神の救済に与る者と滅びに至る者は予め決められている ——ジャン・カルヴァン 土曜日の昼下がり。 とある地方都市の駅前にあるペットショップ・アリス。 爬虫類に癒されに来るひやかし女子高生、子犬を吟味している家族客、なぜかいつも猫缶を大量購入していく若い女性客。 その中に一人、あまり見かけないタイプの客がいた。 歳の頃は40代だろうか。白髪がわずかに見え隠れする頭、かっちりとした眼鏡、メタボ気味の腹。 子連れならわかる。若い女連れもまあわかる。だが、彼は一人きり何かを探すように首をきょろきょろしながら歩いていた。 誰かへのプレゼントを買いに来たのか、はたまた妻子からの頼まれ事か。 店長の有栖川はちょっと気になって話しかけてみた。 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」 「ああ、実装用品を一通りそろえたいんだ。僕は単身赴任なんだが、部屋に帰った時に誰もいないのはさびしいんでね、ちょっと飼 ってみようと思って」 「左様ですか。どのくらいのご予算で?」 「うーん、逆にどのくらいかかるものなのかな?」 「そうですねぇ、実装用品は本石のグレードにあったものを買いそろえる方が多いので……失礼ですがグレードは?」 「グレードって何です?」 「SからEまでの6段階がありまして、さらに無印がありますが……値段がわかれば」 「ああ、ロハだよ。コンビニ袋の中に入ってたんだ」 ロハ=只=無料。 有栖川は自分の頬が引き攣るのを感じた。 「お客さん、悪いことは言いません。その仔は飼わない方がいいです」 「え?何でです?」 「何故って、あいつらは……」 言いかけて考えた。 託児は100%に極めて近い確率で失敗するが、それは最終的に破綻する、という意味だ。 短期間であれば飼われることに成功する例は無くもない。 そしてそれは多くの不幸を生む。 結末がわかってて何もしないのは、有栖川には不実であるように思われた。 間違いを生む原因は実装に対する無知。 実装の本性を知らずして飼ってしまうのである。 ならば、百聞は一見にしかず。仔蟲の性根を説明するより実際に見てもらった方がいい。 「お宅はこのあたりで?」 「ああ、歩いて10分くらいかな」 「じゃあその仔をここへ連れてきてもらっていいですか?ケージは店の備品をお貸ししますので」 「うーん、いいけどちょっと匂うよ」 「では店の裏口へまわってもらえますか。駐車場を通って反対側になります」 男を見送ると、爬虫類コーナーで客対応をしていた娘に少しの間店を頼むと告げ、バックヤードに下がった。 用意するのは二つ。 一つはリンガル。それなりに値の張る高級品だ。実装が何をほざいているか、わずかな声も拾って的確に翻訳する。 もう一つは瞬殺コロリ。これを口にした実装は断末魔をあげる暇もパンコンする暇もなく死に至る。 だが、有栖川は大きな勘違いをしていた。 「え?ジツアオですか?」 「ジツアオ?……ああ、そうだね。見てのとおり蒼い方の実蒼だ」 「状況から考えててっきり装う方だとばかり」 「ああ、なるほど。悪いけど僕にはアレは飼えないな。飼い主の精神の方が病むほどの厳しい躾が必要なんだろう?僕の性分では躾 を躊躇してしまいそうだ」 実に素晴らしい判断だ。 どうやらこの客、歳ほどには世間の情報に疎くないし、自信過剰でもないらしい。 「それで、やっぱりこの子は飼わない方がいいのかな?蒼いのは飼いやすいって聞いたんだが」 「うーん、どうでしょう。ジツアオの託児ってあまり聞きませんからね。託児かどうかすら分からないですが」 そう言ってケージの中の実蒼石を見る。 実蒼石は目が合うと、左手を口元に当てて小首を傾げた。 「ポクーン♪」 なんなんだ、こいつは。 実蒼石特有の剽悍さが全くない。むしろ剽軽だ。 ひょっとしたら実蒼服を着た実装石なんじゃないかとも思ったが、口がミツクチじゃないし、なにより目の色がそれを否定する。 でも、なんか歌いながら踊りだしたし。 やはり本石に聞いてみるのが一番か。 有栖川はそう判断し、リンガルのスイッチを入れた。 「ポークラハミライノ チキューーーッコ♪」 …… 「どうしたんですか?」 「いえ、歌を中断させるのがちょっと忍びなくて」 数分後。 「驚いたね。この子が実装石の胎から生まれたとは。その機械の誤作動ではないですよね」 ようやく歌い終わった実蒼石がリンガルを通して語った素性は、実に驚くべき内容だった。 「いえ、おそらく真実でしょう。全てのつじつまが合いますし」 そう答えた有栖川もやはり驚いている。 「確かにジツアオは非常にまれながら実装石から生まれることもあるんです。普通ならば親姉妹から嬲られて数日で死んでしまうの ですが……まさか実装石がジツアオを育てて託児に使うとは」 「……じゃあアイツが母親だったのかな。玄関に堂々と現れたんで、侵入にしては妙だなとは思ったんだが」 「その個体はどうされました?」 「シビレスプレーでカウンター食らわせて、実装ゴミに出したよ」 「実装ゴミは土曜も回収しますからね。この時間だともう焼却炉で煙になっているころですかね。まだだとしても他石との見分けは つかないと思いますが」 「母親だと知ってたら、この子に免じて多少は大目に見てやったんだけどな」 「まあ仕方ないですよ」(託児を企む糞蟲には十分すぎるほど寛大な処置だと思うし) 「そうは言っても気持ち的にね」 かくして。 実蒼石を孕んだ奇跡と、(自らの欲望からの行動とはいえ)彼女の命を奪わなかった善行は親石にも幸運をもたらした。 有栖川の戯れとはいえ、彼女には野良実装にはおこがましいほどの名前が与えられたのである。 「草色前掛安土」 ああ奇跡の親石よ、その名の如く安らかに土に還れかし。 (Fin) (あとがき) 拙作「奇跡の価値は」の続編です。 前作は短編のつもりで、続きは読んだ方が心の中で補完して頂ければと思っていましたが、続きが読みたいという要望が多いよう ですので、後に続くかもしれない物語の一つとして書いてみました。 気に入ってもらえたなら幸いですが、期待通りの展開ではなかった、かえって台無しにしたと思われる方は、丸めて捨てて自分なり の続きを作って頂けましたら幸いです。 【過去スク】 【虐】【紅】 化粧 【あっさり虐紅】 風呂 【託】 奇跡の価値は
