タイトル:【虐・愛?】 ダイヤモンドは砕けない
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3692 レス数:1
初投稿日時:2010/02/18-18:22:57修正日時:2010/02/18-18:22:57
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 双葉町の外れにある林の中。

「デ、デェ……」

 親実装は持っていた野菜のカケラを落とした。

 人のほとんど来ない茂みの奥にある木箱の家。森林迷彩のように枝や葉っぱが貼り付け
てある。人間に見つからないような場所を探し、滅多に手に入らない木箱で作った、とっ
ておきの我が家だった。
 それなのに。

「終わったデス……」
「ママァ……」

 絶望の声を漏らす親実装と、怯えたように親実装に掴まる仔実装三匹。

 それを静かに見下ろしているのは、背の高いやせ気味の人間だった。これといって特徴
の無い顔立ちの男である。右手に四角い機械を持ち、左手に仔実装を一匹乗せていた。

「テチューン♪ ママ、ワタチは飼い実装になったテチュ♪」

 その仔実装は金平糖を口にしながら、優越感たっぷりに親実装たちを見下ろしている。
自分は親たち野良実装とは違う次元にいるのだと、その目が語っていた。

「ここに隠れていることは、君の仔が教えてくれたよ。金平糖ひとつでね?」
「殺しておくべきだったデス……」

 男の手に乗っているのは、親実装が間引いた仔だった。少し遠くまで餌を取りに行った
時に、わざと置いてきたのである。自分の手で殺すのが怖かったから。今まではそれで間
引きできていた。

 だが、置き去りにした四女は、人間を連れて戻ってきた。

 ——最悪の結果である。

 親実装の絶望を肯定するように、男はゆっくりと頷いた。

「そうだね、君のミスだ。間引く仔はきっちり殺しておかないといけない。実装石の世界
に情けは禁物。賢いならなおさらそれを理解する必要がある。殺すのが怖いなんて言い訳
は通じない。今後間引く仔が出たら、しっかり殺しておくべきだよ」
「もう今後なんて無いデス……! ニンゲン、殺すならひと思いに殺すデス!」

 男を見上げ、親実装はヤケ気味に言い切った。
 実装石に生まれた以上、幸運に恵まれない限りまともな最後は遂げられない。賢い個体
である親実装は、そのことを理解していた。そして、人間に見つかった以上、苦痛に満ち
た生はほぼ確実。そこでは、苦しまずに死ねることが唯一の救いである。

 しかし、男は首を左右に振ってみせた。

「いや、別に殺しはしないよ。ふふふ……。僕は虐待派じゃないからね。僕は愛護派。こ
の子はこれから僕の飼い実装になる。ただ、その確認を取りに来ただけさ。安心して、怯
えることはないよ。君はもうこの仔に未練は無いだろ?」
「デ……?」

 予想外の言葉に、親実装は男を見上げた。

 静かな微笑みとともに、親実装と後ろの仔供たちを見下ろしている。仔猫や仔犬でも見
るような、優しさに満ちた表情。それは親実装の知る危険な人間——虐待派などが見せる
仮初の表情ではなかった。
 だが、何かがおかしい。

「それとも、君も一緒に来るかい? 飼いになりたいなら、一緒に飼うよ?」
「チャァアァァ! 何言ってるテチ! 飼い実装になるのは美しくて賢いこのワタチだけ
で十分テチ! このクソババァまで飼いにする必要はないテチ!」

 仔実装が騒いでいるが、男は耳を貸さない。
 聞こえていないはずがない。男が持っているのは、実装石の言葉を翻訳する機械だ。仔
実装が何を言っているか分からないわけではないだろう。

 だが、男は静かな微笑みを浮かべ、確かめるように親実装たちを見下ろしている。

「何デス……? 何か変デス……」

 男を見上げながら、親実装は脂汗を流していた。

 おかしい。不自然。違和感。男に敵意や害意などの危険なものは見られない。だという
のに、背筋を駆け上がる悪寒。膝が笑って立っているのもやっとだ。両目が熱くなる。何
故だか涙が流れそうだった。

 ……恐怖。

 親実装は自分を支配する感情を、ようやく把握した。

「遠慮、する……デス……」
「そう。残念だ」

 それだけ言い残して、男は踵を返して、藪の向こうへ消えていく。








 数分してから、親実装はその場に倒れた。緊張の糸が切れてしまい、しばらくまともに
動けそうもない。全身にじっとりと嫌な汗が流れている。

 ひとまず助かった。

 ただその事実に感謝する。

「ママ……。四女ちゃん、行っちゃったテチ……」
「ワタチたちも飼い実装になりたかったテチ」
「変なニンゲンだったテチ……」

 残った仔実装が、口々に言っていた。だが、それはどうでもいい。今後、四女に会う事
もないだろう。あの子はあのニンゲンの元に行ったのだ。二度と自分の元に戻ってくるこ
とはない。あってはいけない!

 地面に倒れたまま、親実装は口を開く。

「お前たち、今すぐ引越の準備を始めるデス……。ニンゲンにこのおうちの場所を知られ
てしまったデス……。もうここにはいられないデス……!」
「テェェ……」

 突然の言葉に、仔実装たちが驚きの声を上げた。








 卓袱台の上で眠っている仔実装。

 服は着ていない。一度脱がせて僕が洗っておいた。賢い親に育てられた仔でも、やはり
服は汚れている。そのままでは飼うことができない。部屋が汚れてしまう。

 結局、きれいにするのは人間の仕事。

 糞抜きや汚れた身体の洗浄、臭消しや抗生物質の注射など、野良実装石を部屋飼いする
にあたって行うことは、虐待派も愛護派も大差ない。
 ま、この程度で根を上げていたら、実装に関わる者失格だ。

 それにしても。

「可愛い寝顔だ……」

 静かな寝息を立てている小さな実装石。

 ああ、可愛い。思わずため息が出る。なんて愛くるしい姿なんだ。やっぱり実装石が一
番だ。実蒼石や実装紅も可愛いけど、実装石の可愛さには敵わないよ。

 僕はしばしその寝顔に見入っていたが、

「さて、始めよう」

 卓袱台に置いてある小さな瓶の蓋を開ける。鮮やかなエメラルドグリーンに輝く液体に
満たされた小さな小瓶。その液体の中に、この仔の偽石が沈んでいた。

 小瓶に貼られているのは、紳士連盟印のラベル。特殊な偽石強化剤である。正規ルート
では入手出来ない特別に強力な薬品。50ml程度だけど、値段は十万円を越える。
 だが、その効果は金額以上のものだ。

 そっと仔実装をひっくり返し、メスで頭に切れ目を入れる。

 続いて、ピンセットで強化剤から取り出した偽石を頭の中に入れた。鋭利なメスできれ
いに切られた傷口は、見る間に塞がっていく。

「よし……」

 これで大丈夫だろう。

 僕は強化剤に蓋をしてから、小さなビーカーを手元に引き寄せた。
 中には生理食塩水と偽石がひとつ入っている。ピンセットで偽石を取り出し、メスで仔
実装の胸を開いた。

「悪いけど、君にはこの子の護り石になってもらうよ」

 何も答えぬ偽石にそう告げて、それを胸の位置に納める。ここは、この仔実装の偽石が
本来あった場所だ。そこに入れられた偽石。こちらの傷口もきれいに塞がっていく。
 この偽石が、今後この子を守っていくことになるのだ。

 これでこの子を我が家に迎え入れる準備は完了。

「ふふふ、可愛い子だ……。名前は何にしようか……?」

 僕はじっと仔実装の寝顔に見入っていた。








「テチ……?」
「おはよう。仔実装ちゃん」

 僕の声に反応して、身体を起こした。ネムリの効果が切れたようである。予想していた
時間ぴったりだ。丸い手で眠そうに目を擦りながら、

「ここはどこテチ……?」
「ここは僕の住んでいるアパート、約束通り君は飼い実装になったんだよ。君が着ていた
服は洗っておいたから。ほら、きれいになったでしょ?」

 と、裸仔実装の傍らに置いてある実装服を示す。

「テ!」

 僕の言葉に跳ねるように飛び上がる仔実装。きれいに洗濯された服を手に取り、赤と緑
の瞳をきらきらと輝かせている。僕の所に来る仔はいつもこうだ。念願の飼いに実装にな
れたことを、素直に喜んでくれる。

 その姿がとっても愛らしい。
 そして、僕も嬉しい。

「やったテチー! これで、ワタチも飼い実装になれたテチー! これで、硬い寝床とも
マズイごはんともお別れテチュ〜♪」

 パチパチと拍手をしながら、僕は明るい声で言った。

「おめでとう。今日から君の名はダイヤだ」
「ダイヤ……テチ?」

 口元に右手をやり、小首を傾げるダイヤ。
 僕はにっこりと微笑み、首を縦に動かす。

「自然界にある物質で最も硬い鉱物で、最も高い宝石ダイヤモンド。石言葉は永遠の絆、
純潔。そこから取った名前だよ。君に相応しい名前だと思わないかい?」
「思うテチ! 高貴なワタチには相応しい名前テチッ」

 両手を腰に当てて、鼻息を吐いているダイヤ。最も硬く、最も貴重な宝石ダイヤという
名前。予想通り、ダイヤは僕の考えた名前に満足してくれた。実装石の満足する名前を与
えられることも愛護派として当然である。

 いや、どちらかというとダイヤという名前は僕の望みかな?
 自然界で最も硬い物質だけど、衝撃であっさり割れたり、鉄類とあっさり化合したり、
摂氏五百度くらいから酸化を始めたりと、なかなか癖の強い鉱物だけどね。
 まあ、細かい事は気にしない。

「まずはごはんにしようか?」
「そう言えばお腹空いてるテチ……」

 ダイヤがお腹を撫でてていた。

 くー、と空腹を訴えるお腹。

 ダイヤは昨日ネムリを口にして意識を失ってから、今まで何も食べていないし、何も飲
んでいない。寝ている間には低圧ドドンパも食べさせて糞抜きも済ませてあるので、お腹
の中は空っぽだ。お腹が空いていないはずがない。

「はい、君のごはんだよ」

 僕は小皿に乗せた料理をダイヤの前に置いた。

 それは、一見すると小さいハンバーグである。
 僕は実装ハンバーグと呼んでいた。実際の作り方はハンバーグと大差ない。ただ、そこ
に実装石が好むように味付けとアレンジを加えた料理だ。比較的安価で実装石が満足でき
る料理である。

「チュアァァ♪」

 ダイヤは甘い声を上げて実装ハンバーグに飛びついた。








「テチ……」

 ハンバーグを食べ終えたダイヤが、卓袱台の上に仰向けになっている。
 苦しそうにお腹を押さえていた。お腹が痛いのは一目で分かる。

「慣れないものを急いで食べるからだよ」

 そう話しかけながら、僕はダイヤのお腹を指で撫でていた。柔らかく弾力のあるお腹。
力を入れて押せばそのまま潰れてしまいそうな丸いお腹。ハンバーグを全部食べたのだか
ら当たり前だろう。

 いいなぁ、この感触。心が癒される。

「テェェ……」

 ダイヤは両手でお腹を押さえたまま、顔に脂汗を浮かべていた。浅い呼吸を何度も繰り
返しながら腹痛に耐えるように片目を瞑り、身体を捻っている。

 苦しいんだろうなぁ。
 辛いだろうなぁ……。

「ふふ……」

 僕はそんなダイヤのお腹を撫でながら、柔らかな微笑みを浮かべる。指先から手首を通
り、腕から肩まで駆け上がる、ぞくぞくとした甘い痺れ。

 ダイヤの必死さが、とっても愛おしい。

 しかし、ダイヤはそれどころではないようだ。

「すごく……苦しいテチ……」

 身体をくの字に折り曲げてみたり、仰け反ってみたり、寝返りを打ってみたり。腹痛か
ら逃れようと必死の努力をしている。だけど、無理だよ。腹痛や頭痛は原因を取り去るか
痛みを麻痺させるかしないと、痛みは消えない。

「このクソドレイ……何とかするテチィィ……! お腹が痛いのは……お前が作った料理
を食べたせいテチ……。お前が何とかするのが義務テチィ……!」

 クソドレイって僕のこと?
 って、他に誰もいないからね。

 虐待派ならここで暴力に走るだろう。ヤワい愛護派なら怒るかもしれない。でも、僕は
怒らない。僕は真性の愛護派である。クソドレイと言われた程度で怒るような軟弱な神経
はしていないよ。実装石が人間を自分に都合のいいドレイと思うのは普通のこと。普通の
事に怒っていては身が持たない。

 僕は用意してあった正露丸を見せた。

「これ、お薬だよ。不味いけど、飲んで」
「テェェ……。臭いテチ……」

 黒い粒を凝視し、ダイヤが嫌々と首を振る。糖衣の正露丸ではなく、剥き出しの黒い正
露丸。独特の刺激臭と苦みがあった。あいにく、うちにある胃薬はこれだけ。

 実を言うと、僕も糖衣錠と思って剥出しの丸薬を買っちゃったんだけど……。

「お薬は美味しくないものだからね。我慢して」

 正露丸をダイヤの口に入れると、そのエグ味に涙を流しながらも、目を瞑って一息に呑
み込んだ。腹痛に苦しむよりも、苦い薬を飲んだ方がマシと判断したのだろう。

 その努力は立派だ。素晴らしい。

「これで良くなるテチ……?」

 僕の顔を見ながら訊いてくる。その瞳に映る不安の光。

 ッッ……!

 背筋を駆け抜ける震えに身を竦ませつつ、僕は平静を装って答えた。

「どうだろうね?」

 落ち着け僕……。まだ、まだまだ——だ。飼い始めたばかりじゃないか。背中側で左手
を思い切り握りしめながら、心の奥からこみ上げる衝動を押さえる。

 あとね、ダイヤ……。
 残念だけど、その腹痛は正露丸じゃよくならないよ。

 それは薄めたドドンパと裏ドドンパを一緒に口にした時の症状なんだから。お腹の中身
を出そうとする動きと、それを阻む動きがお互いにぶつかり合う痛み。食あたりや胃腸炎
とかじゃないから、正露丸じゃどうしようもない。

「テェェェ……苦しいテチ……。誰か助けてテチィィィ……」

 お腹を押さえて悶えながら、ダイヤは必死に助けを求めている。それが僕へのものか、
母親へのものか、それとも別の誰かへのものか。そこまでは分からない。

 でも、苦しげに助けを求める姿は、とっても可愛らしい。

「頑張れ、ダイヤ」

 僕はただ笑顔でその姿を眺めていた。



 ダイヤが胃痛から解放されたのは、深夜前。
 裏ドドンパの効果が切れて、大量の糞を仔実装用トイレに漏らした時だった。








 翌朝。

「ウンチいっぱい出たテチュ〜ン♪」
「はい、ダイヤ。じっとしててね」

 僕はダイヤの身体を左手で持ち上げ、右手に持ったウエットティッシュでダイヤのお尻
をきれいに拭いていた。やさしく痛くないように、緑色のうんちを拭き取る。
 愛護派たるもの、実装石のトイレの始末くらいできないといけない。

「気持ちいいテチュ……」

 うっとりと顔をほころばせるダイヤ。

 虐待派なら即座に暴れ出すような表情。だが、それがいい。それでいい。いや、そうで
なくてはいけない。まさにそれが僕が求める実装石の姿。その傲慢不遜で身勝手で唯我独
尊な顔こそ、実装石に相応しい。

 それにしても、ダイヤのお尻。可愛いお尻。

「ふふふ……」

 僕はこっそり微笑んでから、唾を呑み込んだ。

 耐えろ……僕、今はマズい。

 ぎしりと右手の指が軋む。丸くて弾力のある小さなお尻。誘っているようなその形。
 昨日の時点で薄々分かっていたけど、この子は一番上物だ。いや、初めてその姿を見た
時からかな? ダイヤは僕が今まで飼ってきた実装石の中で、一番可愛く美しい。

 今すぐ無茶苦茶に可愛がりたい。
 自分の衝動のままに愛でてしまいたいッ!

 だけど、これから会社に行かないといけない。

 "実装石は愛護する" "仕事もこなす"
 『両方』やらなくちゃあならないってのが『社会人』の辛いところだな。
 覚悟はいいか? 僕はできている。

 というわけで、パンツを上げたダイヤを優しく抱え、僕は部屋の隅に移動した。

「じゃあ、ダイヤ。これから僕は会社に行かなきゃいけないけど、君はおうちで大人しく
していてくれないかな? 何、心配することはない。夜にはちゃんと帰ってくるから」
「何テチ……?」

 不思議がるダイヤを、僕は小さな箱に入れた。

 仔実装一匹が何とか入れるくらいの小ささの木箱である。厚さ一センチほどの木の板を
組み合わせて作られた小箱。そこには鉄の重りが付いている。少し前に僕が作った小箱の
ひとつだった。『4番』という文字が表面に彫刻されている。

「テチッ! 何するテチ! さっさとここから出すテチ、このクソドレイ! 早く出さな
いと、ボコボコにしてウンチまみれにしてやるテチ!」
「それじゃあね、ダイヤ」

 そう微笑みかけて、僕は木箱の蓋を閉じた。
 カチリと留め金がはまる。

 中からテチテチと抗議の声が聞こえてくる。でも、無理だよ、ダイヤ。この箱は仔実装
程度の力じゃ、どうやっても壊すこともできない。傷つけることもできない。動かすこと
もできない。そう僕が作ったんだから。

「ふふふ、君はここから出られない……」

 思わず口に出してしまう。

 でも、ダイヤ。諦めちゃ駄目だよ。諦めることはいけない。努力を捨ててはいけない。
どんなに辛くても、男は足掻き続けなければいけない。

 ……ダイヤは女の子だけどね。

「じゃ、行ってくるねー」

 僕は箱に向かって笑顔で手を振った。

 仔実装といると心が満たされる。
 やっぱり君は素晴らしい。君を拾ってよかったよ。








「いつもながら、お前凄いなー」

 作業着を着た五十歳ほどの男が、マイクロメータで金属を計りながらぼやいていた。呆
れと感心が入り交じった複雑な声音。
 僕が働いている金型会社の部長である。

「うちに入ってからまだ三年ちょっとだろ……? なのに、何でこんなに削るの上手いん
だよ? 直角度も正確だし。先輩連中へこんでるから、少し手加減してやれよー」

 部長が手にしているのは、一ミクロンまで計れる特殊なマイクロメータ。
 僕が削った金属の誤差は千分の二ミリ程度に収まっている。まだ荒削りの段階なので、
そこまでする必要はないけど、何事も練習練習。

「てかオレにも教えろ。何でそんなに上手いんだよ」
「機械ごとに癖がありますから。その通りにやれば、誰でも上手く行きます」

 左手を持ち上げ、僕はそう答える。

 子供の頃から、僕は物事の癖や特徴を捉えるのが得意だった。細かい部分に目が行き、
その通りに身体が動かせる。まるで、僕の前にあるモノが僕に自分の扱い方を教えてくれ
るように。自分で言うのも何だが、天賦の才能なのだろう。

 ただ、僕の才能にはひとつ欠点がある。他人には言えないけど。

「その癖を理解するのに、ふつーは十年以上かかるんだけど……」
「そこは愛です」

 部長の愚痴に、僕は真顔で答えた。

「アホ……」

 部長が顔を押さえる。



 でも、僕は間違ったことは言っていない。
 何事も愛情を以て接すれば相手が応えてくれる。
 金属でも、道具でも、機械でも、実装石でも。








「暗いテチ……狭いテチ……!」

 暗く狭く何も聞こえない箱の中。動こうにも身体を動かすような隙間すらない。立った
状態のまま腰を下ろすこともできない。
 足が痛い。

「あのニンゲンは何を考えているテチ……!」

 美しく華麗で賢い自分をこんな場所に押し込めるとは、言語道断である。自分は暖かく
柔らかな布団の中にいなければならないのだ。それを、あの頭の悪い人間はこんな居心地
の悪い場所に閉じこめている!

「許さないテチ……」

 ダイヤは壁に背を預け、怒りを燃やしていた。

「あのクソドレイ……。絶対に許さないテチ! 帰ってきたら、ボコボコに殴って、土下
座させて、ウンチまみれにしてやるテチ……! 覚悟しておくテチ……!」

 無明の暗闇の中、ドレイであるニンゲンをいたぶる様子を妄想しながら、ダイヤは右手
で口元を押さえた。仔実装と人間という絶対的ともいえる実力差。それも妄想の中では無
意味なものである。

 ダイヤは空想の中では無敵の存在だった。大きな人間を自由に殴り蹴り、泣き叫びなが
ら倒れ伏す人間をさらに叩き伏せ、土下座させる。そこへさらに大量の糞を投げつけてい
た。その猛攻撃に必死に泣いて許しを請う人間。

「チププ……」

 思わず笑みがこぼれてくる。








 自動販売機から取り出したココアを手に取り、その場から離れる。

「ふふふ……」

 ダイヤの様子を想像しながら、僕は左手で口を押さえた。

 午後の休み時間。いきなり笑っては変な人と思われるかもしれない。あまり他人を気に
する者もいないだろうけど、やっぱり独り笑いは他人に見られたくないものだ。

 実装石を飼うと仕事にも身が入るし、生活にも潤いが出る。
 やはり、僕は根っからの愛護派だ。

 二、三度缶を振ってから、プルタブを開ける。

「ダイヤ……」

 ココアを口に含み、僕は愛しの飼い実装の名を呟いた。

 今頃、僕をいたぶる妄想をしながら、暗闇の中で独り笑っているのだろう。

 その様子を想像するだけで、何とも言えない満ち足りた気持ちになる。それだけじゃな
い。これからダイヤのいる生活を想像するだけで、涙がにじむほど興奮する。

 口元の笑みを隠すように、僕は再びココアを口に含んだ。

「我慢はよそう。今夜が楽しみだな……。ふふふ……」








「何するテチ、このクソドレイ!」

 裸に剥かれたダイヤが罵声を飛ばしてくる。
 僕は素知らぬ顔で答えた。

「何って? 妙なことを言うね。ダイヤを裸にして逆さ吊りにしてるだけだよ」

 木の棒を組み合わせて作った実装吊り機。名前の通り、実装石を吊り下げるための木枠
である。形状は氷嚢スタンドを想像してもらうと分かりやすい。

 ダイヤの両足は木枠から伸びた糸で逆さ吊りにされていた。
 邪魔な服は脱がせてある。

「さっさと元に戻すテチィィィ! 謝るなら今のうちテチャァァアアア!」

 ぱたぱたと両手を振りながら、ダイヤは口を開いて威嚇してきた。

 可愛いなぁ。実装石は本当に可愛いよ。

 僕は右手に持った竹ひごを動かしながら、口元をほころばせた。長さ一メートルほどの
竹ひご。かなり柔らかいものだけど、仔実装石を相手にするにはこれくらいの柔らかさが
一番調度いい。適度に痛みを与え、深い傷を負わせない。

「何笑ってるテチャアァァァ!」

 ヒュチッ!

「チュアァ!」

 竹ひごが柔肌を一打ちし、ダイヤが悲鳴を上げた。

 僕は両手で自分の身体を抱きしめ、胸の奥からこみ上げる灼熱に身悶えする。興奮のせ
いで、目元から少し涙が流れていた。

 いい……! 実にいいよ! 

 ダイヤ、やっぱり君は僕が見込んだ実装石だ。実に美しい声で鳴いてくれる。

「何するテチ! 痛いテチ! こんなことして、タダで済むと思ってるのかテチャァ! 
今すぐ土下座すれば許してやらないことも——」

 ピッ!

「チアァァ!」

 竹ひごの一打に、ダイヤが再び悲鳴を上げる。

 その可愛い声に、僕は自分の手を噛み、声を呑み込んだ。

「くっ、ふふっ……!」

 会社で使っている機械と同じだ。僕が右手で操る竹ひごは、僕の意志に応えてくれる。
僕の愛情に応えてくれる。そして、ダイヤも僕の意志に応えてくれる。僕の愛情に応えて
くれる。愛って素晴らしいじゃないか!

「ワタチのことを誰だと思ってるテチ!」
「一番大好きな僕のダイヤさ」

 ヒュッ!

「チアッ!」

 竹ひごが閃き、ダイヤの柔肌に赤い線が走った。

 胸の奥が熱い。喉が渇く。意識が朦朧とする。落ち着け、僕。まだまだ……まだまだ始
まったばかりなんだ。この程度で息切れするのは気が早すぎる。

 しばらく実装石を愛でてなかったせいかな……?

 ゆらゆらと動く竹ひごを凝視しながら、ダイヤは色付き涙を流した。

「お前は大好きなワタチに何で痛いことするテチィ!」
「実装石が輝く姿を見たいからね」

 僕はそう答えた。

「テ……?」

 ダイヤが固まる。意味が分からなかったのだろう。

 教えるべきか否か。いくらか迷ってから、僕は優しく微笑んだ。

「僕は実装石が好きだ。その命が輝く姿を見るのが大好きなんだ。そして、実装石が最も
輝くのは、今のように苦痛を受けた時——」
「テェェ……」

 信じられないとばかりに鳴き声を漏らすダイヤ。

 ヒュン!

「チュアアァ!」

 竹ひごに打たれ、悲鳴を上げる。両目から涙を流しながら、ダイヤは嫌々をするように
首を左右に振った。でも、やめない。やめられるわけがない。

「お前なんか大嫌いテチィ!」
「僕は君が大好きだよ」

 ヒュチッ!

「テアアァ!」

 僕は実装石が大好きだ。

 大好きだからこそ——苦しめたい。傷つけたい。泣かせたい。虐めたい……! バラバ
ラに壊したい! 思う存分、破片すら残さず蹂躙してしまいたいッ!

 僕は子供の頃から生物無生物問わず、その特性と癖を瞬時に把握することができた。こ
れは、天賦の才能だと僕は考えている。だけど、それを無茶苦茶に壊してしまいたいとい
う衝動も、同時に持っているのだ。
 仕事では、理性で抑えることができる。

 でも、実装石相手に理性は必要ない。
 むしろ邪魔だ!

 大好きだからこそ、虐め苦しめ痛めつけ、そして壊す。
 それが、僕の愛情表現だ。

 ヒュッ!

「テアアァ! ごめんなさいテチィィ! もう許してテチャァアァ!」
「謝ることはないよ。君は何も悪いことはしてないんだから」

 泣き叫ぶダイヤに、僕は優しく声を掛ける。



 僕は真性の実装石愛護派だ。
 多分、今風の言葉で表すならば、ヤンデレと言うのだろう。








「嫌テチィィィ! 痛いの嫌テチィィ!」

 柔らかいコルクボードに張り付けにされたダイヤ。両目から色付き涙を流しながら、必
死に逃れようとしている。でも、無理。両手両足はがっしりと鉄の枷でボードに貼り付け
てあるからね。

「ああ。ダイヤ。その泣き声を聞くと心が癒される」

 僕はまち針をダイヤの右手に突き刺した。

 細い針が皮膚を貫く微かな抵抗。肉を裂いていく抵抗。裏側の皮膚を突き破り、コルク
ボードに突き刺さる感触。全てが僕の心を満たしてくれる。

「痛いテチャァァア!」

 ぶんぶんと首を左右に振っているダイヤ。

 痛いだろうね。怖いだろうね。それは、僕が一番よく分かっているよ。少なくとも、そ
の自負はあるつもりだ。だからこそやめられないんだ。

 僕はまち針をゆっくりと左腕に突き刺した。

「チュゥ!」

 金属の針に皮膚を貫かれ、ダイヤがくぐもった声を上げる。

 僕はゆっくりと、至極ゆっくりと針を押し込んでいった。

「痛い、痛い、痛いテチィィ! もうやめてテチ! 何でもするから、助けてテチィ!」
「ふふふ。僕は君の可愛い悲鳴が聞ければ後は何もいらないよ」

 針が緩慢に肉を貫いていく。その感触が指に伝わってくる。
 その痛みを想像するだけで、僕の口元には優しい笑みが浮かんでいた。腕を針で貫かれ
る。痛いだろうなぁ、苦しいだろうなぁ。

 でも、そんな君が本当に愛おしい。

「チュアァァァ!」

 千切れそうな勢いで首を振りながら、ダイヤは可愛い悲鳴を上げていた。








「チィ……チィィ……」

 部屋の押し入れの奥に、その仔実装はいた。いたと言うよりも、置かれていた。
 曖昧に開かれた口から、苦しげなうわごとを漏らしている。

「ねぇ、念願の飼い実装になった気持ちはどうだい?」

 この子は、以前飼い実装になりたいと僕の前に現れた仔実装だ。ダイヤを拾う前の日で
ある。その望み通り、この子は僕の飼い実装になった。

「でも、多分君の想像とは違うよね?」

 僕は苦笑する。

 仔実装には髪も服もなく、手足も無い。両目も耳も焼き潰されている。木枠に固定され
た小さな身体。定期的に栄養が送られるように心臓に点滴を打たれ、総排泄孔に押し込ま
れたパイプから最小限の排泄物が排出される。

 ただ、この子は自分の状況は理解していないだろう。感覚が無いからじゃない。栄養剤
に含まれたネムリとアルコールが、その意識を完全に閉ざしている。

 僕は定期的に栄養剤と排泄物袋を入れ替えるだけでいい。

 この仕組みは、僕が設計から製造まで全部一人でやった。虐待派の作る虐待道具を多少
参考にしたけどね。我ながらいい出来上がりである。

 僕はその子の頭をそっと撫でた。

「ふふふ……。頑張れ、ダイヤの護り石」
「テッ……テァ……」

 だけど、その子はそれには気づかず、苦しげに呻き声を上げている。

 この子はダイヤの護り石。ダイヤの偽石のあった場所に埋め込まれた偽石の持ち主だ。
この子の偽石はダイヤの代わりに、ダイヤのストレスを受け止めてくれる。この子はダイ
ヤの偽石を守るために、自らの偽石をすり減らせているのだ。

 偽石を守る偽石を仕込む技術。
 非常に微妙な加減が必要なので、素人にはお勧めしない。

「君も可愛いなぁ。ダイヤが来なければ、普通に飼ってあげられたのに」

 僕はその子をそっと撫でた。



 この子を固定する木箱には"Sacrifice"の文字が記されている。
 サクリファイス。
 意味は、生け贄。

 我ながら、中二病だ……。








 ペキ。

「ヂィィィィ!」

 右腕を折られ、ダイヤが素敵な悲鳴を上げる。

 実装吊り機から吊られたダイヤ。その横に置かれた点滴用スタンドから、希釈した活性
剤と栄養剤がチューブと針を通して、心臓に直接流し込まれていた。

「ああ。いつ聞いても素敵な悲鳴だよ、ダイヤ」
「お願いテチィィ! もうやめてテチィィ! 何でもするからテチィィ!」

 両足を振り回しながら、ダイヤが泣きながら懇願してくる。

 ハァ……

 思わずため息が出てしまう。

 やはり、ダイヤは素晴らしい実装石だ。

 苦しみながらも、何とかそこから逃れようとする姿。眩しいほどに輝いているよ。涙を
流しながら、僕を見つめる恐怖の眼差しも、思わず見惚れてしまうほどだ。

 ポキ。

 僕はダイヤの左足を折った。膝関節を逆向きに。

「痛い、痛いテチュァアァァァァ!」

 両手を振り回しながら、激痛に悶えるダイヤ。

 その右腕は既に再生していた。やっぱり活性剤と栄養剤の効果は凄いなー。実装石自身
も生物離れした再生力を持っているけど。この規格外さは素直に尊敬するよ。

「お願いテチ、ニンゲンさま! ワタチを許してテチィィィ!」
「ふふふ……」

 僕はダイヤの頭を撫でながら微笑んだ。

「許すって、ダイヤ……。僕は君の何を許せばいいんだい? 君は何も悪いことはしてい
ないじゃない。許すも何もないじゃないか」

 コクッ。

「ヂュギィィィィ!」

 腰骨を砕かれ、四肢を振り回すダイヤ。

 予想した通り、腰骨を砕くのはかなり痛いみたいだ。人間だって手足の骨を砕かれるよ
り、腰骨を砕かれる方が苦しいだろう……多分。もっとも、僕は骨折したことないし、知
合いにも腰骨が折れたという人はいない。

 砕けた腰骨も、活性剤の効果で一分も経たずに治ってしまう。

「さあ、ダイヤ。次はどこの骨を折って欲しい?」

 至ってシンプルな僕の問いに。

「テチュ♪」

 ダイヤは右手を口元に当て、小首を傾げて見せた。媚びの仕草。虐待派の連中はこの仕
草を気持ち悪いとか不愉快とか言うけど、可愛い仕草じゃないか。

「顎の骨か。了解」
「! 違うテ——」

 ポキ。

「ヂュベバァァ!」

 顎を砕かれ、ダイヤは素敵な絶叫を迸らせた。








 それは一週間くらい前のこと。

 まだ名も無き仔実装だったダイヤは、草地を歩いていた。

 さきほどまで親実装の下らない話を聞き流しつつエサを探す振りをしていたのだが、気
がついたら親がいなくなっていた。下らない話を聞かされないのはありがたいが、親がい
ないのは困る。

「ママはどこ行ったテチ?」
「君、迷子かい?」

 声をかけられ、ダイヤは身体の向きを変えた。

 巨大な——ダイヤから見れば、文字通り天を衝くような影があった。人間である。今ま
で何度かその姿を目にしていたが、この近距離で見上げるのは初めてだった。

「テェー……」

 その大きさに、思わず足を止めてしまう。
 人間は、ダイヤの前に腰を下ろした。それでも、十分に大きい。

「君のママはどこだい?」
「知らないテチ。さっきまで一緒だったけど、はぐれちゃったテチ」
「ふむ」

 ダイヤの言葉に人間は少し考えるように顎に手を当てた。
 右手に持った四角い板を眺めながら、

「君、ママたちがどこに住んでいるか分かるかい? もし、君の家族の住んでいる場所を
教えてくれたら、これをあげよう」

 と、ダイヤの前に右手を差し出してくる。

「テ!」

 その手の上にあったのは、トゲトゲの黄色い粒。

「コンペイトウ、テチ……」

 実装石ならどんなに賢い個体でも欲しがる金平糖だった。ダイヤも親からその存在を聞
かされていただけで、実物を見るのは初めてである。だが、それが金平糖であることは、
実装石の本能で理解した。

「分かったテチ、案内するテチ。だから、コンペイトウ寄越すテチ!」
「ふふ。交渉成立だね」

 人間が楽しそうに微笑む。

 目の前に差し出されたコンペイトウを受け取り、ダイヤはさっそくそれを口に含んだ。
形容できないような最高の甘さが口の中に広がる。今まで食べていた木の実や草とは比べ
ものにならない美味さだった。

 金平糖を食べ終わった頃に、人間が口を開いた。

「じゃあ、君の家族の所に案内してもらおうか」

 ダイヤは人間の両手に抱え上げられる。

「テチィィィ……」

 一気に持ち上げられたダイヤ。
 小さな仔実装とは全く違う目線。まるで、自分が巨大な実装石になったような視界の高
さである。初めての高さに、ダイヤは微かな恐怖と大きな興奮を覚えていた。

「ワタチのおうちは……多分、こっちテチ」

 ダイヤは勘に任せて右手を動かす。

 実のところ、自分が住んでいた家がどこにいるかは分からない。迷子になっているのだ
から当然だろう。だが、ダイヤは適当に家のありそうな方向を示していた。

「あっちか。気長に行こう」

 のんびり言いながら、人間は歩き出した。

「ところで、君。うちで飼われてみない?」
「テェ?」

 ダイヤは疑問符を浮かべて人間を見上げた。
 人間は優しそうな微笑みを浮かべて、自分を見下ろしている。

「飼い実装にならないかって意味だけど? ふふふ……。判断は君に任せるよ」
「なるテチ!」

 力一杯、ダイヤは頷いていた。







 暗く狭い箱の中。

 ダイヤははらはらと涙を流していた。

「こんなハズじゃなかったテチ……」

 あの時は、飼い実装石になって楽園のような生活ができると思っていた。しかし、実際
は地獄のような生活だった。確かにいつも美味しい食事が食べられ、雨風や外敵を気にす
る必要もない。

 だが、いい事はそれだけだった。

 男と一緒にいるときは苛烈な虐めを受け、身も心も痛めつけられる。寝る時と男が外出
する時は、この暗く狭い箱に押し込められていた。

 泣いても媚びても謝っても、何をしても無意味である。

「こんなハズじゃなかったテチ……」

 ダイヤは何度目か分からない台詞を口にした。








 実装吊り機に吊されたダイヤ。その間下には、ビニール袋の詰められたゴミ箱が置かれ
ている。後ろに吊された大きな点滴容器から、希釈活性剤入りの濃い砂糖水が心臓に直接
注入されていた。

「今度は何をするテチ……」

 怯える眼差しが、僕の心を揺さぶる。

 ああ、なんて可愛いんだ……。

 このままバラバラにしてしまいたい。そんな衝動に駆られる。でも我慢。虐めるのはい
いけど、壊しちゃ駄目だ。壊したら、ダイヤの可愛さを味わえなくなってしまう。

 にっこりと微笑み、僕はカッターナイフで自分の指先を切った。
 薄い痛みとともに、指先に赤い血が滲む。

 僕は迷わず指先の血をダイヤの緑色の目に落とした。両目が赤く染まったことにより、
身体が強制出産モードに移る。

「チュアアアア! 何か来るテチャァァ!」

「テッテレー…チュベ!」
「レッレフー…レチュ!」
「テッテレー…チュバ!」
「テッテレー…チュベ!」
「レッレフー…レヂュ!」

「チャアァァァ! ワタチの赤ちゃんがァァ、助けてテチィィ! お願いしますテチ、ニ
ンゲンさま、ワタチの赤ちゃんを助けてテチィィィ!」

 赤く染まった両目から涙を流しながら、必死に懇願してくるダイヤ。総排泄孔からは、
とめどなく親指と蛆が溢れていた。

 だが、生まれた仔は、誕生を喜ぶ暇もなく、落下の衝撃によって砕け散る。

 一秒にも満たない実装生。
 実に儚く、そして美しい。

「ニンゲンさまァァァァ! ワタチの赤ちゃんを、助けて下さいテチャァァァァ!」

 次々と生まれ死んでいく子たちに、必死の絶叫を上げるダイヤ。仔実装が強制出産を続
ければ、一分も経たずに干涸らびるが、点滴によって心臓に直接流し込まれる希釈活性剤
と砂糖水により、失った分の身体を即座に補っている。

 それだけに、一瞬の命を散らす仔は終わらない。

「チャアアアァァァァァァ!」

 ダイヤは両手両足を振り回しながら恐慌状態に陥っている。

「テッテレー…ヂュ!」
「レッレフー…レチァ!」
「テッテレー…チュボ!」
「テッテレー…チュベ!」

 だけど、子は助からない。

「やっぱり、無理か……」

 僕は落ちていく親指や蛆を見つめ、人差し指を口に含んだ。

 血の味がする。

 相思相愛の人間と実装石の間に生まれた仔は、黒髪の実装石となって現れると聞いたこ
とがあった。でも、この仔たちは普通の茶色い髪。人間の血で目を赤く染めたら、もしか
したらと思ったんだけど、さすがに無理だったか……。

「お願いしますテチィィ……! ご主人さまアアアァァァ!」

 ただひたすら泣き叫ぶだけのダイヤ。

 僕はただ微笑みながら、その愛おしい姿を眺めていた。








「おや……?」

 昼休みに会社の敷地内を散歩するのは、僕の日課だ。色々運動不足とか言われる現代社
会人。それほど広くもない会社の敷地でも、軽いウォーキング程度にはなる。

 会社の敷地の隅っこで、僕はそれを見つけた。

 段ボールハウス。

 両手で持ち上げ、ひっくり返してみると、

「デスゥッ!」

 成体実装石が一匹転がり落ちてくる。落ちたのは地面の上だったけど、怪我をする高さ
でもないため、すぐに起き上がった。一緒に落ちてきた小箱やタオル。

「デスデースッ!」

 段ボール箱を持った僕に向かって、右手を振り上げながら怒鳴ってくる。あいにくリン
ガルは手元にない。何を言っているかは分からないけど、見当は付く。

「さて、どうしたものか?」

 虐待派ならば禿裸にして放り出すという選択肢を選ぶだろう。実際、それが一番普通の
方法だ。会社の敷地に居着かれても困るし、増えられたらもっと困る。

 だけど、僕は愛護派。
 そういう事はしない。

「デス、デシャア!」

 威嚇するように叫ぶ実装石の前に屈み。
 優しく微笑む。

 トッ。

 右手の人差し指をその喉に打ち込んだ。

「デゲッ……!」

 喉を押さえて、後退る実装石。
 背中を丸めて何度か咳き込んでから、

「デズデズー……デゲ?」

 僕に何か言いかけて、再び両手で喉を押さえる。自分の喉がおかしくなっていることに
気づいたらしい。僕はこの実装石の声帯に傷を与えたのだ。正確には、声帯とその周辺の
肉を歪ませたのである。

 これくらいは、真性愛護派として基本的な技術だ。

「デーズー、デーズー……」

 自分の声を確認する実装石。その顔から血の気が引く。

 ダイヤのような若くて青い反応もいいけど、こういう成熟した美しさも心惹かれるもの
がある。詫び寂び萌えの世界かな……? 違うかな? 違うよな。

 僕はほんわかと笑顔を浮かべ、実装石の姿を見つめていた。

 僕は愛護派、真性の愛護派だから、実装石のことはすぐに分かる。この実装石は自分の
美しい声を自慢にしていた。だから、僕はその声を壊した。中途半端に壊された声帯は再
生しても、以前の声になることはない。

「デデデ……、デゴガアアァァァ!」

 悲鳴を上げ、生け垣の隙間から逃げていく実装石。

 僕は笑顔のまま手を振ってそれを見送った。

 ああ、やっぱり実装石はいいなぁ。








「ダイヤがここに来てから一週間か……」

 卓袱台の上で丸くなって震えるダイヤを見ながら、僕はカレンダーを眺めた。

 本来なら数日戯れて愛でる予定だったんだけど、我慢できなかった。ダイヤがあまりに
可愛すぎて、思わず欲望のままに手を出してしまった。それは素直に反省しよう。でも、
後悔はしていない。

「もう嫌テチ……」

 僕の方を見ながら、涙を流すダイヤ。

 その姿は、形容しがたいくらい可愛く、可憐で、美しい。

 僕は静かに告げた。

「もう前技は終わりにしよう」
「前技テチ……?」

 不安げにダイヤが呟く。

 僕は鍵の掛った箱の中から、よく研いだ解剖用メスを取り出した。箱の中にはいくつも
の薬品、いくつもの一見して用途の分からない金属具などが詰められている。これは、僕
が実装石の美しさを限界まで引き出すために使う道具。

 人が見れば、拷問器具というかもしれない。

 だけど、違う……。僕は実装石の輝く姿が見たいだけだ。ただ、苦痛を与えて虐める虐
待派とは違う。僕は愛護派、真性の愛護派。

 でも——虐待派の方がまだ優しいかもしれない。

「ふふふ……。今までのはほんのお遊び、ここからが本番だよ。ダイヤ」
「テ、テェェェン……」

 ダイヤの泣き声を聞きながら、僕は恍惚とした微笑みを見せた。








 親実装は七女を蹴り飛ばし、そのお腹を踏みつけた。

「チュアァァ! 何するテチ! このクソババァ!」

 足の下から七女が罵声を飛ばしてくる。もはや、『いい子』という仮面は剥がれ落ち、
糞蟲としての本性が剥き出しになっていた。

「さっさとその臭い足をどけるテチッ!」
「お前はここで死ぬデス……」

 枝を持ち上げ、親実装は囁くように告げた。感情を押し殺した声音。
 尖った先端で狙うのは、頭にある偽石。

「お前を他の姉妹と一緒に置いておくと、お前の糞蟲さが移ってしまうデス……! そう
なる前に、お前を殺すデス……」
「テチィ!」

 親実装の本気の目付きに、七女は今更ながら自分が命の危機に瀕していることを自覚し
た。しかし、親実装の足に踏まれ動けない。

「放すテチィィィ!」
「親の情けデス……。苦しまずに死ぬデスッ!」

 親実装は七女の頭目掛けて枝を振り下ろした。

 が。

 枝は七女に刺さらなかった。

 振り向くと——
 見覚えのある人間が右手を伸ばし、枝の端を掴んでいる。

「デェェェ!」

 親実装は枝から手を放し、その場に腰を落とした。全身を貫いた恐怖に、腰が抜けてし
まったのである。パンコンしていないのは奇跡に等しかった。

「おや……。君はいつだったかの賢い実装石。ふふふ、こんな所でまた会うとは何とも奇
遇だね。僕が言った通り、間引く仔は捨てずに殺すことにしたのは偉いよ」
「チィィ」

 足の下にいた仔実装が逃げていく。

「あれから二ヶ月たったけど、前の仔たちはどうしたの?」
「……野良犬に襲われて……全滅したデス……」

 親実装は絞り出すように声を出した。

 以前の子は引越の途中で野良犬に食い殺されている。この男に隠れ家が見つかり、もう
その場所にはいられないと判断して引っ越す途中の出来事。片腕を失い一匹だけ逃げ延び
た親実装は、新しい場所で新しい家を作り、新しい子を産んでいた。

「そう……。残念だったね」

 男は気の毒そうに言ってくる。その言葉に嘘偽りはない。本当に自分を心配しているの
だろう。だが、その心配に惹かれるほど、親実装は愚かではなかった。

 この男の近くにいてはいけない。

 本能の警鐘に、逃げるように後退る。

「君は賢いなぁ……。あのダイヤの母親だ。是非僕の所で飼いたいけど、野良でいたい実
装石を無理に飼いにするのは、僕の流儀に反するからね。ところで——」
「何デス……?」

 怯えながらも、親実装は何とか訊き返した。

 この男は危険だと、本能が理性が思考が……ありとあらゆる感覚が知らせている。虐待
派というのも見た。駆除業者の人間も見た。戯れに実装を殺す子供も見た。八つ当たりに
実装石を虐める若者やおじさんも見た。

 だが、この男はどれとも違う。

 正体の分からない恐怖。それほど怖ろしいものはない。

「この仔、貰っていいかな?」
「テチ?」

 男が持ち上げたのは、調度今間引こうとしていた七女だった。近くの草むらに逃げよう
としていたのを男が捕まえたのである。

「構わないデス……」
「そう、ありがとう」

 男は優しく微笑んでから、持ち上げた七女の前に金平糖を差し出した。

「これから君は僕の飼い実装だ。よろしくね」
「テチ……。テチュ〜ン♪」

 金平糖を舐めながら、七女が甘い声で鳴いている。

「それじゃぁテチ、このクソババァ。ワタチはこのドレイの元で飼い実装として優雅に暮
らすことにするテチ。お前らは、この草地で惨めに暮らすがいいテチ。ワタチを殺そうと
したことは許してやるテチー。感謝するテチィ! チーププププ」

 嘲笑う七女だが——

 親実装はそれを見ても何も感じなかった。怒る余裕も、哀れむ余裕もない。

 男が右手に持っている四角い機械。あれは実装石の言葉を翻訳する機械だ。七女が何と
言っているかも分かっているだろう。だというのに、男は何もしない。それには何かしら
の意図があるはずだ。邪悪でおぞましく狂気的な意図が。

「じゃ、僕はこれで帰ることにするよ。目的の子も見つかったし。機会があったらどこか
で会うかもしれない。その時はまたよろしくね?」

 優しげな声をかけてから、男は親実装に背を向けて歩き始める。親実装には大して興味
がないのか、振り返ることもない。

 それは幸運なことだろうと、親実装は考えていた。

「チププププ……」

 七女の勝ち誇った嘲笑が聞こえてくる。



 親実装はその場に腰を抜かしたまま、男の背中が見えなくなるまで固まっていた。








「テ、テチィ……」

 小さな台に寝かされたダイヤ。

 僕の元に来てから二ヶ月が経っている。あれから色々と可愛がってあげた。僕の行う手
加減無しの愛情表現に、ダイヤは思った通りの素敵な反応を見せてくれた。あっという間
の楽しい二ヶ月だったよ。

 カミソリで身体をコンマ一ミリづつ薄切りにしたこともあった。
 実装香を注射され、自分が生んだ蛆実装に食い殺されかけたこともあった。
 内蔵と脳と目だけを残して解剖したこともあった。

 その度に君は本当に可憐な姿を見せてくれた。

 本当に、ありがとう、ダイヤ。

 でも、もう限界らしい。

「そろそろ、お別れの時間だね。ダイヤ……」
「テチ……」

 微かに首を動かし、ダイヤが僕を見つめる。

 土気色の顔には屍斑が浮かんでいた。実装服も髪の毛もあるが、その肉体は既に終焉を
迎えていた。手足はもう動かない。まともに声も出ない。生物離れした再生能力の限界を
越えて酷使された小さな身体。

 生きながらにして体組織が死んでいく。

「テ、テチュ……」

 しかしダイヤの口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 その瞳から、黒い涙が流れ落ちていく。ものの本によると、実装石が肉体と偽石の限界
まで酷使され死を迎える時に流す涙らしい。虐待派と呼ばれる人間でも滅多に見られない
ものとか。でも、僕はもう何度もこの黒い涙を見ていている。

 この涙を流し始めたら、もう長くはない。

「ようやく、死ねる……テチ……」

 弱々しくダイヤは歓喜の言葉を口にした。あれほどの苛烈な愛情に晒されても、まだダ
イヤの心は壊れていない。この子の偽石にかかるダメージは、護り石の子が代わりに引き
受けてくれるのだ。
 ダイヤは正気を保ったまま、静かに滅ぼうとしている。

 美しい。
 実に美しい。
 この美しさを形容する言葉は、無い。

 この終焉を見るために、愛護派をやっていると言っても過言ではない。君は、ダイヤは
今まで僕が飼ってきた実装石の中でも、最も可憐で美しく素晴らしい最後を迎えてくれた
よ。本当に感謝するよ。ありがとう、ダイヤ。

 そして、最期の時が訪れる。

 パキッ。

 偽石の砕ける音が聞こえた。

「終わった……」

 僕は静かに独りごち、ダイヤの身体に触れた。

 ぬめりとした手応え。半分腐りかけた身体をひっくり返し、頭にメスを入れる。もはや
生きていた時のぷりぷりとした弾力はない。
 でも、この醜く腐った姿も僕は好きだ。

 鋭利に研ぎ澄ましたメスを用いても、肉はきれいに切れることはなく、絡みつくような
手応えとともに縦に裂ける。開ける穴は最小限に。

 頭の裂け目にピンセットを差し込み、僕はダイヤの偽石を取り出した。

「さすが連盟印の強化剤……」

 翠色の偽石はまだ鮮やかな輝きを宿し、形を留めている。さすがに多少劣化しているよ
うだけど、まだまだ元気だ。でも、一応蘇生剤に浸けておこう。
 さっき砕けたのは、ダイヤの代わりの子の偽石。
 ダイヤの偽石は見ての通り、健康そのものだ。

「さあ、ダイヤの実装生の第二幕を始めようか」

 僕が視線を向けた先には、裸の仔実装が寝かされていた。








 ダイヤが目を覚ますと、白い雲の上だった。

「テチ……。ここは、楽園テチ……」

 非業の死を遂げた実装石は、楽園に行くことができる。誰かがそんなことを言っていた
記憶がある。それが誰かは思い出せない。母親かもしれない。他の実装石かもしれない。
だが、それは興味のないことだ。

 ダイヤは雲の上に起き上がる。

「テチュ〜ン♪」

 身体が綿毛のように軽い。あの地獄のような苦痛は跡形もなく消えている。手足も頭も
自由に動かすことが出来るのだ。健康な身体。さらにまるで新品のようにきれいな実装服
とつややかな髪の毛。石鹸の心地よい香りがする。

「テチ……」

 ダイヤは足元の雲を手に取った。

 甘い香りがする。

 口に入れるてみると、ほんのりとした上品な甘味が口に広がった。辺りにある白い雲
は全て綿菓子だった。綿菓子で出来た雲の上に自分はいる。

「テチュ!」

 しかも、辺りには金平糖のなった木が並んでいた。
 仔実装の身体でも取れるほどの小さな木。

「コンペイトウテチュ〜♪」

 綿菓子の雲の上を走り、ダイヤは木になっている無数の金平糖を手に取り、口に入れて
いた。口の中に広がる甘い味。久しく感じていなかった極上の快感だった。

 綿菓子の雲を頬張り、金平糖を食べる。

「ここは楽園テチュ〜ン♪」
「ふふふ……」
「ヂッ!」

 不意に聞こえた笑い声に、ダイヤは固まった。

 だらだらと、全身を嫌な汗が流れ落ちていく。身体が震え始めた。カチカチと歯が鳴っ
ている。忘れるはずがない。忘れられるわけがない。自分を地獄のような苦しみの果てに
殺した人間の——いや、悪魔の声だ。

「気に入って貰えたかな?」

 不意に伸びた手に、ダイヤは持ち上げられていた。







「チァァァ……!」

 両目から色付き涙を流して、ダイヤが僕を見つめている。

 今までダイヤがいたのは、一メートル四方の小さな箱庭だった。綿菓子をまんべんなく
敷き詰め、小さな木のオモチャに大量の金平糖をくっつけてある。
 以前ダイヤがちらりと口にしていた楽園を模したものだった。

 ダイヤは腰を抜かしたまま、目を剥いて僕を見つめている。

 相変わらず、可愛いなぁ、ダイヤは。

「何でテチ……! 何でお前がここにいるテチ……! ワタチは死んでお前から解放され
たはずテチ! こんなの無いテチ! 嘘テチ、でたらめテチ、反則テチャァァァ!」
「ふふふ……」

 僕はダイヤを卓袱台に下ろした。

「チ!」

 ダイヤが凝視するもの。

 透明な円筒のガラス瓶に保護液とともに納められた仔実装の亡骸だった。これは、ダイ
ヤの以前の肉体である。捨てるのは惜しいので、こうして保存しているのだ。

「君は一度死んだよ。これが、その死体だ」

 僕はガラス瓶を軽く叩いて、微笑みかけた。一見するとグロテスクな仔実装の死体だけ
ど、なかなか愛嬌があって面白いものじゃないか。

「ワタチは死んだテチ、死んだんテチ! 何で生きてるテチァァ!」
「僕が生き返らせたからね」

 僕の一言に、ダイヤが凍り付いたように動かなくなる。

「ちょっとした魔法だよ。他の実装石の生きた身体に、死んだ実装石の魂を込めて生き返
らせる魔法さ。君の身体は、君の妹のものだよ」

 自分の両手を見つめわなわなと震えるダイヤ。

 分かりやすく細かな部分は省いているけど、大筋は間違っていない。

 実装石は偽石を別の身体に入れることで、人格や記憶を完全に移すことが出来る。僕は
ダイヤの偽石を、妹の身体に移したのだ。妹の偽石は生け贄の仔の身体に入れて馴染ませ
てから、今のダイヤの身体に戻してある。

 ダイヤは朽ちた身体から妹の身体に生まれ変わり、妹はダイヤの護り石として生きてい
る。飼い実装にするという約束は果たしたよ、妹ちゃん。

「テ……チュァ……」

 不意にお腹を両手で押さえるダイヤ。
 効いてきたね。

「これは……まさか、テチ……!」

 苦しげに呻き、その場に腰を落としながら、ダイヤが僕を見上げる。

「君が最初にここに来たときと同じだよ。弱いドドンパと裏ドドンパを一緒に食べた時の
症状さ。さっきの綿菓子や金平糖に薬を仕込んでおいたからね」
「悪魔……テチ……」

 怯えるように僕を見上げるダイヤ。

 そんな目で見ないでくれ……。また粉々に壊したくなっちゃうじゃないか。でも、それ
は駄目。刹那主義、短絡主義は無粋なことだ。僕は愛護派だ。可愛い子は、ゆっくりと時
間をかけて、たっぷりじっくり可愛がらないと。

「苦しいテチ……お願いテチ……! 何とか……チュァァァ……!」

 僕を見上げたダイヤが、両目から涙を流していた。じくじくとしたお腹の痛みに耐える
ように、身体をひねり、浅い呼吸を繰り返している。でも、痛みは消えない。

 ああ、可愛いよ、ダイヤ。
 可愛くて美しくて儚くて、素晴らしい。

「今回は三日くらい続くように量を調整してあるよ」
「チィィィ……!」

 両手でお腹を押さえたまま卓袱台の上を転がりながら、ダイヤが涙を流す。

 僕はそっとダイヤの頭を撫でた。

「安心して、ダイヤ。君がどんなに傷ついて最期を迎えても、僕が君を生き返らせてあげ
るよ。何度でも、何十度でもね。不滅の宝石ダイヤモンド。君に相応しい名前だよ」
「チュアァアァァ……!」

 僕の言葉を拒否するように、ダイヤは首を思い切り左右に振っている。

 でも、君に拒否権はないんだ。だって、飼い実装になりたいと言ったのはダイヤ、君自
身じゃないか。だから、僕は全力で君を可愛がる。
 僕は真性の愛護派だから。実装石を可愛がるのは当たり前のこと。

 たとえ君が何百回死んでも、僕が生き返らせてあげるよ。
 偽石が砕け散るその時まで。

「ふふふ……。僕の可愛いダイヤモンド」

 でも、僕は君にこの言葉を送ろう。

 ダイヤモンドは砕けない、と。
 



  Never END

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1 Re: Name:匿名石 2017/08/04-02:15:36 No:00004812[申告]
今まで読んできた実装スクの登場人物の中でも、このスクの主人公はトップクラスにヤバくて怖い人間だよなぁ。
何度読んでも戦慄する
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