『実装博徒伝』 俺は途方に暮れていた。 公園のベンチに腰掛け、スーパーで半額にまで下がった鮭海苔弁当のカチカチになったご飯を箸でほぐしつつ、 それを口に運ぶでもなくただただため息を漏らしていた。 かなり遅めの昼食、いやちょっと早めの夕食か…… 朝にパンを食べて以来何も口にしていなかったので腹が減っていないわけではない。 昨晩の事を思い出すたび、悔しさでどうにも飯が喉を通らないのだった。 あの時先輩たちの誘いを断っていれば…… 昨晩のことだった。 サークルの先輩に声をかけられ俺は麻雀のメンツに加わった。 学生のやる麻雀だ。レートはかなり低い。 腕に覚えがあるわけではなかったが、ゲームなんかでだいたいのルールは知っていたし、 どちらかといえば得意な方だった。 最初はとにかくツイてどんどん勝っていった。 まぁ大勝ちしても出前でカツ丼弁当一杯食えるくらいのものだったのだが。 相当勝ちが込んできた頃、ひとりの先輩がレートを上げようと言い出した。 そこで欲が出た。 先輩が提示してきたのは今の額の50倍。 という事は、また前回のように勝てばカツ丼弁当があと50杯……。 いやいや、軽くひと月分の食費を上回ってしまう。 しかし結果は……ボロ負けだった。 財布の中身千円札一枚と小銭だけは許してもらって後は全部巻き上げられてしまったのだ。 最初に美味い餌を与えて、レートを上げた所でガッポリと頂く。 まったく初歩的な手だ。 こうやって先輩たちは後輩たちが金をたかってるのだろう。 考えれば考えるほど腹が立ち、簡単に手玉に取られた自分が情けなかった。 幸い、大学の入る直前の春休みにバイトして貯めた蓄えがある。 本当は少しづつ貯めて自分の車を買う予定だったのだけど仕方ない。 これを切り崩して……はぁああ…… これで何度目になるのかもう数えるのも億劫なくらいな回数のため息をつくと、 俺は自分のまわりに数匹の実装石がたかっているのに気づいた。 「ああ、このテの広い公園には大抵いるよなコイツら……」 テチュテチュ、デスデスと煩く媚びてくる。 目当ては俺の手にした半額弁当だ。 正直もう食欲もないし、こんなカチカチな弁当くれてやってもいい。 だがしかし、コイツらのその何の代償もなく見返りだけを求めるその態度が気に入らない。 そのまま踏み潰してしまおうかと思った時、ふとある考えがひらめいた。 「おい、お前ら」 と、俺は携帯に付属のリンガルアプリに向かって言う。 「この豪華で旨い人間様の食べ物をくれてやってもいいが、それ相応の対価を払う必要があるとは思わんか?」 「デ? タイカってなんデス?」 「そんな事知らねーデス! とっととその食べ物を高貴で美しいワタシに寄越しやがれデスゥ!」 とたんにデスデスと大合唱になった。 イラっとする光景だが、まあそこは一旦その怒りを胸の奥に納める。 「対価ってのはな、まあ何だ、つまり、この弁当に見合った物—— お前らの持ってる何かと交換しようぜって、そういう事だよ」 「デー?」 「そんな事知らねーって言ってるデズァ! とっととその食いモン寄越せデズァララァァ!」 「そうデス! ケチ臭ェ事言うなデス! お前はその食い物を黙ってワタシに差し出せばそれでいいんデズァ!!」 またデスデスと煩い大合唱だ。 ああ、もうこれは駄目だ。 折角の俺のひらめきも実装石には通じないって事か…… 腹いせにここにいる実装石を全部踏みつぶそうと思い立ち上がったその時—— 「テ、テェ…… ワタチが持ってるのはこの綺麗な石ころくらいしか無いテチ。 これと交換してくれるテチ?」 成体の中に混じった賢そうな仔実装だ。 その発言にまわりの実装石たちは「子供の癖に生意気だ」だの 「そんなもの人間が欲しがるワケ無い」だのと大ブーイングをはじめた。 仔実装は哀れ、こづき回され、それがエスカレートし、今しもリンチが行われようとしたその時。 「おお、ちょっとそれ見せてみ?」 まわりにいた実装石たちを払いのけ、仔実装の持つ石を手に取りもっともらしくその石を眺めてみた。 「うーん。これは珍しい良い石だな。 しかし、こんな石じゃあこの旨い飯の米つぶひとつかふたつ分くらいにしかならないぞ?」 「テェ…… でもワタチはこれくらいしか持ってないんテチ」 「なら仕方ないな。じゃあこうしよう。俺とゲームをやるんだ」 「ゲーム?」 「そう、今からこのコインを投げる。で、裏か表かを当てるゲームだ。 それでお前が勝ったらお前にこの弁当のオカズを一品何かやろう。 その石ころはご飯としての対価は米ひとつ分だけど、ゲームをやるんなら一回分にはなるだろ」 「わかったテチ。そのゲームやるテチ! そしてニンゲンさんのごはんを貰うんテチィ♪」 「よしいいか? 俺がこのコインを弾いて手の中に入れる。で、お前が裏か表かを答える。 ちなみにこっちの数字がある方が裏、絵の描いてある方が表な。どうだ? 簡単なゲームだろ?」 仔実装は神妙な顔をして肯く。 他の実装石たちはどんどん展開する事のなりゆきについていけず、 A口をただポカンと開けて見守ってるだけだ。 俺はコインを指で弾いて両の掌をあわせるように中にとじこめた。 普通なら片方は手の甲にしてその手の甲に乗った状態で裏表を見るべきなのだが、 ここではそうはしない。なぜならば…… 「さあ、どうだ! 裏か、表か!?」 と、ずいと仔実装の目の前に両の手を差し出す。 この時少しだけ掌を開けて中を覗き見た。 「う、うー……オモテ! オモテチ!」 「さぁ、どうかな? 何がでるかなあ?」 仔実装とまわりの実装石たちもゴクリと息を呑む。 俺はコインが表側に出るように手を開けた。 タネは簡単だ。 右の手を下にすれば裏、左の手を下にすれば表。 どちらにも自分の好きなような結果を出すために掌で受けたのだ。 「出ました! ああーっ、表だ! くそう、もってけドロボウ!」 俺はわざとらしく悔しそうな声をあげる。次の瞬間、実装石たちから大歓声があがった。 俺はひょいと仔実装をつまみあげ、弁当の具を与えた。 そしてその場で食うように指示した。 その場で食っちまわないと、持って帰ったら誰から略奪されるかわかったものじゃないのだ。 仔実装はだし巻き卵を選び、もちもちと口の中でねっとりと味わうように食べ始めた。 ゴクリ。と実装石たちがさっきとは違う意味で喉を鳴らした。 かかったな。 仔実装にわざと勝たせてやったのはこの為だ。 まずは誰かに勝たせて旨そうに飯を食う様を見せつけてやる。 そうすればやがて欲望に目の眩んだ実装たちは…… 「ワタシも! ワタシもやるデス! ゲーム!」 「ワタシがやるんデスゥ! ゲーム! ゲェエエムゥゥ!!」 「これ、この石ッコロやるからワタシにもゲームをやらせるデスゥ!」 と、まわりの実装石が必死の形相で押し寄せてくる。 「まぁまぁ慌てるなよ。つか、お前の持ってるそれじゃ話にならんわ。ゲーム一回分にもなりゃしない。 しかし……うーん。そうだな。お前らのその髪の毛、それをくれるならゲームをやらせてやってもいいぜ?」 「デッ!」 一様にみな、押し黙ってしまう。 この実装石という奴は何故か自分の髪の毛に異様なほどの執着心を見せるものだ。 「いやいや、そう難しく考えるなよ。髪の毛貰うったって一回一本さ。 お前らの髪の毛はそんなにフサフサと生えてるんだ。一本だけなら別にかまわんだろう?」 「デ、デェ……」 それでも戸惑っている実装石の一匹を掴まえ、俺はその一匹の髪の毛を一本引き抜いた。 「デッ!! な、何するデスゥ!!」 「怒るな怒るな、ホラ、別に一本抜いたからってそう代わり映えはしないだろう?」 と、まわりの実装石に披露するようにくるりと回転させてやった。 「た、確かに……デスゥ」 「一本くらい抜けても、そんなに見劣りはしないデス」 「な? その髪の毛を一本抜いて、俺とゲームして勝てばホレ」 と、傍らでだし巻き卵に夢中の仔実装を指した。 仔実装はムチャムチャと口を鳴らしながら恍惚とした表情を見せている。 その様子を実装石たちは羨望の眼差しで見つめる。 中にはもう自分も食べているつもりで口をヌチャヌチャ言わせている者もいる。 「な? こういうモノが食べ放題ってワケだ」 「ニニニニンゲン! いや、ニンゲンさん! ワタシも、ゲームやるデス! その食べ物寄越せデズァ!!」 数十分後…… 俺のまわりには頭の毛がみすぼらしく一本か二本にまで減ってしまった実装だらけになっていた。 最初は一本や二本くらい毛が無くなってもそんなに気にはしなかった奴らなのだが、 一ぺんやってしまうと歯止めがきかなくなるもので、四本、五本ともなると、 折角ここまでつぎ込んだのだから飯にありつけなければ嘘だ。と、十本、十五本を平気で抜いてしまう。 次に当たるまで……次に当たればもうやめようと思いつつも、一回当たった時の快感と飯の味が忘れられず、 どうせ一回一本なのだから、ここまで抜いてしまったのだからあと一本くらい変わらないと、二十本、三十本と減らしていく。 基本勝っても髪の毛は増えないので、実装たちの髪の毛は面白いくらいにどんどん減っていく。 完全に禿になった実装は今度は自分の服を賭けて勝負してこようとする。 そしてとうとう、一時間も経った頃、集まっていた実装たちは根こそぎ全員禿裸になってしまった。 ちなみに最初に勝たせてやった仔実装。 こいつにだけは毎回勝たせてやった。 そのおかげで満腹の上に髪の毛もふさふさのままだ。 今も俺の膝の上で禿裸になった実装たちを見ながら弁当に添え物のパスタをもぎゅもぎゅやりながら、チププと笑っている。 「いやはや色々と楽しませてもらったよ。これは俺からのお礼だ」 俺は最後に膝の上の仔実装に余りの飯粒を口に含ませてやると一様にうなだれている禿裸の群れの中に置いてやった。 仔実装は口ももっちゃもっちゃやりながら周りの成体たちの無様な禿裸っぷり大爆笑していたが、 やがて自分の立たされた状況を悟る。 「チプ……テチッ」 媚びても無駄だった。 負けて禿裸になった腹いせに仔実装は蹴る殴るの暴行を受けはじめた。 やがてそれはどんどんエスカレートしていき、ふさふさの髪の毛を毟るわ、服を引き破るわ、 挙句の果てに腹を割いてさっき仔実装が食った弁当のカケラにありつこうと内臓にむしゃぶり付く奴も出てきた。 勝っても負けてもろくな事がないなぁ…… 禿裸に昨日の俺の様がタブり何とも言えない気分になってきた。 もう賭け事はやめよう…… すっかり食い尽くされた、仔実装だった残骸の元に例の綺麗な小石を投げ捨てると俺は公園を後にした。 ——了 マ
