※ sc2034.txt 糞蟲 の続きです。詳しくはご参照ください。 − Gの旋律 闇の中 − 月明かりが差し込むダンボールハウスの中、親実装は手を揺すられる感覚に目を覚ます。 見れば我が仔が涙目で自分を起そうとしている。 怯えた様子で寄り添ってくる仔を、風が強いからか起きたのだろうと、そっと抱き寄せる。 「どうしたデス。眠れないデス?」 「コワイゆめみたテチ・・・ まっくらなとこで、おともだちがにらんでるテチ・・・」 小さな仔実装の言う事だから、どうにも意味が分からない。 「大丈夫デス。ママがいるから大丈夫デス。さあ、いい仔はもう寝るデス〜」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ピチョン・・・・・・・・・・・・ 思い出されたように、滴の音が聞こえる。 どこから聞こえてくるのか分からない。 上からか、下からか。 近くなのか、遥か遠くなのか。 あるいは、地の底からか。 「テエ・・・・・・・」 周りには何も無い、全く無い。 光すらも、無い。 完全な漆黒の闇の中、仔実装は泥水の中に座り込み、ただ呼吸を繰り返す。 「おなか・・・すいたテチ・・・」 最後に物を食べてから、どれくらいの時間が経ったのであろう。 1日か2日か、1週間か、もしかすると数ヶ月か、いや、まだ半日程度なのか。 光も無く、音も無く、自分以外の誰もいない異様な閉鎖空間のため、仔実装の感覚は麻痺していた。 「おなか・・・おなかすいたテチ・・・・おなか・・・すいたテチ・・・・・おなか・・・・」 ピスピスと鼻を鳴らしてみても、湿ったカビの臭いがするだけだ。 自分でも目が開いているのか閉じているのか分からない、完全な闇の中を、空腹に耐えかねた仔実装 は手探りで辺りを探し回る。 浅い泥水をかき回すと、底は砂地の泥だ。 探せど探せど、なにも無い。 ただ空しく、チャパチャパと水の音がするだけだ。 「チャァーー!! なんにもないテチィ! なんにもないテチィ!! なんにもないテチィ!!!」 「おなかすいたテチィ! ここはくらいテチィ! だれもいないテチィ!」 どれほど叫んでも、誰の返事も無い。 全くの無音だ。 耳が痛くなるほどの、恐ろしいまでの静寂が仔実装を襲う。 「マーマーーー!? マァーーマァーーーーーーーー!!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「テエ・・・テエエエ・・・ テエーーーン テエエエーーーーーーン」 ・ ・ ・ 仔実装は泥水に浸かりながら、静かに横たわっている。 ママに託児された時に食べた、黄色いアマアマ、美味しかった・・・ 人間の家で食べた、お肉、美味しかった・・・・ 最後に食べた、野良の仔実装、美味しかった・・・ ここへ来る前の出来事が、幻のように浮かび闇の中に消えていく。 ほおけた口から涎をたらしたその顔は、薄っすらと笑っていた。 その仔実装がピクリと動く。 なにか、かすかに水音がする。 チャ・・・ピチャ・・・・・・・ 音のする方を見ようと、首をかたげると。 「テチャアア!?」 突如、得体の知れない何かが、ガサガサと顔に這い上がってくる。 「チャア!? なにテチ!? いたいテチ! やめるテイ!」 必死に剥そうとするものの、相手は平べったく、つるつると滑り捕らえようがない。 「ヂ!!・・・・ おメメかんじゃダメテチィィ!! ヂュギィーーーーーン!!!」 右の赤目に走る激痛に悶絶する仔実装。 「いたいテチャア!! やめるテチャア!!」 泥水の中を七転八倒して転げ回り、ようやく得体の知れない物から開放される。 ほっとして痛む傷口に手を伸ばすと、なんと右目が無い。 齧りとられたのだ。 「おメメ!? おメメないテチャア!? ワタチのおメメがないんテチーーーーーーー!!」 「マァマァ! なんで、たすけてくれないんテチィ!? マァーマァァァーー!!」 ・ ・ ・ チャパ チャパ 「ママァ・・・ どこテチィ・・・・・」 チャパ チャパ チャパ 「はやく、たすけにくるテチィィ・・・・」 チャパ チャパ 仔実装は出口を求めて、延々と歩いていた。 うろうろとしているうちに、大きな大きな壁のような物に辿り着いた。 この壁沿いに歩けばどこかに行ける。 そう考えた仔実装は、空腹を堪えてひたすら歩いた。 どれほどか歩くと、別の壁に行き当たり、仔実装は左へと方向を変える。 そして次も、壁に行き当たり左へ曲がる。 その次も、左へ曲がる。 またその次も。 出口を、光を求めて。 仔実装は、歩き続ける。 ・ ・ ・ 「テエ・・・テチチ・・・・テエエ・・・」 もはや、空腹感は限界に達していた。 これだけの長い時間、なにも食べていないにもかかわらず、不思議と体力は衰えない。 しかし飢餓状態は増す一方だ。 泥水の中、四つん這いになった仔実装は、必死になって泥をかき回し食べ物を探す。 何かないか、何かないか。 なんでもいいから、何か口に入れるものはないか。 コツン 「テ・・・テテ?」 その手に、何か小さな物の感触があった。 仔実装の顔に、ふわっと生気が蘇る。 慌てて泥から取り上げて、貪るように頬張る。 ガリリ! 「テヒョッッッッ!?」 慌てて口にした物は、ただの小石だったのだ。 歯こそ欠けなかったものの、目から火が出るかと思うほどの激痛に悶絶しまくる仔実装。 「い゛た゛い゛テチュワーーー!!」 「もうこんなところ、いやテチャーーーーー!!」 「マァ!マァァァァァァァァァァァッヂュ!!!」 ・ ・ ・ 「なにか・・・・きこえるテチ・・・・」 仔実装の耳に、雑音のような微かな物音が聞こえてくる。 ザア・・・ ザアザア・・・・ どこから聞こえてくるのだろう。 心なしか、少しずつ音が大きくなったような気もする。 きょろきょろと辺りを見回す仔実装。 バシャバシャバシャーー!! 「テ・・・!? プッ・・・ワチャァ???」 突如、頭上から滝のように浴びせられた冷水に、ゴミくずのように転がされる。 「なっ なにテチ!? ちめたいおみずが、いっぱいテチ!」 無明の闇の中、どこからともなく噴出してくる水。 仔実装がおろおろとしているうちに、徐々に勢いを増してくる。 「テチ? おみず、ふえてきたテチ? さ、さむいテチィ〜!」 勢いを増した水は足元の水深をかさ上げし、今や水面から顔を出すだけで精一杯だ。 どこかに逃げ場はないのかと慌てふためくが、あれだけ放浪して見つからないものが、今更都合よく 見つかるわけがない。 「テエ! テエエエ! おみず・・・けぽっ・・・テチャ・・・かはっ・・・」 ついには頭までもが水没し、濁流に飲まれ流されてしまう。 仔実装が押し流された先は鉄格子で遮られており、その先へ轟々と濁水が流れ落ちてゆく。 恐ろしいまでの勢いで濁流が押し寄せるが、仔実装はなんとか鉄格子にしがみ付き、やっとの事で水 面に顔を出せた。 しかし、叩きつけるような飛沫に、呼吸もままならない状態だ。 「テヒ・・・ごぷっ! マッ・・・マァマーーーーがぼがぼ−−−ァァーーーげほっがほっ」 「ぷはっ なっ、なんで・・・がぽ!・・たすけにこないテチャアーーーー!?」 「なんでテチィィィィ!!!!」 「はやくくるテヂィィィィィィィィィ!!!!!!」 バシャバシャーー!! げぼがぼぉ!? ごほっげぇぇぇほっ! 「こ・・の・・・ ク ソ バ バ ァ テ ヂ ィ ィ ッ ッ ッ !!!!!!」 ザバァァーーンンン!!! ごぼぉぉ・・・・・・・・・・・・がぼげぼげぼげぼ・・・・・!! 「しっ しねテチィ!!」 「クソババアも! クソニンゲンも! クソムシも! みんなみんな、しんじまえテヂィィ!!!」 「ぶっころしてやるテヂャア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!!」 吼える。 憎悪を、悪意を、殺意を、怨念を、剥き出しにして吼える。 もう、仔実装にとっては、自分以外の全てが憎く、自分以外の全てを呪った。 この暗黒の地獄は、すべて自分以外の奴のせいなのだと。 何もかも、お前達が悪いのだ、と。 ふと、視線を上に向け、恐ろしい顔で睨みつける。 「そ こ の ク ソ ム シ ィ ! な に み て る テ チ ャ ア ッ ッ !!!!」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「テヒャア!?」 脂汗を流して飛び起きた我が仔に驚きつつ、親実装は優しく背中をさすって話しかける。 「どうしたデス? また怖い夢でも見たデス?」 「ま、また、コワイおともだちテチ! こわいこと、さけんでたテチィ・・・」 親実装はダンボールハウスの外を指し、震える仔を抱き寄せる。 「今日はお外は雨デス。だから一日、ママと一緒デス。それなら怖くないデスゥ?」 「テ? ずっといっしょテチ?」 「ず〜〜っと一緒デス」 「ママだいすきテッチュ〜ン♪」 チュ〜ンと鳴いて頬ずりする仔実装の頭には、暗闇の中の惨めな仔実装の記憶など、露ほども無い。 ママが大好き、あんな怖い仔なんて知らない。 そんなところだろう。 ・ ・ ・ ダンボールハウスの外には、冷たい雨が降っている。 良い子はみんな、お家の中。 悪い子は・・・・
