タイトル:【怖】 じゃに☆じそ!第7話04(完)
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初投稿日時:2010/03/03-22:19:40修正日時:2010/03/03-22:19:40
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【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】

 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、異世界へ飛んでしまった彼女の仔実装を
捜すため、異世界巡りをするハメになった。
 「実装石」と呼ばれる人型生命体の存在する世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミットの中で、
“頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。

 7つ目に辿り付いたのは、陸の孤島と化し、住人が死に絶えた山の中の小さな町。
 ここでは、実装燈駆除のために集められた実蒼石達が人間を殺すという、恐るべき事件が発生していた。
 実装燈は人間に寄生し、実蒼石がそれを狩る——そのために、住人は全滅したのだ。

 残りの滞在時間は、残りあと二日。
 としあき達は、短いようで長いその時間を生き残らなければならない。

 そして町の中では、実装生物達の戦いとは違う、新たな波乱が巻き起ころうとしていた。






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  じゃに☆じそ! 第7話 ACT-4 【 大物カオス・惨状… 】

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 午前8時頃、ようやく起きてきたひろあき達に、としあきは二階で発見したものを説明した。
「結局、この町で何が起きたんだい?」

 ひろあきの質問に、としあきは鼻をフフン♪ と鳴らす。
 としあきの物まねに少しだけムッとした顔をすると、ひろあきは黙って耳を傾ける。
 その横では、紅茶を配るぷちと、まるで餓鬼のようにクッキーをむさぼるミドリの姿があった。


 としあきは、夫人の日記を開くと、事件に関係ありそうな部分をかいつまんで説明する。


 この山渡町は、かつて近郊に「山実装」なる生物が住み着いており、人間と生活圏を分けて基本無干渉で生活していた。
 たまに人間との接触を求める個体が見られたが、野良実装のような者ではなく、町の人間も気軽に余り物を分け与え、関係は
平和的だった。
 だが、そんな山実装を狙って多数の実装燈も飛来しており、しかも山実装の生活圏が町に近いこともあり、実装燈による被害が
増加し始めていた。


“実装燈は、ここで何をしでかしたデス?”ボリボリ

「糞害、だとさ」

“すごく納得したデス”ボリボリ

 クッキーをほおばりながらながら、ミドリが変に感心する。


 山実装は毎年12月頃に冬眠を開始するが、実装燈はこの時期を特に狙う。
 昭和37年の冬は特に飛来数が増え、山実装も多数が寄生され翌年の春には実装燈が異常発生するという出来事があった。
 当然ながら駆除活動も行われてきたが、あまり芳しい効果を発揮出来なかった。
 昭和37年12月、昨年から町長を初めとする自警団は、麓の町より約400匹の実蒼石を借り受け、これに実装燈駆除を命じて放す
という対策を検討、実行に移す。
 しかし思ったより効果は上がらず、年明け頃には更なる実蒼石投入が決定され、更に300匹が送り込まれた。

 それでも、実蒼石の大量投入により、実装燈は数を減らし始めたように思われた。
 だが、それは完全な誤解だった。
 1月7日頃、冬季休校中の小学校校舎に向かった校長が翌日になっても帰宅せず、捜しに行った家族と自警団の若者も戻って
こないという事件が発生した。
 集団捜索の結果、なんと無人の小学校は実装燈の「巣」にされている事が判明した。
 同じ時期、町中に戻ってきた実蒼石達の一部が体調悪化を訴え始める。
 診察すると、相当数の個体が実装燈に卵を産み付けられていたため、町長は麓の町に実装燈の卵を殺す薬品を注文。
 実蒼石は譲渡されたものではなく借用だったため、町長は犠牲を出さず返却することに努めようとしたようだった。

 不幸にもその頃、土砂崩れが発生し陸路が寸断された。

 これにより、山渡町は麓の町との行き来が不可能になり、生活物資の調達はおろか商売も留まり、更には実蒼石の治療も行え
なくなった。
 土砂崩れの影響により電話線も使用不能になり、緊急無線による連絡が行われたが、復旧の目処は立たない。
 そしてこの頃、ついに寄生された実蒼石の体内から、実装燈が生まれる事態に発展する。


「ちょっと待ってテチ! じゃあ、最初に寄生されたのは実蒼石さん達だったテチ?
 ニンゲンさんじゃなかったテチ?」

「そうなんだよ、まぁもう少しだけ続くから聞いてくれ」


 町長は、この頃「小学校内に巣食う実装燈を一網打尽にする」という目的で、動ける実蒼石のほとんどをこれに向かわせたが、
結果は大失敗に終わり、全滅。
 これを知った町中の実蒼石達は、寄生された仲間を異常警戒するようになり、だんだん同族間の諍いが目立つようになって来た。
 また実装燈も、数が増えすぎたために餌を求め、見境なく町を襲うようになる。
 1月末頃には、実蒼石は住人の制御を離脱、独自に実装燈を狩るようになってしまい、町長と自警団は多大な賠償金支払いを懸念
するようになった。


 現在の事件が起きたのは、2月4日。
 実装燈に襲われ傷つけられた住人の体内から実装燈が孵化し、被害者はショック死。
 これを機に、町中の実蒼石は異常な行動を見せ始め、人間を襲うようになる。
 最初は負傷多発程度だったものが、やがて殺人に発展。
 4日午前中に発生したこの事件は、午後には町全体に広がり、自警団は各家庭に戸締りを指示。
 不意を討たれた被害者を除く住人達は、自宅を締め切り退避するようになった。

 
「ああ、それで開いている店と閉められている店があるわけか」

 ひろあきは相槌を打ちながら、どこか落ち着きなく周囲を見回している。


 実蒼石の行動は、後に「暴走状態」であると判断され、自警団は独自判断で猟銃などを用いて実蒼石駆除に方向転換。
 しかし、暴走した実蒼石の驚異的身体能力や実装燈の来襲に立ち向かえる筈はなく、沈黙。
 その後、日記の主である夫人は町長宅内で「嵐」が過ぎるのを待ち続ける日々を送るようになった。


 読める部分を全て読み終え日記を閉じると、としあきはフゥと息を吐いた。

「だいたいこんな経緯だ。
 しっかし、たまんねー奴らだな実蒼石は。
 てめぇらも原因の一つなんじゃねぇか、それなのに棚上げして人間狩りかよ」

“あいつらは、ものすごく頑固でワガママな性格って気がするデス。
 青蟲を見てると、それがよくわかるデス。
 デェエ、なんかすごくお腹が張るデス、体がかゆいデス……”

“ワタシも、なんだかだるくなってきたダワ……”

 急に不調を訴えだす二人に、としあきの不安が膨らむ。
 ミドリ達の様子を窺っていると、ひろあきが肩を叩いてきた。

「なあ、僕のデスゥタンガンを知らないか?
 今朝から見当たらないんだ」

「えっ? 俺持ってないよ。
 トイレに置いて来たんじゃないか?」

「そんなことはないんだが……おかしいな」

 全員の気が散り始めたので、としあきは話を止める。
 その後の相談で、としあきとひろあきは食料調達のため再びスーパーに出向く事にした。
 ぷちとミドリ、ルビィを留守番させると、二人は玄関を出て、用心しながらトラックに乗り込んだ。

「デスゥタンガンがないと不安だなあ、どうしよう弐羽くん〜」

 突然情けない声を出し始めるひろあきに、としあきは「俺に言われても困る」とやや冷たく返答した。


 その日、としあき達一行は行動を最小限に留め、移動日である16日午前6時までやり過ごす事で全員の意志を固めた。
 外部との連絡を取るとか、山渡町に対する市や県の対応を確認する手段を模索しようという案もあったが、仮にそれらが解っても
彼らにはもはやほとんど意味がない。
 要は、その時まで生き残り、他の世界に行ってしまえばとしあき達にとっては解決なのだ。
 ミドリやルビィはやられっぱなしの状況に甘んじる事に反発したが、かといって効果的な対策も見出せず、渋々としあき達の考えに
従うしかない。
 ぷちは、世界移動後にルビィだけが残される問題を懸念し、彼女も旅に同行させてはどうかと提案。
 としあきと、なんだかんだで仲良くやっているミドリもこれを受け入れ、話は大方まとまった。

 ただ、問題はひろあきである。
 彼は、アクアがいなければ世界移動が出来ない。
 しかし、現状正常なアクアを取り戻す事は不可能に近いため、としあきは今後自分と共に世界移動を行って行こうと提案した。
 そして、事実上それ以外に対策はなかった。


          ※          ※          ※


 五日目の朝が訪れる。
 残り滞在時間は、ついに24時間を割った。
 としあきとひろあきは、最後になるだろう食料調達と町の確認のため、トラックで出かけていった。
 留守番を言いつけられたぷちは、ついさっきまで元気だったのに、突然重病人のようにぐったりしてしまったミドリとルビィを前に
うろたえていた。
 二人の総排泄孔からは次々に液便が流れ、布団を汚していく。
 ぷちは、家の中を調べ周り、新しいタオルがないか模索した。

「テェェ、どうしてこうなっちゃうテチィ?」

 風呂場から比較的綺麗なタオルを見つけてきたぷちは、慌ててリビングに戻った。

 ぷちがリビングに入ったその瞬間、ルビィの身体に異変が起きた。

 グボッ!

 突然、ルビィが目を剥き、苦しそうに胸を押さえながら嘔吐した。
 やがて激しく全身痙攣を始め、地の底から響くような呻き声を立てる。
 金髪ツインテールが、まるで手のように蠢き、床をパシパシと叩いた。

「ルビィさん! どうしたんテチ? 大丈夫テチ?」

 グェ……ェ、エェェ……ゴボッ、ゲボッ……!!

 口から黄色い液体を止め処なく流し、極端に身体をよじり悶える。
 腹がべこぼこと激しくぜん動し、排泄物が噴出しパンツが膨らんでいく。
 あまりにも唐突な事態はぷちの対応能力を完全に超えており、彼女はただうろたえながらルビィに呼びかけることしか出来ない。
 胸の奥の痛みが、少しずつ激しさを増してくる。

 数分の身悶えの後、ルビィは一旦落ち着きを取り戻した。
 ぷちが吐瀉物を拭き取ろうとタオルを用意すると、ルビィは突然ムクリと上体を起こした。

「る、ルビィさん?」

 ルビィの目は既に濁っており、生者のものとは思えなくなっている。
 やがて彼女は、あり得ないほど大口を開け、呻き声を立て始めた。
 口の端がぶちぶちと音を立てて裂け、顎の骨が露出する。

 ォオオオオオォォ———!!

 それは、ルビィの声ではない。
 体内の空気が声門を通り抜けて発生した「音」だ。
 やがて呻き声に似た「音」はオクターブを上げ、ジュボリ、という耳障りな水音に変化する。
 と同時に、大きな腹が風船のようにみるみる膨れて行き——爆ぜた。

 ボゴォッ!! グジュリ、ジュボリ

 ルトォォォオ……!!

 ルビィの腹を割いて、見た事もないような生物が誕生する。
 それは肉片と血液、どろどろした粘膜にまみれているが、銀髪と藍色の身体、黒い翼を携えている。
 
「テ、テチャアァァッ!!」

「デ、デデ……デエェェェェッ!!」
 ブリブリブリ

 悲鳴と共に、汚臭も広がる。
 見ると、いつの間にか意識を取り戻していたミドリも、顔を真っ青にして怯えている。
 みるみる広がっていく漆黒の翼と、笛の音のような鳴き声が、ぷちとミドリの恐怖心を更に煽り立てる。
 余りにも恐ろしい事態を目の当たりにしたぷちは、意識を失いふらっと倒れてしまった。
 不気味に輝く紫色の双眼が、ミドリを見下ろす。

「デ、デギャアァァァァ!!」
 ブリブリブリブリ

 訳がわからなくなったミドリは、更に激しくパンコンする。
 黒い翼の生物は、ミドリに襲いかかり頭をわし掴みにすると、一見口に見えるおちょぼ口風の孔から、スルスルと細い管のような
ものを伸ばしてきた。
 その先端は鋭く尖っており、しかも徐々に硬さを増してくる。

 ルルルルルルルルルル……

 再び笛の音のような鳴き声が響く。
 もはや完全に恐怖に支配されたミドリは、黒い翼の生物のなすがままになるしかない。
 眉間に迫る管の先端がギラリと輝き、ミドリの肌にプツリ、と小さな刺し傷を作った。

「デ、デ、デ、デ……」

 ルルルルル……ルル?

 だが、管はそれ以上進行せず、それどころか硬度を失いスルスルと孔内に戻っていく。
 突然興味を失ったようにミドリを解放すると、続けて脇に倒れているぷちを見止める。
 黒い翼をパタタとはためかせ、銀髪の生物は、気を失っているぷちの肩の上に舞い降りた。
 再び、孔内から管が伸ばされる。

「デエェェッ! この糞鳥野郎! ワタシの妹に何しやがるデスゥッ!!」

 今にも管がぷちの肌を突き破らんとする瞬間、ミドリは、手近にあった物体を掴み上げて思い切り投げつけた。
 神が宿ったか、奇跡が起きたか。
 「それ」は外れる事なく、生物の顔側面に見事クリーンヒットした。

 ルルオォォォォオオオ?!?!

 「それ」——パンツの隙間から零れた汚物は、生物の口腔内に入り込んだようで、顔色を変えて身悶えしている。
 ミドリは身体に鞭打って飛びかかると、生物の後頭部を掴み、顔面を汚物溜まりに押しつけた。

「実装糞の味を教えてやるデスゥッ!! デギギギ!」

 ル、ル、ル、ルドオォォォッ?!?! ——ゴボッ、コボベッ

 身体が衰弱しているミドリの力でさえ押さえつけられるほど、その生物の力は弱い。
 ろくに抵抗らしい抵抗もせぬまま、生物は数度の嗚咽を漏らし、やがて動きを止めた。
 救いを求めるようにバタつかせていた翼もへなへなと萎れ、やがて痙攣する四肢も動きを止めた。

「デ、デェェ……も、もう動けない……デズゥゥ……」

 生物が死んだのを確認した途端、強烈な疲労感に襲われる。
 ずるずると何かに引きずられるように、ミドリもぷちに続いて床に崩れた。
 再び嘔吐感に襲われる。
 薄れ行く意識の中、ミドリは、遙か彼方で響く仔実装の鳴き声を聞いたような気がした。


          ※          ※          ※


 やがてトラックはスーパーの倉庫前に到着した。
 ふと見ると、倒れたトラックの中では、あの仔実装達が死んで干からびている。
 なんとなくいつもと違う空気が漂う倉庫に侵入し、缶詰置き場に辿り着く。
 来る度に使用している買い物籠に缶詰を詰めようとして、としあきは誰かの気配を感じて咄嗟に振り返った。

「だ、誰だ?!」

“——ボク”

 背後から、弱々しい声が聞こえてくる。
 振り返ると、倉庫の奥の暗がりから、隻腕の実蒼石がよろよろと歩み寄って来た。

「アクア……なのか?」

 ひろあきの呟きに、実蒼石は静かに頷く。

“ここで待っていれば、としあきさんに会えると思ってたボク”

 どうやら鋏を失っているようで、話し方や態度は以前と同じになっている。
 怒気を含んで歩み寄るとしあきから庇うように、ひろあきはアクアを抱き上げた。

「この腕はどうしたんだ! 再生してないのかい?」

“傷口を地面にこすり付けられたボク。
 もう再生は不可能ボク…”

「なぜ、なんでこんな事になったんだ?!」

 ひろあきが、今にも泣き出しそうな表情で叫ぶ。
 初めて見せる彼の態度に、としあきは唖然とさせられる。

「アクア、話が通じるようになったなら教えてくれ。
 君は、何を知ったんだ?
 今、この町はどうなってる?」

 狼狽するひろあきの背後から、やや強い口調で語りかける。
 アクアは、頬をすりつけるひろあきを避けると、としあきに向き直った。

「弐羽くん! アクアの身体、とても熱いんだ!
 熱が出てる! 早くあの薬屋に連れて行かなくちゃ!!」

 顔を歪めて必死で頼み込むひろあきをあえて無視し、としあきはアクアの声に耳を傾けようとする。
 ひろあきの言う通り、彼女の顔は異常に火照っており、息切れも激しい。
 ふと見ると、擦り切られた右腕の傷口が激しく膿んでいる。

“としあきさん、ひろあきちゃんの代わりに聴いて欲しいボク。
 このままだと、この町は大変なことにになってしまうボク!”

「そんな事はどうでもいい! 弐羽くん、アクアを助けて! 車に——」

「落ち着けって海藤! 何パニクってるんだよ?」

 うろたえるひろあきの肩を揺さぶるが、彼の動揺は収まらない。
 今まで見たこともない突然の変貌ぶりに、としあきも困惑する。

「アクア、僕のアクア! あああ、こんなになってしまって!
 僕が必ず助けてあげるからね、さぁ早く——」

 バキッ!

 不自然に声が途切れ、ひろあきはもんどり打って倒れる。 
 どうやら、アクアに頬を殴打されたようだ。
 右頬を押さえながら、ひろあきは驚愕のまなざしでアクアを見つめた。

“ひろあきちゃん、この際だから、ハッキリと言っておくボク!
 今までずっと我慢してきたけど、君はとっても足手まといだったボク!
 「実装産業の世界」で、君と知り合ったのは間違いだったボク!”

「な、何を言って……?」

“君が今まで得意げにとしあきさんに話していた情報は、ほとんど全部ボクが調達したものボク!
 デスゥタンガンで操られて無理矢理暴れさせられたり、動けなくされて身体中嘗め回されたり、毎晩その………されたり!
 もうウンザリボク! 二度とボクの目の前に姿を見せないで欲しいボク!

 ひろあきちゃんなんて、 大 嫌 い ボ ク ゥ ッ !! ”

「なん……だって?」

 衝撃の告白に、先程までのとしあきの怒りは失せ果てた。
 脇では、まるでしなを作るような姿勢でひろあきがわめいている。

「ひ、酷い……ひどいや、アクア!
 あんなに愛し合ってたのにぃぃぃ!! うわあぁぁぁぁあああ!!」

 奇っ怪な叫び声を挙げながら、ひろあきは倉庫を飛び出して行く。
 咄嗟に後を追おうとしたとしあきを、アクアが引き留めた。

“ボクは、もうそんなに長くもたないボク。
 お願いボク、とても大事な話だから、聞いて欲しいボク。
 ボクが、まだ正常に話が出来るうちに……”

「あ? あ、ああ……」

 外とアクアを交互に見回していたとしあきは、神妙な彼女の態度に何かを感じ取った。


          ※          ※          ※


 脇の木箱に腰掛け、としあきはアクアの話に真剣に耳を傾ける。
 息苦しそうに声を途切れさせながらも、アクアは必死で言葉を紡いだ。

“このままだと、実装燈は、山を下りて麓の人達も襲い始めるかもしれないボク”

「突然何を言い出すんだよ?」

“本当ボク!
 実装石にしか寄生しない筈のあいつらは、人間や他の生物にも寄生させられる事を理解したボク。
 実装燈は、繁殖本能だけで動いている連中ボク!
 この町の生物が根絶やしになったら、絶対に山を下るボク!”

「んな事言ったって、俺達に何が出来るってんだよ!
 対策があるなら、誰かがとっくにやってるんじゃないか?」

“それは——ボキュ……”

 突然、アクアが座っていた木箱から転落する。
 
「おい、大丈夫か?!」

“……もう少しだけ、大丈夫ボク……少し、頭がボゥッとしただけボク”

 アクアが、力無く微笑む。
 としあきも、さすがに心配になってきた。

「アクア、やっぱり治療しよう。
 このままじゃ——」

 だがアクアは、フッと笑って静かに首を振る。

“無駄ボク。
 もうボクの身体は、実装燈に寄生されてるボク……”

「な、なんだって?!」

 アクアは、自分の右肩を指して説明する。
 実装燈との闘いの際、産卵管の一撃を右肩に受けたため仲間が即座に切断したのだが、卵はもっと奥に埋め込まれてしまっていた。
 この発熱と倦怠感も、体内の実装燈に養分を吸い取られているからなのだという。

“バチが当たったボク……ボクも、実装燈に攻撃された仲間をたくさん殺したボク……だから”

「まぁ、そう諦めるなって。きっと何かいい方法があるさ」

 アクアを町長宅に連れて行くのは少々抵抗があったが、今はそんな事を言ってはいられない。
 としあきは、ミドリやルビィも体調を悪くしていた事を、ふと思い返した。

「ったく、やっかいな奴だな!」

 アクアを抱き上げ、としあきはトラックへと駆け戻る。
 胸や腕に伝わる体温から、アクアの体調が悪化しているのがよく解る。
 だがとしあきは、ここはあえて心を鬼にすることにした。

 トラックに戻るが、ひろあきの姿はない。

「畜生、もうどうなってもしらねぇぞ!」

 アクアをコンパネの上に乗せると、としあきはキーを回してエンジンをかける。
 と同時に、その音に反応した実装生物達が、周囲の建物からぞろぞろと顔を出し始めた。
 一匹や二匹ではなく、ざっと見ただけで数十匹はいる。
 しかも、その全てが——実装石だ。

「なあアクア、実装石って、みんな山の中で冬眠してるんじゃないのか?」

“早く、行くボク”

「なんかおかしくないか、この町?
 住人みんな死んでる筈なのに新しく人が来るしさ!
 今度は実装石かよ? いったいどうなってんだ?」

“いいから、早く行ってボク!
 あいつらにかまっちゃいけないボク!”

 アクセルを踏み、軽快な音を立てると実装石達は素早く建物の影に身を隠す。
 としあきは、トラックをまっすぐ走らせた。


          ※          ※          ※


 玄関を開けた途端、としあきは思わずアクアを取り落としそうになった。

 そこでは、真っ青な顔で倒れているぷちと、苦しそうに身悶えしているミドリ、そして糞の山に顔を突っ込んで死んでいる実装燈と、
身体が破裂して完全にこと切れているルビィの姿があった。

「何が……起きたんだ?!」

“この実装紅、実装燈に寄生されてたボク……”

 アクアと顔を見合わせ、二人を介抱しようと屈んだ瞬間、家の奥から鳴き声が聞こえてきた。


 テェェェェン、テェェェン、ママァァァァ、ママアァァァァァ!!


「仔実装? な、なんで家の中に?!」

“待ってボク! これは——仔実装じゃないボク!!
 としあきさん、早く逃げるボク!”

 突然声を荒げるアクアに、としあきは怪訝な表情を返す。

「慌てるなって、どうせどこかから紛れ込んだ仔……アレ?」

“いいから、お願いだから早く逃げてボク!
 このままだと、みんな殺されちゃうボクゥッ!!”

「な、なんだよそりゃ?! またなんかあるのか?」

 奥から聞こえてくる鳴き声が急に大きくなった。
 更に、何か大勢の者がはいずってくるような異音も響く。
 としあきは、アクアを置いてぷちの頬を叩くが、全く目を覚ます様子がない。
 その時、ミドリが意識を取り戻した。

“クソドレ……ぐるじ……デ、エェェ……!”

「おらミドリ、根性出せ!
 次の世界で死ぬほどステーキ食わせてやっから」

“ぎ、牛丼……特盛……り…も…”

「ああ、わかった!」

 迫り来る得体の知れない恐怖に必死で逆らい、としあきはまずアクアとミドリを庭に退避させる。
 続けてぷちを抱きかかえようとした時、玄関に見覚えのない禿裸仔実装が立ち尽くしているのに気付いた。

「いつの間に……」

 テェェェン、テェェェン、ママァァァァ!!

 仔実装は、狂ったように泣きながら両手を伸ばし、近寄ってくる。
 猛烈な悪寒に襲われたとしあきは、急いでぷちを抱き上げ、玄関を飛び出した。
 ドアをくぐった瞬間、背後から強酸を叩きつけるような音と匂いが漂ってきた。

 テェェェェン、テエェェェン!! テェェェェェン!!

「な、なんなんだこいつはぁっ?!
 ぷち、早く起きろ!! 起きてくれぇっ!」

 としあき一人の力では、ぷち一人を運ぶのが精一杯で、とてもアクアとミドリまでは運べない。
 それを悟ったアクアは、自分の脇で横たわるミドリを一瞥すると、その頬を殴りつけた。

「起きろ、糞蟲」

「な、あ、青蟲?!」

「捕まれボク」

「な? 何のつもりデ……」

「早くしろボク!」

 背後から激しい鳴き声が響く中、アクアはミドリを強引に起き上がらせると、背におぶり門に向かってよろよろと歩き出す。
 片腕のためうまく支えることが出来ず、何度も転びそうになるが、それでも必死で先に進む。

「青蟲、なんで、お前——」

「お前が死んだら、ぷちちゃんがパキンするボク…っっ!」

「……待て、もう大丈夫デス、下ろせデス」

「そんな身体で歩けるかボク?」

「ケッ……青蟲ごときに心配されるなんて、ワタシも…落ちぶれたもんデス……」

 二人は、肩を支え合って歩き出す。
 振り返ってその様子を確認したとしあきは、追っ手がまだ庭に出てこないのを確認すると、一足先にトラックへと急いだ。
 門戸の前にトラックをつけ、ドアを開いたのと、玄関が爆発したのはほぼ同時だった。

「急げ!」

 デ、デデデ!

 ボギャ……!!

 二人を抱え上げ、すぐ発進させる。
 行き先は決めてなかったが、とにかくこの場から逃げるのが最優先だ。
 仔実装の泣き声と、実装生物達の悲鳴が背後から微かに聞こえてくる。
 狭い助手席で折り重なるようになった三人を眺め、としあきは額に流れる冷や汗を拭った。 西側の通りを北に向かい、時計店の
角を右折し薬品店を目指す。
 時計店から薬品店、そして空き店舗の前は、何もおらず不気味に静まり返っている。
 店の前で一時停止をした時、アクアが呼び止めてきた。

“さっきの仔実装は……多分、あの世界の人達が「カオス」呼んでた奴ボク”

「あの世界?」

“「カオス実装の世界」というのがあるボク。
 あれと良く似たバケモノに、ボクは殺されかけた事があるボク”

「それは異世界の話だろう? この世界には——」

“としあきさん、あれを見てボク…”

 アクアは、トラックの後方を指さす。
 どこから現れたのか、アンリそっくりの無表情な実装石が数匹、隠れるようにしてこちらを見つめていた。

「まさかアレ、『実装人形の世界』の実装石?!」

“あっちにもいるボク。
 あれは、普通の実装石ボク”

 反対の方角には、まるでいつぞやの公園で見たような、いかにもな野良実装の集団が佇んでいた。
 だらしなく口を開け、ぼうっとしながらトラックを見つめている。

「なんだよこれ!? 益々訳がわかんねぇよ!
 ここは他実装の世界で、実装石の数も少ない所だったんじゃないのか?!」

 怒鳴るようにまくしたてるとしあきに、アクアは力無く頷く。

“そうボク、他実装の世界——ボクの故郷の世界ボク。
 けど、もうそんな区別は関係なくなったボク”

「どういう意味さ?」

“この世界に、別な実装世界の住人達が入り込んでいるボク……ゲボッ!”

 と突然、アクアが激しく嘔吐した。
 としあきの腕の隙間から、濁った青色の吐瀉物がこぼれ落ちる。

「大丈夫か?!」

 弱々しく微笑みながら、アクアは先ほどより小さな声で伝える。


“としあきさん……初期実装の目的が、わかった……ボクゥ”

  
 更に一段小さくなった声で、囁く。
 その言葉に、としあき大きく目を見開いた。

「初期実装の、目的?」

“初期実装が、ボク達に世界巡りをさせていたのには、理由があったんボク…
 あいつは、ボク達を世界に飛——ボクボク……ボク、ボクゥ……

「えっ?! あっ、おい、嘘だろぉっ?!」

 アクアの声の翻訳が、途中で途切れる。
 慌てて携帯を取り出すと、画面がブラックアウトしていた。

「なんなんだよ、肝心な時に!」

 ボク!! ボクボク、ボクボクゥッ……!!

 アクアが、としあきを指差し必死で何かを呼びかけているが、彼女の言葉はもう通じない。 ミドリが起き上がり、アクアの身体を
さすりながら頷く。
 
「頼むぜミドリ——」

 デス……デスゥッ!

 青ざめた顔で、それでも無理矢理元気な声で返事をする。
 としあきは、ミドリの頭を軽く撫で、笑顔を返した。
 
 最初にこの町にやって来た時、としあき達は薬品店の二階に現れた。
 明日の午前6時までここで生き残れば、皆は再び元に戻る。
 それが、としあきが現状思いつける唯一かつ最良の対策だった。
 店の入り口を塞ぐようにトラックを停め、中の様子を確認に行く。

 だがとしあきは、あまりにも様変わりした店内の様子に、愕然とした。

「な、なんだこりゃあ?」

 見覚えのある白い物体——しばしの沈黙の後、としあきはようやく思い出した。

「これ、確か実装繭?
 って、『人化実装の世界』まで混じってるのかよ!」

 一階全体を覆いつくすように広がる糸の束は、今のところまだ階段部分までは伸びていない。
 二階の部屋は、以前としあき達が泊まっていた頃の面影はなくなっていた。
 大きくへこみ敗れた押入れのふすま、ズダズダに切り裂かれた畳、変色した壁、割れた窓。
 元々少なかった家具は好き勝手な方向に倒壊し、更には各所に実装生物の死体が散らばっている。
 実蒼石も、実装燈も、そして何故か実装石や実装金のものまである。
 中には得体の知れない変貌を遂げ、もはや原型が解らなくなってしまった謎生物の死骸もあった。
 そんな部屋の中心で、ひろあきは膝を抱えてうずくまっていた。

「海藤! お前、こんなとこで何してんだ?!」

「……弐羽くん、僕は、僕はもう駄目だ……」

 以前のような自信も、どこか尊大な態度も、今のひろあきからは完全に消え失せている。
 としあきは、彼の肩をポンと叩いた。

「アクアがもう限界だ。
 お前は、世界移動が始まるまでここでみんなと待機しててくれ」

「ふ、弐羽くんはどうするんだい?」

「俺のことはいいから、とにかく明日の朝6時まで粘ってくれ。
 世界移動さえしちまえば、どんな傷でも回復するんだからな」

「そ、そうか……うん、そうだね!」

 ひろあきの表情が、パァッと明るくなる。
 笑顔で頷くと、としあきは皆を連れてくるためトラックに戻ろうとした。

「待ってくれ、弐羽くん!
 僕も手伝うよ」

「ああ、頼む」

 二人は頷き合うと、急いで一階に下りた。
 不気味に脈動を繰り返す繭の隙間を縫い、トラックに辿り着くと、まずミドリとアクアを連れて行き、続けて二人がかりでぷちを支える。
 彼女の弱々しい呼吸が、耳に当たる。

「偽石が限界なんだ。
 このままだと、まずいかもしれない」

「縁起でもねぇ。
 こうなったら、意地でも全員でここを脱出するぜ」

「逆境に強いね君は」

「こんだけギリギリの経験積まされれば、そりゃあ強くもなるさね」

 フフン♪ と鼻で笑うと、ひろあきも同じように返す。
 二人とも本来そんな余裕などないのだが、少しでも気勢を張ってみたいと思った。
 としあきは、ひろあきが調子を取り戻しつつあるのを確認すると、再びトラックに戻ろうとする。

「弐羽くん、何をする気なんだ?」

「ちょっと思い切ったことをしてくる」

「いったい何を?」

「そろそろ、実装共が本格的に騒ぎ始める時間だ。
 戸締りに気をつけてくれ」

 それだけ言うと、としあきはリボビタンDを持てるだけ抱えて、トラックに乗り込んだ。
 足元に瓶を転がし、一本中身をあおると、わざと荒々しく鼻息を吐いてキーを回す。
 トルルル、という気の抜けるようなエンジン音が鳴り響く。

 としあきは、真っ直ぐ東に向かい、交差点を右折すると、再び町長宅方面を目指した。


          ※          ※          ※


 町長宅隣の空き地に建っている小屋の近くで、としあきはトラックを停めた。
 冷たい風に乗って、どこからか腐臭が漂ってくる。
 見上げると、空にはコウモリのような、カラスのような、黒い翼の異形達が舞い踊っている。
 ガソリン小屋の扉を開くと、先ほどまで漂っていた腐臭を全く感じなくなるほどのガソリン臭が押し寄せる。
 としあきはポリ容器全てと給油ポンプをトラックの荷台に積み込んだ。
 ドラム缶まではさすがに持ち上げられなかったので放置する。
 ふと、以前見つけた黒い箱が気になった。
 外に持ち出してよく看てみると、どうやらそれはラジオのようだった。
 前回来た時はぷち達に急かされたせいでよくわからなかったが、こんな所に重要なアイテムが置かれていたようだ。

「チッ、今更見つけても……いや、退屈しのぎにはなるかな?」

 運転席にラジオを放り込み、ポケットの中の物を手で確認すると、としあきは素早くトラックに飛び乗った。


 すっかり暗くなった町中では、各所から怒声や悲鳴が聞こえる。
 空に舞っている実装燈が、次々に急降下して地上の実装生物達を襲う。
 いつの間にか現れた実蒼石の一団が立ち向かうが、多勢に無勢であっという間に全身メッタ刺しにされていく。
 もはや実蒼石達も、まともな戦闘能力を残していないのは明白だ。
 対して、実装燈達は元気そのもので、死にかけた実蒼石にトドメを刺さず、わざわざ低空から嘲笑するゆとりすら見せている。

 町の広場を走り抜けようとすると、何匹かの実装燈がフロントウインドウに体当たりを敢行してくる。
 としあきは、必死でワイパーを動かし血や肉片、ちぎれた髪の毛を振り払うと、山の中にある小学校を目指した。

 山の中を進めば進むほど、すれ違う実装生物の割合は減っていく。
 数匹の実装燈が低空飛行を行い、トラックのライトに驚いて逃げていく程度だ。
 やがて道が開け、黒い木々の谷間を抜ける。
 辿り着いた小学校の校舎は、まるで悪魔の棲む城のような迫力で、闇の中に浮かび上がる。
 開かれた窓から、実装燈達が次々に飛び出てくる。
 ライトを消しエンジンを止めると、としあきはリボビタンDを開け、一気に飲み干した。

「昔、これ飲み過ぎると夜眠れなくなるって親に叱られたっけなぁ……」

 携帯を取り出し、いまだに真っ黒なままの画面を見つめると、としあきは重いため息を吐き出した。

(そういやこの携帯、俺が世界巡りするようになってから突然翻訳装置になったんだよな?
 しかも、俺にしか聞こえない音声に変えられたり、文字に変換したり……
 なんで、そんな特殊機能満載になったんだこれ?)

 不思議に思いながら、携帯をじろじろ見回す。

「あれ…?」

 としあきは、旅に出てから一度も携帯を充電していなかったことを、ふと思い出した。


          ※          ※          ※


 いつのまにか、居眠りをしていた。
 どれだけの時間が経ったのか、今のとしあきには確認の術がない。
 携帯は相変わらず真っ黒な画面のままで、起動する様子を見せない。
 としあきは、周囲に何も居ないのを確認すると、ラジオのスイッチを入れてみた。
 古いデザインなので操作に若干戸惑うが、ダイヤルを調節してなんとか音を拾おうとチューナーを調節する。
 だが、数分格闘しても、まともな音声は一切拾えなかった。

「くそ、壊れてるのかなぁ……せっかく持ってきたのにぃ」

 ラジオ放送による時刻確認も出来なくなった以上、としあきは、まったくの勘だけで行動のタイミングを計るしかない。
 感覚で一時間ほど車中で時間を潰すが、あまりにも静かで退屈も限度に達する。
 リボビタンDを更に一本煽ると、としあきは眠い目をこすり、外を凝視した。

 しばらくすると、パタタと小さな羽音を立て、何かが飛来する。
 それは、フロントウインドゥにべったりと顔をつけ、中を窺い始めた。
 仔実装燈だ。
 一見とても可愛らしい顔だが、顎の裏から不気味な舌がちらちらと見え隠れしている。

「うわ……!!」

 咄嗟に身を隠そうとして、助手席のラジオに腕を激突させてしまう。
 スイッチが入り、スピーカーから激しいノイズ音が鳴り出した。

「や、やべっ!」

 慌ててスイッチを切り外を確認すると、不思議なことに今張り付いていた実装燈の姿が消えた。
 よく見ると、ボンネットの上でうつ伏せになり、全身をヒクヒク引きつらせていた。

「えっ? ど、どうしたんだこいつ?」

 ラジオを抱きしめながら様子を窺っていると、仔実装燈は数分後にムクリと起き上がり、まるで逃げるように遠くへ飛び去って
いった。

「なんだありゃ?」

 しばらくすると、今度は成体と思われる二匹の実装燈が飛んでくる。
 としあきは身を潜めてやり過ごそうとしたが、実装燈は窓を叩いたり頭突きを始め、ガラスを破ろうとし始めた。
 激突音から、窓が割れる心配はなさそうだったが、目をつけられると後々の行動に支障が出る。
 としあきは、一時的にトラックを動かして飛び去らせ、待機場所を変えようとした。
 運転席に座り直し実装燈達と向かい合った瞬間、としあきの頭に電球が浮かんだ。

「あ、もしかしたら……」

 としあきは、もう一度ラジオのスイッチを入れてみた。
 今度は、ボリュームを大きくして……

 ! ギッ!! ギ、イィィィッ!?

 耳障りなノイズが鳴り出すと、それに反応するように実装燈達が苦しみ出す。
 頭を押さえ、苦痛の表情を浮かべてボンネットに座り込み、やがて顎下の大口から大量に泡を吹き出した。

「へえぇ、こんなのが効くのかぁ」

 としあきは、ラジオをぎりぎりまで窓に近づけ、さらに音量を上げてみる。
 ボリュームを最大に回すと、二匹の実装燈は眼球が飛び出しそうなほど目を見開き、ひときわ苦しそうな悲鳴を上げ、ポロリと
ボンネットから落下した。
 用心して更に十数分間待ってみるが、下に落ちた実装燈が再び飛び上がることはない。
 としあきは、ゆっくりドアを開け外の様子を窺うと、実装燈はフロントフェンダーの脇で大の字になったままこと切れていた。
 としあきの喉が、ゴクリと鳴る。

「まさか、こんなのが撃退兵器になるなんてなぁ。
 くそ、もっと早く見つけてれば良かった」

 勝利を確信したとしあきは、トラックの荷台からガソリンの入ったポリ容器を下ろすと、ラジオを左脇に抱えて深夜の小学校校舎
へと歩き出した。


          ※          ※          ※


 空が、ようやく白み始める。
 最後のポリ容器を放り捨てたとしあきは、奇妙な爽快感を覚えながら、日が昇る空を呑気に眺めていた。
 しばらくすると、遠くから凄まじい大きさの黒い塊が飛来し、バタバタというけたたましい羽音がどんどん迫ってくる。
 としあきは軽く舌打ちをすると、急いでトラックの中に戻った。
 
 その途中、数匹の実装燈の死体を蹴飛ばす。

 トラックの中に戻ったとしあきは、開いた窓の中に実装燈が全て入り込むのを待ち続けた。
 ポケットの中のマッチが、異様な存在感を示している。
 
 更に約一時間ほど待機し、実装燈が小学校校舎の中から出て来ない事、後続の者達が戻って来ない事を充分に確認すると、
トラックを静かに発進させる。
 小学校校舎の近くに停車し、校舎内から拾ってきた紙束に火を着けると、としあきは躊躇いなくそれを投げ捨てた。

 ブワッ、と激しい音を立て、炎が瞬時に広がっていく。
 校舎を取り囲むように走る火は、やがて校舎に燃え移り、みるみるうちに壁を、窓を舐め上げていく。
 火が完全に回り始めたのを充分に確認したとしあきは、鼻で笑ってアクセルを踏み込んだ。


 ルオォォォォォォ……

   ルオォォォォァァァァアアア!!


 窓から、黒焦げになった実装燈が飛び出し、そのまま地面に落下して潰れる。
 そしてその死体も、あっという間に炎に包まれ消えていく。
 校舎を焼く火は逃げようとする実装燈達の行く手を阻み、捕らえ、仔も親も、情け容赦なく殺戮する。
 としあきは、実装燈が留守のうちに校舎内に忍び込み、内部にもガソリンをたっぷり撒いていた。
 どんどん激しさを増す炎は、としあきの予想を遥かに上回る勢いで燃え広がり、ついには敷地外の木にまで引火する。
 小学校の火事は、少しずつ山火事へと転化し始めた。

 だがとしあきは、この結果も見越していた。

 トラックは待町の広場に無事辿り着く。
 だがここで、突然エンジンがおかしな音を立てて停止した。
 ガソリンがなくなったのだ。

「くそ……出がけに確認しとけばよかった!
 けどまぁ、ここまで来れば……」

 ラジオを抱えてトラックを降りたとしあきは、なんだかとても暖かいことに気付く。
 だがそれが、山を焼き尽くそうとする炎のせいだと、すぐに理解した。
 各所から、実装生物達の鳴き声や悲鳴が聞こえ始める。

「こんなに早く燃えるなんて、あたし聞いてない! ——なんつってな」

 慌てて薬品店に走るが、としあきにはまだ勝算があった。
 このまま薬品店の二階に飛び込めば、あと少しの時間で世界移動が行われる。
 そうすれば、この世界のトラブルともおさらばだ。
 このまま実装燈を残しておいても彼らにとって問題はなかったが、としあきはこのまま何もせずに去るのだけは、どうしても我慢
ならなかった。


 ルトォォォォ……

 ルルルル……


 実装生物達の悲鳴に混じり、実装燈の鳴き声が聞こえてくる。
 としあきは、ギョッとして周囲を見回した。

 公民館から。
 町長宅から。
 雑貨店から。
 
 それどころか、それ以外の建物の中から、とてつもない数の実装燈が飛び出してきた。
 その数は、間違いなく百数十体はいるだろう。
 成体も、仔実装燈も、様々な大きさの者達が入り混じり、としあき目掛けて飛び掛ってくる。
 一瞬パニックに陥りそうになったとしあきは、ラジオのボリュームを一杯に回すと、スイッチを入れてノイズを流した。
 途端に、実装燈達の動きがメチャクチャに狂い始める。

「こいつら、町の中にも巣を作ってやがったのか!」

 炎の燃える音が、だんだん大きくなる。
 としあきは、がなりたてるラジオを抱えたまま薬品店を目指して突っ走る。
 途中、何匹もの実装燈がとしあきの身体に産卵管を突き刺そうとしては、力尽き落下していく。
 また、彼にまとわり付こうとする実装燈がガードになり、実蒼石達も手出しが出来ない。
 ようやく薬品店に辿り着いたとしあきは、店の中に飛び込んで——ラジオを落とした。

 電池がはずれ、ノイズが止む。

 薬品店一階、店舗。
 そのほぼ中心に、一匹の禿裸仔実装が居た。
 下半身は固まり損ねたプリンのようにだらしなく溶けており、店全体を包み込んでいる。
 実装繭は、肉壁の各所から生えている半透明の触手に外郭を破られており、中から人ともバケモノともつかない謎の死体が
引きずり出されている。
 その中に、妙に形の整った死体が一つ、天井からぶら下げられていた。

 否、死体ではない。
 それは、全裸にされ豚バラ肉を思わせる謎の肉壁に包まれている、ぷちだった。

「ぷちィィ!!」

 マンマァ♪ テチテチィッ♪

 とても嬉しそうな鳴き声が、足元から響く。 
 いつの間にか接近していた仔実装が、笑顔を浮かべながらとしあきの足に触れた。
 その途端、強酸の匂いが漂い、足に激痛が走った。
 ズボンの一部が焼け焦げ、白い煙を吹いている。

「うわ……っっ!!」

 ママ♪ ママァ♪

「こ、このやろ……って、どうすりゃいいんだこのバケモノ?!」

 振り返ると、薬品店の入り口は触手によって封鎖されており、何匹もの実装燈が捕らわれ溶かされている。
 二階への階段も、赤黒く分厚い肉の壁で塞がれており、上ることが出来ない。
 逃げ道は、完全に断たれている。
 仔実装は、肉壁の上で上半身だけを器用にスライドさせ、としあきを追い続ける。
 その笑顔の奥に、凄まじいまでの殺意を秘めているのが伝わってくる。
 としあきは、すがる思いで自分の持ち物を探り、携帯電話を手に取った。
 画面が、復活している。

“ママ、ワタチのママ、やっと見つけたテチ♪”

“もうどこにも行っちゃイヤイヤテチ♪”

 いつのまに記憶されたのか、この禿裸仔実装のものと思われる翻訳文が表示されている。
 としあきは、その更に上に表示されている時刻を見て、心臓が止まりそうなショックを受けた。

 ——午前5時50分。

 移動開始まで、あと10分しかない!
 その時、肉壁のひずみに足をすくわれ、としあきは派手に転倒した。
 店の西側隅まで転がった所で、背中を木製の棚に激突させてしまう。

「いって……?!」

 棚に積まれていた商品が、いくつか落下してくる。
 自分の足の上に落ちてきた透明の瓶をみてた瞬間、としあきの頭に、再びひらめきの電球が現れ、パリンと割れる。

 仔実装の伸ばした肉壁が更に膨張し、家屋がミシミシと不吉な音を立て始める。
 部屋の隅まで追い詰められたとしあきは、舌打ちをして、最後の覚悟を決めた。

「なんか今回、俺ってこんな立ち回りばっかりだよなぁ。
 次の世界こそ、平穏な初期実装捜ししたいもんだ」

 テチュゥゥン♪

 先ほど受け止めた瓶の蓋を開け、中身をぶちまける。
 透明な液体が派手に飛び散り、足元を包むように広がり始めた肉壁の表面を濡らしていく。

「部屋に辿り着けないってんなら、部屋の方からこっちに来てもらえばいいわけだよな」

 としあきは、ポケットからマッチを取り出し火を着けると、それをポイと放り投げた。

 ——午前5時55分。


 テ……テチャアァァァァッ!!!


 青白い炎が、ボウッ! と音を立てて広がっていく。
 仔実装と、その身体から伸びている触手、肉の壁が暴れ始めた。
 としあきは、先と同じ瓶を取り上げ、次々に中身をぶちまけていく。

 ヂャアァァァァァッッッ!!! ジャアァァァァァッ?!?!

 としあきが撒いた液体は、可燃製のベンジン。
 携帯カイロ等の燃料として販売されているものだ。

 やがて、家全体がギシギシときしみ出し、バキバキと激しい音を立て始める。
 としあきは、吊り上げられたぷちの真下に移動すると、落下してくる彼女の身体を尻餅を突きつつ受け止めた。
 ぷちは全身が焼けただれ、かなりの重症を負っているようだが、まだ微かに息をしている。
 店の隅、触手が退避した辺りに移動したとしあきは、うろ覚えの人口呼吸を続けつつ、次に起こる展開に期待した。

 唇から息を吹き込み、大きな胸を圧迫していると、ゲフッという音がする。
 
 ギャアァァァァァァ!!

 仔実装の身体に火が着き、どんどん燃え広がる。
 それは、まるで先程小学校に放火した時の再現のようだ。
 熱さのため、巨大な体躯をのた打ち回らせるが、その度に家が破壊されていく。
 天井が砕けるような音を耳にしたとしあきは、ありったけの大声で叫んだ。

 ——午前5時59分。

「 海 藤 ぉ ぉ ぉ ! ア ク ア と ミ ド リ を 守 れ ぇ っ ! 」

 バギバキ……ミシッ、メキ……バキバキバキバキィィッ!!

 ひときわ大きな音を立て、ついに壁が崩壊する。
 と同時に、凄まじい轟音を上げて天井が落下してきた。
 炎に包まれた仔実装の身体は、落ちてきた柱に叩き潰される。
 店の隅に身を寄せて避難していたとしあきは、ぷちを抱きかかえ、瓦礫の中に飛び込んだ。
 
 視界が、白い光に包まれた。


          ※          ※          ※


 一階で大暴れした仔実装の触手や肉壁は、やがて動きを止め沈黙する。
 引火した炎は半壊した建物全体を包み始め、やがて時計店や空き家にも燃え移る。
 同じ頃、山の表面を覆うように広がった炎の渦が、山渡町をも呑み込もうと迫ってきていた。
 公民館が燃え、町長宅が燃え、ガソリン置き場が爆発する。
 木造建築ばかりの町は、まるで水を吸い取る紙のように炎を受け入れ、赤く染まっていく。

 真紅の渦が、視界一杯に広がる。
 アクアは、失った筈の右腕を伸ばすようにして、少しだけ身体をよじった。

 ボ……

 だが、彼女の手を握り返してくれる存在は、もうこの世界のどこにも居ない。
 屋根が崩れ落ち、アクアごと、薬品店全体を押し潰す。
 最期にアクアが見たのは、網膜を突き抜けて届く真紅の煌きだった。


 町のどこかで、派手な爆発音が立て続けに鳴り響いた。


          ※          ※          ※


 その後、山火事は壮絶な規模に膨れ上がり、周囲の山岳地帯全体に致命的なダメージを与えたが、具体的な出火原因が突き
止められることはなかった。
 山渡町の完全壊滅は、山火事の被害の中ではごく僅かな割合に過ぎないほどで、これにより周囲の各市町村、県、そして国は
甚大な被害を被ることになる。

 だが、それだけではなかった。

 山渡町の周囲だけでなく、日本国内も、国外も、あらゆるところで、大きな変化が起きていた。
 実装石や、実装石に似た謎の生物の大量発生である。
 また、あらゆる言語が通用せず、どの人種とも外観が異なる「謎の女性民族」の出現も、世界各地を賑わせて行くことになる。




 実蒼石も、実装燈も、実装紅も実装金も、実装雛も、この世界には沢山存在している。

 だがやがて、その割合は減って行き、数十年後には実装石の比率が爆発的に増加していくことになる。


 そこはもう、「他実装の世界」ではない——





→ To Be Continue NEXT WORLD


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次回 【 実装人の世界 】

※次話及び次々話は、内容の都合で実装人保管庫に掲載させていただきます。




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