タイトル:【観察】 道実装 〜ある物では・・・〜
ファイル:道実装4.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:17892 レス数:0
初投稿日時:2010/06/27-11:04:56修正日時:2010/06/27-11:04:56
←戻る↓レスへ飛ぶ

道実装 第4話

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 観察9日目。

 仔実装を見つけて、もう9日目になる…。
 俺の残業地獄も、今月の分は今日で終わる。

 明日から残業の対価たる有給が2日当たる。

 もう親実装の死体もキレイになくなり今朝は静かな物だ。
 仔実装は、結局、家を直す事も出来ず、土の上で今は数少ない家族との生活の面影であ
るタオルと拾ったボロ雑巾にくるまって野宿をしたようである。

 その手には、長い木の枝… カラスが狙うべき親の死体はもう無くなったというのに、
その長い枝を手に土の上に横たわっている。

 やはりカラスの鳴き声にヒステリックに反応する反面、その鳴き声が聞こえない限りは
目を覚まさないようである。

 恵まれては居ないというのに、オペラグラスからみえる寝顔は、怠惰を貪る幸せを満面
に浮かべたような実装石らしい幸せに包まれていた。


 俺と行き違いになるように、あの女の子が歩道橋から下を覗く。
 そう言えば、気にならなくなったが昨日も確かに朝と夕方に訪れていた。

 そして、何かを下に落とすと足早に走り去っていった。

 俺は早速、職場に上がりオペラグラスを覗く。
 大体、何をしたかの想像はついていた。


 案の定、それは仔実装の家の近くに落ちていた。

 コッペパンと落下の衝撃で潰れた牛乳パック…。
 差し入れのつもりなのだろう。

 そして、その気持ちは仔実装に通じた。

 物音に起きた仔実装がソレにおそるおそる近寄っていく。

 そして、食べ物と飲み物だと認識すると、ソレがどこから来たのかとかとか言う事を考
える間もなく、パタパタと駆け寄りキョロキョロと顔を左右に振る。

 カラスが居なければ獲物を横取りする邪魔者は居ない。

 仔実装は、真っ先に潰れて飛び散った白い液体を地面に顔を付けるように啜り出すと、
満面の笑顔で顔を上げ両手をパタパタ動かし再び啜る。

 水分の枯渇が激しい状況にあって、この栄養豊富な液体はまさに救いだ。

 一心不乱に啜り、舐め、ドンドンと裂けたパックに寄り、その500mlパックに残る
液体にガバッと顔を沈める。

 泳げない実装石は、全身が水没する深さに本能的恐怖を覚える。
 同時に顔を水に漬けるという行為にも殆どが恐怖を覚える。
 その仔実装が、顔を自ら水面に沈めるという事はどれだけ水分が不足していたかを物語
っている。

 顔を真っ白にして水分を取り満足した仔実装は、水分で腹が満たされていそうな物だが、
続いて胃を満たす為にコッペパンに挑む。

 仔実装はまだ十数センチしかなくコッペパンは長さが20cm程ある。
 太さもあるので実に自身の倍近い代物だが、実装石という生物が調子に乗ったときのデ
タラメ度はこの世の物ではない。

 コッペパンの端をガバッと抱えて固定するとガツガツと2口程大口で噛み口の中で咀嚼
する。

 次の瞬間、パンクロックの観客のように全身を使って身体を縦に揺らして、
 ついでにパンコンもさせて、久方ぶりと思われる人間の作った食べ物の味を頬張った感
動を表現する。

 すると後はひたすらガツガツとコッペパンを貪り尽くす。

 もう顔をパンから離していちいち咀嚼などしない。
 息つく暇もなく… というのを絵に描いたようだ。

 ひたすらに、まるで親の敵のように、壁に頭を打ち付けるように頭を前後に動かし噛み
千切っては飲み込む… 延々とそうやって食い続ける。

 そして、僅か10分も経たないうちに、その身体の倍以上のコッペパンは小さな仔実装
の胃に消えた。

 喰いながら少しはパンコンしていたとは言えドコにその容積が消えるのか…。

 一応、普段は満腹とかもう食べられないと拒否する量もある。
 あることはあるが、その量は気分と状況次第で変わってしまうと言う訳だ。

 そりゃ、全くもって存在する事自体が迷惑千万と言われても仕方のない事だ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 その食べた量に対しては小さいが仔実装の身体からすれば異常に膨らんだ腹を投げだし、
パンを食べ終わった仔実装は幸せそうに大の字で天を仰いでいる。

 暢気な物だ… せっかくのこれほどの獲物… 勢いで食べてしまう辺りが実装石らしい。

 これだけ食べて超満腹になっても半分食べて満腹になっても、ほんの少し摘んでふだん
の満腹と感じる量を食べても”満腹”の定量は一緒なのも実装石…。

 消化され消費され、次の空腹を感じるまでの時間も空腹度も、その後の衰弱度も定量だ。

 胃に入ってしまえば消える時間は量による差が殆どない。

 多く食べておけば全く食べていない者よりは長く空腹に耐えられるが、別にそこまで胃
に詰め込んでいない者との差がほとんど無い。

 頭では危機に際して食い溜めしようと言う考えがあり、食への欲望が強い実装石はその
意識ばかりが強く、それでいて肉体的には食い溜めは出来ないのが実装石だ。

 それなのに”残しておく”という考えもなく目についたので嬉しくて全部を平らげてし
まう。
 やはり決定的な何かが欠けているのだ。

 いや、数日前は捕獲した虫を容器に溜めておくという事が出来ていたのだから、それだ
け追い詰められているという事か、危機に際して知能が低下したのだろう。


 それでも、まともな食材をこれでもかと食べ尽くした贅沢感に包まれた仔実装は、それ
なりにプックリ膨れあがった腹を投げ出して、盛んに大の字に拡げた両手足をパタパタと
動かしては天に向かって何かをしゃべっている。

 ここ数日は泣き叫ぶ事が殆どで、同じ泣き叫ぶにしても硬く変化が少なくなっていた表
情も、まるで、俺がこの仔実装を見つけて、その派手で豊かな反応を楽しんでいた頃のよ
うに戻っていた。

 昼頃まで余韻を楽しんだ仔実装は、先日までとはうって変わってキビキビした動きを取
り戻していた。


 だが、それが良い方向に働かないのが実装石…。
 特に、あんな場所に落とされた不幸を背負った仔実装だ。


 元気を取り戻した仔実装は、疲れていたときには出来なかった事が”出来る”と考える
のだ。

 仔実装は、まずは手近な物を片付け始めた。

 今や食用となっていた自身の糞を貯めておけるくぼみを、土をかけて埋め立てる。

 良い物を満腹まで食べて満足した事で調子づき、糞は汚い物だと再認識して、都合良く、
こんなものはもう食べなくて済むだろうと解釈したようだ。


 想い出の食器などは、自身のドタバタやカラスの襲撃を追い払うドタバタで散らかり放
題となっていた。
 最初の内はこまめに片付ける気力もあったがそれも失われて、水溜めに向いた容器の面
倒以外は放置状態だったのだ。

 それを拾い集めては手で拭き取って整理して並べる。
 潰れた家の中にあった持ち物もなんとか潜り込んで引き出す。

 大した量もなく労力も要せず、そこまでは何の問題もなかった。

 掃除をし、持ち物を整理して、その成果に満足の表現か笑顔で小躍りした仔実装が次に
取りかかったのは家の再生だ。

 仔実装は家を建て直すという目的の為に持ち物を整理し、家の周りを清潔にしようとし
たのだ。

 しかし体力が充分であろうが無かろうが、到底、家の修復など仔実装単独では不可能だ。
 それが、やはり仔実装には判っていなかった。

 元気になった今ならアレも出来そう、コレも出来そう… 夢見がちで計算の出来ない実
装石らしい思考だ。


 結果だけを言ってしまえば、仔実装は1時間の悪戦苦闘の果てに、汗まみれで疲労困憊
の果てに、何1つとして形にする事が出来ずに家の前でヘバる結果となった。

 明るかった顔がみるみる汗をしたたらせ、力んで歪み。
 やがて暗い表情になり作業が遅くなってくと、疲れ、泣き、最後には癇癪を起こして暴
れ疲れると、家だったダンボールの塊に背中を預けて力無く天を仰いで、いつものとおり
カクンと項垂れた。

 自身で望んだ事とは言え、その無力さを知り項垂れる度に俺から笑いを引き出す。

 そして、仔実装は無力さを刻まれた事で、余計に酷い徒労感に重い身体を上げてトボト
ボと歩き出すと、朝、パンと牛乳があった場所で地面をじっと見つめた。

 食い溜めが効く身体ではないので、早くも空腹感を感じたのだ。


 しばらく見つめ、今度は天を見上げる。
 疲労感は確かにあるが、それでもその表情は何かを期待するかのようでもあった。

 仔実装の視力で歩道橋の上が見えるかは判らないし、そこから落とされた物だと理解し
ているかも妖しい。
 それでも天を見上げてしばらくすると地面を見つめる。

 それを何度も繰り返す。

 また食べ物が降ってくるだろうと期待している…。

 同時に、何で朝にあれだけあったのを一気に食べてしまったのだろうと後悔している様
子も感じられた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 しかし、待てど暮らせど天からの救いが落ちてこない事が判ったのか、仔実装は更に重
い足取りで家の前に戻ると暗い表情でキョロキョロと辺りを窺う。

 もう食べる必要がないと勝手な考えで埋め立てた糞穴の場所が判らなくなったのだ。

 必要以上の満腹を味わった為に慣れたはずの空腹が大きな落差となって責め立て、虫を
探しに行かせる気力も失わせたのだろう。
 同時に出したての糞は糞、時間が経って臭いが少ないのはちゃんとした”保存食”とい
う認識にまで引き戻されたのもある。


 泣き顔で地面を這い土を掻いては移動して同じ事を繰り返す。

『 ここだったテチィ? ここのはずテチ… こっちかもテチュ… 』
 そう言うかのように口が動いている。

 所詮は仔実装の作業なので、土を手で掻けば埋め立てたところは容易に土を掘り返せる。
 このオペラグラス越しでも、見た目で土をかけて埋めた場所は判別がつくが、当の仔実
装にはその差違が判らない。

 頼りになるのは嗅覚なのだが、すっかり臭さに鈍化した嗅覚は窪みの位置を特定出来な
かった。

 結局、もう少しで窪みのあった場所にたどり着く前に仔実装は探すのを諦め、その場で
踏ん張って糞をすると泣く泣くそれを手にとっては口に運んだ。


 そうして、空腹を紛らわせた仔実装は時間からすれば周辺に虫探しに出かけるところだ
が、その時は全く違う行動を取りだした。

 分離帯の端に立つと、意を決したようにその高さから道路に降りようとする。

 朝にはこれでもかと味わった満腹感と幸福感で家の再建… 新しい生活への希望を勝手
に膨らませ、その希望が潰え、勝手に激しい落差の失望感を味わって自暴自棄になったと
見える。

 もう、この場所には希望も何も無い、家もない、家族もない、降ってくると思った食べ
物もない。
 あるのは飢えと乾きと苦しい毎日だけ…。

 こんな場所になんか居られる物か…。

 とでも考えが行き着いてしまったのだろう。


 何の迷いもなく段差から身体を降ろす。

 流石にあれから9日が経ち、成長盛りの仔実装は、栄養不足気味であっても過度の不足
ではない為にかなり大きくなっている。

 あの時は、怯えながら苦労して降りていたのだが、今はそれほど苦労もなく段差から身
を降ろせる。


 すると、その事で自分が大きくなったのを理解したのか、道路に降りたってこちら側を
向いたときには妙に自信満々に胸を張っていた。

『 ワタシはこんなに大きくなったテチ! だからここも、もうちゃんと渡れるテチュ!! 』
 そういう自信に満ちあふれてポテポテと歩を進めだした。

 だが、この片側3車線道路は成体の実装石が全力疾走しても渡りきるのは不可能な道路
だ。

 それでも自信に満ちあふれる仔実装にはそれが判らない。

 いや、何かを考えて行動しているのではない。

 希望ではなく絶望が限界に達して、もはや神に身を捧げる殉教者の様なトランス状態で
歩を進めていた。

 そして、その堂々とした歩みを祝福するかのように奇跡的に車の通過が止まっていた。
 正しくは車が仔実装の歩む車線を通過していない状態だ。

 珍しく疎らな車の流れ、さらに仔実装はトランス状態で車を全く恐れていない。


 真ん中の車線に差し掛かったとき、真ん中と奥の車線をほぼ同時に車が通過する。

 轢かれたと思ったが仔実装はラインの上にいた。

 そして、それでも仔実装は再びポテポテとこちらに向かって歩き出す。

 車のような巨大な物体が、仔実装の目の反応速度を超える速度で、その真横を通れば、
それがもたらす威圧感は想像を絶するであろう。
 俺が見つけたあの日も、真横を通った車の風圧でパニックに陥っていたのだ。

 しかし、今は、その時よりもさらに恐ろしい状況があったにもかかわらず仔実装は凛と
して歩いていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 それでも、現実が仔実装にすり寄る事はない… 不可能は不可能なのだ。

 中央分離帯側2車線は、奇跡的な交通量のお陰で車は殆ど通っていないが、それでも、
走行車線である一番手前の車線はそれなりに車が走っている。

 不可能なのは分かり切っているが、同時に俺は心の中でガンバレ… と声を掛けたい気
持ちで居た。

 だが、やはり現実は現実で、この世界の奇跡というものは絶望を認めない為のまがい物
なのだ。

 その走行車線にトラックがハザードを出して止まる。
 すると走行車線の車の流れは自然と追い越し車線… 今まさに仔実装が歩いている車線
に流れ出す。

 仮に、そのタイミングが仔実装が手前と真ん中の車線のラインに居るときに起きていれ
ば、仔実装は流れの止まった走行車線を歩けていた事になる。

 だが、現実、車の流れはまだ仔実装のテトテト歩く車線に車を導いたのだ。

 まさに奇跡という名の罠だ。


 加速した車が仔実装の上を通過する。

 真ん中なので轢かれはしないが、身長15cm程であろうこの仔実装に対して、車の底
(最低地上高)は普通車で20cm程が平均である。

 この仔実装でも、あと1週間も順調に成長していれば頭の先がすり切れているところだ。
 スポーツカーや車高を弄った車なら今の身長でも危ない所を考えれば、運が良かったと
いう言い方も出来るだろうが、一気に殺されないという残酷な側面ももっていた。

 そう、例え多少の余裕があったところで、車が通過する際に底面に発生する風は影響す
る。
 その風圧は仔実装の身体など木の葉のように扱うだろう。

 車が通過した後に仔実装の姿はその場になく、俺の視界で横(車の進行方向)に転がっ
ていた。

 服はズタズタになり、全身は擦り傷でいっぱいになっていた。
 巻き込む風に押し倒され、そのまま路面上を回りながら勢いで引きずられたのだ。
 トランス状態で下手に抵抗しなかったのと服があったお陰で全身ズル剥けという事態は
回避されていた。

 だが、その事で仔実装は正気を取り戻してしまったようだ。

 ”なぜこんな所にいるの?”と言う驚愕の顔が、間もなく痛みの顔に変わる。

 そして、何も把握しないままに身体を起こしかけた仔実装の上を車が通過して、再び、
仔実装は何十cmかを捲く風に引きずられ車の下を抜け出した瞬間にポヨンと跳ねる。
 重い分劇的な動きではないが木の葉の上を車が通過したときと殆ど同じだ。

『 デヂァァァァァ!!  デヂュゥゥゥゥゥ!! 』
 絶叫が聞こえるように悶絶する仔実装。

 その姿は、蟻にたかられてのたうち回る芋虫の様だ。

 全身を擦り剥きしたたかに叩き付けられたのだから当然だ。

 さらに、状況を把握する間もなく車が通過する。

 今度は、横になったまま全身をこわばらせていたのと、遅れてパンコンした分が重心を
変えた事で、余り風の影響を受けなかった。

 仔実装は完全に頭が真っ白になり、ひたすら襲いかかる恐怖に耐えねばならなかった。

 走行車線を塞いだトラックは非情にも、まだ荷下ろしの最中…。
 それでなくても、この道でこれほど交通量が少ないのは希な事で、どれだけそれが続く
のかは判らない… いつ、普段の3車線を使う交通量に戻ってもおかしくはない。

 たが、動けない仔実装の上を、今度は、懸念していた車高を落とした車が車線変更して
通過する。
 これも幸い、倒れたまま動けないが為に直撃は免れた。

 が、その風圧は普通車より強烈に仔実装を襲い仔実装は3mは移動していた。

 今度は所々肉をえぐられて、なおも惰性で転がっていた。

 車高が低い為に強い気流が仔実装を巻き上げ、車の底部と地面をバウンドさせたのだろ
う。
 もし、その車がもう少し速度が出ていたりすれば、転がり出てきたのは複数の部品だっ
たり変形した肉塊の仔実装だっただろう。

 おそらく、外観以上に骨折などの損傷をしているに違いない。

 仔実装はしばらく痙攣し、片手だけがパタパタと探るように舞ながら地面を叩く。

 そうなってから、まるで仔実装を”仕方がない許してやるか”と言わんばかりに、トラ
ックがゆっくり動き出し車の流れは走行車線に戻る。

 無論、だからといって安心して寝ては居られない。
 客拾いのタクシーでも止まれば、また、仔実装は体を休める間もないのだ。
 それ以前に、交通量自体が普段に戻ってもおかしくない。

 仔実装は、車が来ない間にヨタヨタと起きあがろうとする。
 片足が折れているのか途中でカクンと崩れ、そっちの手もやはり動かないのか受け身も
取れずにそのまま倒れ込んだ。

 倒れたまま首を左右に振って、こちら側と中央分離帯側を見やる。

 その顔は、もはや死神に取り付かれたのを自覚したかのように蒼白で恐慌の影をたたえ
た表情である。

 そして、顔が中央分離帯の方にしばらく固定されると、動く手と足を使ってズリズリと
そちらに這い出す。

 走行車線は車が止まることなく通過しているので、仔実装の行く先の選択は、もう記憶
にある中央分離帯に戻る事しか残されては居なかった。
 とりあえずあそこの上は安全というのは分かってるし、走行車線側は車が多く走ってい
るのが見えているからもう挑む気はなくなっている。

 ズリズリと這い車が通ると手で地面を掴むようにへばりついて耐え凌ぐ。
 その手ではアスファルトの地面を掴むなどという器用な事は出来ないだろうが、接地面
積を上げ抵抗を高めて風圧に耐える効果はあったようだ。

 何度かそうして耐えながら這うが、その速度はまさに蛞蝓である。

 それでは、この真ん中の車線からすら安全に抜け出す事も叶わない。

 俺は思わず手に汗を握っていた。

 仔実装が助かる事、奇麗にあるいは醜くタイヤに巻き込まれる姿… どちらを期待した
のかも判らぬうちに…。


 それでも仔実装は這った。
 死神に取り憑かれて尚、”死にたくはない”という一念だけで動いた。

 車が近づく気配に、再び、仔実装は動く手で地面を掴むように突っ伏す。

 だが移動した事によって、それまで通りには行かなかった。
 車が通過した後、仔実装が顔を上げて頭を左右に振る。

 ここからでは何が起こったか詳しく分からない。

 だが、その動きが痛みに悶絶する物である事は想像がついた。
 そして、普段のように痛みにのたうち回る事も出来ない状況なのだと推測できた。

 手が… 風圧に耐える為に伸ばして地面に伏した手が… タイヤに踏みつぶされてペシ
ャンコになり地面に圧着されてしまったのだと判った。

「もういい… 諦めろ。 お前はようやく苦しく生きる事から救われる」
 そう、心の中で労いの言葉を掛けた。

 片足は折れ、片腕も折れ、反対の手は潰され圧着されて身動きが取れない。

 体中に擦り傷を負い、何度も何度も転がり叩きつけられてもいるだけに、見た目ではわ
かりにくい部分にもひどい傷を負っているだろう。

 再生能力がある実装石の身体だからこそ、そこまで動けていたのだ。

 車だって、常にタイヤが同じ場所を通るわけではないし車種によってタイヤの太さも一
定ではない。
 今は、手の上を通ったが、ちょっとずれれば、あるいはトラックならタイヤは仔実装の
身体と魂を引き離す。

 そうでなくても、動けないのだから徐々に弱って死を待つしかない。


 もう、時間の問題でしかなかった。


 だが、仔実装は痛みに首を振るのを止めたかと思うと身体を起こし中腰の姿勢で何かを
し始めた。

『 テッチ!! テッチ!! 』
 表情の見えない後ろ姿だけだが、仔実装がそう踏ん張っている声が聞こえてくるようだ
った。
 まだ、折れて間もない足も使って中腰で踏ん張っている。

 そして…

 仔実装は、後ろにコテンと倒れると、天を仰いで立ち上がりヨタヨタと歩き… いや、
走り出した。

 仔実装は自らの力で潰れた手を引き千切り折れたままの足で走り出したのだ。
 まさに、限界を超えたところで発揮される人間と同じ火事場のクソ力である。

 その走りはヨタヨタと偏り、速度は歩いているよりも遅いが蛞蝓のように這うよりはず
っと速い。

 ブラブラする折れた手と、人間で言えば手首が千切れた手をブンブンと振り回し、まさ
に死に物狂いの全力だ。

 こうして仔実装は真ん中の車線を抜け出し、車の通過に倒され転がされながらも奇跡的
に中央分離帯の縁石の元まで辿り着き、精も根も使い果たしたかのように、そのまま縁石
に寄りかかるように崩れて動きを止めた。


 奇跡とは絶望を認めない為に作り出された幻想…。
 幻想は所詮幻想なのだと思っていた。

 だが、世の爪弾き者であるこの実装石ですら絶対の死を前にして醜く抵抗し、それによ
って、まさに奇跡的にこの状況で生き残った…。

 奇跡によって本当に道は切り開けるのかも知れない。

 例えその直後が絶望だとしても、命は生きる事を諦めないと言うのか…。


 神にも仏にも見放された仔実装の生還が、俺に「よかった」と心で言わせた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 九死に一生を得た仔実装は、しばらく縁石の根元でうずくまるようにして体を休めた。

 その頃には、交通量は普段の通りに戻りだしていた。

 だが、一応、わざわざ縁石に擦るほど接近する車は無く安全とはいえ、車の通過が気に
なるのかあまり休む間もなくあくせくと縁石を登ろうとする。

 大きくなっている仔実装にとって登る事も楽になっているはずなのだが片手は折れ、片
手は千切れているので安息の地への最後の難関となっていた。

 只でさえ怪我で体力を失い、パンコンで壮絶に体力を消耗した上で、この状態で身体を
縁石の上に持ち上げるのは並大抵の事ではない。

 しかも、あの最初の日と同じく相も変わらずパンツの中の糞をぶら下げたままという進
歩のなさだ。

 折れた手と無くなった手を伸ばし額を擦りつけ、顔の肉がすり切れるのも構わずに少し
ずつ身体を持ち上げる。


 そうして、なんとか安全な場所に戻ったが、その安心感で疲労がドッと押し寄せたよう
だ。

 仰向けに大の字になったまま緩い動きで頭だけを動かして周りを見ようとする。

 そして、ゴソゴソと自分の股に手をやる。
 その手は既に千切れてそこにないので、パンツの前を彷徨うばかりで、一向に感触がな
い違和感に手を眼前にかざすと、ようやく手がないのに気がついて目を剥いた。

 だが、驚いても、もうそれ以上は無駄に暴れる気力もないのか痛そうにその手を戻すと、
今度は反対の折れている手をパンツの方に動かす。

 折れているのでうまくはいかないが、ゴソゴソとパンツの中を探って糞を手に塗りつけ
掴んで、それを口にもっていこうとするが折れているので見当違いの場所で手を開いてポ
タポタと糞を落とす。

 口にもってきているつもりなのに手が来ないので、今度はソッチの手を眼前にかざして
折れているのを知るとまた目を剥いた。

 だが、やはり気力も尽きているのか、痛そうにそちらの手も使うのを止めると、モゴモ
ゴと身体を動かし地面に落ちた糞を這って舐め取る。

 少量でもなんとか胃に物を収めた仔実装は、再び、そのまま糞を舐めた姿勢で動きを止
めた。

 流石に骨折や部位を失う損傷は簡単には治らない。
 特に、空腹は再生能力の低下に影響する。

 朝に満腹になった分、再生で消費する栄養損失で死に至る事はないだろうが、身体が回
復する頃には、今日一日がまるまるムダになり、体力は昨日の消耗した状態に戻ってしま
うだろう。


 だが、日が暮れて再び救世主が現れた…。

 あの女の子が陸橋の上に姿を見せると、再び、朝と同じく物を落として去っていった。

 それは、やはり給食の一部と思われるロールパンと牛乳パックだった。

 その物音に目を醒ました仔実装は少し傷の癒えた身体で音のした方を目指す。
 辿り着き、登った場所は家のあった場所からずいぶんと離れていた。
 だが、自分に都合の良い事だけは記憶力の確かな実装石は、朝に降ってきた牛乳パック
の破裂する独特の音を覚えていたのだろう。

 擦り傷が癒えた程度の状態ではあるが、かなり速い速度でそちらを目指す。

 そして、朝と同じ場所、同じ物がそこにあるのが判ると、まるで足が折れていないかの
ような速さで獲物に歩み寄る。

 だが、この時、陸橋の上では朝とは違う異変が起きていた。


 少女が走り去ってしばらく後、丁度、仔実装が獲物を視界に納めたとき、陸橋の少女が
いた場所に少女と同じ年齢と思われる複数の児童が立っていた。

 嫌な空気…。  悪い予感がした…。

 彼、彼女らは、少女と同じく下を見下ろすと仔実装が食べ物に寄っていくのを見つけた
のか指を指して笑い出していた。

 その笑みは、決して少女のような生き物を見る目ではなく、かといって珍しい物を見つ
けたという俺のような好奇心の目でもない。

 それは、そこにソレがある事を知っていた目であると共に、テレビを見て芸人のネタを
”見下す”人間の目だ。

 彼らが何を話し、何をそんなに笑えるのかはここからでは判らないが、その目がある種
の無邪気さを超えた邪悪さを讃えた目であるのを感じた。


 その時には仔実装は朝と同じく落ちた牛乳を舐め取り、破れた牛乳パックに顔を浸して
猛烈な勢いで飲み干したところである。

 そして、そして腹を押さえる仕草で顔を上げ目と口を細める。
 ゲップをしたのだろう。

 その仕草に陸橋の上の子供達は再び笑い出す。

 そして、仔実装がロールパンに辿り着き手が不自由で戸惑い、それでも意を決したよう
にパンに齧り付き出すと1人の児童が何かを取り出し真下に落とした。

 1粒、1粒… 指先で摘む程度の大きさの物を落とした。

 物が降ってきた事に気がついた仔実装は食べている最中もあり、落ちてきた物をチラリ
と見やると、落ちてきた物それよりも、それが落ちてきた事が気になるように上を見上げ
て、その不自由な両手を掲げて満面の笑みで口を動かした。

 上の人間が見えているのなら、コレをくれたのが人間と理解して人間への感謝。
 見えていないのなら、神様への感謝と言ったところか…。

 3粒の何かを落とし終えた子供達は、それを見て大笑いする。

 その様子は、仔実装の行動を楽しむと言うより何かの罵声を浴びせているようにも感じ
た。
 決して善意や興味で物を与えたのでない事はこの時に確信した。

 児童達は物を落とした後も立ち去らずに眺めている。
 そう… それは、自分たちの落とした物を食べるのを待っているのだ。


 やがて、朝と同じくロールパンを平らげる仔実装。
 朝、一気に食い尽くして後悔したというのに全く学習していない。

 だが、それを俺は笑って見る余裕はない。
 今か今かと根気よく待ち続けた別の目があるからだ。

「見るな、気をやるな、食べるな…」
 誰もいない職場で俺は心に念じた。

「俺の目の前で、そんな下らない結末を見せてくれるな…」

 だが、仔実装はそれを1つ口に放り込んだ。


 しばらくの間がある…。
 仔実装は、ソレを満面の笑みで口の中で転がしているようだ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 だが、突然、仔実装の動きが止まると手が喉を掻くような動きとなり天を見上げた。

 真っ赤な顔で口をギュッと噛みしめているがププッと何かが噴き出すと、途端に顔が真
っ青になり下を向いて嘔吐を開始した。

 嘔吐は長く続き、ついさっき食べた物はおろか深緑の物体も吐き出している。
 それは間違うことなく実装ゲロリの効果だ。

 薬の効果で肛門が収縮し一時的に排便が出来なくなる。
 その数十秒から数分の間に胃液を短時間で異常製造させ、胃の運動も活性化する為に、
全てが逆流して上の口から吐き出される。
 それこそ、既に処理され腸の先にある古い便まで上がってくるのだ。

 当然、異常な胃液の製造は水分と体力を根こそぎ奪い、その嘔吐は延々と続き嘔吐の間
は呼吸すらままならない。

 仔実装は1分近く嘔吐をし続けて吐いたゲロと糞の海に突っ伏した。
 幸いにして嘔吐はそこで止まった。


 本来のゲロリではなく、薬量の少ない蛆・親指用のゲロリだったようだ。


 蛆用ゲロリは、成体用だと小さい蛆実装が瞬殺過ぎて楽しめない為に、薬量を落として
長く苦しむのを鑑賞する為の物だ。

 それでも、死の確率が低いというだけで凶悪な苦しみは変わらない。


 見れば、子供達はソレを見て再び大はしゃぎすると、その様子を手を伸ばしてデジタル
カメラを向けて撮り納めていた。

 わざわざズーム付きのデジカメを用意している… これは、ただの実装石虐めじゃない。
 他の目的の為に仔実装、それも、この仔実装を狙ったのだ。


 子供達による俗に言う”実装虐め”は良くある話だ。

 自分だって、今になってこそ馬鹿な事を… と思うが、子供の頃には、散々、虫や蛙に
残虐非道な行為を笑ってしていた物だ。

 だが、それは同時に背徳的な楽しみである事を少しは判っていた。

 俺たちの世代は、まだ、命を粗末にするなと怒る大人が少しはいた。

 少なくとも、こんな人目のある公の場所で、嬉々として堂々とやる行為じゃない。
 しかも、その様子を画像で残すなど度を超えているとしか言いようがない。

 それには別の目的もあるように思えて仕方がなかった。

 実装石を虐待する分には、実装石なら仕方がないと見て見ぬふりをする風潮がある。

 それでも本来隠すべき行為を堂々とすると言う事は、もっと酷い何かをその後ろにもっ
ているのだ。
 毒を用意し、デジカメを用意しているという周到さからそれが伺える。

 特に仔実装を想定して弱い毒を用意していること。
 それらは虐待用途に限定されるため、通常の駆除版より入手に手間が掛かるのだから。


 そうしている間に、せっかく胃に収まった物と共に体力も限界まで絞られた仔実装は、
ヒクヒクと苦しそうに身悶えながらも、その嘔吐した物を再び啜って胃を満たそうとする。

 だが吐いた物の中に薬の成分が残っているが為に、少量を飲んでは吐き飲んでは少量吐
きを繰り返した。


 そうして、ゲロと糞を再び胃に収めては見る物の、既に本来の食材の栄養価は失われ体
力はゲロリを食べる前より遙かに落ちていた。
 それでも… いや、それだけに仔実装はすぐさま、別の落とし物を這うように口に納め
てしまった。


 間があって…。


 今度は、ようやく嘔吐の苦しみが落ち着いた仔実装が、ビクンと全身を反らせて跳ねる
とコキコキと壊れ掛けのブリキの玩具のような動きで身体を揺らし始め、顔色が赤くなっ
たり青くなったりする。

 瞬く間にそのパンツが膨らみ出すと、少量だが嘔吐もする。
 先程と違うのは目や鼻からも体液がしたたり落ちている。

 これは駆除用餌のスタンダード… 実装コロリの効果だ。
 
 実装石は多少の毒物が体内に入っても、細胞を異常再生の新陳代謝で影響を最小にして
自然排便してしまう。
 その毒への耐性の核となる再生機能を奪うのがコロリを始めとする対実装駆除薬の効果
だ。

 その駆除餌の元祖だけに、そこからの効果は地味で強力だ。

 今度は内臓が内側から破壊され、嘔吐、下痢が増幅されるわけではないので派手さは無
いが神経や筋肉など運動系まで異常をきたす。
 体内で体液循環系も破損してしまうので、涙も唾液も体液が混ざり、鼻血に体液交じり
の汗も皮膚上に滲み出る。
 まるでエボラ出血熱の末期患者のようになるのだ。

 だが、これも毒の量が少ないのか、ある程度の所で止まる。


 仔実装は、毒の影響で神経系にも異常をきたしたのか、急速にやせ細った身体でカクン
カクンと痙攣し、這うという事も出来ずに藻掻いてすすむ。

 もう、自分が浸っている自身の嘔吐物を食べる気はないようで、嘔吐物や糞が顔につく
とカクカクと不自由な動きで顔のそれを拭ってはすすむ。


 そこで素直に食べる事を諦めればよいのに、愚かにも2度痛い目を見たというのに、何
かを口に入れよう… と見事に3つ目のソレを頬張る。

 その小さな粒を食べた事でそうなったというのが、苦しむ内に頭から抜け落ちたとしか
思えない。

「愚かな…」嬉しそうにソレを口の中で転がしている仔実装に向け俺はあきれた顔で呟い
ていた。

 いくら状況が状況とはいえ3度も引っかかるようでは仔実装に対し同情も出来ない。


 劇的に痩せた仔実装の腹だけがプックリ膨らみ出すと、仔実装が目を剥いて一瞬動きを
止め腹を抱えて中腰になろうとする。
 そして、フラッシュが連続して仔実装を照らし…
 勢い良く緑の水を噴射すると、呆気なく宙を舞ってすぐ前の植木に突入した。


 最後の粒は、低圧のドドンパだったようだ。

 ゲロリと同じく、コロリから改良された虐待向けの効果が派手な薬品だ。
 効果も原理もゲロリと同じだが、内容物の出口が逆でケツから全て出る。
 しかも、胃酸と反応を起こす成分らしく、コ○ラにメン○ス的な事が起こってペットボ
トルロケットの様に糞をぶち撒けて身体が飛び上がってしまうのが本来のドドンパだ。
 そのメ△トス効果(科学反応)度で、通常、高圧、低圧がある。


 その様をカメラに納めた子供達は、大人達が冷ややかな目線を向ける中、陸橋をはしゃ
ぎながら去っていった。


 仔実装は… その後、その植え込みの下から、全身に折れた枝を刺したまま這って出て
きてパタリと突っ伏した。


「まだ、死ねないのか?」俺はあきれたように声に出す。

 まぁ、この様子では、このまま衰弱死もあり得るだろうが… 不幸にも今一歩の所で死
からは逃れられる仔実装なので生きているだろう。

 今も、もし普通の体調でドドンパを食べていたら、例え低圧の物でも垂直に飛んでたら
落下で軽く死ねる。
 いや、弱ってても、この分離帯の広さでは方向が悪ければ車道まで飛べる。
 植え込みに突っ込むにしても、運動エネルギーで枝に串刺しの方が確率的に高い。

 今は運良くその程度で済んだのだ。

 死ななかったのだから”運良く”… という言葉を付けるしかない。


 俺は最後の仕事を終わらせて、もう、今日は仔実装に動く気力もない事を確認すると職
場を後にした。

 一応、歩道橋の上からもオペラグラスで詳細を見る。

 至る所に木の枝が刺さった状態で突っ伏してはいるが、ピクピクと身体は動いており涙
目で何事かを呟いていた。

 普段なら、集中すれば割と声は良く聞こえる(だからこそ、あの児童達は笑ってみてい
たのだが)のだが、そのか細い呟きは、さすがにココまでは聞こえはしなかった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

つづく

■感想(またはスクの続き)を投稿する
名前:
コメント:
画像ファイル:
削除キー:スクの続きを追加
スパムチェック:スパム防止のため8200を入力してください
戻る