地面から十センチほど浮きながら、紫電は人気のない場所を移動していた。特に行く先 も決めていない散歩である。安定した衣食住の保証された生活では、野良薔薇実装だった 頃のように生きるのに必死になる必要性は薄い。 人気のない土手近くの砂利道でのこと。 「助けてテチャァアァ!」 紫電は地面に降り、声の主を見やった。 仔実装石が泣きながら砂利道を走ってくる。見たところそこそこ賢い個体だ。両手で蛆 実装を抱えたまま、仔実装とは思えない速さで走っていた。いわゆる火事場の馬鹿力とい うものだろう。 それを追いかけるのは、成体実装石と仔実装石が三匹。 「待つデェェス! おとなしくワタシのご飯になるデェエェスッ!」 「そうテチ、ママの言う通りテチィィィ!」 「お肉待つテチャァァ!」 こちらはあまり賢くない親子のようである。 親からはぐれた仔実装が、同族食いの実装石に追われている。仔実装が成体から逃げ切 れることもなく、遠くないうちに食われるだろう。それは、ありふれた光景とも言えた。 そこに、散歩中の薔薇実装がいなければ。 「ムラサキのお姉チャ、助けてテチィィ!」 「レッフーレフー」 泣きながら、仔実装は紫電の後ろに隠れた。 「カワイソウ……」 どうやら、巻き込まれてしまったようである。 紫電はちらりと追いかけていた実装石に目を向けた。 「そこのムラサキ、そのお肉を寄越すデス! 庇っても何もいいこと無いデスッ」 「そうテチ、そうテチ!」 「ママはとっても強いテチ! お前なんかあっという間にボコボコテチッ!」 親の後ろから仔実装たちが応援している。 「ソレハ……ワタシガ決メル事デハナイ……」 紫電は思ったことを率直に告げた。実装石同士のトラブルに、他実装が入り込むのはル ール違反である。誰が決めたルールかは知らないが。実を言うと、あまり関わりたくない というのが本音だった。 しかし、親実装は違う意味で受け取ったらしい。 「ならお前も一緒にお肉になるデスゥ。ムラサキが食えるかどうかは知らんデスけど、何 事も試してみるものデス。こいつは、痛いデスよ〜?」 実装石は一本の釘を取り出した。 N150mmステンレス釘。実装石が使うには、十分な武器だろう。 「テェェェェ……!」 「レフ?」 紫電の背後に隠れた仔実装が、釘を見て震えている。自分の身長ほどもある金属の針。 それで刺されれば、仔実装などひとたまりもない。 「ママ、やっちゃうテチー!」 「あいつビビってるテチー!」 「覚悟するデシャアアァァッ!」 腰溜めに釘を構え、親実装が突進してきた。体当たりとともに相手に釘を突き刺す。実 装石が釘を武器とするなら、最も簡単で効率的な方法だろう。 しかし、紫電は慌てず前進し、右手を突き出した。 ぽこっ。 「デッ!」 頬に一撃を受け、実装石が止まった。カウンターを入れられるとは考えていなかったの だろう。足を止め、打たれた頬を左手で撫でる。 しかし、それだけだった。 「デェ?」 「カワイソウ……」 ぽこぽこぽこぽこ…… 目の前に立ち止まっている実装石に、紫電は立て続けに両腕と両足を叩き込んだ。顔や 胴、手や足に。しかし、相手を倒すように力は入れず、ただ触れさせる程度の攻撃。痛く もないし、ダメージもない。 「デーププププ! 何デス? そのふにゃふにゃパンチは。仔実装でももう少しマシなパ ンチ打てるデス。貧弱貧弱デスゥ。デーププププ!」 嗤う実装石にさらに打撃を打ち込んでから、紫電は一度後ろに下がる。 実装石は見下すような眼差しを紫電に向けていた。 「終わりデスか? なら次はこっち、の……。デ……ェ?」 「ママ、やっちゃうテチィィ!」 「今日はお肉いっぱい食べられるテチー」 既に勝利を確信している仔実装とは対照的に、親実装はぎょろぎょろと目を動かしてい た。身体の異変に気づいたらしい。脂汗が滲んでいるのが傍目にも分かる。荒い呼吸に肩 が上下していた。右手に持っていた釘が地面に落ち、硬い音を立てる。 「デ、デェ……な、何デス……」 「ママ、はやくあいつらやっつけてお肉食べるテチ!」 「ママはのろまテチッ!」 親実装の異変に、まだ仔実装は気づいていない。 「デヒャァァッ!」 糸が切れたように、親実装は丸い手で全身を掻きむしり始めた。しかし、丸い手だけで は満足に掻けず、その場に倒れ身体を砂利道に擦りつけ、必死に声を上げる。 「痒いデスゥゥ! デジャアアァァァァ! 身体が、身体が痒いデスァァ! 痒い痒い、 痒い痒いデギャァァ! このクソムラサキ、ワタシに何をしたデッシャアァァ!」 「ママ、どうしたテチ……?」 「遊んでないで、早くあいつらやっつけるテチ……」 不安半分、虚勢半分で仔実装たちが紫電に手を向ける。 紫電は動かぬまま、のたうち回る親実装を見つめていた。 「痒いデス! 痒い痒いデギャアァァァ!」 実装服が破け、髪が引き千切れるのも無視して、親実装は自分の身体を地面や石に擦り つける。皮膚が破れ血が滲んでいるというのに、掻くのを止めようとしない。 「カワイソウ……」 さきほどの打撃の際に、親実装に無数の小さな水晶針を突き刺していたのだ。小さな水 晶針は皮膚の痛覚を弱く刺激し、強い痒みとなって現れる。結果、耐え難い痒みに形振り 構わず自傷行為まがいのことを始めたのだ。 「デギャアアァァァ!」 禿裸で血塗れになっている親実装。それでも痒みは収まらない。一度痒みを認識した以 上、皮膚の水晶針が無くなり、意識から痒みの認識が抜けるまで、猛烈な痒みは続く。 紫電は親から離れた仔実装たちに目を向けた。 「アナタ達は……ドウスルツモリ……?」 「テ……」 親をおかしくした紫色の実装相手に、仔実装は数秒固まってから。 「これじゃもうママは使い物にならないテチ! だから、お前が責任取ってワタチたちを 養うテチ! お前は飼いテチ! だから、それが筋テチッ」 仔実装の一匹が紫電の首輪を示した。外で飼う実装生物には、ICタグ入りの首輪の着用 が義務づけられているらしい。紫電も用が無い限り、首輪は付けたままである。 仔実装はそれを見て、紫電を飼い実装と判断したらしい。 他の仔実装も口々に似たような事を言う。 「ワタチたちを飼い実装にするテチ! ご飯はお寿司とステーキがいいテチッ。暖かいお 布団ときれいなお服も欲しいテチ! それで毎日楽しく遊ぶテチッ!」 「それから、ドレイニンゲンと一緒に楽しく暮らすテチー。もう寒いお家とも不味いご飯 ともおさらばテチ。こんなママはもういらないテチ」 「ワタチたちは飼い実装テチー。チププ……」 幸せ回路によって、既に自分たちは飼い実装石になったと考えているようだった。しか も、夢の飼い実装生活まで妄想している。 「カワイソウ……」 紫電は右手をかざした。 頃合いだろう。 手から放たれた水晶針が、仔実装の偽石を正確に撃ち抜いた。 偽石が砕け、声もなく倒れる。 幸せ回路全開のまま、死を自覚することもなく息絶えた仔実装たち。苦痛を感じること もなく幸せな妄想に包まれて死ねたことは、実装石としては幸運だろう。 「デッ、デヒッ……」 皮膚のあちこちを削ぎ落とした親実装が、力なく痙攣している。血が地面に流れ落ちて いた。皮膚が削り取られているので、一緒に水晶針も無くなっている。しばらくすれば傷 は回復し、普通に動けるようになるだろう。 だが、普通の実装生に戻れるかと問われれば、それは絶望的だ。 「コレモ運命……。カワイソウ……」 紫電は振り返った。 「テチャ……!」 蛆実装を抱えた仔実装が、後退りながら恐怖の眼差しを向けてくる。自分を追っていた 実装石親子をあっさりと倒した薔薇実装。そんな相手に、無警戒に接することができるほ ど、この仔実装は愚かではない。 それでも、引きつった声で礼を言ってくる。 「ありがとう、テチ……。ムラサキのお姉チャ……」 「レフ? レッフー♪」 蛆実装が尻尾をぴこぴこ動かしている。 紫電は仔実装を見下ろし、口を開いた。 「礼ヲ言ウ必要ハ無イ……。ワタシハ、降リカカル火ノ粉ヲ払ッタダケ……。アナタヲ助 ケタワケジャナイ……」 「そうテチ……か」 ため息をつく仔実装。善意などで助けたわけではないことと、何もしなければ何もして こないと理解したようだ。その思考は賢い個体と言える。 「アナタハ、一匹デ何ヲシテイルノ……? 親ヤ姉妹ハ?」 紫電は疑問に思ったことを訊いてみた。 「ニンゲンに殺されたテチ……。残ったのは、ワタチと蛆ちゃんだけテチ」 「レフレフー…レヒャー…♪」 仔実装は蛆実装を撫でながら、押し殺した声で答える。駆除か虐待派か、はたまたただ の戯れか。実装石が人間に殺されるのは、よくあることだ。この二匹は運良く——もしく は運悪く生き延びてしまったのだろう。 仔実装だけで成体になれる確率は0に等しい。 「これから辛い実装生になるテチ……。多分ワタチは大人にはなれないテチ。でも、出来 るところまでやるつもりテチ……。ありがとうテチ、ムラサキのお姉チャ」 「レッフー♪」 ぺこりと一礼してから、仔実装は紫電に背を向けた。 スッ…… その身体が斜めに斬られ、倒れた。 紫電の右手に作り出された水晶剣が、仔実装の身体を偽石ごと斬っていた。蛆も偽石ご と斬られ、事切れている。死を自覚することなく死んだ二匹。 親無しの仔実装に待っているのは、悲惨な最期。ここで死を自覚することもなく、苦し むこともなく死ねたのは、幸運か不運か。それは紫電の知るところではない。 水晶剣を戻す紫電。 「カワイソウ……カワイソウ……」 周りの仔実装の死体に浸食水晶の種水晶を突き刺してから、紫電は再び散歩に戻った。 振り返ることもなく、当てのない散策を続ける。 「デッ……デヒァ……」 残ったのは、ひくひくと痙攣する禿裸傷だらけの成体実装石一匹。ほどなく砂となる仔 実装と蛆実装の死体が五つ。どの実装石にも未来は無い。 それは、ありふれた実装石の風景だった。 END 過去スク 2097.【虐】 斬捨御免 虐待紳士の悪戯.txt 2089.【実験】 レインボー実装石 三角プリズム実験.txt 2081.【観察】 Narcotic Addict − 麻薬中毒者 − 疑似実装麻薬投与実験.txt 2077.【馬・虐】〈紫〉マラカノン砲 マラマラ団襲撃.txt 2071.【馬鹿】〈紫〉虐待してはいけない… 友人の仔実装石姉妹.txt 2066.【虐・実験】 ジッソウタケ 野菜泥棒石後日談.txt 2057.【虐・他】 中途半端な賢さは… 野菜泥棒実装石.txt 2038.【虐・愛?】 ダイヤモンドは砕けない 真性愛護派(誤字修正).txt 2031.【馬鹿】 雪華実装は鍋派? 実装石料理.txt 1994.【虐・観】 時間の狭間に落ちる 不変不動の世界.txt 1988.【虐】 クリスタルアロー 実装石射撃練習.txt 1983.【馬鹿・薔薇】 リベンジ! 完全版 突発的発想その2改.txt 1980.【馬鹿・薔薇】 リベンジ! 突発的発想その2.txt 1977.【虐・観】 懲役五年執行猶予無し 神社公園元幹部実装石.txt 1970.【実験・観察】 素朴な疑問 神社公園実装石実験.txt 1958.【虐・実験】 虐待&リリース 託児実装石虐待.txt 1954.【獣・蒼・人間】 騎獣実蒼の長い一日 金曜九時半作戦決行.txt 1952.【軽虐】 既知との遭遇 双葉山実装探索記.txt 1944.【馬鹿・薔薇】 水晶ハワタシノ魂ダ! 突発的発想.txt 1941.【色々】 実装社交界の危機 神社裏色々実装物語.txt 1939.【駆除】 ススキ原の実装石駆除 実装虐待用薬品処分.txt
