餓偽石 親指ほどにも小さな親指実装がわらわらと蝟集しているので何だろうと覗いてみると、 どうやら野垂れ死にをした実装石に群がっているようだった。小さな口でクチャクチャク チャクチャ、齧って千切って咀嚼する。実装石の死骸は表皮を食い破られて、ぐずぐずと した肉片と化していき、小一時間もすると綺麗さっぱりこの世の中から消えて失せた。 親指たちは満腹することを知らないように今度は互いを貪りはじめて、どんどん数を減 らしていく。数が減るごとに、親指だった実装石たちは拳大ほどにも大きくなって、最後 に残った一匹は、仔実装以上成体足らずといった大きさにまで成長していた。 くるんと振り向いて、ぼくへ向かってデッスーンと媚びて見せる。その声はもうすっか り成体実装のそれだった。ぼくはそいつを連れて帰って、よく洗って天日で干して、さっ ぱりとした一匹の飼い実装に仕立てた。 そいつが子供を産んだのはぼくがゴミ箱へと投げ捨てたティッシュのせいなのだろう。 気がついた頃には、洋式便器に跨り両目を真っ赤に染めながら先走りの粘液をダラダラと 垂れ流しているときだった。どうしてぼくに止めることができただろう。 テッテーレー テッチューン テレッチチユーン 次々と生まれ出る仔実装たち。拳ほどの大きさの仔実装が三匹、親指ほどの大きさなの 仔実装が二匹、蛆実装が四匹。便器からあふれそうなほどの大量出産だった。 大きな衣装ケースをひとつ空けて、仔実装たちをそこへと移した。実装石は半透明のケ ースをポスポス叩いて、生まれたばかりの我が子から隔離されたことへの憤りを示してる らしい。 仕方がないので、一匹の仔実装を手渡してやると、迷いなくブチりとその頭に食らいつ き、胴を残してその頭をくちゃくちゃと噛み砕いた。残った体もあんぐりと口を開け、パ クンとひと飲みにした。それでいて、またしてもポスポスと衣装ケースを叩くのだ。 ぼくは間違っていた。ただ、おあずけを食らったことが不満らしいのだ。だけどもぼく は仔実装たちも育ててみたかったので、これ以上実装石に子供を手渡すことを拒否した。 だけども、カエルの子はカエルというやつらしくて気がついたらケースの中の仔実装たち も餌を十分にばらまいていたにも関わらず、共食いをはじめた。 生き残ったのは、仔実装の一匹だった。もう一匹の仔実装も、親指も、蛆実装も、みん な平らげてしまった。なんだかなあと思って眺めていると、その仔実装が腹を押さえて急 にのたうちはじめたので、なにごとかしらと思って眺めていたら、腹を喰い破って一匹の 蛆実装が飛び出してきた。爪の先ほどしかなかった蛆実装だが、その体は食い破った姉妹 の頭ほどにも太く大きくなっていた。蛆実装はしばしケースの中をレフレフ言いながら夢 中で這い回っていたが、体液をまき散らしながら七転八倒している姉妹の姿を認めると、 パクンとその頭に食いついた。 蛆実装には親実装がそうしたようには姉妹の頭を噛み砕けない。ゆっくりとゆっくりと、 その体よりもずっと大きな姉妹の体を飲み込んで行く。蛇が卵を飲み込むようにゆっくり と、その口は大きく拡がり、紡鍾形の胴がぼっこりと膨らむ。すっかり姉妹を飲み込んで しまうと、ころころとした球体のようなへんてこな蛆実装になる。膨張した体が時が経つ につれて元の紡鍾形に戻った頃には、ふたまわりも大きな蛆実装に変わっていた。実装石 の頭ほどにも大きな蛆実装だ。 ケースから外に出した蛆実装と親実装だが、二匹は互いの存在が全く目に入らないよう に振る舞った。ただ、片方が背を向けると、もう片方がじっとその姿を見ていることに気 がついた。そして相手の視線の中に入ると、何もない風を装ってデスデスやらレフレフと 鼻歌のような鳴き声をあげてそしらぬフリをした。 互いの力量を認め合った、一種の冷戦状態なのだろう。この均衡を破ったのは、またし ても始末の悪いぼくのティッシュだった。 蛆実装はレフレフとゴミ箱をよじ登り、ゴミ箱の中に頭を突っ込む。ゴミ箱は縁にかか った蛆実装の質量により傾き倒れる。散乱したティッシュの中で蛆実装はレペペペペと奇 声を発しながら転げまわると、その右目が徐々に真っ赤になっていく。胎内ではその幼生 が急速に生産され、胴体は仔実装を丸呑したときのようにぼっこりと膨らむ。尻尾とも胴 とも判然としない身体の境界線上にある排泄孔が腫れ上がり、熟れた果実のようにその亀 裂から粘液を垂らす。 実装石は蛆実装の懐胎を見逃す筈もなく、猛然と蛆実装に向かってデッスーンと突進し た。懐胎・出産という無防備な状態の敵手を捕食する絶好の機会である。ところが、蛆実 装は大きな頭をひょいと持ち上げ、迫り来る実装石を無表情に見つめていた。むしろ実装 石の接近を待ち構えているかのような様子をしていた。 今まさに蛆実装に覆いかぶらんとしている実装石が食らったのは柔らかな蛆実装の肢体 ではなく、猛烈な勢いで噴出した蛆実装の子供だった。それも口にではなく無防備に晒さ れた腹部にである。 機銃のような連射で蛆実装の排泄孔からは小さな蛆実装が出産され、蛆ツブテとして実 装石に襲いかかる。致命的なダメージではなかったものの、実装石が身体をくの字に曲げ て喘いでいるところを見ると、同族のボディブロー程度の威力はあるようだ。噛み付きの 他に暴力の手段をもたない蛆実装の、意外な武器である。通常の実装石よりも長い直腸が あの加速を生み出しているのだろうか、蛆ツブテの飛距離は30センチほどにも達した。 それでも、弾体は脆くも実装石の体表で潰れるばかりで、成体実装の表皮を貫くには至 らない。じりじりと後退する実装石はついにその射程のぎりぎりにまで達した。足元でプ チプチと潰れていく蛆ツブテ。しかし、蛆実装がひょいと尾っぽを持ち上げると、蛆ツブ テは弾道を描いて宙を飛び、僅かに飛距離を増して実装石の頭部にヒットする。飛距離を 増した分蛆ツブテの威力は減じて、ひしゃげることもなく実装石に着地する。すると、蛆 ツブテはレフレフと実装石の孔という孔を目がけて這い出した。 実装石は凄まじい悲鳴をあげた。眼球に鼻腔に耳道にと殺到する小粒の蛆実装たちは、 内側から実装石へと歯を立てたのだ。じたばたと転げまわるうちに、何匹かの蛆実装は孔 から転がりだしたが、数十匹単位の侵入を許した今ではほとんど無意味だった。そんな破 壊工作員たちの母体である蛆実装も弾切れらしく、総排泄孔からプピュッと透明な粘膜を 搾り出すと、のた打ち回る実装石にのそのそと履い寄る。そして、そのガマ口のような大 きな口をパックリと開いて、足元から母親であるところの実装石を飲み込み始めた。実装 石も自らの状況に気がついて、足をバタバタとさせてもがいたが、蛆実装の身体はぼよん ぼよんと波打つばかりでその侵食を留める威力はなかった。 足から股に、股から腰へと飲み込まれていく実装石。上半身はいまだに元気よく暴れて いたが、勝敗は決したように思われた。ところが、ここにきて実装石は窮鼠と化して反攻 を開始した。一瞬、外から内からの大小の蛆実装たちの侵食のことを忘れたようにピタリ と鳴き止むと、いきなり上半身をぐいと持ち上げて蛆実装へと腕を伸ばした。その姿はま るで人魚の前屈のようだが、次にとったのはその尻尾の先端に噛り付くという行為だった。 ガジガジと歯を立てて蛆実装の身体を貪る実装石。蛆実装も半ば飲み込んだ実装石に喉を 塞がれ声こそ出さなかったが、その顔には苦痛と涙がありありと浮かんでいた。相呑む形 となった二匹だが、その侵食の速度はほぼ等速だった。蛆実装が実装石を飲み込む速度は ひどくゆっくりだったが、実装石も尻尾の先端こそペロリと平らげてしまったが、胴に近 づくに連れて姿勢に無理がかかって、その速度は遅滞していた。なにより、蛆実装を平ら げるということは半ば飲まれた自らの身体を平らげることと同義なのだ。 二匹の攻防とも言えないような攻防は長く続いたが、終わりは唐突だった。ほとんど頭 だけを残して互いに埋没した親子の姿は、太極図のような構図と化していた。どちらが喰 わえているのも、互いであり自身であり、そこには捕食者も被食者もなく自らを貪る蛇の 観があった。そして最期には、凝縮された緑色のボールのようなものと化して、ついには ポンと空気の弾けるような音を立てて、二匹の存在はかき消えてしまった。残されたのは、 キラキラと輝く一個の偽石だけだった。 偽石は公園に捨てた。 物珍しそうにわらわらと偽石の回りに群れなす野良の実装石たち。中でも、ひときわ大 きな野良実装が偽石を手にとり埃を払うと、チュルンと一呑みにしてしまった。回りの野 良実装たちは羨望の眼差しで見つめている。ご馳走を独り占めされたことに不満の声を漏 らす者はなかった、大きな野良実装はどうやらこの公園のボスといったところなのだろう。 ボス実装はケプッっと満ち足りたおくびを吐いた。そして、変化は突然だった。ぷくぷく とした肌は急激に水気を失い、土気色に変色する。ツヤツヤとしていた豊かな毛髪は乾い て縮れて、はらはらと抜け落ちてまばらになった。身体は気の抜けた水風船のようにみる みると萎びて、腹だけがぼっこりと丸みを保ち、体型に合わずにブカブカになった頭巾と 衣装を纏った姿はさながら亡者じみていた。 自らの異変に気づいたボス実装は、縮みゆく身体に詰め物をするかのように、周囲の同 族たちに牙を向いた。ボスの急な変容に腰を抜かした野良実装の肩を掴むと、ひと口でそ の顔面をかじり取った。ふた口で頭は消失し、まるごと一匹の野良実装を平らげるのに十 秒とかからなかった。まるで満たされた様子もなく、手当たり次第に襲いかかる。ただ逃 げ惑うばかりで、抵抗する者はなかった。ボス実装はひたすら肉を食らい血を啜り、それ でも飽き足りないかのように身体にベタベタと肉片を擦り付けながら、ひたすら同族の血 肉を求めて公園中を狂奔した。抗う術もなく、またたく間に公園中の野良実装は一掃され る。 ボス実装は焦点の合わない目でせわしなくあたりを見回していたが、ついに捕食できそ うな同族は、蛆の子一匹見つけられなかった。身体中に貼り付いた肉片を舐め啜り、つい には自らの手足に齧り付いた。痛みをまるで感じていない、むしろ恍惚した表情で自らを 貪るボス実装はの姿は、貪りあった末に互いを貪り尽くした二匹の親子の姿と重なった。 そしてやっぱり、ポンと空気の弾けるような音を立てて、一個の偽石と成り果ててまた元 通り、公園の地べたに転がる。ただ違ったのは、公園には一匹たりとも実装石が残っては いないことだけだった。 偽石はそのものが生命を持って脈打っているかのように、艶やかに濡れて夕日を受けて 輝いていた。ちっぽけな欠片のような偽石が、今では十倍にも大きく肥大していた。ぼく はそれを残して公園を後にした。次の日にも偽石はそのままで、翌日もそうだった、三日 目になって偽石は消えていた。街から実装石の姿がかき消えたのは、ほんの一週間後の出 来事だった。
