つい先日、友人との会話。 「なあ、おれが出張に行ってる間、おれの飼い仔実装石二匹預かってくんない?」 「はい……? お前、俺が虐待派の端くれってこと分かって言ってるよな? 何でお前の 飼い実装石預からないといけないんだよ」 「お前は他人の飼い実装潰すようなヤツじゃないってのは分かってるからな。それにおれ の知合いで一日暇そうなヤツってお前しかいないし」 「作家はそんなに暇じゃないっての……。いや、それよりも俺がうっかり潰したりしたら どうすんだ? 責任は取れないぞ」 「そん時は活性剤とかそんなので適当に治しといてくれ。死んだら諦めるわ」 「おいおい……。それに、お前いつの間に実装石なんて飼い始めたんだ? 飼うなら実蒼 石とか実装紅とかの方がいいんじゃないか? 実翠石はさすがに高いけど」 「衝動買いかな? あと、躾済の青や赤の子って『いい子』すぎるんだよ。確かに可愛い けどさ、つまんないじゃん。その分、実装石って基本アホだから見てて面白いし」 「そんなもんかな? でも、預かるのはなぁ……」 「じゃ、後でパック入りじゃなくて回らない寿司奢ってやるから」 「お任せ下さい! サー!」 てなわけで、俺は仔実装二匹を三泊四日で預かることになった。 — 初日 — 「じゃなー。頼んだぞー」 脳天気な言葉とともに去っていく友人を、俺は乾いた笑顔で見送った。 玄関のドアを開けて家へと戻る。右手には仔実装用のケージとお泊まりセットが入った 袋を下げていた。荷物が重いけど、気分はもっと重い……。 ケージの中でテチテチと鳴いている姉妹の仔実装二匹。 名前はミドーとグリー。 実装ショップで格安販売していた仔らしい。躾を施された虐待用だな。おおっぴらに虐 待用実装石を売る店は少ないが、実装ショップの不自然に安いヤツは格安という名目で販 売されている虐待用である。いわゆる業界特有の暗黙の了解だ。ペットとしては不合格だ けど、廃棄するには惜しい個体が選ばれる。 ペット用として育てられた実装石では一番不幸な位置に来てしまった連中だ。 あいつもこの仔実装たちを虐待用と承知で買ったんだろう。虐待用をあえて普通に飼っ て愛護する。変わり者のあいつらしい考えだ。 俺はリビングへと足を進め、ケージと荷物を置いた。 「紫電、いるかー?」 居候薔薇実装の名を口にする。 大抵リビングにいることが多いのだが……実際さっきまで本読んでたし。 「紫電ー……?」 おや? リビングテーブルの上に一枚の紙が置いてあった。 『お友達の所へお泊まりに行ってきます 紫電』 サインペンで書いたこのミミズがのたくったような字は紫電のもの。創作物を食べる突 然変異の薔薇実装だけあり、あいつは文字も書ける。滅茶苦茶下手だけど。もっとも、漢 字混じりの文字が普通に書けるのは、実装生物として異常らしい。犬猫が普通に文字で意 思疎通するようなもんだ。 それはさておき—— あんにゃろ、逃げやがった! 俺も紫電に世話押しつける気満々だったけどなッ! しゃーない。腹括って自分で世話するか。 尻を掻きつつ、俺は手早く新聞紙を広げ、ケージの扉を開けた。どんな実装生物の言葉 も訳す、が売りの万能リンガル(実装研の友人のお古、四万円)の用意も忘れない。 「お前ら、出てこーい」 呼びかけに、ちょこちょことケージから出てくる仔実装二匹。 小綺麗な仔実装である。 頭に赤いリボンを付けたのと、黄色いリボンを付けたの。 あいつはちゃんと世話してるみたいだから、きれいなのも当然か。愛護派っぽいけど、 虐待派でもある変わり者だし、変に甘やかすこともない。自称、愛誤派だしな。 「初めましてテチ、ニンゲンさん」 「短い間テチけど、お世話になりますテチュ」 ぺこりと頭を下げて、挨拶してくる。躾けもそこそこ出来てるようだな。これなら世話 するのもそう難しくはないだろ。 まぁ、とりあえず……どっちがミドーで、どっちがグリーだ? 「ああ、あんまり騒いだりするなよ」 俺はそう釘を刺してから、お泊まりセットの袋を開けた。 中身を順番に取り出し、それを新聞紙の上に並べていく。 実のところ、こういうのに興味はあった。 まず、仔実装用トイレ。下に実装糞回収袋の設置されたオマル。回収袋は使い捨てで、 実装糞に触らず処理できる仕組みだ。オマルから取り外せば袋は完全密閉され、臭いも糞 も漏れない構造である。その回収袋が一パック五十枚入り。 次に、エサ皿と実装フードか。乾燥粒状タイプで、消毒剤や消臭剤、便凝固剤や成長抑 制剤まで入っている。成長抑制剤入りってことは、仔実装のまま買う気か。 あとは、寝床らしき木の小箱と小さなタオル。これは使い慣れた雰囲気がする。仔実装 の間だけしか使えないだろうけど、成長抑制剤食わせてるから平気だろ。 続いて、スポンジブロックやスポンジボール。遊ばせるためのものだな。 なるほどねー。 「お姉チャ、優しそうなニンゲンさんテチ」 「妹チャ、迷惑かけないように頑張るテチュ」 姉妹がそんなことを言い合っている。俺はお前らが思うほど優しいニンゲンじゃないけ どな。一応、今の会話からするに、赤いリボンが姉で黄色いリボンが妹か。で、どっちが ミドーでどっちがグリーだ? 気を取り直して、お泊まりセットの確認、っと。 ステンレスの30cm定規。……何に使うんだこれ? さらに、150mm釘数本。で、用途は? 木槌に小さいノコギリ、長い針の束、ナイフ…… って、これは俺の虐待道具! 近くに置かれた虐待道具箱から、無意識に取り出して並 べていた……! いやいやいや。いつの間に持ってきたんだ、俺……! 虐待道具箱は片 付けてあったはず……! 「ニンゲンさん、これなんてチュ?」 姉仔実装が置かれた釘を触っている。 「いや、何でもないから」 棒読みで答えながら、俺は誤魔化し笑いを見せた。広げた虐待道具を手早く道具箱にし まっていく。でも、背中にじっとりと滲んでいる嫌な汗。 「テチィ?」 不思議そうにしている姉妹。 先行きが、滅茶苦茶不安です……。 「妹チャ、いくテチュー」 姉が小さなスポンジボールを転がした。広げられた新聞紙の上を転がっているスポンジ ボール。あまり速くはないが、速くても止められないだろう。 妹がそれを受け止める。 「さすがお姉チャテチ。ワタチもいくテッチー!」 思い切りボールを転がし返した。 広げられた新聞紙の上で、二匹でキャッチボールをやっている。スポンジボールを転が して受け止めて、転がしての繰り返しだが、当人たちは楽しいようだった。人間がいない 時は、こうして二匹で遊んでいるらしい。 「案外手間かからんな。よかった、よかった」 俺は卓袱台にノートパソコンを乗せ、小説を書きながら二匹の様子を眺めていた。 友人曰く、実装石はキモ可愛い。 的確な表現だと思う。 「テチュー」 「テッチー」 元気に鳴きながら二匹の仔実装がボールを叩いたり蹴ったりして、遊んでいた。実に楽 しそうしている。子供の頃はボールや枝だけで十分楽しく遊べたもんだ。 「平和だなぁ」 俺は人間に迷惑を掛けない実装石には手を出さない主義である。正直、実装石に関わる のはめんどい。ただ、人間に悪さしたりする実装石には容赦しない。てか、人間に手出す ヤツって、何故か全身から「虐待して下さいオーラ」を放ってるんだよなー。 不っ思議ー……。 卓袱台の上に置いたナットを右手で弄りながら、俺は微笑んだ。その頬が引きつってい るのを自覚する。投げつければ仔実装に手頃なケガを与えられる、調度いい大きさと硬さ と重さの六角ナット。いつの間に用意したんだろう……? 「耐えろ、耐えるんだ、俺……。耐えろ……。何もしなければいいんだから」 ナットを弄りながら呪文のように自分に言い聞かせる。 夕方、仔実装たちは俺が用意した実装フードを食べていた。 飼い実装石は、夕方六時前に食事をさせるのがいいらしい。 エサ皿に盛られたのは、粒状の実装フード。専用の計量カップが付いているので、量を 計る必要もない。食事用のエサ皿に二匹分のフードを盛って、水皿に水道水を入れておく だけでいい。手間が掛らないのはありがたいことである。 「ニンゲンさん、あれ何テチ?」 妹が目を向けたのは、キャビネットの上に置いてある仔実装入りの紫水晶だった。六角 柱の水晶の中に、仔実装が一匹閉じ込められている。 ああ、そんなもんもあったな。懐かしい……というほど昔でもないか。 昔、紫電に託児親子の虐待&リリースを頼んだ時に作られたものだ。俺の持ち帰った料 理に託児された仔らしい。どういう仕組みなのかは分からんけど、こんな状態になっても ちゃんと生きているらしく、偽石サーチャーにも反応する。 「人の料理を食べた悪い子だよ。こんな水晶詰めになっても、ちゃんと生きてるんだ。呼 吸も出来ないし、何も食べられないけど。お仕置きだからねー」 「テェ……」 俺の笑顔に、姉妹が怯えたように抱き合った。 全く動けず声も出せぬまま、ただひたすらリビングを見続ける。俺たちに構って貰えれ ば多少は苦痛も和らぐだろうが、現実は存在自体意識の外だ。今回も三十分後には忘れて いるだろう。これも一種の虐待である。 「お前たちも、この家で悪いことしたら、こうなっちゃうからねー」 「テェェェ……」 さらに怯える姉妹…… 嗜虐心が疼く。 口元を抑え、俺はノートパソコンに目を戻した。 午後八時過ぎ。 リビングの隅っこ。 俺はじっとそこを見下ろしていた。仔実装二匹が木箱に入って眠っている。二匹でひと つの木箱に詰まり、タオルを巻いて静かに寝息を立てていた。実装石というのは、四角い 箱状のものに入りたがる習性があるらしい。段ボールハウスがその典型だ。 なんか……猛烈に胡椒だか唐辛子だか、ハバネロソースだとか。そういう刺激物をぶっ かけたい誘惑に駆られる……。もしくは、大音量で叩き起こしたくもなる。だけど、預か り仔実装にそんなことはできない……でも、やってしまいたい! 「落ち着け……」 心を冷静にして考えるんだ。 こんな時どうするか……。 たまご、いか、サーモン、ウニ、エビ……落ち着くんだ……「寿司ネタ」を数えて落ち 着くんだ。トロ、エンガワ、アナゴ……「寿司」は特別収入と他人の奢りでしか食べるこ とのできない高級な料理……俺に勇気を与えてくれる……。 — 二日目 — 「ほれ、取ってこーい」 「飛んだテチュー」 「ニンゲンさん。すごいテチー!」 俺が適当に投げたスポンジボールがリビングを転がっていく。それを追いかけてぽふぽ ふと走っていく姉妹。昨日よりも楽しそうだった。 卓袱台に向かい小説を書きつつ、俺は仔実装たちの遊び相手をしている。別に遊ぶ気は なかったのだが、向こうからボールを持ってきて、遊んでほしいと頼んできたのである。 せっかくなので、小説書く片手間に相手をしていた。 「持ってきたテチー」 妹がスポンジボールを得意げに持ち上げる。 「おー」 適当な返事をしつつ、俺はボールを受け取り、窓の方へと放り投げた。緩い放物線を描 いてから床に落ち、転がっていくボール。 「行ったテチー」 「妹チャ、今度は負けないテチュ」 それを追いかける姉妹。 二匹でどちらが先にボールを取れるか競争しているようだった。姉妹といっても身体能 力に差はなく、結果は五分五分である。 「ニンゲンさん、今度はワタチの勝ちテチュー」 今度は姉がボールを取って戻ってきた。 「投げるぞー」 再び適当な返事をしつつ、俺はボールを受け取り、放り投げる。 「ニンゲンさん! ワタチを投げちゃ……駄目テチュァァァァ!」 「お姉チャァアァァァ!」 突然聞こえた二匹の悲鳴。 ノートPCのモニタに向けていた目を正面に向けると、仔実装が飛んでいた。 スポンジボールを持った姉が、放物線を描いて窓の方へと飛んでいく。両目から涙を流 しながら。その様子が奇妙なほど緩慢に見えた。 「チベッ」 顔面から窓ガラスに衝突する。 今度は重力に引っ張られて真下に落ちていき、右半身から床に落っこちた。 ぴくぴくと痙攣しているところを見ると、生きてはいるらしい。さっき用を足したから 糞は漏らしていないけど、血は流れている。 「お姉チャァァァ!」 泣きながら姉に駆け寄っていく妹。 ボールが無情に転がっていく。窓と床には仔実装の血がこびり付いていた。 ……やっちゃった♪ 俺は空笑いを浮かべながら、座布団から腰を上げる。近くに置いておいた救急箱と畳ん だ新聞紙を持って姉仔実装の元に足を進めた。用意しておいてよかった……。 「すまん。生きてるか?」 「テ、テチュ……」 俺の問いかけに、弱々しく返事をする姉仔実装。 顔面が平たく潰れ、口と鼻から血を流している。首の骨が折れ、肩の骨も折れていた。 右腕と右足は根元から千切れかけて、そこから出血していた。背骨もおかしくなっている ようだ。あとは、内臓にもダメージあるだろう。かなりの重傷だ。 さすがに人間に投げられて窓ガラスにぶつかっちゃなぁ……。 でも、生きてるなら大丈夫だろ。健康状態優良なら、この程度の重傷でも一日寝てれば 治っちゃうのが実装石だし。仔実装なら数日かかるかな? 「お姉チャ! しっかりするテチィ……! 死んじゃ駄目テチー!」 「落ち着け、今治してやるから」 泣きながら姉に縋り付く妹を一度引き離してから、俺は割り箸を取り出した。 畳んだ新聞紙を床に置いて、割り箸で姉を摘み上げ、新聞紙の上に乗せる。 「ニンゲンさん、早くお姉チャを治してテチィィ!」 「分かってるって」 妹の懇願に頷きつつ、救急箱から消毒液を取り出した。 白い瓶に詰められたオキシドール。H2O2で表記される過酸化水素水。強力な酸化作用を 持ち、細菌を殺すものだ。医療用のはかなり濃度が薄いけど。 「今から消毒する。凄く染みるけど、我慢しろよ?」 「わ、かっ……た、テ……チュ……」 姉が泣きながら答えてくる。うん、根性ある仔は好きだ。 というわけで。 俺はオキシドールの蓋を開けて、中身を姉の身体にこぼした。 「——!」 透明な液体が傷口に触れ、姉が一瞬固まる。 反応は一秒ほど後れてやってきた。 「デヂュゥゥゥウウゥゥゥゥウゥゥゥゥ!」 「お姉チャアアァァァ!」 歯を食い縛り、両目から滝涙を流しながら、断末魔のような悲鳴を上げる姉。 その姿を目の当たりにして、自分のことのように震えながら泣いている妹。 なかなか元気な悲鳴だ。 姉の傷口からしゅわしゅわと酸素が発生しているのが分かる。生物が持つ過酸化水素分 解酵によるものらしい。そして、オキシドールの特徴は凄く浸みること。小学生の頃など に傷口に塗られた経験のある方もいるだろう。泣くほど浸みます……。 「ヂッ、ヂュァッ……!」 激痛に悶え痙攣している姉から目を放し、俺は注射器と小瓶を取り出した。小瓶に用意 しておいた活性剤を注射器で吸い取る。廉価版の十倍希釈。量は10mlくらいか。 「よーし、よく頑張った。偉いぞー。あと少しだからなー」 「頑張るテチィィ、お姉チャ、頑張るテチィィ!」 「ワタチ……頑張る……テ、チュ……」 妹の必死の応援に、姉仔実装は応えるように笑ってみせる。 俺は注射器の針を、姉仔実装の胸に突き刺し、ピストンを押し込んだ。心臓へと注射さ れた活性剤が、血液に乗って全身の細胞を活性化させる。 「ヂュィィィィ!」 二度目の悲鳴とともに、姉仔実装の身体が自己再生を始めた。折れた骨や陥没した頭蓋 骨などが見る間に繋がり、千切れかけた手足も瞬く間に元通りになる。濃度の高い活性剤 による再生は、神経が強烈に刺激されるため、激痛が伴うらしい。 五秒ほどで再生が終わる。 「テッ、テェェ……」 涙を流したまま、荒い呼吸を繰り返している姉仔実装。 これで、おおむね治療は完了した。生物離れした実装石の再生力があれば、怪我の治療 は簡単だ。消毒が必要かどうかは分からなかったけど、そこは気分と言うことで。 「治ったと行っても無理は禁物。明日まで、大人しく寝てろ」 俺は救急箱から金平糖を取り出し、姉の両手に握らせる。ついでに、妹の手にも握らせ る。深い意味はないが、お見舞い的なものだろうか。 「分かったテチュ……」 姉はそう頷いた。 「お姉チャ、大丈夫テチ……?」 「ニンゲンさんの治療のおかげで、もう大丈夫テチュ。もの凄く痛かったテチけど、もう 元気に動けると思うテチュ。でも、ニンゲンさんが大人しく寝てろって言ってたから、今 日は大人しく寝ているテチュ」 寝床の中に横になった姉と、それを外から心配そうに見つめる妹。 ペット用崩れとはいえ、その合格ラインぎりぎりまで行った個体だけはあるな。それに あいつなりの躾を加えたんだろう。ブリーダー的才能あるしな。 それを眺めながら、俺は外出の準備をしていた。 正しいヒャッハーの仕方。 用意するもの。バールのようなもの(長い棒状のものなら可)、汚れてもいい服、安全 靴、安全メガネ、実装石処理スプレー、スポーツ飲料などの飲み物。 古ぼけた作業着姿で安全メガネをかける。1メートルのステンレスパイプを持ち、俺は 街外れの草地前に立っていた。あまり人気のない場所で、ほどよく実装石の住着いている 草っ原。実装石を捕まえたり、ヒャッハーしたりするには適当な場所である。 時間は午後七時過ぎ。 間違って通報されたりしたら、凄くヤバいけどな! 「イチ、ニー、サン、シー! ニー、ニィ、サン、シィ!」 俺はパイプを両手で持ち、準備運動を始めた。 激しい運動をする前の準備運動は基本である。作家というあんまり動かない仕事を生業 としているので、いきなり激しく動くと身体に悪い。若いには若いけど、もう胸張って若 者ですと言い切れない歳だしな、俺も。ふっ……。 ひと通り準備運動をしてから、俺はパイプを真上に振り上げた。 大きく息を吸い込み、 「ヒャッハー!」 声は強く、でも近所迷惑にならないように小さな声で。 一通り暴れ回ってからは死体処理。 実装石処理スプレーを右手に持ち、ポカリの一リットルペットボトルを左手に持って、 草地を周りながら叩き潰した実装石の死体を処理していく。ちなみに、俺はアクエリアス よりもポカリスエット派です。 脳天を割られて仮死している個体に、スプレーをしゅっと一吹き。 しゅわしゅわと泡立ちながら、処理液が実装石の身体を浸食し始めた。完全死していな くても、仮死していれば処理スプレーは効果がある。通常環境下なら三分ほどで死体は塵 と二酸化炭素と水蒸気に分解されてしまうので、仮死から再生する暇もない。 「デ、デェ……」 小さな呻き声。 ごくりとポカリを飲んでから、俺は目を移した。 腰を砕かれたまま、残った両手で茂みの影に逃げ込もうとしている成体が一匹。右足は 千切れているが、左足は残っている。この状態からでも、栄養取って数日寝ていれば完治 してしまうのが実装石。 だが、しかァし。 「ほい」 「デゴ……!」 息があるヤツは踵蹴り一発で仮死させてから、スプレーを一吹き。 死体処理を怠ると悪臭とかが凄いからな。死体処理を同族食い任せるというのは、あま りにも無責任だし、始末した実装石の処理は虐待派としてのマナー。 — 三日目 — どうしたもんか……。 詰まった。 小説が進まん。 いや、展開は終わりまで考えてあるし、途中の伏線も回収先も考えてあるのに、その伏 線を上手く文章中に組み込めない。普通に書いたらちょっと粗が立ってしまう。 まいったな……。 俺は唇を噛んだ。 時々こういうことがある。 そこは一時置いておいて先に進めばいいと言う人もいるけど、俺はそういう器用なこと ができない。全体を考えたら、最初から最後まで順番に書かないと気が済まんのだ。 難儀な性格だよ、我ながら……。 さて、どう書くか? 「お姉チャァァァ!」 グリーは両手を持ち上げ、泣いていた。 座布団に座ったまま真剣な表情で四角い機械を凝視しているニンゲンさん。口が小さく 動いているが、何を言っているのかは分からない。 その左手には姉のミドーが握られていた。 「テッ、テェェ……! ニンゲンさん、やめてテチュ……!」 プチプチ、とニンゲンさんがミドーの髪の毛を毟っている。指先で毛を数本摘み、軽く 引き抜いていた。実装石の髪の毛は脆い。自然に生え替わりはするが、無理に抜けば毛根 にダメージが残り、二度と生えなくなる。剃っても同様。 一気に毟っているわけではないが、姉の髪の毛は確実に減っていた。 「ワタチの髪の毛、毟っちゃ嫌テチュゥゥ……!」 ミドーが泣きながら自分の毛を守ろうとしているが、無駄な努力である。人間の力の前 に、仔実装の力はあまりにも弱く、小さかった。 あっという間に前髪が無くなり、今度は後ろ髪が引き抜かれ始める。 「ニンゲンさん、ニンゲンさァん! お姉チャを放してテチャァァァ!」 泣きながらグリーがニンゲンさんの足を叩くが、ニンゲンさんは全く気づかない。機械 を凝視したまま、姉の髪の毛を毟っていた。 やがて、全ての毛を毟られたミドー。 「テェェン……」 もはや抵抗する気力も無く、涙を流している。 抜けた茶色い毛が、ニンゲンさんの足の上に落ちていた。 唐突に、ニンゲンさんがミドーを放り投げる。 「チュアァ……ヂュ!」 顔面からフローリングの床にぶつかった。鈍い音が響く。一回転して仰向けに倒れた姉 は、見事に禿仔実装石になっている。しかも、顔は潰れ、口から血を流していた。 「テ……ェ……」 両目から涙を流しながら痙攣しているものの、それ以上は動けないでいる。どこか重要 な部分にダメージを負っているようだった。 事実、落下の衝撃で頸椎が折れていた。 「お姉チャァァ! しっかりするテ……? テエェェェェ!」 駆け寄る暇もなく、グリーはニンゲンさんの手に持ち上げられている。 慌てて目を動かすものの、ニンゲンさんはグリーを持ち上げたという自覚も無いようだ った。機械を見つめたまま、難しい顔で小声で何かを呟いている。 そして、グリーの頭に伸びる右手。 「ニンゲンさん! 髪は駄目テチャァァァ!」 悲鳴も虚しく、ニンゲンさんはグリーの前髪を毟り始めた。 「あー……」 床に転がった禿姉妹二匹。 どうやら小説の展開考えている間に無意識に毟っていたらしい。あぐらをかいた足に、 茶色い毛は落ちている。長考の末に伏線を仕込めたのはいいけど、その代償は仔実装二匹 の髪の毛だ。それを安いと見るか高いと見るか。 「テェェ……」 姉妹が抱き合って震えながら俺を見上げていた。 明らかに怖がっている。ここで普通の実装石みたいに怒って変な事言わないのは、実力 差を十分に理解しているからだ。ペット用に育てられた個体は、実装石調教師——人間の 力と怖さを身に染みて知っている。 見た感じ一度怪我をしたようだが、俺が小説書いているうちに治ったらしい。栄養状態 が良いので、仔実装でも再生力は野良の成体並に高いようだ。 「大丈夫か、お前ら……?」 一応訊いてみる。 「だ、だいじょぶテチュ……」 「なんとも、無いテチィ……」 引きつった声でそう答えてくる姉妹。 今日の朝までは俺のことを優しい庇護者と認識していたようだけど、どうやら何するか 分からない人間という認識に変わったらしい。髪毟られちゃそんなもんか。 参ったねー。 どうしよう? 禿になって震える姉妹……物凄く嗜虐心が刺激されます。 「テッ、テェ……。こんなはずじゃないテチィ……」 「ニンゲン、何するテチ……?」 広げられた新聞紙の上に二匹の仔実装が仰向けに倒れていた。 見た目は普通の野良仔実装石。買い物帰りにいきなり飼って欲しいと俺に頼んできた。 預かっている仔の匂いで、俺を愛護派と勘違いしたようである。実装石に関わってると、 実装石が寄ってくるとも言うしな。 俺を見て駆け寄ってきた仔と、一瞬の躊躇を置いて残った仔実装を一匹抱えて逃げ出し た親との対比が印象的だった。 とりあえず空いていた買い物袋に放り込み、自宅へと招待。 今は瞬間接着剤でパンツごと総排泄孔を潰してある。これで糞を漏らす心配もない。つ いでに、胴体部分に包帯を重ね巻きして、テープで留めてあった。 「いやー。ちょっと面白いことをねー」 俺は素敵な笑顔を浮かべながら、赤いセロファン越しに仔実装二匹の目に懐中電灯の光 を当てた。セロファンを通った光が両目を赤く変える。そして、両目が赤くなったことで 身体が強制出産に移り、両目が赤く変化する。 未だにこの仕組みは納得いかんのだが……。 「ヂギュゥゥゥゥ!」 「お腹が、お腹が痛いテチャァァァ!」 二匹とも自分のお腹を押さえてのたうち回る。 体内で蛆だか親指だかが作られているのだ。普通ならばこのまま腹を裂いてでも無理矢 理生まれるのだが、肝心の総排泄孔ががっちりと塞がれていて仔が出られない。破裂しな いように包帯補強もしてあるので、爆ぜて飛び散ることもない。 しかし、身体は出産しようと動いている。 「テッ!」 「ウヂィィ!」 赤い涙を流しながら、二匹が喉を押さえた。 だが、俺は素早く二匹の口に瞬間接着剤を流し込み、上の出口も塞ぐ。何らかの原因で 仔が下から出られない場合は、実装石は最終手段として口から仔を生むのだ。身体の上下 がほぼ一直線な実装石らしい生態である。 「………! …………!」 「…………! ……!」 口を塞がれ声も上げられず、鼻から緑色の粘液を吹き出していた。 行き場を失った仔が、腹の中を渦巻いている。その手の本の情報によると、体内では仔 が生まれて死んで消化されてまた生まれてを繰り返しているらしい。 「テエェ……」 「怖いテチ……」 背後から聞こえてきた声。 振り向いた先には、姉妹仔実装が抱き合って震えていた。フサリを飲ませてあるので、 毛が生えかけている。 「悪い子にはお仕置きしないとねェ?」 俺はにっこりと微笑んで見せた。 優しく笑ったつもりなんだけど、姉妹はさらに震えながら色付き涙を流し始める。そう か、やっぱ怖いか……。パンコンしてないのはなかなか優秀だな。うん。 俺に対する認識は、何するか分からない人間から、実装石を虐めるのが大好きな危険な 人間にランクアップしているだろう。落ち着くところに落ち着いたか。 「ん?」 時計を見ると、午後八時過ぎ。 この姉妹の就寝時間は夜八時らしい。 俺は姉妹に目を戻し、 「子供はそろそろ寝る時間じゃないかなー?」 「はいテチッ!」 頷くが早いか、仔実装とは思えない速度で床を駆け抜け、寝床に飛び込んだ。 うむ、いい仔だ。 満足げに頷いてから、俺は悶える二匹の野良仔実装に目を戻した。 「さ、続きだよ?」 用意しておいた木槌で、そっと姉妹のお腹を叩く。とんとんと規則正しく、潰さないよ うに加減しつつ、確実に身体の奥へと響くように。 「…………! ……!」 新たな刺激が加わり、姉妹はさらに元気に悶え始めた。 — 四日目 — よしよし。 今日はあいつが帰ってくる日だ。 途中何度も虐待の誘惑に駆られたけど、最後まで何とか持ちこたえたぞ……。躾のされ た飼い仔実装二匹を預かるのは楽だと思ってたけど、予想していた以上に辛かった。それ でも頑張った、俺。よくやった、俺。 シャッ、シャッ…… 砥石でナイフを研ぐ音が、静かな部屋に響いている。 俺が使っている実装石虐待用のナイフ。 リビングの隅では、姉妹二匹が抱き合って震えていた。毟った髪の毛はフサリと栄養の おかげで、元の七割程度まで再生している。明後日には完全に元に戻るだろう。 俺は研いだナイフを眺めながら、 「そんなに怖がらなくてもいいのにな?」 にっこりと笑いかけると、姉妹は無言のままさらに強くお互いを抱きしめ合った。両目 から涙を流しながら、恐怖に震えている。 下手に声を上げたりしたら、俺にお仕置きされると思っているらしい。 それは、事実だけどな。 今どっちかがパンコンでもしたら、そのままお仕置きの名目で強烈な虐待しちゃいそう で怖いです。こいつらが大人しくしているのは、俺にとってもありがたい。 ピンポーン。 終わりを告げるチャイムが鳴った。 「いやー、ご苦労さん」 友人が仔実装を自分の車に運んでから、戻ってきた。妙に嬉しそうな顔してる。 俺は玄関の戸に背を預けたまま、午後の空を見上げた。 「辛かった……。あと一日、お前が来るのが遅かったら、あいつら虐待してたな……。長 い四日間だった。だから、ちゃんと寿司おごれよ」 「分かってるって」 言いながら、俺が持っている虐待用ナイフに目を落とす。ヒゲ剃れるくらいまできれい に研いだナイフ。ここまで研ぐと、実装石の斬り戻しも可能だ。 「しかし、いい落とし上げになりそうだな」 口元を手で押さえつつ、嬉しそうに笑っている。 俺は眉根を寄せた。 「落とし上げ?」 「上げ落としの逆だよ。知らんか? まあ、知らんだろうな。実装石を過酷な環境に放り 込んでから、元の環境に戻すという、上げ落としの逆の愛護技術」 「………」 ジト目で睨んでやる。 なるほど、その『落とし』の部分が俺に預けるって事か。あの怯えっぷりからすると、 強烈な落としになっただろうな。優しい人間に預けられたっていう軽い上げから、実は虐 待派でしたという落とし。 そこから飼い主の元に戻れたという安心感。 実に効果的だ。 「じゃ、おれは帰るわ。これから、あいつらをたっぷり可愛がってやらないとなー。愛誤 派的な意味で」 「寿司忘れるなよ」 「分かってるって」 そう言ってから、友人は俺の家の前に停めた車の方へと歩いていった。 リビングへと戻ると。 「タダイマ……。家主サン……」 居候薔薇実装の紫電が帰ってきていた。 何食わぬ顔でリビングの隅っこで本よんでやがる。 ふっ。 俺は動いた。多分、生涯で一番素早く。 「カワ……」 紫電の頭を右手で掴み、真後ろへと放り投げた。ぬいぐるみのような身体が空中で一回 転し、いつの間にか用意されていた椅子へと狙い澄ましたように落ちる。大昔に友人の実 装紅を躾直す時に使った、手製の木椅子。 紫電の両手両足と胴体は、これまたいつの間にかベルトで椅子に固定されていた。 「イソウ……?」 突然の展開に困惑している様子の紫電。 ふっふっふ。 俺も今訳分からないパワーが湧き出してるから問題ない。 ジョジョ立ちで紫電を指差しながら、俺は笑った。 「お前にとって、下手な創作聞かされるのが苦痛ってのは俺も知っている。だから、物書 きとして、創作物食いのお前にとっておきのお仕置きを用意した」 取り出したのは古ぼけた大学ノートである。 「こいつは、俺が中学生の頃に書いた小説だ……。この意味が分かるか?」 「………!」 「気づいたようだな。だが手遅れだ。これから紫電、お前に下手くそな文章ってのを味あ わせてやるよ。せいぜい逃げたことを後悔するんだなッ!」 そう断言してから、俺はノートを開いた。 結果、自爆しました……。 END

| 1 Re: Name:匿名石 2015/03/17-22:02:23 No:00001679[申告] |
| ・・・・・・おおっ! 久々に読み返していて今更ながらに気付いたが、
こちらは【実装紅をしつけます。】と同作者様であったか。 紫電ちゃん関連、面白かったからまた書いてくれないかなあ。 |