タイトル:【虐・実験】 ジッソウタケ
ファイル:野菜泥棒石後日談.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4258 レス数:0
初投稿日時:2010/03/11-00:12:22修正日時:2010/03/11-17:30:22
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 私的実験 No.246
 ジッソウタケの観察


 実験内容
 ジッソウタケの栽培。実装石にジッソウタケを寄生させ、その菌糸の成長に伴う体調の
変化と、子実体の成長を自分の目で確認する。また、仔を妊娠させ、生まれつきジッソウ
タケの菌糸に寄生された仔実装の成長と、子実体の発生を観察する。
 その他、臨機応変に手を加える



 検体五十五号
 実装石 身長約40cm 体重約700g 健康評価4.3
 知能 優良(ただし、頭の回転が速いだけ)
 はぐれ元飼いの娘で、娘五匹持ち。妊娠中の妹と一緒に林で暮らしていたが、野菜泥棒
をして捕まり、妹と娘を駆除され自身も虐待を受ける。虐待を受けた際に右目と右腕を失
うが、後に廉価版活性剤で回復している。禿裸。
 多少弱っているものの、被験体としては十分合格。



  ------



 1日目

 ネムリで眠らせたまま、全身を洗剤とタワシで洗い、裸のまま陰干ししておく。適当に
乾いたところで、前髪と後ろ髪の辺りの皮膚をカミソリで削いでおいた。
 ネムリと栄養剤の混合液を点滴しておき、その日は放置。できれば、抗生物質を投与し
ておきたいが、今回の実験内容を考慮し保留。
 箱庭の準備をしておく。






 3日目

 皮膚ごと前髪と後ろ髪が再生したのを確認。
 点滴を外してから、買ってきた実装服を着せておく。綿や麻などの服ではなく、実装石
の体毛と体分泌液から作られたいわゆるの生実装服(7千円)だ。これでおおむね普通の
野良実装石の姿になった。禿裸のままでもよいが、できれば普通の方がよい。
 箱庭の中央に放置。起きるまで待つ。






「デーェ……?」

 検体五十五号が目を覚ます。

 何度か右手で目を擦ってから、身体を捻っていた。ぽきぽきと関節が鳴っている。およ
そ四日間眠りっぱなしだったからな。寝り疲れているだろう。

 リンガル片手に、オレは声をかけた。

「おはよう、五十五号」
「デ! ニンゲン……」

 寝ぼけ状態から一瞬で覚醒し、五十五号が警戒の視線を向けてくる。こいつをとっ捕ま
えた友人は、かなり強烈な虐待をしたらしいので、警戒するのも当然か。
 考える余裕を与えず、オレは言葉を続けた。

「まずは自分の姿と周りを見てみろ」
「デ……? デェェェ……!」

 自分の身体を見下ろし、右手と右目が復活していることに驚く。さらに実装服が着せら
れて、あまつさえ前髪と後ろ髪が再生していることにも驚いていた。再生処置を施された
実装石は、大抵こんな驚き具合を見せてくれる。

 オレの所に来る実装石は、大体虐待派に捕まったヤツだから、当然かもしれん。
 逆に愛護派が育て違ったヤツも引き取ったことあるが、あれは厄介だったなー。十数回
の仮死と再生繰り返して、ようやく身の程をわきまえさせたっけ……。

「何デス……? ワタシに何が起こったんデス……? 目も腕も髪も服も治ってるデス。
信じられないデス。それに、ここは……ニンゲンの家デスか……!」

 周りを見ながら、五十五号は目を丸くしていた。

 オレの住んでるアパートの一室に作った実装石室内飼い用スペース、通称箱庭。
 木製の柵に囲まれた二畳ほどの場所で、段ボールハウスひとつとトイレ、観葉植物の鉢
がいくつか置かれている。本当はもっと広くて自然っぽいスペースにしたいけど、アパー
トだしそこは妥協するしかない。
 将来一戸建て買ったら、庭に実験施設作る!

「傷と髪と服はオレが再生させておいた。その方が色々と都合がいいからな。そして、こ
こがこれからのお前の住処だ。柵から出ない限りは、ある程度自由にしていい」

 オレは箱庭を指で示し、告げた。

 しばらく呆然としていた五十五号だが、

「デププ……」

 口元に手を当て、小さく嘲りの笑いを見せた。おおかた友人からオレの所での待遇を聞
かされてたんだろう。酷い扱いを受ける、と。しかし、予想に対しての好待遇。思わず笑
みが出てしまったらしい。

 こいつは調度いい。

「おい」
「何デス?」

 訊き返してきた五十五号の口に、オレは丸めた紙を突っ込んだ。実装研の口利きがされ
ているとはいえ、ここは公共のアパート。あまり実装石の騒ぎ声は立てたくない。

「今笑ったことへの仕置きだ」

 口に入れられた紙に目を白黒させている五十五号のこめかみに、オレは曲げた中指を押
し当てた。そのまま、えぐるように指を捻る。コツは頭蓋骨が割れない程度の手加減。

 グリグリグリグリ……

「デェ……! デ……! デゲ……!」

 両目から色付き涙を流し必死に暴れながら、五十五号は苦悶の悲鳴を上げていた。








 気絶するまでグリグリを続けてから、グリグリで目を覚まさせ、さらに動けなくなるま
でグリグリを続ける。こめかみグリグリ攻撃。実装石の肉体にさほどダメージを与えず強
烈な痛みを与えられる最適なお仕置きだ。

 大抵、最初の一回でトラウマになる。




「お前の名前は『ゴゴ』だ」
「はいデス……」

 五十五号改め、ゴゴは頷いた。その顔には怯えの感情が色濃く出ている。

 検体五十五号なのでゴゴ。決してものまね士ではない。安直だが覚えやすい。名前はシ
ンプルに限る。検体五十六号が来たらゴロー、五十九号が来たらゴクウと名付けようと考
えている。

 さておき、オレは右手を持ち上げ、声を出した。

「ザツ。持ってこい」
「分かりましたデス。ご主人様」

 部屋に入ってきたのは一匹の実装石だった。首には赤い首輪を嵌めている。

 我が家の飼い実装のザツだ。雑用実装石なのでザツ。元々は検体十五号のジュゴーの娘
だ。娘は全部処分予定だったが、こいつは非常に賢かったので、こいつだけ処分せず雑用
係として飼っている。実際賢く働き者で、飼い実装登録も済ませてあった。

 ザツが両手でエサの盛られた皿を持ってくる。

 中身は実装研から買った特別製の実装フードとおから、みじん切りの野菜、そしてジッ
ソウタケを混ぜたもの。ジッソウタケは保存料などの薬物に弱いので、添加物は一切入っ
ていない。当然、このエサの値段もバカにならんけど、そこは我慢。

 ザツが柵を開け、シートの上にエサ皿を置く。

「ご、ごはんデス……」

 ゴゴが喉を鳴らす。もう四日も飲まず食わずで腹は空っぽ。さらに目の前に置かれた美
味しそうな食事。空腹を思い出したらしい。ゴゴは口元から涎を垂らしながら、ふらふら
と夢遊病者のようにエサに近づいていく。

 だが、オレは静かに告げた。右手の指を曲げつつ、

「許可無く食ったら、分かるな?」
「デヒィ……!」

 オレの右手を見つめ、ゴゴは腰を抜かしてその場にへたりこんだ。既にこめかみグリグ
リがトラウマになっている。よしよし、これで躾は楽そうだな。

 その反応を満足げに見つめ、オレはエサ皿を指差した。

「よし。食っていいぞ」

 言われて、ゴゴが戸惑ったようにエサ皿を見つめる。食うなと言われた直後に食ってい
いと言われ、本当に食っていいものかと迷っているらしい。

 それを見計らったように、ザツがエサ皿に手を伸ばした。

「食べないなら、片付けるデス」
「食べるデス……! 食べるデス」

 言うが早いか、ゴゴはエサ皿に飛びつき、盛られたエサを頬張り始めた。よほど美味い
のか涙を流しながら食っている。ほとんど咀嚼せずに呑み込んでいた。元の空腹もあるか
らだけど、イイ食いぷりだ。

 オレはザツを見やり、

「食事が終わったら、そいつにここで暮らすルールを教えてやれ」
「分かりましたデス、ご主人様」

 その返事を聞いてから、オレは一度部屋を出た。





 ジッソウタケ。
 生きた実装石を苗床とする珍しいキノコである。外見は舞茸に似ていて、食用。味はか
なりいいと聞く。天然山実装肉とジッソウタケの煮込み汁は絶品らしい。

 しかし、繁殖力は弱く、薬や毒などにも弱い。街中の野良実装石に寄生しても満足に成
長できず、もっぱら山実装に生える。胞子によって増えるが、実装石がジッソウタケその
ものを食えば、高確率で寄生される。実装石がジッソウタケを食べる機会はまず無いが。

 実装生物学者にとって、実装石にジッソウタケを寄生させるのは、アサガオの観察並に
古典的な実験だ。それでも、オレはジッソウタケが生える場面の実物を見たことがないの
で、こうして生きた実装石にジッソウタケを食べさせているのである。

 ジッソウタケは実装研に保管されているものを少し貰ってきた。
 ……実装研って薬品とかの管理が随分アバウトだと思う。

 閑話休題。

 その後ゴゴは、ザツによってトイレなど部屋飼い実装石の基本ルールを教えられた。基
本的な躾け部分は、ザツに任せてある。新しい実装石が来るたびに、オレがいちいち同じ
ことを教えるのは、正直なところ面倒臭いんで。

 オレはゴゴが基本ルールを覚えたかを確認し、間違っていたらお仕置きのグリグリをし
て、覚えるまで繰り返す。元々ゴゴの頭はいいので、ルールを教えるのは楽だった。これ
から、この箱庭で大人しく暮らすように命じ、その日の予定は終了した。







 4日目

 こいつの食事は朝と夕方の二回。
 実装研から買った無添加実装フードに、おからと粉状の籾殻を混ぜたもの。栄養的には
十分であり、また粉末籾殻は実装糞の臭いなどを抑える効果がある。
 エサに粉末籾殻を加えるのは少々手間が掛るけど、消臭効果は高いのでオススメ。

 味付けはその時の気分で変える。
 美味しいときもあるし、不味い時もある。






 5日目

 何だかよく分からないデスけど、飼い実装石になれたデス……

 あの悪いニンゲンは、ワタシをギャクタイ派に渡すと言ってたデスけど、予想していた
のと随分違ったデス……。頭をグリグリされるのは物凄く痛いですけど、大人しくしてれ
ば何もされないデス。これなら何とか暮らしていけそうデス〜。


 機械のハンドルを回しながら、ゴゴは予想外に快適な生活に安堵していた。
 この家のニンゲンが持ってきた箱。何かを作る機械だとニンゲンは言っていた。これを
動かすのが、ゴゴに与えられた仕事だった。中ではガシャガシャと動く音がする。夜にな
るとニンゲンが機械を開けて、中の箱を持っていき、別の箱を設置していた。

 ちゃんと働くと食事が貰える。それほど美味しくはないが、野良の頃に食べていた草や
木の実などに比べれば、随分と立派なものだった。

 時間になるとザツが食事を持ってくる。

 ちらりと目を移すと、ザツがホウキで床を掃いていた。
 それがザツの仕事らしい。

『働かざる者、食うべからずデス』

 昨日言われた言葉が脳裏に浮かんだ。

「あいつは気に入らんデス……」

 ゴゴは声に出さずに呻いた。




 箱庭で飼育する実装石には、仕事をさせる。狭い場所なので運動代わりであり、何もさ
せないとあっさりと堕落して怠け石になるからでもあった。機械の中身は何もなく、ハン
ドルを回すと中で何かが動いているような音が出るだけ。オレは中身を取り替える振りを
するだけでいい。






 6日目

 ゴゴが柵から脱出を試みた。
 ザツがエサを持って来た時に、開いた柵から逃げだそうとしたのだ。しかし、あっさり
とザツに柵の中に蹴り戻され、飯抜きの罰を喰らった。

 さらに仕事から戻ったオレに現場写真を突きつけられ、お仕置きされる。

 もっとも、これは本気で脱走を狙ったものではない。自分が監視されていることを確認
するための行動だ。ある程度頭の回る個体だと、お仕置きを受けることを承知で、わざと
逃げる素振りを見せる。三匹に二匹は行うことで、特筆することでもない。






 7日目

 今の環境に慣れたようなので、次の処置をする。


 箱庭の真ん中で気絶したゴゴ。

 ハンドル回しの休憩中、背後からオレに棒で頭を殴られた。気を抜いたところへの不意
打ちであっさりと意識を失っている。そういや、友人の話によるとこいつは不意打ちで野
良実装を襲ったりしていたらしい。

 自分が不意打ちされるとは考えていなかったんだろうか?
 多分考えていなかったんだろう。

「さてと」

 オレは大きめの注射器を取り出した。注射器と言っても針は無く、細いチューブが付け
られている。中身はきな粉を混ぜた水100ml。

 それを総排泄孔から腹へと差し込み、ピストンを押し込む。

 ビク、とゴゴの身体が一度震えた。
 目蓋を持ち上げてみると、両目が緑色に変わっている。
 妊娠完了。


 こいつら実装石は、目の色が変わる、花粉を取り込む、生き物の精子を取り込む——な
ど特定の刺激があれば妊娠する。ただ、精子を取り込んだ場合を除いて、妊娠するのは基
本的に自分のコピーだ。それでも、偽石情報のコピーは不完全なので、性格や知能に個体
差が出る。なんとも奇妙な生き物だ。


 その後、仕事中に寝るなと叩き起こして、罰としてエサの量を半分にした。不服そうに
していたが、お仕置きが怖いので文句は言ってこない。

 それから妊娠した事に気づき、胎教の歌を歌っていた。
 近所迷惑になりそうなので一度お仕置きし、静かに歌うよう脅しておく。

 ついでに、ハンドル式の機械の隣に、実装石用のウォーキングマシンを置いておいた。
これも機械だと説明してある。






 10日目

 今日も変わらず、平常な一日。

「ゴゴはワタシのことを嫉んでいるみたいデス」

 ザツがそんな事を言ってきた。

 なるほどね。友人もゴゴが林の奥に住んでる賢い個体を嫌ってるとか言ってた。頭の回
転は速いが、根は愚かなゴゴ。自分のことを賢いと自負しているようだが、無意識の部分
では自分が賢くないという自覚があるらしい。

 その無意識の自覚が、賢い個体への嫉妬心として現れるのだろう。






 20日目

 実装石の妊娠期間は、数日から一ヶ月以上と非常にムラがある。実装研の調査によると
地域によって妊娠期間は違うが、法則性のようなものは見られない。まったく研究者泣か
せのデタラメ生物だ。この辺りの実装石は二週間ほどで出産に至る。

 生まれた仔は六匹。まあ、適当な数かな?

 午前10時

「生まれたデスー。ワタシの可愛い子供たちデスー」
「テチュ〜」
「ママー」
「テチー?」
「オナカスイタテチー」

 ゴゴがテチテチと騒いでいる生まれたばかりの仔実装を撫でている。
 ほのぼのとした親子の風景だ。

 ゴゴもすっかり今の環境に馴染んでいる。雨風に晒されず、外敵もなく、食事も保証さ
れた、野良には考えつかない環境。もう飼い実装気分らしい。飼い実装石登録も飼い実装
石認定試験も受けてないんで、厳密には飼いじゃないんだが。

「おい、ゴゴ」
「何デス、ニンゲン?」

 仔実装をあやしながら、オレを見上げてくるゴゴ。
 オレは仔実装六匹を眺めながら、

「出来が悪いヤツがいたら、オレに渡せ。処分する。部屋汚されちゃ困るからな。あと、
仔の不始末は親のお前の責任だ。そこのところ、忘れるなよ?」
「デ……。分かった、デス……」

 持ち上げた両手を凝視しながら、ゴゴはぎこちなく頷いた。だらだらと脂汗を流してい
る。騒いだ時や、エサをこぼした時、トイレ以外で糞を漏らした時、その他不始末をやら
かす度に、容赦なくこめかみをエグったオレの両手。

 ゴゴにとっては恐怖の象徴だった。

「あと、仔実装でも使える機械置いておくから仔も働かせるように」
「分かったデス……」



 それから、ゴゴが仔実装に色々教えている様子が見られた。

 オレは仔実装用の小さなハンドル回し機械を起き、逃げられないように高さ二十センチ
ほどの網のような柵を設置しておいた。







 21日目

 昨日生まれた仔の具合を調べるために、少し不味い味付けをしたエサを出す。

「マズイテチ…! モット オイシイモノ クワセル テチ…! コノ クソニンゲン!」
「ソウテチ! ワタチタチハ カイジッソウテチ!」

 文句を言ってきたのは二匹。

 よし、とオレはこっそり頷いた。ちゃんと糞蟲個体がいてくれて助かったよ……。全員
普通以上だったら、どうやってサンプルの仔を選ぼうかと考えていたところだ。栄養状態
が良好なので、糞蟲個体無しということも十分考えられるのである。

「ゴゴ……、こいつらは貰ってくぞ? もし手元に置いておきたいというなら、お前が代
わりにこいつらの罰を受けることになるが?」
「連れて行くデス……」

 オレの言葉に、ゴゴは顔を真っ青にして頷いた。子を守りたいという親の気持ちはある
ようだが、オレのお仕置きを受けてまで子を守る義理はないようだった。
 どのみち、このレベルの個体は普通は間引き対象である。





「チュ…アァ…ァァ……! イタ…イ…テチィィ……!」

 両目から涙を流しながら、弱々しい悲鳴を上げる仔実装。

 机の上に置かれたボードに、仔実装は両手両足を虫ピンで固定されていた。オレの操る
メスによって腹も手足も切り開かれ、中身が丸見えになっている。開かれた腹の皮や手足
の肉なども、虫ピンでボードに留められていた。

 麻酔などという金の掛るものは使っていない。

 箱庭のある部屋の隣にあるオレの自室兼寝室兼実験室。
 横には台に乗ったザツが手術の助手よろしく控えていた。

「ピンセット」

 言いながら血塗れのメスを渡すと、ザツは無言でそれを片付けてから、新しいピンセッ
トを差し出してくる。オレはそのピンセットを受け取った。

「テ…ナンデ…テチ…? ワタチタチハ…カイジッソウノ…ハズ…テチ……」

 虫かごに閉じこめられたもう一匹が、解剖された姉妹を凝視し、涙を流している。糞抜
き済なので、漏らしてはいない。その目に浮かぶのは、絶望と恐怖。

 飼い実装の生活は何不自由なく幸せなもの。親から受け継いだ偽石の記憶で、そう考え
ていたんだろう。あいにく、世の中そう甘くはない。

「なかなかいい具合に成長してるな、ジッソウタケ」

 解剖された腹の中を眺め、オレは満足げにピンセットを動かした。

 仔実装の肺や心臓、胃袋などに白い綿毛状のものが貼り付いている。ピンセットで摘ん
でみると、綿毛の一部が千切れる。ジッソウタケの菌糸。内臓にあらかた根を張りつつ、
手足の内部にも細い菌糸を伸ばしていた。しかし、手足に伸びる菌糸はまだ密度も薄く、
成長途中のようである。

「もうしばらくしたら、芽出すかな?」

 ジッソウタケに寄生された実装石から生まれた子は、生まれながらにしてジッソウタケ
に寄生されている。解剖写真を本で見たことはあるが、実物を見るのは初めてだ。

 胸にある偽石を菌糸が包んでいるが、これは偽石を食っているのではなく、偽石を保護
しているのだ。一種の偽石強化成分で、宿主の偽石を守っている。

 オレは解剖一号を横に置いてから、次のボードを取り出した。ピンセットをザツに差し
出すと、ピンセットを片付け、虫ピンの入った小箱を差し出してくる。

 虫ピン箱を受け取ってから、オレは虫かごから二号を摘み上げる。

「テ…テ…テェ……、テチュ〜ン♪ ニンゲンサンハ…コンナ カワイイ ワタチヲ…イヂメル…テチュ♪」

 媚びて来た。
 が、構わず虫ピンでボードに手足を固定する。

「チャァァァァ! コノ クソニンゲン! コノ カレイナ ワタチニ…コンナマネ シテ タダデ スムト——」
「やかまし」

 オレは仔実装の喉に虫ピンを突き刺した。声帯を壊され静かになる。声を潰され、何も
言えないと悟ると、今度は両目から涙を流して嫌々をするように首を動かしていた。

 こいつの中身も似たようなものだろうけど、一応確認しておかないといけない。

 虫ピン箱と交換した新しいメスを、オレは仔実装の腹へと突き刺した。






 28日目

 デェェ……。
 お腹空いたデス……。
 ご飯食べたのに物凄くお腹空いてるデス……。

 ゴゴは自分のお腹を押さえ、ため息をついた。
 少し前から、猛烈な空腹を感じる。子供を産んだせいかとも思ったが、以前仔を生んだ
時はこんなに空腹を感じることはなかった。
 それでいて、全身が重い。

「ママ……。お腹空いたテチ……」
「何だか、凄くダルいテチ……」

 少し成長した子供たちが、体調の不調を訴えている。昨日辺りからこの調子だ。倦怠感
と猛烈な空腹が身体を蝕んでいる。これは何かの病気なのかもしれない。

「んー? 仕事進んでないようだが、どうした?」
「デ……!」

 部屋に入ってきたニンゲン。興味あるような無いような、何とも言えない眼差しで箱庭
にいる五匹を眺めている。自分たちが変ということは分かってくれたらしい。

 一か八かの気分で、ゴゴは勢いよく頭を下げた。土下座して額を床に押しつける。

「ニンゲンさま、お願いしますデス。ごはんの量を増やして欲しいデス……! みんなお
腹が空いて上手く動けないデス……!」
「なるほどな」

 ニンゲンは考えるように眉根を寄せて、窓の外を一度見やった。
 青い空を流れている羽根のような雲。

「季節の変わり目だから体調崩したみたいだな……。仕方ない。しばらく仕事は休んでい
いぞ。あと、エサは少し栄養価の高いヤツを出してやる。それ食って早く身体治せ」
「デェェ……! ありがとうございますデスッ!」

 予想以上の対応に、ゴゴは思わず涙を流していた。



 その日の食事は、無添加実装フードにおからと挽肉と野菜ペーストを混ぜたものだった。
普段よりも栄養科は高い。しかも、普段の二倍ほどの量が出されている。
 ゴゴたち親子は貪るように、出された食事を全て胃に収めていった。



 ジッソウタケの菌糸が全身に伸びると、菌糸に栄養を奪われるせいで、実装石は猛烈な
空腹感に苛まれる。いくら食べても、肉体は何も食べてないのと同じだからだ。また、栄
養不足と菌の影響で、強い虚脱感を覚える。

 ジッソウタケを食べる場合は、キノコである子実体が生える前、この辺りの山実装を捕
獲しておく必要があるらしい。しかし、都合良くそんな山実装が見つかるわけでもなく、
実質運頼み。ジッソウタケが滅多に食べられない理由のひとつである。






 32日目
 午後4時40分

 おかしいデス……
 全然身体の調子がよくならないデス……
 なのに、何でこんなにお腹空くデス……?

 ゴゴは出されたエサを食べながら、混乱していた。
 身体に力が入らず、酷い倦怠感がある。野良生活中も何度かそういう病気にかかったこ
とがあった。しかし、今はそれらとは違う症状だった。無性にお腹が空く。

「長女、三女、四女、五女……」

 ゴゴは段ボールハウスに目を向けた。

 昨日までは娘たちも、食事をしていたのだが、今日は食欲が無いと言っている。昨日ま
での異様な食欲が嘘のように、何も食べる気がしないと言ったのだ。しかし、空腹は続い
ているとも言っている。

「ゴゴ」

 目を向けると、小さな手押し車を持ったザツがいた。いつの間に部屋に来たのかは分か
らない。柵の扉を開けて、箱庭の中に入ってきている。
 ゴゴは食事を中断し、ザツを睨み付けた。

「何デス……? ワタシに何の用デス?」

 険悪な口調で尋ねる。

 ゴゴはザツが嫌いだった。理由は自分でもよく分からないが、ザツを見ていると無性に
不愉快になるのだ。この感覚は初めてではない。野良暮らしをしていた時も、林の奥に住
んでいるヤツを見た時に同じ不愉快さを感じた。

「あなたの子をご主人様の所に連れて行くデス。このままでは確実に死んでしまうデス。
ワタシが連れて行くデス。だから、あなたの子をこの台車に乗せるデス」
「………」

 ゴゴはしばし迷ってから、

「分かったデス」

 子を取りに、段ボールハウスへと向かった。





 午後7時10分

「ニンゲンさん……ワタチたち、助かる……テチ……?」

 机の上に敷かれた紙に仰向けに寝かされた仔実装石四匹。実装服を脱がされ、その身体
を不安に震えさせている。原因不明の体調不良は、確かに怖いだろう。

「残念だけど、もう無理だね」

 オレは淡泊にそう答えた。

「テェェ……」

 四匹の仔実装は身体のあちこちに、白い突起物ができていた。腫れていない特大ニキビ
のようだが、それは子実体の芽である。ジッソウタケが仔実装の体内から、外へと出よう
としていた。体内はほとんど菌糸に覆われているだろう。

「何とかしてテチィィ」
「ニンゲンなら……何とかするテチ!」
「ワタチだけでもいいから助けるテチュ♪」

 泣く者、怒る者、媚びる者。まともに動かない身体で、それぞれ必死に助けを求めてき
た。実装石にとって人間は奴隷であり庇護者であり、万能の存在。親実装も当てにならな
い以上、オレを頼るしかないってのは分かる。だが、もう手遅れだ。

「無理だって。もう治せないところまで来てるから」
「どういう意味テチ……!」

 睨んでくる仔実装に、オレは時計を見やった。

「しばらくすれば分かるよ」

 もうしばらくだな。





 午後8時15分

 蓋のされた水槽に入れられた仔実装たち。開いた所に置いておくと面倒なので、オレが
移動させたのだ。正面にはビデオカメラが置かれ、仔実装の様子を撮影している。

「テェェ……。身体が、変テチィ……」
「何が……起こってる……テチ……!」

 その身体から、子実体が広がっていく。ゆっくりながらも目に見える速度。実装石特有
の非常識な生命力と再生力を、自らの成長力へと変化させ、ジッソウタケが胞子を宿した
笠部分を作り上げていく。さながら、花を咲かせているようだった。

 仔実装の身体や手足から、ヘラ状の小型の笠がいくつも広がっていく。緩慢ながらも着
実に。笠の色はほとんど白だが、所々茶色い色を帯びている。

 広がっていく笠とは対照的に、仔実装の身体も目に見える速度でしなびていく。ジッソ
ウタケになけなしの体力を奪われているのだ。

 だが、痛みはないらしい。

「テェェン……。身体から……何か生えてるテチィ……」
「何テチ……。何とかするテチ、ニンゲン……!」

 もうまともに動くこともできず、涙を流しながらオレに助けを求めていた。ジッソウタ
ケの生えた右手を力なく持ち上げるものの、何も掴むことはできない。

 オレはビデオでその映像を録画しながら、じっと仔実装を観察していた。

 仔実装の養分を吸い尽くしたジッソウタケは、胞子を撒くために子実体を広げる。





 午後11時25分


「テ……ェ……」
「テ……チ……ィィ……」

 しなびた仔実装から、ジッソウタケが生えている。

 ヘラ状の笠をいくつも伸ばした、白い舞茸のような見た目。人によってはグロいと言う
かもしれないが、これはなかなか芸術的だとオレは思う。

 割り箸でジッソウタケをつつくと、硬いスポンジのような感触が返ってくる。その辺り
は普通のキノコと言えるだろう。

 ジッソウタケを食べるにはこの時に切り取り、手早く料理するか、保存しておくかする
必要がある。なお、オレはこれを食う気はない。実験結果を食うのは色々とマズいし、こ
いつらのジッソウタケは、せいぜい市販の舞茸レベルの味だろうし。

「テェ……」

 仔実装の身体は動かず、ただ虚ろな眼差しを虚空へと向けている。

 胞子を飛ばした子実体は、明日の朝には萎れてしまう。ジッソウタケが滅多に見られな
いのも、その寿命の短さが最大の理由だ。

 飛び散った胞子は、地面に落ちたり草にくっついたりして、山実装に食べられる時を待
つのだ。動物などに食べられないように、時期が来たら一気に育ち、胞子を飛ばしてから
すぐに死んでしまう。

 まさに生命の神秘である。


 明日は仕事なので、録画したまま寝る。




 33日目
 午前6時

 目が覚めてから水槽を見ると、溶けたように萎れたジッソウタケと干涸らびて死んだ仔
実装が残っていた。水槽の中には白い胞子がうっすらと積もっている。
 録画されたビデオを早送りで再生してみると、仔実装からジッソウタケの笠が生え、萎
れていく様子がよく分かった。
 今度、実装研の仲間に見せてやろう。






 午後5時12分

 息苦しいデス……。
 お腹空いてるのに、何も食べたくないデス……。昨日まであんなに食べられたのに、今
は全然食べる気がしなデス……。ワタシもあの仔たちと同じデス……。

 あの子たちはどうなったデス……?

 ニンゲンに治療して貰ってるハズですけど、助かるデス……?


 ゴゴは箱庭の真ん中に仰向けになったまま、荒い呼吸を繰り返していた。自分が何かの
病に蝕まれているのははっきりと分かる。野良時代にかかた病気は、食べて寝ていれば数
日で治ったが、この病気は治るどころか悪化する一方だった。
 どこまで悪化するのかも分からない。


 ワタシ、死んでしまうデス……?
 デェェ! そんなコトは無いはずデス。きっと元気になるデス〜♪


 ゴゴは無理矢理思考をプラス方向に傾けた。





 午後6時30分

 定時に仕事を終わらせ、さっさと帰宅。

 箱庭の置いてある部屋に入ると、予想通りゴゴが箱庭の真ん中に寝ていた。仰向けにな
ったまま、苦しそうに呼吸をしている。ジッソウタケが笠を広げる時は、増殖した菌糸が
呼吸を邪魔して息苦しさを与え、実装石を風通しの良い場所へと移動させる。胞子を風に
乗せるためだ。



「ニンゲン……助けてデス……。苦しいデス……」

 オレを見ながら、ゴゴが涙を流している。その表情には微かな希望が見えた。人間がい
れば何とかなる——そんな儚い希望が。

 だが、仔実装たちと同じく、この状態から回復するのは不可能。抗生物質などを注射す
れば、ジッソウタケは殺せるが、残るのは栄養分を奪われた実装石の干物のみ。ジッソウ
タケによる偽石の保護作用も消えるので、そのまま死ぬ可能性が高い。

「残念だけど、もう手遅れだ。お前は今夜中に死ぬ」
「嘘デス……!」

 オレの言葉を即座に否定するゴゴ。気持ちは分からなくもない。死の宣告を食らえば、
否定したくもなる。だが、それで現実が変わるほど甘くはない。

 現実の前には心なんて無力さ……。

 クサい台詞はさておいて。

 オレはゴゴを両手で抱え上げた。実装服の上から身体を触ってみると、あちこちに芽が
出ている。そうしばらくすれば、皮膚と実装服とを破って子実体が生えてくるはずだ。
 部屋に用意して置いた水槽へと、ゴゴを下ろす。

 60cm×45cm×45cmのアクリル製水槽。
 傍らにはザツが控えている。

「何する……デス……! ニンゲン……!」

 動かない身体を何とか動かしながら、ゴゴがオレを睨み付けてきた。

 だが、オレは午後の視線を無視したまま、てきぱきとビデオカメラの用意をしていく。
三脚に固定したカメラの録画ボタンを押して録画が開始されたのを確認。

「ザツ、注射器」
「はいデス」

 ザツは用意してあった箱から、50mlの注射器を取り出し、差し出してきた。オレは受け
取った注射器のキャップを取る。きらりと銀色の注射針が光った。

「デェ……!」

 中身は薄い緑色の液体。実装活性剤である。廉価版ではなく純正品。生理食塩水で20倍
希釈したものだ。純正品は高いけど、効果は折り紙付きである。

 普通にジッソウタケが生える様子は昨日見られた。

 今回は、ジッソウタケが生える時に活性剤を注射したらどうなるかの実験だ。普通なら
弱り切った実装石に生えるジッソウタケ。もし、活性剤で無理矢理体機能を高めたらどう
なるか? 答えは分かってるけど、それでも試すのが実験の醍醐味。

「この病気も……お前が原因デス……か……!」

 不意にそんなことを言ってくるゴゴ。

 ん……?
 妙なコトを言う?
 原因かって訊かれりゃ、オレ以外に誰もいないだろ。ジッソウタケを食わせたのはオレ
なんだから。……んンー? 何だろ、この違和感は——?

 あ、分かった。

「お前……今までオレが原因って気づいてなかったのか……!」
「デェェ……!」

 オレの言葉に、ゴゴが怒りと驚きを見せる。

 そういや、こいつは最初にジッソウタケ食わせてからは、今まで適当に世話してただけ
だったな。途中でオレが原因で今の状態があると気づくようなことは一切してなかった。
何か注射するとか、変なもの食わせるとか、そういうことは全然してなかった。
 ジッソウタケも細かく刻んでエサに混ぜて食わせたし。

 それで、今の今までオレが原因だって気づいていなかったらしい。

 まぁ……体調崩した辺りで疑惑持つくらいはしていいはずだけど。ゴゴは頭の回転が速
いだけで、根は普通の実装石みたいだしな。仕方ない。







『ワタシはこれからどうなるデス……?』
『ん? 一応、友人の実験派に渡す予定だ。お前みたいに健康優良で頑丈そうな実装石探
してたからな。何するのかは聞いてないけど、エグい実験するんだろ、きっと』


 以前自分を虐待したニンゲンが言っていた言葉を思い出す。

 それが今の状況だ。

 飼い実装石にしたと勘違いさせて油断させてから、自分と子供を病気にしてその様子を
観察する。この男が自分を飼っていたのは、それが目的だったのだ。ようやく分かった。
分かったが、何もかもが致命的に遅すぎた。

「この……クソニンゲン……!」
「じっとしてろよ」

 ニンゲンが、ゴゴの胸へと注射器を突き刺した。
 ピストンが押し込まれ、薄い緑色の液体が胸の中へと流し込まれていく。

 ドクン、と心臓の鼓動が大きくなった。今まで力の入らなかった手足に不自然なほど力
が漲ってくる。このまま跳ね起きてニンゲンを殴り倒せそうなほどに。だが、漲る力とは
裏腹に身体は動かない。

 ニンゲンが注射針を引き抜き、どこかへ片付けたから、ゴゴの入れられた水槽にガラス
の蓋を被せる。好奇心に目を輝かせながら、ゴゴを見下ろしていた。

「デ、デッ……」

 身体の中で何かが蠢いている。
 痛みは無いが、猛烈に気持ちが悪い。

 不意に、何かが裂ける音がした。

 胸や腹、手足から、白い何かが吹き出した。実装服を突き破り、突如として生えてきた
植物の花びらのような形をした何か。野良時代に森で見たキノコに似ている。

 不思議と痛みはない。

「こいつが……ワタシの病気の正体デスか……!」

 そう叫んだつもりだが、声は出なかった。

 白い花びらのようなキノコが、見る間に成長していく。花びらのような部分が大きくな
り、新たな花びらのようなものが生まれた。今までタケノコが一日で実装石の身長以上も
伸びるのは見たことがあったが、このキノコの成長の早さはその比ではない。

「活性化された実装石の再生力を、自分の成長力に変えてるのか……!」

 ニンゲンが興奮したように自分を見下ろしている。死に向かっているゴゴを助ける気は
微塵もないようだった。いや、ニンゲンが見ているのはキノコであって、ゴゴ自身のこと
は全く気に留めていない。

「死ねデス……! このクソムシニンゲンが……デスゥ……!」

 声にならない声で罵倒するが、どうしようもなかった。

 今まで何もなかった部分からも、新しいキノコが生え出している。それも、キノコとは
思えない速度で成長を始めていた。さながら無数の花が咲くように、ゴゴの身体のあちこ
ちからキノコが生え、成長を始めている。

 やがて、その視界もキノコに覆われ、何も見えなくなった。





 ジッソウタケの急激な成長は、十分ほどで終わった。

 中型水槽を埋め尽くすほどに成長しまくったジッソウタケ。その姿はさながら、咲き狂
った白い巨大な花である。ゴゴの身体はジッソウタケの底に埋もれていた。普通のジッソ
ウタケがここまで無茶苦茶に生えることはない。
 活性剤の効果だった。

「凄いな……」

 思わず呻く。

 オレはガラスの蓋をずらし、割り箸でジッソウタケの笠の一枚をつついた。

 ぽろりと崩れる白い笠。

「中身はスカスカか。知ってはいたけど」

 見た目は勢いよく成長したジッソウタケだが、子実体として胞子を作るの機能はほとん
ど無いと言っていい。活性剤を投与した場合、ジッソウタケは活性化された再生力を使っ
て急成長するが、菌糸がその異常な成長速度に追いつかないのだ。

 結果、その大きさの割に、子実体自体はスカスカで非常に脆い。胞子もほとんど作られ
れていない。少ない胞子も、機能が不十分で発芽する確率はゼロに等しい。

「さて、実験もあらから終わったし、レポートにまとめるか。その前に晩飯だな。ザツ、
少し早いけど晩飯にするぞ」
「分かりましたデス。ご主人様」

 ザツの返事を聞きながら、オレは座布団から立ち上った。

 レポートはラキスタのヤツにも見せてやろう。きっと喜ぶぞー。






 34日目
 朝5時40分

 薄暗い室内。
 ザツはホウキを持って、箱庭の置かれた部屋を掃除していた。
 掃除は毎朝の日課である。

 ニンゲンの元にいれば、野良実装石よりも遙かに安心した毎日を送ることができる。そ
して、自分がここで飼い実装石として平穏無事に暮らすには、毎日真面目に仕事をする必
要があるのだと、ザツは理解していた。



「哀れな姿デス……」

 水槽の中を見つめ、ザツは小さく呟いた。

 萎れた禿裸となったゴゴ。昨日全身を覆っていたジッソウタケは、崩れて周囲に落ちて
いた。残ったのは養分を奪われ、干物となった抜け殻のみ。それでも、今まで見てきた検
体実装石としては、比較的楽な最後を迎えられただろう。

 ザツは水槽の傍らで、萎れたゴゴを見下ろした。

 とうに死んでいると思ったのだが——
 不意にゴゴの目が動き、ザツを睨み付ける。

「デェ……」

 視線に込められた殺気に、ザツは思わず半歩後退った。





 それデス……!
 その目デス!
 ワタシを哀れむようなその目デス……!

 何もかも悟ったような、その目デスッ……!

 それが気に食わないんデス……! お前も……あの林の奥の実装石もデス……! 何の
理由で、ワタシを哀れむデス! 生意気デス、お前は何様だっていうんデス! お前は、
お前らは、ワタシを哀れむことができるほど、偉いとでも言うんデスかッ!



 瀕死の状態ながら、ゴゴは辛うじて命を残していた。昨晩正規品の活性剤を注射された
おかげだろう。しかし、それでも限界はすぐ近くまで迫っていた。菌糸によってずたずた
に壊され機能を失った内臓や筋肉、骨、神経。偽石も砕ける寸前だ。

 実際、あと一時間も経たずに死を迎えるだろう。

 だが、消える前のロウソクが勢いよく燃えるように、ゴゴは死にかけた命を憎しみと怒
りに燃やしていた。この家でのうのうと暮らしているザツと、ニンゲンに言いように弄ば
れ死に瀕している自分。あまりにも歴然とした差だった。

 その怒りが、動かない喉を動かし、か細い声を絞り出す。

「何……ガ……違う……デス……ッ……!」
「………」

 ゴゴの気迫に戦いていたザツだったが。
 再び哀れむようにゴゴを見下ろした。

「あなたがここにいるのは、ニンゲンに手を出したからデス。野良実装石はニンゲンには
関わっては駄目デス。そこで実装生が終わるデス……」

 哀れみの視線に混じった、諦めの感情。それはゴゴに向けられたものか、自分自身に向
けられたものかは、誰にも分からなかった。

「ワタシみたいな飼い実装石は、ニンゲンから離れては駄目デス……。ニンゲンの奴隷に
なって暮らすしかないデス……。でないと、凄く苦しむデス」
「な……に……ヲ……」

 訊き返すが、ザツは一方的に続けた。無感情に淡々と。

「ゴゴ。あなたは、生き方を間違ったデス。自分の能力を越えたことを出来ると勘違いし
たのが、全ての原因デス。大人しく野良実装として謙虚に暮らしていれば、家族を失うこ
ともなかったデス。ここで実験台になって惨めに死ぬこともなかったデス」
「デ……」



 ワタシの生き方が間違っていたデス……?


 確かに、ニンゲンの作った野菜を盗んでこうなったデス……。
 野菜を盗もうと言った時、妹は反対してたデス……。でも、ワタシは妹の態度を臆病者
と押し切り、ニンゲンの作った野菜を盗んでいたデス……。


 でも、妹の反対を聞いて、林の中で暮らしていたら……どうなってたデス?


 少なくともここにはいないデス……。
 こんなに苦しい思いをすることもなかったデス……。
 妹が殺されることもなかったデス……。
 林で生んだ可愛い娘たちが、ニンゲンに嬲り殺されることもなかったデス……。
 無理矢理生まされた仔も、焼かれて食べられることはなかったデス……。


 ワタシは……
 妹が死んだのも、娘たちが死んだのも、今ワタシが死ぬのも……


 全部ワタシが原因だというのデスか……!





 ザツの声が聞こえた。

「あなたは愚かデス。それが、全ての原因デス」





 愚か……
 ワタシが愚かデス……?


 デププ……
 デプ、デピャピャピャピャー!


 まさにその通りデス!
 ワタシが愚かだったんデス!
 何で今まで気づかなかったんデス!


 このザツも、林の奥のやつも分かってたんデス!
 だから哀れんでたんデス!
 ワタシだけが気づいていなかったんデスッ……!


 ようやく分かったデス……


 ワタシは自分が賢いと思いこんでいた、ただの愚かな糞蟲だったデ……ス……



 パキッ。








「死んだデス……」

 自壊したゴゴの死体を見ながら、ザツは静かに呟いた。

 実験派の男の元で雑用係として暮らすことはや三年。その間に、何匹もの実装石が死ぬ
のを見てきた。だが、自分はどうすることもできなかった。助けることはできず、励まし
の言葉すらかけられない。

 他の実装石に対して、自分が無力なのは身に染みて分かっていた。

「ゴゴは幸せに死ねたデス……」

 最後まで何故自分がこんな酷い目に遭っているのか理解できず、やみくもに嘆きながら
生を懇願して死んでいく。そんな実装石は今まで何十匹も見てきた。それらの実装石に比
べれば、ゴゴはいくぶん幸せな最期を迎えられただろう。

 形はどうあれ、自分の疑問を理解して死ねた。

 もっとも、ゴゴ当人にとってそれが幸せかは、ザツにも分からない。

「ワタシは何でこんなことをしているんデス……?」

 ザツは自問してから、掃除を再開した。

 ザツの問いに答える者はいない。





 私的実験 No.125
 賢い個体の観察

 実験内容
 知能の高い実装石を雑用実装石として使いつつ、実験によって死んでいく同族の姿を何
度も見せる。助けることはおろか、励ますこともできない状況で、どのようなことを行う
か、どのような思考や感情を見せるか観察する。
 現在、実験進行中。



 END

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