より扱い難い性格を持っている場合が少な くない。 判っていても子供同士で何とかしてもらうしか無いという選択になったそうだ。 あの歩道橋で殆どの人間が知らん振りを決め込んだのも、その有名進学校の生徒だから というのがある。 下手に割って入ってヒステリックな親が問題を大きくし、攻撃的に騒ぎ立てられてはた まらないと言うのがある。 腫れ物に触るというのだろうかね。 それが、表向きの虐めの理由を排除して事態が風化していくのを待つという親の回答。 ただそれは、結局は手放した実装石を彼らに発見され、その家ごと歩道橋から落とされ るという事態を招いた。 たぶん、全滅していれば、その様を記録した画像が最後で女の子への虐めも表向きの理 由を喪失していたのだろう。 しかし、女の子はそれを見つけ、さらに生きていた仔実装の存在を隠しきることが出来 なかった。 給食のパンを食べずに持って帰るという行動によって…。 そして、再び、生き残った仔実装を虐待し苦しめる事で女の子への虐めが再開されたの だ。 一応、両親も様子の変化を心配して、仕事を休んでまで学校に相談に行こうとしていた ところだったと言うのがこの子の救いであろうか。 俺は通りを50m程先に行った交差点から横断歩道を渡って中央分離帯に入り、それを さらに歩道橋の下まで50m遡る為に歩き出す。 あの仔実装には残念だったが、この分離帯から横断は不可能ではあるが、親の死体や壊 れた住処を捨てて、ひたすらどちらか道沿いに歩き続ける事で横断歩道には出られるとい う脱出方法があったのだ。 横断歩道に出たから無事に野良生活が出来るという保障はない。 横断歩道を賢く利用できれば、横断確率が0から数十パーセントに上がる程度の事では ある。 それでも、夏が来れば絶対死を避けられない悪環境(故にあの分離帯に住まおうという 他の実装石は居ないのかがそれ)よりは先を生きる可能性はある。 問題は、そんな事ではなく女の子はいつでもあの仔実装を助けに行けたということだ。 分かってて助けられなかったのだ。 助けたら助けたで、虐めが続くという恐怖心が先に立ったのだろう。 両天秤にかけて、結局は助けられずパンと牛乳だけの援助で手を打ったのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『 ヘ… フ… 』 仔実装は、今まさに死に至ろうとしていた。 もはや、助ける術は無いだろう。 実装活性剤なんて便利な魔法の薬があったとして、それだけではこの場の何も解決しな いからだ。 もう、この仔実装には”生きる”という意思が無くなっている。 意思とか以前に、何が起こったか自分が何者なのかとか…とにかく考えること自体が、 苦しみと痛みで出来なくなっている。 容器はあるけど中身はカラッポの状態。 虫の息とはこのことだというほど呼吸すら殆ど無い。 死後硬直と死ぬ前に言うのもなんだが、やせ細った肉体は、まさにソレの様に固まって いた。 体内のエネルギーがあり実装石の特性があるから生きている状態に繋がっているだけ。 魂が死んでいるのだから活性剤を入れても、痛みをヒステリックに拒絶して、口の中の 処置を終える前に偽石がパキンしているだろう。 女の子は震えながらガクンとその仔実装の前に膝を崩すと、手を触れてよいか悪いか分 からない有様で、差し出した手を戸惑わせていた。 変な気分だが、この仔実装と女の子は似た境遇を味わっていたのだ。 誰の救いも無い狭い世界に取り残されて明日をも知れぬ日々にもがいていた。 そして、この女の子の現実の痛みの部分を背負わされたのが仔実装。 だが… いや、だからこそこの仔実装には事切れる前に人間の役に立ってもらわなけれ ばならない。 もう俺の観察は終わっているのだ。 手出し口出しもOKだろう。 ほんの少し物語に… 実装生に… そして人生にも脚色はあって良い物だろう? 「この仔を虐めたのは彼らだけど、この仔が苦しんだのは君の責任だ。 君はずっと逃げることしかしなかった。 その逃げた分余計な不幸をこの仔達が背負わ された。 君は彼らに責任を押し付けたんだ」 俺がそう切り出すと、女の子は再びブワッと涙を流して「ごめんなさい、ごめんなさい 」と仔実装を両手で掬い上げていた。 何を偉そうにクサイ台詞を吐いているんだろうと汗が噴出すのを感じながら続ける。 そんなことは、この子が男子に物怖じせずに突っかかり、ぶん殴った事で当人が判って いる事だ。 だが、自分で判っていることを人から言ってもらえる事が…。 この一人で苦しまなきゃいけない虐めの世界で、一人ではないという小さな変化になっ てくれればと思えば、この三流役者の三文芝居にも熱が入るというものだ。 「辛いのは判る。 怖いのも判る。 でも、コイツはもっと辛く怖い目に遭っても生きる 事には全力だった。 何もなくなっても、こうなる瞬間まで懸命にもがいて生きたんだ。 逃げる逃げないじゃなく、逃げようにも逃げられなかったんだ。 殴り合いは怖かったか?」 女の子はコクリと頷く。 「コイツはもっと怖かったし苦しい思いをしたけど、ここまで頑張った。 君だって頑張って喧嘩した。 勝つ負けるなんて人生では実は些細な事なんだと思う。 だけど、もっと頑張っていればコイツらを捨てるなんて逃げ道を選ばずに済んだんだ。 逃げるのは一瞬は楽になれるけど延々と後悔を繰り返すだけだ。 コイツは大した事も出来ず酷い目に遭ってばかりだけど、逃げるという選択肢が用意さ れないままに今まで生きたんだ。 コイツにとって、勝ち負けなんて物事は本当に些細なことだったんだ」 ポタポタと涙が、やつれた仔実装の肉体に降り注ぐ。 だが、もう仔実装がその水分で蘇る事は無い。 ペト… 不意に、口元で固まったままと成っていた片手が、乗せてる女の子の掌に触れる様に動 く。 動きを制限してた両手のガムの糸が切れて自重で垂れ下がっただけではあるが憎い演出 だ。 しかも、そのガム糸まみれの口が僅かに動く。 『 テ テチュ♪ 』 確かにそううれしそうな鳴き声が聞こえた気がした。 ただ、溜まった空気の最後の一吐きが、たまたまそういう音を出す声帯・口の形状、口 をふさぐガムの隙間から漏れる時にそう鳴いてる様な音を出しただけかも… 知れない。 その両目は既に生気を失い、事切れているのを告げている。 苦しみ引き攣った表情さえ穏やかに見えるのは不思議なものだ。 「ごめんなさい…」 しばしの悲しみの後、女の子は両親の助けを借りて仔実装をその場… 仔実装が親指実 装を埋めた場所に、実装石では掘り切れなかった穴を掘って仲良く埋葬してやった。 そして、女の子は両親に抱きついて再び泣いた。 「私、もう逃げないから… ハッキリ言ってやるから… 強くなるもん」 仔実装に奇跡は起きなかったが、仔実装が奇跡を起こしたのを見た気がした。 例え、それが幻想に過ぎないとしても。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 俺はまた日常に戻っていた。 あの家族も日常に戻っただろう。 逃げずに挑んだから結果が必ず良くなると言う事は無いだろう。 これからもイジメは続くかも知れない。 そして、その顛末に関しては俺は観察者ですらない完全な部外者だ。 某説教ジャンキーの無能力者さんの真似事をしておきながら無責任過ぎる話かもしれな いが…。 ただ、たかが仔実装のために、今まで逃げてた多数に挑んで、はっきり意志を表示でき、 引かないところがあるのだと見せ付けることが出来たあの子なら、きっと、時間を掛けて でも乗り越えて行けるのではないか? あの子がイジメられていた要素に、反撃しない、意思表示が弱い部分があったのだろう から。 それを… 自分の殻を壊すきっかけを与えたのだとしたら、あの仔実装は十二分に大役 を完遂した立派な実装生を送ったことになる。 あの仔実装の頑張りは、仔実装自身には何の役にも報いにもならなかったが、何かの花 を咲かせることは出来たのだ。 だが… 推測はあくまで推測でしかない。 世は常に自らを強者と誇示したいが為に弱者を求める。 世は貧者の一灯をこそ笑う者たちで溢れている。 実装石が人真似をするのか、人の性の縮図が実装石なのか判らないほどに。 ふと歩道橋に目をやれば、あの女の子が通り過ぎ様に一輪の花を下に落としていった。 とりあえずはあの子に笑顔があることに安心して物語を締めよう。 そう思い、ぼんやりと街を眺める。 ふと、その落とした花が気になって目を向けると面白いものが目に入った。 あの仔実装の生活圏からさほど離れていない縁石の縁に、禿裸の仔実装が数匹、身を寄 せ合って震えていたのだ。 俺は呟きながら、引き出しに収めたオペラグラスを取り出す。 「おやおや、お前達はどういう経緯でソコに居て、どんな物語を創ってくれるんだ?」 そうして俺の日常も、しばらく飽きが無い、それでいて何も無い日常に戻っていくのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− おわり

| 1 Re: Name:匿名石 2023/06/16-08:26:35 No:00007302[申告] |
| 悪くないけど、普通に中央分離帯で捨て実装捨てられたルートの話のがよかったように思う |
| 2 Re: Name:匿名石 2023/06/16-22:43:09 No:00007304[申告] |
| この仔実装の生への足掻きと人間の営みの事情に翻弄されるもどかしさがこのスクの肝な気がする
観察で傍観決め込んでた男が干渉したのも結局人間の為だし 何もこの仔実装を生殺しの宙ぶらりんにしたのは中央分離帯だけじゃないと思えて来る |
| 3 Re: Name:匿名石 2023/06/28-17:19:27 No:00007380[申告] |
| 仔実装なのに余計な賢さがあったばかりにこんな辛い思いをする羽目に…
舞台全て人間に用意されて、行動すら全部想定された上でただ生き餌としての未来しかない仔実装が可哀そうで良い 渡り以外の日常シリーズで珍しい長編、面白かったあ |
| 4 Re: Name:匿名石 2023/07/19-19:11:50 No:00007571[申告] |
| 面白かったです。
あえて感想は書きません、色々安っぽくなってしまいそうなので。 ただ、読後はとても爽やかな気分です。 |