タイトル:【虐・怪】 〈紫〉黒いニンゲン
ファイル:虐待怪人.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2355 レス数:1
初投稿日時:2010/05/09-09:12:28修正日時:2010/05/10-00:02:09
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 夏の暑さも引いてきた、秋の日の午前中。

 双葉町にある小さな空き地の隅っこに、親子の実装石が暮らしていた。人目の付かない
灌木の影に家を作っている、賢い実装石だった。

「ちょっと苦いけど、美味しいテチュー」
「そろそろ木の実がなる時期デス。冬の準備も始めないといけないデス」

 親実装と仔実装四匹が段ボールハウスの前で食事をしている。食べているのは、近くの
木になっている木の実。金平糖や人間の食事などとは比べるべくもないが、野良実装石に
とっては立派なご馳走だった。

 音もなく、そこを影が通り過ぎていく。

 パラッ。

 何かの転がる音がした。

「何デス?」

 親実装は食べていた木の実を一度起き、音の方に目を向ける。

 地面に落ちていたのは、色とりどりのとげとげした粒——金平糖だった。実装石を引き
つける魔法のお菓子である。

「コンペイトウデス……!」

 思わず親実装は立ち上がった。
 それで、少し身体が軽くなる。ついでに少し涼しくなった。

「マ、ママァァァ!」
「大変テチ、大変テチャァァァ!」
「髪の毛が、お服が無くなってるテチイィィ!」

 仔実装の悲鳴に、親実装は笑いながら自分の身体を見下ろす。

「お前たち、何を言って——」

 緑色と白い布の切れ端と、茶色い毛が足下に落ちていた。身体を撫でてみると、実装服
や前掛け、パンツ、靴まで無くなっている。頭に手を触れると、頭巾も無くなっていた。
ついでに、前髪も後ろ髪もきれいに無くなっている。根本から剃られたように。

「——る、ん……デス……?」

 言葉が尻すぼみに消える。
 一瞬にして禿裸になった自分に、親実装は思考停止していた。

 少し強い風が吹き抜ける。

 さらりと、仔実装の服と髪が風に舞った。普通に原型を保った状態から、無数の細切り
となって仔実装の身体から離れていく。まるで専用の機械で剥いたように、きれいに禿裸
となった四匹。

「テチ……?」

 涼しくなった身体を見下ろし、何が起こったのかも分からず、呆けている。

 パタッ。

 続いて起こった音に、親子が目を向けると。

 段ボールハウスが壊れていた。踏み付けたとか叩き潰したとかいう生易しいレベルでは
ない。段ボールの箱が無数の紙片になっている。まるで鋭利な刃物で微塵切りにされたよ
うに。中にあった小物入れやタオルも粉々に切り刻まれていた。

 何が何だか分からぬうちに親子揃って禿裸となり、苦労して手に入れた家も家具も失っ
ている。賢い親子は、一瞬にして野良実装の最底辺へと落ちていた。
 さきほど地面に落ちていた金平糖も消えている。

「テェェェェェ!」
「チャァァァァァァ!」

 あまりの事に現実を受け入れることができず錯乱する仔実装たち。

「テチュ……!」

 ショックでそのまま仮死に陥る仔もいる。

「………」

 ぶばっ。

 親実装は無表情のまま、目、鼻、口、総排泄孔からあらゆる液体を噴き出していた。





 そこから遠ざかる黒い人影。
 黒い服を着て黒い帽子を被った老紳士だった。右手にステッキを持ち、振り返ることも
ない。誰も気付かぬまま、足音もなくその場を去っていった。








「新しい〜朝が来た♪ 希望の朝〜だ〜♪」

 早朝六時。暢気にラジオ体操の歌を口ずさみながら、俺は自転車をこいでいた。カゴに
は居候薔薇実装の紫電を乗っけたまま。行き先は決まっていない適当な散策だ。

 徹夜で原稿完成、そして早寝、早起き。
 正月の朝にパンツ履き替えたみたいにスカッと爽やかな気分だぜ。

「カワイソウ……」

 紫電が口を開いた。

「どした?」

 目を向けると、右手を持ち上げ道ばたを示している。

 なんか見つけたか?

 俺は紫電が示す先に自転車を向けた。
 町外れの人気のない道。道の左右には空き地と畑と林が順番に並んでいる。朝六時って
こともあり、人の姿はほとんどない。時々犬の散歩をしている人を見かけるくらいだ。散
歩とかはあんまり人気の無い場所に行くというのが、俺の考えであるが。

「ん……?」

 ソレは脈絡無く落ちていた。

 実装石が、多分三匹。

「デェェェ……」
「助けてデスゥゥ……」

 自転車から降りた俺を目にして、目から涙を流している。

 一応三匹と表現するのが正しいかな? 三匹の実装石が見事に融合している。手や足も
三匹分あり、胴体も多分三匹分あった。服や髪はそのままだが、下手に禿裸にされていな
い分、奇怪さも増している。

 オッドアイズ・アルティメット・ジッソー 
 ☆1/地属性/獣族/融合通常/攻0/守0
 「実装石」+「実装石」+「実装石」

 ……なんてな。

「シデンサン、助けてデスゥゥ!」

 カゴから降りてきた紫電に向かって、わたわたと六本の手を動かしていた。万能リンガ
ルに表示される文字からして、紫電の知合いか。
 うちの居候は、なにげに顔広いからなー。

 紫電は融合実装石の元へと近づき、その姿を見つめる。

「アナタタチ、ドウシタノ……?」
「黒いニンゲンにやられたデスゥ!」

 実装石の一匹が答えた。 

「何だ、黒いニンゲンって?」

 近くにあった小枝で、融合実装石をひっくり返しながら、俺は尋ねる。

 見た感じ、かなり賢い個体らしい。服や髪もきれいに洗われていて、実装臭もほとんど
無い。ここら辺で賢い実装石っていったら、神社公園が思い浮かぶけど、あそこの連中じ
ゃないみたいだな。雰囲気的に。

 俺の問いに、実装石たちは泣きながら答えてきた。

「わかんないデスゥ……! ワタシたちもほとんど見てなかったデス……」
「黒いニンゲンに会ったら酷い事になっちゃうデスー」
「何とかして欲しいデスゥゥ」

 要領は得られないが、何が起こったのかは分かった。

 通りすがりの虐待派か何かにやられたのだろう。実装石が虐待派に襲われる。それ自体
は珍しいことじゃない。あまりおおっぴらになることはないけど。

 でも、これをやったのは並の虐待派じゃないな。

「こいつは凄い……。どうやったらこんな事できるんだよ」

 こいつらは薬で溶かして融合させたわけじゃない。おそろしく鋭利な刃物で身体を一度
切断してから、その断面を合わせて癒着させている。少なくとも俺の見立てでは。

「コレハ……ドウヤッタラ、元ニ戻ル……?」

 紫電が俺を見上げてくる。
 俺は一度首を傾げつつ、思ったことをそのまま口にした。

「一度癒着面からバラバラに斬ってから、元通りの組み合わせにくっつければ治るんじゃ
ないか? ただ斬ってくっ付けただけみたいだし」
「分カッタ。アリガトウ……」

 右手に水晶の剣を作りながら、紫電が礼を言ってくる。

 って……おま……

「デェェェ!」
「ちょっとシデンさん、待つデス!」
「心の準備ができてないデース!」

 実装石の悲鳴も空しく、紫電の即席分離手術が始まった。







「痛かったデス……」
「でも、元に戻ってよかったデス……」
「ありがとうデス。シデンサン……」

 多少いびつながらも、三匹は元の姿に戻っていた。

 一度水晶剣でパーツごとに分解し、切断面を水晶で仮止めするという強引な手法だが、
それでどうにかなってしまうのも実装石。一緒に斬られていた実装服も水晶でくっつけて
あるので、しばらくすれば直るだろう。
 便利だなー、紫電の水晶。

 三匹のうちの一匹が口を開いた。

「シデンサンは、飼いだから大丈夫と思うデスけど、気を付けるデス。最近黒いニンゲン
がいるデス。黒いニンゲンに会うとワタシたちみたいに大変な事にされてしまうデス」
「何なんだ、その黒いニンゲンって?」

 万能リンガルを動かながら、俺は眉根を寄せてその実装石を見つめた。

 さっきも口にしてたな、黒いニンゲン。意味を考えるなら、黒い服を着た人間ってとこ
ろだろう。他に意味も無いだろうし。

「ワタシたちも知らないデス。でも、最近そういうヤツがいるんデス。そいつに出会った
ら、さっきのワタシたちみたいに酷いことになってしまうデス……」

 説明しながら、実装石が怯えていた。

 ふぅ、むゥ……。

 融合していた三匹を思い出す。鋭利な刃物で切ってから、その切断面を合わせて再生。
その方法で、複数の実装石を融合させることは可能だ。だが、そう簡単にできるもんじゃ
ない。薬とか使えば話は別だけど。

 だが、こいつらをくっつけていたのは、小細工無しの切断、癒着。斬り戻しや斬り合わ
せとも呼ばれる虐待の高等技術だった。

「ワタシも後ろ姿しか見えなかったデス……」
「気がついたらくっついてたデス」

 残りの二匹も怯え混じりに言っている。

 一瞬にして知覚させる暇すらなく、ねぇ。にわかには信じられない話だけど……。本当
だとしたら、生半可な腕じゃないな。いわゆる虐待師ってのか?

 無言で三匹の話を聞いてから、紫電は口を開いた。

「分カッタ……気ヲツケル……。アナタ達モ気ヲ付ケテ……」
「分かってるデス」
「じゃ、ありがとうデス〜」
「また今度デス〜」

 そう手を振りながら、三匹は林の奥へと消えて行く。

「黒イニンゲン……」
「なんか物騒だなー」

 他人事のように、俺は呻いた。








 空が夕方から夜へと変わる頃。黄昏時とも呼ばれる時刻。その時間と空間を支配する者
が、人間から人間ならざる者に変わる時刻でもある。逢魔時とも言うこともある。

 人気の無い公園にて、突如として悲鳴が響き渡った。

「ボギャァァァ……ァ……!」

 地面から突き出した水晶に胸を貫かれ、実蒼石が数度痙攣して息絶えた。胸の傷や顔か
ら血を流し、実蒼服を赤く染めている。金色のハサミが地面に落ちて、固い音を立てた。

 一撃のもとに実蒼石を屠った薔薇実装。

「カワイソウ……。カワイソウ……」

 空中に浮かんだまま、黄色い片目を動かし、次の獲物を探す。

「デ、デェエェェ……!」

 辺りに散らばっているのは、実蒼石に斬られた実装石の死体が三つ。

 そして、たった今まで実蒼石から逃げていた実装石が四匹。突如として現れた新手に、
パンコンしながら腰を抜かして泣いている。

 実蒼石相手なら何とか逃げ切ることも可能だったかもしれない。だが、薔薇実装相手で
はそうもいかない。薔薇実装に目を付けられたら、待っているのは確実な死のみ。生存率
が数パーセントからほぼゼロになったくらいだが。

「大丈夫、悲シマナクテイイ……ミンナ死ヌノダカラ……。……?」

 背後に何かを感じ、薔薇実装は振り向いた。

 同時に地面から水晶を発生させる。地面から勢いよく突き出す薄紫色の水晶。人間相手
にも十分な殺傷能力を持つ凶器。もっとも、薔薇実装が実装生物以外の生き物を襲うこと
はまずないのだが。

 ピッ……!

 その水晶が斬られた。
 ガラス並の硬度を持つ水晶を斬りながら、凄まじい速度で何かが迫る。

「何モ……」

 問う暇もなく。

 胸から上下真っ二つになった薔薇実装が地面に落ちた。迫り来る何かを防ごうと両手で
構えた水晶剣もあえなく斬られ、体内の偽石ごとその身体を切断されて。

 後れて、斬られた水晶が地面に落ちる。

 数分の静寂。

 生き残っていた実装石の一匹が突如として笑い出した。

「デピャピャピャー! アオいのもムラサキのも死んだデスー! ワタシたちに手を出し
たからデスー。これは、天罰デェ……デ……ッ?」

 そこで、実装石の言葉は途切れる。







「おいおいおい……。何だこれ……」

 その公園の光景を眺め、俺は思わず顔をしかめた。

 あんまり管理されていない町外れの公園。朝方一人で散歩をしていたら、小さな人集り
を見つけて野次馬根性発揮してみたら、この光景に出くわした。

「ヒドいな……」

 身体を斬られて死んでいる実装石が三匹。紫水晶に胸を串刺しにされて息絶えている実
蒼石。これだけ見るなら、実蒼石の狩に薔薇実装が乱入したと考えるだろう。

 だが、その薔薇実装も胸を上下に断たれて死んでいた。地面から生えた水晶と、薔薇実
装が作った水晶剣も斬られている。水晶の断面はきれいだった。どういう原理なのか、硬
い水晶が薙ぐように斬られている。

 これ、どうやってやったんだ?

 心中で問いかけても、薔薇実装は黄色い目を空に向けているだけだ。にしても、薔薇実
装って死んだらそのまま身体が崩れるって聞いた事あるんだけど、死体残るんだな……。

「これっていわゆる虐待派の仕業かしら?」
「なんか……違うんじゃない? 物騒ねー」

 おばちゃん二人がそんな会話をしている。

 黒いニンゲン。

 俺の頭にはその単語が浮かんだ。

 昨日の融合実装石が言っていた言葉。黒いニンゲンに会うと酷い目にあう。どこかの虐
待派の仕業かと思ったけど、こりゃ予想以上に物騒なヤツじゃあないか? 薔薇実装に手
出す虐待派なんて聞いたことないぞ。

 しかも、この水晶の切断面は、異常だ。

「デヒ……デッ……」

 ん?

 ほんの微かな実装石の呻き声。
 俺は人集りから離れ、声の元へと歩いていった。

 人集りから死角になる場所だろう。植え込みの陰に、実装石が落ちていた。

 おそらく、四匹。全員身体が左右半分になって、八つの半身となって地面や木の幹に貼
り付いている。鋭利な刃物で脳天から股間まで縦に両断され、放置されたのだろう。三匹
は既に息絶えているが、一匹だけ辛うじて生きている。

 俺はポケットから万能リンガルを取り出した。

「おい、誰にやられた?」
「黒いニンゲ……」

 パキ……。

 偽石の砕ける音。

「はっ、ははは……」

 背筋を撫でる冷たいものに無理矢理苦笑しつつ、俺はリンガルをポケットに収める。

 洒落になってないぞ、これ。

 ブロロロロ……。 

 聞こえて来たエンジン音に目を転じると、バイクに乗った警察官が二人到着していた。
誰かが通報したらしいな。どこかの虐待派がヒャッハーしましたって雰囲気でもないし。
バイクから降りた警官が公園を見て顔をしかめている。

「黒いニンゲンね。一応市民の義務だしな」

 そう自分に言い聞かせ、俺は警察官の元へと歩いていった。





 とりあえず、警官に『黒いニンゲン』と呼ばれる人間が実装石を虐待していることを伝
えておいた。予想はしていたけど、警察もある程度状況を把握しているようで、逆に俺が
最近起こってる事を教えて貰った。

 ここ一週間『黒いニンゲン』による異常な事件が十数件報告されている。

 ほぼ例外なく鋭利な刃物を用いられ、実装石が虐待されている。発見時の生死は半々で
あるが、斬り殺しているわけではなく、切断直後は生きているとのこと。実装石が被害の
中心だが、実蒼石や実装紅の被害報告もあるらしい。

 実装生物を飼っているなら注意するようにとも言われた。







 日が沈み空に星が輝く午後八時頃。

 駅から住宅街へ向かう道路の影に、成体実装石と仔実装五匹が隠れていた。託児狙いの
親子である。コンビニやスーパーなどでは近づくだけで駆除されてしまうので、最近の託
児の狙い場は人気の薄い道路になっていた。

「来たデス……!」

 親実装が目を付けたのは、コンビニ袋を持ってややぎこちない足取りで歩いてくる青年
だった。酔っぱらっている様子がはっきりと分かる。酔っぱらった人間こそ、託児におけ
る最大にして唯一の標的だった。

「これで飼いになれるテチー」
「美味しいご飯食べ放題テチー」

 後ろで幸せ回路を動かしている仔実装たち。

「静かにデスッ……!」

 親実装の鋭い声に、口を閉じる。

 親実装は歩いてくる男に全神経を集中させた。まだ、仔実装は用意しない。男がぶら下
げているコンビニ袋は丁度いい高さ。男に気付かれぬよう仔実装をそのコンビニ袋に放り
込み、すぐさま退避する。親実装の脳内では、完璧な計画が練られていた。

 あくまで親実装視点の完璧であって、実際は穴だらけというのはさておいて。

「いざ、行くデス。長女!」

 囁くように宣言し、親実装は振り返った。

 後ろで待機している長女を掴み上げ、男に気付かれないように近づき、素早く仔をコン
ビニ袋に放り込み、速やかに退避する。その動きを脳内でシミュレートしながら。

 長女を持ち上げようと、親実装は両手を伸ばしたが。
 目的の長女を持ち上げることはできなかった。

「デ……? 何デス、これは?」

 予想外の事に、思考が止まる。
 両手を伸ばした体勢のまま、親実装は固まっていた。託児のことも忘れて、自分の仔た
ちを凝視する。

「テチ?」
「ママ、どうしたテチ?」
「早く飼い実装になりたいテチー」
「デ、どうしたデス、お前たち……?」

 仔実装が星形になっている。

 仰向けになった仔実装五匹。その手がつながって輪を作っていた。手を繋いでいるわけ
ではない。手の先端が斬られて、その切断面をくっつけている。鋭利な刃物で切られて、
合わせられた断面は一瞬にして癒着し、一体化していた。

 仔実装の足も同様に、先端が切られて断面をくっつけてある。足で星形を画くように。
見る者が見れば、芸術的と言ったかもしれない。

「テ……? テ……。テチャァァァ!」
「何テチュ! これ、どうなってるテチィィ!」
「みんな離れるテチィィ!」

 漠然とただならぬ状況を把握し、仔実装が暴れ出す。だが、既にくっついてしまった手
足は剥がれることもなく、お互いにお互いの動きを邪魔していた。必死に暴れても、手と
足をいくらか動かすだけで終わっている。

「お前たち、落ち着くデス!」

 コテッ。

 親実装が転んだ。

 目の前に見えたアスファルトの地面。
 両手を突いて起き上がろうとするも、何故か腕は何もない空間を押すだけだった。起き
上がらなければならないのに、身体が思う通りに動かない。

「デシャァァァ!」

 親実装は癇癪を起こして叫んでいた。





「何だァ?」

 路地を覗き込み、男は素っ頓狂な声を上げた。

 託児狙いの親子がいたのは、かなり前から気付いていた。気付いていながらも敢えて気
付かない振りをして、託児を待っていた。誘い託児虐待派である。下げていたビニール袋
には空のビール缶しか入っていない。ビールは既に腹の中。

 ほろ酔い気分のまま、託児された仔を捕まえて遊ぼうと思っていたのだが、その考えは
跡形もなく吹き飛んでいた。

「テェェェ!」
「テチャァァ!」
「星形……?」

 男は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

 手を輪のようにくっつけられ、足で不格好な星形を作っている仔実装五匹。何かのお守
りのようでもあった。泣きながら必死に他の姉妹と別れようとしているが、この体勢では
満足に動くことも出来ず、力なく身体を揺するだけ。

「こっちは……」
「デェェェェッ、デギャァァァ!」

 地面に倒れた親実装が、必死に起き上がろうとしている。

 だが、いくら両手両足を空中に突き出しても、起き上がることはできない。親実装の首
は百八十度ひっくり返されていた。顔は下を向いているが、胴体は上を向いている。胴体
と頭の向きが逆になっていることに気付いていない。

「さっきは、五体満足だったよな。こいつら……?」

 視線を持ち上げ、男はさっきの様子を思い返す。

 当人は路地からこっそりと覗いているつもりだっのだろうたが、実際は思い切り全身が
見えていた。その時は、親子揃って元気だったと記憶している。

 しかし、一分も経たずに見事に壊されていた。

 常識的に考えて、そんな早業は不可能だろう。

「え? 誰がやったん……」

 すっと酔いが引いていくのを自覚する。
 辺りを見回してから、男は早足で帰路についた。





 誰もいなくなってから。
 親実装と仔実装たちは、力が尽きるまで無意味な努力を続けていた。







 青い空には、白い羽雲が浮かんでいる。午後二時過ぎ。まだ昼間は夏の暑さが残ってい
るが、木々に囲まれた神社は涼しい。

「最近変なヤツが出るという話デス……。虐待派かどうかも分からんデスけど、昨日は薔
薇実装まで殺られたようデス……。多分、今までで一番危ないデス。うちの群れにも気を
つけるように念を押しておかないといけないデス」

 神社の片隅を歩きながら、隻眼のマラ実装——神社公園のカシラは静かに呟いた。

 群れの公園のボスという立場上、あちこちから色々な情報が入ってくる。最近急に話題
に上り始めたのが、黒いニンゲンの噂だった。既に実装石数十匹に実蒼石、実装紅数匹が
犠牲になっているらしい。

 近くを歩いていた幹部実装石サンが、少し驚いたように声を上げる。

「薔薇実装ってシデンサンデスか?」
「違うデス……。流れ者の薔薇実装みたいデス。ただ、とにかく危険な相手デス。話によ
ると、件の薔薇実装は水晶ごと真っ二つらしいデス……。人間業とは思えんデ——」

 そこでカシラは言葉を止めた。
 ついでに身体の動きも止まる。同時に、サンも止まっていた。

 視線の先、十メートルほどだろう。

「………」

 そこに黒いニンゲンがいた。

 黒い服を着て黒い帽子を被った老紳士である。右手にステッキを持って、のんびりと歩
いていた。神社を散歩するような落ち着いた足取りで。カシラたちに見えているのは、そ
の背中である。怪しい雰囲気や危険な気配などはない。
 どこにでもいるような人間の姿。それが足音もなく遠ざかっていく。

 いつ現れたのかは分からない。気がついたらそこにいた。

 間違いない。黒いニンゲン。

「動くな。カシラ、サン——!」

 声と同時に、カシラとサンの身体に凄まじい勢いで包帯が巻き付けられる。声に縛られ
たように硬直しているうちに、ミイラのように包帯まみれとなった二匹。

 その二匹を守るように前に出たのは、神社の神主だった。

「仕込み斬実剣ですかね、それは? まさか、白昼堂々うちの神社に現れるとは思いませ
んでしたよ。しかし、これは丁度いいです。一緒に警察に行きましょう」

 声に含まれた殺気。神主が右手に持っているのは、細い鉄の棒だった。長さ一メートル
はある六角形の鉄棒。手元近くに鈎が付いている、いわゆる十手である。その中でも、対
刃物用に使われる打払い十手と呼ばれる大物だった。

 黒いニンゲンが足を止めた。

 神主が駆け出す。壮年の男とは思えない瞬発力で。

「返答に関わらず、連れて行きますけど」
「私は人間は斬らない主義でね」

 ブンッ!

 背骨めがけて突き出された十手が、空を突く。

 黒いニンゲンは忽然と消えていた。

 無言で十手を引き、神主はすぐさま周囲に視線を巡らせる。周囲の茂みや木の枝、社の
床下など、人が隠れられそうな場所に鋭い視線を向けていた。しかし、しばらく探してか
ら相手がどこにもいないと諦めたようである。

 悔しげに吐息してから、動けないでいるカシラたちの方へと歩いてきた。十手を帯に差
して、両手を自由にする。

「自覚は無いみたいだけど、酷く斬られている。治療しよう」

 カシラとサンは何も言えぬまま、それに従った。








「ついに、神社公園にまで手を出したか……」

 近所のスーパーに置いてあったチラシを読みながら、俺は口元を押さえた。

 実装生物——実装石、実蒼石、実装紅などの飼い主は、ペット実装を無断外出させない
ようにと注意を呼びかけるチラシ。発行元は弐地浦市実装愛護組合。愛護派というとちょ
っと危ない印象あるけど、ここは至って真っ当な愛護派の集まりだ。

『虐待怪人、神社公園の実装石を襲う』

 チラシの裏面にそんな見出しが躍り、神社襲撃の様子が記されている。

 襲われたのはボスのカシラと幹部の一匹。神主がすぐに治療したため無事だったが、一
歩間違えたら短冊切りになって散らばっていたかもしれないとのこと。神主が犯人を捕ま
えようとしたが、逃げられたらしい。

 ついでに、今回の一件で警察も本格的に動き始めたようである。

「神社公園に手出すとは、本物のキ印だな」

 相当に頭がキている虐待派でも無い限り、神社公園には手は出さない。あそこはそんな
不可侵領域である。それを白昼堂々仕掛けて、虐待を成功させたのだ。神主が見つけてい
なければ、今頃カシラと幹部はバラバラだっただろう。

 ネットじゃ件の黒いニンゲンを英雄視するアホもいるが、そんな暢気なもんじゃない。

 人間の被害が出るのも時間の問題だろう。

「それまでに捕まってくれればいいが……」

 俺はソファに座って本を読んでいる紫電に声をかける。

「お前も気を付けろよ」
「分カッテイル……」

 紫電の答えは淡泊だった。







 危ない状況がすぐ近くまで迫っているのに、自分は大丈夫だと思う人間は多い。今まで
平気だったから今回も平気。そんな根拠のない思い込み。

 一人の女性が団地の公園で実装石を遊ばせていた。いつも飼い実装石を遊ばせている団
地の公園。怪しい人影はない。外に出すなとは言われているものの、目の届く場所で遊ば
せている分には大丈夫だろう。

 それがその女性の考えだった。

「グリュちゃん。帰るわよー」

 お昼が近づいているのを察し、女性は声を上げる。

 飼い実装のグリュは仔実装と一緒にすぐ近くで遊んでいた。本当に十メートルも離れて
いない場所。人が近づけば必ず気付く距離である。

「ヒッ……!」

 女性は鋭く息を漏らした。

 近づいてきた実装石。飼い実装石のグリュだったが……。

 着ていた実装服も髪も跡形もなく無くなり、禿裸となっている。
 それだけなら、まだ救いがあっただろう。

 グリュには本来あるべき場所に口が無かった。三角口の上下を切り、切断面を癒着させ
てある。口を完全に閉じられているせいで、全く声が出せないでいた。両目から色付き涙
を流しながら、無言で飼い主の女性を見ている。さらに腰から下が前後逆になっていた。
一度腰を切って百八十度回してくっつけたのだろう。

 それだけではない。グリュの両手が仔実装になっている。肘の辺りから腕が切られ、そ
こに胴体を切った二匹の仔実装がくっついていた。グリュの仔二匹だった。その仔実装も
口を塞がれ、両手が小さな蛆実装になっている。

「レフー」
「レフレフー?」

 何も分かっていない蛆実装の声だけが、緊張感無く聞こえていた。

 グリュは壊れた身体で飼い主へと近寄っていく。必死に、助けを求めるように。

 それはもはや、アホっぽくて愛嬌のある実装石ではなかった。
 異形のクリーチャー。

「イヤアアァァァァァァァ!」

 団地の公園に、女性の甲高い悲鳴が響き渡る。








「ボクー」

 駅前交番の実蒼石アオゾラは、横断歩道の近くで黄色い旗を振っていた。小学校の下校
時間。いつ通りの、見回り仕事である。怪しい人間がいたとしても、自分の仕事はこなさ
なければならない。

 周囲を歩いている人間が、不安そうな眼差しを向けてくる。実装生物を襲う不審者の話
は、ニュースにもなっていた。みんな、アオゾラが襲われないか不安なのだろう。

「黒いニンゲン……デスか」

 獣装石のビースが不安げに辺りを見ている。

 ここ最近あちこちで聞くようになった噂。黒いニンゲン。人間は虐待怪人などと呼んで
いるが、実装生物の間では黒いニンゲンと言われていた。

「このままだと、人間に被害が出る可能性があるボクゥ……。ボクたちに何ができるわけ
でもないボク……。でも、いざというときは……」

 もし通行人が襲われることになったら、アオゾラは黒いニンゲンと刺し違えるつもりだ
った。刺し違えるのは無理でも、せめて人間を守る盾になる覚悟はできている。

「アオゾラサン!」

 突然ビースが声を上げた。
 アオゾラはビースが目を向けた方向に向き直る。

 黒いニンゲンが……いた。

 右手にステッキを持って歩道を歩いている黒い服を着た老紳士。一見すると普通の人間
だが、その空気は明らかにおかしい。通行人の中ではひときわ目立つ格好をしているとい
うのに、まるで影のように存在感が薄い。

 黒いニンゲンが足を止め、少しだけ振り向いてきた。

 その口元ににやりと笑みが浮かぶ。

「デッ……!」

 ビースが呻く。

 その笑みは明らかに、アオゾラとビースに向けられていた。道路を普通に歩いていたら
底の見えない断崖絶壁に突き当たる。そんな唐突さ。透明で冷たく現実離れした恐怖。

 その恐怖を渾身の勇気で打ち破り、アオゾラは叫んでいた。

「見つけたボクゥゥゥゥゥ!」

 その叫びに、周囲の視線が一斉にアオゾラに向けられる。

 その時には、黒いニンゲンは消えていた。

「ビース追うボクッ!」
「了解デ……」

 そこでビースの動きが止まる。
 そのまま、そっと目を逸らした。

「どうしたボク?」

 その態度に違和感を覚えたアオゾラ。

 辺りを見回してみると、自分に目を向けている通行人たちの表情がおかしい。老若男女
みながなんとも言えぬ気まずそうな表情を見せている。

 その視線を辿るように、アオゾラは自分の身体を見下ろした。

「ボク……?」

 思考がフリーズする。

 実蒼服が半分無くなっていた。
 実蒼服は主に三つの部位からなる。頭に乗せている黒い帽子、白いシャツ、蒼い半ズボ
ン。そこに、サスペンダーや実蒼靴が加わる。

 アオゾラの履いていたズボンが細切れになって道路に散らばり、シャツも半分以上切ら
れていた。パンツと実装靴は無事である。だが、それは逆にその格好の卑猥さを高めるだ
けだった。 

 風が剥き出しの素肌を撫でる。
 切れたシャツの裾が揺れていた。
 周りから注がれる、うっすらピンク色の視線。

 数秒の時間を置いて、思考の再起動を行ったアオゾラ。

「ボォォォォクゥゥゥゥゥ!」

 沸き上がる羞恥心に耐えきれず、全速力でその場から走り去った。







 駅前交番裏手にある小屋。

「ボク……。ボックッ……」

 中からアオゾラのすすり泣く声が聞こえてくる。

 その小屋の前にどっしと腰を下ろしたビース。誰も小屋の中に入れないように、入り口
前に陣取っていた。沈痛な面持ちで腕組みをしている。

「アオゾラ、大丈夫ルトー?」
「お見舞いに来たルトー。会いたいルトー」

 その前には、心配そうに鳴いている実装燈姉妹。アオゾラが黒いニンゲンにやられたと
いう噂を聞いて駆けつけたのだ。声は中に届いているはずだが、返事は無い。

 実装燈姉妹を見ながら、ビースは首を左右に振る。

「しばらくそっとしておいてやって欲しいデス……」
「公衆の面前で公開ストリップ……。真面目なアオゾラには辛いカシラ……」

 実装燈姉妹と一緒にやってきた実装金が、感心したように頷いている。

 交番の人から新しい実蒼服を貰ったのだが、それでアオゾラの精神的ダメージが回復す
ることもない。実蒼石は真面目な気質のため、一度へこんだら回復までに長い時間がかか
る。自己嫌悪で自殺してしまうような個体もいるらしい。アオゾラはそこまで脆くはない
が、数日は寝込んだままだろう。

「でも、これでしばらく安心カシラ……。無防備に外歩いているのは、正直ヒヤヒヤもの
だったカシラー。引きこもっていれば、黒いニンゲンに襲われることも無いカシラ」

 実装金が暢気にポジティブ思考を見せる。いつでもマイペースにポジティブ思考なのが
この実装金の特徴だった。

 ビースは声を潜めて尋ねる。

「今、どうなっているデス……?」
「実装石百六十二匹、実蒼石十一匹、実装紅七匹、実装燈十二匹、実装金二匹に薔薇実装
一匹カシラ……。分かっているだけで、これくらいカシラー」

 相変わらず暢気な声で、しかし囁くように実装金は答えた。

 趣味なのか使命なのか、はたまた他の理由があるのかは知らないが、この実装金は意欲
的に噂を集めている。双葉町に住んでいる実装生物の間で噂さされる話は、この実装金に
聞けば大体分かった。

「厄介デス……」

 ビースはただ呻くことしかできなかった。







 双葉山近くの林に、夕日が差し込んでいる。
 双葉山の向こうにあるダムとも言えない小さなダムから、双葉町の田畑に水を供給して
いる農業用水路。双葉山横の林を通る人工の小川だった。
 そこで、場違いな凶行が行われている。

「やめるのダワァァァァ!」

 紅姫は叫んだ。声は出るが、言葉は届かない。

 水路を挟んだ反対側の木に、実装さんが一匹縛り付けられていた。

 それはこの林でひっそりと暮らしている名も無き実装さん。皆には知らせていない、紅
姫の友達だ。その手足が末端から削られていく。血を流すこともなく、薄切りハムのよう
に肉が削ぎ取られていった。実装さんを削っている者の姿は見えない。少なくとも紅姫の
目には捕らえられない。

 だが、その正体は分かる。

 黒いニンゲン。

「あなたは何が目的なのダワ! その実装さんが何をしたというのダワ!」

 今すぐ飛び掛かりたいものの、幅二メートルの用水路は飛び越えようとして越えられる
ものではなかった。実蒼石か覚醒獣装石ならば助走を付けて飛び越えることもできるだろ
う。しかし、実装紅にそこまでの運動能力はなかった。

「デッ……デハ……。紅姫サン、逃げるデス……」
「逃げるわけにはいかないのダワ……! 絶対になのダワ! 友達を見捨てるほど、ワタ
シは墜ちてはいないのダワ……!」

 一度後ろに下がってから、紅姫は助走を付けて、跳んだ。しかし、運動神経のいい実装
紅レベルでは、一メートルほど跳ぶのがやっとだ。だがそれでも、ツインテールを勢いよ
く伸ばして、対岸に生えていた草に巻き付け、力一杯身体を引き寄せる。

「乙女の根性見せてやるのダワッ」

 両手両足で対岸のコンクリートブロックにしがみつき、草に噛みつき身体を支え、紅姫
はツインテールと両手を使って身体を持ち上げた。

「紅姫サン、何で来たデス……」

 身体の三割ほどを失った実装さんが、辛そうに見下ろしてくる。
 その顔を見上げ、紅姫は断言した。

「友達を見捨てるほど、ワタシは腰抜けでは無い——」

 だが、無情にも白刃が閃く。

「のダワ……?」

 紅姫は抵抗もできず、吹き飛ばされた。大見得を切ったのに、あっさりやたられた自分
の無力を自虐気味に自覚する。その中で切られた腕とツインテールが空中を舞い、粉々に
切り裂かれるのも見ていた。

「紅姫サァァン……!」

 実装さんの声が、林に響く。







 ゴシャアァン!

「何だァ!」

 突如聞こえたガラスの割れる音に、俺は慌てて跳ね起きた。

 時計を見ると深夜一時頃。部屋の隅っこの段ボール箱で、紫電が暢気に眠っている。そ
れはさておいて、これは泥棒か……? こういう場合は警察に電話して部屋でじっと待つ
てのが基本なんだが、あいにく俺は携帯電話なんぞ持ってないし。電話は一階だ……。

「デェェスゥゥ……」

 下から聞こえてきた実装石の声。

 んん?

 窓割り実装石? 今時?

 俺が混乱しているうちに、眠っていた紫電が起き出した。

「カワイソウ——」

 部屋を横切り、ドアを開け、廊下へと出て行く。俺は枕元に置いておいた万能リンガル
を手に取り、近くに立てかけてある木刀を掴んだ。いつだったか旅行先で買った木刀。
 何でどこにでも売ってるんだろうね、木刀?

 そんな疑問を抱きつつ、木刀片手に部屋を出て、廊下を歩き、階段を下り、音がしたら
しいリビングへと足を進めた。不法侵入の実装石をすぐに殴り倒せるよう、右手に木刀を
構えたまま。

 だが、そこにあったのは予想とは違うものだった。

「何だ、これは……?」

 木刀を下ろし、俺は思わず自分の目を疑う。

 リビングの窓ガラスがぶち破られていた。石で割ったという容易いものではなく、拳で
殴り割っている。割ったのは、巨大な実装石——実装さんだった。

 壁のスイッチを押し、電気を付ける。

 リビングの床にうつ伏せに倒れた実装さん。ただ、左腕が根本から無くなっていた。両
足も膝から先が無く、全身あちこちの肉も、抉られたように無くなっている。だというの
に不思議と出血は無い。

 すっと背筋が冷たくなる。

 これは、黒いニンゲンの仕業……。

「デス、デスッ……デ……」

 ふとリンガルに目を落とす。

『紅姫サンを助けてデス……』

 実装さんが目を向けた先には、実装紅が倒れていた。

 紅姫って、確か紫電の友達の絵描き実装紅。

 こちらも意識を失っている。見た感じ致命傷と呼べるものはないが、両腕が根本から無
くなっていた。ついでに、ツインテールも切られている。

「こいつは酷いな……」

 俺は思わず口元を押さえる。実装紅も実装生物のひとつ、普通の生物離れした再生力を
持ってはいるが、実装石ほどの無茶はできない。
 腕を失ってもそれで失血死することはないが、普通は腕が再生することはない。

「確か……絵描くのが好きだったな。こいつ」

 だが、手が無ければ絵は描けない。ツインテールを使うなどすれば何とかできたかもし
れないが、肝心のツインテールも切られている。いくら頭の良い実装紅ても、腕無しツイ
ンテ無しじゃ、絵を描くどころか生きていくのも不可能に等しい。

「手を失った絵描きかよ……」
「ニンゲンサン……、窓を壊してしまって、ごめんなさいデス……。ワタシはどうなって
もいいデス……。でも、紅姫サンは助けて欲しいデス……! お友達なんデズゥ」

 実装さんが両目から色付き涙を流しながら、懇願してくる。

 友達を助けるために、満身創痍の身体で俺の所に来たんだろう。俺の事は紅姫経由で聞
いたんだろうかな? なんというか根性あるというか、友達想いというか。賢い実装生物
って俺が考えているよりも多いのかもしれん……。

 なんにしろ、そこまで根性見せられて黙っているたァ、男のすることじゃねェな!

 俺は実装さんを睨み付け、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「安心しろィ……! 俺を誰だと思っていやがる……! 一時期は薬使いなんて呼ばれて
る手練れの虐待派だ。実装生物なら壊すも治すも思いのまま。この紅姫もお前もきっちり
治してやるよ!」
「ありがとうございますデスゥ……!」

 実装さんがリビングに倒れたまま、額を床に擦り付けた。







 神社へと続く深夜の道路を、紫電は一匹で進んでいく。地面から十センチほどの高さを
浮かんだまま、足音も立てずに神社へと向かっていた。風も無く人気も無い夜の道路は、
なんとも言えぬ空気を湛えている。

 だが、今の紫電にとって夜の空気はどうでもいいものだった。

「ナノナノナノオォォ」

 正面から、四つん這いになった実装雛が走ってくる。誰もいない夜の道路を、自転車並
の速度で這い進む実装雛はさながら怪奇現象だった。テケテケという妖怪がいるが、まさ
にそんな感じだろう。

「ナノッ!」

 紫電の目の前で止まった実装雛。

「紫電サン……」

 その背に、老けた実装石が一匹乗っかっていた。深いシワの刻まれた顔で、髪は無い。
実装服もなく、代わりに緑色の風呂敷を身体に巻いている。右手に杖代わりの細い木の棒
を持っていた。神社の奥に住む実装石の長老である。

「どこへ行くつもりデス?」
「長老サン……」

 紫電は地面に降り、実装雛と長老を見つめた。
 長老を訪ねるために神社に向かっていたのだが、手間が省けた。

「ワタシハ、ドコヘ行ケバイイ……?」

 黄色い目で長老を凝視し、尋ねる。

 長老は目を逸らした。

 困った時は長老に尋ねればいい。非常に賢い実装の間で言われていることだった。みな
は長老の知恵と考えているが、紫電はそれを実超石の予知能力によるものだと見当を付け
ていた。どうやら正解だったらしい。

 数秒、いや十数秒の沈黙を挟んでから、答える。

「双子川の河原に行くデス。そこで何が起こるかは分からないデス。ただ、紫電サン。あ
なたの身の安全は一切保証できないデス……。死ぬかもしれないデス。いや、あなたが河
原に行けば、多分死ぬデス」
「構ワナイ……」

 紫電はそう答えた。

 今回の黒いニンゲンの事件。紫電は黒いニンゲンの意志が自分に向いているのを感じ取
っていた。根拠はなく、最初はただの思い込みだと考えていた。だが、さきほど死にかけ
の実装さんが腕とツインテールを失った紅姫を連れてきたのを見て確信する。

 黒いニンゲンは、自分を呼んでいた。

 実装雛が四つんばいのまま、声を上げる。

「送っていくナノー」
「ワタシダケデイイ……」

 紫電は二匹に背を向けた。

 ここから双子川の河原まではそう遠くない。三十分もすれば着くだろう。実装雛に乗っ
ていけば数分で着くだろうが、そこまで手を煩わせる気は無かった。

「そうナノー。気をつけるナノー」

 後ろから実装雛の声が聞こえる。

 紫電は振り返らずに、足を進めた。







 月明かりに照らされた、誰もいない河原。
 紫電は水晶の長弓を左手に構えていた。金属の性質を持つ水晶とピアノ線を組み合わせ
て作ってある武器。最大威力で撃ち出される水晶の矢は、人間相手にも十分な殺傷力を持
つだろう。人間相手に使う気は無かったが、今回は仕方がない。

 意識を限界まで研ぎ澄ませながら、紫電は弓矢を構える。

「ドコニイル……?」
「ご苦労。紫電くん」

 声が聞こえた時には、全て終わっていた。

 中央から切断された水晶弓が地面に落ちる。

 紫電の胸から銀色の細い刃が生えていた。身幅二センチにも満たない薄く細い刃物だっ
た。それは、日本刀に似ているかもしれない。趣味の悪いアクセサリのように、胸から二
十センチほど切先が突き出している。

「カワイ、ソウ……?」

 困惑の声が、紫電の喉から漏れた。

 知覚する暇もなく武器を壊され、背後から胸を一突き。紫電は胸を貫かれたまま、高く
持ち上げられていた。胸を貫く刃の腹を両手で掴むが、どうにもならない。口元から血が
流れる。偽石は無事だが、心臓と背骨を壊されていた。

 黒いニンゲン……。常識を超えた虐待派。

「あれだけ撒き餌をして、ようやく本命が来た。長かったよ」

 静かな声に含まれた喜びの感情。

 咳き込み血を吐きながら、紫電は尋ねる。

「アナタノ目的ハ……」

 相手がリンガルを持っているかは分からない。だが、言っている事が伝わっている確信
はあった。実装生物に深く関わった人間は、ある一線を越えた時からリンガル無しでの意
思疎通が可能となるらしい。

「早くしないと、この子が死ぬよ?」

 その声はここにはいない誰かに向けられていた。

 ズズッ……。

 重い者を引きずるような音が響く。

「現れたね……」

 ニンゲンが腕を振り、剣に刺さっていた紫電をゴミのように放り捨てた。

 視界が跳ね、白と黒が何度も入れ替わり、強い衝撃が身体に走る。何度か地面を転がっ
てから、紫電はうつ伏せに倒れた体勢で止まった。刃物が抜かれる際に、胸から左脇腹に
掛けて斬られている。加えて、地面に叩き付けられた際に右足と右腕と、首の骨が折れて
いた。実装生物でなかったら即死しているような重傷。

 どちらにしろ、動けない。

 倒れた際に顔が黒いニンゲンの方に向いていたのは、幸運と呼ぶべきか。

「黒イ、ニンゲン……」

 紫電はただそれだけを呟いた。呟くことしかできなかった。

 高級そうな黒い服を着て、同じく高級そうな黒い帽子を被った老人。場違いに落ち着い
た態度で、そこに佇んでいる。白い手袋をはめた右手に、刃渡り六十センチほどの直刀を
持っていた。いわゆる仕込み杖。先ほど紫電を貫いた剣だった。

 帽子が作る影に顔が隠れているため、どのような顔立ちかは分からない。
 辛うじて見える口元には、不気味な笑みを浮かべていた。

「あなタの目的ハ、私かしラ? クスクス……礼儀のなっていなイ男のヒトね。女の子に
会いたイ時は、手紙のひとつも出スものヨ?」

 何も無い空間から無数の白茨とともに現れる雪華実装。人間であろうと容易く殺傷する
超常の力を持った幻の実装生物である。黒いニンゲンは、雪華実装を呼ぶために、紫電を
囮にした。そのために、双葉町の実装生物を斬っていたのだ。

「カワイソウ……」

 正気の沙汰とは思えない。

「死にそうネ、本読みチャン。生きテる?」

 雪華実装の問いに、紫電は視線で答える。生きてはいるが、それほど無事というわけで
もなかった。満身創痍で出血多量、意識が消えていくのが自分でも分かる。

 黒いニンゲンが、右手に持った剣をゆっくりと動かした。

「あいにく、実装に向ける礼儀は持っていないのでね……」
「ソう。なら、死んで詫びなさイ」

 生き物のように蠢く白茨。
 ツル草程度の細いものから、人間の腕ほどもある巨大なものまで。無数の白茨が触手の
ように黒いニンゲンへと迫る。実体であり幻でもある存在。それがどれほどのものかは誰
も知らないが、人一人殺すのに十分な力はあるようだった。

 だが。

 黒いニンゲンが掻き消える。

 月明かりに照らされた銀色の輝きが、刹那にして閃いた。渦巻くような豪剣に、白茨が
至極あっさりと斬り捨てられている。バラバラに切断された白茨が、空中に散って消えた。
もはや人間業ではない。

 浮かんでいた雪華実装も、いくつもの部位に切断されている。

「この程度デ、雪華実装を殺せるトでも……?」

 空中に浮かんだ雪華実装の生首が、不気味に笑った。
 赤い口を三日月のような笑みの形の歪め、金色の左目を大きく見開いている。手足や胴
体も、斬られた状態のまま空中に浮かんでいた。

「逆に訊こう。自分が人間に殺されないとでも妄っているのか?」

 黒いニンゲンの持つ剣が、雪華実装の右目に突き立てられていた。眼窩から直接生えた
白い薔薇を貫き、六十センチほどある刃が根本まで呑み込まれている。だが、頭の反対側
から切先は出ていない。

「まサか……!」

 空中に浮かんだ生首が、顔を強張らせる。

「あと五ミリ押し込めば偽石が裂ける。いかに超常の力を持とうと、所詮は偽物。たかが
知れている。そろそろ出てきた方がいいのではないか……ホンモノの実装石?」
「デス」

 ニンゲンが目を向けた先に、一匹の実装石が佇んでいた。

 よく見かける実装石とは、明らかに雰囲気が違う。丸っこい身体の実装石とは違い、痩
せた細い体付き。頭の頭巾も、簡素な実装頭巾ではなく、頭の形に合わせて作られた複雑
な頭巾だ。頭巾には「6」か「9」かのような模様がいくつか記されている。赤と緑の目も、
普通の実装生物のようなガラス玉ではなく、明確な黒目が入っていた。
 なにより、実装石の生物臭さが全く感じられない。

 実装石のようで、実装石ではない、本物の実装石。

「初期型……実装石……?」

 朦朧とする意識の中、紫電はそれだけを口にした。

 黒いニンゲンが右手を一振りし、雪華実装の頭を放り捨てる。右目から剣が抜け、ボー
ルのように地面に転がる生首。宙に浮いていた他の部位も、地面に落ちていた。
 無敵とも言える力を持つ雪華実装が、意にも介されていない。

「随分と回りくどい事をしたが、遂に会えたな。初期型実装石」

 剣を握っている右手を持ち上げ、黒いニンゲンは初めて構えらしきものを取る。

 このニンゲンにとっては、雪華実装でさえ本命を釣るためのエサに過ぎなかった。双葉
町の実装生物を無差別に斬り、紫電をおびき寄せ、紫電をエサに雪華実装をおびき寄せ、
雪華実装をエサに初期型実装石をおびき寄せた。

「デスー」

 初期型実装石は、無表情に黒いニンゲンを見つめている。

 長いこと生きている紫電も、本物の初期型実装石を見るのは初めてだった。

 この実装石が道理の通じる思考を持っているかは分からない。雪華実装すら一蹴する虐
待派相手に無事でいられるかも分からない。黒いニンゲンと向き合ったまま、ただ人形の
ように突っ立っている初期型実装石。近づこうとも遠ざかろうともしない。

 月明かりに照らされた男の顔。口元に貼り付いた声なき哄笑、双眸に輝く狂喜。

「ヒャッハァー!」

 黒いニンゲンが、勢いよく剣を振り上げた。月の光に照らされた細い直刀が、冷たく透
明な輝きを見せる。月の光を取り込み、剣がさらなる力を得たように。

 だが、紫電の気力もそこで限界だった。

「カワイ、ソ……ウ……」

 紫電は一言呟き。
 意識を失った。







 空もうっすら明るくなり始めた頃。

「恩人サマ、ありがとうございますデスー!」

 実装さんが泣きながら土下座している。その腕と両足は元通りに再生していた。削り取
られていた肉も治っている。体格が細くなっているが、そこは仕方ない。斬られた部分の
実装服は、適当な布を当てて塞いだ。つぎはぎ実装服だが、問題は無いだろう。

 実装さんとはいえ元々実装石だったし、治療は単純である。家にあった食い物と砂糖を
あるだけ食わせてから、廉価版活性剤注射するだけ。さすが、実装石……。

「紫電の家主サン……。本当にありがとうなのダワ。アナタは命の恩人なのダワ。紅茶の
件といい、この間の変な実装石の件といい、あなたには世話になりっぱなしなのダワ」

 一方の紅姫。実装紅は実装石ほどしぶとくないので、再生には苦労した。それでも、高
濃度栄養剤と正規版活性剤を点滴して、首から下を濃く煮出した紅茶に浸けておくだけで
腕が再生する辺りは、やはり実装生物である。

 腕の動きはまだぎこちないが、そのうち元に戻るだろう。ついでに、フサリも食わせた
から一週間くらいでツインテールも復活するはずだ。

「はっはっはー、いってことよー」

 リビングに仁王立ちしたまま、俺は元気に笑い返す。久しぶりに色々やったせいで、ち
ょーっとテンションおかしいが、男は細かい事を気にしない。

「そろそろ帰った方がいいぞ。お前は通報されてもおかしくないからな」
「分かったデス! 恩人サマ」
「このお礼は必ずするのダワ……」

 そう答え、実装さんと紅姫はてきぱきと撤収していった。

 二匹の姿が見えなくなってから。

「どーしよ、コレ……?」

 実装さんにぶち割られたガラスを眺めながら、俺は肩を落とす。あいつらに修理代請求
しても金持ってるわけもなく、こいつは自腹か……。今回使った食い物や薬品類を合わせ
ると、支出十万円くらいになるけど——

 人生色々、そういうこともあるサ。
 くすん……。

「寝直すかー」

 現実逃避気味に、俺はリビングを後にする。

 二階の寝室に戻ったら、寝床で紫電が寝ていた。実装さんが窓ぶち壊した時に俺より先
に降りていったのに……。やることないと分かって大人しくしてたのかね?

「まあ、いいや——」

 俺は考えるのを一次放棄して、ベッドに潜り込んだ。










 あれから一ヶ月が経つ。

 紫電は縁側に座ったまま、空を見ていた。秋の涼しい空気が身体を撫で、薄い紫色の髪
の毛を微かに揺らす。黒いニンゲンに付けられた傷は消えていた。正確には意識を失って
目が覚めた時には、無傷のまま寝床に寝ていた。

「黒イニンゲンハ……ドウナッタ……?」

 あれ以来黒いニンゲンの噂は聞かなくなっている。実装生物の噂でも、人間同士の話で
も既に過去のものとして扱われていた。今後また噂に上がることはないだろう。

 初期型実装石に会うためだけに、百匹以上の実装生物を斬り、幾人もの人間を不孝にし
た虐待派の成れの果て。初期型実装石と対峙してどうなったのかも分からない。

「カワイソウ……。カワイソウナ、ニンゲン……」

 紫電は囁くように呟き、目を閉じた。



  END


 D氏に描いて頂いた老紳士の絵が素敵だったので、そのネタで一作書いてみました。


 過去スク

2108.【虐】 上げて落として
2105.【馬】 実装された都市伝説
2104.【哀】 希望と絶望
2101.【馬】 〈紫〉カツアゲ…?
2099.【観察】〈紫〉幸せな最期とは
2097.【虐】 斬捨御免
2089.【実験】 レインボー実装石
2081.【観察】 Narcotic Addict − 麻薬中毒者 −
2077.【馬・虐】〈紫〉マラカノン砲
2071.【馬鹿】〈紫〉虐待してはいけない…
2066.【虐・実験】 ジッソウタケ
2057.【虐・他】 中途半端な賢さは…
2038.【虐・愛?】 ダイヤモンドは砕けない
2031.【馬鹿】 雪華実装は鍋派?
1994.【虐・観】 時間の狭間に落ちる
1988.【虐】 クリスタルアロー
1983.【馬鹿・薔薇】 リベンジ! 完全版
1980.【馬鹿・薔薇】 リベンジ!
1977.【虐・観】 懲役五年執行猶予無し
1970.【実験・観察】 素朴な疑問
1958.【虐・実験】 虐待&リリース
1954.【獣・蒼・人間】 騎獣実蒼の長い一日
1952.【軽虐】 既知との遭遇
1944.【馬鹿・薔薇】 水晶ハワタシノ魂ダ!
1941.【色々】 実装社交界の危機
1939.【駆除】 ススキ原の実装石駆除

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1 Re: Name:匿名石 2017/07/10-06:37:25 No:00004771[申告]
ミステリアスで面白かったな
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