タイトル:【哀】 希望と絶望
ファイル:託児失敗.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:20554 レス数:1
初投稿日時:2010/04/25-13:59:52修正日時:2010/04/25-13:59:52
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 禿裸の仔実装石が、小雨の降る道路を一匹で歩いていた。

 時間は夜の九時頃。春になって時間は経つものの、雨の日の夜は寒い。冷たい空気が仔
実装の体温を奪い、肌を濡らす小雨が体力を奪っていく。

「何でテチ……」

 泣きながら、仔実装は呟いた。

 春先に生まれた六匹の仔の中で最も賢い三女。だが、それはもう意味のないことだ。
 親実装が突然託児を思いつき、姉妹で一番賢い——といっても、標準より多少上レベル
の三女を買い物帰りの男のビニール袋の放り込んだ。

 その男は虐待派だった。

 三女は即座に禿裸にされ、念入りな糞抜き及び虐待前処置。その後やってきた親と姉妹
もまとめて捕獲される。それから男の戯れで三女だけが放り出された。それは虐待派の男
の情けなのだが、それを知るよしもない。

「もうおしまいテチ……。ワタチだけでどう生きていくって言うんテチ……」

 閉ざされた未来を考え、泣きながら恐怖に身を震わせる。

 虐待派のかけた適当な情け。禿裸だが無傷の解放。虐待派のアパートで虐待の末に殺さ
れるか、禿裸の仔一匹でのたれ死ぬか。どっちが幸せかは分からない。
 確実に言えるのは、どちらも不幸であるということ。

「ワタチのおうちどこテチ……」

 薄暗い道をどこへと無く歩いていく。

 住処の場所は分からない。親実装は託児仔実装を追いかけることができるが、それは匂
いや偽石の共鳴現象を用いたものだ。仔実装を追いかけて失敗が分かっても戻る道順は覚
えていないことも多い。
 それでも、成体実装石なら、多少迷っても何とかなる。

 しかし、仔実装一匹ではどうしようもない。

「テッ!」

 道ばたに落ちていた小石に脚を取られ、仔実装は転倒した。塗れたアスファルトに顔面
から倒れる。痛みはあったが、不思議と意識がそれを認識しない。

 冷たいアスファルトと、皮膚に直接触れる水の不快さ。

「テププ……」

 仔実装は笑った。何もかもが絶望的すぎて清々しい。

 幸いなことに、雨のおかげで出歩く犬猫や野良実装も無く、仔実装は一匹で直接的な死
に襲われることはなかった。それでも、多少死ぬのが伸びただけである。

 両手を地面に突き、仔実装は立ち上がった。

 びしょ濡れの身体は冷え切り、体力も激しく消耗している。それでも虐待前処置として
行われた栄養剤投与が偽石の自壊を防いでいた。

「テ……」

 その眼を向けた先に明かりがあった。

 バス停留所。雨をしのげる小さな待合所が作られている。そこのベンチに男が一人座っ
ていた。傘を横に立てかけ、腕時計を時々見ている。

「テェェ……ニンゲン、テチィ……」

 仔実装はそちらへと歩き出した。

 頼りない歩きが、徐々に本気の走りへと変わっていく。弱った仔実装石が全力で走って
も、その速さはたかが知れている。だが、確実に人間に近づいていった。

「ニンゲン、ワタチを飼ってテチィィ!」

 仔実装は叫んだ。喉が張り裂けんばかりの大声で。
 実際に出たのは弱々しい「テチテチ」という鳴き声のみ。それでも、両手を振り上げ振
り回しながら、仔実装はニンゲンに向かって必死にアピールを続けた。両目から色付き涙
を流し、死に物狂いで。最後の希望にすがりつくように。

「もうワタチだけじゃ生きていけないテチィ! だから、飼ってほしいテチッ! どんな
ことされても我慢するテチ! だから飼ってほしいテチィィィィ!」
「ん?」

 男が目を向けてきた。
 自分に注意が向けられたことに気づき、仔実装はさらに元気にまくし立てた。

「ニンゲンさん……ニンゲン様の言うことなら何でも聞くテチ! お手伝いも掃除も何で
もするテチ! だからワタチを助けてテチャァァ!」

 仔実装の必死の訴えに。
 男は近くに立てかけてあった傘を手に取り、無造作に仔実装の身体を払った。

「ヂュ……」

 硬い先端に胴体を一撃され、仔実装は真横に転がる。剥き出しの肌がアスファルトと擦
れ、皮膚が裂けた。胸を打たれたせいで、肋骨も折れている。

「テ……ヂぃ……」

 仔実装は口から血を吐き出しながら起き上がった。身体中が痛むが、そんなものはどう
でもいい。出所の分からない力が、仔実装の身体を突き動かしていた。

「ニンゲン様……助け、て……テチ……」








 青年は友達の家に遊びに行った帰りである。

 バス停のベンチに座ってバスを待っていたら、「チィチィ」と鳴きながら禿裸の仔実装
石が近づいてきた。実装石の言葉を訳すリンガルは知っていたが、知っているだけでそれ
がどういうものなのかは知らない。
 いわゆる無関心派である。

 気色悪い禿裸の生き物に触られるのは嫌だったので、傘で払った。殺す気もなく、単純
に関わり合いになりたくないための適当な対応。
 それで、諦めると思ったのだが、

「テェ……チィ……」

 か細い声で鳴きながら、仔実装が再び近づいてくる。両手を力なく振り上げながら、身
体を引きずるように近づいてきた。

「テ……テヒ……テァ……。チィ……」

 何か言っているらしいが、青年の手元にはリンガルも無いので仔実装の言っている事は
は分からない。そもそも興味もない。

「いつ見ても変なナマモノだな」

 青年はベンチから立ち上がった。
 ちょうどバスがやってきたところである。仔実装には構っていられない。

 少し前へと出てから、運転手に見逃されないように右手を持ち上げて左右に動かした。
運転手がバス停で待っている人間を見逃すことは無いはずだが、用心のためである。素通
りされてから後悔しても、手遅れだ。

 青年の心配も杞憂にバスが止まる。
 空気音とともに開くドア。

「テ……チァ……」

 ふと視線を落とすと、禿裸の仔実装が足下にすがりつこうとしていた。小さいながらも
両目から赤と緑の涙を流して、必死に様子である。

 青年は一度眉をひそめ、傘の先で再び仔実装を払いのけた。

 そのまま、何事も無かったかのようにバスへと乗り込んでいく。








 バスが去り、仔実装は独り取り残された。

 冷たい小雨が背中を打つ。

「酷いテチ……」

 アスファルトの道路に倒れ伏したまま、仔実装はバスが消えて行った夜の闇を見つめて
いた。口から血を流し、目から涙を流しながら。声は枯れ手足は動かない。傘で二度も打
たれたせいで、左腕と右足、肩と首と骨が折れ、さらに折れた肋骨が内臓に突き刺さって
いた。あちこちの皮膚が裂け、内出血も起こしている。

 生物離れした再生能力と、それを代償としたような生物離れした脆さ。
 熱かった身体から、急に熱が奪われていく。

「ワタチ……死ぬテチ……?」
「死なせないテチ……」

 独り言に、突然答えが返えってきた。

 目を移すと、雨の中に仔実装が一匹立っている。ぼろぼろになり辛うじて身体に貼り付
いている頭巾と実装服。その一部からはカビが生えているようだった。痩せこけた手足、
所々黒っぽく変色した皮膚。右目には大量の目脂が浮かんでいる。歯も半分以上抜け落ち
ているようだった。

 何度か咳き込んでから、ボロボロの仔実装が歩いてくる。

「テホテホッ……。あなたは死なせないテチ……」
「あなた誰テチ……?」

 仔実装の問いに、ボロボロの仔実装は短く答えた。

「ワタチはナナシテチ……。あたなを助ける、テホッ……! 助けるテチ……!」

 ナナシと名乗った仔実装は、禿裸の仔実装に手をかけ、その身体を引きずり始めた。そ
の窶れきった身体のどこにそんな力があるのかと思うほどの力で、仔実装を引っ張る。

 仔実装はナナシの手を掴み、何とか身体を起こしながら、

「分かったテチ。誰だか分からないけど、ありがとうテチ……」
「テホッ、詳しい事は聞かないテチ……。とにかく、テホッ、うちに来るテチ……」

 咳と苦しげな呼吸を繰り返しながら、ナナシは怪我をした仔実装を支え、近くの物陰へ
と歩いていった。








 ナナシの家。

 それは半分腐りかけた小さな段ボール箱だった。仔実装サイズでなければ入れないよう
な小ささである。そこに、一枚泥まみれのハンカチが敷いてあり、仔実装はそこに寝かさ
れていた。決して快適な場所ではないが、何もないよりは幾分マシなのだろう。

 臭いテチ……

 そう思ったが、口には出さない。

「これ、食べるテチ」

 そうナナシが差し出してきたのは、水色の金平糖だった。

「テェ」

 実装石にとっては至高の甘味料の金平糖。野良実装石がそれを手に入れるのは非常に難
しい。ナナシにとっても、この金平糖は虎の子のひとつなのだろう。

「何でテチ……。何でワタチにこんなにしてくれるテチ……」
「ワタチは今までずっと、テホッ……。独りで暮らしてたテチ……。でも、あなたが来た
テチ。一匹だけじゃ辛い生活も、テホ、テホッ。二匹協力すれば何とかなるテチ……! 
だから、この金平糖は信頼の証しテチ!」

 死にかけたナナシの瞳には、明るい希望の光が灯っていた。

「これから、ワタチとあなたで協力して、テホ、テホッ……一緒に暮らしていくテチ。そ
うすれば、きっと何とかなるテチ……!」
「分かったテチ」

 ナナシの目に映る希望の光に、仔実装は頷いた。

 服と髪を失い、親姉妹全てを失い、人間にも相手にされず、絶望のどん底に突如現れた
現れたナナシ。それは仔実装にとっての希望だった。ナナシと一緒にいればきっと何とか
なる。根拠はないが、そんな暖かい確信があった。

「それじゃ、お言葉に甘えていただくテチ!」

 仔実装は満面の笑顔で金平糖を口に放り込んだ。








 名も無き仔実装。
 金平糖を食べてから、ナナシと少し話してからすぐに眠ってしまった。疲れていたのだ
ろう。目を閉じて、静かに寝息を立てている。

 その姿を眺めながら、ナナシは笑った。

「ワタチのお友達テチ……」

 飼い実装石から生まれたナナシ。真面目な飼い主の元増長することもなく調教師の教え
を守っていきていた親実装。不注意による妊娠から生まれた仔実装は、調教師の教えに従
い、事故に見せかけ捨てられた。その時に貰った名前が『名無し』である。捨てた仔に与
えた僅かばかりの愛情の形だった。

 ナナシは眠っている仔実装を見下ろす。

「この子がいれば、テホッ……ワタチもちゃんと生きられるテチ……」

 野良となってから約半月。ナナシは死に物狂いで生きてきた。仔実装の力はあまりにも
弱い。それは身に染みて分かっている。しかし、弱い仔実装石でも二匹協力すれば何か変
わるかもしれない。

 それがナナシの最後の希望だった。

「これから、よろしく——テ、ボッ……!」

 ひときわ大きな咳。
 鈍い液体音とともに、どす黒い赤と緑の腐った液体が床にこぼれた。

 仔実装の限界を超えて酷使され続けたナナシの身体は、既に幾多の病に蝕まれていた。
もはやいつ死んでもおかしくない状況。身体に健康な箇所が無いと表現するのが正しいだ
ろう。偽石も崩れる寸前。ここ数日は気力だけで動いている状態である。

 その極限の拮抗が、この仔実装に出会い希望を持ったことで——崩れた。崩壊寸前の偽
石が枷を失い、最期に向かって転がり落ちる。

「これは何テ——チ……?」

 口や鼻から流れる、腐った体液を見ながら、ナナシはそう自問した。

 何が起こっているのか分からない。自分の疑問の答えを知る前に、自分の吐いた液体に
突っ伏す。その時には既にナナシの偽石は砕けていた。








 雨が上がり、暖かな春の日差しがもどってくる。
 その日差しの届かぬ、腐った小さな段ボール箱で、仔実装は目を覚ました。昨日食べた
金平糖とこれからの希望が重なり、傷は八割方直っている。

「おはようテチ」

 仔実装は身体を起こし、相棒に目をやった。
 これから一緒に頑張っていく相棒の仔実装ナナシ。

「テ……?」

 そこにあったものは、予想とは違うものだった。

 異臭を放つ赤と緑の液体。そこに突っ伏したナナシである。眠っているかと思ったが、
寝息は聞こえず身体は動いていない。

「ナナシちゃん、どうしたテチ?」

 仔実装はナナシの肩を掴んで、仰向けにひっくり返した。

 白く濁った両目、顔の皮膚はぐずぐずに腐り、半分剥がれ落ちている。裂けた皮膚や鼻
や口からは、粘りけのある茶色い液体が垂れ落ちている。狭い段ボールハウス内に漂う、
猛烈な腐臭。そして、それを上回る屍臭。

 ふと見ると、仰向けにする時に掴んだ肩が外れ、胴体と腕が分かれていた。その断面か
ら流れ落ちる、凄まじい腐臭と屍臭を伴った粘液。

「ナナシちゃん……?」

 変わり果てた相棒の姿に、仔実装は何もできず名前を呼ぶだけだった。





  END


 過去スク

2101.【馬】 〈紫〉カツアゲ…?
2099.【観察】〈紫〉幸せな最期とは
2097.【虐】 斬捨御免
2089.【実験】 レインボー実装石
2081.【観察】 Narcotic Addict − 麻薬中毒者 −
2077.【馬・虐】〈紫〉マラカノン砲
2071.【馬鹿】〈紫〉虐待してはいけない…
2066.【虐・実験】 ジッソウタケ
2057.【虐・他】 中途半端な賢さは…
2038.【虐・愛?】 ダイヤモンドは砕けない
2031.【馬鹿】 雪華実装は鍋派?
1994.【虐・観】 時間の狭間に落ちる
1988.【虐】 クリスタルアロー
1983.【馬鹿・薔薇】 リベンジ! 完全版
1980.【馬鹿・薔薇】 リベンジ!
1977.【虐・観】 懲役五年執行猶予無し
1970.【実験・観察】 素朴な疑問
1958.【虐・実験】 虐待&リリース
1954.【獣・蒼・人間】 騎獣実蒼の長い一日
1952.【軽虐】 既知との遭遇
1944.【馬鹿・薔薇】 水晶ハワタシノ魂ダ!
1941.【色々】 実装社交界の危機
1939.【駆除】 ススキ原の実装石駆除

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1 Re: Name:匿名石 2021/12/02-20:50:29 No:00006434[申告]
孤独と絶望のなかにやっと挿した僅かな光明、そこに小さな小さな希望を見出だしたがそれは消えかけた蝋燭の火が最後の一瞬間瞬いただけ…という、どん底の絶望からほんの僅かに上げてから、更なる底の底に叩き込む…実に哀しく実に無様な仔実装石の儚さよ
堪能いたしました
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