Journey Through The Jissouseki Act-7 【 これまでの“ただの一般人としあき”は 】 弐羽としあきは、ある夜偶然出会った“初期実装”に因縁をつけられ、異世界へ飛んでしまった彼女の仔実装を 捜すため、異世界巡りをするハメになった。 「実装石」と呼ばれる人型生命体の存在する世界を巡るとしあきは、それぞれ5日間というタイムリミットの中で、 “頭巾に模様のある”初期実装の子供を見つけ出さなくてはならない。 6つの実装世界を巡ったとしあきとそのお供達は、次にどんな世界を巡るのか—— 【 Character 】 ・弐羽としあき:人間 「実装石のいない世界」出身の主人公。 通称「クソドレイ」。 実装石と会話が出来る不思議な携帯を持っている。 ・ミドリ:野良実装 「公園実装の世界」出身の同行者。 フルネームは「ハゲハダカミドリジッソー」。 成体実装で糞蟲的性格だが、としあきとコンビを組みよくも悪くも活躍。 ・ぷち:人化(仔)実装 「人化実装の世界」からの同行者。 見た目は巨乳ネコミミメイドだが、実は人間の姿を得てしまった稀少な仔実装。 装着型実装リンガルで人間と会話が可能になった。 ・海藤ひろあき&実蒼石アクア: 「実装愛護の世界」で出会った、実装世界を巡っているもう一組のペア。 としあき達より多くの実装世界を巡っているらしく、目的は初期実装の抹殺。 ひろあきはデスゥタンガンと呼ばれる実装生物を操る銃を持ち、アクアは実蒼石なのに鋏を持っていない。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− じゃに☆じそ! 第7話 ACT-1 【 再会 プロジェクト他実装 】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 午前6時。 どこからか、微かに小鳥の声が聞こえてくる。 空気は澄み、肌寒く少し曇ってはいるが、とても穏やかな朝。 今回としあきが辿り付いたのは、アパートではなく民家の一室だった。 襖で仕切られた押入れ付きの六畳間で、床は畳張り、窓枠にはアルミフレームすら使われていない。 木枠で固定された薄いガラスが、風に揺られて時折カタカタと軽い音を立てる。 冷たい隙間風に身体を震わせながら、としあきとミドリ、ぷちの三人は、小さなちゃぶ台を取り囲んで座っていた。 暖房器具らしいものは一切なく、空調設備などとても着けられそうな物件ではない……それほど、この建物は時代がかっている。 としあき達は、今までとあまりにも勝手の違う室内の様子に呆然としていた。 “う〜ブルブル、めったくそオンボロな部屋デス” 「うむ〜、こりゃあ俺の居たアパートより古そうだな。う〜さむっ」 無意識に寄り添うとしあきとミドリに対して、意外にもぷちだけは平気な顔をしている。 「私は、胸だけ隠せば結構あったかいテチ」 “ううう、うらやましいデス…ブルブル” 「あ〜そうか、そのメイド服って布地分厚そうだものな。でも油断して風邪ひくなよ」 「はいテチ。 それより、今はいつ頃の時代テチ?」 「えーと……およよ、カレンダーがない?」 いつも真っ先に発見されるカレンダーが、今回は見当たらない。 ただ、桟から古臭いデザインの状差しが一つぶら下がっているだけだ。 「まぁいいか、初期実装にもハッパかけられたことだし、今回は効率的に行こう。 ぷちも手伝ってくれるかい?」 「はいテチ!」 としあきの呼びかけに、待ってましたとばかりに反応する。 続けて、ミドリがやれやれといった態度で呼びかけた。 “まずお前達がする事は、牛丼屋の所在と価格帯を調べる事デス。 もし見当たらないなら、ステーキとコンペイトウ屋で妥協してやるデス” 「なあミドリ、お前最近、ステーキより牛丼の方を優先させてないか?」 “デェ? 細かいことは気にするなデス” 「ステーキとコンペイトウ屋さん! 興味あるテチ」 「ねーよ、そんな奇特な店」 “ならばお前が開業するデス。 きっとワタシ達実装石の需要バッチリで、高収入ウハウハ間違いなしデス 素晴らしいアドバイスを与える神のようなワタシを、頭擦り付けて拝むが良いデス” 「うーん、実装石は何を金代わりに持ってくるんだろう?」 “産みたての蛆ちゃんデス” 「いらねー!」 いつものような、軽いノリの会話と微笑み。 その日はいつになく平和で穏やかな時間が流れるだろうと、皆何気なく予想していた。 そんな中、一番最初に変化に気付いたのはぷちだった。 「クソドレイサン、オネーチャ、ちょっと来てテチ! おんも見てテチ」 「だーからー、人間の言葉喋れるようになったんなら、その呼び方はやめいと〜」 「フェェェン! ほっへ引っはっひゃ、らめらんレヒィ!」 その部屋はアパートではなく、一軒家の二階に位置している。 窓からは寂れた商店街のような街並が見えているが、不思議なことに、人の気配がまるでない。 彼方には緑の山々が望む田舎の小さな町、若干曇ってはいるものの、雨も降らない朝——それなのに、一人も外にいないと いうのは変だ。 都会の住宅街ならともかく、こんな田舎町なら老人や早朝からの仕事に励む人の一人や二人はいそうなものなのに、全く人の 気配が感じられないのは奇妙過ぎる。 としあきは朝食の調達も兼ねて、早々に外出することにした。 ギシギシと大きく軋む狭い階段をゆっくり降り、一階に辿り付く。 その家はどうやら下階層の大部分が店舗で、一階奥と二階が住居になっているらしい。 階段を下り短い廊下を通って店に出てみると、そこには多数の医薬品や生活雑貨が並べられている。 やたらカナ文字が多いパッケージの鎮痛剤、仁丹、ベンジン、瓶入の傷薬、包帯…… 随分と時代がかったデザインの商品を手に取り、としあきは呟いた。 「薬局? いや、薬店かな」 “どう違うデス?” 「薬剤師が常任しているのが薬局、そうでないなら薬店だ」 “へええ、知らなかったデス。でも、実装石にはこれっぽっちも関係ないデス” 「だったら聞くな」 「テェ? お店、開いてるテチ?」 「えっ?」 ぷちの言う通り、なぜか店の入り口が開いていた。 店内照明もショーケースランプもすべて点いており、小さな冷蔵庫も音を立てて稼動している。 まるで、営業時間中に店員がふらっと席を外しただけのようだ。 「まいったなあ、お客来ちゃったらどうすんだよ。 俺、接客なんかできねーよ」 としあきが移動した先の住人は、いつも何かの理由で一時的に行方をくらませる事になっているが、今回は何かいつもと雰囲気が 違う。 無言で顔を見合わせたとしあきとぷちは、店内に誰もいないことを入念に確認してから、静かに外へ出た。 (まさか、今回はとんでもなく古い時代に来たんじゃ?) 強い焦燥感を覚えたとしあきは、急いでこの世界の情報を集めようと考える。 店の入り口を閉めシャッターを半分下ろすと、三人は町へ繰り出した。 ※ ※ ※ その町は、とても小さなところだった。 恐らく、ゆっくり歩いても二十分もあれば充分周回出来るだろう。 周囲を山に取り囲まれた村がそのまま発展したような感じで、さほど広くない土地に割合的に多めの家屋が詰め込むように 建てられている。 としあきの家は町の中央を横切る商店街のほぼ中心に位置しており、左隣には時計店、右隣は無人だが向かいには何か大きな 店舗が建造中のようで、コンクリートの土台が組まれ放置されている。 その向こうには衣料店が見え、右手の向こうには食堂や文具店のようなものも見える。 道幅はとても狭くせいぜい乗用車が一台通れる程度で、すれ違いは厳しそうだ。 舗装路は無くすべて砂利道で、歩くとジャリ、ジャリと少し耳障りな音がする。 他にも、非店舗家屋が集まっている住宅エリア、メインストリートに相当するとおぼしき町を周回出来る通り、南側には広場や 公民館がある。 小さいながらもちょっとしたスーパーのような店舗まであり、思った以上に大勢の人が生活している様子が窺えた。 建物のほとんどが木造建築或いはモルタルで、鉄筋コンクリートらしきものは見当たらない。 その上、どれも造りが大変古く、しかして経年劣化を起こしている様子は見られない。 各所に見られるホーロー製の看板、原色バリバリの吊り看板なども多く見かけられ、としあきは、ここが相当古い時代なのだと 益々確信を深めた。 だがとしあき達は、いまだに一人の人間とも出会えていない。 まるで、住人達がこぞって留守にしてしまったかのようだ。 “おかしいデス、こんな事ありえねーデス! デジャア、このままじゃゴハンにありつけねーデス!” 「テェェ、なんだかオバケがいそうで怖いテチィ」 ぷちの言葉に、思わず無言で頷く。 町の北西にあるスーパー、衣料店、南西の倉庫らしき施設をざっと覗いてみたが、入り口は開いて照明も点いているのに、客も 店員も誰一人いない。 “クソドレイ、手分けしてニンゲンを捜すデス” 「そうだな、それがいいかも」 ミドリの提案で、としあきはぷち&ミドリと別れ、それぞれ調べてみることにした。 何か異常があったら、声を上げるか自宅に戻ると約束を交わす。 幸い、町の構造は単純なので迷うことはなさそうだった。 正午までに再合流と打ち合わせをすると、としあきはリュックをぷちに預け、早速北東方向…町の入り口周辺から回ってみることに した。 「ミドリ、ぷちに何かあったらフォロー頼むぜ」 “まかせろデス、クソドレイは見放しても可愛い可愛いイモウトチャは、絶対に守ってみせるデス!” 「ありがたくて涙が出るぜ、トホホ」 「クソドレイサン、気をつけてテチ!」 解散した三人は、それぞれの目指す方向へ向かう。 この町は、山道途中にある平地を利用して発達したようで、町を通り抜けないと山頂方面へ向かえない形になっている。 町から麓へ降りる山道は激しく捻じ曲がり傾斜もきつく、またかなりの距離がありそうに思えた。 町の入り口付近には、南へまっすぐ伸びる道を挟み、書店、電気屋、カメラ屋、服屋、肉屋などが並んでいる。 駄菓子屋も見つかり、としあきは何かミドリ達が喜びそうなものはないかと、店先を覗き込むことにした。 「……ぅえ?」 店の奥から、鼻を突く異臭が漂ってくる。 何かが腐っているような不快な臭い……これと似たようなものを、以前どこかで嗅いだ気がした。 手に取った金平糖の袋が、ぽとりと落ちる。 この店も一階の奥が居間になっている構造のようで、障子戸で仕切られており、僅かに隙間が開いている。 そこから、何かがでろんと飛び出ていた。 ——人間の腕。 何度も目をこすって確認するが、見間違いではない。 異常なほど白っぽく変色し、所々にドス黒い染みのような死斑が浮かんでいる。 周囲には蝿が飛び交っており、相当な時間が経過しているようだ。 としあきは、脱兎の如く店を飛び出した。 「な、な、な、な、なんだ、なんだあれは?!」 激しく鼓動する胸を押さえ、嘔吐感に耐えながら、勇気を出してもう一度確認する。 しかし、それは幻ではなく、間違いなく現実の光景だ。 「……そうだ、誰かに知らせないと!」 我に返ったとしあきは、正面にある電気屋に向かう。 ここだけ、入り口が閉鎖され店内の照明が消されていた。 シャッターは開いたまま入り口のガラス戸だけを閉じているところから、随分慌てて店を締めたようにも見える。 砂埃で汚れたウインドウを袖で吹き、としあきは薄暗い店内を窺った。 そこにも、死体があった。 性別はよくわからないが、大人が二人、子供が一人、床や壁に沿って身を投げ出し静止している。 床には、赤黒い液体のようなものが広がっているようだ。 その店は入り口の左右がショーウインドウになっており、中にはいくつかの電気製品が並べられている。 だが、大きなテレビを収めた左ショーウインドウの下側が数十センチほどの大きさに割れていた。 破片が中に散らばっている所から、何者かが侵入したようにも思えるが、としあきにはとても人間が出入り出来そうには思えなかった。 「冗談じゃねぇぞこれ……やばすぎだろ! いったい、何が起きたんだ?!」 しばし呆然としていると、自宅の方向から微かに女性の悲鳴が聞こえた。 「ぷち?!」 としあきは、一目散に駆け出した。 ※ ※ ※ 時間は、多少前後する。 としあきと別れたぷちとミドリは、彼とは反対の南側へ向かっていた。 町の南側には、東西に伸びる横長の広場があり、南西部角には消防団倉庫や水道施設がある。 その向かい合わせにある公民館の脇には空き地があり、見たこともない形の自動車が停められている。 「オネーチャ、このぶーぶー見てテチ! タイヤが三つしかないテチ! 変なお顔してるテチ!」 “こんなけったいなの、ワタシのいた世界でも見たことないデス。 これ本当に自動車デス?” ぷちとミドリが見ているのは、所謂「オート三輪」と呼ばれるものだった。 1930年代から50年代にかけて大量に生産されたもので、日本では現在の四輪車の先代に当たると言っても過言ではない物だ。 二人が見ている黒いボディのオート三輪は、57年式くろがねKP-57という形式のもので、全長4メートルで定員2名のオープン トラックタイプの車種。 もし、二人に古い自動車の知識があれば、ここからおおまかな年代を計り知る事も可能だったが、実装石にそんな事が出来る筈も ない。 楽しいおしゃべりをしながら、オート三輪を物珍しげに眺める二人を、どこからか見つめる視線があった。 その後、二人は南側から西側へぐるりと回るようにして自宅に帰還した。 この間、やはり一人も人間と出会えていない。 店内に戻った二人は、そのまま二階に上って先にくつろぐことにした。 最初に異変に気付いたのは、ミドリだった。 「デ? 誰かに見られてる気がするデス?」 “ここには誰もいないテチ、クソドレイサンも帰ってないテチ” 「気のせいデス? なんだか、いやにねちっこい視線を感じたような気がしたデス」 部屋の中は先ほどから特に変化はなく、相変わらず殺風景で寒々しい。 ぷちは、ここに来てから一度も開けていない押入れを見止める。 襖に手をかけた瞬間、二人は突然鋭い殺気を感じた。 ぷちの背後——窓の外に、何かの「影」が映り込んでいる。 「デエェッ! ぷち、後ろデスっ!!」 「テェッ?! テ、テチャァァッ!!」 ぷちの叫びとほぼ同時に、「それ」は窓ガラスをぶち破り、室内に飛び込んだ! たまたま姿勢を崩したぷちの右横を、猛スピードですり抜けていく。 ばおっ、という風を切る音が二人の耳に届いた。 「ぷち! 早く開けろデス!」 ミドリが、部屋の押入れを指差し命じる。 その頃、「それ」は部屋の隅で方向転換し、改めて二人に狙いを定めていた。 慌てふためいている上に、部屋が薄暗くてはっきりした姿は見えなかったが、どうやらそれは実装石と同じくらいの大きさに思えた。 しかし、実装石では断じてない——!! 押入れを開け素早く滑り込むと、二人は急いで襖を閉じた。 と同時に、何かが激突する。 「テチャアッ!! テ、テェェェン!!」 「しっかり押さえろデス! 手を放したら入り込まれるデス!!」 「お、オネーチャも手伝ってテチィ!!」 「ワタシじゃ身体が小さくて無理デシャア!!」 「テ、テェェェン!!」 二人の声に反応するように、「それ」は何度も何度も襖にアタックをかける。 体当たりでもしているのか、大きさの割にはかなりの衝撃が伝わる。 不思議なことに、「それ」は力づくでこじ開けようとはしない。 数十回のアタックの後、突然、襖の向こうが静かになった。 「ム? いなくなったデス?」 「クソドレイサン、早く帰って来てテチィ〜!!」 「ぷち、ちょっとだけ開けて様子を見てみるデス」 「テェェ、大丈夫テチ?」 ミドリの指示通り、ぷちは数センチの隙間から外を覗く。 異常は見られず、ミドリはようやく安堵の息を漏らした。 「デェェ〜、今のはいったいなんだったデス? 鳥デス? ムササビデス? 山に住んでる動物デス?」 「わかんないテチ、鳴き声も聞こえなかったテチ」 「ふーい、こんな物騒な所、早くおさらばしたいデス。 これからどうやって時間を潰——」 そこまで呟いた時、襖の隙間から漏れていた光が、何かに遮られる。 「オ、オネーチャ!!」 「デ?!」 「それ」は、まだ立ち去ってはいなかった。 再び、体当たりが始まる。 と同時に、硬い物が襖を突き破り、ミドリの左肩に深々と突き刺さった! 「デギャアッ?!」 「テチャアッ!! オネーチャ!!」 金属のように鋭い何かが、再び襖の向こうから襲い掛かる。 今度は、突き刺しただけでなく横に切り裂いていく!! バリバリと音を立て、押入れの襖は、真一文字に20センチ前後も切り裂かれた。 先端部はぷちまで届かなかったものの、その圧倒的な恐怖は相当なもので、中に侵入されるのも時間の問題と思われた。 顔面蒼白のぷちは、痛み始める胸を必死で抑え、耐えた。 と、その時、誰かの足音が聞こえてきた。 と同時に、体当たりしていた「それ」は攻撃を止める。 しばしの喧騒の後、聞き覚えのある声と共に、襖がゆっくり開かれた。 「大丈夫かい?」 ボクゥッ!! 「テ、テェェ…?」 ぷちとミドリは、押入れの一番奥で身を丸めながら、声の主を見つめた。 「——なんだ、君達か」 “ボクゥ! 早速逢えたボク!” 「ひろあきさん! アクアさん! た、助かったテチ?」 「イデデデ……クソ〜、思い切り刺されたデス! って、お前らは何者デス?!」 ようやく解放された二人の耳に、階段を駆け上る誰かさんの足音が聞こえてきた。 ※ ※ ※ ひろあきの話によると、彼等が二階に辿り付いた時にはもう「それ」の姿はなかったという。 大きく切り裂かれた襖を一瞥すると、ミドリは見慣れない二人を指差し、としあきに尋ねる。 “おいクソドレイ、こいつらは何者デス?” 「そうか、ミドリはまだ知らなかったんだっけ。 彼は海藤ひろあき、この子はアクア。 アクアはちょっと変わった実装石なんだって」 “こんな真っ青な実装石なんか初めて見たデス。 はっきり言って、こいつの服のセンスは最悪デス。 ワタシ達みたいな、洗練された美というものに欠けるデス” としあきの説明が気に食わないようで、間髪入れずにアクアが食いつく。 「ボ、ボキャアァ——ッ!! ボクを実装石みたいな下等で下劣な出来損ないと一緒にしないで欲しいボク!」 「そうだよねぇ、アクア♪ さぁ君達、今すぐ詫びを入れたまえ」 “自分を実装石だと自覚してないとは、なんとも愚かな奴デス、デプププ♪” “ボキャアァァァア!! もう怒ったボク! 表へ出ろボクゥ!!” “面白い、受けて立ってやるデス!!” 「もおっ! オネーチャもアクアさんも、ケンカはやめるテチィッ!! 同じ実装石同士、仲良くするテチ!!」 「メイド君、アクアは実装石じゃ——」 「ひろあきさんは黙っててテチ! これは実装石の間の問題テチ!」 「……」 割れた窓ガラスは古びたシーツで隠され、部屋の冷気が落ち着き始めた頃、おかしな形で合流したとしあき組とひろあき組は、 互いの状況確認を行うことにした。 ひろあきとアクアも、としあきとほぼ同じくらいのタイミングでこの場所にたどり着き、ぷちの悲鳴に反応して駆けつけたという。 「ここで何が起こったのかは、僕らもまだ知らない。 それどころか、ここが何の世界かもわからないんだ」 「えっ、マジで?」 “そうボク。 時代が古すぎるのか、場所が悪いのか、情報が全然足りないボク” ひろあき達もここがなり古い時代だと考えていたようだ。 もし本当にそうなら情報源及び取得手段が大変限られてしまい、町の外の状況すら知るのは困難だ。 「何より困ったのは、山道が土砂崩れで完全に埋まってることだね。 これじゃ僕達は、陸の孤島に閉じ込められたようなものだ」 さらっ、ととんでもない事を言うひろあきに、としあき達は目を剥いた。 「ちょっと待て! マジかそれ?!」 「ああ、まだ見てないのかい? 麓までの道はアウトだよ、我々だけの力ではどうしようもない」 “心配ないデス、道が塞がってるなら山の中を歩いていけばいいだけデス” 「それは無理だね」 即座に否定したひろあきは、反論が出る前にその理由を説明する。 「麓への山道は、左右を大きな崖と深い谷に挟まれているんだ。 崖や崩れた土砂はとても上れる高さじゃないし、雪解け水のせいか崩れやすくなってる。 無事に谷を降りられたとしても、山は急坂がきつくて森林も深い。 雪もまだかなり残ってるだろうから、素人は確実に迷うだろうしヘタすれば死ぬ。 どっちを選んでもリスクが大きすぎるのさ」 “なんてこったデス! じゃあこのまま、世界移動が始まるまで我慢するしかないデス?” 「テェェ、困ったテチィ」 「とにかく、こんな陸の孤島で人が死んでいるなんて、穏やかな状態じゃない。 まず先に、何が起きているのかを確認しようじゃないか」 ひろあきの言葉に、全員が頷く。 相談の結果、今回はこの場の全員が協力しあい、共同生活を行うことになった。 まずこの近辺の環境から確認を行い、少しずつ探索範囲を広げて町の現状を理解する事で全員の見解が一致する。 しかし、その前にまず食事だ。 としあきは、町中にスーパーのような店がある事を思い出し、まずそこに行ってみようと提案した。 “おい、クソドレイ1号と2号! 高貴なるワタシのために、きっちり牛丼を持って来いデス! ないならステーキでもいいデス、持って来なかったら家に入れてやらんデス!” 「2号って、ひょっとして僕の事かい?」 “お前以外にどこにいるというデス? このウスラポンチ。 お前等ニンゲンは、どっちもワタシのドレイデス、そしてこいつは青蟲デス。 お前達はワタシとぷちのために、身を粉にして働く義務があるデス!” デプププ、と不気味な笑みを浮かべながら、またミドリがいつものような事をほざく。 ひろあきは呆れ顔で、としあきは「相手にするな」と呟く。 そして、青蟲呼ばわりされたアクアだけが、額に血管を浮かべて激怒する。 “誰がアオムシボクウゥゥゥッ?! やっぱり表に出ろボギャアッ!” “殺ってやろじゃないデギャア!! おいクソドレイ、いつものフォーメーションでこいつに正義の鉄糞を食らわせてや——デギャッ!!” “ポキャッ?!” としあきは、二人の脳天にチョップを叩き込み、強引に止めた。 「何をするんだ!! 僕のアクアに酷い事をしないでくれたまえ!」 「いやー、実装石がやかましい時はこうするに限るんだよ」 「だから、アクアは実装石じゃなくて『実蒼石』なんだって」 「ジッソウセキだろ? やっぱり同じじゃないか」 「ああ……も、もういい……」 殴られて泣きじゃくるアクアの頭を撫でながら、ひろあきはため息を漏らす。 青い帽子の下から出てきた見事なカッパ禿を見て、としあきとミドリは同時に吹き出した。 “デシャシャシャ! こいつカッパ禿でやんのデス! みっともねーったらありゃしないデスゥ!! プギャーハハハ!!” 「うわー、こりゃ見事につるつるだなあ。 これは何、剃ってるわけ?」 “ボ、ボエェェェェン、ボエェェェェエン!! だから人前で帽子取らないでって言ってるボクゥ〜!! ひろあきちゃん大嫌いボクゥゥゥ!!” 「悪かったよアクア、ごめんね」 「テェェ、ちっとも話が進まないテチィ」 ぷちのボヤきに、としあきとひろあきは揃って咳払いをした。 ※ ※ ※ 先程部屋が襲撃された事を踏まえ、ひろあきとアクアが薬品店二階の自室に待機し、残りが全員食糧確保に向かうことになった。 本来ならミドリは単なる足手まといなのだが、部屋に置いておくと喧嘩するだけなので追い出されたのだ。 西部劇のゴーストタウンを思わせる“静まり返った町”に立ち、としあき達は無意識に唾を呑み込んだ。 三人は、薬品店を出て左手に進み、突き当たりを右折し北西角に位置するスーパーを目指した。 “デェ、傷が痛むデス。早く治れコンチキショーデス” 無意識に歩みが速まり、三人は、思ったより早くスーパーに辿り付いた。 この町は、地形の関係なのか北西の角だけがやや欠けたような五角形になっている。 その欠けた部分を占めているのがスーパーとその倉庫施設で、どっちの方向から歩いて来ても入り口が目立つようになっている。 南側からスーパーに近づいたとしあき達は、まず最初に店内を調べてみることにする。 自動ドアではなく引き戸式の入り口で、店先の印象はかなり大きく感じられたが、中は予想外に狭く、町の規模に沿っている感じだ。 戸には鍵などはかかっておらず、店内の照明は全て消えている。 息を潜めて中に入り込んだとしあき達は、入り口から差し込む日光だけを頼りに、中の様子を確認した。 店内はまるで野獣が沢山集まって暴れまわった跡のようで、商品は多くが持ち去られたりボロボロに破られたりしており酷い有様だ。 野菜類などは腐敗している物こそ少なかったものの、ほとんどが何者かに食い荒らされており見る影もない。 中にはパッケージが中途半端に破られて中身が腐敗し、異臭を放っているものすらある。 幸いにも、食べ物ではない品物はほぼ無傷で残っており、タオル類や食器、洗面用品などの生活用品は問題なく手に入った。 店内には人間の死体は見当たらず、としあきはほっと胸を撫で下ろした。 「しかし、これで何かやばいのが町の中に潜んでるってのは確定したかな?」 「テェェ、山から下りて来た動物サンテチ?」 “実装石にはあの棚まで上れないデス” 店の裏手から一旦外に出ると、そこは事務所とちょっとした庭になっており、そこを更に抜けると倉庫へ入れるようになっている。 だが、庭の真ん中にはトラックが横倒しになっており、道を塞いでいた。 幸い、トラックは避けて移動出来るため倉庫への侵入に支障はなかったが、いちいち歩きづらくあまり沢山の物を持ちながら 動けそうにない。 としあきは、助手席側を下にして横倒しになってるトラックが、オート三輪である事に気付き歓喜の声を上げた。 「すげー、オート三輪! 実物初めて見た! うわーすげーすげー」 「クソドレイサン、そんなに嬉しいテチ?」 「かくかくしかじかで、これは珍しい車なんだよ。あー、しかしこんな綺麗なのが残ってるなんてすげぇなぁ〜」 “よくわからんもので喜ぶ奴デス。 ——デ?” 喜び勇んでトラックを見回すとしあきをよそに、ミドリは、トラックの運転席に注目した。 何かが中で動いたような気がしたのだ。 ぷちに指示して中を覗かせてもらうと、底の方に何かが身を固めている。 よく見ると、それは仔実装のようだった——が、何かおかしい。 “ぷち、こいつら何者デス?” 「テェ? 判らないテチ。初めて見る仔達テチ」 トラックのフロントウインドは助手席側が大きく割れており、どうやらそこから出入り可能になっているようだ。 三匹の子供達は、拙い動きで割れたウインドウへ移動し、脱出しようとする。 そのうちの一匹を、ミドリは即座に捕まえた。 カチラー、カチラー!! キャー!! “こいつ、実装石じゃないデス。未知の生命体デス” 身長7センチ程度の「それ」は、エメラルドに近い緑色の髪と目を持ち、上半身は裸、下半身にはカボチャを思わせる大きな黄色い パンツを履いた、見たこともない人型生物だった。 ミドリの手の中で必死に暴れて逃げようとするが、地面までの高さを見て今度はブルブルと身を震わせ始める。 どこか滑稽な態度に、ミドリは思わず嘲笑した。 “ミジメったらしい生き物デス、まあこんなのどーでもいいから捨てるデス” 「オネーチャ、可哀想だから助けてあげてテチ!」 “デェ? めんどっちぃデス” 放り投げられようとする子供を受け止め。ぷちはそっとトラックの中に戻してやる。 目に涙を浮かべていた黄色パンツの人型生物は、不思議そうな顔つきで彼女を見上げた。 “デェ? まだなんか居るデス?” 気がつくと、今度は赤い服を着た子供が、ミドリの足を懸命に叩いている。 それは、金髪に赤色のヘッドドレスに似た物を着けており、首から下は足元まで真っ赤な装束に包まれていた。 ミドリの足を打っているのは手だと思われたが、よく見ると髪の毛だ。 横に伸ばしたツインテールを振り回し、ペチペチとぶつけている。 チャワー、チャワー!! 「ほら、オネーチャがいじめるから、お友達が怒ってるテチ」 “なんだこいつ、踏み潰してやるデス?” 「ダメテチ! もう、オネーチャはじっとしててテチ!」 ぷちは身を低くして赤い子供を手で包むと、優しく微笑みかけてトラックの中に戻してやる。 先の黄色いパンツの子供が赤い子供に耳打ちし、ようやく怒りの表情が治まった。 チーチー、チャワー!! カチラー!! チャワー!! よく見ると、中には更にもう一匹赤色の人型生物がいる。 いずれもかなり小さく、しかもとても痩せていて弱々しい。 なんとなく哀れに思えたぷちは、としあきに相談を持ちかけた。 「——え? こいつらを? いやいや、まだそんなゆとりないって」 「でもぉ……」 「じゃあ、せめて何か食べる物でも恵んでやろうか。 倉庫の中、調べてみようぜ」 「はいテチ」 “クソドレイ、あっちの建物の中は見ないデス?” ミドリが、店舗裏に繋がっている事務所を指差すが、としあきはげっそりした顔で首を横に振った。 「そこ、今覗いて来たんだよ。——中で死んだおっさんが居た。しかも二人も」 “デェ……またデス?” としあきは、ひとまず人型生物をそのままにして、先に倉庫内を調べることにした。 倉庫内は、市販商品が箱単位で積み上げられており、いずれもほぼ無傷のまま残されている。 ただし中身は缶詰や瓶詰類がほとんどで、レトルト食品などは一切見当たらない。 また、調味料や米、味噌などの特殊用途食品もなんとかなりそうだ。 更に奥には業務用冷蔵庫があり、こちらは奇跡的に稼動を続けている。 中には割と多くの冷凍された食材が保管されているが、いずれも解凍には相当な手間がかかりそうで、今のとしあき達には役立ち そうにはない。 牛丼もステーキもお預けとなったミドリは、大声で喚き声を立てた。 いつしか緊張感をなくした三人は、手近にあったプラスチックのカゴに缶詰や瓶詰を持てるだけ詰め込み、店内から缶切りと割り箸 を複数確保した。 庭はそのまま表通りに出られるようになっており、わざわざ店を経由する必要はない。 戻る前に、例のトラックに近づこうとしたとしあきの前に、何か大きな者が立ち塞がった。 ダワ、ダワ! ジャワーッ!! それは、ミドリと同じくらいの体格の、赤い実装石だった。 否、金髪碧眼、例の子供と同じ赤色の衣服は、ミドリとは別な存在であることを明確にアピールしている。 ツインテールの髪をしきりに振り回し、それはとしあきを威嚇する。 警戒心を解こうと、缶詰を開けて近づいたとしあきの手元を、長い金髪が走り抜けた。 「ゲッ?!」 まるで鋼の塊を叩きつけられたように、缶詰が宙を舞う。 鈍い音を立てて落下した缶は、側面がザックリと切り裂かれていた。 あと少し前に出ていたら、としあきの指か手首がふっ飛んでいたかもしれない。 「な、な、な、なんだこいつは?!」 “デェッ?! や、やばいデス、逃げるデスっ!!” 「テチャアッ?!」 ジャワワァ——ッ!! 醜い歯を剥き出しにして、赤い生物はなおも威嚇を続ける。 見れば、足元にはあの子供達が寄り添っていた。 ヘタにかまうとまずいと考え、としあきは店を抜けて戻ることにする。 表通りに出て、外から庭を覗きこむと、先程としあきが落とした缶の中身を、あの子供達が食い漁っていた。 「あー驚いた。なんなの、あんな実装石もいるの?」 “あんな奴実装石じゃないデス! お前の目は腐ってるデス?” 「じゃあ、ここはああいう生き物がいる世界テチ?」 「おっかねぇなぁ、髪の毛で缶をぶった切るなんて」 缶を弾かれた手が、まだ少しビリビリする。 としあきは、1メートル以上の身長差があり、尚且つそこそこ距離が開いていたにも関わらず、その差を瞬時に詰めて襲い掛かった 金髪カッターの恐ろしさを思い返し、背筋をぞくっとさせた。 ※ ※ ※ 自宅に戻ると、ひろあきとアクアが店先で何か話していた。 としあき達の留守中に、一階の探索を行っていたらしい。 気のせいか、僅かに異様な臭いが漂っている。 「やあお帰り。 ところで弐羽くん、この奥で面白いものを見つけたんだ、見にこないかい?」 そう言いながら、ひろあきは親指で一階奥の居間を指す。 ニヤリと微笑む彼の態度に、何かを感じたとしあきは、一旦荷物を二階に置くと、二人で奥へ向かうことにした。 「あの二人は何をしにいくテチ?」 “男二人でこっそりなんて、エロ本鑑賞と相場が決まってるデス!” “品性下劣な実装石の発想はその程度ボク。まったく嘆かわしいボク” “ムカ! じゃあなんだって言うデギャ?” “下にあるのは——ボク” アクアの呟きに、ミドリとぷちは、次の言葉を失った。 としあきとひろあきは、一階奥にある障子戸をスライドさせ、畳張りの部屋を覗き込む。 そこは、二階よりも少し狭い居間で、木製の戸棚や小さな本棚、ちゃぶ台が置いてあり、右手側には廊下、正面奥には隣室への 襖がある。 奥は寝室になっているようで、特にこれといったものは見当たらず、ただ裸電球が天井から寂しくぶら下がっているだけだ。 ひろあきは、ここには年の入った夫婦が二人で住んでいるようだと説明した。 居間と寝室は、それぞれ廊下に接しており、更に奥にはキッチンなどの水場があるようだ。 目配せをして、二人でゆっくりと進行する。 時代がかったとても狭いキッチンには、細々とした物品がそこら中に置かれている。 冷蔵庫のような家電は見当たらなかったが、いくらかの野菜や、のりなどの乾燥食品が発見された。 しかし、としあきはそれに手を着ける気にはならなかった。 どこからともなく、とても不快な臭いが漂っていたからだ。 「これ、何の臭いだ?」 「もうすぐわかるよ」 キッチンの更に奥、狭い間口を抜けると、そこは脱衣場と風呂場になっているようで、異臭はそこから漂っている。 ひろあきが全く臆することなく中に入り込むので、としあきも続く。 ひろあきの肩越しに中を覗いたとしあきは——その直後、悲鳴を上げて飛び出した! 「ウギャアアアァァァァァアア———ッッ?!?!」 脱兎の如く、廊下まで逃げていく。 だが、そんな彼の前に、新たなる者が姿を現した。 目が、合った。 廊下で、「誰か」とにらめっこ。 だが、笑顔など出る筈もない。 先程は死角になっていた廊下の端には、こちらに顔を向け、うつ伏せになっている老女が居た。 その目は白く濁っており、しかも額や頬からドス黒い肉が毀れている。 何かで負傷したのか、周囲には既に乾燥して変色した黒い血の海がこびりついていた。 まるで、不法侵入者を射すくめるような“濁った”眼差しを向けている。 あまりの恐怖は、咄嗟の判断力と反応を激しく鈍らせる。 静かに居間を退出したとしあきは、階段を半分ほど上った時点で、あらためて悲鳴を上げた。 「クソドレイサン、どうしたテチ?!」 “バカドレイ! 大声出すなデス!” 「し、し、し、し、死体! 下に死体!」 “下でしたい? このエロ小僧め、いいから落ち着けデス” 「ちがーう! 死体があったんだ! しかも二つも!!」 “げっ、マジデス?!” 「テ、テチャアッ?!」 今度は、実装チームがパニックに陥る。 しばらくすると、少し駆け足気味にひろあきが上ってきた。 「酷いなあ弐羽くん、置いてけぼりは」 「な、な、な、なんでお前は平気なんだよ! 人間の死体だぞ?! なんとも思わないのか?!」 「訳あって慣れてるんでね、そんなにショックは受けない。 安心したまえ、風呂場のは無理だったけど、廊下の死体は庭へ放り出しておいたよ」 「そ、そりゃどうも」 皆が落ち着きを取り戻す頃合を見計らい、ひろあきは下の階にあった死体の状態について説明を始めた。 まず風呂場にあった、老人男性の死体。 これは入浴中を襲われたのか、喉元から胸全体をバックリと切り裂かれ失血死しているようだった。 大量の流血により風呂の水は赤黒く染まり、壁や風呂桶、床にまで血糊が飛び散っている。 死体は既に腐敗が始まっており、水に浸かっている下半身の状態はわからないが、酷い傷み具合らしく蛆が湧いているようだ。 続けて、廊下に倒れていた老婆の死体。 恐らく老人男性の妻と思われるが、こちらも喉を切り裂かれて死亡していた。 水に浸かっていないため、男性ほどではないがそれなりに腐敗は進行しており、まもなくかなりの臭気が発生するだろうとの事 だった。 ひろあきは、こちらの死体を庭に蹴り出したという。 「ひでぇ事するもんだな、仏さんに」 「死んでしまえばただの物体さ、邪魔者以外の何物でもないからね。 それより、外に出した時に気になるものを見つけたんだ」 “ひろあきちゃん、何を見つけたボク?” 「うん、お婆さんの死体なんだがね——所々、何者かに食われてるみたいなんだ」 “デッ!?” 「ほ、本当テチ?!」 ひろあきによると、老婆の死体は傷口を中心に、激しく食い荒らされた跡があったらしい。 どのような動物によるものかなど、専門的なことはわからないが、素人目にもそうだとわかるほど傷口周辺は荒らされており、 しかも頬や足、手の周辺など、比較的肉が柔らかい部位にも同様の痕跡が見られたようだ。 「うげぇ、野良犬か何かかねぇ? 嫌な話だなぁ」 「いや、野良犬じゃないだろうね」 “じゃあどんな奴がやったデス?” 「気がつかなかったかい? この町は、人の死体がこんなにあるのに野良犬はおろか、野良猫一匹いやしない」 「じゃあネズミさんテチ!」 ぷちの回答に、アクアは首を振る。 “ひろあきちゃんが言いたいのは…… 野良犬が、この町に入ってこない理由についてじゃないボク?” 「さすがはアクア、察しがいいね」 「どういうことだってばよ?!」 としあきの追求に、ひろあきはフフン♪ と鼻を鳴らし、微笑む。 よくこんな状況で笑えるもんだなと、アクアを除く全員が同じ事を思った。 「状況を整理しよう。 町の中に人々の死体、野良犬をはじめとする動物の姿は見られない。 町の住人は刃物のようなもので切り裂かれ、死体には食い荒らした跡がある。 そして、この部屋でもメイド君達が何者かに襲われ、襖が刃物のようなもので切り裂かれた。 ——犯人は、そこらの野良や野生動物では歯が立たないほど強く、しかも刃物のようなものを持っている動物さ」 “何が言いたいデス? もったいぶらずにとっとと吐くデス” ミドリを無視して、ひろあきはアクアに向き直った。 「アクア見てごらん、この大きな襖の傷。 これは、実蒼石の『鋏』じゃないかな」 “ボ、ボキャ?!” 「鋏? そりゃどういう事だ?」 もう一度フフン♪ と鼻を鳴らし、ひろあきはなぜか得意げに話し出す。 としあきは、いつ見ても緊張感のない野郎だな、と心の中で呟いた。 「アクア達実蒼石は、生まれつき『鋏』を持っているんだ。 この鋏は凄く硬くて鋭いんだよ。 実装石の身体くらいなら、あっと言う間に真っ二つにしてしまう」 ひろあきの言葉に、アクア以外の全員が驚く。 “な、なんでそんな危険な物を持たせてやがるデス?!” “持たされる、じゃなくて持ってる、が正しいボク” “でも、青蟲は持ってないデス” “糞蟲がボクをアオムシ言うなーっ!” “ジッソー語でおKデス” 「ああ、それは色々あってね。 とにかく、こんなに大きく襖を切り裂けて、かつあんなに素早く移動出来る生き物なんか他にありえない。 もし、ここが他実装の世界だとしたら……」 そこで、ひろあきの言葉が止まる。 何かを言いあぐねているようで、しきりに目線をアクアの方へ飛ばしている。 「おい、どうしたんだよ?」 「え? ああ、その、つまり……」 “そこから先はボクが説明するボク。 ひろあきちゃんの言う通りなら、この町の人達を襲ったのは、ボクと同じ実蒼石の可能性が高いボク!” “「“ ええっ?! ”」” としあきとミドリ、ぷちの声が、綺麗にハモった。 ※ ※ ※ 午後の探索は、としあきとひろあきの二人で、薬品店周囲の物件を一つひとつチェックする事に決まった。 薬品店の左隣は時計屋で、ここも店は開店状態のまま時間が止まっている。 ここも薬品店と同じような構造で、一階奥が居間などの生活空間となっていた。 ここでは、居間の中心で中年女性が背を向けて倒れている。 障子戸を開けた時点で臭いが立ち込めていたため、としあき達はそれ以上中に踏み込まずに外へ出た。 続けて右隣に向かうが、ここは入り口が閉ざされており、中はガランとしている。 よく見ると、足元には「空き家」という手書き文字の記された紙が落ちていた。 一旦薬品店に戻った二人は、肩車で隣の家の庭に入り込み、中から鍵を開けることにする。 数分後、中に侵入したひろあきが入り口の鍵を開け、中には死体がないらしい事を伝えた。 「お隣が空き家なんて、割とラッキーだよなあ」 「本当にラッキーだったら、こんな町に来たりしないけどね」 「そ、そりゃそうか」 空き家の中も、薬品店や時計店とほとんど変わりなく、この辺りは全て同じ規格で作られたらしいことがわかる。 店舗スペースには、空っぽの大きなスチール棚が三つ、ガラス製の背の低いショーケースが一つある。 生活用品こそないが、運び込めばなんとかなりそうだ。 としあきは、何かあった場合はここに避難しようと提案した。 コンクリートの土台が組まれた状態で放置されている向かいには、何も無い。 その隣、はす向かいに当たる場所は食堂のようで、いかにもな安っぽい造りのショーケースが入り口脇に置かれている。 中に置かれた埃まみれの料理模型を見る限り、定食屋のようだ。 入り口は固く閉ざされ、内側からカーテンが引かれているため様子を窺うことは出来ない。 細い路地を挟んだ隣は平屋建ての民家で、その更に向うは表具店のようだ。 そこも、入り口はぴっちり閉じられており、中が覗けない。 としあきは、なんで開店したままの店と閉店した店が混在しているのか、よくわからなくなってきた。 その他、文具や簡素な玩具を取り扱う店舗を発見し、ここでは家族と思われる大人子供計四体もの死体が発見された。 死因は、やはり他と同じく首をかっ切られたものだとひろあきは判断した。 すぐ隣の雑貨屋でも、夫婦と思われる若い男女の死体と、奥で眠っている二人の老人の死体が見つかった。 特に老人の死体は顔面が激しく損壊しており、とても正視に堪えうるものではない。 空き家以外、どの家にもほぼ確実に死体があるという恐るべき状況に、としあきは激しい戦慄を覚える。 もうすぐ夕方になろうという頃、二人は一旦帰還することにした。 少し早い夕食を摂った五人は、その後の相談をしてから早めに休むことにする。 幸い、布団は一階の押入にあるものと二階の来客用を合わせれば、三人分確保出来ることが判明した。 しかし、風呂は使えないため我慢するしかない。 ぷちは大きな不満を唱えたが、としあきは明日隣の空き家の風呂が使えるか試すと約束し、今日のところは納得させる。 その後、様々なやりとりが行われたが、今夜はとしあきとひろあきが交代で見張りを行い、明日以降の食料は朝を待って取りに 行く事と定めた。 午後6時になると、太陽が完全に沈む。 気温のこともあり、としあきは今が1月から2月にかけての時期だろうと推察する。 暖房のない室内はかなり冷え込みが増してきており、五人は布団を被りながら相談の続きを行った。 アクアによると、彼女の世界では実蒼石は「危険動物」というレッテルを貼られているという。 冷静で頭も良く、決して人間を傷つけたりしないのに、ただ鋏を持っているというだけでそう扱われてしまうのだ。 彼女達を愛好する人達もいるにはいるが、ペットとして飼うためには厳格な審査をクリアした上に複雑な手続きを取る必要がある そうで、実装石を飼うようにはいかない。 実蒼石達は、そのような扱いを受けながらも必死で耐え、人間に対する従順な態度を維持しているのだそうだ。 としあきは、途中までなるほどと聞いていたが、ふと、ある事が気にかかった。 「じゃあさ、なんで鋏なんか持ってるわけ? 安全な生物なら、鋏なんか必要ないでしょ?」 “あれは「護身用」ボク” 「護身用? そんなの必要なの?」 “必要ボク。 実装石の襲撃から逃れるのに必要ボク” 「実装石? そういやここに来てまだミドリ以外の実装石を見てないなあ」 アクアによると、「他実装の世界」には実装石もいるにはいるが、彼女がいた時代にはかなり数が減ってしまい、稀少な存在に なっているらしい。 数としては実蒼石が最も多く、実装紅や実装金がそれに続き、実装燈や実装雛は実装石ほどではないにしろかなり数は少ない そうだ。 ……と言われても、実装石と実蒼石以外見たことのなかったとしあきにとっては、何がなんだかわからない。 “そういえば、ぷちさんはともかく、としあきさんはなんであんな汚らしい野良実装なんかと一緒に居るボク?” 突然、アクアがおかしな事を尋ねる。 その表情に悪びれたものはなく、ごく自然に尋ねている感じだったが、としあきはその物言いに引っかかりを覚えた。 ふと見ると、いつのまにかぷちとミドリは目を閉じ寝息を立てている。 「汚らしい野良実装って、ミドリのこと?」 “こんな奴、ぐしゃぐしゃに叩きのめして切り裁いて、とっとと捨ててしまえばいいボク” 「え…?」 アクアの思わぬ言葉に、思わず言葉が止まる。 だが当の本人は、さも当然といった態度で話し続ける。 “実装石なんてカミサマが間違って生み出した世の中のゴミボク。 ああいう動く汚物はギタギタに切り裂いて皆殺しにしてやるのが一番良いボク。 ボクに鋏があったら、こんなボロ雑巾野郎なんか一瞬で肉塊に変えてやるボク。 それはどの世界に行っても常識の筈ボク! ——ど、どうしたボク?” 「い、いやなんでもない…」 としあきは、なんともいえない複雑な顔でひろあきを見つめるが、当の本人は例の銃を取り出し、脇に設置された液晶画面に 見入っていた。 「おい、何スカしてんだよ」 「あー、今面白いものを見てるんだ」 「面白いもの? なんだよエロ画像か?」 “ひろあきちゃんはそんなお下劣なもの見たりしないボク! プンプン” 「君も見てみればわかるよ」 そう言うと、ひろあきは銃を近づけ、液晶画面の角度を変える。 そこには、真っ黒い画面の中に灯る赤色の点がいくつも表示されていた。 真ん中には四つの赤い点が集まっており、そこに向かって様々な方向から、十程度の別な赤い点が集まりつつある。 「これ、何?」 「デスゥタンガンの、偽石探知モードさ」 「偽石って、確か実装石の身体の中にあるんだっけ?」 「そう。今このデスゥタンガンは、この家を中心に半径50メートル範囲内の偽石を表示している」 “真ん中にいるのが、ボクとぷちちゃん、あとこのゴミクズボク” 「ふーん。——って、ちょっと待て、五つ?」 「うん、五つだね。 だから不思議だなと思ってさ、数が合わないから」 としあきは、布団から顔を出すと、慌てて周囲を見回した。 「どういう事だ? どこかに実装生物が紛れ込んでるとか?」 「可能性はあるね。さあどうしたものか——おや?」 その時、五つの赤い点が一つ減った。 まるで、皆の話を聞いていたかのようなタイミングだった。 「変だな、移動ならともかく消えるってのはありえないんだが」 「故障なんじゃないの? でも、まだ一個数が合わないな」 ボクボクボク、ボクゥ! アクアが何か発言するが、なぜか、言葉が頭に響いてこない。 不思議に思ったとしあきは、自分の携帯を取り出して画面を覗き込む。 「あれ、真っ暗になってる。 おっかしいなあ、いきなりどうしたんだろう?」 ボクゥ? ひとまず、としあき達は再度家屋内を確認してから就寝することにした。 二階と一階の店舗はとしあきが、庭と一階今・キッチンと風呂場はひろあきが確認することなったが、異常は発見出来なかった。 「仕方ない、見張りを立てて異常が起きたら対応することにしよう」 見張りをする者がデスゥタンガンを携帯するという事になり、まずはとしあきが見張ることになった。 午後9時、いつもならまだ宵の口の時刻でも、他に娯楽が全く無いこの世界ではまるで真夜中のようだ。 液晶画面内では、相変わらず赤い点が無数に蠢いている。 (それにしても、こんなのを持ってるひろあきは、どこの世界から来たんだろ?) まるで遠い未来の世界で作られたような機械を手にしながら、としあきは首を傾げる。 窓の外を眺めると、雲ひとつなく澄み切った闇の空に、綺麗な星々が散らばっていた。 ※ ※ ※ 午前1時。 夜も更けると、更に冷え込みが厳しくなる。 軽いくしゃみついでにひろあき達の寝姿を一瞥すると、としあきはもう一度気合を込め、眠気を追い払おうとする。 ふと見ると、いつのまにか起き出したぷちが、掛け布団をひきずりながら近づいて来た。 「ぷち、どうした? 寝てろよ」 「こうすればあったかいテチ」 「んな?」 ぷちは、としあきの脇にぴったり寄り添い、布団をかけた。 二人で一枚の掛け布団に包まっている状態……あっと言う間にぬくもりが訪れる。 メイド服を脱ぎ、浴衣だけを身にまとっているぷちの大きな乳房が、薄い生地越しに柔らかな弾力を伝えてくる。 気がつくと、ぷちの手が冷え切った自分の手に重ねられていた。 「ぷち? どうしたんだよ突然?」 「クソドレイサン、私にお風邪引くなって言ったテチ?」 「あ、うん」 「じゃあ、クソドレイサンもお風邪引いたらダメテチ」 「あ……そうだな」 「おやすみなさいテチ」 それだけ言うと、ぷちはとしあきの肩に頭を乗せ、寝息を立て始める。 赤子を思わせる甘い香りが、としあきの鼻腔を刺激する。 だが、それは決して不快な臭いではなく、なぜか安らぎに似た感覚をもたらした。 数分後、布団を奪われたミドリによる、「チクショー」入りの大きなくしゃみが聞こえてきた。 →NEXT −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− このスクは、 sc1862 sc1863 sc1865「じゃに☆じそ!」第一話(公園実装の世界編) sc1891 sc1892 sc1893「じゃに☆じそ!」第二話(虐待正義の世界編) sc1897 sc1899 sc1900「じゃに☆じそ!」第三話(人化実装の世界編) sc1948 sc1949 sc1951「じゃに☆じそ!」第四話(実装愛護の世界編) sc1956「じゃに☆じそ!」第五話(実装石のいなくなった世界編) sc1975 sc1978「じゃに☆じそ!」第六話(実装人形の世界編) の続きです。 ただし、前のエピソードを特に読まなくてもだいたいわかります。 基本的には全3回で1エピソード完結という構成ですが、今回は4回です。
