片目に映るご主人様 第三話 今日は仕事が速めに終わった。たまにはこういう日も必要だ。 おれはとしあき。気まぐれで実装石の親子を飼っているのだが、ここ4、5日は忙しくて奴らをベランダに放置したままだった。 糞蟲に対する愛情などカケラも持ち合わせちゃいないので死んでいようが一向に構わないんだが、悪臭を放つダンボールの中を覗いて見る。 ・・・うげえ。汚い。 ダンボールの四隅に糞が山盛りになり、染み出た糞液がダンボールに染み込んでいる。 「デスゥ〜〜!ご主人様!やっぱり来てくれたデス〜!」糞まみれの親実装が糞まみれの口をクッチャクッチャテッチャネッチャ言わせながら喜んでいる。不愉快な事だ。 何故か片腕だが、どうせ共食いでも食われたんだろう。 ビッチャニュリュウウ 「ヂャアアアア!!クソニンゲン今頃来やがったテチャアア!!ワタチを食糞に追い込んだ罪は重いテチャアア!!」「・・・・・テチィ」 糞山に突っ込んでいた顔を引き抜き、軟便を吐き出しながら吼える共食い。すっかり糞蟲化しているが元気だ。 反面、倒れている腹黒は弱りきって今にも死にそうだ。 「ご主人様、もう貰った袋はいっぱいで糞は入らないデスゥ。ワタシが糞を捨ててくるから、ダンボールから出して欲しいデスゥ・・・」 ・・・俺に糞を片付けろ、と言わないのか。つくづくこいつは糞蟲じゃないな。どうでもいいんだけど。 とは言え、このままじゃ近所迷惑と言うものだ。糞蟲どもを新しいダンボールに入れ替え、公園まで運ぶ。 「デ!?ご主人様、ここは公園デス!?許してほしいデスゥ!捨てないで下さいデスゥ〜!!仔達が殺されてしまうデスゥ〜!最後の仔達なんデスゥ〜!」 「狭いんだから暴れるなテチャア!糞ママはさっさともう片方のオテテ食わせるテチャア!!」「・・・・チィ」 噴水の近くに設置された水道のホースで、雑に洗ってやる。触るのも嫌だしな。 ジャバババ〜 糞蟲親子は目を細めて気持ちよさそうにしている。親は思い出したように、仔蟲どもを裸にし、服と体を洗ってやりはじめた。 「ご主人様、ありがとうございますデスゥ〜」「テッチュウ〜〜〜ン オフロテチュ〜〜ン♪」 「テチャテチャア〜〜〜ア・・・」どうやら腹黒はストレスで精神を病んでいたようだ。リンガルには意味の持った言語が表示されない。 ほんの気まぐれで。俺は親蟲に聞いてみた。「おい親糞蟲。お前、腕を食われたのか」 「ワタシが食べさせたデスゥ。でも三女ちゃんはどうしても食べてくれなかったデス」 「ェェテェテェ」焦点の定まらない瞳で親蟲に髪を洗ってもらっている腹黒。こいつは思ったよりマトモだったのか。知らなかったぜ。 それよりも・・・「オフロおわったらもう片方も食わせるテチュゥ〜ン♪」 「ふうん。じゃあお前は俺との約束は果たせなかったという訳だな」「デデェ!???」「こいつはどう見ても糞蟲だよな。お前は躾に失敗したわけだ」 「デエエ!?」「フザケンナテチ!ワタチは三女を食わないでやったんテチ!糞蟲じゃないテチカスニンゲン!」「失礼はやめるデスァ!!」 ニョム!「テチャアア!」 親蟲の渾身のウレタンパンチで殴り飛ばされる共食い。こうやってこいつから親蟲が三女を守っていたのはすぐに察知できた。 今考えてみれば・・・俺は虐待とか、躾のつもりで共食いを殺すことにしたわけじゃなかった。 親蟲の無償の愛を裏切る糞蟲が許せなかったんだと思う。 だから、ちょっと頑張り過ぎた。 「おい親糞糞クソ蟲、今からこいつを始末する。わかったな」 「デエエエエ!!!待って、待ってデスウウ!次女ちゃんは素直なだけなんデスゥ!オシオキは躾ができなかったワタシにしてくださいデスゥ!」 「話しにならんな。今更なんだよ」「クッソニンゲン!ワタチを殺すとか頭おかしいんテギョオオオオオアアアアア!!!!」 片手で口の辺りを掴んで持ち上げる。イゴイゴイゴイゴもがくが全く完全に無意味。口に親指を突っ込む。「ヂヤイイ!!」親指に噛み付く共食い。「次女ちゃん!何てことするデスゥ!」 ・・・ほう?俺を、噛むなと、言ったのか。親蟲は。「別にかまわないんだぜ?」実装石は脆弱極まりない。 同属のウレタンボディならともかく、人間の高度に計算されて設計されたとしか思えない、しなやかかつ強靭な皮膚、筋肉には傷一つ付けることはできない。 実装石は長い時間を費やせば木の実を食べることも一応可能ではあるが、それはビスケット程度の強度しかない歯の、破壊と再生を繰り返すのが前提である。 つまるところ、噛まれたとしても全くもって痛くないのだが 「次女ちゃん!謝るデス!早くご主人様に謝るデッシャアアア!!」裸のまま、耳と総排出腔から赤と緑の液体を噴出させて激昂する親蟲。 「何でテチイイ!!それより助けてテチ!ママアー!」ふざけた事を言う共食い。ビッチブチミリミリベリッと前後の髪を皮膚ごと毟り取る。 「テチャアアアア!髪イイイイ!!ワタチの髪イイイイ!!」「次女ちゃんん!!」パニックになる親蟲。 個体数の減少により、最近の公園では珍しくなった実装石の悲鳴。それに釣られて数匹の野良実装がデスデスと集まって来たが、即座に踏み抜き肉塊に昇華してやる。 「ジャアアアアアア!!!!チヒイイイイ!!!」親より大柄な野良実装達が瞬殺されたのを目の当たりにし、人間が遥か高みの存在であることを思い出した共食い。血涙とともにブピピブポポと下痢便を噴射している。 糞の質が、ここ数日の栄養状態の劣悪さを表しているな。 「糞をするなよ汚物!!」汚れるのにも構わず、総排出腔周辺を肉ごと毟り取る。「ジャアアッッピャアアアアアーーー!!!」モツと見まがうほどに舌を突き出し、意味不明にモゾモゾ体をよじる共食い。 「親を食ってんじゃねえよ下痢糞蟲!!」むき出しになった糞袋をズルリと引き出し、ミツクチの奥深くに突っ込む。接合部をライターで溶接する。 変わり果てた共食いを親に返してやると「次女ちゃあああん!ご主人さまあーー!」とへたり込み泣き叫ぶ親蟲。 無言で親子の様子を見下ろしていると、ふと共食いの反応が異常なのに気づいた。いやまあ、この状態で異常とかなんとか判断するのはおかしな話だが。 血まみれの手で作業したため、共食いの両目が赤く染まり、膨れ上がった糞袋が口の中に何かをとめどなく産み落としている。「ウェウウェレー・・・レヒャア」「ウェウウェレー・・・レヒャア」 「フェフフェオオエウエオエオレオレオオオエ!!!!!!!」これ以上苦しむことができないといった様子で、産み落とした何かを飲み込んでいく共食い。たまにテチュ〜ンと言ってる気するが。 「チェエ テェ エ」腹黒は焦点が定まらない瞳で、宙を掴もうとモソモソ動いているだけ。 干からびた皮と、大量の溶けた蛆の死体と化して、共食いは死んだ。 「デエエエェエエン! デエエエェェェン!」仔の死を悲しむ親蟲。 「さて、帰るぞ」行きと同じダンボールに親蟲と腹黒を入れる。糞がなくなったからだろうか。抱えたダンボールは少し軽くなっていた気がした。 「次女が、ご迷惑を、おかけしましたデスゥぅ・・・」謝罪する親蟲。謝罪・・・? 無事な方の腕には、共食いの実装服を抱えている。 俺はそれっきり、親蟲を見ないようにして歩き出した。 夕暮れが景色を赤く染める。としあきは夕日を浴びながら歩いていく。 ダンボールの中から、親蟲は残された片目で、としあきを見上げていた。 腹黒は、ェエテ ッテ と鳴いていた。
