タイトル:【観】 ゆめみる宝石 1
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2598 レス数:0
初投稿日時:2010/02/13-14:46:47修正日時:2010/06/16-19:10:07
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 実装石がこの世に登場して、もう何年になるだろうか?
 だいぶ前のような気もするし、つい最近のような気もする。
 
 登場当初の狂熱も収まってきて、今では町往く人たちの実装石との関わりあい方も実に淡白なもの。
 すでに害獣としての認識の定着した感のある実装石たちは、人間社会の片隅で、今日もしぶとく生きている。
 片隅で生きているぶんには人間と実装石の接触はそうあるものではない。

 そう、「片隅で生きている」限りは。




【観】 ゆめみる宝石  1




−1−


 公園を訪れるのは久しぶりだった。
住民を巻き込んで強行された捨て実装の一時保護があっという間に瓦解してだいぶ経つ。
以来、公園の実装石の管理は愛護派住民の「地域実装石活動」に委ねられていた。
公園周辺の住人は自治会の決定に不満を漏らしたが、自治会の多数派はもう実装石と関わるのはこりごりだったから、この意見は黙殺さ
れた。「実装石との共生」を掲げた愛護派の地域実装石活動の評判は、公園周辺の住人以外にはおおむね好評だった。そのことは公園の
様子を見ても分かる。
公園入り口のすぐそばに設えられたベンチに腰を下ろし、待ち合わせの相手を待ちながら眺め回しても、特に荒れた様子はどこにもなか
った。デスデスと鳴き交わす実装石の声は耳障りだったが、公園の実装コロニーに特有の腐臭もなく、公園の備品や施設が、茶緑色の実
装糞に汚染されている様子もない。公園を往来する実装石の様子も見えたが、ベンチに座っている俺に向かってエサをねだりに駆け寄っ
てくることもない。
前回の「地域実装石活動」が失敗した反省を活かし、今度の活動はおおむね上手く行っているように見えた。消防団で教えてもらったと
ころでは、篤志家の愛護派老夫婦がほぼ独力で切り盛りしているらしいが、たいしたものだと思う。

「よお」

 ジャングルジムの傍を駆け去る実装石家族を眺めていた俺は、その声に振り返る。待ち合わせの相手だ。後ろにはもう一人。
 俺は立ち上がり、二人に向き直る。控えめに立っていた小柄な老人が頭を下げたのにあわせて、俺は会釈した。

「すいませんね、朝早くから」
「いやいや、気にせんで下さい。年寄りは早起きですから」

 ニコニコと笑うその老人の左手には、実装フードと、ペットボトルの入ったレジ袋が下げられていた。俺の視線に気付くと、老人は少
しだけ寂しそうに言った。

「連中の相手をするのも、今日が最後ですな。……消防団の皆さんには、ホントに迷惑をかけて」
「いや、そんな」
「ホントにすまんことです、みんな、女房のワガママに付き合ってもらったのに」

 老人はそう言ってペコペコと頭を下げながら、公園の奥へとすたすたと歩いていく。一緒にやってきたもう一人は、黙ったままそれに
従う。目配せしたそいつに従って、俺は二人の後についていった。


 老人がトイレの壁際に設えたエサ皿に実装フードを盛ると、公園のあちこちから実装石が湧いてきた。数は少ない。成体が6匹と、仔
実装が10数匹、といったところか。
盛られたエサ皿にとりつく実装石たちをにこやかに眺めるのもそこそこに、老人はトイレの掃除用具ロッカーからシャベルとゴミ袋を取
り出し、エサ皿とは反対側のトイレの壁際に沿って設けられていた実装石用のトイレから、実装糞を回収する。

「手伝いましょうか?」

 と声をかけた連れの申し出を辞退して、老人は一人で実装石の世話を続けた。
さすがにトイレの躾は完璧とはいかないようで、トイレのクソを片付けた後、老人は実装石が好んで排便をしそうな植え込みを見回りな
がら、実装糞を回収した植え込みの根元に、ペットボトルの水を振りかけていく。

「大分の水だよ」

 手伝いを断られたために、手持ち無沙汰となった老人の連れ合いの男が口を開いた。

「地域実装石活動の初歩の初歩だな、ああやって実装石のクソをする植え込みを潰していって、トイレを躾るんだ。気の長い話だが、効
果は大きいな」

「さすがだな、としあき」

 俺が感心してみせると、男はにやりと笑った。

「タリメーだろ。虐待派の基礎知識だぜ、こんなの」


−2−


ふたばとしあき。かつて虐待派だった男だ。
俺とは高校卒業以来、ほとんど会っていない。
大企業の系列会社、薔薇裏薬品で実装石駆除剤などの開発を担当しているとかなんとか聞いていたが、高校を卒業してすぐに就職しただ
けあって、大学でぶらぶら過ごし、20代を半ニート状態で送った俺と違って、会社でも数人の部下をかかえるそれなりの役もちだという。

「奥さん元気にしてるのか?」
「元気も元気。こんど二人目が産まれるよ。お前はどうなんだよ」

 などと世間話を交わしたあと、俺は気になっていたことを訊ねる。

「としあき、お前の会社……薔薇裏薬品って実装石駆除剤の会社だよな」
「ああ」
「なんで、こんな小さな公園の実装石に興味があるんだ? この程度、サンプルにもならんだろ」

 薔薇裏薬品に限った話ではないが、実装石駆除薬品を扱っている企業は関連会社に「実装石駆除」を担当する害虫駆除業者を抱えてい
る。いずれも、大規模公園での大掛かりな駆除のエキスパートで、この公園のような小さな公園の駆除など、最初から眼中にない。
こうした公園では、実装石対策は多くの場合は自治会での自主的な駆除によるか、実装石の駆除を専門とするわけではない、市井の零細
駆除業者に任されている。
そのため、今回のように実装石関連の会社が関心を示す、というのはたいへん珍しいことなのだ。

 ノートを開き、実装石の様子を見ながらなにやら書き付け始めていたとしあきは、ペンの尻で頭を掻いたあと、

「うーん、ちょっと説明しにくいな。長くなるけど、いいか?」

 と前置きをして言った。これは薔薇裏薬品として話を持ち込んだけれども、実際にはとしあきの独断による一つの「実験」なのだとい
う。

「詳しくは説明できないが、確実に業務に関わる話なんで会社と無関係って訳じゃない。
 ただ稟議とおしてたら、間に合わなくなるから」

 愛護派の老婦人が体調を崩したため、息子夫婦と一緒に暮らすために引っ越すことが決まり、それで担い手のいなくなる地域実装石活
動をどうするか? が大問題となったのは一月ほど前のことだ。
当初、自治会では愛護派住人を無視しても駆除すべし、という強硬意見が(特に捨て実装の保護活動をしていた住人から)大きかった。
しかし、愛護派の老夫婦が引越し次第、一気に公園の実装石を駆除する、という方針転換には、当然のように愛護派の住人が反発する。
駆除をするにしてもタダではないから自治会の予算を立てなければならないが、となると、愛護派住人の同意も取り付けなければならな
いわけで……と言った具合で堂々巡りだった。
自治会の首脳としては、愛護派の住人の説得で時間をとられているうちに公園の環境が悪化して、どうにもならなくなってか駆除が入る、
というのは避けたかったが、カネの問題となると手の打ちようがなかった。
今までだって、駆除にしろ保護にしろ、カネで揉めたのだから今回も揉めるのは当然だった。

 みながそうして半ば諦めかけたところに現れたのが、薔薇裏薬品のとしあきだった。手詰まり感の漂い始めたところに現れた専門家に、
自治会が飛びついたのも無理はなかった。
愛護派の顔を立てるために、課された条件

・人道的に駆除する
・なるべく自然に、実装石の個体数が漸減させる

 こそあったが、愛護派も強硬派も議論に疲れていたから、ほとんどとしあきに実装石対策を丸投げした格好だった。
実装石駆除剤を作っている会社の人に任せるんだから、中立の人の関与も必要、として消防団から一人(つまり俺)が監視役として引継
ぎ後の活動に携わることが決められたが、それが形だけというのは愛護派の住人も、肚の底では分かっている。
愛護派にしても、要は実装石を愛護している自分のメンツが潰れない程度に、対策を頑張ってくれればいいのだ。
だから自分から地域実装石活動を引き継ごう、というものは一人もでなかった。奇麗事を口にしつつ、それを実現するための負担を逃れ
るのが、人間の性である。

「けどわからないな」

 俺は素直にそう言った。

「こんな条件付でどうやって駆除するんだ? めんどくさいだけだろ」

 手を汚さずに自然な形で減らす、というのがまず難しい。実装石の避妊による繁殖の抑制はいちおう幾つか方法が確立しているが、そ
れは個体数を一定の数に固定はできても、短期間で減らすことはできない。年単位で見れば、ある時期から仔供が生まれなくなればいつ
かそのコロニーは絶滅する、というのは道理だが、わずか一月ほどでそれを達成するのはできそうにない、と俺は感じていた。

「条件付だから、やってみる価値があるのさ。ま、俺のやりかた見てろよ」

 としあきはそういって笑ったあと、書き込んでいたノートを閉じて続けた。

「だいたいは分かった。今見えてるだけでも、この公園で抱えられる限界に近い頭数だな」
「これで全部、ってことか?」
「まさか。警戒心の強い、人前に現れない実装石だって居るはずさ。
 けどまあ、それも居たとしても数匹だろうから、今の倍、ってほどの頭数はこの公園には居ないよ。
 ただ、これ以上増えたら厄介だな」

 としあきの言葉に、俺は周囲を見渡した。老人の与えたエサを食い終わった実装石が、そぞろに歩き回っていた。全部で20匹ちょっと、
成体だけなら10匹そこら、といったところだろうか?
 ひととおり数え終わった後、俺はとしあきに言った。

「今から入ってくる奴らは大丈夫だ。消防団で処分する。
 渡りとかだと探すのが面倒だから取り逃がすかもしれないが、捨てられた奴なら回収するよ。
 ……今のは、あのじいちゃんには内緒だぜ」

 水を撒き終えた老人が戻ってくるのが見えたので、最後のほうは小声になった。
黙って頷いたとしあきはノートを鞄に戻して、自分から老人に近づいていった。


−3−


 老人とこまごまとした話を済ませた後、としあきは「もう少し様子を見る」と言って一人公園に残り、俺は老人とともに帰途についた。
公園を出て、コンビニに差し掛かったあたりで、不意に、空になった実装フードの袋と大分の水の入っていたペットボトルの入ったレジ
袋を持ち上げて、老人が呟く。

「これで、お終いなんですなぁ」

 そう呟いたあとで、コンビニの入り口前のゴミ箱にペットボトルとフードの空き袋を押し込む老人に、店の前を掃除していた店主が声
をかけた。

「おはようございます。宮本のおじいさん、今日も実装石?」
「ええ。今日が最後のお勤めですから、もうここに来るのも最後じゃろう。毎度迷惑かけてすまんかったのう」
「ああ、そうでしたね……ウチじゃちっとも迷惑じゃなかったんですけどね。実装石の託児が減ってだいぶ楽させてもらったから」
「そう言ってもらえると、少しは気が軽くなりますな」

 老人と話をしながら、主人は怪訝そうな顔を浮かべて、俺のほうを見る。コンビニの前に突っ立ったままではそう思うのも当然だろう、
と思い俺は店内に入り、缶コーヒーを一本買った。
レジに戻った店主が、さりげなく

「宮本のじいさんに聞いたけど、消防団の人?」

 と訊ねてきた。視線は落としたままだが、なんだか探るような響きがあった。

「ええ」
「……これからまた、実装石の託児が増えるのかな」

 聞こえよがしに言ったその言葉に答えず、俺はレジのシールが貼られただけの、缶コーヒーを受け取った。



「半年足らずでしたが、ありがとうございました」

 老人は自宅の玄関の前でそう言って頭を下げたので、慌てて俺もお辞儀をする。体を起こすと、老人はまっすぐに俺を見て、訊ねた。

「ところで。
 ……公園の実装石は、殺すのですか?」

 今までの柔和な印象が抜け落ちたような、厳しい視線だった。俺がたじろいでいると、老人はさらに畳み掛ける。

「薔薇裏薬品のとしあきさん、でしたか。今度の引継ぎで聞きました。この活動はもう終わりだとか。
 彼が引き受けないかぎり、すぐに駆除に入る予定だったとも聞きましたが、本当なんですかな」

 言い逃れの出来ない雰囲気に一瞬たじろいだが、俺は観念して答えた。

「そのとおりです。誰も地域実装石活動を引き継ごうという人は居ませんでした。としあき以外は」
「そうですか……」

 老人はがっくりと肩を落とす。緊張の糸が切れたようにうなだれて、まるで萎んだかのように見えた。

「女房になんて言えばいいんでしょうな……」
「……としあきは引き継いだからには、今いる実装石は責任を持って世話をしますよ。
 そういう奴です。保証します」
「よほど信用しているんですな」
「友人ですから。「殺さない」といった以上は、けして殺さないことは断言します。
 ただ、これから公園に入ってくる実装石は保証できません。消防団でも駆除することを決めていますから。 しかし、今公園にいる連
中は、僕が責任をもって「殺させない」と約束します」

 老人はもう一度大きく息を吐き、少しだけ背筋を伸ばして言った。

「わかりました。それでは、後はよろしくお願いします。
 皮肉なものですな。私や女房のことを褒めてくれた人が、肝心な時に助けてくれないのに、
 あなた方みたいな若い人が助けてくれるとは。
 引き継いでもらえただけでも十分です。公園の連中は、これからも見守ってやってください」

 老人はそう言い終わるともう一度頭を下げ、俺が返事をするのも待たずに家の中へと戻っていった。
老人が家に入るか入らないか、というときに携帯が鳴った。慌てて玄関前を離れて、俺は電話に出る。

「としあきか」
「おう。……どうだった、じいさんの方は」
「約束させられたよ、「殺させない」って。お前ホントに大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だよ。俺も実装石を殺すつもりはないからな。
 そうだ、明日はちょっと早めに公園にこいよ?
 いろいろ準備があるからな」
「分かったよ、で、何を持っていきゃいいんだ?」
「とりあえず……」


 電話を切った後、俺は今来た道を引き返し、としあきから指定された道具を手に入れるために、俺はホームセンターへ向かった。


−4−


翌朝。公園に入ると、としあきの周りにはすでに実装石が集っていた。

「遅かったな」
「遅くねーよ。としあきが早すぎんだよ」
「そうか? じいさんはいつもこの時間に来るって言ってたからなぁ」
「それより、なんでこんな実装石が集まってんだ?」
「ああ、これ?」

 としあきは足元にうろつく実装石を見下ろしながら、続けた。

「餌場ぶっ壊したからね。それで文句言われてるんだ」

 そう言われて、トイレのほうに視線を移せば、たしかにエサ箱がなくなっている。よく見れば血涙を流しながらポスポスととしあきの
靴やズボンの裾を叩いているやつもいる。それで汚れてもいい作業服にしていたのか、と感心したのも束の間。俺は気になったことを訊
ねる。

「なんでまたそんなことするんだよ。地域実装石活動だろ、これは」
「そうだよ。ただいままでとはちょっとやり方を替えるんだ。そのためにも、お前の協力が不可欠ってワケ」
「どういうことだ?」
「まあ見てろよ」

 そう言うと、としあきは手に持っていた大型のメガホン式リンガルを起動し、足元の実装石たちに呼びかけた。

「実装ちゃんたち、エサが欲しいかい?」

 デスデスゥ と鳴き喚く濁声がいっそう大きくなる。何を言っているのか、翻訳画面は見えないから良くわからないが、実装石が不満
を漏らしているのはだいたい分かる。

「そうかそうか。うん。
 けどね、実装ちゃん。おトイレをちゃんと出来ない子には今までみたいなお世話は出来ないんだ。
 おじいさんも言ってただろう。『おトイレの出来ない仔は困った仔じゃ』って」

 実装石が一瞬静まり返った後、ふたたび怒号を上げた。ひとしきり鳴きたいだけ鳴かせた後、としあきはうんうん、と頷いてから実装
石たちに語りかけた。

「それじゃ、こうしたらどうだろう。
 ウチではおトイレのできない仔はお世話できないけど、
 あのニンゲンさんはお世話してくれるかもしれないよ」

 そう言って、としあきは俺を指差した。何匹かが、くるりと俺を振り返る。としあきが頷いているのを見て、俺は首を縦に振る。

「おお、お世話してくれるそうだ。どうかな、実装ちゃんたち?」

 どどどどっ、と俺の元に駆け寄る実装石たちだったが、次のとしあきの一言に固まった。

「じゃあ、うちに来る仔は、これをつけてあげよう。おトイレのできる仔の目印だよ」

 ちゃりん、と音を鳴らしてとしあきの腕に握られていたのは、プラスチック製の首輪。バックルの部分だけ金属製にして、とってつけ
たような高級感を演出しているチープな首輪だった。塗装も革を意識したのか、黒味がかった茶色にしているが、よくよく見ればあちこ
ち塗装が剥がれて、地のプラスチックが露出している。
 全部がこちらに向かいかけていた実装石の群れが、その首輪を見てピタリと止まった。
 としあきのほうへ引き返すのが数匹いたが、多くはどちらともつかずに迷っている。

 そこにとしあきが追い討ちをかけるように言う。

「おトイレができる仔には、ちょっとしたごほうびもあるよ」

 これで大半がとしあきのほうに流れたが、仔実装がとしあきのほうへ流れていくのを必死で引き戻し、俺のほうへ寄ってくる奴もいた。

 それを見てとしあきがメガホンを下げ、リンガルを切って、俺に向かって言った。

「グループ分けはこれでいちおう完了だな。じゃ、さっそく準備進めようか」


−5−


 こうして地域実装石の集団は、二つに分けられた。
としあきの世話するグループ、いわゆる首輪グループと、俺が世話をするように言われた「地域実装石」のグループだ。

・首輪グループは成体が5匹
・地域実装石グループは 成体2匹

 という風に分類された。
仔実装ももちろんくっついているが、この段階で振り分けるのは面倒な上、自分のダンボールハウスの中に仔実装を隠しおいたままの実
装石もいるから、あえて勘定には入れない。
としあきには最初から、集団を分けたときにこういった形の構成になることが分かっていたらしく、俺の負担はだいぶ少ない。
としあきに言われたとおり、これまでの実装石のエサ箱が置かれていたトイレの壁際から、ちょうど反対側になる滑り台の近くにエサ箱
を構えた。滑り台の柱に屋根となるベニヤ板を括りつけ、その下にエサ箱を置く。遊具の近くということもあり、エサやりが終わったら
すぐに回収して片付けられるように、組み立て式にしてあるが、強度はじゅうぶんだ。
昨日前もって準備していた甲斐があったというもの。

 エサ箱の準備が終わると、俺はそこに買ってきた実装フードをざらざらと盛る。背後で待ちかねていた実装石がすぐに飛び込んできて、
我先にとエサを食らいはじめた。
エサを食む実装石を数えると、こちらに来たのは成体が2匹に仔実装が5匹。餌はじゅうぶん足りるだろうと思われたが、食らいながら
ぷりぷりとクソを漏らしている仔実装が2匹。
それに気付いた成体の一匹が、仔実装を慌ててかかえると滑り台の下の砂場に仔実装を持っていった。

「テッチューン♪」「テッチー♪」

 という声とともに、周囲に実装石のクソ特有の汚臭とケミカル臭の混じった臭いが漂う。潰したくなる衝動に駆られるものの、老人と
の約束を思い出してこらえた。
クソ漏らしの仔実装がいた他は、おおむねトラブルもなく、食い終わった実装石はそのまま自分の巣に戻っていく。俺はとしあきに言わ
れたとおり、リンガルを持ってその後についていき、実装石に声をかけて、その家を補修してやったあと、滑り台のエサ箱に近い植え込
みの方に引越しさせてやった。
補修と言っても、防水シート代わりの厚手のゴミ袋をダンボールハウスの天板に貼り付けてやるだけだ。ハウスの補修が終わった後、2
戸の間に、実装石の様子を確認するためのカメラも設置する。
としあきいわく、薔薇裏薬品の備品だそうでリンガルもついた録音・録画機能つきという優れもの
(ただし、録音に容量を食われるせいで録画は静止画に限られている)。
ダンボールハウスの補修や、リンガルつきカメラを設置する過程で、2匹の実装石の様子を仔細に観察することができた。まだ新しいダ
ンボールハウスに住んでいるのは渡りの実装石のようで、仔実装は5匹ともこいつの仔供らしかった。もう一匹はややくたびれたダンボ
ールハウスに住んでいたが、前掛けにつけられたアップリケから察するに、捨て実装らしい。
俺は渡り一家の方をダンボールハウスの名前から「東芝」、捨て実装のほうはアップリケにプリントされていた名前から「ミドリコ」と
呼ぶことにした。


 クソを掃除してとしあきのところへ戻ると、ちょうど首輪グループ向けの実装用の長屋の建設の最中だった。
屋根にアクリル製の波板を渡し、四周を金網で囲った中にダンボールハウス(新品)を並べただけの簡素なものだったが、風雨に強く、
安全性も通常のダンボールハウスとは比べ物にならない。
実装石たちは食事を終えて引越しの準備を進めているようで、そこかしこの植え込みや茂みの裏から、実装石が濁声で喚き叫ぶシアワセ
の歌、が聞こえてくる。たまったもんではないが、としあきは平然と作業を続けていた。

「なんか手伝おうか?」
「おお。あっちはもういいのか?」
「仔実装がクソ垂れたほかは特に問題ない。俺もこっち担当すればよかったかな」

 そう答えると、としあきは杭を打ち込む手を止めて笑った。

「こっちのだってクソは垂れるぜ。自己申告でトイレが出来るって言ってるだけだ」
「そうなのか?」
「ああ。だからこれからそいつを見極めなきゃいけないんだが、まあ期待薄だな。特に仔実装は」
「それで首輪は成体にしかつけてないのか」

 先ほどちらりと見た実装石の姿を思い出す。首から首輪を下げているのは、どれも成体ばかりで、周りをうろついている仔実装
は、どれも首輪なしだった。

「そういうこと。仔実装はだいたい20匹くらいだったかな?
 そいつらのうち半分でもトイレができるようになればたいしたもんだ」
「そうすると面倒だな、トイレの分が」
「あのじいさんも世話がんばってた方だと思うけどね。成体はほとんどトイレでクソできるようになってたわけだから。
 まあ手入れが面倒そうなところには大分の水撒いて対処するしかないだろうな。
 水なら幾らでも用意できるから、お前が危ないって思うところには全部撒いといていいぜ」

 そういって、としあきは自分の車のキーを差し出す。公園の外に停めたバンの中に、大分の水のポリタンクを積み込んできたという。
「えらい豪勢だな」というと、それくらいの投資価値はある、との返事がかえってきた。あまり実感が湧かないが、としあきにしてみる
とこの公園の実装石にはそれだけの価値があるらしい。
それほどのものかね、と思いつつ、ポリタンクから如雨露に大分の水を移し、遊具周り、目立つ植え込みに水を振り撒いていく。あまり
撒きすぎても実装石がクソをする場所がなくなるので、地域実装石の住処とした植え込みまわり、首輪実装石の長屋周りの植え込みには
撒かずに置いてやった。
それでもポリタンクは2つとも空になる。公園のほぼ全域に撒いたのだから当然ではあったが、あの愛護派の老夫婦が、いつもペットボ
トル一本分しか撒いていなかったのに比べると贅沢な話だった。

 俺が撒き終えて首輪実装石の長屋の方に戻ると、すでに長屋は完成し、入居が始まっていた。その入居したダンボールハウスの一戸一
戸に例のカメラ付リンガルを設置しながら、としあきが声を掛けてくる。

「全部撒いたのか?」
「ああ、少しは残しておいたほうが良かったかな?」
「構わないよ。あのじいさんのやり方も賢いが、やっぱこういうのは一気にやっちまわないとな。
 じいさんがやってたみたいに実装のクソを見つけた植え込みに水を撒けば、たしかにその次は来ないが
 水の効果が薄れた辺りで戻ってくる。最初からどこにもクソできないんだ、って覚えこませた方がいい」

 大分の水を撒けば、そこを定番のクソひり場としていた実装石が寄ってこなくなっても、次のクソひり場を実装石は見つけるだけだと
いう。そうしてクソひり場を潰していってトイレに誘導しても、相手は実装石、最初に大分の水を撒かれてダメだったところのことなど
覚えておらず、効果の薄れた辺りでもう一度クソひりに戻ってくる、らしい。
だから、最初の手間はかかっても、クソひりをして欲しくない全域に大分の水を撒き、否応なしにトイレに向かわせるのが正解なのだそ
うだ。もっとも、それだけ大量の水を用意するだけのカネもないのが、大半の地域実装石活動の実情なのだという。


「よし、終わったぜ」

 としあきはそう言うと、長屋を造っていた材料の余りを片付け、長屋に併設したエサ箱に無造作にフードを盛ったあと、撤収の準備を
はじめる。

「おい、連中の引越し見届けなくていいのか?」

 としあきが帰り支度をしている間にも、うろちょろと実装石が動いているのを指差して、俺は尋ねた。

「いいんだよ。ほっといても大丈夫だし、入らなかったらそれはそれで別にかまわん。
 ……というか、そっちの方が興味がある」

 としあきは答えながら、車に乗り込み、言った。

「昨日も言ったろ? 地域実装石活動でもカバーしきれてない実装石が居るかも、って。
 そいつがこれで釣られて出てくれば、それこそめっけもんだ。
 ま、一月ちょっと、よろしく頼むぜ」



 としあきが帰ったあと、ひとり残された俺は、これからこの公園で何が起こるのか考えようとして、途中で止めた。

 全てはとしあきが筋書きを立てているのだ。俺は消防団で決められたとおり、それを観察すればいい———

 鳴き交わす実装石の声を聞きながら、そう思った。




<つづく> 

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