タイトル:【虐・他】 中途半端な賢さは…
ファイル:野菜泥棒実装石.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:5573 レス数:0
初投稿日時:2010/03/04-23:57:38修正日時:2010/03/05-20:37:02
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 街外れに暮らしている叔父が、家の畑を実装石に荒らされて困っているから何とかして
欲しいと言ってきた。作家という色々と暇だったり暇じゃなかったりする身分で、実装生
物に詳しいということで俺に頼んだきたらしい。
 ついでに留守番も頼まれている。





 というわけで。

「デェェン……! 許して欲しいデスゥゥ」

 俺の前に転がっているのは、成体実装石二匹に生まれて間もない仔実装石が五匹。成体
の一匹は妊娠しているらしく、両目が緑色で腹も大きくなっている。
 成体は二匹とも健康状態は良好で恰幅もいい。
 仔実装も親同様血色が良い。

「テチィィ……」
「ごめんなさいデス……! ワタシたちはただ子供たちに美味しいものを食べさせてあげ
たかっただけデスゥゥ! どうか、どうかご慈悲を下さいデスゥゥ!」

 五匹固まって泣きながら震えている仔実装たちと、必死に土下座している親実装石と妊
娠実装石。この二匹は姉妹らしく、協力して生活しているようだった。

「ま、よくある事と言えばよくある事だしな」

 俺は万能リンガル片手に空を見上げた。時間は午前十時ちょっと前。今日は薄曇りで空
気もそこそこ涼しい。そろそろ夏も終わり、季節は秋に近づいている。

「簡単ナ仕事ダッタ……」

 居候薔薇実装の紫電が、親子を見つめている。

 畑から百メートルほど離れた場所にある林の草陰にこの畑泥棒の巣があった。木の枝と
草とをテント状にした家である。どこからともなく段ボールを見つけてくる実装石でも、
さすがに街外れで段ボールを手に入れるのは無理だったらしい。

 一応灌木の影という人目に付きにくい場所に家を作り、草や木の枝を利用した迷彩も評
価しよう。だが、薔薇実装の偽石探索能力の前には無力だった。

 必要最低限のものしか置かれていなかったのは、すぐに逃げ出せるためか。

「さて、泥棒実装石。言い残すことはあるか? 今際の言葉くらいは聞いてやるぞ」

 叔父の家の物置から持ち出した木の棒を動かしつつ、俺はそう告げた。適当に見つけて
潰しておくつもりだったので、虐待道具は持ってきていない。殴り殺してから処理スプレ
ーを掛けておけば、それで終了である。

「どうか命だけはお助けをデス!」

 妊娠していない親実装、姉実装石が泣きながら俺を見上げてきた。涙と鼻水と涎を垂れ
流した凄い形相である。なんというか、気色悪いなー。

「それだけか?」

 俺はおもむろに棒を持ち上げた。

「これで見逃して欲しいデスッ!」

 言うが早いか、実装石は自分の髪と服をむしり取る。前髪と後ろ髪、頭巾や実装服に前
掛けや、パンツ、靴までも全部自分の手で捨て去った。

 おいおい、自分から禿裸になるとは……。

「お前もデスッ!」
「デェェェエェ!」

 それどころか、妹の妊娠実装石に掴み掛かり、その髪をむしり取り、実装服を破り捨て
る。妊娠実装石は泣きながら抵抗しているものの、姉実装の勢いの方が強かった。
 抵抗らしい抵抗もできずに、禿裸に。

 それだけでは終わらない。

「お前たちもデス!」
「テチィィィ」
「ママァァ、止めるテチャァァァ!」

 さらに、自分の娘たちも禿裸に剥いていく。

 悲鳴とともに抵抗するも、成体と仔の力量差は明らかだった。逃れることもできず、髪
を毟られ、服を奪われ、禿裸の仔実装が放り捨てられる。

「カワイソウ……」
「ここまでやるかー?」

 その狂乱ぶりに、俺は叩き付けようとした棒を下ろした。

 ほどなく、禿裸の実装石たちができあがる。最初に自ら髪と服を捨てた実装石が、毟っ
た髪や服を小山にして俺の前に置いた。服は他の実装石から奪えば何とかなるだろうが、
髪はもう再生しない。こいつらの余生はもはや終わったに等しい。

 妊娠実装石も仔実装たちも、涙を流したまま放心している。

「ニンゲンさん、どうかこれで見逃して欲しいデス……! ワタシたちは他の場所に行く
デス。だから、今回だけは見逃して欲しいデス……! どうか、お願いしますデスッ!」

 そう言って地面に額をこすりつける実装石。

 うーん、ここまでやる根性は凄い。それは、正直感心する。どうせ一匹くらいは残して
禿裸に剥いてリリースするつもりだったんだが……。

「ま、いいだろう。今は見逃してやる。だが、次会った時は容赦しない」

 俺はそう告げて、踵を返した。








 人間が去ってから、姉実装は静かに歩き出した。林の奥に向かって。

 禿裸となった妹の妊娠実装石も一緒に歩き出す。
 後れて付いていく姉の仔実装たち。

「………」

 無言のまま林の中を歩いていく、七匹の実装石。木の少ない林の中は明るいが、親子を
包む空気は暗く、重いものだった。命こそ助かったが、命以外は全て失っている有様であ
る。陽気に振る舞うのは無理だろう。

 沈黙に耐えかね、仔実装が口を開いた。

「ママァ……」
「もうワタチたち、おしまいテチ……」

 仔実装たちは、両目から涙を流したまま、親実装を見つめていた。禿裸の実装石に未来
はない。それは仔実装でも分かることである。

「大丈夫デス。安心するデス」

 そう振り返った親実装の顔に絶望の色は無い。
 さきほどまで纏っていた暗い空気もいつの間にか消えていた。それどころか、口元には
得意げな笑みを浮かべている。

「今までお前たちには黙っていたデスけど、服を失った時のために野良から奪った実装服
があるデス。こんな時のための予備デス。今からそれを取りに行くデス」
「テェ……!」

 仔実装たちの顔に希望の光が灯った。

 服がある。それだけで、禿裸とは雲泥の差がある。まさに、地獄に差した光明だった。

 そこに、妹妊娠実装が続ける。

「それに、髪が生える魔法の薬もあるデス」
「テェ!」
「魔法の薬テチ……!」

 仔実装たちが希望に満ちた眼差しを妊娠実装に向ける。

 予備の服があった。それだけではなく、髪の毛の生える魔法の薬もある。未来に絶望し
きっていた仔実装たちにとっては、まさに福音だった。

「人間が作ったお薬デス。ママが昔偶然手に入れたデス。それを飲むと、髪が無くなって
てもしばらくすると元通りに生えてくるデス」

 胸を張り、得意げに答える姉実装。

「ママ、凄いテチ!」
「やっぱり、ワタチたちのママテチ!」
「尊敬しちゃうテチュー」
「そんなに褒めるなデスゥン」

 顔を赤くしながら、後ろ頭を掻く姉実装。

 一度大きく息を吐いてから、妹実装が姉を見やる。

「それにしてもお姉チャ、迫真の演技だったデス……。あのニンゲンもすっかり騙されて
いたデス。ワタシも本気で実装生捨てるかと怖くなったデス……」
「敵を騙すには、まず味方からデッスン」

 妹にそう答えてから、自分の娘たちを見つめ、

「隠していて済まなかったデス。でも、お前たちに事実を教えてたら、あのニンゲンにボ
ロを見せることになったかもしれないデス。そうなったら、今頃ワタシたちは生きていな
いデス。そこは許して欲しいデス」
「分かったテチ!」

 仔実装全員が、親の賢さに感心している。禿裸で実装生が終わったと思った所に、親の
賢さを見せられたのだ。許さない理由はないだろう。

 姉実装はしたり顔で腕組みをしてから、

「しかしデス……。ほとぼりが冷めるまではあの畑には近づけないデス……。さっきのニ
ンゲンは明日にはいなくなっていると思うデスが、油断は禁物デス」
「あの草美味しかったテチ……」

 仔実装が名残惜しそうに口を押さえている。野菜の味を思い出しているのだろう。そこ
らに生えている食べられる草や木の実と野菜では、味にも栄養にも格段の違いがある。

 姉実装が口を開いた。どこか勝ち誇ったような口調で、

「でも、ワタシたちはどこか行くと言っただけで、戻らないとは言っていないデス」
「しばらくしたら、またあの辺りに新しいおうち作るデス。その頃には、ワタシの子も生
まれているかもしれないデスー」

 妹実装が自分のお腹を撫でながら、嬉しそうに笑っている。

「アナナタ達ハ、野良トハ思エナイホド頭ガイイ……」
「褒めても何も出ないデスー」

 姉実装がご機嫌に答えてから。

「………」

 ぴたりと空気が止まった。

 全員が一斉に振り向く。

 そこには、一匹の実装生物が佇んでいた。薄紫色の髪と紫色の眼帯、黄色い目、薄紫色
の服を着て、首には紫色の首輪を付けている。音もなく、地面から少しだけ浮いていた。
両手で四角い機械を抱えた薔薇実装。

 紫電はゆっくりと実装石親子を見回した。

「デモ、中途半端ナ賢サハ……得テシテ、身ヲ滅ボス……」
「お前、いつからそこにいたデス!」

 身構えながら思い切り睨んでくる姉実装石。
 それを淡泊に見返しながら、紫電は正直に答える。

「サッキカラ、ズット……。アナタ達ノ後ロヲ付イテキテタ……」

 隠すほどのことでもない。

 去り際の家主さんに万能リンガルを渡されてから、紫電は林の方に向かった実装石を尾
行していた。特に隠れるようなことはしていなかったが、この実装石たちは気づいていな
かったようである。無論、リンガルは録音モードに設定してあった。

「デシャアァァァ! 全然気づかなかったデス! 卑怯デス、存在感薄すぎデス!」

 妊娠実装石が紫電に右腕を向け、叫ぶ。ぽふぽふと右足で地面を蹴りながら。
 紫電はちらりとその実装石を見やった。

「とにかく、お前は生かしておけないデス!」

 言いながら近くに落ちていた木の枝を拾い上げ、姉実装が殴りかかってくる。野良実装
石にしては、そこそこいい動きだった。何か自主的に特訓しているのかもしれない。

 だが、紫電はごく普通に右手を突き出した。

「デギョ……!」

 くぐもった悲鳴とともに、姉実装石が地面に転がった。持っていた木の枝が一回転して
地面に落ちる。口元から血を流しながら起き上がっているが、動きはぎこちない。

「このクソムラサキ……」
「カワイソウ……」

 薔薇実装としては破格に弱い紫電だが、野良実装石に後れを取るほど弱くはない。いく
らか鍛えてていても、素の実装石に毛が生えた程度の強さである。
 実装石が強くなるには、本気の覚悟と修練が必要だ。

「お待たせー」
「デ!」

 さらに固まる実装石たち。

 紫電が振り向くと、大きな紙袋と古いバケツを持った家主さんが立っていた。

「どだった? まあ、今の様子見れば大体想像付くけど……」

 気楽に差し出してきた左手に、紫電は持っていた万能リンガルを渡した。

 ボタンを動かし、そのログを読みながら、家主さんは苦笑している。一通りログを読み
終わってから、呆れたような表情で禿裸の実装石たちを見下ろした。

「人間を出し抜こうとした努力は認めるよ。ただ、そこまで賢いなら野菜泥棒なんて考え
なきゃいいのに。根本的な部分がズレてるよな、お前らって……」
「約束が違うデス!」
「?」

 姉実装が叫んだ言葉に、家主さんが不思議そうな顔をする。リンガルに表示された文字
と怒り顔の姉実装を交互に眺めてから、再び首を傾げた。

「ワタシたちは大切な髪と服をお前に差し出したデス! それで、ワタシたちを見逃す約
束デス。ニンゲンだったら、ニンゲンらしく約束を守るデス!」
「なるほどねぇ、確かに人間なら約束を守らにゃならん」

 顎に手を当て、視線を持ち上げる家主さん。
 脂汗を流しながら、姉実装は家主さんに右手を向けている。さきほどの会話のことを言
っているようだった。髪と服を差し出したから、見逃すという会話。

 震えながらも精一杯の虚勢を張り、妹実装石が加勢する。

「そ、そうデス! 約束は守るのが道理デスッ」
「だから、お前たちをシメに来たんだが?」

 こともなげに、家主さんが言い切った。

「何でデス! 約束が違うデス!」
「俺はさっき見逃したけど、次会った時は容赦しないとも言ったぞ? 忘れたか?」

 姉妹実装石を見下ろしながら、にやりと凶悪な笑みを浮かべる。紙袋から取り出した八
十センチほどの丸い木の棒をくるくると動かし、

「今が次会った容赦しない時だ。俺は約束は守る主義でな」
「デ……」

 一歩後退る姉妹実装。自分のはったりが通じなかったことに戸惑ったか、出し抜こうと
したら逆に出し抜かれていたことに驚いたのか。はたまた両方か。それは紫電の知るとこ
ろではなかった。どのみち興味もない。

 家主さんは紙袋を置いて一歩前に出た。

 実装石たちの前に差し出した手には、金平糖のようなものが乗っていた。

「まず、この低圧ドドンパを食ってもらう。実装石の糞抜きは基本だからな。それから、
案内してもらおうか? お前の隠れ家に」
「はい、デス……」

 実装石たちは頷くしかなかった。








 林の奥にその実装石たちの隠れ家があった。

 話によると、こっちが本家で、畑の側に作った巣は、野菜泥棒をするための別荘のよう
なものだったらしい。子育てで栄養が必要だったとは、妹妊娠実装の弁である。どうりで
生活感が薄かったわけだ。

 ついでに、この姉妹の親は飼い主からはぐれた元飼い実装石で、姉妹は仔実装の頃から
色々と生きる知恵を叩き込まれたようだった。親は既に事故死しているとのこと。

「ほーうー」

 思わず感嘆してしまう。

 双葉山から流れてくる細い小川。その近く作られた、朽ちかけた木の物置。多分、叔父
が作ったもんだろう——木板に叔父の名前が彫られてるし。何のための小屋なのかは分か
らんけど。

 水場が近くにある、頑丈な木の小屋。雨風も凌げて、なおかつ適度に広い。実装石の住
処には調度いいだろう。小屋は小川より一段高い所にあり、大雨で増水しても小屋まで水
が来ることはまずない。

 扉には、ダイヤルキーまで付いていた。
 曰く、偶然拾ったらしい。

「これデス……」

 禿裸の姉実装が、一抱えほどの紙箱を俺の前に置く。

 蓋を開けてみると、中にはきれいに折り畳まれた実装服が何枚も納められていた。つい
でに、古ぼけた小瓶がひとつ入っている。

「実装フサリ……か。なるほどね」

 小瓶の貼られたラベルを読み上げ、俺はしみじみと感心した。
 小瓶には小さな白い錠剤がいくつも入っている。

 実装フサリ。実装石の毛髪復活剤だ。主に事故などで髪を失った飼い実装に飲ませるも
ので、一錠飲めば数日で髪が元通りに再生する。虐待派が淡い希望を持たせるために飲ま
せることもあるが。

「これが、お前らの自信のネタだったんだな。いきなり髪と服捨てた時は驚いたが、仕掛
けがバレればそれまでだ。でも、いい根性してるわ、お前ら」

 と、姉妹実装石とその仔実装たちを眺める。

 仔実装石五匹は固まってさめざめと泣いているが、成体の二匹の目にはまだ意志の光が
灯っている。どうやら、俺を出し抜いて生き延びる方法を考えているっぽい……。

 ふわふわと浮かんだまま、小屋の周りを観察している紫電。

 それはさておいて。

「こいつは何なんだ……?」

 俺は持っていた棒で物置の奥を示した。

 小物や小箱など、色々なものがしまってある物置。その奥には干涸らびかけた禿裸の実
装石が一匹いた。手足をあらぬ方向に曲げられたまま、紐で棒に縛られてる。総排泄孔の
下にはバケツが埋めてあった。

 近くには蓋のされた栄養ドリンクの瓶。

「出産石デス……。お肉が食べたい時には、そいつに仔を生ませてたデス……。ママから
教わったデス……。こいつは美味しい仔を生むデス……。時期が来たらまた仔を生ませて
食べる予定だったデス……」

 妹実装石が無感情に答える。推測通りの返答。

 にしても、エグい事考えつくわ。こいつらの親は野良としてしぶとく生き抜く気満々だ
ったようだな。話を聞いてると、そういう執念が読み取れる。その執念はこいつらにも受
け継がれているようだ。中途半端だけど。

「そいつ連れてこい。あと、瓶も持ってこい」

 姉実装に視線を向けると、何も言わぬまま再び物置に入り、出産石を縛っていた紐を解
いた。近くにあった栄養ドリンクの瓶を脇に抱えてから、干物寸前の出産石を引きずって
俺の前まで持ってくる。

 地面に仰向けに倒れた出産石。

 弱った身体に加えて骨格も壊れているため、起き上がることもできない。その横に置か
れた栄養ドリンクの瓶。偽石を取り出して、栄養ドリンクに浸けてあるのだろう。そのお
かげで、まだ生きている。

「デェェ……」

 半分死んだ目を向けてくる出産石。俺の見立てじゃ、こいつはそう先は長くない。栄養
ドリンクに浸けてあるといっても、限度ってもんがある。
 昔に比べて最近の実装石は脆くなってるし。

 俺は万能リンガルを持ったまま、腰を屈めて出産石に話しかけた。
 棒で頭を小突きつつ、

「お前はそろそろ死ぬようだが、何か言い残すことはあるか?」
「デェ……お腹空いたデス……。死ぬ前に、美味しいものが……お腹いっぱい食べたかっ
た……デス……。でも、もう草は嫌デス……」

 両目から涙を流しながら、答えてくる。野良が出産石を作る場合、糞や土なんかを食べ
させることが多いが、こいつは雑草類を食わされていたようだ。糞喰いの仔実装は相当に
マズいらしい。だが、草を食わせれば臭みもなく、それなりに旨い仔が生まれ、なおかつ
出産石の寿命も糞を食わせるよりも長くなる。

 考えてあるな。

「おい」

 腰を上げてから、俺は声を上げた。

 びくりと、二匹の成体実装石の肩が跳ねる。その身体が緊張に硬くなるのが分かった。
怯えではなく、身構えの緊張。俺の言葉を聞き逃さないようにするためだろう。

 なんだかなぁ。俺はこういう中途半端に賢い個体って苦手なんだよな……。実装石との
知恵比べって無意味に疲れるし、そもそも俺にそういう趣味はない。

 だが、一応質問はしておく。

「姉実装、自分の命と仔の命、お前はどっちを取る……?」
「デ……」

 俺の問いに、一瞬息を止めた。
 ちらりと仔実装を見つめる。テチテチと鳴きながら不安げに親実装を見つめる仔実装た
ち。姉実装の顔に脂汗が浮かぶ。





 この男は何を求めてるデス……!

 姉実装は自分の仔たちを見遣りながら、思考をフル回転させていた。
 さきほど、人間を出し抜いたと思ったが、逆に出し抜かれていたこと。それ自体は既に
過去のこととして、処理されている。

 実装石が人間を出し抜くなど、思い上がりはなはだしいデス!

 幸せ回路の止まった思考で、姉実装はそう結論づけていた。
 そして、今までの会話からいくつか分かったことがあった。

 この男は虐待派デスけど、あんまりやる気は無いようデス……。それにワタシたちに興
味持ってるみたいデス。だから、いきなり殺すことは多分しないデス……。そして、形は
どうあれ、約束は守るデス……!

 ワタシは最低限、自分の命だけは手元に残すデス……。
 そのためにはワタシは一切手段を選ばないデス……。命以外の他のものは全部失っても
構わないデス……! 妹も子も服も髪も、手も足も……デス!
 生きていれば、何とでもなるデス……!

 なら、ここで口にするべき答えは……





 しゅぅぅ、と頭から湯気を上げる姉実装。

 なんか……俺の問いの真意を考えてるっぽい。あいにく俺はそういう底意があるわけじ
ゃないんだが……。湯気上げるほど考えなくてもいいのに。てか頭から湯気上げるって、
本当にデタラメ生物だよな。

「自分の命デス……!」

 長い黙考の後、姉実装はそう答えた。

「仔実装だけじゃ、奇跡でも起きない限り生き延びられないデス。でも、ワタシが生きて
いれば、また仔は生めるデス。だから、ワタシは仔より自分の命を取るデス」
「そんなテチィィィ!」
「ママァァァァ!」

 仔実装たちが悲鳴を上げるが、姉実装はそれを決然と無視する。無情だけど、的確な判
断だわな。人間みたいに子供を育てるのに何年もかかる生き物ならともかく、月単位で仔
を生み育てられるような実装石なら、その判断は正しい。

「そうかい。分かった」

 俺は右足で姉実装の足を払う。

「デ……」

 仰向けにひっくり返った所で、持っていた棒で腰を叩き、腰骨を砕いた。実装石の骨は
生物としてかなり脆い。人間がちょっと力入れるだけで折れるくらいに。

「デギャアァァ! 痛い、痛いデスゥゥゥ!」

 両目から涙を流しながら、ばたばたと手を動かしていた。元気な上半身とは対照的に下
半身は動かない。当たり前だが、腰を砕かれるのは痛い。

 だが、放っておけば治るのも実装石。

「デ、デェ……」

 妹実装が姉の姿を戦きながら見つめている。その表情からするに、姉の答えが間違って
いたと思ったようだが、別にそういうことはないって。

「紫電」
「何、家主サン……」

 暇を持て余していた紫電が近づいていきた。

 俺は妹実装を棒で示し、

「そいつは、お前の獲物だ。煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしてくれ」
「アリガトウ……」

 頷き、紫電が妹実装に近づく。

 それは予想外だったらしく、妹実装石は慌てている。

「デ、何でデス……? 何する気デ——」 

 頭に水晶針を刺され、仮死に陥る妹実装石。

 俺が持ってきた荷物から手鏡などの小道具をいくつか取り出し、仮死した妹実装の右腕
を掴み、林の奥へと引きずっていく。さきほどからちらちらと妹実装石に注意を向けてい
たのは俺も気づいていた。理由は見当が付く。

 『存在感薄すぎデス!』という台詞を根に持っているのだろう。
 怖や怖や。

「何で、デスゥ……」

 腰を砕かれた姉実装石が、呻いている。

「お前は自分のこと考えろ。安心しろ、殺しはしない」

 俺はその場に腰を下ろしてから、万能リンガルを地面に置いた。
 次いで持っていた棒を置き、紙袋から賞味期限切れの醤油と砂糖、味の素、みりん、酢
などを取り出した。これらの調味料は叔父の家を漁ってみたら出てきたもので、賞味期限
はどれも2006年頃に切れていた。

 俺はバケツにそれらの調味料を放り込み、近くに落ちていた木の枝で中身を適当にかき
混ぜる。ほどなく出来上がった醤油ダレ。ぷんといい香りが辺りに漂う。賞味期限は切れ
てるけど腐ってるわけじゃないからな。多分……。

「テェェェ……」

 その香りに仔実装たちが涎を垂らしている。

 姉実装を仰向けにひっくり返し、俺は強引に口をこじ開けた。コキと顎の骨が折れ、頬
が裂けるが、無視して古ぼけた漏斗を口へと突き刺す。両目から涙を流して暴れている姉
実装石。それも人間の力の前には無駄な抵抗だ。

「投入!」

 バケツの中身の醤油ダレを、漏斗に流し込む。意志とは無関係に胃袋に流し込まれる黒
い液体。その刺激に涙を流しながら赤と緑の目を動かしていた。

 醤油ダレが全部注がれた所で、俺は漏斗を引っこ抜く。

 そして、取り出した緑色インクで赤い目を緑色に染めた。

「デェ……ェ……!」

 びくりと震える姉実装の身体。強制的に妊娠状態に移る。

 こうすることにより、強制妊娠で作られた仔実装は、胃袋内の醤油ダレを身体に取り込
んだ、下味付きの仔実装となる。そういう話を以前見た。

「にしても……」

 なんか、最近似たようなことをやったような気がするんだけど——

 デジャ・ヴ?

「ま、いいか」

 俺は紙袋から半分錆びた金網を取り出した。








 実装石は弱い生き物デス……。
 だから、頭を使って生き伸びるデス。
 手段を選んでは駄目デス。

 それが母の教えだった。

 だから、今まで頭を使って生き延びてきた。生きるためには手段を選ばなかった。姉妹
団結しての行動、他の実装石を騙したり、より直接的に襲ったり。今まで虐待派からも駆
除からも逃れて生きてきた。散歩中の飼い実装石を襲い、持ち物を奪ったこともある。

 とにかく、頭を使い、手段を選ばず行動すれば何とかなってきた。


 だが。


「この場合は、どうしたらいいデス……?」

 妹実装は自問した。

 目が覚めたら地面に仰向けにされ、手足の先端を透明な針で地面に固定されていた。し
かし、何故か痛みはない。身体を動かそうにも、全く動かない。
 顔の真上に木の枝で固定された手鏡には、自分の膨らんだお腹が映っていた。

「お前、ワタシに何をするつもりデス?」

 傍らに立った紫色に尋ねてみる。

 相手の意図を知り、その隙を突き、手段選ばず脱出方法を実行する。さきほどの人間相
手には失敗したが、今までその方法でマラ実装石や実蒼石から逃れてきた。実装生物が相
手ならば、誤魔化しや屁理屈と勢いで意外と何とかなってしまうものである。

「カワイソウ……」

 その紫色はそう答えるだけだった。

 自分たちを襲った相手。飢えた実装石の怒りや憎しみ、マラ実装の性欲や食欲、実蒼石
の殺気など、そういう意図が全く読めない。ただ、無感情に自分を見つめている。

 相手の意図が分からなければ、それに対する手段も分からない。

 紫色が右手を持ち上げた。

「アナタノ言葉ニ、興味ハ無イ……」

 音もなく、その手に透明な刃物が現れる。薄い紫色を帯びた、ガラスのような刃物。人
間がそれを見たら『解剖メス』と表現するだろう。

(どういう意味デス……!)

 妹実装はその言葉からこの紫色の目的を考える。

 だが、紫色は妹実装に考える時間は与えてくれなかった。

「ワタシガ興味アルノハ、アナタノ身体……」

 透明な刃物が、妹実装の腹を縦に切裂く。








 適当な枝を組んでから、周りから集めた落ち葉や枯れ枝などの可燃物を起き、上に網を
乗せる。これで、簡易バーベキューセットの出来上がり。金網は叔父の家の隅っこに落ち
ていたもので錆びだらけだが、俺が食うわけじゃないので問題ない。

 近くに置いたバケツには消火用の水が汲んである。

 こいつらの予備の服を枯れ枝や枯れ葉の下に押し込み、俺はそこにライターで火を付け
た。実装石の服はえらく燃えやすいので、火種としては優秀な素材である。
 見る間に燃えていく実装服。

「テェェェェ……」

 自分たちの服が燃えていく様子に、絶望の涙を流している仔実装たち。

 あ。そうだ……。忘れてた忘れてた。

 俺は持ってきた荷物の中から瓶をひとつとりだした。これまた叔父の家の隅っこに転が
っていたインスタントコーヒーの空き瓶。中には金平糖が半分ほど入っている。一度洗っ
てから、俺が金平糖を詰めたものだ。

「お前ら」

 俺はその瓶を禿裸の仔実装たちに見せ、ついでに蓋も開ける。

 中からは、ほんのりと甘い香りが漏れてきた。これは普通の金平糖でなく、実装寄せ金
平糖。実装香や特殊な甘味料を加えた特別品。実装石に対する麻薬的効果は、普通の金平
糖の十数倍とも言われる。
 人間は食えないけど……。甘すぎて舌が逝かれるし。

「テチィ……」

 匂いに理性を失いかけ、ふらふらと近づいてくる仔実装たち。
 俺はリンガルを手に取り、尋ねた。

「こいつが欲しいか?」
「欲しいテチ!」
「美味しそうテチ」
「じゃ、何かやってみせろ。俺が一番気に入った事やったやつに、これを全部やろう」

 そう告げて、俺は瓶を地面に置いた。

 一瞬戸惑う仔実装たち。

 平たく言えば、これは仔実装の頭のレベルを見るためのものだ。理性を半分失うほどの
誘惑に対して、どのような反応を見せるか。

「テチ……」
「どうしたらいいテチ……?」

 戸惑っている二匹は、平均よりちと上ってところかな。けど、賢いってほどでもない。
親の教育がまだ不完全ってのもあるだろうか? ともあれ、姉実装がどう考えてるかは分
からんけど、理由が無ければ成体まで育てるだろう。

「テチュ♪」
「テチュ〜ン♪」

 媚びている二匹は、平均的な仔実装ってところだろう。親の程度にも寄るけど、間引き
されるか否かのライン上ってところだな。

 そして、最後の一匹はその場で股を開いて、自慰を始めた。

「ワタチのいけない姿を見るテチュ♪」

 まともな親なら間引き確実の糞蟲個体。

「お前に決めた」

 俺は糞蟲個体を摘み上げ、ガラス瓶の真横に移動させた。ヨガりだしたらうっかり潰す
可能性もあるからな。そこまで我慢できるほど、俺は自制心強くないし。

 瓶を倒して、中身の金平糖を取れるようにしてやる。

「チプププー。ワタチの魅力にニンゲンもメロメロテチ〜♪」

 金平糖を手に取りながら、厭らしい笑みを見せる仔実装。

「何でそいつが選ばれるテチ」
「不公平テチ、やり直すテチー」

 両手を振り回しながら抗議の声を上げる残りの姉妹。納得はいかないだろうな。てか、
こいつらは自分が選ばれない限り納得はしないだろう。あいにく俺としては、そこまで考
慮してやる義理はない。

「邪魔したら潰すぞ?」
「チ……」

 俺の言葉に、ぴたりと足を止める。

「チププププ……」

 選ばれた仔実装が嘲るが、残った姉妹は殺気立った表情で睨み付けるだけだった。人間
の庇護下という絶対安全領域に手を出す危険性は理解しているらしい。

 姉妹を見下すように金平糖を食べている仔実装。

「甘いテチ〜♪ 美味しいテチ〜♪ やっぱり、コンペイトウは甘いテチュ〜ン♪ ニン
ゲンもメロメロになるワタチの魅力が怖いテチュ〜ン♪」

 うっわ、潰してー!
 でも、我慢我慢……。

 ぐっと拳を握って糞蟲個体から目を外し、俺は残った姉妹に目を向けた。

「お前らにも、一応ご馳走してやるよ。金平糖ほど旨くはないだろうけどな」
「テチ……?」

 一斉に俺を見る仔実装姉妹。

 俺は荷物から350mlのペットボトルを取り出した。中身は薄い翠色の液体——百倍に希釈
した廉価版活性剤である。一緒に取り出したのは、紙コップとやや深めの紙皿。

 仔実装姉妹が見つめる中、俺は希釈活性剤を紙コップに移した。

 そこに、こいつらの親実装が隠し持っていたフサリを全部投入する。少し紙コップを振
ると、三十錠ほどのフサリは見る間に溶けていった。元々水溶性だし、活性剤とは相性が
いいんだろう。

「テチ?」
「チィ……?」

 不思議そうに俺を見ている仔実装たち。

 糞蟲仔実装は金平糖に夢中で、こっちには目を向けない。

 強制妊娠中の姉実装は、無言のまま俺の動きを凝視している。見た感じ仔の事は一切考
えてないな。おそらく、自分の命以外全部切り捨てる覚悟を決めたのだろう。まったく何
を企んでいるのやら。何を企んでても、俺はあんま興味ないけど。

 さって、本題に戻ろう。

 俺は紙皿を地面に起き、そこにフサリ入り希釈活性剤を注ぐ。

「これ飲んでみろ。特別な飲み物だ」
「特別テチ……?」
「美味しそうテチ……」

 特別な飲み物という言葉に、四匹の仔実装が皿に群がり我先にと薄い翠色の液体を飲ん
でいく。希釈活性剤は元々味もよいらしく、中身はあっという間に空になった。

「美味しかったテチー」

 満足げに手で口元を擦っている仔実装たち。
 何が起こるかな? 何が起こるかな?

「テ!」

 仔実装の一匹が声を上げた。

「髪の毛が生えてきたテチ」
「ホントテチ!」
「これで禿とはおさらばテチー」

 仔実装の額と後ろ頭から、茶色い毛が生えている。それは見る間に伸びていき、禿裸仔
実装は裸仔実装へとランクアップした。これで、さっきの予備の仔実装服を着れば、元通
りになったんだな。俺が燃やしちゃったけど。

「テチューン!」
「やったテチー!」

 喜ぶ仔実装たち。

 無論、それだけでは終わらない。廉価版の百倍希釈とはいえ、活性剤を飲んで、さらに
大量のフサリを体内に入れたのだ。その結果は容易に想像がつく。

「テェ?」
「何か身体がムズムズするテチ……」

 戸惑う仔実装たち。その身体から、茶色い毛が生えた。頭だけでなく、顔や手足、お腹
や背中から見境無く、茶色い毛が伸び始める。よく見ると鼻や耳からも毛が伸びている。
鼻毛や耳毛にも影響あるらしい。

「なんテチ……!」
「チュァァァ! こんなに生える必要無いテチー!」

 悲鳴も虚しく、フサリの暴走は止められない。全身から生えた毛が、元気よく伸びてい
く。ある程度重要部分を守るように生えたなら、獣装石もどきになっていたかもしれない。
それは仮定の話、現実は違う。

 仔実装たちから伸びる毛は、文字通り全身を包むように伸びていく。

「テェェェ……動けないテチ……」
「何も見えないテチィィ……」

 やがて、仔実装たちは毛玉になった。

 見たままをいうなら、直径二十センチくらいの茶色いマリモ。マリモというほど風情の
あるものじゃないけど、他に適当な表現も見つからない。手足全部が毛の中に埋もれてし
まっているため、動くこともできない。

 さて、面白いもんも見られたし、そろそろ親の相手をするか。

 ちらりと横を見ると、枯れ枝や枯れ葉がいい具合に燃え始めていた。

 強制妊娠で腹の子も随分大きくなった姉実装。近づいてくる俺に気づいて、何か考える
ような仕草を見せる。何企んでるんだ?

「ニンゲン……。ワタシを飼って欲しいデス……!」
「はぁ?」

 何をいきなり言い出すんだ、こいつは……。多分、この台詞は本気じゃない。俺の反応
を見て、何とか助かる方法を考えているんだろう。いきなり変な要求を突きつけて相手の
動揺を狙うってのはよくある話だが。

「ギャクタイ用でもいいデス……! ワタシの命を保証してもらえれば、どんな待遇でも
文句言わないデス! だから飼って欲しいデス」
「いいぞ」
「デェェェ!」

 俺のあっさりした答えに、今度は驚きの声を上げる。

 何だかなぁ……。この中途半端な賢さ。虐待用でもいいと言ったら俺が断わることを予
想してたんだろう。そこからどう話を展開させるかちょっと興味あったけど、正直こいつ
をどうするかは決まってるんだ。

「い、命の保証はしてほしいデス……」

 狼狽えながら、言ってくる。

 俺は姉実装を持ち上げ、バケツの上に移動させた。

「その前に、そいつの今際の願い叶えてやる必要あるからな」

 目で示したのは半分干涸らびた出産石。

 どれくらいの間かは知らないが、出産石として扱われ、雑草ばかり食べさせられ、最近
は放置されていたらしい実装石。身体の劣化具合からするに、それほど長くは生きられな
いだろう。偽石と肉体の再生処理をすれば話は別だが、そこまでするヤツはいない。

 だから、旨いものを食いたいという今際の願いくらいは叶えてやる。

 善意と言うより、ただの出来心だけど。

「何するデス……?」
「こうする」

 俺は姉実装の顔に赤いセロファンを乗せた。こいつら実装石は、目を赤く塗るだけでな
く、赤い光を目に入れるだけで強制出産モードに移る。インクやマジックなど色を塗るも
のがない時にお勧め。そういう場合は普通血を使うけどな。

「デギャアァァ!」
「テッテレ〜♪」
「テッテレ〜♪」

 セロファンを離しても、両目は赤く染まったままだ。赤い光が入った事で強制妊娠とな
り、さらに強制妊娠から両目が赤く変わったのである。何か納得いかんが……。

「テッテレ〜♪」
「テッテレ〜♪」

 ぽちゃぽちゃと生まれた仔たちがバケツの水に落ちていく。

 腹の仔が全部出終わったのを確認してから、たき火に置いていた枝を掴み、それを親の
右目に突き刺した。先端が黒く焦げた枯れ枝が、容赦なく眼窩を焼き抉る。

「デギャアァァ……」

 強制出産が終わる。

「レッフ、レフ〜♪」

 最後に蛆実装が落ちた。

 強制妊娠と強制出産でかなり痩せたが、命に問題はないだろう。元々かなり元気そうな
個体だったし。ただ、片目を焼き潰されているため、今後妊娠はできない。

「デ、デ……」

 痙攣している姉実装を放り捨ててから、俺は細い木の枝二本を箸のように持った。

「テチー」
「テチャー」
「レヒャー」

 保護粘膜が水に溶けて、溺れかけている仔実装たち。元々急な妊娠出産のため、保護粘
膜はかなり薄い。普通なら親が舐め取る必要があるのだが、こいつらは水の中でもがいた
だけで粘膜は取れたようである。

 俺は枝の箸でひょいひょいと仔実装を拾い上げ、地面に下ろした。

「テェテェ……。苦しかったテチィ」
「テチー……。ママはどこテチ?」
「プニプニしてレフ〜」

 それぞれ適当なことを言っている仔実装たち。

「予想通りか……」

 左手を顎に当て、俺は神妙な面持ちで頷いた。

 この仔実装たちは、黒い。本来茶色である髪はほぼ黒色で、肌も褐色。実装服の色も暗
い緑色である。人間との愛情ある性交から生まれた仔実装は黒髪になるという噂だが、こ
いつらは愛も何もない。醤油ダレの黒い色を取り込んだ結果だ。

 これ、赤とか青とか色の濃いもの——てか合成着色料でも絵の具でも大量に食わせて強
制妊娠させると面白いことになるかも。今度実験してみよう、うん。

「テチュ♪」

 俺に向かって媚びてるヤツがいるけど、お前らは後回し。

「おい、出産石」
「デェ……?」

 声を掛けられ、出産石が虚ろな目を向けてくる。長い間酷使されて、さらに飲まず食わ
ずで放置されていたせいで、思考がかなり劣化しているようだった。

「望み通り、旨いもの食わせてやる」

 俺は枝の箸を仔実装たちに伸ばした。

「テチュー♪」
「ワタチを選ぶテチー」

 楽しそうに枝を見上げる仔や、両手を伸ばして自己主張している仔。自分が置かれた状
況を理解してない、いや理解できる材料も無いけど。今は仔実装には用がない。

 俺は枝の箸で蛆実装を摘み上げた。

「レフー? レフー」

 くねくねと身体を動かしている蛆実装を。

 出産石の口に押し込んだ。

「レフ? ……レヒャ!」

 出産石の顎が動き、ぷちと蛆実装が潰れる。

 口の中に広がった醤油味のウジ肉に、出産石の目が見開かれた。出産石になってからこ
の方雑草ばかり食わされてたようだし、ここ最近は食事自体取っていなかったらしい。そ
こへ、新鮮な生肉、しかも醤油味付きを食べたのだ。驚かない方がおかしい。

 物凄い勢いでウジ肉を咀嚼し、飲み下す。

「お、お、美味しいデスゥ……」

 両目から涙を流して感動していた。

 俺は放り出した姉実装を指差し、

「そいつは今までお前を出産石にしてた実装石の子だ。俺が強制出産させた、な?」
「デ……」

 その言葉に驚きの表情を見せる出産石。数秒固まってから、赤と緑の目に怒りと愉悦の
色を浮かべた。今まで無理矢理生まされた仔を食われていたのだ。その立場が逆転、今は
子の仇の実装石の子を食っている。

「残りのヤツも食わせてやるから、ちょっとコレ食って待ってろ」
「デガッ!」

 姉実装の右腕を毟って、出産石の口に突っ込んだ。ついでに、液体の裏ドドンパを口に
流し込んでおく。色々食わせた後に糞漏らされちゃ困るからな。

 腕を毟った姉実装の傷口を焼いておくことも忘れない。

「お、お肉デス……」

 もごもごと右腕を食い始めた出産石から目を放し、俺は金網に目を向けた。

 ほどよく枯れ木や枯れ草が燃えている。
 大体こんなもんかな?

 仔実装に目を移すと、両手を挙げてテチテチと嬉しそうに俺を見上げていた。

「何テチ?」
「ごはん欲しいテチ!」
「テチュ〜ン♪」

 状況は理解してないようだが、関係無しッ。

 俺は枝を箸のように使い、醤油味付き仔実装を金網の上に移していった。突然生まれて
右も左も分からない状態で焼けた金網の上に移された仔実装。

「テチャァァァァ!」
「熱い熱いテチィィィッ!」
「デププ……」

 仔実装の悲鳴に、出産石は満足げに笑っていた。

 ま、今際の願いくらいは叶えてやろうという俺の優しさ。何か勘違いしてなきゃいいけ
どな……。って、思い切り勘違いしてるだろうけど。

 否、勘違いしてなきゃあつまらない!








 右手に水晶のメス、左手にステンレス製のピンセット。

 紫電は切り開いた妹実装石の腹を眺めていた。

「ナルホド……。面白イ……」
「何でデスゥ……。お前は何がしたいんデス……」

 色付き涙を流しながらの問いは、無視。

 縦横に腹を割かれ、広げられた腹の肉が、水晶針で地面に留めてある。肉の断面は水晶
コーティングを施してあり、無駄な出血が起こらないようにしてあった。あまり血で汚れ
るのは感心しない。

 妹実装は腹の中が丸見えになっている。さながら、カエルの解剖だ。

「思ッタ通リ……。アナタハ、イイオ腹ヲシテイル……」

 紫電は頷きながら、妹実装の内蔵を眺める。

 普通の生物に比べると、ぞんざいなくらいシンプルな内蔵。肺がふたつと心臓がひとつ、
胃袋兼腸兼子宮。あとは肝臓か腎臓らしき臓器が見える。実装石にしては、随分と器官が
揃っていた。

 実装石の内蔵は個体差が激しい。しっかりしたものは普通の生物並の臓器を持っている
が、無いものは本当に何もない。極端なものだと腹腔内全てが胃と腸と肺と子宮を兼用し、
周辺の肉が残りの臓器の役割を持っているという無茶苦茶な構造だったりする。

「ココガ心臓……」

 紫電は水晶のメスで、胸の中心にある部分をつついた。直径三センチほどのいびつな球
状の器官。小刻みに脈打ちながら、血液を送り出している。複雑な構造ではなく、単純に
肺を通ってきた血液を送り出しているだけらしい。

 近くには、偽石があった。

「デ、デェェ……」

 色付き涙を流しながら、妹実装が首を左右に動かした。顔の前に固定された鏡によって
解剖された体内は丸見え。加えて、頭に刺された命令水晶の効果によって、痛みは一切感
じていない。

「全然痛み感じないデスゥ……。何でデスゥ……」

 麻酔された状態で身体を切り刻まれるのは、精神的にかなり堪えるらしい。痛みを感じ
るはずなのに痛みがないのは恐怖である。実際、そういう拷問もあるらしい。

 呼吸に会わせて、妹実装の肺が膨らんだり、縮んだりしている。
 普通の生物のように横隔膜はなく、肺自体が膨張収縮をしているようだった。

「ワタシモ……身体ノ中ハ、コウナッテイルノ……ダロウカ?」

 紫電は自分の胸に手を当てた。

 実装石とは種類が違うが、薔薇実装も同じ実装生物。普通の生き物のように複雑な構造
はしていないだろう。もっとも、自分で自分を解剖する気はない。

「存在感が薄いって言ったのは謝るデス……」

 妹実装がそんなことを言ってくる。

 紫電は水晶のメスを動かしながら、

「別ニ謝ル必要ハナイ……。怒ッテハ、イナイカラ……」

 無感情に告げてから、大きく膨らんだ胃袋を見つめた。人間によっては糞袋などと呼ぶ
者もいる。生物で言うところの胃から直腸まで、全ての消化吸収器官を兼ねた胃袋。それ
に加えて、子宮をも同時に兼ねている。

 その胃袋を、紫電は水晶メスで十字に切り裂いた。

 無論、傷口の水晶コーティングは忘れない。

「なら、何でこんな事するデス!」

 妹実装石の疑問に、紫電は一言だけ答える。

「好奇心」
「………デ……」

 数拍黙ってから、

「納得——」

 言いかけた妹実装石の声帯に、紫電は迷いなくメスを突き立てた。それで声が止まる。
さらに、ぐりと刃を捻って完全に声帯を潰した。余計な言葉を吐けないように。

「………! ………!」

 目を剥いている妹実装石。何か言おうと口を動かしているが、声帯を空気が素通りする
音が聞こえるだけである。随分と静かになった。

「ワタシハ……アナタノ言葉ニ、興味ハ無イ……」

 改めてそう告げてから、紫電はピンセットで、胃袋の膜を摘んだ。その胃膜を広げてか
ら、閉じないように水晶針で固定していく。身体の外に固定したかったのだが、そこまで
広がらないので、臓器に触れない腹腔内へと水晶針を突き立てた。

 開かれた胃袋内には六匹の仔実装がいる。

 ゼリーのような緑色の粘液に包まれた蛆実装が、胃壁に貼り付いて眠るように目を閉じ
ている。時折、ぴくぴくと動いていた。そろそろ生まれる時期だろう。

「フムフム……。ナルホド……」

 メスの先端で、蛆実装を包む粘液をつつく。

 緑色の粘液は、意外と堅い。胃液から身体を守るだけでなく、胃の中に入った飲食物や
糞などから身を守る働きもあるからだ。また、胃壁から分泌された栄養分は、この粘液を
通して仔実装に送られる。もっとも、ほ乳類のように臍の緒があったり、別の栄養伝達構
造を持つ個体も結構いる。

 出産状態になると、粘液の粘性が急速に弱まり、仔実装は胃壁から剥がれるらしい。強
制妊娠や強制出産の場合は、元から粘性がかなり弱いようである。

 先日読んだ『実装石の身体構造』という本にそう書いてあった。
 今回はその確認として、妊娠実装石を解剖している。

「カワイソウ……」

 紫電はメスとピンセットを起き、赤いマジックを取り出した。

「……! ……ェ……!」

 実装石が、緑色の両目を見開き、マジックを見つめる。








「テチャァァァ!」
「チィィィィ!」

 悲鳴を上げながら、金網の上から逃げだそうとしている味付き仔実装たち。

 だが、金網の上では満足に動くことは出来ない。自分の足とほぼ同じ大きさの穴が無数
にあるのだから当然だ。髪や服はとうに燃え尽き、褐色の皮膚が炎に焼かれていた。

 肉の焼ける匂いがする。下味を付けているせいか、それなりに香ばしい。

「デププー」

 出産石が厭らしい目付きでそれを見ていた。口元から滴る涎。姉実装の腕は残らずくっ
ている。そのおかげか、少し元気になっていた。

 対して母親である姉実装は、じっと俺を観察している。
 視線が非常に鬱陶しい……。

 足場の悪い金網の上で、仔実装たちはよたよたと必死に逃げ出そうとしていた。俺は枝
を動かし、逃げようとする仔実装を火の方へと移動させる。

 両目から涙を流しながら、俺を見上げる仔実装。

「テ、テチュ♪」

 一匹が媚びるが、華麗にスルー。

 あー。和むなぁ。

「でも、火力が足りない……」

 俺は頭をかいた。

 やはり枯れ枝や枯れ葉じゃ火力が足りん。もっと集めればそれなりに大きな火を作れる
んだろうけど、まだ晩夏だし枯れ葉が大量に出る季節でもない。

 せっかくだし、こいつら燃やしてみるか?

 枝を動かし、俺はマリモ仔実装を手元に引き寄せた。

「テェェン……」

 力なく泣いている茶色いマリモが四つ。このまま放っておいても多分餓死するのがオチ
だろう。自力じゃ動けないし、かといってこんな毛玉食う生き物はいない。飢えた実装石
なら食うかもしれないけど。

 俺はそれを火の中へと放り込んだ。

 途端、毛に火が付き燃え上がる。

「チュアァァ!
「熱いテチィィ!」
「何が起こったテチィィ!」
「うおッ、くさッ!」

 毛の燃える強烈な臭いに、俺は思わず後退った。忘れてた……毛髪類を燃やすとコレが
来る、と。こいつは毛髪に含まれる硫黄成分が酸化した二酸化硫黄の臭い。亜硫酸ガスと
も言える毒ガスだ。だけど、これは自分でやったこと。自分で責任取らにゃならん。

 量は少ないから死にはしないだろ、臭いだけで……。
 俺は鼻を摘みつつ、たき火に近づいた。

 何かの燃料のように燃える毛玉。さながら火の玉だな。
 その上では、燃え上がる炎に下味付き仔実装が焼かれていた。

「ヂゥゥゥゥゥ!」

 絶叫とともに意外な速度で逃げ出す仔実装。

 でも、俺は慌てずそいつを摘み上げ、火の真上に移動させた。






「熱いテチ……。苦しいテチ……」

 仔実装は焼けた網の上で、声にならない声を上げていた。

 仰向けのまま、背中が焼かれている。あまりの熱さに全身に酷い火傷を負い、感覚はほ
とんど働いていなかった。だが、なぜか熱さと痛みは嫌というほど分かる。

 大きな人間が枝を使って、仔実装をひっくり返す。
 仰向けからうつ伏せへ。

 ぱちぱちと真下で燃える赤い炎。

「テェ……ェ……」

 両目から流れる涙は既に枯れていた。



 不意に意識が生まれたら、水の中にいた。
 必死にもがいていたら、他の姉妹とともに外に出された。
 そこには大きなニンゲンがいた。
 実装石として偽石に刻まれた本能が、そのニンゲンを庇護者と認識した。
 しかし、アピールしてもニンゲンは取り合わなかった。
 何も分からないクズ蛆を連れて行った。
 それから、自分たちに注意を向けた。
 何か美味しいものを食べさせてくれると思ったら、いきなり熱い場所に放り出された。
 熱くて苦しくて、訳が分からず逃げようとした。
 でも、不安定な足場の上ではまともに歩くこともできなかった。
 髪の毛も服も燃えてしまった。
 それでも逃げようとしたら、ニンゲンは自分たちを火の上に叩き返した。
 助けてと必死に声を上げても気づいてくれなかった。
 お愛想しても何もしてくれなかった。
 ニンゲンは笑いながら自分たちを見ていた。
 それどころか、自分たちを焼く火を強くした。
 必死に逃げようとした仔も、ニンゲンに捕まり火の上に移動させた。



「何でテチ……」

 お世辞にも長いとは言えない自分の実装生を振り返りながら、仔実装は嘆いていた。生
まれてから一度も良いことはなく、地獄のような苦痛が待っていた。

 ママに助けを求めても、助けてくれない。

「もういいかな?」

 ふと身体が持ち上げられた。
 身体を焦がしていた熱さが消える。

「テ……?」

 火傷の痛みは残っているが、空気の冷たさは正直心地よかった。

 助かった。

 仔実装はそう安堵した。

「ほい、熱いから気を付けて食えよ」
「分かったデスー、デププー」
「テチ?」

 仔実装が前を向くと、大人の実装石がいた。干涸らびた皮膚と、異様にギラギラした目
の実装石である。その実装石が、自分を両手で掴んでいた。

「ママ……テチ……?」

 声にならない声でそう尋ねる。

 これで助かる……。何とかなる。

 だが、その淡い希望はあえなく砕かれた。

 ゴリッ……。

 骨の砕ける音は不自然なほど大きく体内に響いた。左腕が無くなっている。それがどう
いうことか、すぐには分からなかった。今まであったはずの左腕がない。

 くちゃくちゃと口を動かしている大人の実装石。

「美味しいデス〜ン♪ あの糞蟲の仔はすっごく美味しいデス〜ン♪」
「テ——」

 左腕が食べられた。
 左腕が根元から食べられていた。

「チャアアアアアアア!」

 その事実には、仔実装は半狂乱になって叫んでいた。

「お」

 その声にニンゲンが瞬きしている。

 こんがり焼かれた身体だが、焼けたのは表面だけで中は半生だ。ミディアムという焼き
具合である。そのため、痛みと恐怖でリミッターの外れた身体は、元気よく動かすことが
できた。頑張れば十分声も出せる。

「やめるテチィィ! 痛いテチィィ! 食べちゃ駄目テチィィ!」

 泣きながら暴れる仔実装だが、相手は大人の実装石。身体はかなり衰えているものの、
焼けて弱った仔実装を抑える力は十分に持っていた。

「デププ……。ワタシの仔もそう叫んだデス。でも、食べられたデス」

 大人の実装石が大きく口を開く。

 その中に見える咀嚼された左腕のカスと、くすんだ色の歯。それほど噛力はないが、焼
けた仔実装を噛み千切るには十分過ぎる力だった。

「だから、お前もじっくり痛くして食ってやるデス!」

 ベギュ。

 どこかの骨の砕ける音が体内に響く。

「チュアアアアアア!」

 仔実装は悲鳴を上げた。








「テチ……テェ……」

 地面に放り出されたミディアム仔実装の一匹が、必死に逃げようとしている。

 俺はたき火の中に残った仔実装を焼きながら、出産石を眺めていた。全身を覆っていた
毛は燃え尽き、禿裸のまま直火に焼かれている。

 あー。臭かった……。

「痛いテチィィィィ!」
「旨いデスゥン♪ もっといい声で鳴くデスン♪」

 最初に食べた蛆と姉実装の腕の栄養と、焼き仔実装への食欲によって、ある程度動ける
ようになった出産石。俺に渡された仔実装を、ちまちまと食べている。今まで食われて来
た仔の恨みを晴らすように、手足の末端から食べているようだった。

「食べないでテチャァァアァァァ!」
「恨むならお前の親を恨むデスー♪」
「ママァァァァ!」

 泣き叫ぶ仔実装と、それを食べる出産石。

 しっかし、醤油ダレ仔実装……。

 意外と美味しそうな匂いがする。人間の俺にも美味しそうと感じるってことは、実装石
にとってはご馳走に等しいものなんだろう。

 元々非常識な再生力を持つ実装石は、その再生力の源となる高濃度の栄養を持っている
ため、かなり旨いらしい。山実装の肉なんかがその典型だ。そこらにいる野良実装の肉は
臭くて食えたもんじゃないそうだけど。

「チ……ィ……」

 たき火の中では、ほどよく焼けた四匹がいた。こっちはこんくらいだろうな。

 俺は四匹を枝で摘み出し、地面に下ろした。
 焼き具合は、ウェルダン。

 どばっと醤油を掛ける。

「テチュァ……ァァアァ……!」

 火傷に醤油が染みるのか、凄まじい絶叫を上げるウェルダン四匹。まあ、ほとんど余力
も残ってないので、気合いが入っている悲鳴の割に、声は小さい。

「おい、出産石。次できたぞ」
「デッス〜ン♪」

 気色悪い声を上げる出産石。

 地面に置かれたウェルダン仔実装。全身が焦げて、目も耳も焼け潰れている。さっきの
ミディアム仔実装は中が半生だから辛うじて動けるけど、ウェルダン仔実装は中まで火が
通っているためほとんど動けない。

 偽石も割れる寸前。放っておけば一時間も経たずに死ぬだろう。それでもぎりぎり生き
てるのは、希釈活性剤飲んだからだな。

「にしても」

 なんか、これも最近似たようなことをやったような気がするんだけど——

 デジャ・ヴ?

「ニンゲン……」

 声を掛けられ、俺は目を動かした。

 姉実装が残った緑色の左目で俺を睨んでいる。

「ワタシはこれからどうなるデス……?」
「ん? 一応、友人の実験派に渡す予定だ。お前みたいに健康優良で頑丈そうな実装石探
してたからな。何するのかは聞いてないけど、エグい実験するんだろ、きっと」

 その答えに、姉実装が口を閉じた。

 俺は嘘は言っていないし、騙す気も欺く気もない。ただ、正直に答えただけである。こ
いつは友人の実験派に渡す。調度良さそうな実装石だし。

「この林の奥にワタシよりも逞しいヤツがいるデス」
「そいつと交換してくれってか?」

 ため息混じりに俺は訊き返した。

 これで、もう少し気の利いた事言うなら俺も感心したりして、情けかけて楽に殺してや
ろうかなーって気になるんだろうけど、こいつの場合は呆れしか浮かばない。こいつらを
人間の価値観で計るのは無意味だが、はっきり言って見苦しい。

 これなら、頭の悪い糞蟲の方がまだマシだ。

「違うデス……。ワタシはあいつに恨みあるデス。だから、ギャクタイ派の所に連れて行
かれる前に、一回殴って来たいデス。最期の頼みデス」

 林の奥の方にいる実装石ってのは、多分本当だろう。森や林の奥で、可能な限り人間に
関わらないように生きてる個体だ。山実装の街版、野実装と言うこともあるらしい。確か
にそいつはこいつよりも健康だろうし、逞しい個体だろう。

「何としても助かりたいんだな、お前……」

 俺は半眼で姉実装を見つめながら、ポケットから十円玉を取り出した。一度空中に弾い
てから、落ちてきた十円玉めがけ両手を振る。

 握られた両手の平。

「今投げた十円がどっちにあるか当ててみろ。当てたら、このまま逃がしてやる。ハズれ
たら大人しくしてろ。さあ、どっちだ?」
「デ!」

 俺の提案に、あからさまな驚きを見せる姉実装。

 何とか策を弄して逃れようとしていた所に、降って湧いた幸運。当てれば逃げられる。
ハズレても大して失うものはない。

「デェェ……ェェ……」

 穴が開くかと思うほどに俺の両手を凝視してから。

「そっちデス」

 姉実装は残った腕で右手を指差す。

 俺が右手を開くと——

 手の中には十円があった。

「当りだな」
「デェェェェ………!」

 姉実装は自分でも信じられないとばかりに、気の抜けた声を出していた。








(分かったデス……。ようやく分かったデス……)

 鏡に映った自分の腹の中。

 両目を赤と緑の通常色に戻され、身体が妊娠状態から通常状態へと戻る。それに伴い、
胃袋内で粘膜に包まれて守られていた仔実装が、胃の内容物と認識されていた。

 だが、自分はどうすることもできない

「カワイソウ……」

 紫色が無感情に胃を眺めている。

 突如として身体を守る粘液が変質したことで、仔実装たちが目を覚ましていた。粘液の
中で泳ぐように身を捩っている。粘膜に消化液が浸透しているのだろう。

 その動きがはっきりと感じ取れた。

(もう終わりデス……。ワタシたちが愚かだったんデス……)

 涙を流しながら、妹実装石は理解していた。

 実装石の無力さと、どうにもならない状況というものを。

 粘膜が溶け、蛆状態の仔実装が現れる。

「レチャァァァ!」
「何テチ、なんテチィ!」
「ママアァァァ!」
「カワイソウ……」

 この状況を作った紫色の実装は、黄色い目でじっと妹実装の腹の中を見ている。憎しみ
や敵意ではなく、単なる好奇心。この紫色の行動理由は、好奇心だけだった。付け入る隙
も無い、単純にして無情な理由である。

 開かれた胃の中では、蛆状態の仔実装たちが消化液に晒されていた。

「痛いテチ……助けてテチィィ……」
「身体が溶けるテチー! 溶けるの嫌テチー!」
「ママァ、助けてテチィィィ……。ママァ……」

 蛆状態のまま胃の中をのたうち周りながら、悲鳴を口にしている。

 実装石の胃液。胃酸に加えて多種類の消化酵素を含む強力な消化液で、肉や植物だけで
なく、普通の生き物なら消化できない土や木などまで貪欲に消化してしまう。この胃液は
実装石の無茶苦茶な雑食性の秘密でもあった。

 仔実装はその消化液に無防備に晒されていた。

「テッ……テェ……」

 未熟な実装服も髪も溶け、禿裸となっている。

 それどころか、皮膚も溶けていた。溶解した皮膚から、赤と緑の血が流れ落ちている。
既に手足は溶け落ち、だるまとなっていた。もう先は長くないだろう。

 それでも、必死に助けを求める仔実装たち。

「苦しいテチ……」
「ママ、助けて……テチィ……」

 苦悶の呻き。

 だが、妹実装はその声を聞いていなかった。

(人間の食べ物を盗んだ時から、全部終わってたんデス……。ワタシももっと強く反対し
ておけばよかったデス……。でも、今はもう手遅れデス……)

 人間の畑から野菜を盗もうと言い出したのは姉だった。自分は反対したが、姉は大丈夫
だと言い切っていた。今まで窮地に陥っても策を練って生き延びてきたという自負があっ
たのだろう。確かに、小手先の知恵と勢いで生き抜くことはできた。

 だが、相手が人間ではそうもいかない。

(実装石と人間、絶望的デス……)

 自分の腹に目を向けると、子はほとんど消化され緑色の糞に変化していた。

 大事な仔は死んだ。

 人間のものを盗もうと考えていなければ、この子たちも無事に生まれていただろう。そ
して、育てられただろう。しかし、それは無理だった。

『デモ、中途半端ナ賢サハ……得テシテ、身ヲ滅ボス……』

 さっき紫色の言っていた言葉を、今更ながら心から理解する。

『あんまりニンゲンに近づいては駄目デス。お前たちが余計なことをすると、ワタシたち
までニンゲンに目を付けられるデス……。ニンゲンには関わらないのが一番デス』

 それは林の奥の方に済んでいる実装石の言葉だった。その言葉に姉は怒っていたが、今
ならその実装石の言っていたことが正しいのだと理解できる。

(自分で思ってるほど、ワタシたちは賢くなかったんデス……。お姉チャはあのニンゲン
から逃げようと頑張っているデスか? 無駄なことデス。デププ……)

 自虐の笑みを浮かべる妹実装石。

 今頃姉はニンゲンから逃れようと色々と策を弄しているだろう。考えるのが悪いわけで
はない。だが、相手がニンゲンでは、どんなに策を弄しても無意味だった。普段は勢いの
強い姉が主動しているが、妹実装は姉実装よりも少しだけ賢かった。それだけに、自分の
愚かさと終わりを明確に感じ取っている。

 ピシピシと偽石の軋むのが分かった。

(ワタシは、もう駄目デス……。ここで終わりデス……。せめて、次生まれる時は、もう
少しマシな実装生を送りたいデス……)

 キンッ!

「……ェ!」

 不意に走った痛みに、妹実装は目を見開いた。

 紫色が妹実装の胸に手をかざしている。鏡を見ると、心臓の真横にある偽石が、透明な
ものに覆われていた。それが何かは分からないが、何故か石の中に閉じこめられた自分の
姿が脳裏に浮かんで、消えた。

「勝手ニ自壊シナイデ……。アナタノ役割ハ、マダ残ッテイル……」

 透明な刃物を持ち上げながら、紫色が見つめてくる。さきほどから変わらない無感情な
黄色い眼差し。置物でも眺めるような、乾いた視線。

 きらり、と透明な刃物が光る。

「マダ……頭ノ中ヲ、見テイナイ……」
(デェェェェ……)

 無慈悲な言葉に、妹実装は涙を流した。








「デスー。デスー」

 俺との賭けに勝った姉実装は、鼻歌を唄いながら小屋を漁っている。

 ちょっと見てみたら、干物になった実装石の手足らしきものを食っていた。非常食なの
だろう。食事をして折れた腰骨の再生を早めるつもりらしい。

 何にしろこれでしばらくは落ち着いて仕事ができる。

「これでヨシ、っと」

 俺はバケツの水でたき火を消してから、金網を片付けていた。たき火を完全に消すため
に、地面の土を被せてある。地面に開いた穴と、折畳式スコップ。

 辛うじて生きている仔実装たちは、出産石に食べられている。火傷で動かない身体を嬲
るように食われながら、弱々しく悲鳴を上げている。

 その無惨さが、心地よい。

「無様テチー。テピャピャピャー」

 それを優越感たっぷりに見るのは、残った糞蟲個体。

 最期のコンペイトウを口に入れてから、俺に向き直る。

「おい、クソドレイ! もっとコンペイトウ寄越すテチ! 可愛くて賢いこのワタチにコ
ンペイトウを献上できるのは、名誉なコトテチ。だからさっさとするテチッ! 早くしな
いと、ウンチ塗りつけるテチャァ!」

 すっかり上がったなぁ。

 増長した実装石は自分を示すのに『可愛い』だの『美しい』だの無駄な修飾語を付ける
ことが多い。リンガルが超意訳してるのかと思ったこともあるけど、紫電の話では本当に
そういう事を言っているらしい。なんつーか、自意識過剰……。

 俺は掘った穴を眺めてから、

「何言ってるんだ? まだ、残ってるじゃないか?」
「何言ってるテチ? もうコンペイトウは残ってないテチ。早く食わせるテチ! このノ
ロマのクソドレイがテチィ!」

 偉そうに命令してくる仔実装。

 俺は仔実装の身体を持ち上げ、空き瓶へと押し込んだ。調度仔実装一匹が入るほどの大
きさだったと思ってたけど、予想以上に良い具合に嵌ったな、うん。

「何するテチャァァ!」

 瓶の口から威嚇してくるが、気にしない。

 俺は構わず瓶の蓋を閉めた。間違っても開かないように思い切り締めておく。

 そして、瓶を掘った穴の底へと置いた。折畳式スコップを使い、土をかけていく。たき
火を消すのに使った土を元の穴へと戻しているだけだが。

「に、ニンゲン……何するテチ……!」

 今までの高圧的な声から、不意に気弱な声へと変わった。だけど、もう遅い。俺はスコ
ップで瓶ごと穴を埋めていく。仔実装が色付き涙を流し、焦ったようにガラスを叩き始め
たけど、仔実装の腕力で割れるほどガラスは脆くない。

 ガラスが割れないと悟った仔実装。

「テチュ♪」

 ガラス越しに俺に媚びてくるけど、笑顔でスルー。

 やがて、仔実装入りの瓶は土の中へと埋まった。

「うーん……」

 俺は首を傾げる。

 風情が無い……。

 昔、瓶に詰めた仔実装を土に埋めて、そこに線香刺した絵を見たことあるけど、あれみ
たいな何とも言えぬ冷たい小粋さは微塵も無い。ま、何も知らぬ仔をいきなり瓶詰めにし
て埋めるという不条理さがいいのであって、今の俺みたいに上げた糞蟲仔実装を瓶詰めに
して埋めるのは、何か色々違うよな。

 反省……。

「デッフン」

 振り向くと、出産石が満足げにお腹を撫でていた。

 どうやら、全部食ったらしい。

「もう食ったのか?」
「お腹いっぱいデス〜」

 上機嫌に答える出産石。蛆実装一匹に成体の腕一本、焼いた仔実装八匹。今まで何も食
っていなかったせいか、随分食ったもんだな。そのおかげで、すっかり健康そうな見た目
に戻っていた。
 さっきは干物寸前だったのに、今じゃ痩せた禿裸ってところだ。

 俺はポケットから実装石処理スプレーを取り出し、

「じゃ、もう思い残すことなく死ねるな?」
「デス?」

 首を傾げる出産石。意味が分からなかったらしい。

「何言ってるデス、ニンゲン……? ワタシはお前の飼い実装になったデス。だから、こ
れから幸せに生きるデス。可愛い仔を生んで、元気に育てるデスー」

 うわー、思い切り勘違いしてるよ。って、俺が予想していた通りだけど。

 平然と俺は続けた。

「別の俺は飼うとは言ってないから。死ぬ前に旨いもんが食いたいってお前の願いを出来
心で叶えてやっただけ。願いは叶ったし、後は死ぬだけだ」
「デシャァ! この嘘吐きデシャァ!」

 いきなり威嚇の声を上げる出産石。栄養あるもんを食ったおかげか、両足で立てるほど
までに回復していた。三角口を大きく開け、両手を振り上げている。

「お前はワタシに美味しいお肉を食わせたんデス! だから、その責任を取って、ワタシ
を飼い実装にするデス! それから毎日美味しいご飯を食べて、暖かい寝床で眠って、可
愛い子を産んで、育てるデスッ!」

 どういう論理展開だ。毎度のことながら、実装石の論理ってのはよく分からん。理解し
ようってのが無理なんだけど。ただ、どいつもこいつもテンプレ的だから、たまにはもう
少し捻りの効いた論理展開を聞きたいもんだ。無理かな?

 騒ぐ出産石から目を離し、俺は栄養ドリンクの瓶の蓋を開け、ひっくり返した。

「デ……!」

 半分腐った栄養ドリンクと一緒に、黒ずんだ緑色の偽石が落ちてくる。

 出産石が声を止め、落ちた偽石を凝視した。

 うーん、案の定随分と劣化している。このまま放っておいたら、数日で砕けるだろう。
活性剤に浸けておけば話は別だが、そこまでする意味も義理も無い。

 てなわけで。

 シュッ。

 俺は処理スプレーを偽石に掛けた。

「デッ!」

 出産石の身体が一度跳ねる。
 そして。

「デデデェェェ! デギャァアアア! ニンゲンッ! 何したデシャアア! 痛いデス、
痛いデスッ! デデゲゲガガ! ワタシの身体がデガガガガ! 焼けるデジャアア!」

 両手で身体を抱きしめ、その場でのたうち回る出産石。液体裏ドドンパを飲ませていな
かったら、盛大に糞を漏らしていただろうな。
 備えあれば憂い無し!

 実装石処理スプレーは、液体の実装細胞の高速分裂と高速死滅を利用し、実装石の死体
を急速に分解する仕組みだ。実装研の友人の話によると、この液体実装細胞は一種のガン
細胞らしい。ただ、実装石の死体にしか効果がなく、生きた実装石は皮膚を少し溶かす程
度の効果しかない。免疫力に阻まれるからだ。

 しかし、唯一例外がある。

「デゴゴゴゴゴガァァァア! デギギギギ……! 助けてデズアアアア!」

 偽石に吹き掛けると、偽石を液体細胞が浸食するのだ。

 偽石には免疫機能というもののが無いため、液体細胞を無効化できない。ただ、液体細
胞にとっても偽石は浸食しにくいものらしく、分解しきるには数十分かってしまう。

 結果、生きたまま偽石に処理スプレーを掛けられた実装石は、直接偽石を分解される凄
まじい苦痛に長時間苦しむこととなる。

「デエエエエン! デエェェェェン! 助けてデスァァァアア」
「分かったよ」

 ボキ。

 俺は手近にあった枝で、出産石を殴り倒した。

 頭を陥没させ倒れる出産石。気絶したことによって、直接意識に響く苦痛はなくなった
ようである。びくびくと大袈裟なまでに痙攣しているところを見ると、苦痛そのものは消
えてないようだ。当たり前だが。

 正直、思った以上にうるさかったです……。

「そういや、お前……」

 俺は姉実装に声をかけた。

 調度小屋から出てきたところである。折れた腰骨はほぼ元通りになったようで、立ち上
がって歩けるまでに回復していた。ただ、禿裸のままで右目と右腕は再生していない。火
傷のため、今後回復することはないだろう。傷口を食い千切るなりすれば再生するが、火
傷後は再生も悪いらしい。

「デス?」

 残った左手には、細長い金属の棒が握られていた。先端の細い三十センチほどの棒で、
根元はプラスチックで覆われている。

 えっと、ステンレス製の菜箸だな、これ。

「これからどうするんだ? 片目は無いからもう仔は作れないし、禿裸片腕じゃ生きてい
くのも辛いだろ? 死ぬなら苦しまずに殺してやるぞ?」
「ワタシはこの森の奥に済んでいるヤツの所に行くデス」

 姉実装はきっぱりと答えた。

「ワタシの身体がもう使えないデス。だから、あいつの身体を奪うデス」

 何言ってるんだ、こいつ……。
 身体を奪うって、ギニュー隊長じゃあるまいし。

 って、偽石入れ替えか!

 実装石の核である偽石を別の身体に移すと、その人格と記憶を移すことができる。普通
は人間が行うけど、実装石自身が偽石を移しても同じことが起こる。森の奥にいる実装石
を襲って、自分の壊れた身体を捨てて、相手の健康な身体を奪おうって魂胆ね。

 これが、こいつの切り札か……。何かと思えば、無茶なことを考える。

「返り討ちにあうだろうな……」

 俺は思ったことを真正直に告げた。人間から離れた所に暮らす実装石。そいつらが警戒
するのは野犬などの野生動物、そして同族。

「大丈夫デス! 不意を突いてこいつでブッ叩けば、実装石なんて一発で気絶するデス。
今までそうやって来たデス!」

 菜箸を振りながら、姉実装は得意満面に答えた。それで一発不意打ち喰らえば、普通の
実装石は気絶するだろう。だけど、警戒心の強い賢い個体を不意打ちできるかと問われれ
ば、否だ。仮に出来たとしても片腕じゃ力が足りん。

 それ以前に、重大な問題があるけど。

「ひとつ言っておくと、俺がさっきやった賭け。あれ、嘘だから」
「デ……?」

 呆けたように姉実装が俺を見つめる。

「視線が鬱陶しかったから、適当に騙しただけだ」

 その視線に答えるように、俺はポケットから十円玉を取り出して、真上に弾いた。回転
しながら落ちてきた十円玉めがけて両手を素早く動かし、どちらかの手で掴む。さっき姉
実装に見せたのと同じ動作。

 両手を開くと、両方の手の平に十円玉が乗っていた。

「デェ……!」

 驚きに、菜箸を落とす姉実装。

 何のことはない。最初から左手に十円玉を持ったまま、右手で落ちてきた十円玉を掴ん
だのだ。結果、どっちを選んでも、その手には十円玉が握られている。

「お前って、頭がいいだけでバカだったんだなー」

 十円玉をしまい、俺はしみじみと呟いた。

 ようやく分かった。詰まるところそうなんだろう。俺はこの実装石のことをそこそこ賢
いと勘違いしてたけど、そうじゃない。ただ、頭の回転が速いだけで、根本的な部分は普
通の実装石だったんだ。行動力が高いけど、結果の良い部分しか見えていない。

 平たく言うと、頭のいいバカである。

 しばらく呆然としていた姉実装だったが、

「騙したデシャァアアアアアアア!」

 案の定派手に絶叫を上げた。








 頭を半分割られた妹実装石。
 暗い緑色の脳が剥き出しになっていた。

 紫電は水晶の針を脳に突き刺しながら、妹実装の表情を眺めていた。

「……ェ……。デ……」

 少しだけ回復した声帯から声が漏れる。

「カワイソウ……」

 水晶針を動かす。

「………!」

 妹実装石は、両目から勢いよく涙を流し始めた。何かを拒否するように激しく首を振っ
ている。全身ががたがたと震えていた。恐怖を司る部分を刺激したらしい。

 脳を直接刺激すると、より直接的な反応を知ることができる。喜怒哀楽の感情だけでな
く、幻覚や幻聴を感じたり、形容しがたい苦痛を感じたりするらしい。

 とはいえ、あんまり意味の無い実験でもあった。

「ソロソロ、戻ロウ……」

 紫電は水晶針を引き抜き、右手に小さな水晶の粒を作った。濃い紫色の浸食水晶。実装
生物の身体をゆっくりと水晶化させ砂に変える、死体処理用の水晶だ。

 それを、妹実装の脳へと突き刺した。

「………ェ……」

 一度だけ、妹実装の身体が跳ねる。

 だが、これで終わりだ。水晶は一時間ほどで全身を浸食し、砂に変えるだろう。仮に逃
げ出しても、水晶に浸食された部分を切り捨てなければ助かる見込みもない。

「最後ニ……」

 紫電は水晶針を一本、脳へと突き刺した。

 一番深い、脳幹と呼ばれる場所へ。

「ェ……ェッ……!」

 びくんと、妹実装石の身体が跳ねた。

 ブリッジでもするような勢いで背中を反らし、切開された腹を空へと突き出す。

 パキ、ポキと骨の砕ける音。何ヶ所か筋肉も千切れたようだった。心臓の脈動が異様な
までに早くなっている。肺の動きが不自然に大きくなり、胃壁の蠕動運動が無茶苦茶にな
っていた。身体の各部が制御を失い、暴走を始めたらしい。ギョロギョロと壊れたように
動き回る両目。

「コレハ……チョット、予想外……」

 驚きつつも、紫電は妹実装から離れた。

 水晶で動きを封じたはずだが、その静止を振り切り、デタラメに手足を動かしている。
手足を地面に縫いつけていた水晶針は、地面から抜けていた。

 身を捩るたびに、骨が折れる音と筋肉が切れる音が聞こえる。

 噛み千切られた舌が、地面に落ちた。

「カワイソウ……」

 紫電は腕組みをしながら、妹実装の様子を観察する。薔薇実装であるため、妹実装石に
対する哀れみや同情心は無い。限界を無視して動き始めた身体を、静かに見つめる。

 ポン。

 気の抜けた音を立て、心臓が爆ぜた。
 妹実装石の周りに、血が飛び散る。

 離れていた紫電に血は掛っていない。

 心臓が爆ぜても、まだ妹実装の痙攣は治まらなかった。

「カワイソウ、カワイソウ……。コレハ、面白イ……」

 紫電は妹実装石が動かなくなるまで、その様子を眺めていた。








「デェ……デェ……」

 滅茶苦茶に叫びまくった姉実装が、肩で息をしている。

 リンガルには俺への罵倒が大量に表示されてるけど、正直読む気はない。面白いことを
言ってるわけでもないしな。

 俺は持ってきた棒を右手に持ち、姉実装を見下ろした。

「お前の間違いは、人間から野菜盗んだことだろうな。野菜泥棒の実装石を見つけたら、
さっさと家族丸ごと潰す。当たり前のことだ」
「デェェ……!」

 左手で菜箸を俺に向ける姉実装だが。

 振り抜いた棒があっさりと菜箸を弾き飛ばした。手から離れ、くるくると回転しながら
宙を舞い、地面に落ちる菜箸。武器はなくなった。

 人間と実装石。その力の差は圧倒的である。

「お前が言ってた森の奥に住んでるヤツみたいに、人間に関わらずに生きてたら、こんな
ことにならずに済んだのにな」
「ワ、ワタシはどうなるデス……」

 震えながら、訊いてくる。
 俺はふっとため息をついて、

「さっき言った通りだ。友人の実験派に渡す。健康優良で頑丈そうな成体実装石欲しがっ
てたし。何の実験するかは知らんけどなー」
「カワイソウ……。タダイマ……」

 目を移すと、紫電が戻ってきた。

 いくつかの小道具を持っているが、妹実装石はいない。連れていないってことは生きて
ないってことだろ。逃がすとも思えん。

「じゃ、そろそろ帰るか」

 俺は棒を持ち上げながら、姉実装を見下ろした。

「何か言い残すことあるか?」

 覚めた口調で尋ねると。
 姉実装は残った左手を口元に当て、ちょこっと小首を傾げて見せる。

「デス♪」

 媚び、ね。

 うん。
 やっぱり、お前にはそれがお似合いだ。

 諦めにもにた心境で、俺は棒を振り下ろした。








「よう、らき☆すた」
「普通に名前で呼べよ……」
「男が細かい事気にするな。実装研でのお前のニックネームだぞ? それで、件の健康優
良で頑丈そうな成体実装は?」

 実験派の友人。子供の頃から実装石を用いた実験が好きで、そのまま実装研究所に勤め
てしまったという筋金入りだ。俺の虐待用薬品の出所でもある。

「ほい、こいつだ」

 俺は紙袋に入った禿裸の実装石を差し出した。

 ネムリで眠らせた姉実装。俺が焼き潰した右目と右腕は、火傷跡を抉ってから活性剤で
再生させておいた。あんまり抉るとかグロいことはしたくなかったけど、仕方ない。

「あー。廉価版の活性剤使ったな、コレ……」

 姉実装を受け取り、友人が眉根を寄せる。一見するとただの禿裸だってのに、活性剤使
ったって分かるんだ。さすが筋金入り。

「マズかった?」
「下手に活性剤入れると結果変わることあるからな。オレの個人的な実験だからそこまで
厳密にはやらんけど。にしても、なかなかの健康優良個体だな。オッケイ。ありがたく使
わせて貰うぜ。結果は終わったら見せてやるよ。よろしくなー、検体五十五号」

 ぺちぺちと嬉しそうに禿頭を叩いている。

「じゃ実装石も渡したし、俺は帰るわ。後で飯でも奢れや」
「千円までな」
「ケチ……」

 そんな友人との取り留めもない会話。




 END



 余談?
 姉実装が言っていた奥の方に住んでいる実装石は、「ダイヤモンドは砕けない」に出てき
たダイヤの母親のことです。

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